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ヨーロッパな風景・2


外国に行こうと思ったのは「シベリア鉄道」という言葉に惹かれてでした。
北京からシベリア鉄道でヨーロッパへ、
東西合わせて2カ月半の旅でした。

メリーゴーランド

夜行列車のすすめ

ACミランvsASローマ

ジプシーのサインプレー



メリーゴーランド

 98年5月大阪府最古の遊園地・玉手山遊園地が閉園しました。羽曳野市や藤井寺市や近鉄沿線の方は子供の頃一度や二度は行ったことがあるのではないでしょうか。

 ディズニーランドを筆頭に大型の遊園地が増えて乗り物もギネスに挑戦といったような過激なものがもてはやされているようです。私など一度ジェットコースターで気分が悪くなって以来、遊園地は敬遠していたのですが子供が生まれてからは「遊園地なんか嫌いだ。」とばかり言っていられず、そういうときには昔ながらの幼児相手のような玉手山遊園地は最適でした。過激な乗り物もなく子供にも私にも楽しめました。メリーゴーランドなどは酔うこともなく乗ることができました。30歳も越えると過激なものはいりませんね。

 さてオーストリアのウイーンでのこと。映画「第三の男」の舞台にもなった遊園地に行きました。ただ記念にと行ったのですが、そこで見たメリーゴーランドは忘れられません。本物のポニーが10頭ぐらいおり子供を乗せると音楽に合わせて輪になって歩きます。何でも機械化が進んでいる世の中ですがこういうメリーゴーランドも味があっていいものですね。


メリーゴーランド

夜行列車のすすめ

ACミランvsASローマ

ジプシーのサインプレー



夜行列車のすすめ

 私は外国を旅する前に北海道で約2年間アルバイトと旅をしていました。
 北海道を旅していた頃の移動手段はJR周遊券の有効期限が切れてからはヒッチハイクでした。もう10年くらい前のことで「ミツバチ族」と呼ばれるライダー全盛の頃でヒッチハイク(更に10年くらい前はヒッチハイクが全盛だったそうですが)で旅している人はほとんどいませんでした。
 そして丁度国鉄が民営化でJRに変わった頃で鉄道マニアの人々も廃線目当てにたくさんやってきました。彼らは「てっちゃん」と呼ばれていました。
 20日間の北海道周遊券でやってくる「てっちゃん」はただひたすら列車に乗って路線図を塗りつぶすのと入場券を集めることに躍起になっており、効率よくまわるのに夜行列車を活用していました。
 駅寝は深夜に駅の構内を閉め出されるので不可能(無人駅なら問題ありませんが)なので夜行列車を宿代わりにしようと、札幌→稚内・札幌→網走・札幌→釧路の夜行列車を利用し時間と宿代を節約していました。
 そして強者又はよっぽどお金のない人になると、例えば札幌→釧路の夜行列車に乗ると反対の釧路→札幌の夜行列車が行き違う新得駅で乗り換え再び札幌に舞い戻るという「新得返し」という秘技を使う人もいました。それが札幌→網走だと上川駅で引き返すので「上川返し」と言いました。
 私も何度か挑戦してみたのですがいつも寝過ごして終点まで行ってしまいました。周遊券の使える列車は自由席だけなので座席を少々倒せても窮屈なのには変わりなく翌日の行動を考えると辛いものがあります。そんな事など苦にならず何日でも列車の旅を満喫できる「てっちゃん」には頭が下がる思いでした。

 話はヨーロッパに飛びます。ヨーロッパを貧乏旅行するのはなかなか厳しいのですが私の場合2ヶ月のユーレイルパス(西ヨーロッパの鉄道乗り放題)をとことん活用しました。そうです、北海道での経験がものをいうときがきたのです。
 毎日夕方トーマスクックの時刻表とにらめっこしてその日の宿の夜行列車と次に行く国を決めるのが日課となっていきました。  ヨーロッパの列車はコンパーメントになっており4人か6人で一部屋で座席を引っ張ると平らになってベット代わりになり、空いてさえいれば横になって寝ることが出来ます。そしてシュラフがあれば完璧で、さしずめ移動するホテルみたいなもので、国境を越えるときもほとんどノーチェックで入国審査に起こされることもほとんどありませんでした。
 パリやミュンヘンは何度も行ったり来たりしましたし、ある都市に夜行列車で朝着いて一日観光してその日の夜行列車で別の都市へ行くという様な旅で、アジアの旅ではあれだけのんびりしていたのがウソのようなハードな旅でした。
 ヨーロッパはユース・ホステル以外は宿代が高いのでお金に余裕のない私はシャワーを浴びたくなるまで列車を利用して、ホテルに泊まるときに下着と体の洗濯をまとめてしました。
 結局2ヶ月のヨーロッパで30泊以上を夜行列車又は船(ストックホルム〜ヘルシンキの船は豪華サウナ付きでお勧めです)で宿代を浮かせました。

