過去日記(2006年7月)
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7月31日(月)”10年間歯を磨かなかった芸人”
先日、仕事が終わり何気なくテレビを見ているとあるバラエティ番組が放映されていました。特に見るつもりはなかったのですが、そのバラエティ番組で出演している若手芸人の一人の発言に僕は思わず聞き耳を立ててしまいました。
「僕は小学校の高学年から10年間、全く歯を磨いたことがなかったんです。それでいてむし歯がなくて歯医者へ行ったことがないんです。」
そのバラエティ番組に出演している他のゲストは皆一様に驚きの表情と発言が続いていたのですが、果たしてそのようなことがありうるのでしょうか?
結論的なことを書かせてもらうと、以下のようなことが言えるのです。
歯を適切に磨いている人はむし歯にはならないが、むし歯がない人は必ずしも歯を適切に磨いているわけではない。
逆必ずしも真ならずといったところでしょうか。むし歯のない人を調べてみると歯を適切に磨いている人のみならず、いい加減に歯を磨いている人の中にもむし歯になっていない人が実際にいるのです。どうしてこのようなこと現象が起きてしまうかということを考えるには、むし歯が発生する仕組みを考えてみる必要があります。
むし歯が発生するには、大きく4つの要素が影響しています。その4つとは、むし歯ができる宿主たる歯や口の中の状態、むし歯を作る細菌、食べ物、そして、時間です。これらが条件を満たすことでむし歯になっていくわけですが、それぞれを細かく見ていきましょう。
まず、歯や口の中の状態に関してですが、歯が生えてきた時などは歯はまだ未熟です。これは容易に想像がつくことだと思います。生まれたての赤ん坊が免疫がまだ弱く、病気にかかりやすいのと同様、生え始めた歯もまだ歯質が弱いものなのです。こうした状態ではむし歯になりやすいことは自明の理です。今では小学生の永久歯のむし歯は少なくなってきたのですが、以前であれば小学生6年生の時点でむし歯が数本以上ある生徒は数多くいました。こうした状況が起こった理由の一つは歯が乳歯から永久歯に生え変わった時点であったことが大きかったと思います。
口の中の状況を考える上で忘れがちなのが、唾液の存在です。唾液というものは誰しも口の中に出てくるものなのですが、あまりにも当たり前のことであるだけに唾液を意識する人は少ないが普通です。しかしながら、むし歯のリスクを考える上では避けては通れないものです。
唾液の役割は咀嚼、嚥下といった食事をする際に食べ物を飲み込む時の助けになったり、消化の助けをしたりするものですが、唾液の量は個人差があります。
また、唾液の大きな役割の一つとして食べ物や飲み物といったもの緩衝することがあります。例えば、炭酸飲料はpHが2〜3といった強酸のものが多いのですが、これらを人間が口に含むことができるのは唾液によって酸度が薄められ、すなわち、緩衝の働きがあるからなのです。これも個人差があるのです。
次にむし歯を作る細菌、いわゆるむし歯菌についてですが、多くの研究によってむし歯菌の数が人によって異なることが明らかとなってきました。興味深いことにむし歯菌の多い親の子供はむし歯菌が多い傾向にあるのです。これは遺伝というよりも生まれてからの離乳時における口移し行為が影響しているのではないかということが言われていますが、むし歯を引き起こすむし歯菌の数には個人差があるのは事実なのです。
食べ物については、むし歯を起こすむし歯菌には好物があるということです。その好物とは蔗糖と呼ばれる砂糖です。むし歯菌はこの砂糖を積極的に食べ、その結果として、乳酸を出すのですが、この乳酸が歯に作用をして歯に穴が開き、むし歯となるわけです。最近、誰もが一度も耳にしたことがあるキシリトールと呼ばれる甘味料は砂糖の一種ではあるのですが、むし歯菌が好まない、むしろ、むし歯菌の増殖も抑える砂糖でもあるのです。
そして、最後の時間に関してですが、歯に食べかすがついている時間帯が多ければ多いほど、むし歯になりやすいということです。これについての代表的な食習慣がだらだら食いです。三度の食事の合間に間食と称し、お腹が空けばいつでも口の中に甘い物をほうばるような食習慣をしている人は、自ずと歯に食べかすが接触している機会が多く、むし歯菌が活動しやすい環境を自ら作り出しているということが言えるでしょう。
以上、簡単にむし歯になる4つの要素について書いてきましたが、これらの要素が複雑に絡み合ってむし歯は発生してきます。ということは、むし歯にならないためにはこれら4つの要素を詳細に検討し、どの部分を改善していくか検討することが必要なわけです。以前はむし歯になれば削って詰めればいいという考え方が主流だったわけですが、今では人それぞれむし歯になる4つの要素が異なるため、これら要素を調べた上でむし歯にならないための予防を検討し、実行していくことが重要であることが言われております。予防歯科の大切さが言われる所以です。
冒頭に書いた某若手芸人が歯を磨かずにむし歯にならなかった理由も、この4つの要素の内の一つ、もしくは複数の要素が影響し、むし歯にならなかったのではないかと思います。もって生まれたむし歯菌の数が少なかったり、唾液の分泌量が多かったり、意外と間食しなかったりといったことがあったのではないかと想像するのです。
7月28日(金)”東京ディズニーランド童貞からのお願い”
いつもより長かった梅雨もそろそろ終わりに近づいている今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか?当地でも先週降り続いていた雨がうそのように、今週になってからは連日猛暑が続いております。気がつけば今日は7月28日。後3日で7月も終わりです。我が家でもチビたちの夏休みが始まり、一日中家や外ではしゃぎまわっております。チビたちの元気と復活した暑さのせいか、親はグロッキー気味です。
そんなチビたちのために我が家ではある場所へ旅行することを計画しております。その場所とは東京ディズニーランド。何でも上のチビの友達が多く東京ディズニーランドへ出かけているので自分の行きたいとせがんでおりました。そこで、我が家ではこの暑い夏に東京ディズニーランドへ出かけることにしたのです。
が、この東京ディズニーランドへ出かけると決めるは決めたのですが、一体どのような予定にするべきか思案しております。何せ僕自身、生まれてから今まで40年、一度も東京ディズニーランドへ行ったことがないのです。東京ディズニーランド童貞なのです。嫁さんは1度行ったことがあるそうですが、それも大学生時代に行った切りで、東京ディズニーランドの記憶もあいまいとのこと。
そこで、我が家ではインターネットで調べたり、友人、知人、それから、診療所のスタッフに尋ねながら計画を立てている最中ですが、何せ限られた時間の中で広く、バラエティーに富んだ施設、イベントがある東京ディズニーランドをどのように楽しめばよいか、まだまだ情報が不足しているのが現状です。
そこでです。わがままなお願いだとは思うのですが、読者の皆さんの中で、東京ディズニーランドで8歳や5歳の男の子が猛暑の中で楽しむことができる情報をお持ちの方がいらっしゃれば、是非教えて欲しいのです。こんな施設が楽しかった、ここは押さえておくべきポイント、注意しなければいけないこと等々、何でも結構です。
どうか、東京ディズニーランド童貞のそうさんのために皆さんの貴重な経験、知恵を授けてください。お願いします。
7月27日(木)”捨てられたレシートの山”
先週末の休みの日、僕は久しぶりにとあるCDショップに立ち寄りました。僕が好きなクラシック物を中心にCDを物色していたのですが、何気なくレジの方を見た時、僕はあるものに目が止まりました。それは、レジの横に置かれていた透明の箱でした。その箱の表には次のような文言が書かれたシールが貼られていました。
”レシートの不要の方はこちらに入れて下さい!”
