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99/6/2公開

旅の雑談その22


火葬について

タワシな私

ホテルガイドの経済学

「深夜特急」的な旅

壊れたカメラ

無器用ですから




火葬について

 インドに関する旅行記に必ずといっていいほど書かれているのが「火葬」に関する事柄です。私も旅の話を書いているので、いずれ触れなければならない事柄かと思いますが、どうも上手くまとまりません。
 日本の生活では「死」は特別なものとして見がちですが、インドでは「死」は生活に身近なものではないでしょうか。バラナシでは火葬の現場を目と鼻の先に見ることができ、視覚は当然ですが、死体の燃える臭いや、死体の燃える音や熱など五感を通して「死」を身近に感じるのでその体験はとても印象に残ります。
 かといって、「死」が特別なものという感覚で火葬を見ているのではなく、一風景として見ているのです。それは身近な人の「死」ではなく、全く見ず知らずのそれも他国の人の「死」だからでしょうか。インドを旅すると哲学的になるといわれますが、それはインドという過酷な条件の中で生きる人々の逞しい「生」とそのすぐそばにある「死」を見る機会が多いからかも知れません。
 インドを旅した方「火葬について」の考えなどお教え下さい。

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タワシな私

 2度目の出国の準備はほぼ完璧なつもりだったのですが、肝心なものを忘れていました。入浴に使うナイロンタオル(ゴシゴシタオルと呼んでいました)を忘れていたのです。
 ゴシゴシタオルは肌に良くないと言われますが、私は普通のタオルでは洗った気がせずもの足りません。旅に出て気付きましたが後の祭り。ゴシゴシタオルは日本でしか手には入らないのです。これから長い旅になるのにゴシゴシタオルを忘れるなんて一生の不覚でした。楽しい旅ですが唯一の憂鬱の原因でした。

 さて、ネパールで琴恵と知り合ったときのこと。彼女がゴシゴシタオルを持っていたのです。知り合った当時は一旅行者としてしか見ていなかったのですが、ゴシゴシタオルを持っているという事で一目置いていました。
 そして、ある日勇気を出して言いました。
 「そのゴシゴシタオルを貸してくれませんか?」
 「いいですよ」
 彼女が天使に見えた瞬間でした。
 その日は久しぶりにさっぱりした風呂(シャワー)上がりでした。その後彼女と一緒に旅するようになるのですが、「一緒に行こうよ」と誘った理由の何パーセントかはゴシゴシタオルの魅力があったのかも知れません。

 さて、私がゴシゴシタオルにこだわっているのなんか、可愛いものです。私が泊まっていたホテルはだいたいが安ホテルでシャワー男女共同というのが当たり前でした。だからシャワーを浴びようと行くと、前の人の忘れ物があったりします。
 たまに亀の子タワシなんかが置いてあったりしたのですが、掃除用のタワシではなく、入浴に使うみたいなのです。聞くと「最初は痛いけど慣れると手放せない」魅力がタワシにあるみたいです。ヘチマのようなものでしょうか。
 日本人よりも西洋人、男性より女性の方がタワシを愛用している人が多いみたいでした。といっても、数人しか見たことはありませんが。
 でも、荷物検査で亀の子タワシが出てきたら何に使うのか不思議でしょうね。私がゴシゴシタオルがないと入浴した気分にならないように、タワシがないと駄目な人も多いのでしょうね。でもタワシはゴシゴシタオルと違って、どこにでも売っているのでゴシゴシタオルのように丁寧には扱われないのでしょうね。

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ホテルガイドの経済学

 ポカラのバスターミナルには外国人ツーリスト目当ての客引きがたくさん待ちかまえています。客引きは客をホテルへ連れていって、その客が泊まれば紹介料としてホテルから報酬がもらえます。そんなホテルガイドの話を私が泊まっていたホテル・パゴダのオーナーから聞きました。

 ポカラのゲストハウスは主にレイクサイドとダムサイドに集中しています。ペワ湖にそって広がるレイクサイドはヒマラヤはあまり望めませんがレストランや土産物屋が建ち並びにぎやかで西洋人バックパッカーに人気で、ダムサイドは少し静かでヒマラヤの山々が見渡せるためか日本人バックパッカーに人気です。
 レイクサイドはにぎやかでダムサイドは静か。そんなレイクサイドとダムサイドは物価もレイクサイドの方が若干高くなっています。

 当然ホテル代もダムサイドに比べると若干高めで、ホテルガイドに支払われる報酬も高めです。ダムサイドでは報酬が60Rsに対してレイクサイドでは100Rsというのが相場みたいでした(1998年末頃)。
 そうなると当然報酬の高いレイクサイドを勧めるようになります。ホテルおかかえのホテルガイドもダムサイドのホテルの専属より、レイクサイドのホテルの専属の方が実入りがいいのでレイクサイドに行ってしまいます(以前私をホテルパゴダに連れて行ったホテルガイドもレイクサイドに行ってしまったそうです)。
 あくどいガイドになると、ガイドブックに載っているホテルに行こうとすると「あのホテルは潰れた」とか「あのホテルはオーナーは金を盗む」とか言って無理矢理自分のホテルに連れていこうとします。かくして、裏事情の分からない旅行者はホテルガイドの勧めるホテルに連れて行かれます。
 ネパールのゲストハウスはどこもそれなりのレベルにありますので、連れて行かれたホテルに不満を持つことは少ないのです。そうして、ホテルガイドの報酬の高いレイクサイドに旅行者が集中するようになり、旅行者が増えるとレストランや土産物屋が増えていき、逆に客を取られたダムサイドは廃れていくのでしょう。
 「富は集中する」というのは資本主義の基本かも知れませんが、ネパール・ポカラのホテル事情にも当てはまることかも知れません。

