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99/4/7公開

旅の雑談その20


ディスカウント
    ・トリップ

リキシャで勝負

ポカラの水不足

ラマ僧の予言

ぽん引きに連れられて

化石発見




ディスカウント・トリップ

 長く放浪している人にはせこい人が多いような気がします。
 元来気前のよい人でも、放浪という旅に出るとせこくなってしまうのはどうしてでしょう。
 放浪というのが基本的に限られたお金の中でやりくりせねばならず、放浪を始めてしまうと当初考えていたよりも長く旅していたいという気持ちになっていき、そうなると限りあるお金をいかに有効に使っていくかということを考え出すからかも知れません。

 限りあるお金で長く旅を続けようと思えば、必然的に切り詰めていかねばならず、余分な事にはお金を使わなくなっていきます。そうなると快適さよりも値段で判断してしまったりします。
 買い物では一円でも安くなるよう交渉し、宿はドミトリー(相部屋)のエアコン無しが当然になっていったりします。当然食事は地元の人が利用する屋台などで済まし、ツーリスト向けのレストランには目もくれず「屋台で食事をしないなんて旅をしているとは言えない。」などとレストランで食事する旅人を蔑んで見たりします。
 そしていかに安く旅しているかを自慢する人も出てきます。「いかに安く旅するか」「安いことは良いことだ」「安いが一番」。そんな無駄を省いた旅は、他の人から見れば非常にケチでせこく見えたりします。

 私も当初いかに安く旅するかを考えたことがありましたが、物価の安い国で切り詰めてもたかが知れており、苦労の割に得る物が少ないと思い始めてからは「安さだけを追求する 」事に空しさを感じるようになりました。
 旅の長短や「いかに安く旅したか」などは旅の価値にとってあまり意味はないですし、その旅で何を得たか何を経験したか何を考えたかが重要と思うのです。

 私は旅を始めた当初、長く旅している人やチープ(安い)な旅をしている人を「すごいな」という目で見ていましたが、旅に慣れてくると「いかに長く旅しているか」とか「いかに安上がりに旅してきたか」ばかりを自慢しだすような旅人は避けるようになっていきました。
 安上がりの旅が現地のことを理解する上で近道であるとは思いますが、安上がりに旅するのは手段であって目的ではありません。ただ無駄遣いをしないのとせこいのは違います。基本的に無駄遣いはしないが、使うべきところではしっかり使う、そんな旅が私の理想となりました。

ディスカウント・トリップ/リキシャで勝負/ポカラの水不足
ラマ僧の予言/ぽん引きに連れられて/化石発見


リキシャで勝負

 長く放浪している人にせこい人が多いと書きましたが、ギャンブラーも基本的にせこい人が多いような気がします。

 私は旅の途中でよくカジノに出かけました。私にとってカジノは単調になってきた旅に刺激を与える方法の一つで、旅の楽しみの一つでした。
 そして一歩カジノに入るとそれまでの金銭感覚と一桁も二桁も違ってくるのが不思議です。お金じゃなくてチップを賭けるから金銭感覚が麻痺するのかも知れません。
 飲み物も食事もタバコもタダ。そんなサービスがあるから少々負けてもあきらめがつきますし、そういうカジノのサービス(コンプといいます)を目的にカジノに行く人もいます。タダ酒に高級外国タバコ。貧乏旅行者にとって喉から手が出るほど嬉しいサービスがカジノには待っています。
 賭けるチップの額と旅の貨幣価値のギャップが大きいのですが、熱くなってくると自分が貧乏旅行をしているって事を忘れてしまい、なけなしの旅費を減らしてしまいます。

 私はネパールでは足代をケチって歩いたり、リキシャ(人力車)でカジノに向かいました。リキシャのリキシャマンは階級(カースト)の低い人で、カジノのあるホテル(5つ星や4つ星)の敷地には入れません。だからホテルの入り口で降ろされてしまいます。ホテルのボーイからは「またせこい旅行者が来た」といった視線を感じながらカジノに入ります。
 アジアやアフリカのカジノでは、貧乏旅行者はあまりお金は持っていませんが、外国人というだけでカジノに入れるのです。でもカジノ側としては少額チップで遊ぶ貧乏旅行者よりも、お金持ちインド人(お金持ちのインド人は本当にお金を持っている)や中国人の方が上客に違いありません。
 ビジネスマンか新婚旅行のインド人。日本人ならバックパッカーより、パックツアー客(時間に余裕がないのか見かけませんでした)、ジャイカ・JICAの職員などのお金持ち。
 そしてお金に余裕のあるインド人など、ルールもろくに知らずに賭けてくれるので、ビギナーズラック以外はほとんど負けてくれるのでカジノにとって上客です。

