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私ギター屋が生まれて小学校6年生の夏休み直前まで過ごした家は、八幡製鉄(現新日鉄)の社宅で、「高見ホール(たかみホール)」という、北九州最古のダンスホールに併設された家に住んでいました。
そこでは、ハニー・ハワイアンズをはじめ、エレキバンドやラテン、いろいろなバンドが毎週土曜日出演していました。
そのころもちろんギター屋君は子供だったので会場には入れてもらえませんでしたが、ドア一つ隔てているので演奏はまる聴こえ。
ベンチャーズでおなじみのブラック・サンド・ビーチなどもよく聴いた覚えがあります(曲名はずいぶん経ってから判明しましたが)。
また、ハニー・ハワイアンズは社宅の一角を練習部屋にしていて、小さいころからハワイアン、ラテン音楽、タンゴなどいろいろな音楽が自然に耳に入っていました。
セルジオ・メンデスとぶらじる66で大ヒットした「マシュ・ケ・ナダ」などもよく練習されていたようです。
ひとつ覚えているのは、土曜日のパーティーでの演奏のリハーサルでしょうか、バッドフィンガーの"No Matter What"(嵐の恋)のイントロの練習風景です。
時代が60年代〜70年代へと移り変わるのにつれて、出演するバンドもグループサウンズ的傾向のバンドが増えていったんでしょうね。
パーティーが終わった後、おばあちゃんの後について、会場の照明のスイッチを一つ一つ落とす手伝い(?)をしたのを覚えています。4歳ごろだったのかなぁ…。
2. 毎年夏にはハニーハワイアンズのリサイタルが行われていました。
プロの歌手のゲストも出演していました。
私も母に連れられて見に行ったことをよく覚えています。
会場はどこだったかもちろん覚えていませんが、なんとなく中央町の勤労者会館(レインボープラザ)の近所だったような気がします。
どなたかこの辺の事情に精通している方はいらっしゃいませんか〜。
BGM:コーヒールンバ/モスクワの世はふけて/ワシントン広場の世はふけて/子象の行進/真珠貝の歌
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