The Greek Text of the Gospels


 福音書や新約聖書の「テキスト=本文」についてですが、ここでは「新約本文学」とまではいかないまでも、僕たち一般人が手軽に得られる福音書等のテキストに関する情報源をリストしておきたいと思います。


Greek Text

 まず何をおいても、福音書の原文、ギリシア語のテキストが掲載された本を入手する必要があります。ところが1998年3月現在、一般書店で販売していてかつ日本語の対訳がついているものとしては、福音書で2種。新約聖書全体ではわずか1種というのが実情です。


日本語対訳ギリシャ語新約聖書

 このうち、通称Interlinear=インターライナーと呼ばれる逐語訳方式(ギリシア語の単語、ひとつひとつに該当する日本語訳をつけている)を採用したのが、上記のシリーズ。現在、4福音書と使徒行伝までの5冊が刊行されています。
 ギリシア語本文には、The Greek New Testament(3rd ed. Corrected, United Bible Societies, 1983)=通称UBS3という、新約本文として現在、最も標準的とされているテキストを使っており、その点でも安心して利用できます。動詞の原形が欄外に記されていることをのぞけば、文法的な註はなく、この本だけで新約ギリシア語を学べるわけではありませんが、翻訳聖書を読んでいて疑問が生じたときなど、てっとりばやくギリシア語本文が指し示す意味を知るには非常に便利だと思います。
平野保・監修、川端由喜男・編訳、教文館


希和対訳脚注つき新約聖書

 「増補改訂新約ギリシャ語辞典(山本書店)」および「増補改訂新約ギリシャ語逆引辞典(前同)」の著者、岩隈直氏の手になる対訳、詳しい文法解説付きのギリシア語新約聖書のシリーズ。内外のギリシア語辞典、文法書などに加え、主な翻訳、注解書なども参照されており、学者により解釈が分かれている箇所を知るのにも有益です。
 このシリーズ自体は、やはり大変な労作だと思います。ただひとつ、使われているギリシア語本文がややくせのあるもので、現在、標準テキストとなっているネストレ26(27)版や上記のUBS3(4)とはいくつかの箇所でくいちがいを見せていることを頭に入れて使う必要があります。「マルコ福音書」の巻をぱらぱらと眺めてみて、気づいた箇所をあげれば、1:41、9:19、10:2、11:31、12:36、14:4、14:39、15:34などがあげられるでしょうか。
 ちなみに、この対訳脚注つきのシリーズで使われているギリシア語本文は、R.V.G.タスカー校訂による「The Greek New Testament, Being the Text Translated in the New English Bible, 1961」とクレジットされています(タスカー校訂版に完全に一致するのかどうかまでは確認してませんが)。これは、オックスフォードとケンブリッジ両大学の出版部が、1961年に共同で出した英訳聖書の新版「The New English Bible」=通称NEBの翻訳の際に使われた「底本」として公開、刊行されたものとして知られています。
岩隈直・訳註、山本書店





 上記の2冊の本の紹介でも触れましたが、新約聖書のテキストについて語るとき、様々な読みのバリエーション、つまり「アパラトゥス=異読」の問題を避けて通ることはできません。新共同訳などの邦訳聖書を引用して議論する場合にも、その箇所に重大な異読がないかどうか(逆に言えば、その訳がどの異読を採用しているか)を確認してから論を進めないと、時に非常に痛い目に合うことがあります。
 ただ困ったことに、日本語の翻訳聖書では、異読について十分な量の註をつけたものはなく、やはりネストレやUBSなど、欧米の批判版を手に入れることが必須でしょう。しかし意外に知られていないことですが、福音書に限って言えば、よりユーザーフレンドリーな洋書のシリーズがあります。


New Tastament Greek Manuscripts

 このシリーズは、バチカン写本を一番上の行に印刷し、他の写本がこれと異なる読みを示すとき、その本文を下に下線付きで並べて表示する(大抵の場合、複数の行が必要となる)というシステムを採用。ギリシア語の一文字毎の異読の有無、各写本間の一致具合等が、一目で把握できるように工夫されています。
 ネストレやUBSは、異読の中から編集を担当した委員会が最も優れていると判断した読みをつなげ単一の校訂本文を再構成し、他の異読については欄外に何十種類の記号を使って表示するという方法を採っています。このため異読の情況を把握するには、この暗号のような異読記号を解読する必要があります。ところがこれが、専門家以外の人にとっては、かなりやっかいな作業。
 その点、このNTGreekManuscriptsのシリーズを使えば、任意の箇所の異読の情況を瞬時に知ることができます。まさに「福音的」な本だと思うんですが、新約本文学関係の参考書などを見ても、あまり紹介されてないようなので、ここに挙げておきます。
 マタイからヨハネまでの各福音書について、1冊ずつ、合計4冊が刊行されているようで、ちなみに僕は、銀座の教文館の洋書売場で揃えました。

