みたびの放浪みたびの放浪


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放浪を終えて


みたびの放浪を終えて、子供の手が離れるまでは、
以前のような旅はできないでしょう。
あの旅を振り返り、近い将来の旅を思い描くことが今の旅の楽しみです。
旅をするだけが旅じゃない。

あの旅は終わらない

遥かなる南米

あこがれのイースター島

ハネムーン下見ツアー

異邦人



あの旅は終わらない

 放浪をした経験のある方、「あの旅は終わりましたか?」。

 私の旅は日本を含めるとトータル約4年間の旅ですが、私にとって旅の体験や旅から学んだことは今の人生で欠かすことのできないことです。
 あの旅はただ単に「良い思い出」というだけでなく、今の自分はあの旅なしでは語れない存在です。最近思うのですが、旅とは「旅をしているとき」も楽しく充実していましたが、いま振り返って、改めてあの旅を思い出すとまた別のものが見えてくるような気がします。
 こうやって「旅の雑談」を書いているのもあの旅で思ったこと、感じたことを振り返り、改めて考え直す為でもあります。勿論、将来自分の子供たちに読んで貰いたいということもありますが。
 私は旅に出て、それまで何となく必要かなと思っていたことが自分にとって全く不必要だったり、逆に軽く考えていたことが自分にとってとても重要だったりすることに気が付きました。
 そんな私の人生観をガラッと変えたあの旅を振り返ることは、当時気が付かなかったことや、時間が経過することによって見えてくること、また別の一面が見えてきたりと、振り返ることによってまたあの旅が別の姿を見せてくれます。
 司馬遼太郎の歴史観で、「歴史は時間が経つ事によって客観的に見つめることができる」ということがあったと思います。時間が経つことによって一段高い視点から見れる・・・。
 旅も同じで、改めて振り返ってみるとあの旅を客観的に見れて「旅を振り返る」楽しみができました。精神的にもあの旅は欠かせませんが、二度目の海外で得た妻と子供たちはかけがえのない存在です。そういう意味でもあの旅は今も続いていますし、私にとってあの旅は一生終わらないでしょう。

「あの旅は終わりましたか?」
 あの旅は終わらない。

あの旅は終わらない

遥かなる南米

あこがれのイースター島

ハネムーン下見ツアー

異邦人



遥かなる南米

 世界の3Cというのをご存知ですか。 Chile・Colombia・Costarika。チリ・コロンビア・コスタリカ。そう美女の産地です。ただ美しいだけでなく情熱的で恋愛するともう抜けられなくなる。その地で沈没してしまい先に進むことができなくなってしまった旅人はたくさんいるそうです。

 特にまだ円が今みたいに強くない頃、とりあえず片道切符でアメリカに行き、ニューヨークやロサンゼルスで不法就労で金を稼いで貯まったお金で南米を目指す。そんな古き良き時代の1960年代、1970年代にはそういう旅人がたくさんいたそうです。彼らはブラジルやペルーなど目指し南下しますが、コスタリカでコスタリカ美人にはまってしまい、そこでお金を使い果たし、南下をあきらめ再びアメリカへ。そして貯めたお金を手に「今度こそブラジルへ」と南下しますが再びコスタリカで沈没。お金がなくなってまたアメリカへ。このくり返しで何度もコスタリカ・アメリカを行ったり来たり。そうして生まれた言葉が「越すに越されぬコスタリカ」です。

 最初の旅でその話を聞いたとき「これは南米に行かねばならぬ」「行って沈没したい」「コスタリカ美人にはまってみたい」と思ったのですがその時はお金もなく断念。2度目の旅で南米を目指すことに。ただ行くなら南米全てまわりたいので「越すに越されぬコスタリカ」は最後にすべく、チリ・サンチャゴ・インで計画。マレーシア・ペナン島からオーストラリア・ニュージーランド・フィジー・イースター島経由、ストップオーバー可能、エアフランス航空の安いチケットが手に入る(1,000ドル位)という話を聞きその手で行くことに。

 2度目の日本出国は1月の終わり、北半球の夏の間は前回行けなかったネパール・インドを旅し、南半球が春になる10月頃から南米を目指そうと考えました。約2年のつもりで出国。旅の予定はあくまで予定でなかなか計画通りには行きません。前回も全く眼中に無かった中近東やアフリカに行って旅は終わりました。そして今回も計画通りには事は運びませんでした。2年のつもりが5ヶ月程で帰ってきたのです。妻とお腹に子供を連れて・・・。

 ある旅人が「旅を終わるときは見るもの聞くものに感動しなくなった時」と言っていました。私の場合、「旅の終わりは子供のできた時」でした。かくして半年後には行っていたはずの南米は「子供の手が放れたとき、一人で行ってくる」と今から妻に言って聞かせています。あぁ遥かなる南米・・・。


