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「マクドナルドの食文化」とたいそうな題名をつけましたが、上海やヨーロッパ・タイなどでの旅のかすかな記憶(イメージといった方がいいかも知れません)と日本で生活を送りながら「マクドナルド」について思っていることを書きます。
旅行中「食べる」ということは非常に大きなウェイトを占めます。食べ歩きというのは食文化を体験しているようなもので、その国の気候・風土など食事を通じて感じることができます。イスラム圏で豚肉が禁じられているのは「豚肉には細菌が多く危険というイスラム教の教え」で、インドでは「牛は神様」だから食べません。気候・風土によってとれる作物・食材は変わりますし、調理法も変わってきます。だから「食べる」ことはその国を理解するための近道かもしれません。
日本で食べる中華料理と中国の中華料理が全く違う物であり、インド料理が日本風インド料理になっていて、ネパール料理店でナンとカレーを出して「これがネパール料理です」と言っていたりします。日本で外国の料理を食べて外国に行った気分になるのは良いことですし、気軽に旅の気分を味わえるのは幸せです。
でも日本人が毎日「SUSHI」を食べているわけではないように、日本のインド料理店で何回か日本風インド料理を食べたとしてもインド料理を理解したことにはならないでしょう。
私は日本人というのは素晴らしい味覚を持った幸せな人種だと思っているのですが、自分の味覚を信じるよりも外部の情報(テレビや雑誌などのマスコミ)に振り回されてしまう傾向があるのが少し残念です。テレビで取り上げられたから「美味しかった」、雑誌に載っているから「美味しかった」ではなく、自分が食べて「美味しかった店・料理」が美味しいのです。旅でいうと、例えば「地球の歩き方」に載っているような情報は主観的な意見と情報が古いなどで、全く当てになりません。にもかかわらず「地球の歩き方」的食べ歩きをしている旅行者の多いのは事実です。そういう私も当てにはならないと思いつつ「地球の歩き方」をよく利用していましたが。
さて多くの国にアメリカのハンバーガーチェーン・マクドナルドが進出してきています。ハンバーガーがアメリカの食文化だといって、「アメリカ料理・ハンバーガー」を世界に広めようとしています。見知らぬ旅先の地で「マクドナルド」の看板を見ると何故かホッとしたりするのは、すでに「マクドナルド」が自分に染み着いているような気もします。他の人の旅行記でも「各国のマクドナルド論」などが書かれており、私も興味深く読んでいます。
私は「文化」という言葉をどう説明したらよいのかも分からない人間ですが、「マクドナルド=アメリカの食文化」ということに半分正解半分間違っているような気がするのです。どちらかというと「食」を抜いた「マクドナルド=ビジネス=アメリカの文化」というのがあっているような気がします。海外に進出するのは儲かる(ビジネスチャンスがある)からで、例えば「食」ビジネスに関するものの象徴がマクドナルドだと思うのです。食文化を広めるというより、ビジネスチャンスを広げることが主目的のような気がします。
「文化」という言葉の言葉遊びをするつもりはありませんが、私は「食文化」というとその国(地方)の気候・風土によって長年培わされてきたもで、「食文化=ビジネス」ではないと思うのです。もちろんレストランや食堂で食事するということは、レストランや食堂にとってビジネスには違いがありません。でも、そこにはビジネス以外の何かがあると思うのです。
以前、日本マクドナルドの社長(日本人です)がテレビか雑誌で次のような事を言っていた事があります。
「私はマクドナルドのハンバーガーが美味しいと思ったことはありません。あれを美味しいと言いながら何度も繰り返し食べてくれる今の日本人の味覚を疑います。・・・」
彼が言っていたことは以下の様なことです。細かい点は間違っているかも知れません。
マクドナルドはハンバーガーを売る企業ですが、基本は場所を提供するということです。喫茶店をもっと利用しやすくした形がマクドナルドです。300円400円でコーヒーを飲むのとハンバーガーとコーラを飲むのは同じ事なのです。マクドナルドは場所を提供するビジネスなのです。
