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旅の大陸論

 「金のアメリカ・女の南米・何もないヨーロッパ・耐えてアフリカ・歴史のアジア・問題外のオセアニア」
 60年代か70年代のヒッピーがどこかの安宿の壁に書き残した言葉です。そうだそうだと同意する人、そんなことはないと反論する人それぞれですが、私は旅していてこのフレーズが頭から離れませんでした。
 その事を少し考えてみたいと思います。

金のアメリカ

女の南米

何もないヨーロッパ

耐えてアフリカ

歴史のアジア

問題外のオセアニア

金のアメリカ

 「金のアメリカ」とは多分「アメリカは物価が高い」ということよりも「アメリカでお金を貯めろ、そして旅にでろ」という意味だと思います。1ドル=360円の頃に海外を放浪するということは、今みたいに誰でもできる訳ではなく、よっぽどお金持ちか、あるいは片道切符で日本を出て働きながら放浪するということで、まず仕事のあるアメリカを目指す旅人が多かったのだと思います。
 1980年代半ばでしたが私の兄もまだまだ航空券が高かったので横浜から貨物船に乗ってハワイまで行きました。

 不法就労でもなんでも良いから働いて旅費を稼ぐ。そんな放浪の原点の様な旅が1960年代70年代にはあったのでしょう。もちろんお金があればアメリカはとても楽しいでしょうが、「金のアメリカ」を楽しむということは貧乏旅行者には縁遠い世界かも知れません。
 「金のアメリカ」をお金の心配をせずに豪遊する事は貧乏旅行者やヒッピーたちのはかない夢だったのでしょうか。

金のアメリカ

女の南米

何もないヨーロッパ

耐えてアフリカ

歴史のアジア

問題外のオセアニア

女の南米

 「金のアメリカ」で資金を貯めた旅人が目指したのが南米です。旅の雑談その3「遥かなる南米」でも少し触れましたが、南米は美人の産地です。インディオとラテンの、そして黒人の血の混じった南米の人々は情熱的で、美しい女性と恋いに落ちると抜け出せなくなってしまうそうです。そんな南米の美女との恋で旅が続けられなくなる旅人は後を絶ちません。
 そう「女の南米」とは男性旅行者のための表現です。「金のアメリカ」で貯めたお金を「女の南米」で使い果たす、そんな旅はある意味こっけいで羨ましくもあり男性の願望を満たす旅でもあります。そういう旅ができなかった私は「女の南米」を存分に旅してきた旅人を羨望の眼差しで見ていたのでした。
 「女の南米」を知らない私は、人生の楽しみを知らないように旅の楽しみの半分も味わっていないのではないかと思います。

金のアメリカ

女の南米

何もないヨーロッパ

耐えてアフリカ

歴史のアジア

問題外のオセアニア

何もないヨーロッパ

 「何もないヨーロッパ」を私は2カ月以上旅していました。いや旅と言えるかどうか。2カ月で十数カ国回ったのだから、駆け足もいいところ、ひたすら移動でただ国境を越えていただけのような気もします。
 「何もないヨーロッパ」などヨーロッパに住んでいる人々に失礼ですし、芸術、建築物、歴史などたくさんの文化遺産があり、観光スポットは山ほどあります。

 一つに「何もないヨーロッパ」とは同じ先進国に住む日本人からして、ヨーロッパでは旅の醍醐味でもあるカルチャーショックを受ける事が少ないからではないでしょうか。ヨーロッパの旅はある程度想像内の範囲で旅が進んでいくので、街はきれいで便利だけど刺激が少ないのです。

 次ぎに、観光客はたくさんいるのだけど、一人で流れてきた旅人とは微妙にずれていて、接することもなく、ただひたすら孤独に寂しく旅している人が多いのではないかと思います。知り合いはたくさんいても友達はいない、という現代人と同じようにヨーロッパでは人はたくさんいるけど孤独なのです。
 我々が日本にいる外国人に無関心なように、ヨーロッパの人々は旅人に無関心です。旅人は地元の人には相手にされず、アジアやアフリカを旅する者同士のように旅人同士が意気投合することもあまりありません。
 私の場合、2カ月のヨーロッパでほとんど日本語を喋ることなく過ごしました。そして忙しく動くことで孤独感や寂しさを紛らわしていました。
 またイギリスやフランスのように金を使わない貧乏旅行者を毛嫌いする国を旅するのは嫌なものです。ヨーロッパの国々にとってヒッピーや貧乏旅行者はリストラの対象なのです。

 そのようにヨーロッパを孤独に寂しく旅してきた旅人がヨーロッパを振り返ると「何もなかった」ことに気が付くのでしょう。「何もないヨーロッパ」とは「何もいいことが無かったヨーロッパ」のことではないでしょうか。