注意:僕が所有しているNTGreekManuscriptsのマルコ福音書の巻には一部乱丁があり、1ページ分(p.159)=マルコ10:12-15の部分がなく、代わりに同9:2-4の部分と差し変わっています。ただ、印刷されたページは158、159、160と連続しているので、正確には乱丁というより、版組の段階から間違っている可能性があります。この件については、今、教文館洋書部から版元に問い合わせていただいている最中ですので、また情報が入り次第お知らせします。

Reuben Swanson ed., Sheffield Academic Press(Eng.)/William Carey International University Press(USA)
ネストレ27版

 通称ネストレ=「Nestle-Aland Novum Testamentum Graece 27.revidierte Auflage, Deutche Bibelgesellschaft, 1993」については、あらためてここで触れる必要はないかもしれません。現代で最も権威のある、ギリシア語本文です。もちろん洋書(ドイツ)ですが、(財)日本聖書協会を通じて普通の書店からも注文できます。
 余談ですが、この現代のスタンダードたるネストレも、当初は、その名もエーベルハルト・「ネストレ」氏が発明した、多数決の原理で本文を決定するという極めて単純な(安直な?)方法を採用していました。つまり、当時有名であった3種の既存のギリシア語新約本文を見くらべ、3つのうち2つが一致したものを本文に採用、残りを欄外に記すという単純なやり方です。しかし良くしたもので、各版の読みを一覧できるという「アンチョコ本」的な利点や、3つの版の平均を採ることで、当時としてはおよそ客観的な本文になり得たこともあって、ネストレは幅広い支持を得ることになったそうです。
 その後、息子のエルヴィーン・ネストレ氏や、アーランント夫妻などが改版の作業を続け、異文資料も飛躍的に充実した結果、現代の「標準本文」の地位を確立しました。
 ネストレのギリシア語本文に、各国語の聖書訳を見開きで掲載し、序文などもあわせて翻訳した対訳版も、英語版、ドイツ語版などいくつか出ていますが、当然ながら(!)日本語版はありません。その代わりというか、日本聖書協会では、ネストレの序文部分のみを和訳して出版するという地味な仕事もしています(26版・764円および27版・1,020円、橋本滋男、津村春英・共訳)。この序文部分には異読記号の説明なども含まれており、やはり重宝します(本体部分は、ギリシア語本文と異読記号だけですから、もともと翻訳自体必要ないですし)。
UBS4(連合聖書協会版)

 上記、UBSの新版(Fourth Revised ed., 1993)も、日本聖書協会を通じて手に入ります。ギリシア語本文としては、段落、ギリシア語の綴り、句読点の置き方が一部違っていることを除けば、同じ本文を採用しています(編者も同じ)。
 このUBSはもともと聖書の翻訳者に優れた底本を提供するために企画されたもので、脚注に示された異読の数自体は、ネストレと比べると非常に少なくなっています。このため「どのみちネストレと本文は同じでアパラトゥスはネストレの方が桁違いに充実しており、ネストレの方が定価が安いのだから、アメリカ版(UBSのこと、引用者註)を用いる意味は今やまったくない」などという悪口(田川建三氏)を言われたりもしています。
 が、しかし、数は十分とは言えないまでも異読として採用された箇所に関しては、証拠写本の表示の仕方はネストレより詳しい場合が多く(ネストレは、時に本文として採用した方の「読み」が他のそれより有力と判断される場合には、本文=txtを持つ証拠写本の列記を省略し、読者に類推させる方法を採っている)、新約本文の異読について語る場合には、少なくとも一度はUBSの方も目を通しておくのがベストでしょう。
 また、このUBSの異読欄には、いくつかの異読の中から編集を担当した委員会が本文として採用したある「読み」について、その確かさの程度が、A〜Dの記号で表示されており(Aが最も確度が高い)、これは現在の新約本文学者たちの意見の一致具合を知るのには便利な情報です。

 また、新約本文学の第一人者、B.M.メッツガー氏が、このUBSに載せられた異読の評価について、その判断根拠を論じた解説書「A Textual Commentary on the Greek New Testament, 2nd ed., United Bible Societies, 1994」が出ています。これもコンパクトながら非常におもしろい本ですので、あわせて購入することをお薦めします。