箱の中には今にも外へ溢れるばかりの多数のレシートが入っていたのです。
この手の捨てられたレシートですが、最近あらゆるところで見かけます。コンビニ、セルフのガソリンスタンド、スーパー、駅のキオスク、ファーストフード店等のレジに必ずといっていいほど置いてあります。僕がよく行くコンビニではレジのそばにゴミ箱が置いてあるのですが、中身を見てみるとほとんどが発行されたレシートの塊です。先日も某高速道路を利用した際、料金所で僕の前にいた車の運転手は、料金を支払って受け取ったレシートを車が動き出してまもなく窓の外へ捨てていました。
このようなレシートを不要な人が多い現状を見てみると、レシートは本当に発行すべきものか疑問に感じます。確かに商品管理のためにレジは必要であることはわかります。レジでは商品管理とともに商品を購入した人に、商品を購入した証明としてレシートを手渡すことが必要なのかもしれません。僕が思うに、確かにレシートを必要としている人に対してはレシートを発行しなければならないとは思うのですが、商品を購入する全ての人にレシートを発行する義務はあるのでしょうか?法律的なことは僕はよくわかりませんが、無駄になった数多くのレシートの山を見る度、僕は非常に無用な紙の浪費をしているだけではないかと思うのです。以前ならいざしらず今のようなテクノロジーが発達した時代、レジでもレシートを必要とする、レシートが欲しいと申しでる客以外はレシートを発行しないようなことができるはずではないでしょうか。
実は、医療機関でもこの10月から治療に要した治療費用の詳細を記した領収書の発行が義務づけられました。中央社会保障医療協議会の場で患者側代表が強力に医療機関に対して治療明細の詳細を記した領収書の発行を義務付けるように主張したことが結果的に通った形となりました。その際、この代表は、今やスーパーやコンビニなどでは購入すればレシート出すことは当たり前なのにどうして医療機関では治療費の詳細を記した領収書の発行がされないのか不思議だ。この点が治療費の水増しの温床になっていると訴えていました。
なるほどこの委員の言うことは一見正しいようですが、前記のような多量の捨ててあるレシートを見ていると、来院する全ての患者に領収書の発行が正しいのか疑問に感じます。もちろん、領収書が必要な人には医療機関は領収書を出す義務があるとは思いますが、必要としない人の領収書まで出さないといけないのか思うのです。医療機関は自らの負担で領収書を発行したしても、その領収書が有効に活用されず、無駄にゴミ箱行きでは何のために領収書を発行しているのかわかりません。
実は、うちの歯科医院では4月から今までの3ヶ月間、来院する患者さんに治療費の領収書の発行に関する調査をしました。治療内容が書かれた明細つきの領収書が必要な人、治療費用の総額が書かれた領収書の必要な人、領収書は不要な人を調べたのです。その結果、治療内容が書かれた明細つきの領収書が必要な人は全体の1割、治療費用の総額が書かれた領収書の必要な人は全体の2割、そして、残りの7割の患者さんは領収書の発行は不要だと意思表示されたのです。あくまでもうちの歯科医院だけの結果であり、このことが全ての医療機関で言えるかどうかと結論付けることはできませんが、多くの捨てられたレシートの現状と極めて極めて似ている結果ではないかと感じました。
僕はレシートや領収書の発行を否定するものではありません。けれども、多量の捨てられたレシートをみていると、レシートや領収書の必要な人には随時領収書を発行する。そうでない人には発行しない。一人一人にレシートや領収書の発行に関する意思を確認し、本当に必要な人に領収書を発行することが必要ではないでしょうか。このことは単にレシートや領収書の発行にとどまらず、一人一人の客、患者に合ったキメの細かいサービス提供にもつながっていくのではないかと思うのです。捨てられたレシートや領収書を見るにつけ、無条件に全ての人にレシートや領収書を発行するのは如何なものでしょう。レシートや領収書を必要とする、希望する意思表示を確認してからレシートや領収書を発行するというわけにはいかないものかと思う、歯医者そうさんです。
7月26日(水)”彩香ちゃんのむし歯”
僕は歯医者として歯科検診を行うことがあります。中でも幼児や園児、小学生、中学生、高校生といった大人になるまでの子供たちの口の中を検診する機会が多いのです。その理由は、これら子供たちは法的に、そして、定期的に口の中を検診することが義務付けられているからですが、最近の特徴として、むし歯の数が減っているなあという印象を強く持ちます。僕が検診活動を行っているのはここ10年間なのですが、この10年間においても随分とむし歯が減少しているように思うのです。もちろん、地域的に若干の差はあるのですが、それにしてもむし歯が全くない子供が増えているのは確かですし、むし歯があったとしても治療が完了している子供の数が多いのです。歯科検診時、むし歯のことを”C”と呼ぶのですが、この”C”と言う機会が少なくなっているなあという感を強く持ちます。この印象は何も僕だけに限ったことではありません。僕の知人、友人の歯医者で検診を行っている歯科関係者は皆異口同音にむし歯の減少を言っています。厚生労働省や文部科学省が集計している各種健康調査の結果でも、子供のむし歯の数が減少していることが報告されています。
むし歯が少なくなってきている理由はいろいろと言われていますが、大きな理由の一つは子供の口の健康に対する親御さんの関心が高まったことは間違いのないことだと思います。以前であれば、子供の味噌っ歯は当たり前と思われていたのですが、きちんと口の中を管理すれば味噌っ歯は防止できることが世間に広まっていきました。その結果、むし歯の洪水と呼ばれた時代は過去のものとなり、今では歯医者がむし歯が減ってむし歯の治療で飯は食えなくなったと言わしめるほどの時代になったのです。歯医者の経営的な話はともかくとして、社会全体としては実に好ましい状況であるということが言えると思います。
それ故と言っては何ですが、口の中にむし歯が多発している、むし歯の治療を放置されている子供というのは目立ちます。むし歯が少なくなっている子供たちの中で数多くのむし歯が治療されずに放置されているというのは、子供たち自身の問題ではないということが断言できると思います。保護者である親御さんの生活に問題があるのではないか?そのようなことを疑ってしまうのです。
うちの歯科医院にも時折、口の中にむし歯が多発している子供が来院します。どうしてここまでひどくなる前にもっと早く歯医者へ行かなかったのかと思ってしまうことがしばしばです。それとなく親御さんに尋ねてみると、子供のむし歯があることはわかっていたけれども仕事や家庭の事情でどうしても子供を歯医者へ連れて行くことができなかったということを言われるのが常です。自分の子供ならここまでむし歯を放置できないのなあと思いながらも、親御さんには最低限、むし歯の治療が済むまで歯医者へ通うように、治療が途中で中断しないように伝えます。
それでも、むし歯が口の中にたくさんある子供を歯医者へ連れてくる親御さんはまだましだと思います。諸事情があって歯医者へ連れてくることができなかったとはいえ、子供のことを気にかけていたわけですから救いようがあると思うのです。ところが、子供の口の中に多数のむし歯があっても治療さえしない親御さん、保護者がいるのです。小学校の検診では、1年生から6年生までの記録を一覧できるのですが、口の中の状態と検診の状態を合わせてみてみると、どう考えても保護者がむし歯を治療させていないことが明らかなのです。このような生徒の場合は、確実に家庭に問題があると言っていいでしょう。僕自身、これまで何度かそのような生徒を見てきましたが、むし歯が治療されず放置されている生徒のことは必ず養護教諭にそのことを伝えるようにしています。たいていの場合、養護教諭も問題の生徒が口の中だけでなく家庭に複雑な問題を抱えているのを把握はされているようです。
先日、秋田県藤里町で実の母親に殺害された可能性が高い、当時小学4年であった畠山彩香ちゃんの生前のビデオをテレビでみました。ビデオの前で彩香ちゃんは無邪気に遊んでおり、ビデオカメラの方に近づいてきた映像があったのですが、その際、彩香ちゃんの顔がアップになりました。その際、彩香ちゃんの前歯が見えたのですが、その前歯を見て僕は悲しくなりました。それは、全ての前歯にむし歯があり、放置されていたからです。その前歯は全て乳歯でしたので、おそらく小学校低学年か幼稚園頃に撮影されたビデオだったと思うのですが、治療痕がない放置されたままのむし歯が多発していた彩香ちゃんには、家庭の中で何らかの問題があったことは間違いないと思います。マスコミの報道によれば、彩香ちゃんは母親から虐待があったかどうかを警察が調べているということですが、彩香ちゃんの放置されたむし歯を見るに、育児放棄と呼ばれるネグレクトが行われていた確率は極めて高いように思えたのです。
最近は児童虐待防止法が制定され、医療関係者も虐待を受けている可能性があると思われる児童に対して通報の義務が課せられるようになりました。僕自身も問題のある幼児、児童、生徒がいれば直ちに通報するように心がけているつもりですが、彩香ちゃんの生前のビデオを見るとどうして彼女の危機をもっと早く救うことができなかったのかと思ってしまいます。虐待を行っている親というもの、周囲には決して本当のことは言いません。平気でうそをつくものです。けれども、子供の体は正直です。親の行動が全て子供の体に反映されているのです。それを隠すことはできないのです。今後、彩香ちゃんのような犠牲者を生まないための努力が医療関係者にも求められているのではないか?その思いを更に強くした、歯医者そうさんです。
