FERRARI 308 GTB
 フェラーリというとサーキットのイメージが強いのですが、308
GTBは1976年にグループ4のホモロゲーションを得て、主にヨ
ーロッパ・ラリー選手権(ERC)に参戦していました。ただし、フ
ェラーリ・ワークスではなく、ミケロットの手によりチューニングさ
れたプライベート・マシンで、ターマックやあまり荒れていないグ
ラベルのイベントを中心に活躍していました。           
 特にフランスでは、国内ラリー選手権がターマック中心に行わ
れていたことから好んで使用されました。なかでもJ・C・アンド
リューがドライブしたマシーンは1981年のERCチャンピオンを
獲得、翌1982年のWRCツールド・コルスでは2位入賞を果た
しました。なお、エンジン・チューニングはその後、フェラーリ・フ
ァクトリーがバック・アップを行っており、実質上フェラーリのセ
ミ・ワークス体制でした。                       
 本国イタリアにおいても国内ラリー選手権に有力プライベート・
チームのジョリークラブから若手ドライバー、トニーノ・トニャーナ
が308GTBで参戦し、1982年IRCチャンピオンを獲得してい
ます。この年のトニャーナは、シーズン後半の2戦はテスト投入
されていたランチア・ラリー037をドライブし、そのうちの1戦サ
ンマリノ・ラリーにおいて037初優勝を挙げ、IRCチャンピオンを
獲得しました。ところが、このトニャーナが、マシンをシーズン途
中でフェラーリからランチアへ変えたことが、エンツォ・フェラーリ
の逆鱗に触れ、当時ランチアとフェラーリが共同開発を進めてい
たグループCカー、LC2へのフェラーリ・エンジン供給を止めさ
せようとしたというエピソードがあるそうです。結果的には308
用V8エンジンを供給しましたが・・・                
 ラリーについては1983年からのグループA/B規定にあわ
せて、V8エンジンの4バルブ化やボディの軽量化等が図られ、
グループBの公認を得て引き続き参戦しましたが、4WDモンス
ターマシーン等の新世代ラリーカーにはまったく歯が立ちませ
んでした。そしてフェラーリの最新グループBマシーン、288GT
Oの登場が期待されましたが、この車は実戦投入されずに終わ
りました。
GALLERY
1981
308 GTB/Gr.4
FOUR REGIONI RALLY No.3
1982
308 GTB/Gr.4
MONTECARLO RALLY No.3
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