過去日記(2006年9月)
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9月29日(金)”歯磨きの必要性は変わらない”
某歯磨き粉の製造メーカーの研究者がメロンやナシなどの果物や、しょうゆ、みそ、ワインなどの発酵食品に含まれるエリスリトールが、唾液と同じように細菌同士の結合をゆるくする働きを持つことを見つけ、某歯科関係の学会でその成果を発表したニュースがありました。
このエリスリトールを再現した歯垢に作用させると、ブラシが起こす水流を再現した超音波があたるだけで歯垢がはがれるようになったそうで、エリスリトールを使わずに超音波をあてるのに比べ、歯垢は約3分の1まで減っていたとのこと。この研究者によれば、エリスリトールは、殺菌剤も入れない歯垢内部まで浸透できることを確かめた。細菌同士の結合構造を変化させてゆるめ、ブラッシングなどの小さな圧力で落とせる可能性があるらしいのですが・・・。
この手の話があると必ずといっていいほどある問い合わせがあります。それは、歯磨きをしなくてもエリスリトールを含む食べ物を食べれば歯磨きが不要になるのかという問い合わせです。
結論からいいますと、今回取り上げられているエリスリトールのみならず、歯垢が取れる成分が開発されたとしても歯磨きの有効性は否定されるものではないのです。
歯磨きとは若干話がそれますが、トイレの便器の汚れを取ることをイメージしてみて下さい。トイレの便器の汚れは毎日の尿、便によって自然とその成分の一部が便器にこびりついていくものです。これら汚れを取ろうとすると、洗剤の力を借りないといけないものです。ただし、洗剤が強力であったとしても、最後は水で洗いながらブラシなどで汚れをふき取るものではないでしょうか?トイレの便器の汚れは、洗剤の化学的な反応によって汚れを分解することはできるのですが、汚れを取り除くためにはブラシを用いて手でふき取るという物理的操作が必要なのです。
歯磨きも同じです。いくら効率的に歯垢を分解し、除去しやすい成分を用いたとしても最後は歯ブラシを使用することで汚れを取り除かないと歯垢を取り除くことができないものなのです。
それでは、今後歯磨きしなくても勝手に歯垢が取れてしまう、分解してしまうような成分が開発されるかと言われるとその可能性はあると思います。ただ、このような成分が発見されたとしても、体の中の菌の塊である成分を分解するような成分は体にとってもリスクの可能性が高くなります。いくら歯垢を取り除くことが目的であったとしても、そのために用いる成分が体にダメージを与えるのであれば、それは本末転倒です。
歯の汚れを除去するための歯磨きが否定されることはない。歯磨きは口や歯の衛生状態を維持し、管理するための基本であることは変わらないものなのです。
9月28日(木)”もっと働いて欲しい!”
秋本番となってきたこの頃、全国各地では様々な催し物が行われます。当地でもいろんな催し物が行われるのですが、僕が所属する地元歯科医師会でも秋にあるイベントを企画し、その準備に入っています。僕はこのイベントの実行委員として準備をしている一人なのですが、先日、そのイベントを開催の打ち合わせをするために市内の某市立公民館へ行ってきました。某市立公民館の一室を借りてイベント行うので、内部の状態、特に電気関係や音響関係の下調べをしに行ったのです。
事前に某市立公民館の担当者には僕が行く時間帯を連絡しておきました。事前に約束もせず訪問するのは失礼にあたるだろうと思い、時間を決めておいたのです。そのこと自体は何ら問題がなかったはずなのですが、実際に約束の時間に某市立公民館へ行ってみると、驚いたことに担当者が不在でした。
”一体どうしたことなんだろう?”
僕は市立公民館の受付で尋ねてみたところ、返って来た返事は驚くべきものでした。
「担当の○○は本日は不在でおりません。何でも明日お会いする約束なっているようです。」
開いた口が塞がらなかった歯医者そうさん。僕としてはこの日を約束していたはずだったのですが、先方は1日勘違いしていたようなのです。
”ちゃんと電話で時間帯を約束していたはずなのに!”
僕は思わず感情的になりかけましたが、何とか抑え、受付で別の方に室内の案内ができないかどうか尋ねました。返って来た返事は
「担当者がいないもので・・・。明日もう一度尋ねてきてもらえませんか?」
受付は僕の立場を理解していないようでした。僕は地元歯科医師会の仕事とはいえ、普段の診療の合間をぬって某市立公民館へやってきたわけです。決して暇であるわけではないのです。しかも、勝手に約束したわけではありません。担当者と電話で話をした上で時間を調整して某市立公民館を訪れたわけです。それなのに担当者はいない、担当者がいないから後日来いという返事。あまりにも無責任な返事に思わず抑えていた気持ちを抑えられなくなった歯医者そうさん。少々声を荒げて言いました。
「こっちは患者さんの診療の合間に時間を作ってこちらへ来ているわけです。しかも、事前に約束をしてですよ。それなのに”担当者は不在だ、後日来てくれ”というのはどう考えても納得できません。何とかして下さい。僕が言っていることは間違っていますか!」
その結果、どうなったかといいますと、受付は別の事務の方を呼び、その事務の方が担当者に代わり、イベントで使用する予定の部屋を案内してくれたのです。しかもです。中での説明は非常に簡単なものでした。誰でも直ぐに電気関係や音響関係の設備が使えるように装置の手順は非常に簡略化されていたのです。不慣れな僕でも説明を一度聞いて直ちに理解でき、実行することができました。イベントで使用する部屋の下調べは5分程度で終了。
こんな簡単な下調べにも関わらず某市立公民館の受付は担当者がいないことを口実に後日来るように言うとは何事だったのでしょう。しかも、担当者がいなくても別の事務員がイベントで使用する部屋のことを理解していたのです。
僕が感情的に言わなければ適当にあしらっていたように思えてなりません。
公務員って働かないという話はいろいろと伝え聞き、何度かそのような場に居合わせていた僕でしたが、改めて公務員のやる気の無さを感じた次第。特に、不測の事態に対して、自ら積極的に動こうとしない某市立公民館の人たちの姿勢は呆れるばかりです。
”こちらは毎年ちゃんと税金を支払っているんだから、もっと公僕として市民の側にたった行政サービスをしないか!”
と叫びたくなった歯医者そうさんでした。
9月27日(水)”Good Question!”
歯医者稼業を15年やっていると様々なところで歯や口に関する質問を受けるようになります。自分の診療所のみならず、歯科医師会関係の行事、学校関係などなど様々な場面で相談を受けたり、質問を受けることがあります。
質問があるということは非常に有難いことです。自分が行っていることに対し興味を持っているからこそ質問が出てくるわけで、ある意味自分の仕事が評価されているとも言えるでしょう。学生時代や歯科医になりたての頃、僕は質問をする立場でした。疑問を感じたり、自分なりの考えが正しいかどうか確認するために先生や上司に質問をしてみたものです。幸いなことにこれまで僕が世話になった恩師は僕の質問に懇切丁寧に答えてくれ、時には僕の目の前で手取り足取り技術面のコツなどを教えてくれました。今から思えばあまりにも初歩的な質問でも決して馬鹿にせず、答えてくれた恩師の先生には今もって感謝の念に絶えません。
時間は経過しました。僕は齢40を過ぎ、教わる立場から教える立場になりました。最近では、患者さんのみならず後輩の歯科医師や某専門学校で学生から質問を受けることが多くなってきました。
質問を受ける立場というのは非常に緊張するものです。もし自分が適切な回答ができなければどうしよう?恥をかかないだろうかなどと一瞬感じたりします。実際のところは、質問を受けても全く答えられないことは少ないのですが、自分自身の知識があやふやな場合は、はっきりと知らないと答えるようにし、後日結果を報告するようにしています。自分自身の知識の無さを恥じる間に、自分で勉強をし、自分なりに理解をしたことを責任をもって伝えることが質問者にとっても有意義なことではないかと思うからです。
また、最近では自ら質問をすることも緊張するようになってきました。その訳は質問の内容によって自分の知識、能力がさらけ出されることがわかってきたからです。学会などに参加すると発表や講演後に質問を受けつけ、討議する時間があるのですが、その時などは質問者によって質問の質が随分と違うと感じます。
そのことで思い出すのが、僕の大学院時代の恩師M先生です。僕が所属していた教室では定期的に論文を読み勉強する輪読会や抄読会と呼ばれる会が行われていたのですが、ここで常に論文の確信に迫る質問をするのは決まってM先生でした。自分の専門外の領域のことでも論文の問題点を鋭く突くばかりでなく、今後のその分野の研究の方向性や改善すべき点を瞬時に言い当てることができたのです。ですから、M先生からの質問は常に緊張の連続だったことを今も思い出します。
英語では、事の本質を突いた質問に対し、回答者は質問者に“good question!”と褒め称えるものです。あなたの質問は鋭い。本質を突いている。私が触れたかったことを質問してくれてうれしい等等、質問者の質問を高く評価する習慣があります。僕は“good question”をする自信がありませんが、いつかは常に“good question”できるような力を持ち、また、“good question”と質問者を称えられるような大きな懐の歯医者になりたいと願っています。
9月26日(火)”抜糸せず放置する患者”
昨日、診療の合間に地元歯科医師会の事務局へ車で出かけていた途中のことでした。ある交差点で信号待ちをしていると、僕の車の右横に軽自動車が停車しました。何気なく右横の軽自動車を見た歯医者そうさん。軽自動車には一人の女性の姿運転手の姿が見えました。
”どこかで見たことがある顔だなあ?”