7月25日(火)”手遅れにならないように”
最近、うちの診療所で目立つことがあります。それは、治療途中で何らかの理由で中断し、来院しなくなった人が久しぶりに来院するケースが多いということです。しかも、ほとんどの場合、痛みや腫れを伴い、我慢することができずに何とかして欲しいということで来院されるのです。実際にそういった患者さんの口の中を診てみると、歯がむし歯で完全に崩壊していたり、歯肉のみならず頬や顎の下まで腫れていたり、歯が動揺して今にも抜け落ちそうな状態であったりするのです。問題の歯をレントゲン写真で確認してみると、むし歯が根っこまで深く進行していたり、歯の周囲を支えている骨がほとんどなかったりします。このような場合、歯を保存することは不可能です。むしろ、無理をして歯を残すことが患者さんにとって苦痛以外の何物でもない、害になるだけの状態なのです。ということは、とりあえず患者さんの訴えを解決するには抜歯しか手がないということになります。そのことを患者さんに説明すると、自身の症状から快方されたいという気持ちのせいか抜歯を受け入れられるのですが、いつも僕が感じることは、どうして抜歯に至る前に処置を受けることをしなかったのだろうか、放置してしまったのだろうかということです。
問題の歯は、当初の治療を続けていれば軽症で済んだはずで、少なくとも抜歯しないといけないような状態であることはほとんどありません。ところが、放置してしまった患者さんは何らかの理由で来院することをしなくなりました。
何らかの理由。この理由の詳細について僕はよくわかりません。健康上の理由で来院することができなかったのかもしれません。家庭の複雑な環境の変化があり歯医者どころの話ではなかったのかもしれません。仕事上の理由でいつも通っていた歯医者に行けなくなったかもしれません。経済的な理由で治療を継続して受けることができなかったのかもしれません。もしくは、歯の症状がなくなれば多少放置していても問題はないだろうとたかをくくっていたのかもしれません。どんな理由にせよ言えることは、治療が中断し、放置していた歯の行く末は決して良いものではないということです。問題の歯は抜歯するだけならいいでしょう。治療は抜歯だけでは済みません。抜歯した歯がなくなると、隣同士の歯の歯並び、上下左右の歯どうしのかみ合わせのバランスが狂います。そのようなことにならないためには、抜歯した痕の傷の治りを見ながら、隣同士の歯を削って歯の無いところを埋めるブリッジや取り外しの入れ歯、保険外診療であれば人工歯根であるインプラントを行い、抜歯して歯の無くなったところに歯の代わりを置かないと後々様々な症状が口の中に現れてくるのは必定です。当然のことながら治療期間も長くなりますし、治療費用もかさばります。治療途中の歯を放置さえしていなければ、治療期間は短期間で治療費用もかからなかったものがそうではなくなるのです。
多くの歯科医院では、治療途中の患者さんに対し、電話やファックス、手紙、今ではメールなどで来院するよう促しているのですが、放置される方は全く音沙汰ありません。そして、どうしても我慢できなくなるような症状が出てくるまで来院しなくなるのが常です。そのようなケースの場合、ほとんどの問題の歯は手遅れになり抜歯せざるをえない状況に陥っているのです。どんな事情があったにせよ、治療途中で中断し、そのまま放置しておくことは、自らの意思で自らの口の健康を自らの手で悪循環させ、不健康への道へ突き進んでいるだけなのです。
歯医者としてはどんな症状の患者さんでも治療をしますが、治療途中の歯を放置して損をするのは患者さん自身なのです。自己責任の時代と言われる今日この頃ですが、どうか口の中の些細な症状を軽く甘くみないで欲しいと思います。あなたが考えている以上に口の中の状態はデリケートなものなのです。これくらい大丈夫だろうと思っていると、いつかとんでもないしっぺ返しがやってきます。それも自らの体によってです。
皆さんにおかれましては、自己責任のもと、口の中の健康に努めて欲しいと思います。問題の歯があれば、治療途中で放置するようなことは決して止めて欲しいと願う歯医者そうさんです。
7月24日(月)”日本沈没の作者は総入れ歯”
今から33年前の1973年(昭和48年)、日本沈没というSF作品が発表され、その後、映画化されました。1973年は高度経済成長が一段落した時で、人々の間には狂乱物価とも言われたインフレや石油ショックなどの社会不安があった時代背景もあったせいか、日本沈没は小説、映画ともに当時の日本社会に一大ブームを巻き起こしました。
当時、僕はまだ7歳。小学校1年生の頃だったのですが、子供ながらに日本が本当に沈没し、地球上から消えてしまうのではないかと真剣に悩んだ記憶があります。当時の洟垂れ小僧のような僕でされそのように感じたのですから、日本沈没が与えてインパクトというのは相当のものがあったのではないかと思います。
この度、この日本沈没の映画がリメークされ、公開されるや否やヒットしているとのこと。この日本沈没の作者は、言わずと知れた小松左京です。先日、あるラジオ番組を聴いていると小松左京がゲストして登場していたのですが、何でも日本沈没は作品の構想から完成まで9年近い年月をかけたのだとか。元々は日本人が放浪の民族になったらどうなるかということをテーマにしていたそうですが、その後、地球物理学への関心を持ち始めたことから作品の完成に予想以上に時間を費やさざるをえなかったそうです。科学的な知識の習得と裏づけに時間を割いたが故に、リアルなSF作品を送り出すことができたことでしょう。
日本沈没を完成させた時の小松左京は。星新一、筒井康隆らとともに今や日本SF小説界の大家として名をとどろかせている小説家です。
実は、日本沈没を完成させた42歳当時の小松左京の写真を見たことがありますが、42歳にして実に恰幅のある容貌は既に大物作家の雰囲気満載でした。とても42歳とは思えない堂々たる姿です。僕は今年40歳ですが、日本沈没を完成させた頃の小松左京と今の僕を一緒に並べれば、同じ世代だと思う人は一人もいないことでしょう。大家と若手の違いと言っても過言ではないくらいです。どうして人間は同じ世代でもでも雰囲気が違うのか改めて不思議に思います。
話を元に戻しまして、ラジオ番組に出演していた小松左京ですが、以前の小松左京の声に比べ今の声の変わりように驚き感じました。それは単に年齢を重ねたというだけでなく、発音にメリハリがなくどことなくこもった感じの声だったからです。しかも、小松左京のインタビュー肉声を聞いているうちに僕は小松左京の肉声の中に定期的にある音がすることに気がつきました。時折、”カチカチ”という音がするのです。僕は”そうか!”と気がつきました。それは、小松左京が入れ歯、それも総入れ歯を装着している事実でした。
総入れ歯は通常、歯が全く無くなった歯肉に装着するものですが、総入れ歯を装着するとその大きさ故、口の中の空間が狭くなります。その結果、声がこもるようになりがちなのです。それだけではなく、総入れ歯を装着している人が会話をしていると、上下の歯が接触することがあるのです。その際、総入れ歯の人工歯の材質によって”カチカチ”という接触音が聞こえる時があるのです。
実際に今の小松左京の口の中を見たわけではありませんが、小松左京は少なくとも上の歯は全くない総入れ歯を装着しているのは間違いのないことだと思います。どうして小松左京が総入れ歯になったのか詳細はわかりませんが、多分に多忙な作家活動により口の中にかまっている余裕がなかった。そのために歯周病が進行し、歯が自然に脱落したり、抜歯せざるをえなかった。その結果として、総入れ歯をはめざるをえなかったのではないかと思います。
それはともかく、久しぶりに小松左京の肉声を聞いたのですが、今年75歳になる小松左京。よく考えれば僕の父親と同い年です。僕の予想以上に高齢になっていたことに驚きました。小松左京自身もインタビューの中で、
「僕はもうお迎えが近いのですよ」
と笑いながら語っていたのが印象的だったのですが、まだまだ元気に作家活動を続け後世にまでインパクトを与え続ける作品を作り続けて欲しいものです。
7月21日(金)”目の前にあったはずの歯が・・・”
先日のことでした。歯が痛いから診て欲しいということで来院された患者さんがいました。その患者さんの口の中を診てみると、訴えていた歯は今にも抜け落ちるくらいぐらぐらに動揺していました。レントゲン写真を撮るまでもなく、歯の根っこの周囲にあったであろう骨が無くなってしまい、歯の支えがなくなってしまったために歯が動揺していることが容易に想像できました。歯周病が進行した最後の状態とでも言うべき状態です。ここまで歯周病が進行すると歯医者としては抜歯しか治療方法がありません。既にほとんどの根っこの周囲の骨が無くなっているような歯を残すことは、いたずらに痛みを誘発するだけです。害があっても益するところはない状態です。今回の患者さんの場合も直ちに抜歯をしようと判断し、患者さんにもそのことを説明し了解を得ました。
いざ抜歯をしようとした時のことです。念のために抜歯する歯のレントゲン写真を撮影しようと患者さんの口の中の問題の歯の近くにフィルムをセットし、患者さんに手の指で押さえてもらうよう指示しました。そして、いざレントゲン写真を撮影したのですが、フィルムを患者さんから預かろうとすると僕はある異変に気がつきました。
それは、レントゲン写真撮影したはずの歯がなかったのです。
”あれっ、ついさっきまで目の前にあったはずの歯がない!これは一体?