Tools

 新約聖書のギリシア語テキストを読むときに有効なツール本を、いくつかご紹介させていただきます。


The New Greek-English Interlinear New Testament

 このページの最初に紹介させていただいたのは、日本語付きのインターライナーですが、そのほかに(本家本元の?)英語付きインターライナーがあると結構便利かもしれません。英語等の方が(日本語より)語法的にずっとギリシア語に近いので、実際読む場合は、こちらの方がはるかにすっきりと語意の把握ができるようです。
 英語版のそれは各種ありますが、一番有名で日本の洋書店でもよく見かけるのは、マーシャルさんが編集したゾンダーヴァン社のもの(欄外に示された対訳=英語聖書の種類によって何種類も出ています)。ただ、このシリーズは、肝心のギリシア語本文が旧版のネストレ(僕の持っているのは21版)みたいですので、ベスト・チョイスとは言い難いところがあります。
 多分、海外発注となりますが、ティンダル社のインターライナーは、定評あるUBS4(=ネストレ26版)を本文として採用しているのでその点安心です(僕は、インターネットのオンライン書店でこの本の存在を知り、即ゲットしました)。
 付録として付けられた対訳=英語聖書は、New Revised Standard Versionです。
Robert K. Brown & Philip W. Comfort tr., J.D.Douglas ed., Tyndale House Publishers
コンコーダンス(語句索引)

 新約聖書で使われているギリシア語の索引です。「人の子」とか「精霊」とか特定の語(ギリシア語)について、それが新約聖書のどこで何回使われているかを知るために使います。
 コンコーダンスとしては、自分の名前を冠した文法書で有名なW.F.モールトンとA.S.ゲデンの2人の手になるものが、1897年の初版以来1世紀という長いあいだ決定版的扱いを受けていて、キリスト教関係の書店さんなどで尋ねても、これ(今は確か第4版、1963年刊)を奨められる場合があるくらいですが、これは肝心のギリシア語本文が「古い」=「非ネストレ」です。また「και(=and)」などのいわゆる「frequent words(頻出語句)」が、項目として挙げられていないという点で完全なコンコーダンスと呼ぶには抵抗があります。
 「完全」という点では、ティッシェンドルフ第8版(当時知られていた各写本などを参照して、最良と思われる本文を提供した19世紀後半の有名な刊本。ティッシェンドルフ氏の編集による)からネストレ26版までのモダーンな刊本で使われている語句を網羅した「完全なるコンコーダンス(Vollstandige Konkordance zum griechischen Neuen Testament)」と呼ばれる大冊があります。が、これは確か30万円近くすると思いますので、僕たち一般愛好家向けではないでしょう。
 また、これと同じシリーズで、現代の標準本文であるネストレ26版のみを対象として編纂された「コンピューター・コンコーダンス(Computer-Konkordanz zum Novum Testamentum Graece)」というリーズナブルな1巻本が、ベルリンのWalter de Gruyterから出ていました。こちらは親本に登場する語句は、きちんと前後の文脈を含めた形で掲載していますし、さらに29個の「frequent words(頻出語句)」についても、その登場箇所の章節番号をあげるかたちですべて網羅(「και(=and)」の場合で、9,000か所以上!)しています(この本、現在でも「Concordance to the Novum Testamentum Graece(Walter de Gruyter)」という名前で手に入れることが可能だと思います。価格は2万円くらい)。

 なお、僕が一番よく引っぱり出すのは、「The Exhanstive Concordance to the Greek New Testament(Zondervan Publishing House, 1995)」です。
 親本は、UBS4と万全。個々の単語だけでなく、よく登場する成句・連語についても登場箇所の章節番号をあげていますので、検索の際にも便利です。上記の「コンピューター・コンコーダンス」の半額以下で買えますし(8,500円ほど)、お奨めです。


新約聖書の釈義  1998/8/13

 副題は「本文の読み方から説教まで」。
 タイトルがタイトルなんで、「牧師さん向けの本かいな」、と、ちょっと勘違いされるかもしれませんが、中身は「ギリシア語で新約聖書を読むにはどうしたらよいか?辞典の使い方は?・・・」という帯のキャッチ・フレーズだ示すとおり、かなり実務的な、しかも本格的な内容になってます。

 異文があるときの「本文の確定作業」や、「バウアー=ギリシア語辞書の引き方」「共観表の使い方」「本文解釈のための参考書類の利用の実際」などなど、これまで邦文の文献ではほとんど触れられなかった分野のノウハウを、多数の実例を挙げながら紹介しており、「目からうろこ」っていう方も多いと思います(少なくとも、僕はそうでした。「もっと早くこの本があれば、まわり道しなくてすんだのに」っていう感じがします。はい)。
 本文中で非常に多数の参考書・文献を掲げていることも、利点のひとつ。邦文文献も訳者の永田氏によって適度に補われています。

 もちろん「説教」うんぬんの話も少し出てきますが、我々シロートさんとしては、必要なとこだけ読めばいいのですから、あまり気にしない、気にしない。
 ていうことで、ギリシア語で新約聖書を読もうと思っている場合には、一度手にとってご覧になることをお薦めします。
G.D.フィー・著、永田竹司・訳、教文館