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12月27日
22日の日中温度22℃と言う春から一転して今朝6時半に起きると零下3度という冷凍庫のような状態。こんな変化に体がついていくのは大変。それでも夫は今年最後の登山。大山山頂付近は凍って危険ということでコースを変えて秦野~蓑毛~大山神社下社~ロウ弁の滝公園此処で鍋大会。

12月23日
長男家族と夫の従兄妹の次女カップルとを交えクリスマスパーティー。
先日T小学校を合格した孫娘にとっても皆にとっても最高のクリスマスと
なりました。夫作成のポニョのすごろくで全員大フィーバー。

12月20日
OKADAYAで可愛いマカロンの生地を見つけました。義娘の得意なマカロンが大好きな孫娘に
ママと一緒にお料理作りの時にでもと思いエプロンの作成。
中々インターネットや本を見ても子供の可愛い
デザインは見つかりません。肩紐と後ろはマジックテープで着脱を楽に出来るようにしました。
最後にマカロンのボタンをつけて完成。サイズはどうかしら?

12月12日
アメリカの友人からのクリスマスカードには私たちが住んでいたリッジウッドの町にも経済不況の波は押し寄せ、毎年駅前に飾られていた大きな大きなクリスマスツリーが今年は飾られていませんと書かれていました。
クリスマスを大切にする人達なのでどんなに大変か推し量られます。

12月11日
ポニョが大好きな孫娘のクリスマスプレゼントにと、夫は先日からポニョのすごろくを描き始めて完成しました。それはそれは立派なものです。
今から孫娘の喜ぶ顔が見えてきそうです。すごろくを入れる袋からコマ迄お手製です。

12月7日
今年も我が家のクリスマスツリーが点灯しました。
フライフィッシュの好きな夫にとアメリカで見つけたフライフィッシュのオーナメント。今まではツリーを飾るのは私の仕事でしたが、最近は夫が代わって飾ってくれます。
オーナメントやツリーを入れた箱はアティック
(屋根裏部屋)に仕舞っていましたが、かなりの
重量と容量の箱を持っての階段の上り下りは段々危険な年齢となり、1階の押入れに仕舞う
ことに昨年決めました。
この時期になると「来年こそはツリースカート(木の台を隠すカバー)を作らないと」と思うのにクリスマスが終わるとすっかり忘れてしまう私です。
今年もクリスマスの生地で取り敢えずカバー。
来年こそは!

12月1日
昨夕南の空に大きな星が2つ輝いているのを見て一つは宵の明星(金星)と思っていましたが、今日の次男のメールでもう一つは木星だと言うことが分かりました。そしてなんと今夜その二つの間を月が通ると言う天体の
大パノラマショーが繰り広げられると書いてあり、何度か外に出て空を
見上げてはいましたが悲しいかな正に月に群雲で見ることが出来ませんでした。夜ラジオ深夜便を聴いていると山梨在住の方がこのショーを見た感激を語っていました。見られなかったのが残念です。

11月27日
SQダンスのクラブ15周年に向けてユニフォームが新調されることになりました。
夫のYシャツはオーダーすると16,000円。
節約の為私が作成することになりましたが、やはり頭痛の種。何とか出来上がった時は万歳!
今回はパイピングテープをはさんでの仕上げも上々です。
生地の模様が意外とゴテゴテしていたので生地を少なめに使いすっきりと仕上げました。ポケットをつけようか迷っている所ですが、、、

11月24日
大きな団栗を見つけた夫は梟の顔を描き
リースにつけてドア飾りを作りました。夫々表情が違い厚紙で嘴をつけて芸が細かいです。

11月18日
三国志の好きな我が家。私は中々名前を覚え切れませんが、夫と「レッドクリフ」見に行きました。、ジョン・ウー監督、周愈にはトニー・レオン、孔明には金城武が主演。100億円の制作費を投入しての大スペクタクルが
3時間近い上演を息も切らせず壮大なスケールで国の統一にかけて
友情・愛・勇気が繰り広げられます。春以降のパート2が今から楽しみ。