周囲を見渡して僕はあることを知りました。それは、舌の側に問題の歯が横たわっていたのです。歯があった元の位置を見てみると歯茎から出血の跡がありました。
そうなんです。実は、問題の歯のレントゲン写真を撮ろうとした際、患者さんはフィルムを歯に押し付けておられていたのですが、どうもその際歯が大きく揺さぶられてしまい、歯が脱落してしまったのです。レントゲン写真撮影の際に、患者さん自らが抜歯してしまった形になったのです。患者さんに尋ねてみると
「フィルムを押さえた時に一瞬鈍い痛みがしたんですよ。その瞬間フィルムの位置がずれたような感じがしたのですけど、先生がレントゲンのスイッチを押そうとされていたのでそのままじっとしていたんです。」
結果的に僕が抜歯をするまでもなく抜歯できてしまった結果となってしまいました。
僕としては、その後の止血処置を行い、薬を処方したわけですが、今にも抜け落ちそうな歯を治療しようとすると、今回のような思わぬこともあるものなのです。
ちなみに、撮影したレントゲン写真には歯の像は全く写っていませんでした。
7月20日(木)”おめでとう こ?”
先日、幼稚園の年中生である下のチビがある物を持って家に帰ってきました。それは下のチビへのメッセージが書かれた小冊子でした。実は、この日に幼稚園では誕生会が開かれたのです。下のチビの誕生日は8月下旬なのですが、8月は幼稚園が夏休みであるため7月に前倒しをして誕生会が催されたのです。その誕生会の席で下のチビは誕生プレゼントを担任の先生からもらったのですが、そのプレゼントの一つが小冊子だったのです。
小冊子の中には担任の先生からの手書きでお祝いのメッセージが書かれていました。僕と嫁さんもそのメッセージを読んでチビにいろいろと誕生会のことを尋ねていました。その時、たまたまいたお袋がその小冊子を見せて欲しいとやってきたのです。僕はお袋に小冊子を見せたのですが、最後までのメッセージを読んだお袋は僕に尋ねました。
「幼稚園の先生はわけのわからないことを書いているわね。ここに書いてある『誕生日おめでとう こ』ってどういう意味なの?『誕生日おめでとうございます』と書くつもりだったのじゃないかしら。そうだとしたら情けない間違いよね。最近の幼稚園の先生は、まともに日本語もしらないのかしら!」
と少し憤慨気味に言うお袋。
僕は何のことだかわかりませんでした。そんなわけのわからない書き方をしていたかな?と思いながら、お袋が言っていたメッセージを確かめてみました。お袋が指摘していた部分を見た僕は思わず笑ってしまいました。
「これはね、『おめでとう こ』と書いていあるんじゃないよ。『おめでとう』でいいんだよ。」
「それじゃ、『おめでとう』の後に書いてある”こ”っていうのは一体どういうことなのよ?」
「これは”こ”と書いてあるようにめるけど”こ”じゃないんだよ。”^v^”なんだよ。わかる?」
お袋は絵文字の一つである^v^を”こ”と読んでいたのでした。幼稚園の先生のメッセージを手書きでした。そのため、文末に書いてあった絵文字である^v^が”こ”のように見えてしまっていたのです。
最近の若い世代の人はメールのメッセージの中に絵文字を挿入する人が多いように思います。メールのような文字だらけだと言葉の微妙なニュアンスが伝わりにくいところがあります。そういった点を補填するような意味合いで生み出されたのが絵文字だとされています。
僕もかつては絵文字を頻繁にメールに使ったことがあります。今から10年前のことです。僕が大変世話になった恩師が某大学の教授に就任されたのですが、僕は取り急ぎメールでお祝いのメッセージを送ったのです。その際、メッセージの最後に” \^v^/”という絵文字を入れました。後日、その恩師の先生から返事のメールが届いたのですが、その返事の中に”\^v^/”は大変気に入ったよというメッセージをもらいました。当時絵文字が今ほど世の中に浸透していなかった頃だったので絵文字が新鮮に見えたかもしれません。これに味をしめたというわけではないのですが、僕も一時期メールのメッセージに絵文字を多用していた時期がありました。しかしながら、今ではメールのメッセージに絵文字を入れません。その理由は絵文字に飽きてしまったからです。
今では友人知人のみならず、歯科関係の先輩や後輩、PTA関係で付き合いのある保護者のお母さんからのメールでも絵文字が入ったものが届きます。絵文字を使用するのが当たり前の時代になってきたのかもしれません。僕自身、そのような時代に驚きはしませんが、”^v^”を”こ”としか見る事ができなかったお袋には一種のカルチャーショックを受ける結果となったことでしょう。良い悪いの評価は別にして、世の中の文字文化が絶えず変化していることをお袋は肌で感じたことでしょう。
7月19日(水)”臨時休校は考えもの”
梅雨シーズンも終わりに近づいたと思われた途端大雨が続いております。西日本や山陰、北陸など大雨による被害が多発しているようです。当地でも昨日から今日にわたり大雨に関する情報が流され、天気予報では警報が出る始末。うちの近くの河川では大雨のために水量が増し、特別警戒推移を超えたため河川沿いの住民を対象に避難勧告が発令されました。朝からパトカーや消防車がかなり行き来していたのはこのためだったのかと思った次第ですが、天候を調整することは出来ないものですから、今はひたすら雨が降り止むのを待たないと仕方がありません。
この突然の大雨で今日の僕の予定も大きく変わりました。いつもなら、今日は朝の9時から某専門学校で講義をしないといけなかったのですが、某専門学校のある地区に午前7時に大雨警報が発令されました。某専門学校の内規では、午前7時に警報が出された場合、臨時休校になる規則がありますので、今日の僕の講義は自動的に休講となったのです。
学生時代であれば、臨時休校となれば思わず”ラッキー!”と言いたくなったものでした。実際のところ、僕の二人のチビたちが通う小学校、幼稚園とも今日は休校になったのですが、二人とも休校の連絡が来た途端思わず歓声をあげておりました。
僕の場合はどうかといいますと、突然予定していたことがキャンセルになったわけです。予想していなかった時間が空きました。普段、何かと時間に追いまくられているような状態でしたので、精神的には小休止ができたかなと思います。また、日記を書く時間ができましたので、このように日記を書いてアップする余裕も出来ました。
その一方で、今日終了していたはずの講義が後にずれてしまったのも事実です。休校の確認と今後の対応を相談するため、某専門学校の担当者へ電話をしたのですが、結局のところ、今日の講義は後日に振り返るということになりました。しかも、今日の講義は夏休み前最後の講義でした。某専門学校では一連の講義が終わるまでに中間テストを行うカリキュラムになっています。その中間テストは夏休み明けに行われるのです。実は、今日の講義の終わりにその中間テストの説明を行う予定にしていたのですが、その話ができぬままとなってしまったのです。結局のところ、僕の方で中間テストに関する説明を書いた書類をメールで送り、その書類を担当者が学生に伝えるという形で中間テストの説明に代えることにしたのですけども。
う〜ん・・・・・。
仕事が余計に増えただけのような気がします。授業中に口頭で済ませられることを文書にして担当者に送らざるをえなくなってしまいましたから。授業も今日の振り替えが10月に増えただけ。天候の影響により仕方がなかったこととはいえ、素直に臨時休校を喜べない、歯医者そうさんでした。
7月18日(火)”堅気ではない患者が来院すると・・・”
歯科医院には老若男女、様々な職業の方が来院されます。歯医者はどんな患者さんが来院されようとも同じように主訴を聞き、治療を行うことが求められます。当たり前のことと言われればそこまでなのですが、正直なところ、来院される患者さんによってはなるべく関わりたくないと思いたくなる患者さんもいるものです。
そんな患者さんの中で最たる例が堅気ではない職業の患者さんではないでしょうか?裏家業で生計を立てている方々が醸し出す一種独特の雰囲気は、一般の方のそれとは違うもので、慣れていないと精神衛生上良くないものだと言えるのではないでしょうか。
僕自身、これまで何度か堅気ではない職業の患者さんの治療をしたことがあります。見るからに強面のおじさんやお兄さんで、発する言葉の端々に鋭いものがあるのですが、こうした怖い人たちはどうも歯医者が苦手な人が多いらしく、治療の際にはもっぱら大人しく、神妙に治療を受けているのが常です。普段は突っ張っているおじさんやお兄さんが一刻も早く痛みや腫れなどの症状を取って欲しいと懇願している姿を見ると、我々と同じ人間だなあと感じたものです。