交差点の信号が青になり、僕は車を動かしたわけですが、間も無くして僕は軽自動車の運転手のことを思い出しました。その運転手はうちの歯科医院に来ていたFさんだったのです。
歯科医院に来院する患者さんにはいろんな患者さんがいますが、Fさんは症状がある時だけ来院する患者さんの代表みたいな患者さんです。歯が痛い、歯肉が腫れた、口内炎ができた等々、自分で我慢できない症状が出た時だけ来院するのです。そのため、Fさんの口の中は治療すべき歯がいくつも未治療のまま放置されている状態です。Fさんが来院する度、僕はFさんに根気強く治療を続けるよう説得するのですが、Fさんは僕の話を聞いているようで、実際は全く受け入れないままです。
うちの歯科医院では、治療途中で来院しなくなった患者さんには必ず電話で連絡を入れ、注意を促すようにしています。Fさんにもそのようにしているのですが、Fさんが問診表に書く電話番号に電話をかけても応答は同じです。
”おかけになった電話番号は現在使われておりません。”
電話番号を知られたくない事情でもあるのでしょうか?詳細はわかりませんが、とにかく、Fさんは口の中に我慢できない症状が出た時だけ来院する患者の代表格みたいな患者です。
今から3ヶ月前、Fさんは我慢できない歯痛を何とかして止めて欲しいということでうちの歯科医院に来院しました。Fさんの歯痛の原因は下の親知らずで、大きなむし歯が進行していました。僕はFさんに抜歯を勧め、Fさんも同意の上、抜歯を行いました。その際、僕は抜歯をした周囲の歯肉に糸で縫合したのです。縫合した糸は抜糸しないといけないのですが、Fさんは抜歯後、全く来院しなくなりました。縫合した糸は取らないといけないことを十分に説明したつもりだったのですが、それにも関わらず来院しなくなったFさん。抜糸を促そうにも連絡することもできず、手紙の案内は出したものの音沙汰無し。僕としては放置せざるをえなかったのです。
そんなFさんと偶然にも交差点で遭遇したのですが、気が付いた時には既にFさんの乗った軽自動車は交差点を曲がってしまった後でした。
”抜歯した後の縫合糸はどうなっているのだろう?”抜糸しようにもFさん自身が来院しないと処置の施しようがありません。
自分の歯を粗末にし続けているFさんですが、いつになったら自分の歯の大切さを知るのでしょう?自己責任といえばそこまでですが、通り過ぎた軽自動車を運転するFさんの姿を思い出すと、Fさんの行く末を心配せざるをえななったく歯医者そうさんでした。
9月25日(月)”むやみに被せ歯を交換していいのだろうか?”
先日、ある女性芸能人のインタビューが放映されているのをテレビで見ました。ある女性芸能人とはこの人のことなのですけども。
この方のように結婚後、子供を出産してからもナイスバディを維持しているその方は女性からすれば羨望のまなざしで見られるものなのでしょうか?インタビューではナイスバディを維持するための日々の心がけている生活習慣や美容のことなどを自信たっぷりに語っておられていました。その話の中で歯に関することを語る場面があり、思わず聞き耳を立ててしまった歯医者そうさん。
「どんどん年齢を重ねていくと顔の形も変わるでしょう。歯も同じだと思うの。私は5年に一回は前歯を変えているのよ。」
確かに彼女の前歯は、前が白いセラミックで被われたメタルボンド冠と呼ばれる被せ歯がなされていました。このメタルボンド冠を5年に一度交換し、年齢に合った歯にしていくようにしているのだとか。
彼女の言うことは一理あるとは思います。以前にも書いたことですが、美容整形手術を行った場合、その後最も問題になるのは年齢を重ねる加齢との関係です。美容整形手術を行った際、手術直後はご本人の満足がいく容姿が得られものなのですが、様々な人工材料を生体に入れる美容整形手術において、人工材料そのものは変化しません。ところが、体は加齢とともに変化をしてくるもの。ということは、美容整形手術を行って得られた容姿だったはずが、時間の経過するとともに加齢による体の変化と人工材料の間にアンバランスが生じてしまう可能性が高いのです。そのため、美容整形手術を受けた方は、定期的にメインテナンスが必要なのが当たり前であり、場合によっては再度美容整形手術を受けざるをえないのです。
今回の女性芸能人自身、このことを意識しているのでしょう。人工の被せ歯が体の変化に対応できないものであるため、定期的に交換していかないと年相応の美しさに対処できないということで自らの歯を交換することを実践しているようなのです。
確かに彼女の考えは正しいかもしれないと思う反面、僕は疑問に感じるところもあります。人間の歯の臓器の一つである歯は機械のパーツなのだろうかという疑問です。通常、被せ歯は接着性のセメントで歯と固定してしまうものです。この被せ歯を交換しようとすると、被せ歯を割って取ってから歯型を取り直して作るものです。その都度、多少なりとも残っている歯を削ることになります。
最近の歯科の研究では、歯というものは削れば削るほど耐久性が劣ることが実証されてきています。例えば、これまではむし歯があった場合、むし歯の再発を予防するため、むし歯の部分よりも大きめに削除し、詰め物を詰めたり、被せ歯を被せたりしていたものでした。ところが、最近ではむし歯の部分は必要な部分だけを削除し、できるだけ健康な歯質を残そうという考えが一般化してきました。この考えの裏側には生まれもった歯質が残っていれば残っているほど歯が長持ちするというデータによる裏づけがなされているからです。
一度セットした被せ歯を削って再度作り直し、セットしなおすことは、多少なりとも残っている歯質を削りとることになります。これは歯の耐久性にとってよくないことなのです。被せ歯を何度もやりかえることは歯そのものの耐久性に影響を及ぼす可能性があるのです。
ただし、被せ歯を接着力の弱い、取り外し可能な仮着セメントで経過を見るというのであれば被せ歯の交換も可能かもしれません。実際の歯科現場では、かなり長期にわたって仮歯(仮歯といっても本物の歯と見間違うぐらい精巧なものですが)を仮着しておくことで、歯肉の状態やかみ合わせを安定させる方法もあるにはあります。但し、これは接着力が弱いため、放置していると突然被せ歯が脱落したり、被せ歯の土台になっている歯がむし歯になってしまう危険性があります。常に専門家である歯医者の管理が必要なのです。
何年かに一度被せ歯を交換することは美容の維持には理にかなっているかもしれませんが、歯そのものを失うリスクもあるということを声を大にして言いたかった、歯医者そうさんでした。
9月22日(金)”一種の勧誘なのだろうか?”
