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〜メッセージ・その3〜
初めてのオオクワガタ
 2000/7/2(日)、35年間生きてきて初めてオオクワガタを捕まえました。
 小学生の頃の4〜5年間と、長男が生まれて「長男に捕ってきてあげる」を口実に3年前から始めて、クワガタ捕り歴計10年足らずですが、オオクワガタは初めてでした。

 「僕も行きたい」と昨晩言っていた息子(5才)を起こさぬように早朝早くに家を出、以前から気になっていた場所に行きました。その木にはスズメバチが4〜5匹集まっており、スズメバチの恐怖と淡い期待感に胸を膨らませ近づいて行きました。スズメバチを刺激しないように、木の根本を見ると「なんとオオクワガタが落ちている!!」ではありませんか。自然界では初めて遭遇するオオクワガタですが、あごの形といい、体の大きさ、光沢など一目でそれと分かりました。

 ただ、その落ちている姿は力無くひっくり返っている姿で、驚いて死んだふりをしている姿ではありませんでした。明らかに弱っている。そしてよく見ると足が2本しか残っておらず、4本が根本から折れてありませんでした。それは前足2本の弱り切ったオオクワガタでした。足がないのは、スズメバチに襲われたのかと想像しましたが、真相は分かりません
 拾い上げてあごの力を確かめてみると力は結構残っているようでした。そして泥と思っていた体の汚れは良く見るとダニの集団でした。

 「黒いダイヤ」と多くのクワガタムシ愛好家の憧れの的のオオクワガタですが、初めて遭遇したその姿は「没落貴族」のような哀愁を感じさせるものでした。見つけて嬉しいという感覚より、見てはいけないものを見てしまったような感覚でした(例えは良くないですが、不本意なファースト・キスをしてしまったような感じでしょうか)。
 私のイメージ(初めて捕まえる時はこうありたいという願望)は「誰にも知られずに残された穴場の木の穴にいるオオクワガタを見つけ、震える手でピンセットで引きずり出し、捕まえた瞬間に指をはさまれ「痛い痛い」と言いながら、感激に浸っている。」、そんなオオクワガタとの遭遇とは全く違った拍子抜けの出会いでした。
 余命幾ばくもない、過去の栄光だけで生きているような姿はあまりにも痛々しいものでした。

 私が家に帰ると「どうだった」と妻が聞きましたが、「おるのはおったけど・・・。」と力無く答えていました。妻の話では、その時の私の姿はとてもオオクワガタを捕まえた感激の姿ではなく、打ちひしがれ(1匹のコクワガタさえ捕まえられなかったかのような)、肩を落としていたようです。

 そのオオクワガタの大きさは6.5cm(あごの先まで)と天然物(てんねんもの)としては大きい部類かと思います。養殖物の実状(近親相姦が進んでいるのではないでしょうか)は知りませんが、天然物の価値(足がとれておらず、元気な個体の場合)はかなりのものだろうと思います。ただ、ダニの多さなどから2〜3回冬を越したのではないかとも想像しています。


 さて、家の外でオオクワガタの体についているダニを落としていると、近所の主婦が通りかかり「それ、もしかしてオオクワガタ?」と聞いてきました。そして、家に帰って夫(A氏)に話したのでしょう。A氏が「妻から聞いたのですが、オオクワガタを捕まえたそうで・・・。」と訪ねてきました。ちょうど私は子供達をプールに連れて行って不在だったので妻が応対したのですが、「そんな所に(捕まえた場所)オオクワガタがいるはずがない、ヒラタクワガタと勘違いしているのだろう」と確認したくて居ても立ってもいられなかったのでしょう。
 帰宅した私に妻は「A氏がオオクワガタを見に来た」とびっくりした様子(A氏が訪ねて来たのは初めてのことでした)で話しました。そして、「足が取れていて、弱っているから・・・。」と妻が言うと「そんなことは関係ありません。これは正真正銘のオオクワガタです。」と感心しながら「へぇー、へぇー」と前から後ろから上から下から眺めていったそうです。そして「いいものを見せてもらいました。」と帰っていったそうです。A氏の姿を見て、妻はオオクワガタの偉大さを初めて知ったようです。普段、そんなにA氏と親しいわけではないのですが、A氏を急に身近に感じてしまいました。

 A氏の話を聞いて、それまでの憂鬱さが少し晴れ、「可哀想だから逃がしてやろう」と言っていた発言を撤回、飼育することにしました。人間の勝手な都合ですが、どうせこのまま自然界に返しても生きていけないし、それなら余生を我が家で過ごしてもらおう(すでに繁殖活動を終え子孫を残しているでしょう)、ということにしました。2本足でまともに動くことも出来ないのですが、それだけに愛着がわいてきます。「腐っても鯛」ではありませんが「弱ってもオオクワガタ」、私にとって、たぶん最初で最後のオオクワガタ(天然物)なるのではと思います。

 飼いはじめて5日目(7/6)、日課の餌やりのとき、オオクワガタが死んでいました。飼いはじめてわずか5日目にして死んでしまいました。長くはないと思っていましたが、こんなに早く死んでしまうとは・・・。せめてこの夏いっぱい、出来れば冬を越して欲しいなどと思っていましたが、思うように動けず、おがくずにさえもぐれない体では・・・。

 一緒に見ていた息子が「墓をつくってあげよう」と言い、息子に埋めさせました。あのまま私に見つからなければ、今頃アリの餌となっていたことでしょう。私に見つかったがために、死期が早まったのか遅まったのかは分かりませんが、いずれにせよ近々死ぬ運命にあったのでしょう。土を掛けながら、「梅雨も終わっていないのに、夏の楽しい事だけが終わってしまった」ような気分でした。
 「たかがクワガタムシ1匹が死んだだけじゃない」という妻にはこの気持ちは分からないでしょうが、クワガタムシ好きの方なら分かってもらえるのではないでしょうか。

 せめてもの救いは、生きている間に写真を撮れたことくらいでしょうか。わずか5日間のオオクワガタでしたが、小学生の頃の夏の楽しさやせつなさを思い出させてくれました。

 開発という名の自然破壊が進み(昔虫取りに行った林や森がどんどん新興住宅地に変わっています)、また農業の衰退による里山の荒廃など、私の子供時代よりクワガタムシにとって生きる環境は年々厳しくなっていますが、あのオオクワガタの子孫が数多く生き延びて欲しいと願います。

もしかして誰かが逃がしたオオクワガタかもしれない、という可能性も考えているのですが、普通に飼っていて足が4本も取れることはないでしょうし、わざと足を取って逃がしたとすれば残酷な話です。
 私がオオクワガタを捕まえた場所は記していませんが、特徴のあるオオクワガタなのでもし逃がしたり心当たりのある方がありましたら教えて下さい。

捕まえた場所を記していないのは、業者に荒らされたくないからです。業者は鉈(なた)などで手当たり次第木に傷(そこに樹液が出るので、虫が集まってくる)を付けて行ったり、幼虫がいるであろう朽ち木を根こそぎ持って行くなど、致命的な採集の仕方をしています。
 たぶん、業者の人も子供の頃は純粋にクワガタムシが好きだったであろうと思います(私と同じで、少年の頃、自転車で遠くまで虫取りに行っていたことでしょう)。でも大人になりそれが商売になるがために車と道具と知識を駆使して乱獲していくのはいかがなものかと思うのです。

2000/7/7

初めてのオオクワガタ・その後



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