思い出のローカル私鉄
 私の趣味の中で最も長く、そして深く続いているのがローカル私鉄巡りです。    
  自宅が東北本線の3複線区間の沿線だったことからか、物心ついた時には線路
脇に立っており、東北・上信越方面から来るEF57・58牽引の客車列車や、EF10・
13・15などが時には3重連で牽いていた数多くの貨物列車を暇さえあれば見に行っ
ていました。そんなどこにでもいる’鉄道好きの少年’であった私が、小学校5年生の
時図書館で出会った朝日新聞社出版「世界の鉄道’74」「世界の鉄道’75」、そして
立風書房出版「日本の軽便鉄道」という本によって、どういう訳かローカル私鉄や軽
便鉄道に魅せられてしまいました。                             
 それまでは国鉄の車輌しか身近になかった私にとって、ローカル私鉄の車輌群はと
ても魅力的に感じられ、これらの本を図書館から繰り返し借りては、いつかは訪問し
て実車を見てみたいと切望していました。しかしながら当時は小学生の分際ゆえ、1
人で行くわけにもいかず、悶々と過ごしていたのですが(その間に数少ない軽便鉄道
の1つである越後交通栃尾線が廃止されてしまい、非常にショックを受けました・・・)
1976年正月休みに家族旅行で金沢方面に行った時、ローカル私鉄それも軽便鉄道
である尾小屋鉄道を訪れるチャンスに巡り合えました。もっとも家族で行った訳ではな
く、兼六園見物を私だけキャンセルして小松に向かい、思いを果たしたのですが・・・ 
 そんな訳でこの尾小屋鉄道訪問から私のローカル私鉄巡りは始まり、中学・高校時
代は当時急速に数が減りつつあった旧型国電にも傾倒し、ローカル私鉄とあわせて
各地を巡りました。旧国が一掃された後、大学そして社会人になってからも嗜好が変
わることはなく、約4半世紀にわたってローカル私鉄巡りを続けてきました。      
 しかしながら時代の流れは厳しく、地方において止まらない過疎化、自動車へのシ
フト、そして少子化による通学客の激減等により、対象となる鉄道自体が相次いで廃
止されてしまい、この趣味も今世紀に入ってからは休眠状態となっています。最近で
はアルバムを時々見て感傷に浸る程度となっていましたが、昔の写真をスキャナで
取り込んで整理をしてみたくなり、どうせならサイトに掲載してみようと思い、新コーナ
ーを作ってみた次第です。カー・モデラーの中にも潜在的に’鉄っちゃん’(私的にはこ
の表現、好きになれないんですが)の方って多いようですので・・・
目次
尾小屋鉄道
蒲原鉄道
東洋活性白土専用線
別府鉄道
加悦鉄道
岡山臨港鉄道
同和鉱業片上鉄道
南部縦貫鉄道
筑波鉄道
野上電気鉄道
新潟交通
頸城鉄道

鉄道名
訪問回数
訪問日
廃止年月日
尾小屋鉄道
1976・1・4
1977・3・20
蒲原鉄道
1983・3・15
1984・8・20
1984・11・4
1985・3・30〜31
1990・11・18
1999・4・30
1985・4・1(加茂〜村松)
1999・10・4(村松〜五泉)
東洋活性白土専用線
1979・3・23
1982・10
別府鉄道
1979・3・22
1984・2・1
加悦鉄道
1979・3・22
1985・3・18
1985・5・1
岡山臨港鉄道
1980・12・29
1984・12・30
同和鉱業片上鉄道
1985・3・21
1985・12・29
1988・3・23〜24
1989・10・10
1990・12・29〜30
1991・7・1
南部縦貫鉄道
1986・5・1〜2
1988・9・9
1992・9・26〜27
1995・5・1
1997・4・12〜13
1997・5・6(休止)
2002・8・1
筑波鉄道
1984・8・22
1984・10・18
1986・3・27
1987・3・17
1987・3・19
1987・3・28
1987・4・1
野上電気鉄道
PartT
10
1984・4・2
1985・3・22
1986・9・13
1988・7・14
1989・10・7
1990・10・22
1991・9・22
1991・12・29〜30
1992・11・2
1994・2・18〜19
1994・4・1
PartU
PartV
新潟交通
PartT
1983・3・15
1984・11・5
1990・11・17
1991・5・18
1994・8・20
1992・4・1(白山前〜東関屋)
1993・8・1(月潟〜燕)
1999・4・5(東関屋〜月潟)
PartU
PartV
頸城鉄道
2005・6・19
1968・10・1
(新黒井〜百間町・飯室〜浦川原)
1971・5・1(百間町〜飯室)
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