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アフリカで最も有名で高い山はキリマンジャロです。でも、第2のケニヤ山もなかなか人気があります。登山など初心者の私ですが無謀にも「そこに山があるから」と登ることにしました。一緒に登ったのは渡辺氏、青柳氏の二人の日本人でした。
ケニヤ山は5,000m級の山なので高山病の危険性がありますが素人にはその認識が薄く計画は無謀なものでした。高山病というのは個人差(体力ではなく体質による)はありますが3,000m位から発症する可能性があり特効薬はなく下山することが唯一の治療法です。放っておくと死に至る危険性があります。私の計画はふもとの村で一泊、頂上手前の山小屋で一泊、そして早朝登頂して下山という高度順応ということを全く考慮しない素人計画でした。
さて、私の高山病の兆しはトイレでした。まだ森林限界にも達していませんでしたが、ウンチがしたくなり、登山道から少し離れた場所で用を足しました。一息ついてお尻を拭き、一瞬考えましたが「紙は自然に帰るから環境破壊にはならない。」と自分を納得させながら紙をウンチの上に隠れるように置きました。そして周りを見渡すと、あるはあるはあちこちに白いウンチの形をしたティッシュの山が。朝露や雨でウンチの形に収まったティッシュの山々。他の人も自分の分身を生身で人目にさらすのには抵抗があるみたいで「自分だけが恥ずかしがりやではない。」と変に安心したものでした。
さて、高度が上がっていくと今度は生えている植物の形が見たこともないようなものになっていき、どこか別の星にでもきたかのように幻覚をみているような感じになっていきました。「ポレポレ、ポレポレ。(スワヒリ語でゆっくりゆっくりの意味)」と意識的にゆっくりと登りました。そして何とか頂上の見える目的の山小屋(4千メートル位)に着きました。ボーッとする頭で早めに食事をし翌朝に備えるべくシュラフにもぐりこみました。
でも眠ろうと思えば思うほど頭の中は幻覚?が駆けめぐり気分も悪く眠れませんでした。そうこうしている内に隣で横になっていた渡辺氏の様子がおかしいことに気が付きました。気分が悪いらしく表に出てもどしました。それでも回復せず山小屋のレインジャーに診て貰うと「高山病で放って置くと危ないから、今から下山した方がいい。」と言われ「真っ暗闇で下山するのは危険だから朝まで待ってはいけないか?」と聞くと「ダメだ、すぐがいい。」と言われ「それなら一緒に行ってくれるか?」と聞くと「嫌だ、俺には仕事がある。」「人を助けるのがレインジャーの仕事だろ?」「お前はあいつの友達だろう?」と結局深夜の下山を私は自分のリュックを担ぎ肩を渡辺氏に貸して、二人分の荷物を青柳氏が持って月明かりの中、下山しました。
さすがにレインジャーも1時間ほど付いてきてくれましたが途中で引き返し以後は3人で下山しました。正直言って私も一晩もつかどうか自信がなく(横になってからの方が逆に気分が悪くなり今晩は長くなりそうだと思っていたので)登頂をあきらめ下山することに悔いはありませんでした。山小屋を出てからしばらくは渡辺氏は100mも歩くと立ち止まり「ダメだー」としゃがみ込み戻しており、よくそこまで戻すものがあるなというくらい頻繁に戻していました。でもあれだけ苦しみながらでも自力で歩いている姿に彼の強さを感じました。私なら音を上げているだろうと思いました。とにかく早く下山することだけ考え「頑張って」と繰り返し励ましました。渡辺氏の事で頭が一杯で自分の調子については全く気になりませんでした。
幸いにも月明かりである程度は見えたのですが、もともとあるかないか分からないような道でぬかるんでおり何度も滑り転びながら降りていきました。今思えばよく怪我をしなかったものだと思います。全身ドロドロになり明け方近くようやく麓の山小屋にたどり着きました。その頃には渡辺氏の高山病も治まっていましたが、くたくたに疲れはてていました。
私も二人分の荷物を持って降りた青柳氏も無事たどり着いてホッとし、寝るでもなくボケーッと放心状態でいました。一眠りして起きてきた渡辺氏を見ると昨晩あれだけ苦しんで、夜通し歩いて下山したのが嘘のようにケロッとしていました。その姿に安心しましたが、私に疲れがどっと押し寄せてきたのはナイロビに戻ったその日の晩のことでした。
これから山に登ろうという方、高山病にはくれぐれも気を付けて下さい。登山は「ポレポレ。」が基本で、あきらめが肝心です。
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