あの旅は終わらない

遥かなる南米

あこがれのイースター島

ハネムーン下見ツアー

異邦人



あこがれのイースター島

 モアイ像で有名なイースター島は一度は行ってみたい島の一つです。
 二度目の旅で訪れるつもりだったイースター島ですが、旅の途中で、妻・琴恵と知り合い帰国・結婚という別ルートの道を歩んだ私は、イースター島は近い将来の夢として恋い焦がれる存在としてとどめています。
 さて、イースター島の繁栄と衰退の歴史を聞いてから、一層早く行ってみたい気持ちになりました。その歴史とは・・・。

 イースター島は南米大陸から遥か離れた太平洋の離島で、大きさは沖縄の石垣島程度の島です。木々に覆われた緑豊かなイースター島に、南米からでしょうか偶然たどり着いた最初の住民(マヤ文明?・インカ文明?)は後にモアイ像を作れるだけの文明と技術を持っていました。ただ、偶然たどり着いた孤島ではもとの世界と隔絶され交流することもなく、独自の文化を育んでいくようになります。
 最初にやってきた人の数は知れていますが、世代が進むにつれ人口は増え木は伐採され畑が作られるようになります。そして人口が増えると権力争いと権力の象徴としての祭事が大きくなってきます。
 権力の象徴としてモアイ像が作られ、だんだん作られるモアイ像も巨大化していきました。エジプトのピラミッドも同じようなものでしょう。
 モアイ像を切り出す石切場は島の中心部で、巨大なモアイ像を運ぶのに必要な丸太を作るため島の木々の伐採は加速度的に進みました。
 人口増加による開墾と偶像崇拝の為の木々の伐採で、島の森は瞬く間に姿を消し、今の木のない禿げ山のような島になっていきました。森のない島は雨が降れば土砂が流失し、豊かな土壌は急速に失われていきました。そして増えた人口を養えるだけの作物を収穫できなくなったとき、飢えとそれに伴う食糧をめぐる争いが激化していきました。
 当然、島から出て新天地を目指そうという人も出てきましたが、長い航海に耐えられるだけの船を造るために必要な木が島には残っていませんでした。島を出ていった人間が運良く大陸にたどり着いたとしても、再び島に戻ることもなかったでしょうし、戻ることもできなかったでしょう。
 飢えと戦いで人口は減り、生き残った人々ももはや以前の豊かな暮らしは取り戻すこともできず、やがて文明は衰退し、人々の暮らしは原始に後戻りしたようなものになっていきました。
 島がヨーロッパ人に発見された(人が住んでいるのに「発見」というこの表現は適切ではありませんが、)ときは、とても巨像を作れるような文明を持った人々には見えず、巨大なモアイ像が「謎の巨大石像」として世界の注目を集めるようになったのです。

 イースター島であったような栄枯盛衰は何もこの島に限ったことではありません。この島で文明の手段として利用された木材が底をついたとき、文明の衰退が始まり、やせ衰えた島の土地がかろうじて養えるだけの人間が生き残り、原始の生活に逆戻りしたのです。
 現代の人類の繁栄も同じようなもので、化石燃料の枯渇(それに代わっての原子力が不可欠になっていきますが、あまりにも危険が大きい)にともなって人類も衰退していくことでしょう。
 近い将来くるであろう食糧危機を逃れるための新天地(宇宙を目指すしかないのでしょうが、時間と資源が少なすぎます)は人類にはないのだから・・・。
 新天地が無いのなら食糧をめぐる戦争(核や生物・科学兵器が使われない事を願うばかりです)、そして人口の減少という道しか人類が生き残る道は無いのかも知れません。

 今の世界の平和は化石燃料の浪費によって食糧が増産可能だったおかげで、またその分配が比較的うまくいっていた為なだけなのです。
 例えば、もし、数十年後地球環境の激変(急激な温暖化の後にくるものは何か分かりませんが、少なくとも今の世界の農業地図は大きく変わることでしょう)によって今の半分の食糧しか生産できなくなったとすれば、生きるため食べるために食糧を求めて、あるいは肥沃な土地を求めて戦争が起こっても不思議ではありませんし、戦争が起こらない方が不思議です。つい数百年前日本でも食べるためにわが子を殺したり、食べたりしていたのだから。
 そして人間は飢えて死ぬくらいなら戦う道を選ぶでしょう(今の北朝鮮がそうならないで欲しいのですが)。人間は自分一人なら死を選べますが、子孫がいれば子孫のために戦う道を選ぶでしょう、それで子孫が生き残れるのなら。
 20世紀は資本主義の時代と言われますが、21世紀は「お金より食糧」といった食糧至上主義になるかもしれません。
 近い将来、「飢餓に苦しむ人々に食糧を支援する」といったことが平和な過去の時代のほんのわずかな期間の美談として語られることがないように、そして人類がイースター島のたどった歴史と同じような道を歩まないよう願うだけです。少なくともまだ幼い自分の子供達が生きている間は・・・。