昨日、自宅の郵便ポストに入っていた郵便物を見ていると、僕宛に一通の手紙が入っていました。差出人は以前仕事をしていた某病院の事務員Fさんでした。
僕が某病院の歯科口腔外科に勤務していた当時、Fさんは歯科口腔外科専属の事務員で僕より5歳年下でした。普段は歯科口腔外科の受付を担当し、その合間に歯科口腔外科関係の保険事務を行っていました。
歯科関係の事務、特に保険事務は他の内科や外科の保険事務と異なり、独特の書式、言い回し、細則などがあり、病院の保険事務を担当する事務員の人にとってかなり厄介なものなのですが、Fさんは文句の一つも言わずてきぱきと事務処理をこなしていました。その仕事ぶりは完璧といっていいもので、当時の僕の上司で歯科口腔外科部長もFさんには一目置いていたぐらいです。
そんなFさんとは僕が某病院退職後も手紙やメールなどやり取りをしていたのですが、数年前にFさんが結婚をしたのをきっかけにしばらくご無沙汰しておりました。そんなFさんからの手紙だったので、一体何事だろうと思い、封を切ってみました。中には一筆箋に書かれたメッセージとチラシ、チケットが数枚入っていました。
メッセージには一通りの挨拶の後、こんな文言が書かれていたのです。
今回チケットを送らせてもらったのは映画のチケットです。アニメなのですがストーリーもしっかりとしたもので大人も楽しめる内容となっています。別に洗脳するとか勧誘するとかいうような変な害はありません。是非見て欲しいと思います。
どんなチケットであるか、その詳細を書くのは控えさせてもらいます。上のメッセージの内容から何となく想像がつくとは思うのですが・・・。
某病院勤務時代、Fさんは気丈でいつも元気一杯、明るい女の子だったのですが、そんな表面的な姿を見せる一方、実生活ではいろいろな悩み、苦労をしてきたようなのです。そんな時に彼女が出会ったのが某団体だったようで、Fさんはその団体に入り、今に至るまで熱心に活動しているのです。僕が某病院勤務時代、彼女は既に某団体の会員だったようですが、某病院の中では一切そのことは誰にも打ち明けていなかったようです。僕が某病院を退職後、Fさんは僕に初めてそのことを明かし、それ以来、何度か某団体の発行している本や映画のチケットを送ってきてくれるのです。
僕はFさんが入っている某団体のことは正直言って興味はありませんし、実際にFさんが某団体のことで僕には全く実害はありません。全くFさんの個人的なことですし、何よりもFさんにとって某団体は心の拠り所のような存在といえるでしょう。
おそらく今後もFさんは某団体の関係する書籍や映画のチケットを送ってくることでしょう。このようなことは一種の某団体の勧誘活動の一つなのかもしれませんが、このことを無下に断ってしまうとFさんの人格をも否定してしまうように思えます。実害が無い限り、黙って受け取っているのが賢明なのかなあと思う、歯医者そうさんです。
9月21日(木)”難しい高齢者との意思疎通”
先週のことでした。うちの診療所の受付さんが困惑しながら電話をしている姿を見かけました。診療が終わった時、僕は受付さんにこの電話のことを確認しました。
「実は、今日来院されなかった患者のKさんのお宅へ確認の電話を入れたのです。電話口にはKさんのお母さんが出てこられたのですけど、どうも耳が遠いのかわかりませんが、こちらがKさんが来院されなかったこと、次の来院の予約のことを話そうとしたのですが、どうも話が通じないのです。数回ゆっくりと、大きな声で話したつもりなのですが、Kさんのお母さんは『はあ』という返事を繰り返すのです。それだけならまだいいのですけど、Kさんの息子さんの仕事のことをいろいろと勝手に言われるのです。こちらとしては、Kさんに予約の件を伝えて欲しいことだけを言いたかっただけなのですけど・・・。翌日でも再度連絡を取ってみるつもりですが。」
伝言ゲームというゲームがあります。数人が列を作り、最初の人が一定の長さの伝言を口伝えで次の人に伝える。それを聞いた人は更に自分の次に並ぶ人に口伝えで伝える。これを繰り返しながら如何に列の最後の人まで正確に伝言を伝えられるかを競うゲームです。伝言ゲームを体験した人ならわかると思いますが、当初の伝言と最後に伝え聞いた人が口に出した言う伝言はかなり内容が変わっていることがあります。むしろ、変わっていることの方が多いとも言えるでしょう。人間が伝言を伝えていく難しさが伺いしれることの一つの現れと言えます。一般の大人の方でさえ伝言を伝えることは難しい。これが高齢者となると、伝言が正しく伝わっているか非常に危ういのは容易に想像できることではないでしょうか。
話が変わりますが、毎週日曜日の夜に放映されている番組で、明石家さんまがホストを務める人気番組があります。この番組のコーナーの一つにご長寿早押しクイズという名物コーナーがあります。鈴木司郎アナウンサーが一般常識に関するクイズを三人の高齢の回答者に出すのですが、その高齢の回答者が答える回答が実にユニークなのです。 例えば
鈴木:「レーガン・ブッシュ・クリントンといえば何のことでしょうか?」(正解:アメリカ大統領)
回答者:「かたつむり。」
鈴木:「陸上競技の三段跳び、「ホップ・ステップ」さてもう1つは何でしょうか? 」(正解:ジャンプ)
回答者:「ハイジャック。」
鈴木:「全国高校野球が行われる甲子園では劇的な幕切れが多いことから"何が住む"と言われるでしょうか?」(正解:魔物)
回答者1:「無法者。」
鈴木:「ちょっと違いますね、はい、△△さん」
回答者2:「研ナオコ。」
鈴木:「俗に、子供ができてから結婚することを何結婚というでしょう?」(正解:できちゃった婚)
回答者1:「しかたんねーなあ。」
鈴木:「さすが、84歳はダテにとしとっていませんね(笑)。違います、はい、○○さん」
回答者2:「あまり好感がもてないですね。」
鈴木:「立派なご評論でございまして、ありがとうございます。はい、△△さん」
回答者3:「大好きです。」
ユニークというよりも頓珍漢といった方がいいかもしれません。答えが間違っているならだけならまだいいのですが、質問の意味さえ理解できず、自分のこと思うことばかりを言ってしまう回答。こんな言い方は失礼かもしれませんが、"どうして高齢の回答者はこんなに馬鹿なのだろうか?"と思いたくなるような回答の連続なのです。
ご長寿早押しクイズの場合はお笑いで済むかもしれませんが、これが現実の生活となると、周囲の人は相当苦労されているのではないだろうでしょうか。高齢者相手に意思疎通を図ろうとしても、簡単に意思疎通ができていないことが意外と多いのです。
このようなことは普段の僕の診療においてもしばしば遭遇します。例えば、ある高齢の患者さんに今後の治療予定を話したにも関わらず、次回来院時、治療のことを話すと怪訝な顔され、"そんな話聞いていない"ということを言い出されることがあるのです。その様な場合、再度治療のことを説明し、本人の理解を得ながら治療を進めていくのですが、一端了承した話でも、実際のところは理解していない、記憶に残っていないことが多いのです。
更に注意を要するのは往診治療の場合です。対象となる高齢患者が何らかの施設に入所している場合、付き添っている人がいますので意思疎通の問題はほとんど生じません。問題は、自宅で寝たきりになっているような高齢患者の場合です。もちろん、受け答えのしっかりとしている高齢患者や、高齢の付き添いの方なら問題はないのですが、日常会話がうまく成り立たないような高齢患者や高齢の付き添いの方の場合、必ず近親者の中でしっかりと意思疎通できる人に側にいてもらう必要があります。
日本は世界でもまれな高齢化社会を迎えていますが、高齢の方との意思疎通は一筋縄ではいかないことを実感することが多い今日この頃。高齢化社会が抱える問題の一端を垣間見るような気がしてなりません。
9月20日(水)”改めて意識する遺伝の怖さ”
今月の始めのことでした。某所で買い物をしていると、僕の大学時代の先輩Y先生の姿を見かけました。この時、Y先生は一人ではありませんでした。お父さんと一緒に歩いていたのです。大学時代、僕は何度かY先生のお宅へ伺ったことがあり、その都度、一緒に暮らしているお父さんに挨拶をしていました。そのため、僕はY先生のお父さんのお顔を知っていましたから、一緒に歩いているのがお父さんだということが直ぐにわかったのです。
久しぶりに顔を見かけたY先生親子。早速声を掛けようとした時、僕は二人が血のつながった親子であることを再認識せざるをえませんでした。二人とも、やや猫背、左肩を下げながら外股に歩いていたのです。その姿が全くそっくりだったため、僕はしばしY先生に声を掛けることを忘れてしまいました。
うちの歯科医院には、兄弟、姉妹、親子という一家全員が来られている家族が何組かあります。先日もKさん一家が来院されたのですが、治療を終えたKさんがおもむろに僕に尋ねてきました。
「うちの家族は皆歯の根っこが長いみたいですね。家族の歯が似るということはあるのでしょうか?」
