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私の旅で印象に残っている人に坊さんがいます。インド・バラナシのビシュヌ・ゲストハウスに自称「坊さん」の日本人ツーリストが泊まっていました。誰も本名を知らず坊さんとだけ呼んでいました。彼は自分で袈裟を作り着ており、頭も丸めていました。彼の荷物は小さなDパック一つで中には「オーストリアでオーケストラを聴くのに必要だった。」と革靴とよれよれのスーツだけが入っていました。彼は毎朝ガンガー(ガンジス川)で沐浴しており、けっして上手くない横笛を吹いて独り悦に入っていました。
バラナシはヒンドゥー教最大の聖地で多くの巡礼者がやって来てガンガーで沐浴していきます。そんなガンガーの水は「聖なる水」であると同時にバラナシに暮らす人々の生活水でもあります。沐浴している人々の横で歯磨きや頭を洗ったり、洗濯をしていたり、近くのガートでは火葬が行われていてその灰を流したり(ヒンドゥー教徒にとって死後自分の遺骨をガンガーに流すことは最高の幸せです )しています。聖なる水といっても私にはただ濁った水にしか見えませんでしたが・・・。
坊さんは言っていました。「ガンガーの水は確かに岸の近くは汚れているけど、10メートルも岸から離れるときれいですよ。だから、毎日しばらく泳いで聖なる水を飲んできて、体も快調です。」確かに他の旅人が暑くてダラッとしている中、坊さんだけ元気に動いていましたが、とても彼の真似をする気にはなりませんでした。
そんな一見無謀にも見える坊さんですが慎重なところもありました。泊まっていた部屋はドミトリー(10人ぐらいの相部屋)のため貴重品は必ず肌身に付けていました。勿論、沐浴で川に入る時もで、貴重品をチャックのついたビニールに入れて「これなら水に入っても大丈夫。」と自慢していました。ある朝沐浴から帰ってきた坊さんは「ビニールがきっちり閉まってなくって・・」とお金やパスポートをベッドに広げだしました。ビショビショになったパスポートのビザ欄はインクがにじんで入国スタンプや有効期限が分からなくなっていました。
私が坊さんの事で非常に驚いたことがあります。ある日昼食を食べに行ったときの事。「今日はデザートにアイスクリームを食べよう」とインドならではの着色料バリバリのアイスクリームを食べました。坊さんはアイスクリームを食べた後、私の残したカレーも食べてくれました。「私は自然の物ならなんでも食べるんですが、保存料や人工着色料の入った物は胃が受け付けないんです。」と火葬を見ながら言いました。そして、「やっぱり、さっきのアイスクリームがいけなかったみたいです。ちょっともどします。」と嘔吐しました。「あぁすっきりした」と言った坊さんの物を見ると、みごとにアイスクリームだけもどしていました。後から食べたカレーなどはしっかり胃に収まっていました。恐るべし坊さん。
そんな坊さんは私が熱を出したとき一番熱心に看病してくれ、またはっぴ(私も新撰組の誠のはっぴを作りました)の作り方を教えてくれました。結構真面目に見えた坊さんも「鼻水の彼(いずれ彼の話もします)」の登場後は「鼻水の彼」の部屋で「これも修行のうち」とガンジャを吸うようになっていき、それまでの坊さんと人格も変わっていきました。私がバラナシをはなれる頃には坊さんの目は宙をさまよい視点が定まらなくなっていましたがその後彼はどうなったのでしょう?名前も住所も知らないので捜しようがないですが、もしそれらしき人物を見つけたら教えて下さい。
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