僕自身の経験や他の医療関係者の話を総合すると、興味深いことがあります。それは、堅気ではない職業の患者さんの中でも、下っ端にあたるチンピラと呼ばれる人は治療の際にも言葉使いがよろしくない方が多いようですが、上層部にあたる幹部級、組長級の方になると言葉使いが丁寧で、物腰が柔らかい傾向にあるということです。
知人の内科医の話では、自分が勤務していた病院に日本国内最大手の組の幹部が入院していたことがあったそうです。その幹部の入院していた個室の周囲には常に若手の組員が待機していたそうですが、若手の組員は総じて言葉使いが荒かったそうです。ところが、時折見舞いに来ていた幹部は非常に言葉使いが丁寧で、物腰が柔らかだったとか。ただし、そうした言葉使いや物腰の柔らかさとは対照的に、時折見せる眼光の鋭さは若手の組員の比ではなかったそうで、知人の内科医は大物の方々の迫力に常に圧倒され、何度も背中に冷たい汗が流れたのだそうです。
先日、歯科関係の某雑誌を読んでいると、堅気ではない人たちを専門的に診療している歯医者の話が掲載されていました。その歯医者の先生は、偶然堅気ではない人の治療をしたそうですが、その患者がひどく治療を気に入り、自分が関係している堅気ではない人をどんどんと紹介するようになったとのこと。気がついてみれば患者の大半が堅気ではない人たちになったため、堅気ではない人たち専門の歯医者だと噂されるようになったらしいのです。その歯医者の先生は、どんな人でも治療をするというポリシーで治療をしているだけで、たまたま堅気でない人が患者として集まっただけなのですが、周囲から見るとそんな先生の考えがそのまま受け取られないというのは如何なものかなと思うのですが、どうも事態はその歯医者の先生の個性をも変えるようになったらしいのです。
出入りの歯科関係の業者曰く
「以前は優しかった先生だったのに、最近妙に怖くなった・・・・。」
7月14日(金)”最高の褒め言葉”
昨日の日記でも書きましたが、昨日、僕は学校歯科医をしている小学校で授業をしてきました。授業といっても小学校1年生、2年生の低学年を対象とした歯の健康についてを教える授業で、学校のカリキュラムの一部を特別に学校歯科医の授業枠にしたものでした。
授業は生徒たちが普段勉強している教室ではなく、多目的室と呼ばれる部屋で行いました。1年生と2年生の生徒たちが全員集まることができるかと思われる方もいるかもしれませんが、何せ地元小学校は1学年1クラスという田舎の小学校。しかも、1クラスあたり20人余りという少人数の小学校なので低学年の生徒が一同に介しても問題ありませんでした。
実際の授業ですあ、僕が持ち込んだパソコンでプレゼンテーションソフトで作った資料をスクリーンに映しました。こういったプレゼンテーションは大人の世界では珍しくない、むしろ当たり前のように行われるものですが、普段黒板の授業を受けている生徒たちにとっては珍しかったようで、授業が始まる前から僕の授業に興味津々の様子。
養護教諭の紹介の後、僕の授業が始まったわけですが、生徒たちは僕の予想よりも歯のことをよく知っていました。”6歳臼歯”や”ミュータンス菌”などを声を出して言っていたぐらいです。テレビなどのマスコミがもたらす情報や事前に養護の先生が歯のことについて授業をしていたこともあったせいかもしれませんが、僕としては生徒たちの発する言葉を聴きながら、その言葉に時々突っ込みを入れたりしながら授業を進めていきました。小学生の授業ということで授業時間はわずか30分だったわけですが、歯の話ばかりだと飽きるだろうという予想のもと、合間に動物の歯の写真やイラストを入れて視点を変えながら、その中にミュータンス菌の電子顕微鏡写真などを織り込み、歯の大切さ、ブラッシングの習慣の重要性を説明していきました。
僕の授業が終わった後、質問を受け付けると、何人もの生徒たちから手が挙がりました。これは僕の予想外のことだったのですが、質問があるということは実にうれしいものです。いざ質問を受け付けてみると
「なまたまとをかけたごはんをたべるのはあぶないですか?」
「アジのしおやきはカルシウムがいっぱいあるってかていのいがくにかいてあったんですけどほんとうですか?」
”おいおい、今日の授業内容とは全く関係のない質問ばっかりじゃないか”と思いながらも、それなりに答えていく歯医者そうさん。
養護の先生からもっと歯のことを質問するように言ってくれると、質問は歯のことに
「むしばはなおらないびょうきですか?」
「はがかけたらもとにもどらないのですか?」という質問から
「おとなのはがぬけたらぎゅうにゅうにつけたらいいのですか?」という大人顔負けの質問も出ていました。
これら質問に答えていくうちに、予定の時間を10分以上過ぎて授業は終わりました。授業が終わった生徒たちには今の授業の話をしながら楽しそうに教室に戻っていったのが印象的だったのですが、その中の生徒の一人が僕に向かってこんなことを言ってくれたのです。
「せんせいのはなし、おもしろかったよ!」
時間をかけて授業の準備をした甲斐がありました。診療の合間をぬって授業の準備をしたことが報われたようです。僕にとって最高の褒め言葉でした。
7月に入れば少しは余裕をもって時間を過ごすことができるのではないかと思っていたのですが、現実はさほど甘くはありませんでした。何かと時間に追われているようにすることがあり落ち着かない日々を過ごしている歯医者そうさんです。
そんな落ち着かない日々を過ごさざるをえないことの一つが今日あります。それは、僕が学校歯科医をしている小学校での授業です。授業といっても算数や国語といった授業ではなく、学校歯科医として歯科保健に関する特別授業を行うのです。以前から小学校の養護教諭の先生から依頼されていた仕事だったのですが、本来なら6月に行わないといけないところ、僕の方が時間を割くことができず、今月の今日に行うことになったというわけです。
今回の授業は僕にとって非常に感慨深いものがあります。それは、僕が学校歯科医をしている小学校が28年前に卒業した母校だからです。28年前に世話になり卒業した母校で今度は僕の後輩に対して授業。まだまだ未熟だと思っていた僕が後輩たちに対して教鞭を取るなんてことは少し前まで想像だにしていなかっただけに今回の授業というのは非常に思い入れのあるものでした。
それでは一体どんな授業をするべきか?僕は悩みました。授業の対象が小学校の低学年である1年生と2年生だったからです。ちょうど僕の上のチビと同世代の生徒たちです。難しいことを言ってもわからないだろうし、かといってそれなりに専門的なこともきちんと教えていかないといけない。授業時間は30分という制約の中、どんな授業をしていけばいいか試行錯誤の状態が続きました。
無い知恵を搾り出しながら出した結論は、紙芝居でした。歯の健康に関して、写真や挿絵を多用し、生徒たちに飽きが来ないようにするためには、紙芝居のようなストーリーがないといけないと思いました。実際、紙芝居となるといちいち絵を描く余裕はありませんが、幸いなことにパソコン万能時代です。様々な資料をスキャナーで読み込み、CD−ROMを利用し、プレゼンテーションソフトを利用すれば、比較的容易に紙芝居のようなものができあがります。最近のプレゼンテーションソフトは便利なもので、単にスライドにするだけでなく画面にアニメーション機能がついているため、スライドの映し方にも変化をもたせられることもできます。
僕は授業で話す概略を考えると、絵コンテを作り話の流れを具体化しました。そして、その流れに合う資料をパソコンに取り込み、プレゼンテーションソフトでスライドを作るが如く、一こま一こま作っていきました。一通り作ってしまうと全体のバランスを考え、更に追加するもの、逆に削除したりしながら何とか授業で用いる資料を完成させることができました。
早速、授業対象の生徒たちと同世代にである上のチビに見せ、感想を尋ねたところ、概ね好評で、
「パパ、面白かったよ」
というお墨付きももらいました。
後は本番に臨むだけです。さあ、僕が作った電子紙芝居の出来はどうなるでしょうか?うまく生徒たちに僕が作った電子紙芝居の意図が伝わるでしょうか?期待と不安で胸が一杯の歯医者そうさんです。
7月12日(水)”知覚過敏とは?”