実際に確かめてみると、確かにKさん一家の歯の根っこは他の患者さんの根っこより長い傾向にありました。”親子だから歯の形も似るものだなあ”と思い、そのことをKさんに伝えようとした時のことでした。Kさんの幼稚園生のお嬢さんが入室してきました。
「お父さん、大丈夫?」
心配そうに尋ねるKさんのお嬢さんの顔の表情を見て、僕は言葉を失いました。顔の表情がKさんそのものだったからです。
親子が様々な点で似ていることは僕も経験しています。以前にも書いたことですが、8歳の上のチビは眠る時、両手をクビにまわし、手を組んで寝ます。実は、この動作、僕も全く同じ習慣があるのです。先日も、上のチビが昼寝をしていたのですが、その姿を見たお袋がこういいました。
「○○ちゃん(上のチビの名前です)の昼寝姿を見て。あんたそっくりや!」
僕は上のチビに寝る時の所作を教えたことは一度もありません。両手をクビの後ろにまわし、手を組んで寝る所作は無意識のうちに、上のチビが行っていた所作だったのです。
いろんな人がいろんなところで言い尽くしていることではあることですが、遺伝というべきか、持って生まれたDNAというのは、ある意味怖いものです。誰が教えたわけでもない動作、仕草を親と同じように行ってことは理屈では説明できません。
どうして子供が親と同じような仕草をするのか?同じような表情をするのか?同じような体型になるのか?おそらくこのことを正確に説明できる人はいないでしょう。
もちろん、親子であっても遺伝が異なる場合もあります。僕の子供も上のチビは、口の形状は僕にそっくりなのですが、下のチビは嫁さんの相似形です。同じ血を分けた子供であっても親と同じ遺伝が発現してくるわけでは決してありません。けれども、何も教えていない親の仕草、表情を子供が同じようにしている姿を見ていると、僕は遺伝、DNAを意識せざるをえないのです。
僕自身の遺伝、DNAが確実に子供に伝わっている。この厳然たる事実に逆らうことはできない。
一言で遺伝、DNAと言いますが、この事実が次世代の子供たちに伝わり、体現されていることを見るにつけ、僕は遺伝、DNAの怖さ、奥深さを感じずにはいられません。
9月19日(火)”ベスト スマイル オブ ザ イヤー”
皆さんは、『ベスト スマイル オブ ザ イヤー』という賞をご存知でしょうか?この賞は日本歯科医師会が11月8日の"いい歯の日"を記念し、今年笑顔が最も印象に残る著名人に贈られる賞です。これまでマスコミでも何回か取り上げられている賞ですから、一度は目にされたり、耳にした方がいらっしゃるかもしれません。
今年も11月8日に『2006 ベスト スマイル オブ ザ イヤー』賞の表彰式が予定されているのですが、 実は、この賞、実は日本歯科医師会会員である歯医者の投票によって決められています。歯や口の専門家である歯医者から見て、今年活躍した著名人で口元が魅力的な方を選ぶことになっているのですが、先日、僕の手元にも投票用紙が送られてきました。 投票用紙は男性と女性の一人ずつ記名することになっています。著名な方なら誰でもいいのですが、投票用紙の横には"選考のためのリスト"として男性と女性、それぞれ10人の著名人が書かれています。実質、このリストの中から選ぶようにということなのですが、今年はこのような方たちがリストに上がっていました。
男性
阿部 寛(俳優)
上川 徹(サッカー審判員)
亀梨和也(タレント)
坂口憲二(俳優)
城島健司(プロ野球選手)
巻 誠一郎(プロサッカー選手)
松坂大輔(プロ野球選手)
三谷幸喜(劇作家、脚本家)
渡辺 謙(俳優)
WaT(歌手)
女性
綾瀬はるか(女優)
荒川静香(プロスケーター)
夏帆(モデル・女優)
川井郁子(バイオリニスト)
黒木 瞳(女優)
長澤まさみ(女優)
福原 愛(卓球選手)
掘北真希(女優)
村川絵梨(女優)
横峯さくら(プロゴルファー)
正直言って、僕はどの人を選考すればいいのか迷っています。純粋に口元をみて判断すればいいのか、それとも今年の話題性を前面に出せばいいのか。兼ね合いが難しいですね。しかも、リストアップされている人の中には、僕自身、全然見たことも無い人も含まれています。 9月30日までに投票をすればいいのですが、皆さんなら上記の20名の方のうち、誰を 『ベスト スマイル オブ ザ イヤー』に選ばれますか?是非参考にしたいので、”私ならこの人を選ぶ”という人を教えてほしいと思います。
9月15日(金)”総入れ歯は恵まれている?”
普段、僕は自分の歯科医院の診療室で患者さんの治療をしているわけですが、何らかの理由で来院できない患者さんに対しては自ら出向いて治療をすることがあります。往診治療です。僕は定期的に近所の老人保健施設に出かけたり、介護保険関係者や地元歯科医師会からの紹介で寝たきりの患者さんのお宅へ出向いたりしています。
往診治療をして思うことの一つに、総入れ歯の患者さんというのはある意味恵まれているということがあります。日頃、『80歳においても20本以上の歯を残しましょう、そのためには日頃から歯磨きを大切にし、定期的に歯科医院で検診を受けるようにしましょう』という8020運動を掲げている歯医者。そんな歯医者が総入れ歯の患者さんが恵まれているというのは矛盾しています。確かにそのとおりですが、介護の現場を少なからず見ていくと、口の中に歯が残っている状況というのは結構つらいものがあるのです。
介護といってもいろんなレベルがありますが、介護の状態が進むと自分で自分の身の回りのことができなくなります。食事やトイレ、風呂、着替えといった日常生活が誰かの助けを借りないとできなくなります。口の中もそうで、自分で口の中の管理、口腔ケアを行うことができなくなります。
ところが、この口腔ケア、実際の現状として介護の優先順位はかなり低いのが現状です。どうしても、食事や下の世話などにかかりっきりになってしまい、口腔ケアとなると後回し、放置されてしまうことさえ多いのです。
口腔ケアは、介護を受ける人の健康に役立つことが言われ、実際に肺炎や感冒の予防に大きな効果を上げています。我々歯科関係者もそのことを世の中に啓発しているつもりですが、いざ介護の現場に立ってみると、そこまで余裕がないのも事実。口の中の歯の一本、一本をきれいに磨くところまで手が回らないのです。
それに対し、口の中に歯が全く無い、総入れ歯の人の方の方が口腔ケアはずっと楽です。総入れ歯を使用している寝たきりの方の口腔ケアは、総入れ歯をはずし、総入れ歯を掃除する。そして、口の中に残った食べかすを取り除くことが主なものです。一方、歯が残っていれば、歯の一本、一本をブラッシングしたり、装着している部分入れ歯の管理も必要。しかも、歯が欠けたり、割れたり、差し歯が取れたり、動揺することがある。口腔ケアを実践しようとする介護関係者にとって、歯の無い総入れ歯の人の方が負担が少ない。そういった意味で、総入れ歯の寝たきりの方は恵まれていると思うのです。
ただし、これはあくまでも介護を受けざるをえなくなった人の話であることは念を押したいと思います。いくつもの調査で、口の中に残っている健康な歯の数が多ければ多いほど他の病気になりにくく、医療費が少なくなる調査結果が出ています。若いうちから総入れ歯の方がいいとは決して思わないようにしてほしいと思います。
9月14日(木)”他人の体の悪口について”
昨日、このような判決があったようです。あるスナックで全く見ず知らずの女性に対し何度も”デブ”呼ばわりした輩に最高裁で実刑の判決が確定したというのです。当然の判決と言えるでしょう。いや、もっと重い判決でもよかったのではないかと思うくらいです。いくらスナックの中の出来事であったとは言え、全く見ず知らずの女性に対し、面と向かって”デブ”呼ばわりするとは何様のつもりでしょう。これほど人の尊厳を傷つけ、侮辱するひどい行為はないと僕は思います。しかも、この輩、市議会議員というのですから、聞いて呆れるばかりです。
実は、僕には体にほくろが多くあります。顔面にもいくつもほくろがあるのですが、小学生や中学生の頃、周囲からはこのほくろのことを何度も言われ、嫌な思いをしました。ほくろが多いのは持って生まれた体質のようなもの。自分で変えようがないものを平気で口さがない言葉ではやされ、悪口を言われることに対し、僕はひどく精神的に傷つきました。(現在、ほくろはレーザー治療で取り除くことが可能です。)
そのような嫌な思いをしたものですから、僕は他人に対して決して体型のことで悪口は言わないことを心に誓いました。自分が嫌なことを人に行うことは、最低な行為である。そのように信じ、これまで実行してきたつもりです。
体に関しては、自らの体の栄養管理、運動管理、精神管理といった自己管理可能な面と親から授かり変えることができない先天的な面があります。自己管理可能な体の管理については自己責任がついてまわりますが、どんな理由があろうとも人様に向かって平然と体の悪口を言うというのは、人として最低の行為ではないでしょうか。
