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ヨーロッパを旅していたのは1989年の事です。その時の旅の楽しみの一つにサッカー観戦(現地でサッカーと言っても通じません)でした。当時日本でサッカーは今ほど注目はされていませんでしたがテレビでWカップを見て以来本場ヨーロッパ・リーグの試合を見るのは夢でした。土曜か日曜に試合があるのでツーリスト・インフォメーションで確認して試合に合わせてスケジュールを立てていました。
最初はドイツのブンデスリーガでミュンヘンのオリンピックスタジアムでバイエルン・ミュンヘンの試合を見ました。次がスペイン・リーグのリアル・マドリッドvsセリビアの試合をマドリッドで、そして最後がセリエAのACミランvsASローマの試合をミラノで見ました。どの試合も迫力満点でサッカーの醍醐味を満喫しました。
さて試合前日、私はローマから夜行列車でミラノに入ることにしました。列車に乗って出発を待っているとASローマの応援団らしき集団がやってきて騒ぎ始めました。定刻を過ぎても発車する様子がなく他の乗客に聞くとASローマの応援団が列車を止めているとのことで急遽新しい車両を連結してASローマの応援団を一般車両から隔離する事になりました。そして定刻から2時間以上たって列車は出発しました。
朝ミラノに着くと列車から降りたASローマの応援団だけは駅に機動隊のお迎えが来ていて駅から機動隊に囲まれての移動になりました。
ACミランのホームスタジアムに行くと早くもゲート前でACミランvsASローマの戦いが始まっていました。機動隊をはさんで30Eほど離れ対峙し応援団同士の野次り合いが始まっていました。その横を通り過ぎようとしたときです、石が飛んできてのは。ピシッという音がしたので振り返ると後ろのガラスにヒビがいき、その下にこぶし大の石が転がっていました。そして応援団の方を見るとこっちに石を投げてくる姿が見え、石がスローモーションのように飛んできました。自分の置かれている状況が分かったとき慌てて駆け出しましたが、ピシッピシッという石の跳ねる音は忘れられません。
試合後敗れたASローマの応援団は発煙筒を焚いたりして暴れていましたが、ASローマの応援団だけスタジアムに隔離され機動隊に囲まれていました。私は機動隊の威嚇射撃の銃声を後にスタジアムを去りました。ヨーロッパ旅行の計画にサッカー観戦もいれてみてはどうでしょうか。
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