みたびの放浪みたびの放浪


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それぞれの旅


旅には人生と同じで出会いと別れがあります。
同じ旅人だったり、その国の人だったり。
でも観光地巡りだけでは旅は満たされません。
人との出会いが旅を豊かにしてくれるのは間違いありません。

旅が嫌いな旅人

再会

伝言板

鳥になった人

良い子の手帳

茶髪万歳



旅が嫌いな旅人

 旅をする理由は人それぞれです。
 ちょっと日常から解放されたいといった人から、何か悟りを開こうかという人まで多種多様です。目的を持って旅している人、目的を持たずに旅している人。精力的に動き回る人、怠惰に日々を過ごす人。一人で旅する人、誰かと群れたがる人。一口に旅人といっても様々なタイプがあります。
 そんな中で、旅人を「旅が好きな人」と「旅が嫌いな人」に分けることもできそうです。

 私は「旅って楽しい?」と聞かれると、答に詰まってしまいます。恋愛が楽しいことばかりでないように、旅も楽しいことばかりではありません。単純に楽しいかといえば、楽しくないことの方が多いと思います。むしろ楽しいことなど極わずかです。言葉は通じないし、思うようにならないし、騙されたり、お腹をこわしたり、暇だし、・・・。
 何年も世界中を放浪している旅人と話をしていた時のこと。彼は私に聞きました。「君は旅してて楽しい?」まだ日本を出て間がなかった私は、「良く分かりませんが、刺激がいっぱいあって楽しいですよ。」と答えました。
 「いいなぁ、僕なんか本当は旅が嫌いなんですよ。惰性で旅しているようなもので、ただ時間が過ぎていく・・・。」という彼は長い放浪に少し疲れた表情で言いました。
 何年も旅している彼を少し敬意の目で見ていた私でしたが、彼の別の一面を見せられました。日本の社会に流されて行くのが嫌で旅に出たのが、旅の生活に流されていくようになっていたのです。
 「乞食三日やったらやめられない」と言いますが旅の生活も同じような物で、こんな気楽な生活はありませんし、お金が続く限り帰国しようとはなかなか思えません。ただ「やめられない」のと「やめたくない」とは微妙に意味が違います。

 「旅が嫌いな旅人」に出会ってから1年後、私はバンコクに沈んでいました。帰国前、約一年間の旅が何だったのか思い考えていました。
 失った物、得た物。失った最大の物は「良い意味での好奇心」でしょうか。得た物は色々な体験とやり残したこと・・・。結局、旅に対する結論は何も出ませんでした。
 バンコクはある意味で「旅に出る人」と「旅を終える人」との行き交う交差点です。好奇心に目を輝かせている旅人とそんな彼らをある種羨ましく見つめる帰国前の旅人。
 いつしか私の立場は逆転していて「長い間旅していて、いいですね。」と言われるようになっていました。別に長い間旅するのが偉いことでも何でもなく、私よりもっと長く旅している人はたくさんいましたし、逆に旅の嫌な面を感じていて自分自身消化しきれずにいた私は内心「良いことばかりじゃない」と思っていました。得た物は確かに大きい旅でしたが、好奇心に目を輝かせている旅人を見ると自分の失った物が見えてきました。
 「旅が嫌いな旅人」に出会ってから1年後、私は「旅が嫌いな旅人」の気持ちが少しだけわかったような気がしました。
 それでも旅はやめられない。


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再会

 旅をしていると以前に出会った人に再会することがよくあります。ホテルだったりレストランだったりビザを取りにいった大使館だったり色々ですが、日本では一度も会ったことがないのに旅の途中ではよく会うということも多々あります。

 ある国で日本の人と話をしていた時のことです。「お名前は?」「羽鹿といいます。」「珍しい名前ですね。うーん、どこかで見たことのあるような・・・。もしかしてブラジルの××ホテルに泊まっていたことはありませんか?」「いいえ、ブラジルには行ってませんから。」「でもですね、ホテルの落書き帳に麻雀で負けてよほど悔しかったのか(今度は絶対勝つぞ)みたいな事を書いていた人がいて、その人の名前が確か羽鹿と書いていた記憶があるんですが・・・ 。」「もしかしたら、それはうちの兄貴かもしれません。」その時思い出しました、兄貴が以前南米を旅していたことを。「旅の恥はかき捨て」と言いますが証拠に残るようなものを「書き捨て」てきてはいけません。

