Books List
福音書や新約聖書のテキスト、あるいは新約本文学に関する文献中、特に僕たち一般読者向けの本をいくつか紹介させていただきます。
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新約聖書のテキストは、ご存じのように「コイネー」と呼ばれる種類のギリシア語で書かれていますが、その「原本」というものは存在しません(というより、すべての規範となる単一の「原本」なるものが存在したという保証もありません)。今、僕たちが見ることができる新約聖書は、すべて「写本」という形で伝わっているのみです。
まずは、これら写本についての情報を得るための本をご紹介します。
図説・ギリシア語聖書の写本
ネストレやUBSの編集者のひとりで新約本文学の大家・メッツガーさんの手による聖書のギリシア語写本の図版集でもあり、聖書に関する古文書学の入門書でもある貴重な一冊。パピルス断片にはじまり、シナイ写本やバチカン写本に代表される大文字写本、さらに時代を下った小文字写本まで、40数枚の写本写真(モノクロームですが)を掲載。これらのひとつひとつに註がつけられているほか、巻頭の概説部分では、ギリシア語のアルファベットや写本の書体、ノーミナ・サクラやケパライアといった写本特有の記述法などについて、非常にわかりやすく解説を加えています。
定価8,000円と、ちょっと高めの本ですが、この種の本は他にないだけに、興味のある方はぜひ手元に置いておきたくなる本だと思います。
B.M.メッツガー著、土岐健治・監訳、教文館
新約聖書のパピルス1
日本の新約本文学の第一人者・蛭沼寿雄氏の著作。オクシュリコン・パピルスなど40編以上のパピルス断片を取りあげ、その読みについて、他の写本との違いなど詳しい註をつけています。このうちいくつかについては、パピルスのファクシミリや本文の翻刻をも掲載しています。
パピルス断片の多くは、羊皮紙などを綴じて作ったいわゆる「写本」と較べても、より古い時代に書かれたものですし、新約聖書のテキストの古形をたどるには不可欠の存在です。
上記のメッツガー本に較べるとやや専門家向けかもしれませんが、新約本文学のテキスト兼ワークブックとしても格好の本です。
蛭沼寿雄・編著、大阪キリスト教書店
現代に伝わる新約聖書の写本やパピルスは、それこそ膨大な数に上り、それらはお互いに異なったテキストを保存しています。現代の本文学者は、そのひとつひとつについて、個々の本文上の差異を詳しく調べ分類することで、いくつかのグループに分けています。
個々の写本(パピルス)の持つ本文上の特徴や、その分類法などについて解説をした本が、日本語でもいくつか読むことができます。
新しい新約聖書概説 下 初期キリスト教の歴史と文献
著明な新約学者であるH.ケスター著による概説書(上・下2巻本)のなかの1冊です。主要な写本・パピルス・古代語訳・印刷諸版や、これらを分類した本文型(家族)などについて38ページにわたって解説しています。
この2巻本は、それ以外の部分についても邦文の概説本などではほとんど触れられていないキリスト教関係の文献や資料についても広範囲に扱っていて、なかなか「目からうろこ」ものの本です。
H.ケスター著、永田竹司・訳、新地書房
書物としての新約聖書
戦後日本の新約学をリードしてきた学者さんで、「原始キリスト教の一断片(勁草書房)」などのユニークなマルコ研究でファンも多い田川建三氏の最新刊(といっても、もう昨年=1997年に出た本になってしまいましたが・・・)。
この本も上記のケスター本と同じく、新約聖書全般に関する概説本ですが、わざわざ「第三章・新約聖書の写本」という一章を設けて、聖書の正文批判、写本とその本文型、聖書の正文批判などについて詳しく取り上げています(100ページ強も!)。
その意味でも我々にとって非常に貴重な本なのですが、その説明の内容については「田川節」ともいうべき癖の強いもので、個人的にはちょっと問題ありという気もしないでもないのですが、やはり近年では出色のおもしろい本です、はい。
ついでに書きますが、田川氏には「マルコ福音書 上巻(現代新約注解全書、新教出版社)」という著作もあります。この本は、マルコ福音書に関する注解書ですが、これには邦文のものとしてはめずらしく各注釈の最初に《写本と翻訳》という欄が設けられており、本文上の異読についてもかなりのレベルで解説されています。
この注解書自体は、初版以来25年以上たった今でも、まだマルコの1:1から6:6までの分(上巻)しか出版されておらず、完結するかどうかはなはだ心もとないのがほんとに残念です。田川せんせ、がんばってください。