僕は仕事柄、人様の口の中を診るわけですが、歯科医院に来院する患者さんの中には、形容のしようがないくらいひどい歯の状態の方がいます。正直言って、そのような患者さんには思わずひどい歯の状態のことを言いたくなりますが、僕は敢えて言いません。ひどい歯の状態を放置していたのは患者さん自身であり、患者さんの責任です。その一方で、患者さんには、心のどこかにひどい歯を放置した後ろめたさがあるものです。僕が敢えて患者さんの歯の悪さを言いたくないのはここにあります。未治療の歯を放置したことを責めるより、根気強く歯を治療していくよう、説得することの方がずっと建設的だと思うのです。
実際のところは、悪い歯の数が多い人ほど治療が長続きせず、更にひどい歯の状態を悪化させ、僕自身もがっかりさせられることが多いのですが、歯医者側からは決して患者さんの歯の治療をさせようとするがあまり、未治療の歯を放置してきたことを責めるような言い方はしないようしているつもりです。
ただし、そうは思っていても失敗もあります。先日、僕はやってしまいました。
僕は某所で久しぶりにある女性の知人と再会しました。その知人は2年前に女の子を出産し、子育てに励んでいたのですが、久しぶりに見た彼女の体つきがふっくらしていたのを見て、僕は思わず言ってしまったのです。
「○○さん、もしかして二人目のお子さんですか?」
彼女曰く
「二人目じゃないですよ!単なるウエイトコントロールの失敗です!」
もっと適切な確かめ方があったに違いないと反省しながら、彼女にひたすら謝り続けた歯医者そうさんでした。
9月12日(火)”脇付が好きな医療業界”
来院する患者さんを診察する際、必ず行うことの一つに問診があります。患者さんが訴える症状に関して尋ねるのはもちろんのこと、患者さんのアレルギーや全身の健康状態まで確認を取ります。患者さんの年齢が上がるにつれ、体に何らかの問題を抱えている場合が多く、歯科以外の診療所、病院へ通院している患者さんも少なからずいらっしゃいます。
そのような場合、僕は患者さんの了解を得て、患者さんが通っている診療所や病院の担当医、主治医に患者さんの病状を確認するようにしています。問診時の患者さんの話を信用していないわけではないのですが、より詳細な専門的情報を得るためには患者さんの話だけでなく、直接専門家に尋ねることが一番だからです。
患者さんが通院している担当医、主治医に尋ねる際、電話で尋ねることはまずしません。なぜなら、担当医、主治医も非常に忙しく診療をしていることがわかっているからです。余程緊急事態が生じている場合は別ですが、通常は診療情報提供書という形の書類を送付し、文書の形で患者さんの医療情報を照会します。正直言って、僕が担当する全ての患者さんが通院している診療所、病院の担当医、主治医に医療情報提供書を書き、送付するのは大変ですが、歯科治療中、歯科以外の病気で何かトラブルが起こってからでは遅いのです。普段から何らかの準備を心がける。そのためには必ず患者さんのことを専門的に知ることが必要なわけで、僕は医療情報提供書を書くことは歯科診療にとって必要不可欠なことではないかと考えています。
さて、診療情報提供書のやり取りでは興味深い習慣があります。それは、診療情報提供書を送付する相手の担当医、主治医の名前の後に脇付を付けるという習慣です。
ご存知の方が多いとは思いますが、脇付とは手紙の宛先に添えるもので、相手に対して謙って敬意を表すために用いられるものです。貴下や机下、侍史、尊前、膝下、尊下などが脇付で、宛先の左下に小さく書くようにします。 具体的には、”○○先生 机下”とか”△△先生 侍史”というように脇付を付けるのです。
この脇付を付ける習慣ですが、現在のところ、僕が知る限り医療業界で最も頻繁に行われている習慣のように思えます。何を隠そう、僕も相手の担当医、主治医の先生には必ず”御侍史”や”御机下”という脇付を付けて書いています。
どうして医療業界で手紙をやり取りする際、脇付を付ける習慣が残っているのか、本当の理由はわかりません。僕自身、某歯科大学の臨床実習時、医療情報提供書を書く際の礼儀の一つであることを教わって以来、ずっと脇付を欠かさず書いています。
医療業界の相手以外に手紙を出す際、僕は脇付をつけるようなことはほとんどしません。何か大げさな感じがするからです。それでは、医療業界の相手に対し脇付を常に付けることは大げさすぎないかと問われれば、確かにそうだなあと思うところもあります。ところが、実際、僕が脇付がない診療情報提供書をもらうと違和感を感じてしまうのは不思議な気がします。
この脇付、一種の医療業界の不文律のようなところがあるように思います。少なくとも脇付を書いて相手に失礼ということはありません。全く見ず知らずの担当医、主治医に対し、わずか2〜3文字の脇付を付けることを面倒くさがることはないだろうと、今日も脇付を付けた医療情報提供書を書く、歯医者そうさんです。
9月11日(月)”どんどん泣いて下さい?”
先週末、僕は某所で歯科検診を行ってきました。この日の歯科検診の対象者は1歳6ヶ月の幼児。実は、この日1歳6ヶ月健診が地元の市の健康センターであったのです。
皆さんもご存知のことと思いますが、幼児には母子保健法で定められた健診があります。1歳6ヶ月児と3歳児健診です。内科、耳鼻科、眼科などの検診以外に歯科検診もあります。多くの市町村では、歯科検診は地元の歯科医の協力の下で行われます。僕が住んでいる市でも毎年市から地元歯科医師会へ検診依頼があり、市と委託契約を結んでいます。その契約に基づき、歯科医師会に所属する歯科医が輪番で検診医として出務するのです。先週末は僕が当番の検診医の一人だったというわけです。
1歳6ヶ月児の歯科検診でチェックをするポイントは乳歯の生え具合をチェックすることです。乳歯は全部生えそろうと、下の図のように上下10本ずつ、合計20本生えます。
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3歳児健診の時には、乳歯が全て生えそろっているかチェックするのですが、この1歳6ヶ月という時期は乳歯のうち上下8本ずつ、合計16本が生えそろう平均時期なのです上の図において、乳中切歯と呼ばれる歯から第一乳臼歯と呼ばれる歯まで生えているかどうかを調べるのです。
今回の1歳6ヶ月健診でもこの点を第一に検診をしていったのですが、相手はまだ1歳6ヶ月の幼児です。まだ、言葉のコミュニケーションができない時期です。このような幼児を対象に口を開けてもらうには工夫が必要です。その工夫とは泣いてもらうことです。
幼児が泣く時のことを思い出して欲しいのですが、誰もが大きな口をあげて泣きます。その際、必ず口を開けて泣きます。このことを利用するのです。具体的には、保護者に抱いてもらいながら検診する幼児を僕のひざの上に仰向けにのせてもらいます。その時、幼児はいきなり保護者から他人の僕のひざの上にのせられるわけですから何ともいえぬ不安を抱くものです。その不安を泣くという行為で表します。その時です。僕はすかさず検診用ミラーを幼児の口の中に入れ、すばやく歯の状態や口の中の状態をチェックするのです。もちろん、幼児の頭が僕のひざから落ちないように注意しながら、保護者の方にもしっかりと支えてもらうことは言うまでもありません。幼児を泣かせてまで検診をするとは何事だ!とお叱りを受けるかもしれませんが、全く見ず知らずの1歳6ヶ月児を限られた時間で何人も検診を行うには、この方法が有効なのです。
とは言っても、全ての1歳6ヶ月児が泣くわけではありません。どうしても口を開けてくれない幼児もいますし、大人しく口を開けてくれる幼児もいるのです。
そんな検診が一段落した時のことでした。僕が後片付けをしていると検診を手伝っている事務担当の市の職員のが僕の下へやってきました。
「先生は○○で開業されているのですか?」
「そうですが、それが何か?」
「実は、先ほど検診を受けられた幼児のお母さんの一人が先生のことを尋ねられていたのです。何でも検診の時に自分の子供が泣かなかったことを気に入られていたようですよ。」
思わず苦笑いしてしまった、歯医者そうさん。先ほども書きましたが、1歳6ヶ月検診では検診の効率化を図るため、敢えて幼児を泣かせるようなことをします。ただし、全ての幼児が泣くわけではなく、中には全く泣くことなく大人しく検診を受ける幼児もいます。こればかりは個人差があるとしかいいようがありません。
今回の場合、自分の子供が泣かなかったというのは、僕が子供を扱うのがうまかったということではなく、偶然にも子供が泣かなかっただけである可能性が高いのです。
僕は 子供が嫌いではありませんが、子供扱いに慣れているというわけではありません。偶然の出来事にも関わらず歯医者としての僕のことを気に入ってもらえる。そのこと自体は有難いことですが、子供が泣かなかったことは偶然である可能性が高いことを考えると何とも複雑な気持ちになった、歯医者そうさん。
市の事務担当者には、子供が泣かなかったのは単なる偶然であることを伝えるよう言ったのはいうまでもありませんでした。
9月8日(金)”また会おう!”
