*今月のお題* ウイントン・マルサリス


 松山から大阪へ帰る飛行機の中で機内誌を読んでいたら、ウイント
ン・マルサリスに関する記事が掲載されていました。
 こまかいことですが、その著者は「ウィントン」ではなく「ウイントン」と表
記しており、私はべつだん理由はないものの、その文字遣いをなんとな
く新鮮に感じてしまいました。

  あらためて考えてみると、彼の名前WYNTON MARSALISをカタカナで
表記するときは、やっぱり「ウィントン・マルサリス」じゃなくて「ウイント
ン・マルサリス」としたほうがすわりがいいように思います。
  もしこれがWINTONならウィントンでいいと思うんですけどね。

  まあ、そんな些事はともかく、今回は彼について書くことにします。  
              
                       

 ウイントン・マルサリスは、1961年10月18日にニューオリンズで生
まれました。職業はトランペット奏者です。ときにはコルネットも吹きま
す。

 ただ、ここから先が難しいのですけれど、ある人は彼のことをクラシッ
クの人間だと言い、ある人は彼のことをジャズの人間だと言います。
 つまりウイントン・マルサリスは、ふたつのジャンルでともに大きな業績
を挙げることのできた希有な存在なのです。

 具体的に言うならば、アメリカ音楽界の最高の栄誉であるグラミー賞
において、彼は過去に八回の受賞と二十三回のノミネートを記録してい
ますし、1983年にはジャズ(最優秀ソロイスト)とクラシック(オーケスト
ラと共演した最優秀ソロイスト)の両分野で受賞した初めてのアーティス
トとなりました。しかも翌84年も、同じ二つの部門で同時受賞を果たし
ているのです。

 活躍はこれだけにとどまりません。
 1996年6月17日付の「タイム」誌で<現在もっともアメリカで影響力
のある主要人物25人>のうちの一人に選ばれたと思ったら、とうとう昨
年には三枚組みCDで構成された大作「ブラッド・オン・ザ・フィールズ(血
塗られた大地)」でピュリッツァー賞を獲得してしまったのです。

 この作品はアメリカの奴隷の歴史をモチーフにしたジャズ組曲であり、
リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラに三人のシンガーが組み合わ
された、いわば一種のジャズ・オペラと表現してもいい内容になっていま
す。

 ピュリッツァー賞は今までクラシックの人にしか与えられていませんで
したから、ウイントンはまさしく「ジャズ界における初の受賞者」となった
わけで、受賞が決まった日(7月4日)の夜、アメリカの三大ネットワーク
がニュースで大きく取り上げたのも当然のなりゆきだったと言っていい
でしょう。

 他にも、コロンビア大学をはじめ二十以上の大学から名誉博士号を
与えられている事実をもってすれば、もはや彼のことを天才と呼ぶのに
何のためらいもないかもしれません。

  しかしウイントン・マルサリスの偉大さは、並外れた才能やスター性に
あるというよりも、むしろ誠実さや品位、また自己統制力の強さや視野
の広さにあるのではないかと私は思っています。

                          

 ウイントン自身が語っているように、彼が所属しているジャズ・アット・リ
ンカーン・センターは「利益を上げるのが目的ではなく、最大の目的は
教育」なのです。もちろん一人の演奏家として世界中を飛び回るのも重
要でしょうが、彼の志はもっと高いところに位置しているようです。
  すなわち、自分の知識や技術をいかに多くの人々に伝えるか、現代ま
での音楽的遺産をいかに引き継ぐか、そしてなによりも、その遺産にど
う新しい価値を付加したうえで未来へと着実に継承していくか、を彼は
模索しつづけているのです。

 この姿勢は今に始まったことではなく、ずっと以前からのものでした。
名声を得ると有頂天になってしまう若者がほとんどなのに、ウイントンは
自分が何をしなければならないかをいつも明確に認識しており、けっし
て冷静さを失いませんでした。

 それだけに「可愛げのない若者」という印象があったのは事実で、「ウ
イントン・マルサリスの演奏は情感よりも理が勝ちすぎている」という批
評も一方では存在しておりました。

  たしかに私も、どちらかといえば彼の演奏に息苦しさを感じてしまうこ
とがしばしばありましたし、その感覚は未だに払拭できたとは言えませ
ん。
  「本人はジャズへの傾倒をますます強くしているけれど、やっぱりウイ
ントンはクラシック向きじゃないのかなあ」と、つい思ってしまうのです。

