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12月28日
朝3時過ぎに出発し義父母や母の待つ神戸に。何時もこの時間帯車を走らせると、東名はトラックが殆どですがさすが年末は帰省客の車で結構込み合っています。無事に到着後義父の入院先の病院に。元グルメ通の父も今は口から物を通せなくなり胃道に頼る昨今。義父にはクリスマスも
お正月も無いのがお気の毒です。

12月24日
長男家族とのクリスマス・イヴ。一足早く双六やカルタで孫娘と遊ぶ。
最近四文字熟語に凝っている(?)4歳の孫娘は四文字熟語を使うのが
妙を得ていて感心する次第です。
どんどん記憶が乏しくなっていく私には羨ましい位の彼女の記憶。
スポンジのように色んな知識が入っていきます。

12月22日
私が風邪を引いていても、結婚以来風邪らしいのが2〜3回あるかないかの夫がついに鬼の霍乱ではないが風邪でダウン気味。この間から障子
張り・ガラス磨き・ペンキ塗りと大活躍だったのでお疲れでは?

12月19日
香港テニスの忘年会の帰路Tさんをお見送りして半ドアーのサインが出ているにも関わらず「大丈夫」と言う夫の一言で帰宅すると後ろのドアーが
開いたまま走らせていていました。三本入ったラケットケースが見当たり
ません。それではと来た道を戻って見てもラケットらしきものは暗闇の中では見つからず、明日にでも警察に届けようと思っていたところに電話が
鳴りました。パトロール中の警官が拾ってくれたそうで、届けてあげると
言われ又ビックリしました。最近この地域は何かとテレビのニュースに
出てくる事が多くなり、心配していましたが、親切な警官が未だ健在と
知り、ラケットが出てきた喜びと共にそちらのほうが嬉しくなりました。
(ラケットケースに住所・氏名・電話#を夫が書いていたのが正解でした)

12月12日
日本漢字能力検定協会が公募する今年の漢字に「偽」が選ばれ清水寺の森清範貫主が1.5mの大きな紙に書かれたが、偽で埋め尽くされているのはまず政治家・官僚。何とかならないでしょうか?

11月8日
ご両親が寸又峡に行かれると聞き、ここも以前からバスツアーで行って
みたいと思っていたので同行する事になりました。ナビの指示するまま車を
走らせる事出発して4時間。いくつもの細い山道を急カーブで上り下りします。
寸又峡に着くと紅葉が始まり、奥の山は7割程度でしたが、秋の日差しに
照り葉が一際輝いています。
問題は大間ダムにかかる吊橋をわたる事でした。4人の内駄目なのは
私だけ。夫は躊躇する私にはお構いなしどころか何をいい年してカワイ子ぶってと言わんばかりにさっさと橋を渡って行きます。
靴の幅だけが板を渡し、ワイヤーで落ちないようにしてあるものの下が
透け透けに見えています。
へっぴり腰で恐る恐る両端のワイヤーに捕まりながら、歩きますが11人
(定員)が歩くと自然と揺れ、その怖さを「大丈夫!」と自分に言い聞かせながら渡りました。
途中で景色の美しさに見とれる暇も無ければ感動する余裕もありませんでしたが、鬼軍曹(?)のお陰で渡りきって少し自信ができました。
花べるじゅ前で 寸又峡夢の吊り橋

11月7日
次男のお嫁さんのご両親が長崎からこちらのほうに出てこられるのに
合せ私たちも伊豆のペンションに一泊することになりました。
午前中は前から行きたかった真鶴にある中川一政の美術館に。
うっかりして第一水曜日がお休みであるのを確認していませんでした。
それならと真鶴自然公園から半島の三石をぐるりとハイキング。
この森の豊かさが真鶴の漁場の宝庫所以だそうです。
遅い昼食となりましたが、水曜日はこれまた魚市場がお休みで主だった
レストランもお休み。でも通りすがりの地元の方に聞いて行ったお店の刺身定食の豪華版だったこと。グルグル回った甲斐がありました。
一碧湖のペンション近辺はアメリカ時代を思い出す風景です。
ご両親と夜遅くまで楽しいお話が弾みました。

