すまにいとばーわ
−2−

気がつけば周りは薄暗くなってきていた。

お兄ちゃんはランタンをつけようとする私の手を止めて
「山道ならこっちの方がいいだろう」
と手にした杖に魔法の灯りの呪文をかける。
杖の先に柔らかな灯りが生まれ、私たちのほんの少し先を照らした。

「お兄ちゃん、本当に食べに行くんじゃないんだよね?」
「でぶでぶのお兄ちゃんは嫌なんだろ?」
大きな体をゆさゆさと揺らしながらお兄ちゃんは言う。

「うん。それ以上は大きくなって欲しくないなぁ」
今だって普段より一回り大きいんだもの。

「リズに嫌われたくないし我慢するか……ん?」
お兄ちゃんは首の後ろに手をやってため息混じりに伸びをしたまま動きを止める。

「どうしたの?」
『シッ……』

どこからか悲鳴が聞こえた。
すぐ近くではないけれどそれほど遠くない。

『あれだな』
声のする方向に目をやるとこちらに向かって来るいくつかのたいまつの明かりが見える。

『リズ、こっちだ』
お兄ちゃんはすぐさま魔法の灯りを消すと大きな木の陰に私と共に隠れた。
若い男女が側を通る。
そのしばらく後ろをたいまつを持った複数の人影が追っているようだ。

『……!』
後ろから何かが飛んで、それに足を絡ませた女が地面に転がった。
男が慌てて彼女の手を掴んで助け起こすとその間にむさい男どもが追いついていた。

『お兄ちゃん……あれ……』
『ああ、さっきのやつらだ。オレたちから逃げた後見つけたんだな』

男は女を先にやると、時間稼ぎをするために男たちに向かった。
女は後ろを気にしながらも男に言われてふらつく足取りでかけて行く。
男は懸命に男たちを引き留めるけれど多勢に無勢、すぐに地面に転がされた。

『助けなきゃ』
『どうして?』
『どうしてって……』
『オレたちとは関係のないやつらだぞ』

男たちは女を捕らえようとかけだして行く。
男が気になったのであろう女はあまり遠くないところで男たちに捕まった。
女の悲鳴が上がる。

『見過ごせっていうの?』
『そのつもりだが?』
『お兄ちゃんの薄情者!』
『リズだって早く休みたいって行ってたじゃないか。助けになんか行ったら当分休めないぞ』
『そう言う問題じゃないでしょ!』
立ち上がり、助けに行こうと腰のショートソードに手をかける。

『馬鹿!何するんだ!』
後ろから襟首を捕まれて強引に座らされた。

『助けに行くの!』
『リズが行ったって逆に捕まるだけだぞ。
剣もまともに振るえないくせに巻き込まれにいくんじゃねえ!』
『でも、目の前で襲われているんだよ?何もしないなんて出来ないじゃない。
お兄ちゃんがしないって言うから私が……』
『待てって』
立ち上がろうとするところをまたお兄ちゃんに座らされた。

『仕方ねーな。助けりゃいいんだろう?まったく、リズは……』
お兄ちゃんは呆れたように息を吐いた。

『助けてくれるの?』
『しようがねーだろ。じゃなきゃリズがあいつらに犯されに行くって言うんだから』

そんなこと言ってないって。

『さてと……どうするか』
お兄ちゃんはたるそうに頭をかきながらぽつりと一言。
『手っ取り早く片付けるなら食うのが一番なんだがなぁ』

はい?

『あれだけ食べたのにまだ食べたいの?ってこれ以上食べたらだめ!』
『ちっ』
『ちっ、じゃないでしょ!』

もう、さっきまで私に嫌われたくないって言ってたのに。
助ける気になってくれたのはいいけどどうしてすぐにそっちになるの?