 たとえばパガニーニ作曲の「常動曲/作品11」では、なんと4分33秒
のあいだ、一度も息継ぎをせずに彼はコルネットを吹き切ります。もう少
し正確に言うと、吸気しつつ吹くという超絶技巧をやってのけているわけ
です。

 私は恥ずかしながら中学時代にブラスバンド部に在籍していた経験が
ございますので、どんな教則本にも載ってはいないが、そういうとんでも
ないテクニックがあるのは知っておりました。でも実際にやってみせられ
ると「まいりました」って感じですよね。楽しむ、というよりは、感心して、
驚いて、敬服してしまいます。―――そもそもパガニーニの「常動曲」は
ヴァイオリンのために書かれた楽曲ですから、受け止め方によっては、
ウイントンが「どうだ、管楽器でもこの曲を吹きこなせるんだぜ。すごい
だろう」と、自分の実力をいささか鼻にかけているようにも思います。

 ただ、偏見をはずして聴いてみれば、これがウイントン・マルサリスの
「音楽に対する真摯な態度の表れ」以外のなにものでもないと分かりま
すし、とにかく「基本に忠実でいよう」とする信条がもたらした、たぐいま
れなほどに禁欲的でひたむきな演奏であることが理解できるのです。 
               
 やはり彼にとって大切なのは、まず誠実に音楽そのものと向き合う行
為なのでしょう。クラシックとジャズを分類して考えるのは聴き手の都合
にすぎないのであって、この傑出した音楽家は、あらゆる既成概念のし
がらみを超克しながら、自己の可能性をどこまでも追求しつづけている
のです。
 それが一種の気負いと映っていた時期も確かにあったでしょうが、キ
ャリアを積む過程で、その印象はずいぶんと変化してきたように感じら
れます。人間的な幅が広がり、風格が備わってきた、というところでしょ
うか。

  今年の2月に来日した折、彼はこんなことを言っていました。

 「僕は一人で演奏するより、仲間と一緒に演奏するが好きです。今、
いちばんしたいことは、いろんなタイプの人と対話することであり、さまざ
まな個性の人とコミュニケーションすることなんです」

 ウイントンもやがて三十七歳。ジャズの分野で本当に成長し円熟して
いくのは、まさにこれからでしょう。過去のジャズメンには創り得なかっ
た新しい世界が提示されるのを心から期待したいと思います。

                    

  ところで、私は手帳に「ウイントン・マルサリスの練習十二則」というの
を書きとめております。彼が以前、小澤征爾やヨーヨー・マと共演した
「タングルウッド音楽祭」の中で紹介したのを、何となく気になって控えて
おいたものです。あとで読み返すと、ビジネスの領域でも、参考になる
要素がふくまれているように感じ、ときどき手帳を開いて眺めてみるの
です。

 最後にそれをご紹介しておきましょう。(ちなみにカッコの中はウイント
ン自身の捕足の言葉です)

<ウイントン・マルサリスの練習十二則> 

1,個人的な助言を求める

2,計画を立てる

3,目標を立てる

4,気持ちを集中させる

5,あせらず、じっくり練習する

6,苦手な部分を反復する

7,すべての音を歌わせる(きちんと真剣に、シラけず、気持ちを込めて行うこと)

8,失敗から学ぶ(失敗をいちいち気に病むな)

9,ひけらかさない(うけを狙った演奏は底が浅い)

10, あなた自身で工夫すること(フォスベリーの背面跳びだって、すべて試行錯誤
    のなかから自分で編み出した)              

11, 楽観的になる(アート・ブレイキーは「音楽は生活の塵を洗いす」と言った。演奏 
    家が楽観的でなければ、聴く人を楽しませることはできない)

12, 共通点に注目する(まとめとして、自分のジャンルにだけこだわらないこと。異な
    ったジャンルの人にも必ず共通点はある。違いにばかり目を向けるのではなく、つ
    ながりのある部分に注目して学びとろう)


<WYNTON’S WAY TO PRACTICE>     


1,Seek Private Instruction

2,Make a Schedule

3,Set Goals

4,Concentrate

5,Relax Practice Slowly

6,Practice Hard Parts Longer

7,Play with Expression

8,Learn from Your Mistakes

9,Don’t Show Off

10, Think for Yourself

11, Be Optimistic    

12, Look for Connections
                     
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