11月4日
余りのお天気の良さに誘われて急遽飯山観音里山ハイキングをする事になりました。尼寺(にんじ)のバスストップから歩き始めると「最近熊が出ました。」の表示に一瞬引き気味となるも、夫は何時ものカウベルは今回持ってきておらず森のクマさんを二人で大きな声で歌いながら歩く事に、、、おまけに行きたい方向には標識を見逃したのか行かれずようやく飯山観音長谷寺(ちょうこくじ)に出てきました。軽く昼食を取り、それから白山展望台まで男坂を登りました。正味20分位ですが急な階段は結構
息切れします。帰路にある「ふるさとの宿」はアルカリ度が10.4と言うとても
良いお湯に満足でした。

10月29日
友人との久しぶりのバスツアー。二人の連絡なしのキャンセルで出発が
遅れ、その上保土ヶ谷バイパスでの交通事故渋滞のため迂回しながら
一路千葉犬吠崎。そして今話題の銚子電鉄に乗りました。1両編制の
何ともレトロな電車です。どこか昭和の30年代に引き戻された雰囲気に
なります。駅では赤字対策で売られ有名になった「ぬれせんべい」が
売られ、競争のように皆が買っていました。その後銚子から昔懐かしい
風景が漂う佐原の町を急ぎ足で散策する頃にはすっかり日が暮れて
いました。女性ドライバーさんがディズニー・お台場・横浜のライトアップやビューポイントを教えてくださり、帰りも事故渋滞であったにも関わらず
今日一番の観光になった気が、、、

10月20日
長男家族と子供の国に。息子たちが小学校の時に行ったきりで20年ぶりに見た子供の国は大きく様変わりしていました。秋晴れの中、思いっきり色々な遊具で遊べます。沢山の団栗を拾って帰宅し、それで又一頻り夫と絵画制作。

10月13日
孫娘の運動会がお隣の小学校の体育館で行われました。
先週愛子様の楽しそうな笑顔の運動会の様子がテレビに映し出されて
いましたが、孫娘のかけっこや踊りとなると、応援にも力が入ります。
父兄の大玉転がしともなると選手のパパ・ママたちはかなりの本気モードです。
紅白に分かれて競技をしてくれた園児たちも最後は園長先生から全員に金メダルをもらい、誇らしげでした。

10月10日
近くの警察で運転免許の更新に。今回のはICチップが埋め込まれている新しいカードで本籍地が書かれてなく、また普通免許から中型車免許に
なっていました。

10月5日
義父や母のお見舞い方々上海より一時帰国した次男夫婦と伊豆に。
今回研究不足でしたがお天気が良かったのが何より。
次回期待して下さい!




あいあい岬にて→

9月26日
体調を崩している母の為に帰神したものの、葬儀への列席や入院して
いる義父へのお見舞いでやっと母に付きっ切りで傍にいてあげることができました。
父が亡くなって11年余り、90歳近く時々は姉の所でお世話になっている
ものの良く一人で頑張ってきたかと思うと果て自分が母の年にあれだけ
頑張れるかしらと疑問に思います。
少し同じ質問が出てくるのは仕方が無い事かもしれません。
今のうちが親孝行なのでしょう。

9月24日
20才違いの従姉妹の葬儀に岡山へ姉と向かいました。
新倉敷に降りて半田の別荘と言うとタクシーが連れて行ってくれます。
100年ぐらい前でしょうか祖父が贅を尽くして建てた別荘に昔100本あった松は数えられる位となり、渡り廊下でつながっている離れ座敷は主の
入退院で開かずの間となっていました。
寂しさが一層つのります。

9月16日
秋分を前に未だ真夏日の日々が続きます。
8月から少しずつ作り始めていたダンスの服が漸く完成!
いつも試行錯誤で作っているので作りながら訂正。
でも何とかイメージ通りに出来てホッとです。

8月16日
今日は多治見と熊谷で74年ぶりに40.9℃の暑さ記録更新されたと報じられていました。
私のスケジュールは1時から3時過ぎまでSQダンスプラスのお稽古。
6時から9時半まで、町田合同ダンスパーティーで汗が止まりません。
NJに住む友人からのメールでは日ごとどんぐりの落ちる音が増してきましたと書かれていました。大きな木立のリッジウッドの静かな佇まいの街並みとどんぐりの音を思い浮かべるだけで少し涼しくなった気がします。

