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1990・11・17 |

燕発白山前行103レ クハ45+クハ47+モハ25
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新潟交通には1983年(昭和58年)3月15日の初訪問後、翌年11月5日にも再訪していますが、車両の形式写
真撮影が中心で、沿線での走行写真はほとんど撮っていませんでした。その理由は、日中の運行はワンマン運転
のため単行ばかりでモハ16以外は日車標準型でつまらなかったことと沿線に撮影ポイントが少なかったからです。
当時はローカル私鉄の撮影ガイドなどほとんど無く、撮影ポイントがわからなかったというのも原因ですが、ちょうど
この頃、’鉄仲間’の友人が新潟に転勤となり、その友人から朝ラッシュ時は燕から白山前(旧県庁前)行きの3連
が2本(101レ・103レ)運転されること、そして燕周辺には弥彦山を望む良い撮影ポイントがあることを教わりまし
た。そんな訳で朝の3連を燕周辺で撮影すべく、1990年(平成2年)11月17日に3回目の訪問を果たしました。
池袋から新潟行きの夜行バスに乗車し、翌早朝、燕ICのバス停から徒歩で燕〜灰方間のポイントにたどり着き、
撮ったものが上の写真です。生憎この日は天気が悪く、弥彦山を拝むことはできず、また3連も1本しか運転されま
せんでしたが、初めて本格的に走行写真の撮影を行いました。 |

朝の限定運用に就く 元小田急モハ2229+モハ2230
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弥彦山をバックに行く クハ46+モハ24
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ローカル私鉄とはいえ、平日の朝は通勤・通学客を乗せた列車が県庁所在地を目指して次々とやって来ました。
そのため、あまり場所を動く余裕がなかったので、燕〜灰方間のみでの撮影となりましたが、お目当ての3連以外に
朝限定運用の元小田急2200型や日中は見ることのできない2連を数個列車撮りました。その後、ワンマン車に乗
って東関屋の車庫に向かいましたが、その頃になって皮肉にも天候が回復してきました・・・
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燕〜灰方間を行く モハ18単行
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東関屋の車庫を覗いた後、併用軌道区間である東関屋〜白山前間で走行写真を撮影するため白山前に移動しま
した。新潟県庁の移転に伴い、駅名が県庁前から白山前に改称されましたが、従前と変わらない名物駅舎で燕行き
電車が出発を待っていました。 |

県庁前改め白山前駅で出発を待つ クハ48+モハ18
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出発を待っていた電車は、日中にも関わらず運よくクハを増結した2連だったので、白山前駅を出たところで併用軌
道を行く姿を撮影しました。撮影時はタイミングが良かったのか電車の周りに自動車がほとんど写っていませんが、
16m級の中型車とはいえ、道路を走る姿はかなり大きな印象を受けました。
ところで、県庁前改め白山前駅は新潟駅や市中心部から離れており、訪れるのに面倒だった記憶があります。
このアクセスの悪さも鉄道離れの要因だったため東関屋にバスターミナルを新設し、併用区間は先に廃止されまし
た。なお、白山前〜東関屋間2.6Kmには駅がありませんでしたが、開業から昭和19年9月までは5つの停留所
があり、この区間専用の単車も2両在籍していたそうです。この単車は軌道線停留所廃止に伴い川崎市電に売却さ
れましたが、運悪く戦災に遭い焼失してしまったそうです。また、新潟電鉄では県庁前から万代橋を経て新潟駅に至
る市内線の特許を取得し、万代橋架け替えの際には軌道敷設分を見込んでいたそうですが、残念ながら実現しませ
んでした。もしこの区間が開業していれば、鉄道線の運命も変わっていたかもしれませんね。 |

白山前を発車した燕行き クハ48+モハ18
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白山前〜東関屋 併用軌道区間を行く モハ18+クハ48
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併用軌道区間で走行写真を撮影したのはこれが最初で最後となってしまいましたが、道路上をゴロゴロ走る朝ラッ
シュ時の3連を撮ってみたかったなあと後悔しています。→PARTUへ |