団シアターガッツって?

1992年、愛知県大府東高等学校演劇部OBが同校英語教諭であり、演劇部顧問の品川浩幸を巻き込んでスタート。

最初は「卒業公演」感覚だったが、その後も熱は冷めず、地元大府から名古屋へ旅立つ事を決意。その頃名古屋の芝居のメッカは七ツ寺共同スタジオだったが、なんだか怖くて近寄り難かったので、当時できたばかりの愛知県芸術劇場へ。今でこそ小劇場のホームグラウンドとなりつつあるが、当時としてはかなり異例。その後、調子に乗ってテレピアホールやボトムラインでのライブ公演をやる。もちろん異例。観客動員数は1000人に。

99年、名古屋市民芸術祭に『拳骨ロック!』がノミネート。動員が1500人に達したところで東京進出を決意。東京リプトン演劇祭に参加、奨励賞を受賞。2000年のシアターグリーンフェスティバルではシアターグリーン賞を受賞。2002年からは大阪にも進出。「よしもとrise演劇祭」に、全国203劇団の中から最終7劇団に選ばれ参加。2004年4月『ホンキー・トンク・エレジー』で若手劇団の登竜門、パルテノン多摩小劇場フェスティバルでグランプリを獲得。

5月、6月で上演した『大月山ジャンボリー』では音楽と芝居の融合を見事に実現させ、3都市で好評を博し3000人まであと一歩と言うところまで迫る。9月から2005年1月に渡り、再演希望の多かった『メガトン・チェリー・ボム!』を東名阪の3都市で上演。東京では初の一週間公演を実現。
ウルトラパロディ『ウルトラコージ』では、大人のみならず、子供にも人気を呼び話題となり、4月にはパルテノン多摩小劇場フェスティバルでオープニングアクトをつとめた。

作・演出は全て品川浩幸が担当。
1963年愛知県生まれ。早稲田大学入学、生まれて初めて見た学生劇団「てあとろ'50」の芝居に感動し、

そのまま入団。鈴木 聡氏(現・ラッパ屋主宰)や成井 豊氏(現・演劇集団キャラメルボックス主宰)の下で芝居を学ぶ。
 卒業後、地元愛知県の教員となり、演劇部顧問となる。1988年、愛知県立大府東高校に赴任。当時教え子であった現在の中心メンバーと出会い、劇団を旗揚げ、現在に至る。2004年2月に行われた日本劇作家協会東海支部プロデュース「劇王」で劇王に。2005年防衛成功。
「やせがまんの美学」をテーマにかかげ、きっと身近にもいるであろう不器用にも必死に生きる人々を主人公に、ありそでなかった、全ての世代が楽しめるエンターテイメントを追求。
 

また、劇団のオリジナルグッズにも力を入れており、演劇界初のお土産「シアターガッツに行ってきました。」を始め、「ういろう」「味噌煮込みうどん」「台湾ラーメン」などの名古屋名物シリーズ、トレーディングカードやガチャガチャなど、芝居とは全く関係ないグッズ作りもガッツの顔となりつつある。