8月9日
一作夜9時20分から富士宮登山口(2400m)を出発し、満点の星空に感激し、自分の位置より下から昇ってくる三日月に見とれながらヘッドランプを頼りに砂地や瓦礫を踏みしめ登って行きましたが途中持っていた酸素を吸っていたものの8合目(3250m)で高山病になり、敢無くダウン。診療所で酸素吸入する
はめとなりました。4時半ごろのご来光も夫が誘ってくれるのに、見る元気なく、
5時ころようやくおきて撮ったのが下のご来光です。真っ青な空に昇ったばかりの太陽、眼下には雲海と志半ばでしたがきてよかったです。
下山は私のザックも夫は担ぎ、駆け足で降りていきました。普段の訓練の差の違いが歴然とした半日でした。
夫が再挑戦する?と尋ねた昨日は「絶対しない」と答えましたが、今朝起きると、次回は河口湖から挑戦してもいいかしらと思うように心境の変化がおきています。

8月5日
明後日の富士登山に向け少し足慣らしと思い、6時から40分強歩く事に。
これ位でも汗はダクダク。
ジョギングの人、犬の散歩の人、ゆっくり歩く人、皆夫々健康のために朝早くから歩いています。
「おはようございます」って何人の人に言ったでしょう。
川沿いのこの道がきれいだなと思っていた所奇しくも前後して二人の方がごみを拾いながら散歩をしているのに出くわしました。こんな方たちの心遣いがあってこそ皆気持ちよく歩けるのだとつくづく感謝。

8月1日
昨日から長男家族と道志川のキャンプ場に。
フィッシングセンターで孫娘は魚釣りの体験。
大きな虹鱒を2匹釣りました。
義娘の提案で今日は河口湖にあるオルゴール
ミュージアムに急遽行く事に決まりました。
箱根にある私の大好きなガラスの森美術館と
同じ系列ということもあり、よく似た佇まいです。
上の写真はからくり人形が建物から現れ、指揮を始めると噴水が音楽にあわせて踊りだすというエンターテイメント。
下の写真は夏の期間限定でスイスからやってきたアルプスホルンの演奏を美味しい昼食しながら聞きました。
沢山のオルゴールの演奏とチェコ交響楽団の四重奏等暑さを忘れる一時でした。

7月25日
参議院議員選挙迄後4日。
余り盛り上がっていないように思っていましたが、当日都合悪い為期日前投票に行きました。会場は思っていた以上に多くの人の列。
今までだと会場に行くとすぐに投票できたのにこんなに皆が関心を持っているのにびっくりです。皆の意識が変われば政治も変わる!

7月14日
大型台風4号のせいで朝から雨が降って
いるというのに我が家のシジュウガラの雛は巣立ちの日でした。庭先の木の枝にとまって
チィーチィー鳴くものの親鳥は知らぬ顔で巣箱に入って行きます。
雨で今ひとつ羽ばたけず、チョンチョン動いても雨宿りさえ儘ならず、寒さと雨に打ちひしがれている感さえして見ている私たちはきがきではありません。
夫は声がしなくなると傘を差して雛を探しています。
自然界に生きる物の厳しさを目の当たりにした一日でした。

7月12日
昨日のメジャーリーグオールスターではイチロー選手のランニングホームランでア・リーグを逆転に導き優勝MVPに選ばれました。スター選手は
見せ場を心得ていると思いましたが、「ヒットが出ましたね」と言う記者団の質問に「いいえ、ヒットを出しました」との答えが印象的です。約105m位のフィールドを15秒3で余裕を持って駆け抜けた勇姿は全米中そして日本中を沸かしました。
軽さに拘るイチローの靴は一つが275gの軽さで時には一日でダメになる事もあるそうです。一足の靴は車が買えるお値段だそうですが完璧を
目指すイチローの一面を垣間見ました。
とテレビのコメントをそのまま書いたところ、一足ではなく1年間の靴の
値段ではないの?と次男に指摘されました。真偽の程は?