 そしてイースター島には平和に自由に旅ができるうちに訪れたいものです。

あの旅は終わらない

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あこがれのイースター島

ハネムーン下見ツアー

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ハネムーン下見ツアー

 先日ある旅行会社から「ハネムーン下見ツアー」なるツアーが発売になったというニュースがありました。これを企画し販売に踏み切った担当者に拍手を送りたいと思います。
 新婚旅行で夫となる男性のおどおどした態度に妻が幻滅したあげく成田離婚してしまう悲劇を未然に防ごうというこの企画、売れる売れない、良い悪いは別として「ついに出た」とこの話題で久しぶりに妻との会話が弾みました。
 ツアーの内容は、ハネムーンに出かける前に夫となる男性だけがハネムーンの下見に出かけていって添乗員からホテルでのチェックイン・チェックアウトの仕方から食事のマナー、チップの渡し方、バスの乗り方など微に入り細に入り指導してくれます。
 新郎に下見ツアーで自信と知識を持ってもらい新婚旅行に臨んでもらおうということです。

 十数年前「デートマニュアル」などの本が出始めた頃、「マニュアル」本を片手に可愛い彼女とデートしている男性たちを横目に見ながら「女だけが青春じゃないやい」とひがみ半分ねたみ半分で汚い格好をして色恋沙汰にはほとんど縁のない旅をしていた私は「マニュアル」本に出てくるようなシティホテル(クリスマスの予約を前の年からすることなど私には考えられませんでした)など泊まったこともなく薄い壁で隣の部屋の囁き声が聞こえてきそうな安宿や居候、野宿などを繰り返していました。

 私の記憶の中には旅していた間の数年間の流行や出来事が欠落していて、その当時の話題についていけないことがよくあり、悲しいかなデートスポットや「彼女が喜ぶお店」といった類の一般常識がありません。
 知っているのは「インド・ネパールから西はトイレットペーパーを使わない」とか「イスラム圏で髭をはやしていない男はおかまに間違えられて襲われる危険がある」とかデートには全く役に立たない事ばかりでした。
 私の世代はマニュアル世代かとも思いますが、私は「マニュアル」本の恩恵を受けたことがありませんでした、つまり全く女性にもてなかったということです。

 さて、「女性にもてなかった私」から見ると「せっかく射止めた女性」と成田離婚なんてもったいないし、男性の「もてない理由」に自信のなさや「ふられて傷つきたくない」という気持ちが大きいので、もし成田離婚なんかになってしまったら、その人のその後の人生に暗い影を落としてしまって下手をすると立ち直れなくなってしまうかも知れませんので、マニュアル本の発展形である「ハネムーン下見ツアー」で成田離婚が減少し不幸な男性が減少すればいいなとその成果に注目しています。
 そして私の「やってみたかったリスト」に「一度はお見合をしてみたかった」に加えて「ハネムーン下見ツアー」を追加したいと思います。


あの旅は終わらない

遥かなる南米

あこがれのイースター島

ハネムーン下見ツアー

異邦人



異邦人

 私が中学生の頃、久保田早紀の唄う「異邦人」が大ヒットしました。
 「子供たちが空に向かい両手を広げ、鳥や雲や夢までもつかもうとしている・・・」のフレーズで始まるこの曲が私に異国への興味を持たせた最初のものだったと思います。
 ちょうどゴダイゴの「ガンダーラ」がヒットしたのもこの頃で、洋楽ではイーグルスの「ホテル カリフォルニア」がヒットしていました。
 中学生の頃には自分が旅をするなど全く考えもしていなかったですし、想像もできなかったのですが、何となく「シルクロード」とか「オアシス」とか「砂漠」といった言葉には憧れのような響きを感じていました。

 それから約10年、私は憧れていたシルクロード(中国・トルファン〜カシュガル)を少しだけ「異邦人」として旅しました。
 中国でありながらウイグル族がほとんどのシルクロード(トルファン以西)の旅は漢民族とのやりとりに疲れていた私にとって心地よい旅でした。瓦礫と土と岩と遠くに見える岩山だけの荒涼とした景色の中を走るバスの旅。車内はほとんどがウィグル族の人々。そして休憩で停まるオアシスの町々。
 ハードだった3泊4日の長距離バスをトルファン〜カシュガル間を往復したのですが、いま振り返ってみると辛かったことは忘れていて、何故か町の人々の顔が思い出されます。

 私が旅した頃、このバスで4日間かかる砂漠の道をロバに乗って行くいう旅人のウワサを聞きました。
 もし将来私にそれだけの気力と体力が残っていれば、ロバに乗って「子供たちが空に向かい両手を広げ、鳥や雲や夢までもつかもうとしている」光景を探しにシルクロードを旅するのもいいかなと思っています。

あの旅は終わらない

遥かなる南米

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