むし歯が無いにもかかわらず冷たい飲み物を口に含むとしみたり、歯磨き時歯ブラシの毛先が歯にあたるとピリッと飛び上がるほどの痛みを感じたりする患者さんがいます。これは知覚過敏と呼ばれる症状です。正確には象牙質知覚過敏症といいます。ある研究によれば成人の2割が象牙質知覚過敏症であるとのこと。僕のこれまでの経験からしてもそれくらいいても不思議ではないと思いますが、象牙質知覚過敏症はどうして起こるのでしょうか?
そもそも、象牙質という組織は下の図のようにエナメル質という組織で被われています。
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体の中で最も硬いエナメル質。その硬度はダイヤモンド並みですが、過度に強くかみ合ったり、歯軋りが習慣であるとエナメル質は徐々に薄くなったり、剥がれたりします。また、過度に強い力でごしごしと歯磨きすると、歯と歯肉の境目である歯頸部の歯肉が下がります。更に研磨剤が入った歯磨き剤をつけながら歯磨きをするなら歯肉が下がる確率はさらに高くなります。その結果、歯肉に覆われていた象牙質が露出することになります。
元来、象牙質は非常にしみやすい組織です。その理由は、象牙質を構成している象牙細管と呼ばれる微小な管が歯の神経につながっているため、冷たいものに過敏に反応し、しみるような痛みを感じてしまうのです。象牙質を被っているエナメル質や歯肉が退縮すれば、自ずとしみやすくなる。これが象牙質知覚過敏症なのです。
それでは、象牙質知覚過敏の症状が出ればどのように対処すればいいのでしょう?実のところ、放置していても自然に治ることが多いのです。象牙質知覚過敏の症状は、神経が刺激されることで歯自身が自己防衛反応を示すのです。象牙質そのものが内部に向かって成長し、象牙質の厚みを増すような状態になるのです。その結果、刺激があっても象牙質の厚みが増すことでしみにくくなるのです。
ただし、実際のところは象牙質知覚過敏の症状はなかなか耐えにくいものです。
歯医者では、知覚過敏になっている象牙質の部分にしみ止めの薬を塗布したり、象牙質が露出しないようにセメントなどでコーティングします。外部からの刺激を遮断することにより知覚過敏の症状を防止するのです。
また、フッ素を塗布したり、知覚過敏防止用の薬剤の入った歯磨き剤を使用することも効果があります。ただし、知覚過敏防止用の薬剤の入った歯磨き粉を使用する場合、一度に使用する歯磨き粉量は2グラム以上でないと効果がないとされています。2グラムというのは想像以上に多い量です。
知覚過敏の症状が出た場合には、お近くの歯科医院で診てもらい、処置を受けることが最も有効ではないかと思います。
7月11日(火)”人工物を挿入する美容整形について”
最近、テレビを見ていると時折美容整形のことを取り上げている番組を目にします。僕は美容整形に関する専門的なことはよくわからないのですが、美容整形の中には人工物を体の中に入れて体の形を修正する手術があります。シリコンパッドを胸に挿入する豊胸手術や鼻や顎にプロテーゼを入れる手術などはその最たる例だと言えるでしょう。美容整形を取り上げる番組では、人工物によって胸が大きくなったり、鼻筋が通ったり輪郭が変わることにより望みどおりの容姿を得て喜んでいる方の姿が報じられるのですが、そういった方々の姿を見て、僕はいつも複雑なものを感じます。
”入れ歯がよく落ちるようになった”
”入れ歯が安定しなくて困っている”
”入れ歯で噛むと痛いところがある”
”入れ歯が割れてしまった”
上記の訴えは、入れ歯を使用している患者さんが歯科医院に来院する時にしばしば耳にする言葉です。実際に口の中を調べてみると、ほとんどの場合、患者さんの口の中の状況と入れ歯とが合っていません。更に興味深いことがあります。それは、患者さんは自分の入れ歯と口の中が合っていないことに気がついていないことが多いのです。なぜかわからないが入れ歯の調子がおかしくなってきたと感じる患者さんが多いのです。
皆さんご存知のことと思いますが、入れ歯とは人工物です。何らかの理由で口の中の歯を失った際、歯の代わりとしてかみ合わせを守り、残っている歯を守るだけでなく顔の形を整えたり発声ができるようにするために口の中に装着するのが入れ歯です。入れ歯は歯型を取り、噛み合わせや歯並びなどを検討しながら作るものですが、作ろうとした当時の歯型に合わせて作られています。
ところが、人間というもの、時間の経過とともに微妙に姿形が変化してきます。体の中では常に新陳代謝が起こっているわけですから当然のことなのですが、年齢を重ねれば重ねるほど体の変化は大きくなってきます。普段そのような体の変化を意識しないものですが、1日あたりの変化量がわずかであること、そして、体全体がバランスを保ちながら変化してくるためであろうと思われます。
顔や口の中の状態も同様で、時間の経過とともに微妙に変化してくるものなのです。同じ人でも20歳代の口の中と60歳代の口の中とは異なります。ところが、口の中に入っている入れ歯はどうでしょうか?加齢によって生じる口の中の変化に対し、入れ歯は作った当時の口の中の状態に合った形を維持しているのです。このギャップが入れ歯が合わない、調和していない原因となるのです。すなわち、人工物である入れ歯は、時間の経過とともに変化する口の中の状態に適合できないために不具合が生じるのです。
そのため、入れ歯を装着している人は定期的に歯医者で診てもらう必要が生じます。自分自身で気がついていなくても専門家である歯医者から診れば入れ歯が今の口の中と合っていないことがあるのです。そういった場合、歯医者は入れ歯を調整しなければなりません。装着している入れ歯を今の口の状態に適合させるように調整が必要となるのです。入れ歯が定期的にメンテナンスをしなければいけない理由がここにあります。
美容整形で体の中に挿入するシリコンパッドやプロテーゼなどの人工物も入れ歯と同様のことが言えるのです。人工物を体に挿入した状態は現状とは合っているものの、加齢による体の変化に対応できるものではないのです。入れ歯ならばいつでも口の中から取り出したり、入れたりしながら調整することが可能なのですが、美容整形で用いた人工物の場合、再度手術ということになります。美容整形の手術を受ける人の中でこのことを理解している人がどれくらいいるのでしょう?おそらく、手術前の説明でそのことを説明を受けているのでしょうが、実際に完全に理解をし、将来手術が必要となってくることわかって美容整形の手術を受けている人がどれくらいいるのでしょう?いろんな美容整形の手術がありますが、体の中に異物を挿入する手術は目立たないながらも体にメスを入れる手術となります。しかも、治療費は保険が全く利かない自費扱いです。治療費は自ずと高額となります。再度の手術に対してはさらに治療費がかかります。そのことをわかってから手術を受けている人がどれくらいいるのでしょう?体の中に異物を挿入する美容整形手術の場合、一生そのままでいくというケースは少ないはずです。一度美容整形を受ければそれで終わりというケースは限られているというのが現状なのです。美容整形手術を受けて何年か経過してから再度手術を受けるとなった時に、最初の話と違うというようなトラブルを避けるためには、人工物が体の変化に対応しないということを十二分に理解する必要があると思います。
7月10日(月)”冷たい物を食べると頭痛がする理由”
7月も中旬に差し掛かり、梅雨もそろそろ終わり夏本番を迎えようとしています。現在、台風3号が東シナ海から朝鮮半島を縦断するような動きをしていますが、その影響でしょうか、西日本の各地ではフェーン現象で気温が上昇し、真夏並みの暑さになった所も多かったようです。
さて、暑い夏に多くの人が口にするのが冷たい食べ物でしょう。中でも、よく冷えたアイスキャンディーやアイスクリーム、ジュースなどは飛ぶように売れるのが常です。そのような冷たい物を口にすると、時々頭が痛くなる時があります。頭の一部が何か締め付けられるような鋭い痛みです。おそらく、冷たい物を口にした人なら誰しも一度は経験したことがある生理現象だと思います。この頭痛ですが、どうして起こるのでしょうか? これは一種の神経解剖学上のメカニズムによるものだと言われています。
口や顔面、頭部の感覚を脳に伝える神経に三叉神経と呼ばれる神経があります。三叉神経はその名の如く三つの神経が合わさった連合体のような神経で、眼神経、上顎神経、下顎神経の3つの神経から成っています。通常、口の中や歯の感覚は、上顎は上顎神経、下顎は下顎神経によって中枢である脳の方に伝えられます。上顎神経と下顎神経、そして、眼神経が三叉神経節と呼ばれるところで一つにまとまり、脳の方に伝えるのですが、直接伝えるのではなく、2ヶ所の中継点を経て伝わるような構造になっています。その中継点の一つが延髄にあります。
ところで、三叉神経は何も口の中からの神経だけではありません。顔面の皮膚や眼、脳の血管から延髄に達しているものもあるのです。このことを忘れないでください。
冷たい物を食べると、その刺激が口の中に分布している上顎神経と下顎神経を通じて延髄に達し、延髄から視床と呼ばれる脳の場所から大脳皮質に伝わり冷たい感覚として認知する仕組みがあります。冷たい物による刺激というのはかなり強い刺激で、単に大脳皮質へ伝わるだけでなく、延髄に中継点がある、他の部位由来の三叉神経にも影響を及ぼします。 その神経の一つが脳の血管由来の三叉神経です。そうするとどういったことが起こるのでしょう?本来は口の中由来の刺激なのにあたかも脳の血管由来の刺激であるかのように誤って大脳皮質に伝わってしまうのです。その結果、口からの冷たい物による刺激があたかも脳の血管が刺激を受けたかのように感じてしまう。これが冷たい物を口にした時に頭痛が生じるメカニズムだと考えられています。
冷たい物を食べたのは口なのにどうして頭が痛くなるのかと不思議に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、その理由は三叉神経の解剖学的、構造上による影響が大きいことが言えるのです。一種の体の構造上の悪戯による結果とも言えるでしょう。
話がややこしいのですが、わかってもらえたでしょうか?
