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世界の3Cというのをご存知ですか。 Chile・Colombia・Costarika。チリ・コロンビア・コスタリカ。そう美女の産地です。ただ美しいだけでなく情熱的で恋愛するともう抜けられなくなる。その地で沈没してしまい先に進むことができなくなってしまった旅人はたくさんいるそうです。
特にまだ円が今みたいに強くない頃、とりあえず片道切符でアメリカに行き、ニューヨークやロサンゼルスで不法就労で金を稼いで貯まったお金で南米を目指す。そんな古き良き時代の1960年代、1970年代にはそういう旅人がたくさんいたそうです。彼らはブラジルやペルーなど目指し南下しますが、コスタリカでコスタリカ美人にはまってしまい、そこでお金を使い果たし、南下をあきらめ再びアメリカへ。そして貯めたお金を手に「今度こそブラジルへ」と南下しますが再びコスタリカで沈没。お金がなくなってまたアメリカへ。このくり返しで何度もコスタリカ・アメリカを行ったり来たり。そうして生まれた言葉が「越すに越されぬコスタリカ」です。
最初の旅でその話を聞いたとき「これは南米に行かねばならぬ」「行って沈没したい」「コスタリカ美人にはまってみたい」と思ったのですがその時はお金もなく断念。2度目の旅で南米を目指すことに。ただ行くなら南米全てまわりたいので「越すに越されぬコスタリカ」は最後にすべく、チリ・サンチャゴ・インで計画。マレーシア・ペナン島からオーストラリア・ニュージーランド・フィジー・イースター島経由、ストップオーバー可能、エアフランス航空の安いチケットが手に入る(1,000ドル位)という話を聞きその手で行くことに。
2度目の日本出国は1月の終わり、北半球の夏の間は前回行けなかったネパール・インドを旅し、南半球が春になる10月頃から南米を目指そうと考えました。約2年のつもりで出国。旅の予定はあくまで予定でなかなか計画通りには行きません。前回も全く眼中に無かった中近東やアフリカに行って旅は終わりました。そして今回も計画通りには事は運びませんでした。2年のつもりが5ヶ月程で帰ってきたのです。妻とお腹に子供を連れて・・・。
ある旅人が「旅を終わるときは見るもの聞くものに感動しなくなった時」と言っていました。私の場合、「旅の終わりは子供のできた時」でした。かくして半年後には行っていたはずの南米は「子供の手が放れたとき、一人で行ってくる」と今から妻に言って聞かせています。あぁ遥かなる南米・・・。
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