みたびの放浪みたびの放浪


ご意見ご感想などは掲示板に
又はRXG06164@nifty.ne.jp 迄お願いします

中国な風景


記念すべき旅の第一歩は民主化運動に揺れる1989年の中国、
北京では戒厳令がしかれ、そして6.4天安門事件が。
開放政策で中国を自由に旅できるようになってきた頃の話です。

あなたならどうする?

北京駅前難民キャンプ

チーファンラマ

天池の水

せこいとは言わせない2

マンゴー



あなたならどうする?

 1989年5月中国・北京では戒厳令がしかれており、民主化運動を起こしている学生たちが香港に逃れてきていました。当時中国に入るメインルートは香港から広州に入るルートで入国できるかどうかは香港での状況次第ということでした。

 こんな場合、あなたならどうしますか?私の場合、香港までのチケットを購入した直後に中国の戒厳令がしかれたので、チケット代がもったいないし、こんなことで日本脱出を邪魔されたくないし、初めての海外で変なけちを付けたくないと、とりあえず香港まで行くことにしました。

 香港では日本での報道がウソみたいに簡単にビザも取れ、船で広州へ。そして桂林から2泊3日の硬座(ガイドブックでよく書かれている非常にハードな汽車旅です)で雲南省・昆明へ。そして雲南省を旅していた頃、天安門事件が起こりました。日本での報道がどの様なものかは知りませんが、中国の新聞では学生が戦車を燃やしたりといった事を大々的に取り上げ、学生悪者のように報道していました。

 事件が起こってからのツーリストの反応はふた通りに分かれました。一つは一刻も早く中国を出国しようというタイプと、もう一つはほとぼりが冷めるまでしばらく様子を見ようというタイプです。こんな場合、あなたならどうしますか?

 この頃の中国の主な出国ルートは私の知っていたところでは、まずこれまで来た同じ道を広州まで戻り香港へ抜ける方法(同じ道を戻るのは嫌なので却下)。昆明から飛行機でバンコクへ飛ぶ方法(当時週一便でとてもチケットを取れる状態ではなかった)。戒厳令のしかれている外国人旅行禁止のチベットへ中国人になりきって入り、チベット越えでネパールへ抜ける方法(ただでさえ警戒が厳しいのに事件後はまず不可能と思われたし、見つかることを考えると怖い)。上海へまで行って鑑真号で日本へ帰る方法(日本には帰りたくないし、上海も北京も同じ様な状態であろう)。北京からシベリア鉄道でヨーロッパに抜けるルート(もともとこの方法で行くつもりでしたが、しばらく北京には行けないであろう)。シルクロードを西に向かいカシュガルからカラコルム峠を越えパキスタンに抜けるルート(一番現実的ですが運悪くその年からパキスタン入国にはビザが必要となっており、国境で取れるというウワサもありましたが、一度北京のパキスタン大使館でビザを取らなくてはならなかった)。

 だいたいこの6通りを考えたのですが、現実的に考えてこの中から決めるのは無理だし、昆明ではそんなに危険な雰囲気はなかったので、しばらく様子を見ることにしました。そして、2ヶ月後無事北京に行くことが出来ました。

 さて、旅をしていると暴動や戒厳令、革命(例えば私はルーマニアをチャウチェスク政権崩壊の一週間前に通過しましたが2日後にに行った人は入国拒否されたそうです)などが起こることがありますが、運悪く?そんなことに遭遇したら、あなたならどうしますか?


あなたならどうする?

北京駅前難民キャンプ

チーファンラマ

天池の水

せこいとは言わせない2

マンゴー



北京駅前難民キャンプ

 1989年6月4日、北京で天安門事件が起こりました。学生の民主化運動の弾圧に中国政府が軍隊を出動させた事件です。その時私は北京から遠く離れた雲南省・シーサンパンナにいたので直接の影響はなかったのですが、しばらく学生の民主化運動の盛んだった都市に入るのは避けなければならなくなりました。ほとぼりが冷めるまで雲南省とシルクロード(チベットも戒厳令で行けなかったので)をまわることにしました。

 ウルムチから3泊4日の列車で北京に入ったのは8月初旬天安門事件から2ヶ月ほどたった頃です。列車は予定より5時間ほど遅れて北京には深夜に到着。これから宿を探すのも困難な時刻で、「どうせ遅れるならあと5時間ぐらい遅れればいいのに」と思いました。

 駅(火車站)を出ると駅前広場には広場で暮らす地方から出稼ぎに来て職の見付からない人々があふれていました。開放政策で都会へ仕事を求めてきたものの職にありつけずにいる人々です。彼ら(家族連れが多かった)は思い思いの場所に荷物を広げ寝転がっていました。その光景を眺めながらふと「ここで一晩あかそう」と思いました。

