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2002年 |
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| 11/18 | 旅の雑談その30 |
2001年 |
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| 2/12 | 旅の雑談その29〜国内編〜 |
2000年 |
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| 10/30 | 旅の雑談その28 |
| 6/26 | 旅の雑談その27 |
| 1/25 | 旅の雑談その26 |
1999年 |
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| 11/17 | 旅の雑談その25 |
| 9/13 | マクドナルドの食文化 |
| 8/31 | 旅の雑談その24 |
| 7/5 | 旅の雑談その23 |
| 6/2 | 旅の雑談その22 |
| 5/6 | 旅の雑談その21 |
| 4/25 | 掲示板開設 |
| 4/17 | 旅の雑談をテーマ別に編集しなおす これまでの公開順より、読んでもらいやすくなったと思います |
| 4/7 | 旅の雑談その20 |
| 3/25 | タイトルを「みたびの放浪」へ改題 |
| 2/18 | 旅の履歴書 |
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・旅の大陸論 |
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1/28 |
2/18 |
3/11 |
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女の南米 何もないヨーロッパ 耐えてアフリカ 歴史のアジア 問題外のオセアニア |
異邦人 鼻水の彼 ジプシーのサインプレー エッチなトランプ 入国審査の順番待ち |
どこでもドア 窓の処刑台 行ったり来たり 私の女・他人の女 転ばぬ先の杖 |
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旅の雑談その14 |
・アフリカ編 |
旅の雑談その16 |
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1/13 |
2/4 |
1/22 |
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おうちに帰りたい 司馬遼太郎のオランダ ロシア経済危機 バンコクの注射針 ジプシーキングス |
逃げる 荷台に乗って 七輪を持って 水上テント生活 バックギャモン世界チャンピョン |
信号待ちの窓拭き少年 禁煙への近道 本音とたてまえ インドの皿洗い あの旅は終わらない |
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12/18 |
11/1 |
12/23 |
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時差ボケ お金が全て 若者たち レンタルショップ 英語か日本語か |
12/8 |
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10/24 |
11/13 |
12/13 |
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好き嫌い あなたならどうする? 北京駅前難民キャンプ チーファンラマ ポニーの本能 |
ポニーガイドのプロ根性 日本食にこがれて せこいとは言わせない2 ゴルフ ロウソクをたらす |
チップ ミネラルウォーター 夜行列車のすすめ ハネムーン下見ツアー NOVAと槻木君 |
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・私の結婚編 |
旅の雑談その8 |
旅の雑談その9 |
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9/18 |
10/7 |
10/12 |
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プリーの朝 マドラス行き列車 価値観が違う 子供ができたとき キャンセル待ち |
ケニヤ山登頂ならず マンゴー 働き者のアリの話 ODA これ持っていって |
ACミランvsASローマ パッポンの美女 パムッカレの温泉 ぬるいコーラ 茶髪万歳 |
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・バラナシ編 |
一枚の写真 |
旅の雑談その6 |
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8/4 |
9/10 |
9/14 |
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無賃乗車 ファンが止まったとき 自称坊さん バラナシの病院 バナナ売り |
電熱コイル 担ぐ人 歯医者の看板 ドクター・ポン 中国の子供服 |
バンコク・ジュライホテル 伝言板 メリーゴーランド G.P.Oなんか嫌いだ スリランカにきたけれど |
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8/4 |
8/4 |
8/4 |
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ローマの暴力バー さらばシベリア鉄道 No Problem 成田の別室 正しいSTUDENT CARDの作り方 |
ゴルゴ13 再会 南京虫とタイガーバーム ピラミッドの日の出 私のスピーチ |
天池の水 遥かなる南米 アウトバーン 鳥になった人 トイレは水洗が一番 |
| 実は読売新聞の「旅のノンフィクション大賞」という公募に応募するために「一人の旅から家族の旅へ」を書いた事に始まります。 私は旅をしていたときに日記というものをつけていませんでした。もともと日記などというのは苦手で三日坊主もいいところ、自分には書くことの才能は全くなしと、はなから無理と諦めていました。ですので旅の記録は「バカチョンカメラのピンぼけ写真」と「パスポートのビザ欄」と「自分の記憶」だけでした。 私は幼い娘と息子を連れてのネパールの旅を終えたとき、いや旅していたときも思っていたのですが、どのようにして娘と息子にあの「ネパールの旅」を伝えようかという事を考えていました。 娘と息子が物心がついたときにあの「ネパールの旅」を話してやりたいと思うのですが、子供が物心のついたときというのは非常に難しい時期だと思うのです。物心のついた頃というのは、私もそうでしたが親の言うことに耳を傾けるどころか、何故か反発を感じたりするものでしょう。子供達にあの「ネパールの旅」を話をいかに伝えるか。 そんなときに読売新聞の「旅のノンフィクション大賞」というのがあることを知りました。「なになに大賞の賞金は50万円か」といたって不純な動機ではありますが、あの「ネパールの旅」を書き記すのには充分な動機づけにもなりました。 書けば当たるような変な思い込み・勘違いもあり、「旅のノンフィクション大賞」に応募するということで、あの「ネパールの旅」を書き記す気になり、「一人の旅から家族の旅へ」を書いたのです。 そして「一人の旅から家族の旅へ」は見事に落選しましたが、我ながら上手くまとまったなと内心思っています。なにより将来の子供達へのメッセージが出来たのです。 そしてこの「一人の旅から家族の旅へ」を書くのに役立ったのがパソコンでした。それまで私はキーボード・アレルギーだったのですが、たまたま妻が仕事でマッキントッシュを使っていたので、妻に頭を下げて教えて貰いながら、パソコンの「パの字」から始めました。そして慣れてくるとパソコンという代物は便利な物だと思うようになりました。特に文章を書くことは、間違えてもすぐに修正がききますし、編集も簡単で、字の汚さも気になりません。 そして「一人の旅から家族の旅へ」を書き終えた頃には私のキーボード・アレルギーも少しおさまってきており、約3年間妻だけの所有物で触ったこともなかったMacが可愛く見えてきたのでした。 我ながら不思議なのですが、子供のオモチャと一緒で一度興味が沸いてくると、あれだけ毛嫌いしていたMacをもっと使ってみたくなりました。そこで、ついでに今までの旅の記憶をたどってみるのも良いかなと「旅の雑談」を書き始めたのです。 私は読売新聞の「旅のノンフィクション大賞」を知らなければ「旅の雑談」を書くこともなく、未だにMacは妻だけのものだったかも知れません。勿論このホームページも・・・。 |
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