11月9日
圧迫骨折の義母の事もあって大体の骨量を知りたいと言うことで新たに体重計を買い求めました。身長と年齢を登録すると体重、体脂肪、内臓
脂肪、骨量、基礎代謝、体内年齢、筋肉、筋肉スコアーが計測されます。何と体内年齢37歳夫41歳でした。二人とも基礎代謝が高く燃えやすく夫々メタボリックの心配は今のところ大丈夫です。

10月26日
義母を病院に送り届けた足で施設でお世話になっている母の元に。
スタッフの方は突然の訪問にも係らず何方もにこやかに応対して下さり、お茶まで出してくださいます。入居して1ヶ月の母は元気にしてくれているのが何よりです。本当に良い環境で私も安心しました。

10月25日
義母と叔母を生家の三田の家までお連れするとお二人は「此処まで来れると思っていなかった」と大喜びです。叔母は義母の押し車を使って少し
歩く練習。やはり生家に戻れた嬉しさが気持ちを後押しするのでしょう。
でもこの後ホテルに戻って急な無理で脚が立てなくなり再び車椅子の
ご厄介になることに。

10月24日
9月から入院されている義母が新潟より車椅子で会いに来られる妹様との久し振りのご対面に一時外泊を得て私たちがお連れすることになりました。そこに姪や姪の連合い・子供・孫総勢16名がホテルのレストランに
大集合。叔母は春の園遊会の写真や皇居での叙勲の写真を見せてくだ
さり、そのときのエピソードを話してくださいました。

10月9日
リチャード・ギア、ダイアナ・レイン主演「最後の初恋」を見に行きました。
ノース・キャロライナ州ローダンテの海辺を舞台にそれぞれ悩みや問題を抱えるポールとエイドリアンのときめく愛の訪れが突然の別れとなるクライマックスでは涙を堪え切れず主人公と共に泣いてしまいました。

10月7日
昨日の3人南部・益川・小林博士のノーベル物理学賞に続き今日はノーベル化学賞に下村博士が選ばれました。変な事件や株の暴落を初めとする金融経済不安など暗いニュースの中で飛び切り明るい嬉しい記事でした。

10月2日
台風が反れて朝から久し振りの秋日和。
余り気持ちが良いので今日は趣向を変えお昼から一駅先にある伊勢丹迄歩きました。
車で行けば10分ぐらいかかるところ山坂も考慮して40~50分位かしらと
テクテク。普段車で通り過ぎている所にも新しい発見やお店を見つけたりしながら伊勢丹に着くこと34分。是なら電車に乗るより早いかもしれません。帰りも挑戦して32分で我が家に到着。良い汗を流しました。

9月27日
今とても人気の花畑牧場の生キャラメル。町田のデパートでも限定販売
されていたのはチラシで見ていました。Mさんが「みんなの分は無いけれど、、、」と言ってお裾分けしてくださいました。友人の一人曰く「舌の上で転がさないとね」 「う~ん!確かに確かにとろけるー。美味しい!一粒はお父さん(夫)にあげようっと」と私。Mさん「ご主人には私が渡すね」の
一言に大爆笑。

9月24日
タイミングよく姉が電話でお聞きしてから1週間で母の施設入居となりました。義兄・姉・姪に付き添われ、チラシ寿司のウェルカムランチと暖かい人々に迎えられ、母の施設第一歩が始まりました。姉のお義母様が
ご一緒と言うのもきっと心丈夫で決心した一つでしょう。遠く離れて何時も心の片隅に重く圧し掛かっていた母が喜んで安心して過ごせる終の棲家が決まったのは何よりも嬉しいことです。

9月23日
秋分の日。本来なら義父の納骨の予定が義母の突然の腰椎圧迫骨折で1日に入院されたため延期となりました。
お彼岸なので久し振りにオハギを朝から作って遺影の前にお供えしました。漉し餡・つぶ餡・黒ゴマの3種類。結構上出来です。食の安全が騒がれる昨今手作りが一手間かかっても安心して頂けました。

9月9日
重陽の日。
今日のお茶のお稽古でTさんが言われたお茶杓の御名「月代」
月代とは秋の初め月が上がる東の空が白く明るく見えることだそうです。
又一つ日本語を知りました。

