但馬国
                竹田城(たけだじょう)
               [別  名]  虎臥城
               [形  式]  山城
               [築城者]  山名持豊(宗全)、赤松広秀
               [遺  構]  石垣
               [所在地]  兵庫県朝来市和田山町
     
                    沿 革
   嘉吉の乱で赤松氏を討伐し、播磨国守護となった山名宗全は本拠・出石城
  の播磨・丹波への出城として竹田城を築かせ、重臣の太田垣氏に守らせた。
  天正5年、羽柴秀吉は播磨へ侵攻すると弟・秀長に但馬を攻めさせ、秀長を
  竹田城主とした。天正8年、桑山重晴、天正13年には赤松広秀を城主とした。
  関が原の戦で広秀は西軍に参陣し、丹後・田辺城攻めに加わる。戦後、家康に
  許されず切腹させられ、竹田城は廃城となる。
     
   ここは数回訪問しているが、何回来ても飽きない。 しかし雲海目当てで早朝
  (というより深夜)に第二神明・加古川バイパス・播但道を飛ばして訪問するが
  デジカメ購入後は一度も雲海は見たことがない。
     
        山腹に観光用駐車場有り。
        秋から春には雲海が見事。
        台風による土砂崩れで登山できませんでしたが、
           復旧工事が完了したようです。
           http://www5.nkansai.ne.jp/off/wakk/index.htm
           ↑和田山町のHPでご確認ください。
            (朝来市になったのでいつまで見れるかは不明です)
     


  
  花屋敷跡                        南千畳より

  
  南千畳                          北千畳

  
  花屋敷跡より                       本丸へ

  
  正門跡                          雲海不発の図