7月3日
新逗子教会で畑儀文氏のテノールコンサートに行く機会を得ました。
ズブの素人ですので詳しい事は分かりませんが、小さな教会の中に声量の良い声が響き渡り、始まるときはアクセントのステンドグラスがバックに見られたのも、何時しかプログラムが進むにつれ、天井のライトが程よく出演者を照らし出し、日本の歌あり、シューベルトあり、童謡、そして
イタリア歌曲と楽しいトークを交えたコンサートは幕を閉じました。
その中で星野富弘作詞「日日草」の詩が歌の情感と重なり心に残ります。
     今日も一つ
     悲しいことがあった。
     今日もまた一つ
     うれしいことがあった
     笑ったり泣いたり
     望んだり あきらめたり
     にくんだり 愛したり
     
     そして これらの一つ一つを
     柔らかく包んでくれた
     数え切れないほど沢山の
     平凡なことがあった

7月1日
この所シジュウガラが巣箱に出入りするのが、多いと思っていたらどうも口に虫を加えている様子。巣箱の下に行って耳を澄ませていると小さな声でチィチィと鳴いているのが聞こえました。
どうやら雛が孵った用で、今から巣立ちが楽しみです。

6月23日
今年はノウゼンカズラの花柄が落ちる事も無く
一斉に咲き、出窓を飾り日差し除けに大いに
貢献してくれています。

6月19日
ウィークデイパスをフルに活用すべく、友人の
指導で先ず大平台から登山電車で強羅迄。
強羅からタイムリーに待っていたケーブルカーに乗って早雲山に。6月1日全線開通した新型
ロープウェイで強羅〜大涌谷〜桃源台。
18人乗りの大型ロープウェイは2本のロープで支えられているので風による揺れも少なく音も静かで360度景色が楽しめます。本来なら前面に大きく見られる富士山も残念ながら雲の中です。
桃源台から昨日の箱根登山バスでガラスの森に到着。丁度マリア・カラス〜舞台を飾った宝石展が催され、眩いばかりの品々に圧倒されました。暫く振りのガラスの森は少しお庭の造詣が変わっていました。色々なアジサイも見られ、やはり来て良かったの一言です。テラスでランチを済ませ、施設めぐりバスに乗り、ポーラー美術館に。ウィークデイパスはそれぞれの施設が100円割引となりますが、登山バスを乗るとき、車掌さんが、登山バスの事務所で前売り券を買うと200円引きになると教えてくれ、チケット購入。
ポーラ美術館では花の絵画とエミール・ガレ展をやっていて見応えがありました。前日国立新美術館で大回顧展モネを見に行き大混雑でゆっくり鑑賞できなかった友人二人は、ゆったりした
気分でモネを含む印象派の作品も見る事が
でき、喜んでくれました。姫シャラの木立の中に建つガラス張りの美術館は私のお気に入りの
一つです。
ブラマンジェ&リンドウのほろ苦いアイスクリーム
(オーベルジュ・ミラド)
ヴェネティアン・グラスで出来た帽子とバッグ
(ガラスの森にて)
ブルーポピー
(湿生花園にて)

6月18日
香港時代の友人が関西から1名東京組み2名と久しぶりに箱根に集合。
京都の友人が直前お義母様の入院で来れなくなったのは残念ですが、
ウィークディパスを購入して箱根湯元までロマンスカーで。そこから桃源台迄箱根登山バス。そしてオーベルジュ・ミラドーでリッチな雰囲気を味わいながらのランチをとり、海賊船で元箱根。芦ノ湖では見れなかった富士山をバスからほんの一部垣間見れたのは関西からの友人にとってせめてもの慰めとなりました。大平台でかけ流しの湯の宿に。

6月6日
2〜3日前から庭先でピーピーとシジュウガラが啼いているのが気になっていましたが夫の作った巣箱に出入りしているではありませんか?
初めはカーテン越しに鳥を見ていたものの、私達にも慣れたのか庭に出ていても出入りしてくれ、楽しくなります。

5月30日
6月の法事を控えて、喪服の新調。できれば普段にも着れそうな服を探していましたが、結局デパートのフォーマルウェアー・コーナーで3着ほど
試着。店員の方の「これを着られると貴婦人のようで、、、」と言うセールス言葉をしっかり真に受け(?)ました。
夫が「貴婦人?どこに?」 私「こ!こ!」