9月5日
友人と久しぶりの歌舞伎に。
いつもと違って2階の前方の席での観劇で花道も間近に見られます。
近江源氏先陣館で佐々木盛綱役の吉衛門の好演が光ります。
三話の河内山では打って変わっての抜け目の無い坊主役。

9月4日
淡交タイムズで千玄室が書かれていた中に利休居士の教えとして
「家はもらぬほど、食は飢えぬほどにて足ることなり。是仏の教え、茶の湯の本意也。」と言う言葉がとても印象的でした。
世界の中で恐らく日本ほど自由で物が豊富に溢れている国はそんなに
多くはないかと思いますが、果たして国民皆の心は満たされているので
しょうか。
発展途上国やユニセフ大使として黒柳徹子さんが行かれる国の子供たちの目の方が輝いているのはどうしてなのでしょうか?限りある資源限り
ある食料の中で世界が共存していく為にも私たちはもっと自然に対する
畏敬の念、謙虚さを持たねばならないと考えさせられた言葉でした。

8月31日
上海にいる次男夫婦の久しぶりの一時帰国に長男家族も前日から集合。
次男を好きな孫娘は到着時間を今か今かと待っています。飛行機の遅れで予定より遅くなったものの、ご対面に少し照れながらも満足!
明日からの幼稚園の事もあり、束の間の一時でした。

8月27日
以前から買い求めたいと思っていたSUWADAの爪きりニッパー。世界のネイルアーティストが使っていて一つ一つ職人さんが手がけた製品です。切れ味抜群で鑢をかけなくても良いと聞いていた通りの使い心地に大満足。日本が誇るものがまだまだ健在なのが嬉しいです。

8月26日
頂いたお中次で「和巾点前」のお茶事をすることに。小雨交じりの日にも関わらず久しぶりにお茶のお仲間10人全員が一同に会します。
お茶時の一つの目的はお中次のお披露目もありますがこれを頂いたご近所の元お茶の先生Yさん(80余歳)が毎日妹様の介護でお疲れでしょうと思い一盌差し上げたいと思う気持ちからでもあります。結局その日は往診の先生と看護士さんの訪問がありおいでに成れずじまいでした。
優しいK先生とお仲間に助けられそしてYさんのお陰で思いがけず楽しいお茶事となりました。
七宝雪月花のお仕服

8月18日
種から蒔いたパセリが芽を出し、お料理にチョコッと使うのに重宝していましたが、こんなに私は摘み取ったのかしらと不思議に思っていたら何とアゲハチョウの大きくなった青虫が我が物顔にパセリを食べていました。まさにあのエリックカールのはらぺこあおむしです。夫は小学校の理科の先生に持っていってあげようと虫籠にいれると
その晩さなぎになっていました。

8月12日
義父の100ヶ日と初盆。いつもお経が5分ぐらいで終わるご住職も今日は心なしか長く感じます。100ヶ日は卒哭忌(そっこくき)ともいい、「哭」は声をあげて泣きさけぶ「卒」はそれを終わると意味だそうです。故人を偲び
泣き悲しんでいる親族や近親者たちも、泣くことをやめる頃が100日目を迎える頃だということから「卒哭忌」といわれるようです。
夕方皆でお墓参りをして義父を偲びました。

8月11日
実家に帰っている時Y新聞の販売員が来て2年前に3年契約をしてもらっているが昨年秋入院で暫く休んで欲しいといわれたが契約が残っているのでとって貰わないとと半分脅しのような言い方でした。多分その当時88歳の母が自分から3年契約するはずはなし、おそらく強引に契約させられたとはいえサービス品を貰い、判子を押している以上無視は出来ません。
母は新聞の処理が大変なので断ったと聞いていた私は何とか止めたい旨を強く伝えましたが古紙回収はするのでと言われ取り合えず休んでいた期間は延長と言うことで再開となりました。しかし料金の支払いのことも
考え、本人の要らないということも含め生活情報センターに相談。相談センターの方はこの契約は成立しているものと思いますが、高齢で読めないという理由が効くかもしれないので電話しますと言ってくださり、結果最初のサービス品代3400円を払うと言うことでけりがつきました。
それにしても契約期間中に母が亡くなった場合、子供が引き継いで読んでもらうと言った販売員の強引さに驚くと共に、やはり何かあった時は
消費者センターのような所に相談して、泣き寝入りしない事だとつくづく思いました。