7月7日(金)”予期せぬことに戸惑う性質”
昨日、一本のファックスがうちの診療所に入ってきました。ファックスの送信者は地元歯科医師会の某先生だったのですが、内容を見て少々驚きました。その理由は、緊急の会合が明日行われるという内容だったからです。
実は、この会合に関しては今週始めに問い合わせがありました。7月の予定表に都合の良い日を書いて送り返すよう促されたファックスが送信されてきたのです。僕は何気なく都合の良い日をチェックした紙を返送したのです。そのため、今回の会合が明日行われるということに関して文句は言えない立場なのです。しかしながら、これまでの通例ではこの手の会合はある程度余裕をもって行われるのが常でした。少なくとも問い合わせがあった週の翌週に行われることが多かっただけに、今週中に、しかも、明日に行われるということは、正直言ってびっくりしました。仕方がないことだとは思いながらも突然の予定に心の準備が追いつかなかった歯医者そうさん。
今週、このような突然の知らせに驚いたことがありました。週一回非常勤講師として講義に行っている某専門学校でのこと。講義が終わり、講師室で帰宅の準備をしていると、某専門学校の担当の方が今後の予定について話をしにやって来ました。既に7月になっていたことから夏休みの予定を言いにきたのであろうと高をくくっていたところ、ある発言に僕は驚きました。
「ということで、先生、夏休みが終わってから前期試験がありますので試験問題の作成をよろしくお願い致します。」
思わず”え〜!”と叫びたくなりました。試験は単位試験として講義が全て終了してから行うものとばかり思っていたからです。
実は、某専門学校のカリキュラムでは、前期と後期に分けて試験を行うというカリキュラムでした。講義が途中でも前期日程が終われば、一度試験を行わないといけなかったのです。講義が全て終了してから行う試験制度ではありませんでした。この4月から僕は某専門学校で講義を始めたのですが、担当者からは講義が始まる前に試験に関する説明を受けていませんでした。僕自身、大学時代に行われた単位試験が講義が全て終了してから行われていたため、てっきり試験はもっと先のことだと思っていたのです。しかも、先日の日記でも書いたように、既に講義が終わった別の専門学校では、講義が全て終了してから単位試験を行い、先日その採点作業を終えていました。そのため、今講義を受け持っている某専門学校でも試験は講義が終わる10月以降にあるものだと思い込んでいたのです。
それぞれの専門学校には独自のカリキュラムがあるもので、その詳細の確認を怠った僕に責任があるといえばあるのですが、それにしても、試験問題というもの、簡単に作ることができる代物ではありません。それなりに準備をしないとできません。ましてや僕は、今年某専門学校での初めて講義を担当している身です。試験問題の作成も初めてなわけで、どのような問題を作ればよいだろうかと思案しながらもまだ先の話だと思っていた中の突然の試験の話。夏休みの期間があるとはいえ、急遽試験問題を作成しないといけないかと思うと、気分が憂鬱になってきました。
どうも僕は突然の、しかも、断ることができない急な申し出に対していつまでも慣れることができません。心の準備が整っていない状態で予期せぬことを言われると、どうしても戸惑ってしまいます。どんなことが起きようが泰然自若であればいいのですが、根が小心者だけに予想もせぬことが起きた時にはどうしても戸惑ってしまいます。
いい加減大人なんだから何が起きても落ち着かないと思うのですがねえ・・・・・・・・・。
7月6日(木)”傘がない!”
今日のタイトル、何だかかつての井上陽水のヒット曲みたいですが・・・・。
昨日、うちの歯科医院は休診だったのですが、僕は某専門学校での講義の日でした。昨日は朝から雨模様。傘を差しながら出かけたのですが、講義が終わる頃には雨は止んでいました。”何とか家に帰るまで天候がもってほしいなあ”と思いながら歩いていると何か違和感を覚えました。”この違和感は何だろう?何 か忘れ物でも?”と思った瞬間、僕はあることを思い出したのです。それは某専門学校の傘たてに自分の傘を置いていたことでした。朝は雨が降っていたのですが、講義が終わった頃に雨が止んでいたこともあり、すっかり自分が傘をさしてきたことを忘れていたのです。僕は直ぐに某専門学校へ戻り、傘たてに置いていた傘を持って帰りました。
恥ずかしい話ですが、これまで僕は何度も傘を置き忘れた経験 があります。ある時は学校であったり、ある時は電車の中、ある時は葬儀会館であったりと、まるで傘を持ってきていなかったかのように、傘を持ってきた記憶が飛んでしまった状態が何回もありました。ほとんどの場合、目的地までは雨が降っていたのにそこから立ち去る際、雨が止んでいたり晴れ間が出ていたりして傘を差す必要がない時だったように思います。外の天候にごまかされ、自分が持ってきた傘のことを忘れてしまうのです。
この手の傘の置き忘れはどうも僕だけではないようです。某鉄道会社の調査によれば、電車の中に一番多く置き忘れる忘れ物は傘 なんだとか。あまりにも手軽すぎて、電車に乗っている間に傘を持っていることを忘れてしまいがちなのでしょう。
忘れ物といえば、先日、うちの歯科医院で忘れ物の整理を行い ました。待合室で患者さんが置き忘れた物を整理したのです。 うちの歯科医院の場合、患者さんが何か物を置き忘れると基本 的に受付で預かるようにしています。その際、患者さんから連絡があれば次回の来院時や患者さんが希望する時間帯に忘れ物を渡すようにしています。ところが、いつまで経っても連絡が無い場合、待合室のある場所に忘れ物コーナーを設け、そこに忘れ物を展示します。忘れ物の中にはハンカチや文房具、女性用のアクセサリー、そして、傘も置いてありました。これら落とし主がいつまで経っても現れません。結局のところ、かなり長期間にわたり落とし主が現れなかったため、今回仕方なくごみとして処分することにしま した。
そうそう、忘れ物といえば、これまで変わった忘れ物としては 営業用のバッグというのもありましたね。これはうちの歯科医院に出入りしている業者が忘れていったのですが、失礼と思いながら持ち主を探る意味で中身を確かめると、集金した現金○十万円や領収書などが入っているではありませんか?ちらりと見えた領収書の中には、知り合いの歯科医院の領収書も入っておりました。落し物の取り扱いは難しいものだと感じた瞬間です。
7月5日(水)”治療回数を言えない理由”
「先生、あと何回で治療は済みますか?」
この質問は患者さんからしばしば尋ねられる質問の一つです。
僕は基本的に初診時、もしくは、比較的治療初期の段階で 患者さんに対し口の中の現状を説明し、どんな治療が必要かを患者さんに説明するのですが、患者さんの中には、僕の説明が適切でなかったせいかもしれませんが、治療の途中で治療に要する回数を尋ねる方がいます。このような場合、僕は常に”だいたい〜回”とか”概ね〜回”、 ”〜回ぐらい”という曖昧な返事を敢えてします。
理由は単純です。本来なら治療に要する正確な回数を言いたいのはやまやまなのですが、治療の途中、予期せぬことが起こる可能性があるからです。治療していた歯が突然破折したり、動揺したり、他の歯が 突然歯痛を生じたり、歯肉が腫れたりなどなど、予想もしないようなことが起きる場合があるのです。 治療において絶対ということが言えないのが正直なところだからです。
患者さんによっては僕のことをいい加減な歯医者だと思われる方もいるかもしれません。それは仕方のないことだと思いますが、患者さんに治療内容のことを伝える際、不確実なことを確実だということの方が問題ではないかと僕は考えます。もちろん、歯医者として少しでも早く患者さんの病状を治したい、最善を尽くすことは言うまでもないことですが、治療中歯医者が注意しても避けられない、どうしようもない不可抗力なこと、予想不可能なことが往々にして起こるものなのです。