5月29日
先日神戸に帰ったとき、六甲山のふもとに住む姉の家の庭におしゃれな巣箱があり、シジュウガラが巣作りをし、卵を産んでいたのに触発され、夫は早速木材を買ってきて作りました。巣穴は28mmでないとすずめがはいってしまうのだそうです。

5月27日
今年から35℃以上の日を猛暑日と呼ぶようになったそうですが、今日その猛暑日の第一日。福岡を始めとして36℃を上回ったとか。

5月25日
午前8時半無事雨の降る成田に到着。お昼過ぎに久しぶりの我が家に着いたのも束の間、友人のランチのお誘いに呼ばれ、それぞれトルコ旅行の経験者。トルコ談義に花が咲きました。

5月24日
13日間滞在したトルコともお別れ、ブルーモスクやガラタ塔を後に空港に。
全行程3640km。
一昨日起きたアンカラでのテロのこともあり、何度も何度も何度もセキュリティーチェック。やっと通関した所で最後にお仲間のKさんはセカンド
バッグを掏られてしまいました。でも幸いなことにお金だけが抜き取られ、
パスポートが戻ってきて一行ホッとしました。

5月23日
トプカプ宮殿の宝物間と地下宮殿の観光。
ランチはイェシル・エブホテルでランチ。
軍楽隊のパレードを見学してグランドバザールに。

5月22日
サフランボルより約400kmバスを走らせ、イスタンブールに。ブルーモスク・アヤソフィアを見て、ガラタ塔に上り、360度のイスタンブールの景色を満喫!
1時間のボスボラス海峡クルーズで沈み行く太陽に映えるイスタンブールを楽しむはずが少し曇り残念。
塩野七生の「コンスタンチノープルの陥落」の世界に引き込まれながら、潮風に吹かれました。

5月21日
1994年に世界遺産になったサフランボルの小さな古い街並み。
ここで夫は初めてハマム(トルコの岩盤浴・サウナバス)を体験。

5月20日
カッパドキアからトゥズ湖(塩湖)を経て、アンカラ迄300kmの旅が続きます。
トルコの父と呼ばれるケマール・パシャ(共和党初代大統領)のアタチュルク廟とアナトリア文明博物館。
トルコの人にとってアタチュルク廟に来るという
ことは念願の一つだそうです。
ガイドさんも5歳のお誕生日のプレゼントに連れて行ってもらったのが忘れられないと言われていました。

5月19日
今日は一転して快晴。カッパドキアを見るのには最高のお天気です。
ギョレメの谷、ウチヒサール、鳩の谷、ゼルヴェの谷等奇岩が満載。
自然の造形はどこの国でも素晴らしいものが
ありますがトルコにとってカッパドキアは神様の贈り物だとガイドさんの説明。

5月18日
初めての雨模様。カッパドキアまでの230km、
バスのガラスを雨が叩きます。
途中シルクロードへの隊商宿キャラバンサライに立ち寄り、キリスト教が禁じられ地下生活をしていたカイマルク地下都市を見学し、カッパドキアのキノコの家に住んでいるアズナンさんのお宅に上がり、チャイをご馳走。意外と中は広く全員41名が座っても余裕があります。

5月17日
トルコ随一の保養地アンタルヤを後に、コンヤへ325km。
ここはトルコでもイスラム色が強い街で、スカーフをしている女性が多くなります。旋回舞踏で有名なメブラーナ博物館とインジェ・ミナーレ神学校を見学。

5月16日
クルシュンルの滝を見てアンタルヤの旧市外の散策。
ハドリアヌス門、イヴリ・ミナーレ。
午後からはシデ遺跡、アスペンドスの完全な形で残っている劇場と海岸沿いに立つペルゲ遺跡。

5月15日
ヒエラポリス遺跡と世界遺産のパムッカレ。
アンタルヤに行く途中アフロディシアス遺跡の4万人入ったと言われる競技場は草むらから戦いを挑む競技者が現れ、どよめき声が聞こえてきそう。300km走ってアンタルヤへ。

5月14日
アルテミス神殿から聖母マリアが晩年暮らしたと言うマリアの家。
トルコNo.1と言われるエフェス遺跡の圧巻さ。
映画のロケに使われて有名になった可愛いという意味のシリンジェ村から235kmのパムッカレが今日の宿