7月23日
主人の会社の同期の方からのお手紙を読み、息が一瞬止まりました。
ご結婚は私たちより約半年後にされ、社宅は丁度上下に住み、その後
それぞれ海外駐在が長く、でも何かと言うとご夫婦で合うことが多かった友人も退職後奥様のご実家の岡山に移られ疎遠になっていたところの
今日の手紙で奥様が亡くなったとの知らせでした。ドイツ・イギリス駐在ではゴルフを本格的にされ、日本に戻られても男性顔負けのスコアを出していた彼女が60歳を迎えずして帰らぬ人となられました。
ご主人様の「悔しいです」と書かれた文字がグサリと心に響きます。

7月22日
今日は大暑。朝からうなぎ上りに温度計が上がります。お茶に母からもらった麻の着物を着て伺いました。母のお嫁入り道具に祖母がせっせと揃えた着物の箪笥4~5棹の中からの一つを貰いました。約70年近く前の
戦争の色濃い時代に祖母の母への心遣いや愛、又戦争を潜り抜けて来てそれでいて古さを感じさせない着物の頑張りがとても嬉しいです。先日裄と袖丈を直した時には糸は切れてしまう程になっていましたが、麻の
生地のシボ(縮み)は真新しく感じます。
一人暮らしの90歳の母に少しでも喜んでもらおうと母に貰った着物姿の
写真を撮って送ることにしました。

7月21日
義妹や友人から頂いたベアー。
最近こういうのをチャームと呼ぶことを知りました。若い方がバッグ等に大きいアクセサリーや
チェーン・お花などでデコレイトするのだそうです。
流行に疎くなる昨今、少しでも若い人のエネルギーを頂けたようでお気に入りです。

7月19日
最近我が家は生姜紅茶にはまっています。紅茶に摩り下ろしの生姜または生姜汁を入れ、蜂蜜あるいは黒砂糖を少々加えて頂きます。諸々の病の根源は「体の冷え」からくるので体を温める食材、飲み物が良いと言う石原結實医師の説を実行。暑い夏をこれで乗り切りたいと思います。

7月18日
14日から18日まで松本文化会館でキルトの栄美子・戸田・ローブ先生と
日本の生徒さんのグループ“ジェファーズ”のキルト展が開催されて
いました。
7時新宿の高速バスで会場に。受付でお客様を迎えておられた先生は
私の顔を見てびっくりされ喜んでくださいました。時々先生が作品の説明をしてくださったり、又NJで一緒にしていた友人が又習うのを再開したと
一点展示されているのを教えてくださいました。私の大好きなJさんの作品は2点。いつも彼女の作品には「詩」が感じられます。
全部で156点が展示されている大作品展ですので先生の作品もいつもより沢山拝見できました。いつ見ても素晴らしい迫力です。「これは圭子さんのアメリカの家でべスティングした分」等とすごい記憶力も健在です。

7月16日
エコ大賞を受賞した主婦が家庭で実行している一つにご飯を圧力釜で
炊き、炊き上がった圧力釜に手作りの保温キルトカバーをされているのがテレビで放送されていました。
我が家の炊飯器も購入して8年余り、かなり年季が入っていて適当なのがあれば買い替えたいと思っていた矢先のことでした。炊飯器だと炊ける
まで50分弱。圧力釜だとおもりが回り始めて5分。火を止めそのまま
蒸らして3分。圧力を抜いて10分蒸らして出来上がり。時間が1/3で出来上がり、しかもガスを使っているのはたった5分+α。美味しいご飯が炊け
ました。
エコを考えるとなるべく圧力釜で炊くことにしました。
でも無理しないで時間と心の余裕がある時に!