昨日、メールボックスを開けてみると、一通のメールが届いていました。 メールの送信者はEちゃんでした。Eちゃんは僕がサイトを開設して以来の友人で、自らも某サイトを管理している管理人です。そんなEちゃんからのメールタイトルを見て、僕はびっくりしました。
"サイト閉鎖について"
メールの本文は以下のようなものでした。
今回は、サイト閉鎖の報告とリンク削除のお願いにあがりました。
サイト閉鎖の理由は「管理の限界」です。 以前から管理しきれないと思いつつ、 今まで続けてきたものを消すのも・・・と躊躇していたのですが、 さすがに更新が全く出来ずに放置しておくのが 自分自身、すごくイヤだったんです。 だったら、いっそのことキレイになくしてしまおう。 そう思ったのです。
同じサイト管理人として、Eちゃんの気持ちは非常に理解できました。サイトを作った人ならわかると思いますが、サイト管理は一種の自己満足と言えます。しかも、サイトを見てくれる人がいれば、反応を示してくれる人がいると、自己満足は更なる快感へと変わっていきます。最近流行しているブログなどは、この点をよく考え抜いていて、誰でも容易に情報発信し、相互交流できるようコメントやトラックバックといった機能がついています。
その一方、サイト管理を継続することはエネルギーが必要です。毎日の仕事や家庭生活の合間をぬってサイトを更新しなければなりません。僕のような駄文日記でさえそうなのです。診療中に日記を書くことはできませんから、一日のうち時間に余裕がある時に書いているのですが、日記を書いていけばいくほどついさぼりたくなってくるのです。
Eちゃんのサイトは日記だけでなく、自らの仕事をわかりやすく、そして、詳細に説明したサイトでした。隅々までEちゃんの気配りが行き届いており、僕のような野郎が見ても心地よいサイトだったのです。
そんなサイトを更新することができずに放置せざるをえなかったEちゃん。そのきっかけは結婚でした。Eちゃんは昨年結婚したのですが、間も無く子供を授かりました。今年の春、Eちゃんは無事に子供を出産しました。現在、赤ちゃんの子育てと格闘中のEちゃん。仕事の合間に更新していたEちゃんの生活リズムが結婚によって大きく変わり、赤ちゃんの誕生によって子育てに専念せざるをえなくなった結果、サイトの管理ができなくなっていったのです。
Eちゃんにとって、自分が手塩にかけて育てたともいっていいサイトを放置することは自分自身が許せなかったのです。中途半端にサイトを残しておくよりはいっそうのこと、全てを無くした方がよい。Eちゃんがそんな決断を下すには相当の心の葛藤があったことでしょう。そんな心の葛藤の中、下したEちゃんの決断。 僕がEちゃんの決断に反対することはできませんでした。Eちゃんの決断は心から尊重しなくてはいけないと感じました。
ただ、同じサイト管理人として、Eちゃんのサイト閉鎖は悲しい。 僕がサイトを開設して以来、多くのサイト管理人と知り合いましたが、そのうち少なくない人たちが既にサイトを閉鎖し、ネットの世界から消えていきました。ネットの世界は次々と新しいものが生まれますが、消えていくものです。そのことは頭ではわかってはいるのですが、実際に僕自身がネットの世界で知り合い、関わりを持っている人がさよならを告げられるのは、いつもつらい。Eちゃんのように僕と同じ職種の人のサイトが閉鎖するというのは特につらい。同じ釜の飯を食っていた友人が突然姿を消すようです。
Eちゃん、長期間のサイト管理、ご苦労様でした。今は子育てに専念してくれよ!今後時間の余裕ができれば、再度サイトを復活して欲しい。
”さよなら”だけは言いたくない。言いたいことは唯一つ。
また会おう!
9月7日(木)”偽情報に惑わされないように”
昨日のことでした。診療所の郵便受けで郵便物を確認していると、H社という会社からの手紙が入っていました。
”H社はあまり目にしたことがない会社だなあ?”
と思いながら封を開けてみると、下記のような案内文が入っていました。
ご案内・お知らせ
日頃から、口腔外バキュ一ムのご使用、誠にありがとうございます。
諸般の事情にて、ユーザー歯科医院様には少なからず御心配をお掛け致しました事を深くお詫び致します。 当初、口腔外バキュームの製造販売は某造船系会社から事業を引き継いだD社が行ってまいりましたが、この度当社が正統な引継をし、販売、メンテナンス修理、交換部品の供給など行なうこととなりました。人員、拠点の問題も有り、訪問地域により少々時間が掛かりますが、歯科診療室に無くてはならない口腔外バキュームとして利用していただく為に努カしていきます。今後メンテナンス等の質問、修理、定期交換部品の供給など問題がありましたら、お気軽に下記営薬所に連絡頂ければ迅速に対応致します。
H杜
郵便番号○○○−△△△△
○○県××市○○
地域担当 ○○△△
連絡先 090-○○○○-××××
上に書いてある口腔外バキュームですが、このようなものです。
患者さんの口の中で歯を削る際、タービンと呼ばれる器具からは"キィ〜ン"という高音と共に大量の水が出ます。歯を削るにはダイヤモンドを散りばめたバーを高速回転させて削らないと削れません。回転数は一分間当たり20万回転〜40万回転と言われています。かなり高速回転だと思われるかもしれませんが、これくらい高速に回転させないと、ダイヤモンドを散りばめたバーでも削れないくらい歯の表面は硬いのです。
高速回転させながら硬い物を削ると、当然のことながら高熱が発生します。高熱を冷却させるためには水を放出しながら削る必要があります。それは仕方がないことではあるのですが、水を出しながら歯を削ると、歯の粉末や口の中の雑菌などが混じった水が大量に生じます。これを回収するのがバキュームと呼ばれる吸引装置です。通常のバキュームは診療台に設置されているものですが、歯の粉末や口の中の雑菌が入り混じった水の一部は霧状となって口の外へ発散されます。これを回収するのが口腔外バキュームと呼ばれる吸引装置なのです。
うちの歯科医院では20数年前から口腔外バキュームを導入し、診療に利用しているのです。当初、うちの歯科医院で設置した口腔外バキュームは某造船系会社が製作、販売していたのですが、会社の統廃合で現在ではD社が保守、管理を行っていました。うちの歯科医院でも口腔外バキュームの保守管理はD社にお願いしていたのですが、そのD社からH社が製作、保守管理を引き継いだというのです。
このような話の場合、通常はD社が事業を別会社へ事業を譲渡したことを伝えるのが筋ですが、今回の話の場合、D社からは何の連絡もなく、H社が事業を一方的に引き継いだという話なのです。
”何かおかしい!”