 ヨーロッパを安く旅するのでしたら私でしたらユーレイルパスと夜行列車をお勧めします。


メリーゴーランド

夜行列車のすすめ

ACミランvsASローマ

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ACミランvsASローマ

 ヨーロッパを旅していたのは1989年の事です。その時の旅の楽しみの一つにサッカー観戦(現地でサッカーと言っても通じません)でした。当時日本でサッカーは今ほど注目はされていませんでしたがテレビでWカップを見て以来本場ヨーロッパ・リーグの試合を見るのは夢でした。土曜か日曜に試合があるのでツーリスト・インフォメーションで確認して試合に合わせてスケジュールを立てていました。

 最初はドイツのブンデスリーガでミュンヘンのオリンピックスタジアムでバイエルン・ミュンヘンの試合を見ました。次がスペイン・リーグのリアル・マドリッドvsセリビアの試合をマドリッドで、そして最後がセリエAのACミランvsASローマの試合をミラノで見ました。どの試合も迫力満点でサッカーの醍醐味を満喫しました。

 さて試合前日、私はローマから夜行列車でミラノに入ることにしました。列車に乗って出発を待っているとASローマの応援団らしき集団がやってきて騒ぎ始めました。定刻を過ぎても発車する様子がなく他の乗客に聞くとASローマの応援団が列車を止めているとのことで急遽新しい車両を連結してASローマの応援団を一般車両から隔離する事になりました。そして定刻から2時間以上たって列車は出発しました。

 朝ミラノに着くと列車から降りたASローマの応援団だけは駅に機動隊のお迎えが来ていて駅から機動隊に囲まれての移動になりました。

 ACミランのホームスタジアムに行くと早くもゲート前でACミランvsASローマの戦いが始まっていました。機動隊をはさんで30Eほど離れ対峙し応援団同士の野次り合いが始まっていました。その横を通り過ぎようとしたときです、石が飛んできてのは。ピシッという音がしたので振り返ると後ろのガラスにヒビがいき、その下にこぶし大の石が転がっていました。そして応援団の方を見るとこっちに石を投げてくる姿が見え、石がスローモーションのように飛んできました。自分の置かれている状況が分かったとき慌てて駆け出しましたが、ピシッピシッという石の跳ねる音は忘れられません。

 試合後敗れたASローマの応援団は発煙筒を焚いたりして暴れていましたが、ASローマの応援団だけスタジアムに隔離され機動隊に囲まれていました。私は機動隊の威嚇射撃の銃声を後にスタジアムを去りました。ヨーロッパ旅行の計画にサッカー観戦もいれてみてはどうでしょうか。


メリーゴーランド

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ジプシーのサインプレー

 心地よい秋の日差しの中、私はボケーッと次から次にやってくる観光客を眺めていました。
 ローマのコロッセオ近くの広場での事でした。

 無防備に景色を眺めているある観光客に4〜5人の少年少女のグループが近づきました。そして、一瞬不自然な動きのあった後、少年グループはその観光客から離れて行きました。
 ほんの数秒後、その観光客は声を上げ、少年グループに向かって走り出しました。「泥棒だ」そう叫んでいるようでした。
 その声を聞いてか聞かずか、足早(走り出したりはしませんが)に逃げようとする少年グループと別の少年がすれ違いました。少年とすれ違った後、心なし少年グループの足が遅くなった気がしました。
 何故走って逃げないのか、不思議に思いながら見ていたのですが、案の定、少年グループはすぐにその観光客に捕まってしまいました。
 何やら口論が始まった瞬間、一人の少女が服を脱ぎ捨て素っ裸になりました。彼女は「私は何もしていない、何も盗んでいない。」と叫んでいるようでした。
 呆気にとられ裸の少女を眺めていたその観光客ですが、他の少年達も調べだしました。でも彼の盗まれたものは出てきませんでした。

 そうこうしているうちに騒ぎを見に野次馬が集まってきて、やがて警官らしき人もやってきました。その観光客は警官と一言二言喋ったあと、気が付いたかのように、少年グループとすれ違った少年を追いかけようと走り出しました。
 しかし、時すでに遅し、少年の姿はどこにも見えず、「ちくしょう、見つけたらただじゃおかないぞ」とでも言いながら引き返してきました。
 その観光客は警官に「早くアイツを捜して捕まえてくれ」と言っているようですが、警官はただ首を振って「諦めな、見つかりっこない」と言っている様でした。
 少年グループは警官に何か言われましたがすぐに解放され、少年グループが去っていくのと同時に取り囲んでいた野次馬達も去っていきました。残ったその観光客は警官に向かい、なお色々と訴えていましたが、警官はただ聞き流すだけでまともに相手にはしていませんでした。
 やがて、警官もその場を離れ、その観光客一人が取り残されました。一人取り残され、悔しそうに周りを見渡していたその観光客も、やがて諦めたのか「くそっ」と一度地面を蹴ってどこかに去っていきました。

 その観光客の去った後の景色は、なんら変わることのない、ほんの数10分前の景色と同じでした。
 その日は本当に心地よい秋の日和でした。
 このままずっと秋の日差しを浴びていたい気分でした。
 心地よい秋の日差しの中、私はボケーッと次から次にやってくる観光客を眺めていました。

メリーゴーランド

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ヨーロッパな風景・1

中近東な風景

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