 安宿はもうチェックインさせてくれないだろうし、高級ホテルに泊まる余裕はないし、空を見上げれば一面の星空で雨の心配もない。幸い彼ら難民?に混じって寝てても同じアジア人だし目立つこともないだろうし(木の葉を隠すには木の葉の中と言うし)、中国の開放政策で外国人に対する犯罪には厳しい罰則があるという話も聞いていたので危険な目には遭わないだろうと思い、こういう経験もいいかなと、比較的綺麗な場所を探してその日のねぐらに決めました。新聞紙を広げバックパックを枕に横になりました。

 考えてみればバックパッカーの中国人などいるはずがないので目立つ存在だったかも知れませんが不思議と声を掛けてくる中国人はいませんでした。駅前の広場で寝ているような外国人が金目のものを持っているとは思えないのか、気味が悪かったのでしょう。天安門事件の2ヶ月後の北京はあんな事件があった直後とは思えないほど、表面上は平和な感じでした。北京最初の夜は星空が綺麗でした。


あなたならどうする?

北京駅前難民キャンプ

チーファンラマ

天池の水

せこいとは言わせない2

マンゴー



チーファンラマ?

 「チーファンラマ?」中国語で「もうお食事されましたか?」の意味です。「ニイハオ」のかわりによく挨拶として使われます。日本では会ってすぐに「もう食べた?」なんておかしいですが、中国では普通みたいです。

 私が中国を旅していたのはちょうど1989年天安門事件があった頃で北京には天安門事件の2ヶ月後に入りました。まだ、開放政策も始まった頃で通貨が人民元と兌換券の二重通貨だった頃です。まだまだ社会主義国家の色が強く人民には厳しく(自由がなく、犯罪には重刑に処さる)旅行者には比較的安全(年々治安は悪くなっているそうです)に旅ができる国でした。当然風俗産業など発展するすべもなく、通りすがりの旅人の知らないところではあるのでしょうが、そういう意味で面白味に欠ける面(あくまで一部旅行者)もありました。

 そんななか北京に着くと耳寄りな情報が入ってきました。女性が男性に「チーファンラマ?」というのが「私を買いませんか?」という売春の隠語だという噂でした。北京駅周辺で綺麗なお姉さんが声を掛けてくるという噂は、当時中国では売春など考えられなかったので、絶対確認せねばと急ぎ出かけました。駅周辺をうろうろしてみましたが声を掛けてくるのは食堂のおばさんばかりで、とてもそんな風には見えませんでした。中国語の話せない外国人にはその辺の機微が分からないのか、単なるうわさ話だったのか今となっては謎のままです。そして、その話を聞いて以来「チーファンラマ?」と女性に声を掛けられると一人赤面してしまった私です。


あなたならどうする?

北京駅前難民キャンプ

チーファンラマ

天池の水

せこいとは言わせない2

マンゴー



天池の水

 中国のシルクロードに天池という美しい湖があります。ウルムチからバスでしばらく行った所で、遠く雪山を望み、その雪解け水を貯えた湖はなんとも言えぬ美しさでした。湖の周りにはパオと呼ばれる村人の住居(テント小屋みたいな、モンゴルの移動式住居のようなものです)が点在しています。村も湖も気に入り、そのパオに泊まることができ(あくまで宿泊代を払ってですが)、それも私一人で貸し切りのため、しばらく滞在しようと思いました。

 一日目の夜、パオの家族にご馳走になり、ますます気に入ってしまいました。「さあ、そろそろ寝ようか」と歯磨きを始め「水はどこですか?」と聞くと「あっち」と湖の方を指差します。一瞬怪訝に思いましたが「そういえば水道も見ないし、みんな湖の水で生活しているんだ」と思い、湖まで行って口をゆすぎました。村には電気もなく夜は真っ暗です。ロウソクと懐中電灯と星明かりが頼りです。ご馳走になった一家のパオが薄ぼんやりと見え、自分の泊まるパオに行きました。もらったロウソクを点け、「明日は何をしようか」と考えながらいつのまにか眠ってしまいました。

 深夜強烈な便意を感じて飛び起きました。「トイレ、トイレ、」と真っ暗な中、懐中電灯を捜すもののなかなか見つからず、ロウソクは既に燃え尽きており、「もう我慢できない」とマッチだけ持ってパオを飛び出しました。いや、ドアの鍵がなかなか開かず飛び出したくても飛び出せません。がちゃがちゃドアをいじくっている間も便意は容赦なく襲ってき、「もうダメだ」と思ったとき、ドアが開き外に飛び出しました。急ぎパンツをおろししゃがみ込んだ場所はドアの横でした。「ほっ」と一息付いたあと、「まずい所でしてしまった、どうしよう」と焦りました。マッチをすると立派なものが照らし出されました。

 そうしているうちに次の便意が襲ってきました。今度は多少余裕があったので木陰に移動し用を足しました。空を見上げると満天の星空で「こんなふうにしゃがんでいるのではなく、隣りに彼女でもいたらロマンチックなんだろうナ」と思いながらしばし星空を眺めていました。それにしても、見た目にきれいな水もお腹にはとんでもなかった。人を見た目で判断してはいけないように水も見た目で判断してはいけません。便意も収まった頃には「まっ、いいか。暗いし明日早く起きて考えよう」と寝ることに。

 次の朝早く起きて見てみると、立派に一夜を過ごしたと思っていた我がウンチは人の足に踏みつぶされていました。「誰かが自分のウンチを踏んでしまった」と思った瞬間、この地を後にしようと決めました。「発つ鳥後を濁さず」ではなく「発つ人ウンチを残す」。日本語には都合の良いことわざがあります、「旅の恥はかき捨て」。ウンチを踏んでしまった人「ゴメンナサイ」。


あなたならどうする?

