播磨国
利神城(りかんじょう)
[別 名] 雲突城
[形 式] 山城
[築城者] 別所敦範、池田由之
[遺 構] 石垣、曲輪跡
[所在地] 兵庫県佐用郡佐用町平福
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沿 革
貞和5年(1349)別所敦範が赤松氏の白旗城の防御のために築城した。
嘉吉元年(1441)の嘉吉の乱で別所氏は赤松氏と共に滅ぶが、応仁元年(1
467)別所治定が別所氏を再興、以後代々城主を別所氏が継いだ。 天正6
年(1578)、秀吉の中国攻めの際に、宗家・別所宗治が秀吉に反旗を翻した
ため、上月城にいた山中鹿之助に攻められ落城。 天正8年より、宇喜多家が
領有するが、関が原の戦で西軍に組したため改易。 戦後播磨は池田輝政が
領有し姫路城に入り、その支城として甥・池田由之が3万石を与えられ入城し
た。 入城すると由之は城を大改修し慶長10年頃完成するが、総石垣造りの
余りにも壮大なものだったため輝政の命によって天守を破却させられ慶長12年
由之は米子へ転封させられた。 変わって輝政の七男・松平輝興が入るが、寛
永8年赤穂へ転封となり利神城は廃城となった。
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宮本武蔵生誕の地?・岡山県大原町へ行くときなどに何度か通ったことがある
道であったが、まわりの雑木が刈り取られたため国道から山上に石垣が見える
ようになった。 途中まで車で登れると知ったので行ってみた。 登山口を山の背
後の道を走り回った挙句発見。 突入するが・・・足回りを固めた車、車高をおとし
た車の人は注意しながら行きましょう・・・。 行き止まりになった所へ車を停め徒
歩で進むが標識のようなものがなくちょっと道がわかりにくかった。 森?を抜ける
と上に石垣がドーンを現れる。 近寄ると所々石垣は崩れ、「落石注意」や「崩れ
やすいので・・」という看板が各所にありちょっと怖かった。
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中腹?に駐車するスペースはあります。
山麓を走る国道沿いに道の駅があるのでそこへ駐車できます。
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山麓より 三の丸脇より

本丸より天守丸虎口 馬場方向を。 尾根が平坦地になっている。