5月13日
アイワルクから南に80kmベルガマの街ではアクロポリスの神殿と今で
言う精神病院アスクレピオンを見て190km離れたクシャダシに。


5月12日
トルコ第一日目。ダーダネルス海峡をフェリーで渡り、最初の世界遺産の地トロイへ345km。
更に150km南下してアイワルクへ

5月4日
夫が駅周辺まで出かけた時駅前広場で谷啓が演奏していたのに遭遇。
演奏の素晴らしさに感激して帰って来ました。

4月17日
義母のご実家に久々にお墓参りを兼ねて伺う。
幸い義従兄妹も今日は家に居るとのことで車を走らせます。
お部屋には立派な御殿に鎮座するお雛様が飾られています。
これは夫の祖母の祖母が結婚の時に持ってこられたとか。
安芸の宮島で飾られていたお雛様と同じ様なものでした。
もうひとつ内裏雛が飾られていましたが、着物の刺繍から多分江戸時代のものだそうです。
丁度片付けようかと思っておられたところだったようで、ラッキーにも素晴らしいお宝に出会えました。

4月15日
一人暮らしをしている母の元に一泊。
時々は姉のところでお世話になっているものの、気丈に頑張っているのには頭が下がります。
これもカラオケや俳句のお仲間が近くにいてくださるからでしょうし、又母も皆さんの面倒をよく見ていたから寄ってきてくださるのだと思います。
友達って本当に有難いですね。

4月14日
先月から胃潰瘍で入院されている95歳の義父のお見舞いに神戸へ。
5時過ぎに出発し東名・名神と走り、ゆっくり休憩しながらの運転でお昼過ぎに到着。病院ではすっかり胃潰瘍が完治されている写真を担当医から見せて頂き、ほっとしました。
お部屋が空き次第リハビリのほうに移るとのこと。

4月13日
キルト仲間のお一人がスイス駐在されるので
我が家で送別会。
アメリカから帰国されているキルトのローブ先生も京都から作品3点を持って駆けつけて下さいました。
先生の作品はいつ見ても計算された繊細さの中に宇宙を思わせるような雄大さがあり、心が和みます。
お料理上手な仲間達もお料理持参して下さったので大助かり。

4月11日
一年ぶりに香港時代のテニスカップル5組が集まりプレイ。
やはり上手な方相手に緊張します。何とか雨も我慢してくれ4時間のうち3時間できたのは上出来でした。
その後Yさんのお宅に集まり、古伊万里と藍染のテーブルクロスのテーブルセッティングに豪華なお料理、ご自宅で朝掘りたての筍料理も並べられ、カメラを忘れここに載せられなかったのが残念です。

3月30日
何時だったでしょうか?TVの中で夢を叶えるという番組でブラスバンドでオーボエを吹いている女子高生が宮本文昭と一緒に演奏したいといった内容でした。なかなかうまく吹けずに練習している彼女の元に足を運び、手を取って指導している宮本文昭は世界一のオーボエ奏者と尊敬されている人とはとても思えない気さくな人柄とこの3月に57歳にしてケルン放送交響楽団の首席奏者という地位を捨てオーボエ奏者を引退するという
引き際の美学に惹きつけられました。
引退する理由の一つに「ある年代になると先生と呼ばれ、誰も自分に注意する人が無くなってしまう。自分は権威者と言われたくない。」と言っておられたのがとても心に残りました。これからは音楽家として広いジャンルで活躍されることでしょう。

3月29日
昨年9月から始まったSQダンスのプラスの6回講習に加え5回の踊りこみの最終回が浜町総合スポーツセンターでありました。元肥後藩細川氏
庭園跡の浜町公園の一角にあり、今日は桜が満開。初夏並みの気温と熱気で冷房も追いつきません。