 私が社会復帰して真面目に働いていたときのこと、兄貴が「ちょっとベトナムにいってくる。」と言っていなくなりました。2ヶ月ほど経って帰ってくると「お前、深川さんて知ってるか?」「さぁ」「アフリカでお前にあったと言ってたけど。」「ああ、あの深川さん、ザイール川をピロキー(丸太を切り抜いた現地のカヌー)で下っていった・・・。」「ベトナムで会ったよ。いきなり羽鹿さんと違いますか?って声を掛けられ、やたらと親しげに話しかけてくるし、こっちの名前も知ってるから不思議に思っていたら、彼もお前と勘違いしていたみたいでびっくりしてた。彼はこれから北極を目指すと言ってたよ。」「へー、まだ旅してるんだ・・・。」自分では全然似ていないと思っていても他人から見れば似ているものなんですね、兄弟は。それにしても深川さん、ビックリしただろうな。

 そんな兄貴は今ニカラグアに行っています。来年1999年3月迄青年海外協力隊として赴任しています。誰かニカラグアに行く人、兄貴が真面目に働いているか見に行って下さい。


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茶髪万歳



伝言板

 駅の構内にある伝言板を使ったことがありますか?ポケベルや携帯電話が普及して伝言板が使われることも少なくなってきたのではないでしょうか?

 さて放浪している人への連絡はどうすればよいのでしょうか?元来ものぐさな旅人が電話をよこすこともなく(電話代がもったいないとか、国際電話のかけ方がわからない等々)、たまに届く殴り書きのような絵はがきが生きている唯一の証拠で心配している親類の方も多いことでしょう。便りのないのは元気な証拠、と思って気長に待ってやって下さい。

 さて旅人同士の連絡では今でも伝言板が有効です。日本大使館は貧乏旅行者には冷たく、とくに旅行者の多い国ではトラブルを持ち込んでくるような貧乏旅行者にあまりいい顔をしてくれません。旅人が集まるホテルや日本食レストランなどには伝言板や情報ノートが置いてるところがよくあります。フロントの壁に貼ってあり黄色く変色してしまった数々のメモ。月単位や年単位でしか見られる事を期待できない、でも放浪している人への数少ない呼びかける方法で急ぎでなければ有効な手段です。

 自分宛でなくても知ってる名前があると嬉しいものです。でもたまに写真付きで「行方不明になってしまった我が子を知りませんか」といった深刻なメッセージもあり、身につまされる思いでした。そして自分の写真付のメモが貼られたりしたら恥ずかしいので、「元気にしている」とだけ書いたハガキを親に出したのでした。


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鳥になった人

 旅の途中沈没してしまう人にガンジャやハッシッシ、マジックマッシュルーム、エスカレートしてL.S.Dや阿片等に手を出している人がよくいます。あのビートルズもインドでそれらのお世話になり素晴らしい曲の数々を生み出したのは有名な話です。オランダでは政府公認でマリファナがタバコ屋などで売られていますし、国によっては少数民族には麻薬の使用を認めているところもあります。天安門事件では軍隊に覚醒剤を与えてああいった殺戮をしたといいますし、ベトナム戦争のアメリカ兵は戦争の恐怖から逃れたいが為麻薬に手を出しました。

 べつに私は「麻薬に手を出すなんてけしからん!!」なんて言う気は毛頭ありませんし、そう言えるほど潔癖でもありません。

 さて、旅をしているとその手の話はよく聞きます。そして身を持ち崩した人の話もよく聞きます。年間何人位いるのでしょう。ガンジャを吸って「自分は鳥だ。鳥になった。」と言って屋根から飛び降りたり、「私はイルカ、海に帰る。」といって海に逝ってしまったり、また国によっては捕まると終身刑という国もあり過酷な牢獄で獄死したり、とあまりしたくない死に方をする人がいるみたいです。これから旅をする人、量と体調と場所と仲間をわきまえましょう。


