8月21日 オックスフォード2日目

その3 ノースムア通り〜サンドフィールド通り
ウォールバーコート墓地を出ると、今度の目的地はノースムア通りの家です。 時間があれば歩いても行けると思うのですが、時間に追われていたので、再びバスで向かいます。
このノースムア通り、ガイドブックの地図には載っていないし、バスマップにも 通りの名前は出ていなかったのですが、(バス通りに交わっている通りではなかったので 載っていなかったようです)昨年オックスフォードに行かれた紺屋さん ONE SONG内のレポートで「Bardwell Roadを右折」 という言葉があったののみを頼りにたどり着けました!
実際にはこのBardwell Roadはオックスフォード市街から一番近い方にある通りで、 トールキンの家はノースムア通りの北の端に近い方にあるので、かなり遠回りを してしまったのですが(汗)とにかくたどり着けただけでもよし、です! ノースムア通り20番地の家 もし、ウォールバーコート墓地方面からバスで行かれる方がいらっしゃったら、 Bardwell Roadの手前のバス停かさらにもう一つ前のバス停で降りて、元来た方向に戻って右折 した方が近いです。
ノースムア通りを延々と歩いて行くと、見えてきました、22番地&20番地の家が!
トールキンがオックスフォードの教授となってリーズから戻って来た時に移転したのが 22番地の家で、やがて隣のもっと広い20番地の家が空いたので、そちらに転居したのだそうです。 (ちなみにこの20番地のトールキンの前の住人はブロード通りのWHITE HORSEの隣にある BLACKWELLという大型書店の経営者BLACKWELL氏だったそうです。ロンドンにもあったなあBLACKWELL)
トールキンが子供たちに「ホビット」の物語を話し始めたのも、そして「指輪物語」の 執筆を始めたのもこの家、特に20番地の家です。それに、後に「サンタクロースからの手紙」 を読んで、サンタクロースの手紙が届いたのは大部分がこのノースムア通りに住んでいた 時代なのだと知りました。トールキンファンにとっては 一番感慨深い旧居ということになるのではないでしょうか。 私も、特に20番地の家はよく写真でも見るので、実際に目にするのは感動でした!
さて、まずはトールキン一家が最初に住んだ22番地ですが、この家、 ノースムア通り22番地の家 トールキンが住んでいたことを示すプレート なぜか木が生い茂っていて 中がさっぱり見えません・・・(汗)なので、どういう家なのかは今ひとつわかりませんでした(汗) ひょっとしたらトールキンファンが観に来るのが鬱陶しくて木を植えまくったのだったりして(汗)
そしてそのお隣の20番地には、対象的に、切妻のところに青い丸いプレートがついていました。 このプレート、ロンドンで著名人が昔住んでいた住居に表示する青いプレートを模したものの ようです。昨年オックスフォードを訪れた紺屋さんが撮影した写真にはこのプレートは写って いなかったので、かなり最近ついたもののようです。
トールキンの旧居でプレートがついているのは、この20番地の家と、ヘディントンのサンドフィールド通りの家 だけでした。こういうプレートって、誰がつけるのでしょうか? 住んでいる人が自主的に つけるのかも、なんて思いました。隣の22番地が対象的に外から見られたがっていないような 感じを受けたので余計に・・・。

さて、この時点で時計を見ると6時少し前。ロンドン行きの特急が6時45分にあり、これに乗れば 明るいうちにロンドンに着けるのですが、まだ少し時間があります。 私としては、ここでサンドフィールド通りに行ってしまいたかったのですが、 それにはやや時間が足りない感じでした。が、1時間後の7時45分の特急になら十分間に合いそうです。 帰りは遅くなってしまいますが、ここは一気にサンドフィールド通りに行きたいところでした。 問題は、妹がどう言うかでしたが・・・(汗)
実は2番のバスに乗れば、そのまま真っ直ぐサンドフィールド通りまで行けたのですが、 妹とオックスフォード市内で待ち合わせをしていたので、一旦カーファックスタワー近くで バスを降りました。5時にはたいていの店が閉まってしまい、行くところがなくぼーっと 待っていた妹(ちょっとかわいそう・・・)とここで合流(汗) サンドフィールド通りに行きたい旨を話し、「先に帰っててもいいんだけど」と言うと、 一緒に行くというので、そのままヘディントン方面に向かうバス停を探しました。
が、どういう訳か、ヘディントンに向かう2番、19番のバス停が見当たりません。 High Streetをどんどん東へ歩いて行って、ほとんどイーストゲートホテルの近くまで来て やっとバス停がみつかりました。二人ともかなり歩き疲れていたので、これはちょっと きつかったですね・・・。
やがてやって来たバスに乗り、運転手さんにマップを見せて「ここについたら教えて」と言っておき、 座席に座りました。 一昨日来たモーダレン・カレッジのあたりを通り過ぎ、 どんどん郊外に向かって行きます。
マップとにらめっこしながら外を見ているうちに、 「ここかな?」と思うところがあったので、降りようと思ったのですが、運転手さんが 何も言わないので、「ここか?」と確認したら、 「次だ」と言います。降りるのをやめて、もう一つ先のバス停で降りたのですが・・・なんか全然違う場所のような?
訳がわからなくなってしまって、とりあえず同じバスに乗っていてそこで降りた女性に声をかけ、 マップを見せつつ「サンドフィールド通りはどこか」と聞いたのですが、 「ずっと遠くだ」と言うのです。どうやらもう通り過ぎてしまったようで・・・。
私たちの英会話力ではこの女性に事情を説明するのは難しく、しまいには通りがかりの人に 「Can you help us?」と声をかけてくれたのですが、事情は全く変わらず・・・(汗) そうこうするうちに、私が突然自力でマップの中から今いる場所をみつけたため、 なんとか事態は解決しました(汗)ただ、言葉が今ひとつ通じないので、助けてくれた女性たちは キツネにつままれたような顔をして見送ってくれましたが・・・(汗)
さて、マップから読み取れた事実。バス停1個分乗り過ごしてしまっていたのでした。 つまり、私が降りようとしたバス停で合っていたのです。運転手さんはなぜに「次だ」なんて言ったのか?
思うに、ちゃんと教えなかったと言われるのが嫌で、適当に「次だ」なんて言ったのではないかと・・・(汗) そう言えば、ウォールバーコート墓地に行った時も、運転手さん、教えてと頼んでおいたのに 何も言ってくれなかったなあ・・・(汗)イギリスのバスの運転手さんは意外といい加減なのかも・・・。
ローカルバスを使って知らない土地をめぐって道に迷うのが結構好きな私はこの成り行きを楽しんでいましたが、 同行させられていた妹にはかなりのストレスだったようで・・・(汗)