北京駅前難民キャンプ

チーファンラマ

天池の水

せこいとは言わせない2

マンゴー



せこいとは言わせない2

 妻・琴恵の話です。彼女が中国を旅したのは1988年夏のことで、帰国前の上海では浦江飯店(プージャン・当時外国人の泊まれる安宿はここくらいだった)に泊まりました。

 フロントで部屋を聞くと「エアコン付きとエアコン無しがあり、2元(=当時80円)増しになります。」と言ったので「暑いし2元の差ならエアコン付きにします」と言おうとしたら、「あなたは日本人だからエアコン無しね」と有無を言わさずエアコン無しに入れられそうになりました。

 聞くと「日本人、ケチだから」とこの言葉だけ日本語で答えました。日本人旅行者・バックパッカーはお金を持っているけどケチだからエアコン付きには泊まらないと思っているようで実際エアコン付きに泊まる日本人バックパッカーはあまり来なかったのでしょう。そして本人はそうは思っていないでしょうが彼女もよっぽどみすぼらしい格好をしていたのでしょう。

 確かに当時中国を旅行する日本人は高級ホテルに泊まるパックツアー客かとことん安く行こうとする貧乏旅行者(1ヶ月1万円以内で旅していた人も沢山いた)か極端だったように思います。彼女はエアコン付きに泊まったのですが温度調節が出来ず、冷えすぎたのか風邪をひいてしまい40度近い高熱におかされてしまったそうです。

 やっぱりバックパッカーはバックパッカーらしくおとなしくエアコン無しに泊まっていればよかった、と後悔したそうです。人間慣れないことをすると、ろくな事がありませんね。


あなたならどうする?

北京駅前難民キャンプ

チーファンラマ

天池の水

せこいとは言わせない2

マンゴー



マンゴー

 東南アジアはトロピカル・フルーツの宝庫です。ライチ・マンゴスティン・ランブータン・ドリアン・・・。果物大好き人間の私にとって東南アジアは楽園でした。いつもキロ単位で買って帰り部屋で食べていました。

 マンゴーを最初に食べたのは中国・雲南省・シーサンパンナでした。「これはうまい」と気に入り安いし5個ぐらいまとめて買い持ち帰りました。部屋で毎日毎日マンゴーを食べ続けました。そんな生活が一週間ほど続いたでしょうか。体調に変化が出てきました。体調というより恥ずかしい話ですが、自分の大事な息子に異変が起こってきたのです。喜ばしいことかどうかは分かりませんが、だんだん大きくなってきたのです。別にスケベなことを想像したわけでもなく、大きくという表現よりも腫れてきたという感じでした。

 大事なものの事だけに色々嫌な想像が頭を駆けめぐりました。心当たりもなく、心当たりがあればもっと不安になっていたでしょうが、エイズじゃなければ抗生物質で治るはずだと色々な病名を思い描いていました。

 昆明市に戻ってすぐに病院へ走りました。診察室に入って女医(一瞬ためらいましたが)に「大事なところが腫れ上がってしまった。」と言うと「ズボンを脱いでパンツも脱いで見せなさい。」と言われ看護婦がたくさんいる前でパンツをおろしました。女医はチラッと見ただけで「もういいから」とカルテを書きながら二三の食べ物の名前を言いながら「何か食べましたか?」と聞きました。

 女医の挙げた中にマンゴーがあったので「マンゴーは食べました。」と言うと「マンゴーはしばらく止めなさい。アレルギーの一種だろう。」とのことでした。マンゴーはあくが強く、食べ過ぎると身体が痒くなったり皮膚があれたりするみたいで、現地の人は食べ過ぎたりしないようです。たいしたことでなくて良かったのですが、異国の地で訳の分からない病気、それも自分の大切なものが腫れ上がったりしたときの不安はなった人にしか分からないと思います。

 私の場合マンゴー以外はバナナ・ライチ・マンゴスティン・ランブータンなどいくら食べても問題ありませんでした。旅の途中、いくら美味しいからと同じものの食べ過ぎには注意しましょう。


あなたならどうする?

北京駅前難民キャンプ

チーファンラマ

天池の水

せこいとは言わせない2

マンゴー



ご感想・ご意見など掲示板に
又はe-mail/RXG06164@nifty.ne.jp 迄いただけたら、うれしいです。

旅の雑談・目次

インドな風景・2

ヨーロッパな風景

HAJIKAのINDEX