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良い子の手帳

 「良い子の手帳」というのをご存知ですか?私はこう呼んでいましたが他の人は別の呼び方をしているかも知れません。

 そうです、旅をしていると近づいてくる自称ガイド、自称学生などの人達が持っているノートです。「私は怪しい者ではありません。」といった感じで「ほら、これを見てくれ、日本人やアメリカ人の友達がいっぱいいるでしょ?」とボロボロのノートを見せます。そこにはたくさんのメッセージが書いてあり「この人は親切にしてくれました。」とか「この人のガイドは楽しかったです。」とか書いています。

 「だからガイドは僕にまかせなさい。」とか「友達になりましょう。」とか言ってきます。こっちが気のない返事をしていると「どうして嫌なのだ?みんな友達になっているのに・・・。」といった感じで「良い子の手帳」を振りかざして迫ってきます。そして「君も一筆書いてくれ」と最後には言います。

 いい加減嫌になって知らんぷりしていると「日本人は親切だけど、君は違う。」とまで言われてしまいます。こちらとしてはいきなり友達になれと言われても困ってしまうし、迷惑な話でとても協力する気にはなれません。「良い子の手帳」は彼らにとって履歴書みたいなものかも知れません。


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茶髪万歳



茶髪万歳

 ワールドカップ・フランス大会でルーマニア代表が全員金髪で試合に出てきたのには少し気味の悪い驚きを感じました。社会主義崩壊後もまだ共産主義の名残で「全員金髪」と強制されたのかなとも思い無気味な光景に見えたのは私だけでしょうか。

 さて1997年ネパールで思ったこと。日本で茶髪が流行っていますが、ネパールに来る人の茶髪の多いこと。それが流行なのかも知れませんが茶髪日本人が集団で歩いている光景は無気味でした。まだカメラをぶら下げた団体(別に日本人の団体旅行客だけでなくどこの国でも団体客は良く似たものです)の方が受け入れられます。

 日本人の習性か知りませんが茶髪が流行ると猫も杓子も茶髪になりたがります。本人は茶髪になって「自分は個性的」と思っているようですがはたから見るとただ流行を追っているだけで(流行に乗り遅れるのを恐れているようで)ネパール人や他の国のツーリストからは「似合いもしないのに」と冷ややかな目で見られていました。日本人の黒髪に憧れる西洋人は多いのですが、何人かの西洋人ツーリストはわざわざ茶髪にする日本人を見て不思議に思っていました。私は日本人の黒髪は自慢に思っているのですが、日本人は金髪にコンプレックスがあるのでしょうか。

 私は流行を追う人間ではないので流行を追う人の気持ちは分かりませんが、「流行など一部の人間が金儲けの為に創り出すもの」と思っているので、そんなことに踊らされる自分を想像すると自分が嫌になってしまいます。私は最新の流行のファッションをしている人を見ても高級車に乗っている人を見ても「所詮、着飾っているだけ」ととても個性的とは思えないのです。むしろ中身のない内面を外見でごまかそうとしているようにも見えます。

 流行とは例えば阿波踊りの「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損損」といったものでしょうか。

 私は個性というのは内面であって外見ではないと思っています。人の真似や流行に乗り遅れないこと、着飾る事などと個性とは別のものです。茶髪を流行らせた人から見ると「流行を追う人」がいないと商売にならないのだから今の茶髪ブームには笑いが止まらないことでしょう。同じするなら「流行を追う人」より「流行を創る人」になりたいものです。だから私は「流行のかたまりみたいな人」とはあまりあいません。でも、世の中に「流行を追う人」がたくさんいてお金を使わなければ日本経済も活気づきませんが・・・。

 日本人が戦時中に軍国主義に洗脳されたように現在は流行に洗脳されやすいというのは日本人の特徴なのでしょうか。不景気で可処分所得も減っている今、流行ではなく本当に自分がしたいことにお金をかけたいものだと茶髪日本人を見て改めて思ったものでした。そして本当の美人は素顔のままで美しいように、茶髪の似合う人は茶髪でなくてもかっこいい(美しい)であろう人でした。

 最後に茶髪批判みたいな文になってしまい、気を悪くされた人もおられるかと思いますがあくまで個人的な(流行を追うセンスもお金もない人間の)意見なのでお許し下さい。


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