7月7日
昨日のウィンブルドン男子決勝は久しぶりに見ごたえのある試合となりました。
フェデラーが勝てばボルグのウィンブルドン連勝記録を上回り6連覇。ナダルが勝てば、やはりボルグの同年全仏・全英優勝記録に並ぶと言う試合。2度の雨による中断にも関わらず4時間48分の今までの記録の中で最長の熱戦。62と言うゲーム数も又決勝最多と言う記録尽くめの素晴しいでした。

7月1日
今日は半夏生の日。夏至から数えて11日目。この頃には梅雨が空け、
田畑に烏柄杓(半夏)が生えるのを目安に田植えを終えたようです。
今日のお茶での茶杓のご名に黒南風(くろはえ)という名をされた方が
いました。
黒南風とは梅雨の初めに吹く南風という意味だそうです。
これに対して梅雨期間中の強い南風を荒南風、梅雨明けの頃に吹く南風は白南風(しらはえ)だそうです。
日本語って本当に美しい、語彙が豊かだと改めて考えさせられました。

5月23日
昨日は東京を始め各地今年最高の気温と言っていましたが、今日も我が家の外の寒暖計は31℃を記録。温暖化は進む一方。

5月19日
暫く家を空けている間にシジュウガラの雛は巣立っていました。
そして新たに出窓の側のノウゼンカズラの枝にヒヨが巣作りをしてい
ましたが、昨日の雨で枝が折れ、無残にも枝と共に巣は庭に落ちてしまいました。荷造り紐や棕櫚の繊維、細い枝や蔓を上手に使って見事に作り上げていたので、主は可哀そうに思い、元気なノウゼンカズラの枝に
括り付けましたが、二度とヒヨは近づかなくなりました。

5月15日
留守中お世話になった友人の所にご挨拶。友人はお庭に咲いたバラの
花束を用意して待って下さっていました。義父を亡くした私を労っての
暖かい心遣いに感謝。さり気無い中に友の思いやりの心が熱い程に伝わります。
他にもいろいろな方から一口では言えない優しさを受けました。
義父が常に病院のベッドで書き続けていた「仲良く」が心に染み渡ります。

5月4日
例年通り友人の山村流の舞の会に。いつもの事ながら堂々とした中にも落ち着いた踊りに感心。

4月30日
上野動物園のパンダリンリンが22歳7ヶ月で亡くなりました。
私も孫娘と一緒にリンリンを見たのは3年前ぐらいでしょうか。
ほのぼのとした表情動作は子供大人に限らず大好きです。
1972年にカンカン・ランランが上野動物園に来て以来たちまち人気者に
なりパンダと言えば上野動物園、上野動物園と言えばパンダと言って
いたのが寂しくなりました。
各地で真夏日を記録

4月28日
長男家族と初めてテニスをしました。夫はとても調子よくストロークが安定しています。1年ぶりと言っていた長男と義娘もどんどん調子を上げ、さすがソフトテニスの全国大会で優勝した経験のある義娘のサービスに私はお手上げ!

4月7日
アメリカ時代の友人とカレッタ汐留47階のイタリアンBICEでお食事。
午後から大雨という天気予報で折角のパノラマビューもうっすら。
でも本場イタリアの美味しいお料理と近況報告や年金の話に盛り上がり
おかげさまで雨はどこかに行ってしまいました。

4月4日
元離宮二条城が公開されているとのことで神戸より東京に戻る途中に
立ち寄りました。1603年徳川家康が京都御所の守護と上洛の際の宿泊所として造営。
その後家光によって伏見城の遺構を移すなどして完成。狩野探幽を始めとする桃山文化の全貌を見ることができます。二度の火事で一部焼失。
15代将軍慶喜がここで大政奉還を行っています。
又1994年世界遺産に登録されています。

3月12日
椿山荘でのさくらバイキングに学生時代の毎月の食事会。長男の婚約式をフォーシーズンで執り行って以来です。山縣有朋の別邸だった所でその昔より椿山と言われていたように、ちょうど椿が色々咲いていました。
早咲きのさくらの前で写真。友人が椿山荘についての歴史や、建物の
由来をプリントしてくれました。

3月1日
朝早くから義娘はショートケーキの用意です。何時もデザートを上手に
作ってくれますが、最近習ったレシピで教えてくれました。私は何時も卵の
共立ては慣れていないので別々に立てますが、やはり湯銭で少し共立てしたほうが肌理が細かく出来る気がします。次回この方法でやってみま
しょう。お雛ランチにイチゴのショートケーキが添えられ、大満足!!