そのように感じた僕はD社に問い合わせしてみました。僕の問い合わせに出てきたD社の担当者は苦笑いしながら答えてくれました。
「当社はH社に事業を譲渡した事実は一切ありません。」
D社の担当者の話では、
”何でもD社に勤務していた社員の何人かが退職し、別会社であるH社を起こしたそうで、D社の製品ユーザーに自分たちの製品を買わせようとアプローチしているとのこと。H社の社員は事実と反する文書をD社のユーザーに送り続けているそうで、僕のようなD社の長年のユーザーからの問い合わせがひっきりなしにきているとのこと。H社に対しては法的処置を含め対抗措置を検討しているが、現状においてはH社の宣伝に惑わされないようにお願いしたい。”
こういった返事でした。
D社とH社との間にどういった軋轢の歴史があるのか詳細はわかりません。何が本当かもわかりませんが、少なくともD社がH社に事業を譲渡した事実はなさそうです。
おそらくこの手の話はいろんな業界でもあることだと思います。何だか一種の振り込め詐欺のようにも思えてなりません。事実を捻じ曲げてまでライバル会社のユーザーを囲い込もうとする姿勢は如何なものかと思います。もっと製品の品質の違いをアピールするような正々堂々とした販売方法があるはず。
この手の偽の情報にくれぐれも惑わされないようしようと改めて感じた、歯医者そうさんでした。
9月6日(水)”飲酒運転を限りなくゼロにする方法”
おそらく、今日、マスコミでは秋篠宮妃紀子様の第三子のご誕生のことで話がもちきりでしょう。皇室の継承問題、皇室典範改正問題の論争が激しさを増し、一時期政局の可能性も取りざたされていた問題を小休止させたのは、秋篠宮妃紀子様のご懐妊でした。秋篠宮ご夫妻の決断は、皇室継承問題に対し相当な決意があったことは誰もが容易に想像がつきますが、その結論が今日出されると言っても過言ではありません。
とにもかくにも、下々の一人として、子供を持つ親の一人して、僕は単純に今日のご出産が無事に行われ、健やかなお子様が誕生されることを祈るだけです。今回のご出産は帝王切開で行われるのだとか。秋篠宮妃紀子様が前置胎盤であることによる影響だそうですが、いくら経験のある医師団が担当するとはいえ、自然分娩とは異なり一種の手術を受けられます。非常にお気の毒なこととは思いますが、是非無事に出産手術が成功に終わり、親子ともども無事退院して欲しいものです。
さて、最近、飲酒運転による交通事故の報道が後を絶ちません。道路交通法の改正により飲酒運転による罰則が強化され、飲酒運転そのものはかなり減少してきました。ところが、完全に無くなったわけではなく、依然としてかなりの飲酒運転が報告されています。しかも、飲酒運転による事故を引き起こした者がそのまま逃走してしまう事例が後を絶たないのだとか。危険運転致死傷罪が設けられ、飲酒運転の罰則が強くなった反面、法的に飲酒運転を証明することが難しい。その点を知っていた飲酒運転手は、事故を起こした際、逃げて飲酒運転の証拠を消してしまう手に出ているのだとか。最近聞いた話ですが、飲酒運転をカモフラージュするために、事故後に直ちにアルコールを飲み、事故を起こした後にアルコールを飲んだように見せかける重ね飲みというのがあるそうですね。悪知恵には際限がありません。
かつて、飲酒運転を無くすには法律を改正し、罰則を強化すべきという声が大きかったように思えます。ところが、飲酒運転に対する罰則が強化されても、飲酒運転が後を絶たない、むしろ、悪質と思われるケースが増えてきています。どうも罰則強化だけで飲酒運転を完全に無くすことには限界があるのではないでしょうか。もっと他の方法を考える必要があるのではないかと思うのです。
そこで、僕は無い知恵を絞って考えてみました。そもそも、飲酒運転というもの、アルコールがあるから行われる行為なのです。もし、世の中からアルコールが存在しなくなれば、飲酒運転そのものも存在しなくなる、成立しなくなる。世の中からアルコールを無くす、禁酒をうたえばいいのではないだろうかと考えました。
この禁酒という考えが暴論、極論であることは百も承知です。世の中が禁酒ということになれば、様々な影響が出ることは必至です。ビール、発泡酒、日本酒、ワイン、焼酎、ウィスキー、ウォッカ等々アルコール類が一切呑めなくなります。まず、日本全国のアルコール好きの人たちが黙っていないことでしょう。晩酌ができなくなります。また、アルコールを飲んで盛り上がる宴会もできなる。アルコールを禁止されたことに対する怒りは相当なものであることは容易に想像できます。
酒製造会社、販売会社のみならず、飲食店なども軒並み影響を受けることは間違いありません。これら企業、お店に関係している人たちは相当数います。多くの失業者が巷に溢れても不思議ではありません。
酒税収入がなくなるわけですから国としても大いに反対することでしょう。
かつて、アメリカでは禁酒法があった時代がありましたが、結局のところ、闇の世界ではアルコールが流通し、マフィアが暗躍してしまう事態を招くことになったことは多くの人が知るところです。
長い歴史がある酒を禁止することが愚かなことであることは歴史も証明していることです。が、僕が敢えて禁酒を言うのは、飲酒運転を無くすことを真剣に考えるなら、大人が楽しみにしているアルコールそのものを無くすしか手立てがないのではないかと思うからです。
人間という生き物は実に弱いものです。自分の身の回りに好きな飲み物があればつい口にしてしまいます。いくらアルコールを飲んで運転してはいけないと言われようが、アルコール好きの人にとっては関係のない話です。罰則が強化されても好きなものは好き。アルコールを飲んだ後のことなど考えない。今の楽しみだけでいい。そのように考えるアルコール好きの人は少なくないはずです。アルコールとは人間の快楽に密接に関係します。アルコールが世の中から無くならない理由はここにあると思います。
それならば、禁酒しても意味はないのではないかと言われれば、確かにその通りだと思います。世の中からアルコールを無くそうとしても、アルコール好きの人は様々な手を使ってアルコールを手に入れ、飲もうとするでしょう。
それでも敢えて禁酒を僕が言うのは、飲酒運転による事故の悲惨さ、飲酒運転を繰り返すドライバーの意識の薄さを危惧するからです。僕の周囲にもいるのですが、未だに酒を飲んでも飲酒運転する人たちがいます。悲惨な事故を起こす可能性が高いと注意をしても、止めないのです。危機管理がなっていないのです。そういった人たちの目を覚ますには禁酒という劇薬に似た方法しかないのではないかとも思うのです。
また、アルコールとともに嗜好品として有名なタバコですが、こちらは禁煙が相当進んでいます。公共の場所で喫煙場所を探すことが難しいくらいです。喫煙が健康に与える影響が大きいということで、急速に禁煙運動が浸透してきたように思います。以前なら喫煙を禁止することは現実的でないと言われていたのですが、それが今や世の中に広く禁煙が広まってきている。もし、飲酒運転の事故を無くすということを前面に押し出し禁酒運動を展開することになれば、禁酒も世の中に広がっていく可能性がある。
根本的に飲酒運転を無くし、飲酒運転による悲惨な事故を二度を起こさないようにするには、アルコールそのものを無くすしか手が無い!
上記のような話を家で説いた、歯医者そうさん。
この話を聞いた嫁さんやお袋からは
「あんた、馬鹿じゃない。世の中の人を全部敵にまわすつもりか?」
と突っ込まれたことを最後に記しておきましょう。
9月5日(火)”言葉の使い分けができない人種”
先日、いつも僕の隣で診療をしている親父がある母親と治療の話をしていました。母親の年齢は自分の子供の治療に付き添っていました。親父は治療内容を母親に説明していたのですが、そのやり取りに僕はため息をついてしまいました。
「先生、何でこの子にたくさんむし歯あるん?歯が元々弱いんか?」
「この子痛がりやねん。痛くないように治療してやってや。」
「矯正の治療っていくらぐらいかかるんや?」
「めっちゃ金かかるやん。そんなに高かったら矯正の治療でけへんやん。」
ちなみに親父は今年75歳です。この母親は20歳代後半。年の差ほぼ50歳近くあります。この母親と親父は歯の治療以外は面識が無く、長年付き合ってきたり、気心がしれているという間柄では決してありません。そんな関係にも関わらず、この母親は親父に対し常にため口で会話をし続けているのです。
僕は非常な違和感を感じざるをえませんでした。僕自身、人生の先輩に対し馴れ馴れしい言葉使いをすることは失礼であることをいつの間にか躾けられてきたように思えます。人生の先輩に対し、礼をもって接する。そのために何よりも優先しなければならないことの一つが言葉使いであると思っていました。僕が今まで過ごしてきた環境においても、人生の先輩に対しため口をするようなことがあれば張り倒されたり、罵倒されるような雰囲気がありましたし、僕自身も当然のことだという認識でいました。そんな僕からすれば、人生の先輩に対し、堂々と常時ため口を使い続けている感覚がどうも肌に合わないのです。何だか宇宙人的な感覚のように思えてなりません。
僕の独断ですが、最近、人生の先輩に対し丁寧な言葉使いをしない輩の割合が最近急に増えてきたように思えてなりません。これまでも言葉使いを使い分けることができない輩は少なからず存在したとは思いますが、ボクシングの亀田親子に代表されるような世間知らずの輩が増えているように思えてならないのです。どうして言葉の乱れが目立つようになってきたのか僕にはわかりません。
言葉を使い分けることが出来ないということはある意味、幸せな人だと思います。相手がいくら自分よりも人生の先輩であってもそのことを意識せず、普段使っているため口言葉で話をしているわけですから。相手が誰であろうと常に同じように接するという意味においては見事なものです。
けれども、相手が人生の先輩であるということを考えると、やはり礼を持って接しなければいけないのではないかと思うのです。相手が人生の先輩でどうしようもない輩であったとしてもです。自分自身よりも人生を長く生きてきたということに対し敬意を払う。そのことを表すためには言葉使いは非常に大切なものではないでしょうか。それができないということは、人生の先輩に対し常に失礼な態度で接しているとしか思わざるをえないのです。
僕のような感覚は古い感覚なのかもしれません。時代と共に言葉使いは変化するものだということも承知しています。けれども、人生の先輩に対し敬うという気持ちを持ち続けることに新しいも古いもないのではないでしょうか。常識の一つとして、後の世代にも伝えていかなくてはならないものだと思うのですが、如何なものでしょうか?