3月28日
3月15日にオープンした“横浜ららぽーと”に友人と出かけました。
JR鴨居の駅に着くとそれらしき人達の流れに乗って徒歩7分。平日というのにすごい人出です。春休みということをすっかり忘れていました。
2階〜3階と回り、食事と思ったときはレストランの前は長蛇の列。
並んで待っているよりとりあえず1階も見終わった2時でもどのレストランも30分余待ちの列・列・列。
どうにか「自然茶房」のランチを頂くことができました。漉しのある美味しい海草を練りこんだ布海苔蕎麦に熱々の大きなえびと舞茸のてんぷら・
自然薯の麦とろ・おぼろ豆腐・煮物の小鉢。
残念ながらウィンドーショッピングに終わってしまいましたが、7〜8000歩、歩きました。

3月25日
長男家族の訪れに我が家が俄かに活気付きます。
孫娘はオセロやトランプができるようになっていて可愛い手でカードを広げます。
土筆採りに近くを散歩し、思いのほか沢山の収穫を早速佃煮にして春の香りを楽しみました。

3月23日
アメリカ時代の友人Wさんの急逝がご主人様より知らされました。
丁度滞在した時期や二人の子供の学年が同じこともあり、又収集しているものは違ってもアンティーク好きの二人はその話になると盛り上がったものでした。
頑張りやさんだったのできっときっと最後の最期まで頑張られたのではと思うと言葉にならないショックと寂しさが込上げてきます。
どうぞ安らかに。

3月21日
千葉に住むアメリカ時代の友人Tさんから稲城市であるSQダンスのアニバーサリーに行かないかと昨日お誘いがあり、風邪気を心配していた私は何とか参加。
行ってみると多くの熱気でいつものように最初は上がり気味。踊るうちに少しずつコールが聞き取れ楽しくなり、風邪も飛んでいったみたいです。
そもそも私たちにSQダンスを話してくれ、私が始めるきっかけを与えてくれた友人です。アメリカ時代家族共々スキーに行ったりテニス・ゴルフをしたり、ハイスクールのお手伝いをしたり、時には悩みを分かちあうこともあった友人家族です。こうやってお互い一緒に踊り、そのあと飲食会ができる機会がこんなに早く来るなんて、、、楽しい一日ありがとうございます!次回は5月3日のパーティーでお会いする約束をして、、、

3月16日
昨日桜の開花予想が気温の入力ミスと訂正されたと思ったら今朝方史上一番遅い初雪だったとのニュース。

3月15日
都知事候補が揃って名前を挙げてきたようですが、争点の一つに東京オリンピックが上げられています。
40年余り前に行われた東京オリンピックではとても感激したのは記憶に未だに残っています。
先日朝日新聞記事中に北京オリンピックのため、中国は国の威信を賭けて建設し、そのために負の部分を近代化するため立ち退きを強制し、それに反対する人に逮捕紛いの事までしていてることが書かれていました。
平和の祭典が誰のためかと疑問を投げかけてしまいます。
同じく日本でも東京オリンピックのために架けられた高速道が日本橋の景観を損ねたのは余りにも有名です。
何をしてもプラスの部分とマイナス部分があり難しい問題ですが、投票する前に都民の私たちもマニフェストをしっかり勉強しなければと思います。

3月11日
珍しく風邪でダウンしていた孫娘からの元気な電話が入りました。
水とお茶以外お食事したがらないと聞き心配していましたが、来週
デズニーランドでのプリンセスディにお友達と一緒に行くのと楽しそうに話てくれました。
昨日の年長さんの卒園式にも無事参加し、皆と一緒に歌を歌うことができたのはなによりでした。

3月9日
半年近く前に予約したキリテカナワのコンサートがサントリーホールで
ありました。
今までどれほどCDを聴いて勇気付けられ癒されたでしょう。
日本での初公演は1970年の大阪万博のニュージーランド館。それ以来8回の来日で今回が日本最後の公演となりました。
高円宮妃も来席され大きな拍手をされていましたが、63歳とは思えない
声量とどんなに高音の部分でも肩が大きく揺れる事がないのは発声の
仕方や肺活量が並みではないことがわかります。2度にわたるアンコールにも笑顔で歌い続けて幕が閉じられました。

2月10日
1月に続いて1ヶ月足らずでPCのトラブルで再度初期化。
今回はバックアップすることもできず、更に悪いことにUSBメモリーに
メモリーした一部までも使えなくなりショック。
夫はパソコンをやめてしまえばいいじゃないかと軽く一言。