2月29日
義娘のお誘いを受けて私の東京ディズニーランド初デビュー!!
息子達が小さい時いくら誘っても「行きたくない!」と断られ、夫は「本場で行きました」とつれない答えが返ってきてとうとう行くチャンスを逃していました。そういえばアメリカ駐在j時代も逸してしまいました。
孫娘は数日前から私達二人が喜びそうな所を案内しようと経験豊なママと相談してくれていました。シンデレラの衣装にティアラをつけた孫娘に子供達からの視線が集まります。 プーさんとの写真撮影から始まり、ファンタジーランドのアトラクションを次々と体験、ショーやパレードもとてもよい
場所で見ることが出来ました。さすが熟知した義娘の機転で待つこともなくディズニーの世界を満喫!きっと私達二人だけならこんなに効率よく楽しむことが出来なかったでしょう。義娘と孫娘に大感謝です。

2月23日
春一番。神戸から戻り、大洗濯!洗濯物が踊り踊りあっという間に乾きました。

2月19日
義父が明日からお世話になる老人介護施設を見学し、11ヶ月間お世話になった病院の担当医に御挨拶。こんなにトントン拍子に上手く事が運び
ホッとです。

2月18日
母の卆寿のお誕生を姉と一緒にお祝いしましょうと姉をピックアップ。昨秋末期癌を宣告された義兄は皆様のお祈りとDNAにあった最先端医療のお陰で290あった腫瘍マーカーが11.5に下がり、春が近づきました。

2月17日
早朝3時半に神戸に向け出発した私達。浜名湖を過ぎた辺りで夫と運転を交代した途端関が原~彦根渋滞のサインが出ておりこれは大雪では(?)の予想が的中。周りは銀世界でも綺麗と思う余裕もなくかなりの雪が降りしきる中を車を走らせます。彦根近辺で気持ちよさそうに眠っていた夫は「おっ雪か」と言ってお目覚め!

2月11日
二度の千日回峰行をされた天台宗大阿闍梨酒井雄哉の言葉が朝日新聞に掲載されていました。
みんなさ、背伸びしたくなるの、ねえ。自分の力以上のことを見せようと
思って、ええ格好しようとするじゃない、だから、ちょっと足元すくわれた
だけでもスコーンといっちゃう。無理しなくていいんだよ。無理って言うのは自分にとって理に通らないようなこと。それならやんないほうがいいんだな。ぼくなんか、それをはずしながら、肩すかししながらやってきたから、長持ちしてたんじゃないの。無理せず、ひがまず、焦らず、慌てず。
水の流れのごとく生きる。たまりに入っても、あわてることないよ。
よどみも徐々に解かれていくから。

2月6日
知人の写真展を覗いた後久しぶりに葉書絵のお仲間と銀座で集合。
今日も雪が降りしきる一日です。
77歳の友人はいつもコムデギャルソンでモデルのように決まっています!
長く入院されている御長男のことを心配されていたので少しでも元気になって頂こうと集合をかけたのですが、凛とされている姿と抜群のセンスに
こちらのほうが教えられる事が多いです。本当に介護と病院安心して暮らせる社会になって欲しいものです。

2月4日
母の卒寿のお誕生日。頑張って一人で暮らしています。
一緒に祝ってあげられないのが可哀そうですが2週間後に是非お祝いしましょう!

2月3日
早朝から雪が深々と降る節分となりました。
友人のSQダンスのグループの9回目のアニバーサリーです。
電車も予定より少し遅れて白井の駅に着くと雪の中を御主人様が出迎えてくださいました。
人気のコーラーのお一人伊藤達彦さん他のコールでプラス・メインストリームと休む暇無く熱く踊り続けました。
なんと言ってもその後のお食事ではコールの定義に花が咲きます。
私たち(夫と私)も定義を言うほど少しは上達したのでしょう。いつお会いしても楽しいお仲間。又どこかのアニバーサリーに誘ってください。