 それに引き替え貧乏旅行者はたとえ1$でも儲けてやろうと血眼になって挑んでくるし、サービスばかり要求してくるので、カジノにとって貧乏旅行者のコストパホーマンスは悪いのです。
 そうして、ケチな貧乏旅行者も時間が経つにつれ、賭けるチップが1$チップだったのがチップの色が変わって10$チップに変わり、最後の一勝負ではまたまたチップの色が変わって100$チップになっていたりします。それでも金持ちインド人の一度に賭けるチップには届きません。

 将来大金持ちになったとき、リキシャじゃなくて自家用ヘリコプターででもカジノに乗り込んで、ミニマム1000$位の特別室でプレイしたいものです。

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ポカラの水不足

 蛇口をひねったら水が勢いよく出てくる。日本では当たり前のことですが日本の常識は外国の非常識という事はよくあり、ネパール・ポカラの水事情もそんな一つです。
 ポカラのゲストハウスには屋上に貯水タンクが置いてあります。日本でもビルやマンションでは一度水を屋上の貯水タンクに貯めて、その水圧で階下に水を供給していますが、ポカラの場合その他にも重要な役目があります。
 ポカラの水源はセリガンダキ川ですが、その水量が充分でなく慢性的に水不足になっています。その為、常時水が供給されているわけではなく、地域ごとに時間を区切って水を供給しています。その為、水の供給時間に貯水しておかなければならず、敷地内に貯水タンクを設けて水を貯めておきます。水道の水圧が弱いので直接二階や三階に水を供給することはできません。そして、地上の貯水タンクから屋上の貯水タンクにポンプで水を上げるのです。
 そこで問題になってくるのが、ポカラの電力事情です。常時電気がきていれば問題ないのですが、雨や落雷の後には決まって停電になってしまいます。ポカラは慢性的な電力不足でもあるのです。停電が長く続けば、ポンプで屋上の貯水タンクに水を上げることもできないので、ホテルの従業員がバケツに水を汲んで屋上に運んだりします。ポカラのホテルで何気なく使っていた水でしたが、ホテル側の苦労は絶えません。
 ポカラは急速に街が 周囲に広がっていますが、その事も水不足に拍車をかけているようです。ポカラで土地を買おうとしていた人の話では、土地は幹線道路のそばに買わなければならない、なぜなら水道の本管(幹線道路に埋設している)から遠く離れた(といっても数十メートル)土地には、いくら水道を引っ張ってきても水量は少なく、下手すれば水が出なかったりするようです。
 ポカラのペワ湖に面したレストランやホテルでは水不足のためペワ湖の水をポンプで引き上げ、食器洗いに使っています。一般の人々にとってペワ湖の水は生活用水なのです。たまにポカラのレストランで赤痢などの伝染病が発生するのもそのせいかも知れません。一見きれいに見えるペワ湖もホテルやレストランそして民家の汚水が流れ込んでいるのだから。

 そんな水不足の都市はポカラだけでなく、世界各国ほとんどの都市が抱えている問題かも知れません。水資源の豊富な日本に暮らしていてると水の有り難さを感じることは少ないのですが、旅をしていると当たり前に使っている水がいかに貴重な物かを感じるときがあります。