2月8日
孫娘とママのコラボレーションの大きなカードが届きました。
日に日に成長する心優しい孫娘が描いた大きなハートは私たちを元気付けてくれます。

2月2日
長引く喉風邪に耳鼻咽喉科に行きました。今まで嗽は「アーーー」と言っていた私ですが、先生は「えーーー」と言って下さい、と仰います。
確かにそのほうが喉の奥が開くような気がしました。新しい発見です。
急いでいた為、夫を見送った駅周辺の調剤薬局で処方箋を見せると4種類のうち3種類が無いのでと、近隣の調剤薬局に問い合わせをしてくれましたが、ありません。仕方なく我が家の近くの所に持っていきましたがやはり
「2種類は置いてないので他から調達し今晩お届けします。」と親切な対応に
半分風邪も治った気がします。
7時半過ぎた頃に届けてくださった薬剤師さん。ありがとうございます!!

1月26日
チケットのトラブル第2弾。
私は今日キルト仲間と東京ドームのキルト展と日本橋三越のキルト展に行く予定でした。
先週来の風邪が一向によくならない私は多分行かれないだろうと思い23日のお昼ごろ友人の所にチケット3枚を送りました。
昨日(25日)の12時過ぎ「今日の便の中にも入っていなかった」との友人の電話。
これでは26日には間に合わないと思い、郵便局に連絡。
郵便局は局内と友人の川崎麻生区に探したが見つからないのでドームと
三越に事情を話し、チケットなしで入れてもらえないかと交渉してくれたようですが、それも勿論ダメでした。
局員は夕方5時半ごろに川崎麻生区に着く便があるので連絡するとのこと。
それにも届いていない連絡が入り、今度はその前にもう一つの小さな局に夜入って麻生区に届くがそれがわかるのは26日の9時半ごろで配達は10時半ごろだという。
例え届いても友人はドームに10時半の待ち合わせで家を9時に出ると言っているので間に合わない。
26日の9時06分に局から「確かにありました」という電話を受けて、バスに乗っている友人に連絡。
最寄の麻生区の郵便局で何とか無事受け取り、私たちのキルトの栄美子・戸田・ローブ先生の作品を楽しんでもらうことが出来ました。
やはり急ぎの時には余裕があると思っても速達にするべきだった私の反省と隣の市なのに3日もかかる郵便局の不手際と何とか届けたいと一生懸命奮闘してくれた局員への感謝と色々入り混じった一日でした。

1月20日
お昼近くに雪が少し舞いました。
降るなんて天気予報では言っていなかったけれど朝から雪空でした。
ここ1週間パソコンのトラブルに巻き込まれ四苦八苦の毎日の上に
喉の弱い私はとうとう声が出なくなり、1月末まで予定をびっしり入れて
いたのに、お休み状態。
バックアップを忘れたホームページビルダーのソフトをインストールする
ところから始めやっと長らく更新していなかったダイアリーを書くところに
こぎつけました。


1月9日
初釜。今年のご亭主にはOさんとMさん。お二人そろって落ち着いてお手前をされました。


1月8日
13回スクエアージョイのアニバーサリー。
400名の大勢のお客様に感激です。
普通お開きの頃には少なくなっていくお客様も今日は最後までみんな楽しみたい!という方ばかりでうれしくなります。


1月5日
関東三大大師の一つである佐野厄除け大師・足利・川越のバスツアーに
参加。お天気に恵まれました。
二人の義娘が厄年と聞き、参加したのですが私も厄年だったとは行くまで知らず、恙無く一年が過ごせるように祈念しました。


1月4日
キリテ・カナワの切符が引き出しから落ちて一番下の引き出しの後ろ側に張り付いているのを見つけホット。
初めから何時ものわかりやすい所において置けばよかったのに、万一泥棒に入られたらここは取られるかもしれないなーんて思ったのがいけません。
お蔭様で随分要らない物の整理ができました。

1月2日
長男家族の来宅で一度に活気づく。孫娘はカルタを上手に読んで一番沢山取ります。
その後大人3人で花札。大きな笑い声に包まれてのどかなお正月。

1月1日
今年こそ読書の一年としたいと新たな気持ちもつかの間キリテ・カナワの
チケットをどこにしまったか記憶なく、お正月早々探し物に半日費やす。
この時点で出てきません。

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