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2000/6/26公開

旅の雑談その27


スーベニア

ピアスの穴

旅の音楽は何ですか?

「親切な人」と
「親切そうな人」

カトマンドゥの
断水騒ぎ

散骨〜ガンガーの流れに



スーベニア(=souvenir)
 ネパールから帰国の際、アンモナイトの化石を大量にバッグに入れていました。ポカラの土産物屋(souvenir shop)を端から端までくまなく周り選んだもので、大きさは小振りですがその数100個以上はありました。souvenir(=土産物)として知人に配ったり、ネットで販売したりで、手元には20個余りしか残っていませんが、アンモナイトは一番喜ばれたネパールの土産物です。
 アンモナイトは化石というだけあって、石の塊なのでとても重たいのです(そのため小振りの物を集めたのですが)。だから、帰国時は立派な化石の運び屋となっていました。

 さてカトマンドゥの空港でのこと。家族4人分なので飛行機の荷物で重量オーバーで追加料金を取られることはなかったのですが、その前のX線検査で引っかかりました。
 検査画面を見ていると多数の黒い丸い塊が映し出されました。それを係官が黙って見過ごしてくれるわけはなく、「カバンを開けなさい」。
 それまで、面倒くさそうに足を組んでイスにふんぞり返っていた係官が、急にシャキッとした態度になりました。危険物と感じたのか、それとも因縁をつけてなにがしかの賄賂を貰おうと思ったのか。
 私は後ろに並んでいる他の乗客の視線を感じながら、カバンを開けました。カバンの中からは新聞紙に包まれたアンモナイトが大量に出てきました。
「これは何だ」
「fossil(=化石)だ」
「こんなに大量にどうするのだ」
「友達へのsouvenir(=土産物)だ」
 係官は何だかんだと因縁をつけて、なにがしかの賄賂を欲していましたが、他の乗客の目もあって露骨な事は出来ないようでした。大勢の注目の的になるのは恥ずかしいのですが、逆に注目されているおかげで、露骨な要求はされませんでした(以前インド・カルカッタの空港では他の視線など関係なく露骨に要求されましたが)。そう考えると早く並んで正解でした。

 本当は化石の国外持ち出しは禁止(と何かのパンフレットに書いてありました)なので、こちらも弱い立場だったのですが、係官はそのことを知らないようで、「今回は見逃してやるが、次は気を付けろよ」と恩着せがましく言いました。
 私はカバンのチャックを閉め、ホッと一息つきました。そして再び面倒くさそうに足を組んでイスにふんぞり返っている係官に声を掛けました。
「もし、また来る機会があって、化石をたくさん持って帰ろうと思ったらどうすればいい?」
「お前は友達にsouvenir(=土産物)をあげるんだろ? だから、お前がsouvenirを用意してきたら、俺もお前の友達になってあげよう。」

" souvenir "、旅で知っていて役に立つ英語の一つです。

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ピアスの穴
 妻が「ピアスの穴を開ける」と、自宅でできるピアス穴開け具(ホッチキスのように耳たぶをはさむと穴が開き、18Kのピアスがはまります。完全にピアスホールが出来るまで消毒しながら18Kピアスはつ付けたままにしておきます。穴を開けただけでは、ふさがってしまいます。)を買ってきました。
 妻はもともと、ピアスをしていて耳に穴は開いていたのですが、結婚してから全くピアスをしていないので「もう穴がふさがっているから」と新しく穴を開けることにしました。
 自分で開ければいいのに、妻は私に開けて、と言いました。私は人の血を見るのは嫌なので知らんぷり、忘れたふり、忙しいふりなどして、先延ばしにしてきたのですが、ついに開けさせられることになりました。「人を傷つけてはいけない」と子供に言っているくせに、女性(妻)の体に傷を付けることになろうとは。

 この話を、遊びに来ていたネパール人の友人にすると、「ネパール(ネワール族)では生まれてすぐの赤ちゃんにピアスの穴を開ける」そうです。そして、そのネパール人(男性)も生まれてすぐに穴を開けられたそうです。彼は以後はピアスをすることもなかったのですが、一度学生の頃ピアスを付けると父親からこっぴどく怒られたそうです。ネパールで「赤ちゃんにピアスの穴を開ける」のはファッションではなく、魔除けのようなものなのでしょう。

 そして、妻は昔あけた穴を見せながら、「昔の穴はもうふさがっちゃって」とその穴にピアスを通すふりをしました。が、通らないハズの穴にすんなりとピアスが通ってしまったのです。「穴、開いているやん」と呆然とする私に、「今は何個も付けるのが流行りやから・・・」と苦笑いをする妻でした。

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旅の音楽は何ですか?
 10年来の念願のジプシーキングスのライブ(2000/5/17)に行ってきました。
 最初の放浪時にヨーロッパの街角でよく聞いていて、メロディは耳に焼き付いていたのですが名前も知らず、バンコク・カオサン通りの露天商で初めて「ジプシーキングス」の名前を知りその場でテープ(多分海賊版でしょう)を買い求め、わざわざウォークマンを買ってきて、今はなきジュライホテルで聞いていたことを思い出します。

 あれから10年、私がジプシーキングスを知ってからでは初の来日でした。
 今、CDでジプシーキングスのカバー「ホテルカリフォルニア」を聞いています。そういえば、イーグルスの「ホテルカリフォルニア」も旅先のレストランなどで必ずといっていいほど流れていましたね。
 皆さんの旅の音楽は何ですか?