少しでも早く治療が終わってほしいという患者さんの気持ちはよくわかりますが、治療の予定を伝えることはできても正確に治療に要する回数を言えないものなのです。歯科医院を受診される患者さんにはそのことを理解してほしいと思います。後何回治療に要するかと質問をしても明確に回答できなかった歯医者がいたとしても決して責めないでほしいと思います。
7月4日(火)”ガムを噛んで歯を磨いたことにはならない”
唐突な話で申し訳ないのですが、7月1日にPRIDEという総合格闘技の団体の興行がさいたまスーパーアリーナで行われました。隠れ格闘技ファンである歯医者そうさんとしては、この試合の結果を注目していたのですが、どうやら出場日本人選手の結果は芳しくなく、メーンイベントであった吉田秀彦対ミルコ・クロコップの試合はミルコ・クロコップのローキック攻撃に吉田秀彦が耐え切れず、TKO負けに喫したとのこと。
試合結果はここに出ているのですが、試合前日である6月30日にPRIDE出場選手による記者会見が行われたようです。その席でセミファイナルで登場するジョシュ・バーネットとマーク・ハントは舌戦を展開したそうで、バーネットが
「ハントはガムをかんだ方がいい。臭い息をかがなくてすむからな」
とけしかけると、ハントは
「今日は歯を磨いてきた」
とジョークで切り返したそうです。こういった舌戦はよくある格闘技系記者会見のやりとりの一つなのですが、このやりとりに触発されたのでしょうか、元オリンピック金メダリストである柔道家吉田秀彦も、対戦するミルコ・クロコップの印象を聞かれ
「僕もガムをかんで、歯を磨いてきた」
と言ったのだとか。
”ガムをかんで、歯を磨いてきた”というのはもちろん下らないジョークだとは思いつつも、思わず突っ込みたくなりました。
”ガムを噛んだだけでは歯は磨いたことにならないぞ!”
歯に付着した汚れの主なものは歯垢と呼ばれるばい菌の塊です。歯垢を見たことがある人はわかると思うのですが、歯垢そのものは非常に粘着性のあるものです。歯垢に粘着性が生じるのは、歯垢に含まれるばい菌が一種の糖分を作り出しているからなのですが、その粘着性によって歯垢は歯に強固に付着できるような仕組みになっているわけです。
例えるなら、ご飯茶碗にご飯粒がついているようなものです。これをきれいに取り除くにはどうすればいいでしょう?ご飯そのものはかなり粘着性があります。水を加え、洗剤を加えながらたわしやスポンジでごしごしと洗い流すことによってはじめて取り除くことができるものではないでしょうか。ご飯ちゃんについたご飯粒はしつこい汚れの一種だと言ってもいいでしょう。
歯に付着した歯垢も似たようなところがあります。歯垢中のばい菌が作り出した一種の糖分が粘り気をつくりだしているため、歯垢はしつこく歯に付着しています。これを取り除くには、歯面に歯ブラシをあてがい、何回も磨くという行為を行わないと取り除けません。少しでも効率的に歯ブラシで歯垢を取り除くことができるよう、歯磨き粉を併用することもあります。それくらい、歯の汚れもしつこい汚れなのです。そんな歯の汚れをガムを噛んだけで落とすことができるでしょうか?粘り気のあるガムを噛むと多少は汚れを取り除くことはできるかもしれませんが、きちんと取り除けるものとは程遠いもの。歯の治療の専門家の立場から言わせてもらえば、ガムを噛んだだけでは歯を磨いたことにはならないのです。
”ガムをかんで、歯を磨いてきた”といういい加減なジョークのせいか定かではありませんが、吉田秀彦は対戦相手であるミルコ・クロコップに見事にTKO負けを喫してしまいました。やはりガムを噛んで歯を磨くだけではだめだったのでしょうか?吉田秀彦もそのことを身をもって知ったことでしょう!?
7月3日(月)”わずか1点の差の違い”
以前の日記に書いたことですが、いつもは患者さんの口や歯の治療を行っている歯医者そうさんですが、 4月より期間限定で某専門学校で講師をしています。3週間前、僕が担当していた講義が終了し、早速、単位試験がありました。単位試験問題も僕が作ったのですが、試験を受けた学生たちの単位試験問題の解答用紙がうちに送られてきました。
僕は診療の合間に採点を行ったのですが、何だか不思議な気がしました。少し前まで、といっても10数年前までなのですが、僕がずっと受けてきた単位試験を僕が作り、採点する立場になったわけですから。教師の方ならば別段特別なことではない試験問題の採点作業ですが、普段診療をしている僕にとって、しかも、この4月から非常勤講師をしているということでなかなか新鮮な体験でした。
正直言って、単位試験問題の作成にはいろいろと頭を悩ませました。単位試験問題は基本的に大学受験のよう試験とは異なり、落とすための試験ではありません。授業内容をしっかりと理解しているかどうかを確かめる試験です。あまり難しすぎてもだめだし、かといって易しすぎてもだめ。適度に努力の後が点差になって表れないといけないものですから、問題作成には意外と時間がかかりました。結局、自分としては極めて素直な試験問題を作り、某専門学校へ郵送したのですが、いざ返送されてきた解答用紙を採点してみると、40人近い受験者のうち残念ながら数名の者が60点に満たさず、不合格とせざるをえませんでした。
実は、その不合格者の中に1人惜しい受験者がいました。その受験者の取った点数は59点。後1点で合格というところだったのです。合格、不合格のラインを60点と定めていたため、何とか60点にできないものか僕は悩みましたが、結局のところ60点することはできず不合格としたのです。 その一方、60点ちょうどの受験者もいたのです。この受験者は当然ながら合格だったのですが、60点という基準からいえばぎりぎりのラインでの合格です。
僕は考え込んでしまいました。59点と60点。わずか1点の違いですが、合格と不合格という大きな違いが出てしまいました。あくまでも結果が全てなのですが、このようなわずかな違いで結果が大きく異なるということって意外と多いのではないかと感じました。単に単位試験だけではなく、入学試験、就職、仕事等々わずかな違いが結果として大きな差になることって意外とあるのではないかと思うのです。どうしてこのようなきわどい差によって大きな結果の違いが生じるのか?誰もこの理由を明確に指摘できる人はいないのではないでしょう。運の問題といえば運の問題でしょう。運も実力のうちと言います。
ただ、今回の試験問題に限っていえば、準備さえしっかりと整えていれば100点満点を取ることはできなくても、合格点である60点以上を余裕で取ることができるようになっていたはず。それができないということは、単位試験を受験した学生たちの準備不足も原因もあるのではないかと感じました。実際に8割以上の単位試験を受験した学生たちは合格していたわけですから。
僕が行ったことは単に単位試験の問題を作成し、採点しただけのことですが、少なくとも40名近くの合否の結果を自分が下すというその責任の重さを改めて痛感したしました。 実際には不合格者に対しては救済処置のような再試験があります。既に再試験問題も作成し、今回採点した解答用紙とともに某専門学校へ返送しました。不合格者には改めてチャンスがあります。しかも、再試験は本試験よりも出題範囲をしぼりこみ、合格しやすいように手加減を加えています。再試験には何とか全員が受かってほしいと切に願う、歯医者そうさんです。
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