ex.02 : Thanks a Million (九龍 ver.)


パンッ、と軽い音と共に消し飛ぶ、かつて『生き物』だったモノ達。
それを見届ける間もなく、もう一方の腕を無造作に振り切る。
その衝撃に巻き込まれた化人が数体、壁にぶつかり絶命した。
今日も今日とて遺跡の奥で、自分は一体何をしているのか。
九龍は自嘲気味に嗤う。
あの居心地の良かった天香学園から出てきて、早1ヶ月が経とうとしていた。
誰にも言わずにあそこを去り、卒業式には戻るなどと調子のいいことを書いた手紙など 残してきたは良いものの、どうやらそれすら守れそうにない。
やっぱりこのいい加減さは、ちょっとやそっとでは治らないようだ。
そんなことを考えながらも身体は動く。
右手に銃を、左手に剣を。
今回の装備は基本的なものを揃えてきたのだ。
後ろからくる攻撃をあっさりとかわしながら、そのまま重心を移動し綺麗に回し蹴り。
ここ数週間、間近で見ていたものにはまだ少し及ばないけれど。
ため息を一つ。
事あるごとに脳裏に浮かぶ、やる気のなさそうな相手の影を頭を振って振り払った。
実際のこと、気付いてはいるのだ。
遺跡の調査を理由に、『帰れない』ことにどこか安心している卑怯な自分に。
原因なんて分かりきっているのだけれど。

「だからって何かが解決するわけじゃないしねぇ」

呟くように落とされた言葉は遺跡の闇に溶けて消える。
つまり、だ。
つまり自分は怯えているんだ、と他人事のように九龍は思う。
あれだけ押すに押して、一方的に、半ば無理矢理丸め込んだ形でバディにした青年の姿を思い出す。
ただ傍にいたかっただけなのだ。
目を離したら、また一人で消えてしまいそうで。
また一人残される恐怖を、味わいたくはなくて。
だから傍にいて欲しかった、それだけの事。

「それだけのコト、だったのになぁ」

実際、バディじゃなくても良かったんだよね、と九龍は呟く。
ただ望みを実現する方法が、それしか思いつかなかっただけで。
本当は期待なんてしていなかった。
皆守があの場所から解放されたなんて、胸を張って言える訳もなかったし、 万が一そうだとしても自分に付き合ってくれるなんて思ってもいなかったのだ。
だからバディになることを承諾された時、嬉しいよりも戸惑った。
戸惑いは混乱に変わり、恐怖になった。

───だって、自分の願いが叶えられるわけなんてない。

そう考えた自分に納得し、吐き気がした。
こんな状態で皆守をバディとしてなんて連れて行けるはずもなく。
逃げるようにして今回の任務に入った。

───だって、甲ちゃんはまだ卒業してないし。
───協会の許可だって下りてないし。

そんなどうでもいいことを言い訳にして、こっそりとあそこを出てきた。
その後、今日まで送ったのはメール1通きり。
見捨てられてもしかたないんじゃなかろーか。
今更ながらに、少し慌ててしまう。

って言うか、俺なら絶対見捨てるね。

断言できてしまう所がまたヘコむ。
だって相手はあの皆守甲太郎だし。
そうは思うがいざとなると面と向かっては中々言えなかったりする訳で。
今までのように、最初から期待なんかしていなければ大丈夫だったのに。
もう一度頼んで、本気で断られたら真面目に立ち直れないだろう。
しつこく頼み込んだから、仕方なくOKくれただけで本当は無理してるのかもしれないし。
この間の返事は嘘だ、なんて言われて断られても、逃げ出した自分には何も言えないだろう。

「今だってメールの返事すらくれないしさぁ」

結構薄情だよな、なんて自分のことは棚に上げて考える。
これも単なる逃避ってヤツなんだろうけれど。
そんな事を考えていたからか、いつの間にか辺りに化人の気配は全くなく。
何だかすっきりとしてしまった辺りの様子に、とりあえず一息つく事にする。

「今回はハズレかな〜」

壁際に腰を下ろしながら、ベストを探る。
取り出した、栄養補給のみを目的に作られている美味くもない固形食を口に運ぶと、何の感慨もなく咀嚼する。
甲ちゃんの作ったカレー、食いたいな、などと無意識のうちに考えている自分に自嘲した。
結局、すでに自分はあいつから離れられなくなっているらしい。
ほんっとーに馬鹿みたいだ。



 ***



隣でポーンッ、と日付の変わる音がした。
そのままの体勢で転寝をしていた九龍が、その音に目を覚ます。
短い仮眠とはいえ、頭はすっきりしていた。
今後の方針を決める。
悩んでたってしかたないし。
そろそろ覚悟を決めようか、と笑う九龍の瞳はとても静かに凪いでいる。
覚悟なんて決めてしまえば、後は行動あるのみで。

「とりあえずはここの任務をクリアしちゃいましょうね」

軽口半分に次の行動を起こすため立ち上がりかけると、突然なんとも言えない音楽が辺りに鳴り響いた。
流石に驚いてバランスを崩したが、そのまま何とか持ちこたえる。
音源を調べてみれば、ロゼッタ協会からの支給品の中でも《宝捜し屋》にはなくてはならない物で。
つまりは『H.A.N.T』から流れるメール着信音に、九龍は思わず顔をしかめた。
めったに聞かないソレは、どんな場所にいても連絡がとれるための緊急用のもの。
協会からの催促のメールだったらヤバイな、と反射的に考える。
今回に限っては自分のことで手一杯だった九龍は、すっかり協会への報告がお座なりになっていることを自覚していたわけで。
それでも直す気がなかったのだから、諦めるより仕方がない。
ため息を付いて音源の機械を開く。
どうやって誤魔化そうか、とメールを開けばそれは全く予想外の相手から。
思わず目を疑った。

『とっとと帰って来い、馬鹿』

たった一言だけのメール。
あまりのらしさに笑えてきた。
きっと今日が何の日かなんて気付いてもいないのだろうけど。
それでも死ぬほど喜んでいる自分は、きっとアイツの毒にやられているのだろう。
ふんわりと微笑む九龍の表情は、とても幸せそうなものだった。



 ***



新宿のあるマンションの一室。
皆守はプロップを銜えると火をつける。
数日前、緋勇に教えられたメールアドレスは何でも緊急用のもので。
相手がどこにいても繋がる優れものらしい。
自分を置いていったあの馬鹿は、今どこにいるのかは知らないが。
姿を消してからきたのはメール1回のみ。
何を悩んでいるのか、一向に連絡の取れない九龍のせいでイライラするのにも飽きてきた。
本当はこっちから連絡するなんて腹立たしいことこの上ないのだが、今日の日付に気付いてしまったのだから仕方がない。
あの性悪教師の思惑通りなのが気に入らないけれど、今回ばかりは乗ってやることにした。

『とっとと帰って来い、馬鹿』

たった一言だけのメール。
きっと相手には通じていないだろう。
『おめでとう』なんて言ってやらないし、特別なこともしないけれど。
今日という日に感謝だけはしてやってもいいと皆守は思う。
帰ってきたら蹴りを一発と、鍋いっぱいのカレーをやろう、と青年は柔らかく微笑んだ。




Happy Birthday,My Dearest

君が生まれたことに感謝します


2005/04/02 Tohko*Matsuhra
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