小さな山間の村。そこで食料の調達をしていたらそこのおじいさんが言った。
「最近、この先の山道にたちの悪いのが旅人を襲っておるんじゃ。
今からでは山道を通るのは夜になってしまう。せめて朝になってからの方がいい」
私たちの事を心配して言ってくれたと思ったのに。
お兄ちゃんはその助言をまるっきり無視してその村を立った。
次第に暗くなっていく山道を歩いていると道の脇にある木からわらわらと
厳つい男達が姿を現した。
「有り金全部置いていきな」
その中から一番ごつくて強そうな男が私たちに言う。
「お兄ちゃん!あのおじいさんの言ってた通りじゃない」
「ああ。そうだな」
小さく囁くと隣でお兄ちゃんがローブの下から小さく返事を返した。
「もう。宿を熱心に勧めるからこれは絶対に客引きのための作り話だって
お兄ちゃんが言ったから信じたんだよ?」
それに徹夜で山越えすれば朝には隣街に着く。
ここで宿を取らなかった分いつもよりも良い部屋を取って一日ゆっくりすればいいって
言うから後ろ髪引かれたけど山越えに決めたのに。
こんなことになるのならあの村で休めばよかった。
ぶつぶつと文句を口先で文句を言っているとぽんとお兄ちゃんに頭を叩かれた。
「まあ、済んだことだ。それよりもリズ、周りを囲まれたぞ」
「ええ〜?」
見渡すといつの間にかむさい男たちが前にも横にも後ろにも私たちを取り囲んでいた。
その数およそ20人あまり。
「ううう。お兄ちゃんの馬鹿ぁ。どうするのよ。これぇ」
「大丈夫。大丈夫。いつものようにオレに任せときなさいって」
お兄ちゃんは嬉々とした表情で唇を舌でぺろりと舐める。
「けど、これだけの人数だと体型変わっちゃいそうだな」
「ちょっと、それやだよ。でぶでぶのお兄ちゃんなんか見たくないもん」
「でもな。せっかくこうやって出て来てくれたんだ。残したらまずいだろ?」
「そりゃ、残して襲ってこられたら困るけどさ……」
「だろ?」
「何、ぶつぶつ言ってやがる。早く渡さねえか!」
こっちが何の動きも見せないためか奴らはいらだった声を上げた。
「じゃ、そう言う事で。さっさと片付けるからリズは適当に隠れてて」
言うが早いかお兄ちゃんはローブごと身体を崩れさせ、
褐色の液体になると男たちの方に飛び出した。
「わっ!」
「な、何だぁ!?」
お兄ちゃんの変化に驚いた男たちが悲鳴を上げた。
そりゃそうだ。
人がいきなり溶けてその溶けたものが自分たちに向かってくるのだから。
褐色の液体は男たちの目の前でジャンプをし、
上で大きく拡がると男たち数人を包み込んだ。
「うわぁぁぁぁ!!」
包み込まれたそいつらはしばらく悲鳴を上げながらじたばたしていたけれど、
すぐに聞こえなくなって中の動きが完全に止まると、
足下に犠牲者が身につけていた同化出来なかった装飾品なんかが現れる。
「お、お頭!」
「ば、化け物だー!」
男たちの中には怯え、後退る者もいれば逃げる者も出始めた。
残っているのは腰が抜けて動けなくなった者や、
それでも果敢にそれを倒そうとする身の程知らずな奴らだけだ。
液体はそんな奴らを側にいるものから着実に同化していく。
本能フル稼働状態だ。
相変わらずすごいなぁ。
なんて、感心して眺めていると不意に首に冷たいものが触れる。
「ひゃっ!?」
冷たさに首をすくめるとちりっとした痛みが首筋に走った。
どうやらナイフらしい。
「動くな!」
「ひっ!」
お兄ちゃんに気をとられている隙に奴らの一人が背後に回ってたらしい。
慌てて腰のショートソードに手を伸ばそうしたら腕を捕まれて後ろ手にされる。
「おいっ!そこの!動くな!」
男はただいま山賊の仲間を同化中のお兄ちゃんに向かって声を張り上げる。
「それ以上動いたらこいつの命がないぞ!」
しかし、あの状態のお兄ちゃんは食べることしか頭にないから、
他の方なんて見向きもしないし、おそらく聞こえてない。
だから動きを止める様子はもちろん見られない。
「おいっ!おいっ、聞こえないのか!こいつがどうなってもいいのか!」
男は私をこれ見よがしに見せつけ声を出すけれど、お兄ちゃんは変化なしだ。
「食べ終わるまで無理だよぉ」
「はあぁ!?何を言って……」
「お兄ちゃん。食べるので一生懸命で全然聞こえてないんだもん」
「な、何だとぉ!?」
のど元のナイフが食い込む。
ふぇぇぇぇ〜ん!