1月29日
新聞に「どうも」と言う言葉はそれだけで済まされることがあるが、それに対して賛否両論が書かれていました。日本語の曖昧にして物をはっきり言わない習慣から来た言葉で外国ではこんな言葉は無いようです。
最近沢尻エリカの「べつに」で大騒動が起こりましたが、物を人にさしあげた時「どうも」で済まされ、人とぶつかった時「どうも」で片付けられるのは曖昧さではなく、礼儀の無さではないでしょうか?
アメリカでの大恩人のMD.木村健が『患者さんで良く「お世話になりました」とだけ言う人が多いがその後に「有難うございます」をつけるのが正しいでしょう』と言われたのが今も心に残っています。
大人も子供もすぐにキレル時代ちょっとした「有難う」「ごめんなさい」の
一言でコミュニケーションが良くなる気がします。

1月26日
東京ドームでのキルト展に友人と。栄美子戸田ローブ先生の作品と先生のトークショーを伺いました。開催中先生はずっとスケジュールで一杯のようですが、トークショーの後私たちと少し雑談のお時間を空けて下さいました。今回の新作は飛行機の窓から差し込む太陽の光がアイデァとか。
先生は私たちが何時も眼にしているどこにでも創作のデザインがあふれていると仰います。荷造り紐をくるくると丸めていたのが解けた所とかパンティストッキングの穴があいた所とか水溜りを見ていてというような事が
先生の作品のデザインに繋がっていきます。先生の頭の中には常に作品が3つぐらい出来上がっていると何時もいわれますし、生徒が生地とデザイン画を見せると”私の頭の中にはあなたの作品が出来上がったよ”と
仰います。
帰宅後テニスの新年会に。苦手なカラオケも歌いましたがとても楽しい
お仲間とのひと時でした

1月23日
月曜日に雪が降るとTVで大騒ぎしていましたがずれたのか目を覚ますと雪が降り始めていました。うっすらと雪化粧。雪かきをしなくて済んだのが何よりです。去年もやはりこの頃20日に雪が降りました。

1月20日
夫のアメリカ駐在時代のスタッフのお嬢様Kyoko Inaさんはスターズ・オン・アイスで世界中をツアーされていますが、今回東京で開催
されるショーに招待してくださいました。長野
オリンピックの銀メダリストでしかも今回が
日本での最終公演です。何と前から4列目のセンターと言う最高のアリーナ席です。TVではフィギャースケートのプログラムは欠かさず見ていますが、実際会場で見るのは初めてです。オープニングからハイテンションのショーに圧倒され、大好きな選手たちが次々と妙技を披露してくれるのに感動です。とりわけKyoko Inaさんのペアーはスリリングでパワフルな
演技に会場からどよめきが起こります。さすがプロ魂、観衆を楽しませ、他のペアーには無い技を次々披露。先日札幌からの録画放送されたとき、八木沼純子さんがKyokoさんのペアーは年々パワーアップされていると絶賛されていました。
さぞかし毎日の厳しい練習と筋肉トレーニングそして二人の信頼関係が篤くなくてはあれほどの見せ場を作れないでしょう。私は興奮冷めやらぬ状態で帰路に着きました。

1月13日
14回目のスクエアーダンスのアニバーサリーです。お天気予報の雨を心配するも晴れに
変わり万々歳です。10時半からの開始が11時過ぎ位には400名近くのお客様。入場者に
お渡しするマスコットブローチをメンバーで400個作っていたのがアッとい間になくなる嬉しい
悲鳴です。千葉から私たちにスクエアーダンスを始めるきっかけを作って下さったTご夫妻が朝の一番で来てくださいました。アメリカのコンベンションまで出かけられる熱心な御夫妻。
ご主人様はテンガロンハットが良くお似合いです。修了後二家族での食事に男性軍のお酒のピッチが上ります。アメリカから帰ってこんな形で時々再会できるとは誰も思っていませんでした。

1月8日
今年の初釜はWさんの御炭点前に始まり、濃茶、そしてTさんの続きお薄、私は今回カメラを忘れ皆様の艶姿を撮れず終い。残念です。

1月1日
「子」の年の始まりです。「子」は「一」始まりと「了」終わりを持ち備えた字であるというような事を千玄室大宗匠が書かれていたのを拝見し漢字とは意味深いものと改めて感じました。干支の最初に戻り、今年はどんな年となるでしょう。
夫と私は夫々神戸で一人暮らしをしている母親の元で元日のお祝いを
しました。本来ならお節を頂いた後お年賀状を見ては友人たちの消息を知るのが楽しみですが、それは帰京した時のお楽しみ。