『そんな事したらあの二人にお兄ちゃんの正体を見られちゃうじゃない!』
『けどさ。久しぶりに食える人間が目の前にたくさんいるってのを見逃すのはなぁ』
物騒な事を言う彼に私は冷ややかな視線を投げかけた。

誤解をしないで欲しい。いくら人間が好物だからと言って
お兄ちゃんはむやみやたらと人を食べているのではない。
あくまでも自分の基準で悪人と思った人間だけを食しているのだ。

そういう連中っているところにはいるけれどそうしょっちゅう会う訳じゃない。
だからこそお兄ちゃんとしては食べられる時には食べておきたいと思うのだろうけど、
いい加減、人間らしい考え方に戻って欲しい。

『お兄ちゃん。今、自分が魔術師だって忘れてるでしょう?』
『ああっ』
お兄ちゃんはぽんと手を打つ仕草をした。

『そう言えばそうだな。どうも悪党=(イコール)食えるって事しか頭になくてなぁ』

のんきにそんなことを言うけどそれ絶対おかしいから。

『そんな事ばっかり考えていたらそのうち本当に頭までスライムになっちゃうよ?』
『冗談だ。食わずに何とかすればいいんだろうが。その代わり……』
にんまりと笑みを浮かべ、お兄ちゃんは私を見た。

「後で覚悟しておけよ」
お兄ちゃんは詠唱を始めた。



光の矢が手に持った杖から幾重にも放たれる。

「ぐあっ!」
それは狙いを違わず女性の前にいる山賊にすべて命中した。

「な、何だ!」
山賊が女から離れ、光の矢が飛んできた方へ顔を向けると、
そこに集中砲火のごとく光の矢が続けざまに飛んでくる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
男たちは悲鳴を上げて逃げまどう。
しかし、光の矢は確実に命中して山賊達を倒していった。

「とりあえず。面倒なのは片づけたから……っと」
お兄ちゃんが続けて呪文を唱えると、
今度は小さなつむじ風が杖から生まれ男たちに向かっていく。

「うわぁぁぁぁぁ!」
その風は鋭利な刃物の様に男たちを切り刻み、はね飛ばす。
山賊達は次々と数を減らしていった……。



山賊を全て倒したのを確認すると、私達は二人を助け起こす。
二人の話によると彼らは私たちが向かう予定の街から駆け落ちをして
山間の知り合いのところに身を寄せる所だったそうだ。
夜にあの山に入ったのも追っ手をまくためだったらしい。

彼らは擦り傷や殴られたりしていたけれどそれ以上の事はされていなかった。
乱暴を働かれる前にお兄ちゃんの魔法が間に合ったのだろう。

二人は私たちに礼を言った。


◇ ・ ◇ ・ ◇



私たちは山間の村の入口まで彼らを送り届けると、今来た道を引き返した。

「お兄ちゃん」
「ん?」
「ありがと」
「なんの。あれしき」
「私、助けるなんて言って結局お兄ちゃんに任せちゃったし」
「かまわないさ。可愛いリズがあんなやつらの慰み者になるなんて考えたくもないからな」
「確かにまともに戦った事自体ないけどさぁ」

私はいつもお兄ちゃんに守られていて戦いにはほとんど参加をしたことがない。
お兄ちゃんが一人で倒して私はそれを感心して見ているだけなのだ。

「リズは吟遊詩人なんだから、戦うのはオレに任せておけばいいの」
「それだって……」
「側にいてくれるだけでオレは幸せなんだからそれぐらい何でもないさ」
抱き寄せられて髪をくしゃりとかき回される。

「えへへ……」
何となくお兄ちゃんに腕を組み、そのまま寄り添って歩いた。

「それにその見返りは今からもらうから……あ、リズこっちだぞ」
お兄ちゃんは山道を外れ、枝分かれした細い獣道を選んだ。

「見返り?」
「そ、見返り。あれだけの食料を我慢した見返り」

……。
えっと?

「だ、だって、あれだけ食べたら、お兄ちゃん大きくなりすぎて
しばらく街に立ち寄れないじゃない!」
「それはそうだけどな……おっ、ここか」
「……ここ?」
お兄ちゃんが指し示したのは洞窟だった。

「ひょっとして……あの山賊のアジト?」
「正解。ちょっと待ってろ」
お兄ちゃんは目をつぶると呪文の詠唱を始める。

どうやら魔法の目を飛ばして洞窟の中を探っているらしい。「案外広いな……」とか
「お、なかなか良い物があるじゃないか」などと呟きながら中の様子を調べてるようで、
しばらくするとお兄ちゃんが目を開けつまらなそうにため息をついた。

「誰も残ってないな」
「そうなんだ」
「不用心だな。戦利品を置いておくなら見張りぐらい立てておくもんだぞ。
そしたら一人ぐらい食えたのに」

まだ食べる気だったの?

「お兄ちゃん?」
「冗談だ。中の様子はわかったから。リズ、行くぞ」
「あ、待って……」
お兄ちゃんは洞窟の中に入って行った。