片上鉄道は、岡山県東部にある柵原鉱山の鉱石を瀬戸内の片上港まで輸送するため、建設されました。最初に
片上から山陽本線和気までの8.6Kmが1923年(大正12年)1月1日に開業し、その後、和気〜備前矢田10.
8Kmが同年8月20日に、備前矢田〜柵原14.4Kmが1931年(昭和6年)2月10日に開業し、片上〜柵原間
が全通しました。鉱石輸送が主体で、戦後は経営母体も鉱山会社となり、会社名も1950年(昭和25年)に藤田
興業、そして1957年(昭和32年)に同和鉱業片上鉄道となりました。昭和40年代に入ると御多聞に漏れず、モ
ータリゼーションの発達による旅客の減少と貨物輸送のトラックへのシフトが始り、旅客・貨物輸送とも下降線を辿
って、1988年(昭和63年)貨物営業が廃止、そして細々と続いていた旅客営業も1991年(平成3年)7月1日全
線廃止となりました。ファンの間では04形や07形気動車の活躍や片上版ブルートレインで有名だったこの鉄道、
山陽本線の車窓から何度か眺めたことはあったのですが、なかなか訪問する機会に恵まれず、初めて訪れたのは
1985年(昭和60年)の3月で、その後は廃止までの間に5回訪問しました。 |
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1985・3・21 |

周匝〜美作飯岡間 吉井川を渡るキハ303
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初めての訪問時、山陽本線の和気から柵原行きのキハ303に乗車しました。貨物列車が運転されていることを
期待していたのですが、この日は生憎運休でした。走行写真を撮るため、美作飯岡(みまさかゆうか)で途中下車
し、吉井川を渡る上り列車を撮影しました。その後、次列車で吉ヶ原へ行き、留置中の車輌を撮影後、徒歩で終点
の柵原に向かいました。帰りは柵原から片上まで一気に乗車し、片上の車庫を訪問しました。この帰路では、運転
台横の特等席を陣取り、運転手さんから’気動車で調子が良いのは一番古いキハ303だ’等の様々な興味深い話
を伺いました。 |

鉱業所に隣接した柵原駅で発車を待つキハ303
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片上の車庫はローカル私鉄とは思えないほど整備されていました。残念ながら気動車で唯一の07形であるキハ
702は庫内にあったのですが、職員の方が’せっかくだから外に出してあげるよ’とわざわざエンジンを掛けて庫外
に出してくれました。この頃はまだ、わざわざ東京から訪問する’物好き’が珍しかったようで、非常に感激したこと
を覚えています。車庫を見学した後は’片上版ブルートレイン’に乗車し、和気に向かいました。この日の列車はコ
ンテナ車とのミキストで、客車のオープン・デッキから前方の貨車とDLの眺めを楽しみました。 |

ベスト・ポジションにキハ702を出してもらい、
ツーショットを撮影
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ホハ2003のデッキから前方を臨む
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和気での長い停車時間の間に、急ぎ足で柵原寄りの山陽本線をオーバーパスする築堤まで行き、ミキストを撮
影しました。和気において貨車がコンテナから長物車のトキ15000に換わっており、片上鉄道らしい混合列車に
なっています。1回目の訪問はこれでお終いでしたが、お目当てのミキストも撮影でき、満足のいく訪問となりまし
た。 |

和気〜本和気間 山陽本線をオーバーパスするミキスト
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