「親切な人」と「親切そうな人」
 旅行者の多くは、「親切な人」と「親切そうな人」に振り回された経験があるのではないでしょうか。
 アジアやアフリカを旅をしていると、よく声を掛けられます。自称ガイドや客引きなどは勿論、「日本語を教えて欲しい」だとか「友達になろう」など近寄ってきて、なかなか一人でゆっくりさせてもらえない事があります。下手に道を尋ねると、「案内してやる」と一日中付いて来ることもあります。
 また、家に招待されたりして、食事をご馳走(最大限のもてなしなのでしょうが、それが口に合うかどうかは分かりません)になったりすることもあります。外国人に対する親切心なのか、好奇心なのか、あるいはなにがしか期待するものがあってのことなのか。

 腹が立つのが親切そうに近づいてきて、道案内をして、後でガイド料だとお金を要求する奴です。逆に後でお金を要求してくるのではと疑っていたら、本当に親切な人だったりすると、後で自己嫌悪に陥ったりします。
 私は未だに「親切な人」と「親切そうな人」の見分けがつきません。
 誰か一目で分かる「親切な人」と「親切そうな人」の見分け方を教えて下さい。

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カトマンドゥの断水騒ぎ

 昨年(1999年)から今年にかけて数カ月カトマンドゥで断水していたようです。
 上水がストップしたため、各戸水を購入(タンクローリーみたいなので)していたそうです。
 旅行者の泊まるホテルも水(高い)を買っていたので、知らずに水を使い放題にされているホテルなどは経費倒れになっていたかも知れません。
 もともと、水は一度ポンプで屋上の貯水タンクまで汲み上げてから、各部屋に供給するので水代プラス電気代(物価のわりに高い)がかかるので、断水は辛いようです。

 さて、なぜ断水になったか・・・。
 新聞によると上水の水道管(下水ではありません)に紙コップやら雑巾やらがつまっていて、それが原因だったと、写真入りで新聞に出ていたそうです。
 下水管に物がつまるのは分かりますが、なぜ上水管に下水につまるような物がつまっていたのか?
 なぜ、原因が分かるまで何カ月もかかるのか?
 日本では考えられませんが、ネパールの水事情は知ってしまうと怖ろしい物です。

 ちなみにポカラのペワ湖の水質調査を日本の某大学の研究員が調べたところ、そんなに汚染はされていないようです。
 レイクサイドのレストランやホテルでは水不足のときペワ湖の水を引いて使っている(エンジン音が聞こえれば、水を汲み上げるポンプか自家発電です)ので、ホッとしますね。
 汚水などかなり流れ込んでいそうですが、雨期に大量の雨が降るので、汚染物質を流してくれるのでしょう。

 ちなみに、一番安全な水は自分で沸かすことです。
 停電でなければ(私の滞在中3週間停電の時がありました)、電熱コイルを買ってくれば部屋で沸かせます。沸かせば少なくとも殺菌効果はありますから。

 また、停電が多いのは、大雨や落雷などでトラブルが大きくなる前に発電・送電をストップする為と、電力をインドに売っている為だそうです。
 国内消費より外貨獲得のため?
 外国の援助で「村に電気を」と山村で水力発電などしていますが、送電線を見ていると村ではなくインドの方向に一本電線がのびている、ということもあながち冗談とも言い切れません。


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散骨〜ガンガーの流れに
 インド・バラナシのガンガー(ガンジス河)で、何度も死者が火葬され川に流される光景を見ました。ヒンドゥー教徒には墓は不要で、死後、遺灰をガンガーに流されるのが夢です。火葬の光景は神秘的で、また、逆に人間くさい光景でもあります。
 インドは私と妻にとって思い出深い地です。だから「自分が死んだら墓はいらないから、遺骨はガンガーに散骨して欲しい。」、私は妻にそう言っています(自分の死後、妻にインドを旅する口実を与えて上げるなんて素晴らしい夫ですね)。

 どうせお墓をつくっても、墓参りをしてくれるのは自分の子供くらいのものでしょう。核家族化が進み、昔の様な習慣が無くなってきている現在では「墓を守る」ような考えはなくなるでしょう。良くて管理会社が管理するくらいで、それもその会社が倒産すればそれまでです。何十年もたつと、墓参りに来る親族もいなくなり、荒れ果てていくことになるでしょう。やがて墓地霊園は取り壊され(ばちが当たるので他の狭い場所に移動されて)、再開発されていくことになるでしょう。

 そんなことを考えると、自分の墓などつくっても無駄と思うのです。誰にも参られず、荒れ果てていくと思うと悲しいものです。それならいっそ散骨してもらい自然にかえったほうが後腐れなくって良ろしい。死んでまで、物欲(墓を所有したいという)に囚われたくありません。
 墓はなくとも自分の生きた証は子供たちに遺伝子として受け継がれていっているのだから。

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