〜メッセージ・その5〜

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宅建合格への道

依存症の男



宅建合格への道

 「何かに役に立つだろう」と会社を辞める際に資格を取っておこうと思ったのは、退職半年前の事でした(1997年・子連れネパール旅行の前)。
 宅建を選んだのは、少しばかりの興味と比較的簡単に取れるであろうという気持ちからでした。

 以下しばらく、私の考えた試験対策です。他の資格にも応用が利くと思っています。
 宅建の場合、四択のマークシートのため、記述問題がないというのがありがたい。なぜなら記述問題が無いということは100%の知識は必要ないということだから。
 また、合格ラインが50問中35〜40問というのも、対策が立てやすく思われました。10〜15問間違えられるというのはありがたい。満点を目指す試験ではなく、充分紛れのある試験制度であると考えられました。
 私の計算では、合格ラインを50問中35問とすると、100%自信のある回答は30問あれば充分ということです。60%です。残りの5問は鉛筆を転がして当てずっぽに答えても20問×1/4(4択の正解率)=5問で合格ラインに達します。実際は4択ではなく、明らかに違う選択肢が1肢ないし2肢あるはずなので、実質は2択または3択になるので正解率はもっと高くなります。その上、「必ず何々である」=間違い、「何々の場合もある」=正解、など出題の仕方からも正解を導き出せると考えました。
 このように試験テクニックを駆使すれば20問中5問といわず10問程度は正解できると考えると余裕で合格です。

 つまり、60%の自信があれば後は知識ではなくテクニックで解答できるというのが私の考えです。試験に合格する事だけ考えれば完璧は必要ありません。完璧を求めなければ勉強する為の時間はそれほど必要ないでしょう。60%位までは、比較的簡単に頭に入るでしょう。逆にそれ以上は必死に勉強しても上積みはわずかなものでしょう。そう考えると気楽に構えられます。

 実際の勉強は、まず「マンガで読む宅建」みたいな入門書で大まかな概要を知ることでした。全体像が見えるということは、基本が分かるということで、ここが一番重要なポイントだと思います。「木を見て森を見ず」は×です。
 次に通勤時に電車の中で「電車で読む宅建」(大栄出版)で毎日1時間程と家で少々、大体1ヶ月半で一通り出題範囲を押さえました。ここで、まだ、試験まで数ヶ月あると思うと中だるみになってしまいました。なぜなら、目標とする60%の知識は意外と簡単にできてしまいそうな気になったからです。これなら一月前からでも充分間に合うと思い込み、電車での勉強だけはさぼらずに家での勉強は適当にというのが数ヶ月続きました。 だから、実際試験一月前になり、自分に60%の知識が無いことに気が付いた時には少し焦りました。でも、何とかなるもので、これまで勉強していた下知識があったので、試験当日までにはある程度の目星はついていました。後はテクニックを駆使できるようなこれまで通りの出題であることを祈るだけでした。

 で、結果は無事合格でした。これから宅建を取ろうという方への私からのアドバイスは、「60%の知識と正解を得るテクニックを持てば、数ヶ月勉強すれば充分合格可能」と言うことで、時間が無いと焦る必要は全くなく、優等生である必要も全くありません。
 また、自分にあった参考書さえ見付かれば、予備校や通信教育にかける費用はもったいないと思います。100点満点で取った資格も合格ラインぎりぎりで取った資格も、他人から見れば同じです。証明書に試験の点数は記載されていないのだから。あくまでその資格をどう生かすかが問題で、その能力(実社会での)は試験の点数とは全く別のものです。

 そんな大して苦労せずに取った資格が現在生かされているかといえば、答えはNoです。宅建業界で働いているわけではないので、資格は生かしていません。使わない資格は役に立たちませんが、試験勉強で得た知識は色々な場面で役に立っており、全くの無駄では無かったなと思っています。
 とにかく興味があれば何でもやってみることですね。

                        2006/11/12




依存症の男

 初めての海外旅行への資金調達のため期間工として3ヶ月間住み込みで働いたことがあります。人材派遣の会社に面接に行って即採用、翌日には浜松の工場勤務となりました。
 住む場所はアパートの一室にベットが2つ、2人1室というものでした。相手が変な人間だと最悪という環境でした。私の場合、ただひたすら旅行資金を貯める事だけを目的にしていたので、少々の事は我慢しなければならないと自分に言い聞かせていましたが、派遣に送られてくる人の何割かは長続きせず、辞めていっていました。

 そんな私の同室の人間が自称パチプロの大阪の兄さんでした。話を聞くと、そこそこ暮らして行くには十分な稼ぎはあるようでした。ここでの給料以上の収入を遊んで(パチプロにすれば立派な仕事でしょうが)稼いでいる人間が、こんな単純労働をする気が知れず不思議でした。
 「自分にその腕があれば期間工などしていないのに」と羨ましく思い聞くと、「パチプロみたいな生活を続けていては自分が駄目になる」と「足を洗うため」に「パチンコから離れた生活をするため」にここに来たのでした。「所詮ギャンブルで稼いだお金は身に付かない」という兄さんは、「初めてまともに働くということをしているのだ」と言いました。

 期間工の仕事は2交代制で、隔週で日勤夜勤を交代するローテーションでした。私が日勤の時は兄さんが夜勤、私が夜勤の時は兄さんが日勤でほぼすれ違いの生活で、お互い目覚まし時計の役割もしていました。そのうち兄さんも他の派遣社員と同じように「仕事の割に給料が安い。派遣会社はいくらピンハネしてるんや。」(正社員と派遣社員の給料の差が大きかったので)と愚痴をこぼすようになってきました。「パチプロをやめるために働いてるのと違うかったん?」と思いながら様子をみていると、しばらくして「もう辞めるわ」と言っていなくなりました。

 最近、パチンコ依存症なるものが社会問題化しています。広告不況のおり大の得意先(スポンサー)であるパチンコ業界を批判することになるこの問題をマスコミはほとんど取り上げませんが、ネットで調べてみるとその深刻さがよく分かります。パチンコ人口2,000万人といいますが、何の生産性もないパチンコに年間30兆円あまりのお金(国家予算の40%に相当します)と、膨大な時間と労働力(仕事をサボってしている人も沢山いますよね)を費やしているのです、この国は。
 パチンコ依存症の行く先は借金地獄・家庭崩壊・犯罪あるいは自殺へと進んでいくようです。消費が伸びないなどという問題はパチンコを禁止すれば一発で解消すると思うのは間違いでしょうか。破産(ギャンブルの借金が理由で自己破産は認められません)する人間が大幅に減り、犯罪も減り、生産性も向上することでしょう。1兆円規模の減税なんかするよりもよっぽど効果がありそうです。

 現在の不況も深刻ですが、もっと深刻なことは国民の何割もの人間がギャンブルに狂っている国に明るい未来はないということです。
 だから、パチンコを禁止させる事のできる勇気と信念を持った政治家(命の保証はありませんが)が出現すれば、後生に偉大な名声を残すことになるでしょうね。

 あるホームページに、「当時パチンコの負け組だった奴らが結局は、人生の勝ち組だったてことをしみじみ実感したよ。あの時、もし負けてたら・・って今ごろもっとましな人生送ってたかも。」(自称パチプロ)というような書き込みがあり、しみじみと読みました。
 あの兄さんも、自分の将来をそんなふうに考えたから働きに来ていたのでしょう・・・。
 もう10年以上も前の話ですが、彼はパチプロから足を洗えたのでしょうか。
 もしかして、彼にとって最初で最後のチャンスだったのかも知れません。失われた10年になっていなければ良いのですが・・・。

                     2006/11/12




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