金のアメリカ

女の南米

何もないヨーロッパ

耐えてアフリカ

歴史のアジア

問題外のオセアニア

耐えてアフリカ

 天国のようなケニヤ・ナイロビを出ると「耐えてアフリカ」の旅が始まります。アフリカの旅はアフリカ大陸横断とか縦断とかサハラ砂漠越えといった、観光というよりも長距離の移動をする人が多いと思います。
 ケニヤやタンザニアではサファリや登山がありますが、その他の国々は観光より移動が旅の中心です。そしてその移動が「耐えてアフリカ」の真骨頂です。ザイールのトラックの荷台に乗っての移動はその象徴です。
 ナイロビを出た後はひたすら最終目的地であるヨーロッパや南アフリカ、あるいは再び戻るナイロビを目指します。そしてあくまで飛行機を使わない、地べたを這う陸路の旅にこだわります。ゴールを目指すマラソンの様なものです。そうです、「耐えてアフリカ」を完走することに意義があるのです。
 何日もおんぼろバスに乗り続けるのは辛いのですが、その辛さにも慣れてくるとあれだけ待ち望んでいた終点が近づいきても、まだ着かないで欲しいなどと矛盾した感情がわき起こってくるのは不思議です。
 「自分で自分をほめてあげたい」気になるアフリカの旅は登山家の登山に通じるものがありそうです。

 アフリカの物価は思ったほど安くはなく、逆にお金があっても欲しいものは手に入らない、贅沢のしようがないなど金銭的にも耐えることを強いられます。
 食事はお世辞にも美味しいとは言いづらいですし、他に選択の余地が無いのが普通です。食事代や宿泊代は内容に比べて高いのです。ほとんどの国でビザが要りますし、交通費も安くありません。だからアフリカの旅は思ったより高くつきます。
 いずれにせよ、ナイロビなどの一部の都市を除いてアフリカでアジアやヨーロッパのような快適な旅は期待できません。

 人類のルーツ・アフリカ。「耐えてアフリカ」を旅するということは人類のルーツそして自分自身のルーツをたどる旅かも知れません。「アフリカの水を飲んだ者はアフリカに帰る」というのは、そこが遠い祖先の故郷だというのを感じるからなのでしょうか。

金のアメリカ

女の南米

何もないヨーロッパ

耐えてアフリカ

歴史のアジア

問題外のオセアニア

歴史のアジア

 私にとって一番安心して快適に旅できるのがアジアでした。物価は安いし、食べ物は美味しいし、人々は面白いし、私の一番好きなエリアです、ヨーロッパ、アフリカと比べてですが。

 ただ、この「歴史のアジア」というフレーズだけはピンときませんでした。他はなかなか上手い表現だなぁと感心したのですが、この「歴史のアジア」はどうなのでしょう。
 一口にアジアといっても中国から東南アジア・インドや中近東と、文化や宗教の全く違う国々があるので表現しにくかった事と思います。
 ヨーロッパの国々は発展していて歴史を感じにくいのですが、アジアの場合歴史と現代が混じりあっているような感じもあります。シルクロードの旅など歴史を感じさせるものもたくさんあります。確かにアジアが一番歴史を肌で感じれる地域だと思います。古き良き時代の生活がアジアには残っているのかも知れません。

 でも私には「女の南米」ではまっていた作者が「歴史のアジア」を真面目に旅していたとは思えず、別の「×××のアジア」を旅していたというイメージが強いのですがどうでしょう。この作者の「歴史のアジア」の真意はどこにあるのでしょうか。

金のアメリカ

女の南米

何もないヨーロッパ

耐えてアフリカ

歴史のアジア

問題外のオセアニア

問題外のオセアニア

 「問題外のオセアニア」とはこれまたオーストラリアやニュージーランドの人には失礼な表現ですが、私もオセアニアはほとんど眼中に無い存在でした。
 私は当初、ワーキングホリデーを考えていた事もあったのですが、その考えを捨て去ってからは興味の対象外になってしまいました。旅の行き先として駆り立てられるものが無いのです。だから、旅の最初に行っておかないと後回しになってしまいかねません。
 特にアメリカ・南米・ヨーロッパ・アフリカ・アジアと流れてきた旅人にとって付録のようなものかも知れません。
 ハネムーンで人気のオセアニアですが、新婚旅行のカップルの幸せそうな姿を見ながらの一人旅は精神衛生上良くありません。新婚旅行や永住するには魅力的ですが、放浪するには「問題外のオセアニア」という旅人は多いと思います。
 「問題外のオセアニア」は旅の最初に行っておくのがいいかも知れませんね。

金のアメリカ

女の南米

何もないヨーロッパ

耐えてアフリカ

歴史のアジア

問題外のオセアニア

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