言葉の使い分けができない輩が増えてきたことに危惧する、歯医者そうさんです。
9月4日(月)”アメニティグッズコレクター”
早いもので8月が終わり、9月が既に始まっています。既に始業式が始まっているところもあるでしょうが、今週から本格的に2学期が始まる学校が多いのではないでしょうか?
我が家でも二人のチビたちは今日から2学期のスタートです。
さて、今回の夏休み、我が家では東京ディズニーランドへ出かけたことは先の日記でも書きました。関西に住む我が家にとって、東京ディズニーランドは日帰りで行ける場所ではありません。当然のことながら、宿泊するホテルに滞在することになります。今回の我が家では某ホテルに宿泊したのですが、我が家が滞在先のホテルや旅館を去る際、必ず行うことがあります。それは、ホテルの部屋においてあるアメニティグッズを持ち帰ることです。観光客相手のホテルや旅館には部屋ごとにアメニティグッズが置いてあるものです。歯ブラシや石鹸、くし、シャワーキャップ、タオル等等のアメニティグッズ。アメニティグッズは、ホテルや旅館滞在中、滞在客が使用し、使い捨てることを前提に設置してあるのが普通です。アメニティグッズはホテルや旅館によって様々な種類があり、趣向を凝らしているものです。高級ホテルであれば一度使うだけではもったいないような高価そうに見えるアメニティグッズもあります。そんなアメニティグッズを旅の土産に持ち帰る方、きっと多いことでしょう。我が家もそんな小市民の一家族です。
今回滞在したホテルを去る際、嫁さんは荷物運搬用のトランクにアメニティグッズをしっかりと詰め込んでおりました。ただし、さすがにホテルでしたから、備え付けのタオルやバスローブ、ガラスのコップまで持って帰ることまでは避けました。これらはアメニティグッズじゃありません。ホテルの備品であるわけですから。
そんな客が後を絶えないのでしょうか?今回滞在したホテルでは部屋に備え付けのバスローブやバスタオル、コップなどを販売しているコーナーがありました。
さて、問題は持ち帰ったアメニティグッズのその後です。皆さんはお土産の一つとして持ち帰ったアメニティグッズをどのようにされているでしょうか?何かの非常用、お客さん用、何かの旅行用に保管されますか?何らかの形で使用目的が明確になっているなら、それは大正解でしょう。
我が家では、これまでにアメニティグッズがコレクション化しているものが多々あります。このようなことをしている張本人は親父です。これまで滞在したホテル、旅館のアメニティグッズは必ず持ち帰っていた親父ですが、親父の机の一角にはこれらアメニティグッズで溢れんばかりの状態です。僕からすれば非常に勿体無い限り。親父に
「この歯ブラシや石鹸、こんど使っていいか?」
と何度か尋ねたのですが、返事はいつも
「あかん!」
世の中にはいろんなものを収集することを趣味とするコレクターが存在するものですが、どうも僕はアメニティグッズのコレクションだけは理解できません。アメニティグッズを持ち帰ること自体は僕は抵抗がありません。まあ、荷物が多くなるのになあと思うことも無くもないですが、持ち帰ったアメニティグッズがその後の日常生活品の一部として使われるのであれば、有効利用されていると言えるでしょう。アメニティグッズたるもの、使って何ぼのものという思いが僕にするのです。
ところが、親父のように単に集めているだけ、しかも、何かの棚に陳列しているならいざしらず、机の一角に放り込んでいるだけのアメニティグッズというのはもったいなくて仕方がありません。親父には
「こんなもの遺産に残されてもどうしようもない!」
と言うのですが、全く聞く耳を持ちません。
コレクターという人種は集めるということ自体が生きがいです。気持ちはわからないではありませんが、既に20年以上経過しているような剃刀や歯磨き粉、ヘアクリームなどはいい加減に処分しようと声を大にして言いたい、歯医者そうさんです。
9月1日(金)”スーパーで買い物できない男たち”
昨夜、久しぶりに地元歯科医師会で会合があり出席しました。会合そのものは比較的短時間で終了したのですが、その後の雑談ではあることで場が盛り上がりました。 その話とはスーパーでの買い物についてでした。
雑談に参加した歯医者の先生は男性ばかりでした。そのせいか、普段の買い物は奥さんに任せっぱなしの先生がほとんど。”実際に奥さんにスーパーで買い物を頼まれた場合、買い物ができるか?”という、奥さんからすれば何とも情けない話に華が咲いたのです。
「家内から買い物を頼まれたらいつでも行くぞ」
と答えた先生がいると思えば、
「毎日仕事をしているのだから、買い物ぐらいはしてほしい」
と答えた先生がいました。
それでは、実際にスーパーで買い物ができるかどうかというところになると、先生方の苦い体験の話がいくつも出てきました。
「私にとってはスーパーというのは全くの未体験ゾーンみたいなもの。どこに何がおいてあるか全くわからない。家内が○○を買ってきてと言われても、探し回るだけで一苦労。」
「この間、いつも内で食べている食パンと買ってきてと言われて買ってきたんだけどね。買ってきた食パンを見てかみさんが言うんだよ。『お父さん、いつもの食パンじゃない。毎朝食べている食パンぐらい、いい加減に覚えて買ってきてよ』ってね。せっかく食パンを買ってきてやったというのに、文句ばかり言われてさ、いかにも悪いことをやってきたように責められるというのもどうかと思うなあ。」
「子供が飲んでいるジュースを買ってきてくれ言われたんだよ。オレンジジュースだったんだけどね、スーパーに行ったらお目当てのジュースが安売りでさ、何本かまとめて買ったんだよ。それで家に持って返ったら内の奴が呆れ顔で言うんだよね。『何本の買ってきて冷蔵庫にどれくらい保管できるのかわかっているの!おまけにこのジュース、オレンジジュースじゃなくてミックスジュースよ!お父さん、ちゃんと見て買ったの?』」
「嫁さんからある銘柄のカレー粉を買ってきてほしいと頼まれたんだ。ところが、いつも行っているスーパーでそのカレー粉が切れていてね。これじゃ困ると思って隣町のスーパーまで出かけて買いにいったのよ。そして、ようやく手に入れて家に帰ってきて事情を話したら、『随分と時間がかかったわね、無かったら別の会社のカレー粉でよかったのよ。それくらい融通を利かせて欲しいわ』って言われる始末。役立たず見たいな言われ方をされて、嫌な思いをしたよ。」
正直言って、僕もスーパーで買い物をしてきてくれと言われれば、しり込みする方です。普段、台所には立たない僕です。台所で一体で何が使われているのか、全くわかりません。そんな僕を知ってから、嫁さんは僕にスーパーで物を買ってきてもらう時には、こと細かく言ってくれます。
「ドレッシングはね、○○社の和風ドレッシングを買ってきてね。○○社のものよ。間違っても洋風ドレッシングは買ってこないで。和風ドレッシングを頼むわよ。」
「食パンは△△の○○風って書いてあるのをよろしくね。4枚切りですよ。5枚切りじゃなくて4枚切り」
ここまで細かく言われても僕は忘れてしまうことがあります。そんな時はスーパーの売り場から嫁さんへ携帯電話をかけて確かめます。念には念を入れて買います。 大切なのはレシートは捨てずに必ず保管します。というのも、もし僕が間違って買ってきた場合、レシートを元に買い換える必要があるからです。
こうやって冷静に書いてみると、スーパーで買い物できない自分が単なる愚か者だとしか思えなくなってきました。こんなことでよいのでしょうか?せめて、いい加減に大根一本の値段ぐらいは覚えなければいけないなあと感じた、歯医者そうさんです。
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