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ラマ僧の予言

 「1999年7月空から恐怖の大王が降りてくる」というノストラダムスの大予言の真相が明らかになるのも、間近になってきました。
 本気で信じている人にとっては、残り少ない人生をいかに生きるかと悩んでいることでしょう。私もまだ若く物事がよく見えていなかった頃、ノストラダムス関連の本に書かれていることを鵜呑みにしていたものですが、今はほとんど信じていません。
 何とでも解釈できる抽象的な詩を後からこじつけて、当たった当たったと騒いでいるだけで、実際にノストラダムスの詩から未来を言い当てた人はいません。ノストラダムスはユダヤ人で、ヘブライ語(ヘブライ語は子音だけで書かれているため、読むときに母音を補って読むので、補う母音によってはどのようにでも解釈できる)で書かれた詩は後からいくらでもこじつけることが出来るのです。
 ノストラダムス研究者の間でも様々な解釈の違いがあり、同じ詩から全く違う解釈をしているケースも多いようです。ノストラダムスは数ある予言の中でたまたま当たっていると思われているだけで、数ある予言の中で辛うじて生き残っているにすぎません。確率の問題です。
 ノストラダムスで一儲けしようという出版社や作家がいいように解釈しているだけなのです。統計のマジックと同じです。都合の良い数字だけをピックアップしてもっともらしく説明する政治家や学者と変わりません。たまたま当たった万馬券を、あたかも毎回当てているように自慢する馬券師のようなものです。予言なんてそんなものです。
 ただ、恐いのは予言を信じて変な行動に出る人間が出るだろうということです。自ら「恐怖の大王」にならんとする狂信者がでないとも限らないのです、サリンをばらまいた教祖のように。

 基本的に私は予言や占いの類を疎ましく思っているのですが、宗教が生活に密接に関わっている国では予言や占いを信じる人が多いようです。
 ネパール・ポカラでの常宿ホテル・パゴダのオーナーは自分の息子の結婚相手をラマ僧に占ってもらい決めました。オーナーはグルン族で仏教徒です。私が泊まっていたときも一度ラマ僧に来てもらい仏事を行っていました。日本の法事のようなものでしょう。
 どうもオーナーは自分の家族の将来の事とかを決断するときにラマ僧に見てもらう習慣があるみたいで、ブリティッシュアーミー(イギリス兵)でイギリスに滞在している結婚適齢期の息子の結婚相手もラマ僧に占ってもらったのでした。

 「年齢は17才の娘以外と結婚してはならない。」というラマ僧の占いを鵜呑みにしたオーナーは、数ある縁談話の中からわざわざ17才の娘・スミトラを選んで結婚相手に決めたのでした。
 オーナーの息子も他に好きな女性がいたみたいですが、親の決めた縁談に合意したのです。私が滞在していた頃(11月から2月)はまだ新婚一年もたっていないときでしたが、夫の仕事の関係上新妻のスミトラはホテルに1人のこり学校に通っていました。
 17才の新妻で夫は単身赴任で、舅姑と同居というのは辛いものがありそうですが、舅であるオーナーもスミトラに対してよく気を使っていて上手くやっているように見えました。スミトラはまだ高校生で大学受験を控えていましたので、オーナーはスミトラの為に、学校への送り迎えや受験の為の塾通いなど、舅としてよくやっていたように見えました。

 一年のほとんどをイギリスで過ごす息子が休暇で帰ってきたのが、12月から1月にかけてのことでした。どことなくぎこちなく見えるのは、まだ新婚で久しぶりの再会のせいに思えました。休暇が終わり、オーナーの息子がイギリスに旅立ってからしばらくして、突然スミトラが実家に帰ってしまいました。いきなりタクシーでホテルに乗り付けて、呆然とするオーナーを後目に夜逃げならぬ昼逃げしたのです。
 どうやらオーナーの息子もスミトラも本意の結婚ではなく、お互い好きになれないようで、それを見かねたスミトラの親が連れ戻しに来たのです。それなら離婚するかといえば難しい問題で、ホテル・パゴダは名家(ホテルを経営するぐらい裕福で、だから縁談話は数え切れない程あったようです)でその嫁の立場は捨てがたいようです。
 「離婚するなら莫大な慰謝料を要求するぞ」というのがスミトラの親の言い分でした。ごたごた続きの息子の結婚ですが、それでもオーナーはラマ僧に対して不平を訴えるわけでもなく、ただ頭を抱えていました。
 その後オーナーの息子がイギリスから帰省してくる12月には、スミトラはホテルに帰ってきたみたいですが、あの二人がその後どうなったのかは知りませんし、どうなるのかも分かりません。
 予言や占いなんてそんなものです。もし、その後上手くいかなくなったとしたらラマ僧はこう言うでしょう。「17才の娘とは言ったが、スミトラとは言っていない」と。

 あなたは占いを信じますか?
 予言を信じますか?
 それとも自分を信じますか?