ただ、ひとつ気になることですが、僕が学生時代に学んだ「国文学」の世界では、古典の注解書といえば、「語釈」や「評釈」といった項に先立ち、必ず「校異」と呼ばれる本文上のコメントをつけるのが「きまり」になっていました。それに比べると、日本の聖書学の場合は、注解書といえばもっぱら釈義上の問題が語られるのみで、聖書本文や異読のことなどにはまったく注意が払われていないものがほとんど。これはちょっと寂しい気がしないでもありません。その意味でも「田川マルコ」の一日も早い完成が待たれます。
田川建三・著、勁草書房
新約聖書のテキストを研究する新約本文学の歴史について書かれた本です。
聖書のおいたち
著者のF.ケニヨンは、今世紀初頭を代表する本文学者さんです。原著の書かれた時期がやや古いので、その点さえ注意すれば、これは新約聖書のテキスト刊本の変遷など聖書の本文学史をてっとり早く知るには「一押し」の本です。
有名な本文学者であるティッシェンドルフさんが、これまた最も有名な写本のひとつであるシナイ写本を発見したときの逸話など、聖書のテキストとその研究者たちをめぐる結構おもしろい話題も扱ってますし、読みものとしてもなかなか楽しめました、少なくとも僕は。
F.ケニヨン著、山本七平・訳、山本書店
新約本文学史
上記の「新約聖書のパピルス1」の編者でもある蛭沼寿雄氏の労作。蛭沼氏の手による個人月刊誌「新約研究」の連載記事をまとめた本です。
古代から現代までの新約本文の研究者・約100人を項目に立てて、それぞれの業績や著作の紹介をすることで、新約聖書の本文学史を構成するという実にユニークなアプローチの本です(実際には、本文学者のほかにも、UBSなど新約聖書の著明な刊本も、いくつか項目に挙げられていますが)。
大変、大部な本で、値段もそれなりに高いのですが(500ページ、12,000円)、この本の各項目を丹念に読むことで、新約聖書のテキストに関するあらゆるレベルの情報を得ることが可能です。その意味では、いわば「新約本文学辞典」とも呼べるような存在の本だと思います(索引も充実)。
無人島に持っていくなら、僕ならこの1冊です。
蛭沼寿雄・著、山本書店
共観福音書の各書について、具体的にどのような異読があるか、またそのうちどの読みが古いと思われるか、等について、詳しい情報を載せた格好のシリーズがあります。
新約本文学演習・ルカ福音書(1)
上記と同じく蛭沼寿雄氏の手による個人誌「新約本文研究」の連載記事をまとめたシリーズからの1冊。同シリーズでは、他に「マルコ福音書」「マタイ福音書」の2著がありましたが、これらについては現在のところ入手困難だと思います。ちなみに、教文館7Fの聖書図書館には、蔵書として収録されていました。
この本は、簡単にいって、ルカ福音書の1章〜6章の部分について、本文学上特に問題となっている異読を取り上げ、解説を加えたもの。同種の本は、邦文では皆無であることもあって、「演習」の名のとおり本文学を学ぶ方には有益な参考書でしょう。
「新約研究」という雑誌、僕は偶然、キリスト教専門古書店の在庫リストでバックナンバーを製本したもの(4冊組)を手に入れたのですが、これを個人で編集し長年にわたって刊行し続けた著者の情熱には本当に頭が下がる思いです。
「新約研究」から生まれた本では、他に「ギリシア語新約語法」があります。こちらは、新訳聖書で使われているギリシャ語の単語のうち、「つぶやく」とか「悪人どもを悪し様に」など85個のギリシア語の単語・語句について、語釈・誤報解説のほか同時代の他の文献での使用例などについて詳細な解説を付したもの。これも日本では、他には得難い貴重な本だと思います。
いずれも蛭沼寿雄・著、新約研究社
A
Textual Commentary on the Greek New Testament
上記の「新約本文学演習」シリーズと同種の本としては、Greekのページで紹介したメッツガー著「A Textual Commentary on the Greek New Testament, 2nd ed., United Bible Societies, 1994」があります。
これは、共観福音書のみならず新約聖書全体について、UBS4(連合聖書協会版)が本文を決定する場合、どの異読を採用したかについて、その議論の論点を示した好著。英語で書かれた本ながら、各項目は要点を押さえコンパクトにまとめてあるので、僕のような中途半端な語学力の持ち主でも結構、読めます。
値段もそこそこなので、本文学に格別興味がなくっても、1冊そろえておくと、きっと役に立つときがくると思います。