ルノー製大衆車をベースにコンペティション・マシーンを製作し、
ラリーやレースで成功を収めたアルピーヌの代表作がA110で
す。ルノー・ディーラーを営んでいたジャン・レデレ(2007年8月
没)が、1955年ルノー4CVをベースに製作したA106からアル
ピーヌの歴史は始まります。
その後はベース車の発展と共に進化し、A108(ルノー・ドーフ
ィンをベース)を経て1962年9月、A110がデビューしました。
エンジン・ミッションなどの基本コンポーネンツはルノー8から流
用し、バックボーン・フレームはA108譲りのアルピーヌ・オリジ
ナルを採用、これにファイバー製の流麗なクーペ・ボディを被せて
A110は誕生しました。当初、エンジンはOHV956ccでしたが
ルノー8用エンジンの進化により1964年に1108ccとなり、さら
に強力版であるゴルディーニ・チューンが登場し、A110にも搭
載されました。
モータースポーツ参戦を前提として製作されたA110は、デビ
ュー直後から主に公道を使ったラリーやレースに参戦を始めまし
た。ただし、この頃のアルピーヌはM63・64・65そしてA210に
よる「ル・マン」参戦に傾倒しており、ワークス・チームによるラリ
ー参戦は行っていませんでした。
A110による本格的なラリー参戦はワークスチームを結成した
1968年からで、マシーンの仕様は当時のGTクラスのホモロゲ
ーションに合わせて、R8ゴルディーニのエンジンをベースに排気
量を1296ccに拡大し、クロスフロー・ヘッドやウェーバー製ツイ
ン・キャブ装着により120hpを発揮するエンジンを搭載したA11
0-1300でした。
この年から欧州ラリー選手権にワークス・チームとして参戦し、
モンテカルロにおけるクラス優勝(総合7位)など好成績を挙げて
います。ワークス参戦はその後も続けられ、1970年には1600
Sグループ4仕様が製作されました。このマシーンにはルノー16
TS用エンジンをベースに排気量を1596ccに拡大、ウェーバー
製ツイン・キャブ装着により155hpを発揮する強力なエンジンが
搭載され、戦闘力が大幅にアップしました。
翌1971年シーズンは、1600Sに172hpユニットが搭載され
さらに戦闘力が向上し、チャンピオンシップの懸かった全9戦中、
4勝を挙げてメイクス・タイトルを獲得しました。
翌1972年も1600Sによるワークス参戦が行われましたが、
初戦モンテカルロでの全滅に始まり、ほとんど成果を挙げられず
メイクス・タイトルをランチアに奪われる結果となりました。
翌1973年からは世界ラリー選手権(WRC)として開催される
こととなり、マシーンの仕様はレギュレーションの変更にあわせ
てルノー17ゴルディーニ用1798ccエンジンを175hpまでチュ
ーンして搭載したA110-1800グループ4となりました。なお、
市販車のA110については1973年型からリア・サスペンション
が従来のスイング・アクスルからA310と同型のダブル・ウィッシ
ュボーンに変更されましたが、ワークス・マシーンは従来のまま
スイング・アクスルを採用していました。
この年のWRCでは、初戦モンテカルロを制覇したほか、全12
戦中6勝を挙げ、見事WRC初代タイトルを獲得し、アルピーヌの
名声を高めました。しかしながら皮肉なことに、アルピーヌの経
営状態は芳しくなく、この年ルノーの正式な傘下となりました。
翌1974年のA110-1800グループ4は、オーバーフェンダー
の形状がフレア型の”チャイニーズ・フェンダー”から”バルーン・
フェンダー”に変更されました。ところが、世界的なオイルショック
の影響によりこの年のワークス参戦は見送られ、R17ゴルディ
ーニやA310と共にアルピーヌ・ルノー連合チームとして、一部
のイベントに参戦したのみで、結果はツールド・コルスにおける2
位入賞が最高位でした。また、この年の10月にデビューしたラ
ンチア・ストラトスは次元の違う走りを見せつけ、シーズン後半で
3勝を挙げ、ランチアにタイトルをもたらしました。
かつてのチャンピオン・マシーンも最新鋭のストラトスの前では
衰えを隠せませんでしたが、1975年もA310と共にWRCに参
戦しました。結果はアクロポリスとツールド・コルスで2位、モロッ
コとサンレモで3位入賞を果たすなど、まだまだ侮れない活躍を
みせましたが、結局この年がA110のワークス参戦最後の年と
なりました。
デビューから15年以上に渡って進化を遂げ、第一線級の活躍
を続けたアルピーヌA110、正に1970年代を代表するラリーカ
ーです。 |
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