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ぽん引きに連れられて

 旅にガイドブックは絶対必要でしょうか。
 アフリカや中近東など良いガイドブック(ロンリープラネットなどの英語のガイドブックが便利と思います)のない地域もありますし、長期の旅になると何冊ものガイドブックを持ち歩く事は不可能です。そうなるとガイドブックは現地調達するか、ガイドブックなしで旅するのも選択肢の一つになります。
 どこの国に行っても旅している人はいますので、その人からガイドブックを見せてもらい、ガイドブックに載っている必要最小限のこと、ビザの取り方や国境の越え方などをメモすれば、最低限の旅はできます。
 ガイドブックなしだと観光地やイベントを見過ごしてしまう事も多々ありますし、効率的にまわるという点では疑問符が付きますが。

 約2年の予定で二度目の旅に出た私は、ガイドブックをどうするか迷いました。
 中国・香港・バンコクは短期間なので不要、ネパールも安宿街があると聞いていたので何とかなる、インドは現地で古本が手に入るであろう、だからメインの南米(地球の歩き方)だけ持って行く事にしました。
 さてネパール。カトマンドゥの空港を降りると客引きに囲まれて勝手にタメル(安宿街)に連れていってくれました。カトマンドゥの古本屋で古本のガイドブックはたくさん売っていましたが、ネパールを旅するのにガイドブックは必要ないのが分かってきましたので買わずにいました。

  そして、ポカラ。ポカラのバスターミナルでは案の定たくさんの客引きが集まってきました。別にホテルを決めているわけじゃないので、バスの屋根から荷物を降ろしてくれた客引きのホテルに行ってみる事にしました。気に入らなければ他をさがせばいいだけのことです。
 そうやって連れて行かれたのがホテル・パゴダです。そのホテルで妻・琴恵に出会ったのです。その後の顛末は「旅の雑談・私の結婚編」などで書きました。
 もし私がガイドブックで泊まるホテルを決めていたら他のホテルに泊まっていたでしょうし、もし妻がガイドブックを持っていなかったら他のホテルに泊まっていたかも知れません。人生の出会いなんてこんなものです。
 偶然の積み重ねで機会が生まれ、その機会を生かすかどうかは本人次第なのでしょう。行き当たりばったり、客引きに連れられて、そんな無計画なことがゆるされるのも、無期限の旅の特権かも知れません。

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化石発見

 ネパールのポカラにペワ湖という湖があります。ヒマラヤ連山と湖面にヒマラヤ連山を写し出すペワ湖はポカラの観光案内用の写真で定番になっています。
 そのペワ湖はダムでせき止められており、ダムから流される湖水は川となって、地元の人達は洗濯や水浴びに川にやってきます。

 娘の笑生は2〜3才の頃から何故か恐竜に興味があり、化石にも興味を持つ娘でした。私はポカラのお土産屋でアンモナイトの化石が売ってあるのを知り、どうやってとるのか聞きました。
 「カリガンダキ河に行けば河原に落ちているよ。黒っぽい石の中にアンモナイトが入っている。石を割るのは焚き火で石を焼いて、その後水に入れて急冷すればきれいに割れるよ。」と聞いた私は「ペワ湖もヒマラヤの水でできているのだから、アンモナイトも流れ着いているはず」とペワ湖のダム下でアンモナイト探しをすることにしました。
 私は薪を集めて焚き火の準備をし、娘と息子に黒っぽい石を探させました。子供達が持ってきた石を焚き火に入れて熱すると何個かの石はパチンと割れて、水に入れるとまた何個かの石が割れました。でも石は割れるのですが、化石らしきものは全くありませんでした。
 周りで洗濯しているネパーリ(ネパール人)も変なことを始めた外国人を不思議そうな目で見ていましたが、「化石を探している」というと手を振って「ここには無い」と言いました。どうやらペワ湖はカリガンダキ河とはつながっておらず、近くの低い山が源流のようでした。
 ヒマラヤの麓なら、どんな川でもアンモナイトが落ちているというのは、自分の都合の良い勘違いでした。

 最初から「ここには化石は落ちていない」と知っていれば、化石探しをすることも無かったでしょう。でも一時とはいえ、童心に帰って夢中になって化石探しをしたのは子供以上に良い思い出となりました。
 「知らない」という事は時として「知っている」事よりも有意義なことがあるものです。

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旅の雑談・目次

旅の雑談その19

旅の雑談その21

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