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1989年5月中国・北京では戒厳令がしかれており、民主化運動を起こしている学生たちが香港に逃れてきていました。当時中国に入るメインルートは香港から広州に入るルートで入国できるかどうかは香港での状況次第ということでした。
こんな場合、あなたならどうしますか?私の場合、香港までのチケットを購入した直後に中国の戒厳令がしかれたので、チケット代がもったいないし、こんなことで日本脱出を邪魔されたくないし、初めての海外で変なけちを付けたくないと、とりあえず香港まで行くことにしました。
香港では日本での報道がウソみたいに簡単にビザも取れ、船で広州へ。そして桂林から2泊3日の硬座(ガイドブックでよく書かれている非常にハードな汽車旅です)で雲南省・昆明へ。そして雲南省を旅していた頃、天安門事件が起こりました。日本での報道がどの様なものかは知りませんが、中国の新聞では学生が戦車を燃やしたりといった事を大々的に取り上げ、学生悪者のように報道していました。
事件が起こってからのツーリストの反応はふた通りに分かれました。一つは一刻も早く中国を出国しようというタイプと、もう一つはほとぼりが冷めるまでしばらく様子を見ようというタイプです。こんな場合、あなたならどうしますか?
この頃の中国の主な出国ルートは私の知っていたところでは、まずこれまで来た同じ道を広州まで戻り香港へ抜ける方法(同じ道を戻るのは嫌なので却下)。昆明から飛行機でバンコクへ飛ぶ方法(当時週一便でとてもチケットを取れる状態ではなかった)。戒厳令のしかれている外国人旅行禁止のチベットへ中国人になりきって入り、チベット越えでネパールへ抜ける方法(ただでさえ警戒が厳しいのに事件後はまず不可能と思われたし、見つかることを考えると怖い)。上海へまで行って鑑真号で日本へ帰る方法(日本には帰りたくないし、上海も北京も同じ様な状態であろう)。北京からシベリア鉄道でヨーロッパに抜けるルート(もともとこの方法で行くつもりでしたが、しばらく北京には行けないであろう)。シルクロードを西に向かいカシュガルからカラコルム峠を越えパキスタンに抜けるルート(一番現実的ですが運悪くその年からパキスタン入国にはビザが必要となっており、国境で取れるというウワサもありましたが、一度北京のパキスタン大使館でビザを取らなくてはならなかった)。
だいたいこの6通りを考えたのですが、現実的に考えてこの中から決めるのは無理だし、昆明ではそんなに危険な雰囲気はなかったので、しばらく様子を見ることにしました。そして、2ヶ月後無事北京に行くことが出来ました。
さて、旅をしていると暴動や戒厳令、革命(例えば私はルーマニアをチャウチェスク政権崩壊の一週間前に通過しましたが2日後にに行った人は入国拒否されたそうです)などが起こることがありますが、運悪く?そんなことに遭遇したら、あなたならどうしますか?
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