そしてマクドナルドの顧客としてのメインターゲットは15才くらいまでの子供達です。人間の味覚は10才から12才くらい迄にほぼ決まると言います。だから子供のうちからハンバーガーを食べて育った大人は死ぬまでハンバーガーを食べ続けてくれます。そしてハンバーガーで育った大人は抵抗なくその子供にもハンバーガーを食べさすことでしょう。つまり、子供達にハンバーガーを食べさせることは、将来の固定客を掴むことになり、多くの大人に食べてもらうよりずっと大きな市場になるのです。だから、多くのマクドナルドの店には子供の欲しがるオモチャを置いていたり、子供連れの大人が利用しやすいように遊具施設を置いたりして、子供という顧客を掴もうとしているのです。
10年後20年後を睨んだマクドナルドの戦略はそこにあるのです。そこには「食文化」を広めるという事は二の次で、ビジネス(つまりお金儲け・マクドナルドの利益)をより大きくしようという企業論理が中心です。
そしてその後のシナリオ「高コレステロールのハンバーガーをたくさん食べる事による子供・若者の成人病の増加イコール医療・製薬業界の新しい市場の創造」といった図式まで描いているとすれば、これはアメリカの壮大な国家戦略でもあります。
また、例えば中国では・・・。
現在中国の市場は世界の注目の的といいます。多くの外国企業が進出しています。当然マクドナルドも進出しています。そこには12億人という眠れる市場があるからです。企業としてはごく当然の事だと思います。そして、ハンバーガーが12億人の中国大陸に浸透していったとすれば、世界の食糧事情は大きく変わることでしょう。
中国のアメリカからの牛肉の輸入が激増するかも知れませんし、中国が国産で牛肉生産量を拡大しようとすればアメリカからの穀物輸入が激増するでしょう。同じカロリーの肉を作るのにその数倍もの穀物が必要ですが、現在の中国農業では自給は難しいからです。だから、穀物中心の12億人の食事が肉食中心になったとすれば、食糧輸入国に転落した中国の穀物相場は高騰し、つまりは農業大国で農産物輸出国でもあるアメリカの利益にもつながります。
しかしながらアメリカの農業も土地の疲弊や水資源の枯渇など問題は山積みで、いつまでも輸出大国であるとは限りません。でも、ビジネスとして考えると穀物の安定供給など二の次なのです。市場が確立され需給関係が確立されると豊作であろうが不作であろうがビジネスとして充分成り立つからです(先物など金融大国アメリカの独断場です)。
大部分の食糧を輸入に頼る日本にとって、アメリカと中国間の食糧ビジネスは重大な関心事かも知れません。そして中国人の食生活のアメリカ化(肉食化)が21世紀に訪れるであろう食糧危機の時期を早めることにならないで欲しいと思うのは悲観しすぎでしょうか。
北京で北京ダックの代わりにケンタッキーを食べ、上海では包子・パオズの代わりにハンバーガーをほうばる中国人の姿は一昔前の自分の姿を見るようで、複雑な気持ちになったことを思い出します。どの国に行っても中華料理店があるように、どこに行ってもマクドナルドがあるようになるのはそう遠い先の話ではないかも知れません。
ビジネス(競争・市場原理)が技術や経済発展に最も有効な手段だと言うことは共産主義の敗北でも明らかで異論を唱えるつもりはありません、弊害も大きいですが。ただ、「食」に関することまでビジネス中心に考えてよいものかは分かりません。アメリカは日本に農産物の輸入自由化を迫っていますが、日本はアメリカの言いなりになってもよいのでしょうか。ヨーロッパ各国が自国の農業を保護しているのは農業をビジネスと考えることの危険性を感じているからでしょう。専門知識も情報もない素人考えですが、そんなことをマクドナルドの戦略から考えてしまいました。
私の子供は長女が小学生になりましたが未だにマクドナルドに連れていったことがありません。「社長自らが美味しくない」と言っている物をわざわざ自分の子供に食べさせたくはないからです。私自身マクドナルドを利用しないわけではありませんので、いずれ子供達が自分の意志と自分のお金でマクドナルドに行くことを反対する気はありませんが、子供達がマクドナルドがアメリカの食文化とは考えないで欲しいものです。子供達はマクドナルドに連れていってくれない親を恨んでいるかも知れませんが、いずれその理由を分かってくれることと思います。
最後に「旅先でマクドナルドの看板を見てホッとする」自分と「子供には食べさせたくない」自分が同居する私は変でしょうか?
注、「文化」岩波国語辞典より
1,世の中が開けて生活水準が高まっている状態。文明開化。
2,人類の理想を実現していく、精神の活動。技術を通して自然を人間の生活目的に役立てて行く過程で形作られた、生活様式およびそれに関する表現。
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