お兄ちゃんが言った通り早く隠れていたらよかったぁ。
お兄ちゃん気づいてくれないかなぁ。
なんて望み薄でお兄ちゃんの方を見直すとさっきの奴は同化してしまったのだろう、
お兄ちゃんは近くで腰を抜かして座り込んでいる奴に移動しようとしていた。
この機会を逃したら本気で殺されちゃう。
「お兄ちゃんっ!お兄ちゃんっ!お兄ちゃ〜んっ!」
情けない声を出すとお兄ちゃんは、やっと私の状況に気付いたのか移動を止めた。
だらりとした液体が縦に伸びて人の形を作り、最後には元のお兄ちゃんに戻っていく。
「リズ!」
「動くな!」
近付こうとしたお兄ちゃんに男が叫ぶとお兄ちゃんはぴたりと動きを止めた。
「そうだ。そのままそこに座りな。間違っても化け物に変わるんじゃないぞ。
お前が動いたその場でこいつの首切り裂くからな」
「ちっ」
お兄ちゃんは舌打ちをするとその場に腕組みをして座り込み、ぶーたれた顔で男を睨んだ。
「これでいいんだろう?」
「ああ、そうだ。そのまま大人しくしてろ」
男はお兄ちゃんの後ろに剣を持った仲間が近づくのを見てにやにやと笑う。
「そうすればお前の妹の命は助けてやるよ」
「オレたちがたっぷり可愛がった後、売っぱらうけどな」
後ろの男が剣をお兄ちゃんに向かって振り下ろした!
お兄ちゃんは人型になっているとは言え基本はアレなので、
実のところ火や魔法で攻撃されない限りダメージはない。
だから男の剣は身体の中を打ち下ろした勢いのまま地面に打ち付けられた。
「うおっ!?」
手応えをなくし男はバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。
お兄ちゃんはしゅるしゅると紐状になってその男の四肢に絡みついた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
じゅうじゅうと煙を出しながら男の手足が溶かされていく。
普段なら全部包み込んで余すところなく同化するところを
部分的に残して溶かしているって事はお兄ちゃんはものすごく怒っているみたい。
まあ、いきなり斬りつけられたんだから当然と言えば当然なんだけど。
「おいっ!妹がどうなってもいいのかっ!」
お兄ちゃんのいきなりの行動に後ろの男が悲鳴のような声を上げた。
すると視界からお兄ちゃんが消える。
残ったのは首と胴体になったまま呻いている男だけだ。
「うぎゃぁぁぁ」
どこに消えたのかと思っていたらいきなり背後から悲鳴が聞こえる。
それと同時に肉の焦げる匂いが背後から漂い始めた。
後ろ手に掴んでた手が外れ、ナイフを持った手と共に床に落ちる。
慌てて振り向くと手だけを切り離された男が元に戻ったお兄ちゃんの足下で呻いていた。
お兄ちゃんは魔術師ではあるけれどスライムでもある。
一年ほど前、仕事仲間の裏切りでこんな身体になってしまったのだ。
それでもお兄ちゃんはすごかった。通常スライムに溶かされた人間は、
スライムと意識を共有されて個人という考えはなくなってしまうそうなんだけど、
お兄ちゃんは自分の意識を共有されなかったどころかそれすら取り込んでしまい、
スライムの身体の主導権も自分で握って元の身体に形作ることまで
出来るようにしてしまったのだから。
それでも身体を理性でコントロールしているためか
さっきみたいに同化もとい、食事をしている時なんかは頭がスライム並になって、
今みたいに食べ終わるまでそれしか考えなくなってる事もあるんだけど。
魔法もそう言う理由で集中力を伴うそれなりに大きな魔法は使えない。
唱えた途端に理性が本能を押さえきれなくなって側にいる関係のない人たちまで
手を出しちゃうからだ。私も別の意味で大変な目に遭ったことがあるから
それ以来、無茶な魔法は使わないようにお願いしてる。
と言うわけで以前よりも魔術師の腕は落ちてしまったし、お兄ちゃんの暴走に
巻き込む可能性があるから他の人間をメンバーに入れることも出来ない。
それでもこうやって危なげなく旅を続けられるのはお兄ちゃんが今まで培った経験を元に
今使える魔法を効果的に使ってるからで、それでもどうしようもないときには
最終手段としてこれ”同化”のお世話になってたりする。
でも、今回あっさりとこれを使ったのは理由がある。
スライムとしてのお兄ちゃんは実のところ人間が好物だったりするからだ。
「ったく。何がリズを可愛がるだ。リズに手え出していいのはオレだけなんだよ」
お兄ちゃんが男の足に手だけをアレにした状態でぺたりと触れた。
「ぐあっ!」
じゅうっ。という音がして嫌な匂いと煙が立ち上る。触れた部分がお兄ちゃんに同化される。
男は短くなった手をばたばたさせた。