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「深夜特急」的な旅

 沢木耕太郎の「深夜特急」を読んで旅にでようと思った方はたくさんいるのでしょう。
 私の場合、「深夜特急」を3度目の旅の直前に初めて知りました。ちょうどテレビドラマ化(大沢たかお主演)されていて偶然知りました。放浪している旅人のバイブルのような本を知らなかったのは恥ずかしいかぎりですが、私はあまり旅行記というものを読んだことがありませんでした。「バンコク楽宮ホテル」と「ゴーゴーインド」を旅先で読みましたが、旅をしていながら旅行記というものには疎かったと思います。
 最初の旅に出る前に「深夜特急」を読んでいればシベリア鉄道でヨーロッパに抜けるルートではなくアジアハイウェイを西に向かったかも知れません。

 私の場合、「深夜特急」で作者がロンドンを目指したようなひたすら目的地を目指す旅というのは、アフリカのナイロビからザイールのキンシャサまでの旅がそうでした。観光目的になるような所はピグミー族の集落くらいで、ただひたすら最終目的地を目指す旅でした。
 当時はザイールも比較的入りやすかった頃で、私のルートとは違いますがナイロビからザイール・中央アフリカを通ってサハラ砂漠越えでアルジェリアへと抜けるルートはよく利用されていました。そしてそのルートはナイロビから陸路ヨーロッパを目指すアフリカ版「深夜特急」的な旅でした。
 現在陸路アフリカ縦断はスーダンやコンゴ民主共和国(旧ザイール)などの内戦で難しいようですし、アジアハイウェイの陸路横断も流動的なようです。「深夜特急」の時代はアフガニスタンに容易に入国できたようですが今は難しいですし、中東の情勢も不安定です。そのかわり今はベトナムやラオス、カンボジアなど陸路入国ができるようになりました。
 5年10年経つと世界の情勢も変化していき、旅をできる国も変わってきます。そう考えると旅はしたいときにしておくのが良いと思います。外国は「いつでも行ける」国ばかりではありませんし、「深夜特急」的な旅ができるのもある程度若い時代の特権だと思うからです。

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壊れたカメラ

 沢木耕太郎は「深夜特急」の時にはカメラを持っていましたが、以後旅にカメラを持ち歩かなかったそうです。「深夜特急」の時は「カメラはお金がなくなったときに売れるから」という理由で持っていたそうで、写真を撮るということには主眼を置いていなかったそうです。
 1990年代に入って、沢木耕太郎が40代から50代にさしかかる頃、彼の気持ちに変化が現れ、「写真を撮る」ことを始めました。彼の気持ちの変化というのが、若い頃は旅先で「いつでも戻ってこれる」という意識があったのが、歳を重ねるに連れ「もうこの場所はこれが最後かも知れない」という意識が強まり、この時この場所を大事にしようという気持ちになったのです。

 旅をしていると、たまにカメラを持たずに旅をしている旅人に出会うことがあります。カメラを持たない旅人は「あの脳裏に焼き付いた情景」を写真で壊したくないという理由もあるようです。きざに言えば、「カメラに頼ってしまうと五感を通して景色を見れない、レンズを通してしか風景を見れなくなってしまう」といった感じでしょうか。
 写真はストレートに視覚にうったえられますが、それだけに写真がないほうがイメージは壊されずにすむのかも知れません。視覚は時として一瞬のうちにイメージや想像力を奪い去ってしまうものだから。
 「あの素晴らしい景色は写真には撮れない」ということもたくさんありますが、「あの写真のおかげ」であの旅がいつまでも新鮮に記憶に残っているということもあります。だから私は普通のバカちょんカメラを持って旅をする普通の旅人でした。

 さて、子供を連れてのネパールでのこと。カトマンドゥのホテルで私は不注意でカメラを壊してしまいました。急ぎ中古のカメラを購入しましたが、帰国後現像してみるとどれもピンぼけでろくな写真がありませんでした。
 この事実は帰国後の私にとって辛いことでした。ネパールにはいつでも行けます。でも、幼い二人の子供を連れての「あのネパールの旅」はもうできません。「あの場所」には戻れますが「あの時」にはもう戻れません。
 沢木耕太郎が「もうこの場所はこれが最後かも知れない」と思ったように、私にとって「あのネパールの旅」はこれが最後なのです。あまり思い残すことのない「あのネパールの旅」ですが、それだけにきれいな写真がほとんど撮れていない事だけが心残りです。
 そして私は同じあやまちを繰り返さないよう帰国後すぐに、一眼レフのカメラを購入しました。旅は終わっても子供達の「今」をきれいに撮るのは「今」しかないのだから。

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無器用ですから

 「無器用ですから」とスクリーン上で高倉健が言えばかっこいい生き方ですね。でも、いちプータローが言えばとってもかっこ悪く見えます。
 仕事を辞めてあるいは就職せずに旅にでている人は、とても器用な世渡り上手な生き方とはいえません。仕事と趣味とのバランス感覚に欠けているのかも知れません。世間一般からすればとても無器用な生き方に見えるのではないでしょうか。
 単純に経済的な損得勘定を比べれば、真面目に働いている人との差はかなりあると思います。

 そんな、世間からドロップアウトしたような旅人ですが、気負いもなく卑屈でもなく悲壮でもなく楽しそうに旅をしています。日本社会ではとてもやっていけそうにない旅人にもたくさん会いましたが、「いずれ社会復帰」するつもりだった私にはある種羨ましく思える存在で、でも自分にはできない生き方だと思いました。
 旅の途中、あてもなく気負いもなく卑屈でもなく悲壮でもなく旅という生活を選んだ旅人に出会うと考えてしまいました。 「器用な世渡り上手な生き方」と「無器用だけど自分の好きな生き方」のどちらが幸せなのでしょう。

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