サンドフィールド通り72番地の家 そんなこんなで、バス通りを逆戻りして、サンドフィールド通りに向かいました。 道を尋ねた女性は「ずっと遠くだ」というようなことを言っていましたが、別にバス停1個分の距離だし、 歩けないことは全然ありませんでした。うーん、イギリス人てあまり歩かないのでしょうか?(汗)
そしてようやくサンドフィールド通りに到着です! ドキドキしながら通りに足を踏み入れました。
しかし、ここでひとつ大問題が・・・。まさかサンドフィールド通りにまで行けることになると思って いなかった私は、家の番地を控えて来なかったのです・・・。
「うーん、多分50番地じゃなかったかな・・・」という適当な記憶を頼りに50番地付近を目指しましたが、 全然違う家です・・・。後から思えば、50番地って2日前に行き損ねたセント・ジョン通りの番地だったではないですか。 今更思い出すなー、という感じでしたね(汗) 本当に「『或る伝記』は携帯すべき」というセオデンさんの教えは正しかったです・・・(大汗)
そのまま、通りの端の方まで歩いたのですが、該当する家はなさそうな・・・(汗) セオデンさんのTAKA&ZUKA駄べり館で写真を見ていて、 「白い家で、入り口がアーチになっていて、プレートがかかっている」という割とはっきりしたイメージがあったので、 番地がわからなくてもすぐにわかるかと思っ スマウグとお山のプレート たのですが、かなり甘かったようで・・・。
呆然としていると、妹が「反対側に渡って歩いてみたら?」というので、道を渡って反対側から戻ることに してみました。すると・・・ありました! 白くて、入り口がアーチで、入り口の上にプレートのかかった家が!  反対側を歩いていた時にはプレートまで見えなくて見落としていたのですね。 番地は72番地でした。全く記憶にない数字だったので、とほほ・・・でした(汗)
プレートは、写真で見てはいたものの実物を見るとかなり感動しました。苦労して辿り着いただけになおさらでしょうか。
入り口脇の、アーチ型の門がそのまま部屋になっているようなところが、ガレージを改造したトールキンの書斎 だったところかな、なんて想像したりして。(全然違うかもしれませんが・・・)
ところで、この家の前に車が停まっていて、中に人が乗っていて、住人の方なのだと思うのですが、 ずっと携帯電話で話しているのです。一応写真を撮ってもいいか聞こうと思って待っていたのですが、 一向に電話が終わる気配なし(汗)そのうちに痺れを切らした妹が、「さっさと撮って帰ろうよ」というので、 ささーっと写真を撮り、逃げるように???その場を後にしました。
バス通りまでの、少し坂になった道程は意外に遠く、バス停まで歩くのが辛くてタクシー以外で外出できなかった という老トールキン夫妻(特にエディス夫人)の苦労が偲ばれました・・・。

さて、ようやくバス停に辿り着いて待っていると、早速19番のバスが。このバスに乗れば、駅まで真っ直ぐに戻れます。 ・・・と思っていたら、なぜか乗車拒否!? 通り過ぎられてしまいました・・・(汗) 仕方なくしばらく待って、2番のバスが来たところを「今度は逃がさん」とばかりに道路に半分踏み出して止め(笑) 無事に乗ることができました。 しかし、このバスはオックスフォード市内で降りて、駅まで歩かなければなりません。疲れた足腰に響く 長い道程をようやく辿り着くと、余裕だと思っていた7時45分の特急にギリギリの時間でした(汗) まあ無事に帰れて何よりでしたが・・・。
最後の最後にまた振り回された妹はかなりご機嫌斜めでした。が、この日の経験で 「無理やり変なところに付き合わされるよりは、一人で行動した方がまだマシ」と思い知ったのでしょう、 おかげで最終日のショッピングタイムには思い思いの場所に行けて、丸く収まったのでした(笑)

という訳で、2日に渡ったオックスフォードの旅も終りを告げました。なんだか2日とも慌しくて、 感慨も何もなく慌てて帰って来てしまったような感もありましたが(汗) 中つ国の世界が生まれた場所をめぐることができて、それなりの感慨もあったなあと思います。
またいつか、改めて訪れることができることを祈ってやみません。


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