「ひぃ!た、助け」
「やだね」
じゅうぅぅぅ……とまた少しだけ溶かす。
「ゆっくり同化してやるから自分の言ったことを後悔するんだな」
「オレは言ってなっ……ぐあぁぁぁぁぁ!!」
「知らんな」
じわじわと溶かして相手を時間かけて苦しめるのはお兄ちゃん流の拷問だ。
怒ってる時のお兄ちゃんは本当に容赦ないから山賊さんが可哀想に思えてしまう。
「ねぇ、お兄ちゃん。そろそろ止めよ」
「何で?」
「何でって……だって可哀想だし……」
「オレたちから金を奪おうとした奴だぞ?」
「あっ。そうだった」
「忘れるなよ」
苦笑したお兄ちゃんがぽんぽんと私の頭を叩く。
「それに、オレは身体を真っ二つにされたんだぞ」
「だって、お兄ちゃん切られても平気じゃない」
「あほう!この身体じゃなければ死んでいたんだぞ。
お前だってオレがやられてたら奴らのアジトでさんざんもてあそばれたあげくに
売り飛ばされてたぞ。お前分かってないだろう?」
そうだった。そうだった。
同情の余地はないんだ。
「って事で。続きだ。次はどこを溶かしてやろうか?」
「ひぃぃぃ!助けて……助けてくれ……」
「そう言ったらオレ達を助けてくれたか?」
冷たく言うと、男の股間から湯気が上がり、じわりと漏らした小水が地面を濡らした。
でも、この状態じゃもう悪い事なんて出来そうもないし、
抵抗出来ない人間をじわじわと嬲るのは好きじゃない。
お兄ちゃんの怒りもわかるけど私はやっぱり見ていたくない。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「もう日も暗くなってきたし先を進もう?この人だってこんなになったら何も出来ないし、
こんな所で時間とってたら街に着くの遅くなっちゃう。
それにぐずぐずして逃げた奴らが戻ってきたらやだもん」
「特に急ぐ旅じゃないし、あいつらが戻ってきたってオレはかまわないけど?」
「私は早く隣街の宿屋でゆっくり休みたいの!」
本当はあの村で休みたかったのに。
お兄ちゃんの言うことを聞いたばっかりに……。
「早く休みたいか……」
お兄ちゃんはあごに手をやって「ふぅん……」と呟く。
「リズがそう言うならさっさと片をつけるか」
と身体を崩れさせ、すでに足部分が無くなっている男を包むと、
断末魔の叫びと共に同化させていった。
「さて……」
足下の男を溶かしきるとお兄ちゃんは手足を溶かされた男に目を向ける。
「ひぃっ」
お兄ちゃんが近づくと男はおびえて身体をじたばたさせた。
「た、助け……」
「ああ、いいさ。頭からぶった切られたけど何ともなかったし……」
男は可哀想なぐらい顔を真っ白にさせる。
「リズの事を可愛がろうにもそれじゃ無理だろう。でも……」
兄ちゃんは男の股間に視線を移した。
「万が一って事もあるからこれは溶かした方がいいかな?」
「わぁぁぁ!!許してくれ!何でも言うことを聞く!だから許してくれ!」
手だけをあの状態にして、男の股間に近づけると男はめいっぱい身体を動かして許しを請う。
「わかった。オレの言うことに素直に答えてくれたら考えてやる」
男はかくかくとうなずき、お兄ちゃんはそれを見てにんまりと笑った。
「アジトはどこだ?」
「は?」
何でアジト?
「お兄ちゃん。街に行くんじゃなかったの?」
「ああ、気が変わった」
「気が変わったって……まさかアジトに行ってさっきの人たちみんな食べる気じゃ……」
「あっ。それもいいな」
「いいなって……違うの?」
「ああ」
何をするつもりなんだろう。
「ア、アジト……」
「そう、お前らの根城。この辺にあるんだろう?教えてくれないか?
でないとさっきの男みたいに少しずつ溶かすことになるけど。いいか?」
お兄ちゃんが凄味を利かせて言うと男の顔は真っ青になった。
「い、言います!言いますからっ!」
お兄ちゃんはアジトまでの道を聞いた後、すぐさま男を溶かしてしまった。
「ひどい。ちゃんとアジトの場所を言ったのに」
「何を言う。すぐに楽にしてやったんだからいいじゃないか」
お兄ちゃんは平然と言う。
「だいたい考えてやると言っただけで切られた事を許したわけじゃないし」
「そりゃ、そうだけどさ」
「それにあのままあそこに放っておいても仲間に助けられる可能性は低いぞ?
何せ、はいつくばるしか出来なくなったただの役立たずだからな。
あっさり殺されるか、放って置かれてのたれ死ぬかだ。
だったら早々に引導を渡してやるのも親切ってもんだ」
そんな状態にしたのはお兄ちゃんなんだけどなぁ。
お兄ちゃんに見えないようにため息をつくと、お兄ちゃんは「それに」と言葉を続けた。
「せっかくの獲物を食いかけにするのはどうも好かん」
やっぱ、そっちが理由ですか。