白州ふるさと文庫・山口素堂資料室

松尾芭蕉&山口素堂&高山麋塒

寛文  七年(1667)

素堂26才  『伊勢躍』  伊勢、加友編  俳号、信章。五句入集。
  
  伊勢の加友が帰国の刻馬のはなむけに
  
  かへすとて名残おしさは山々田  信章


寛文  九年(1669)

素堂28才  『一本草』  石田未琢編
  
  化しかハり日やけの草や飛蛍  信章


寛文十二年(1672)

芭蕉  江戸に入る。


延宝  一年(1673)

素堂  『女夫草』  立儀編  入集。


延宝  二年(1674)

  芭蕉31才  「埋木」  
  
☆(芭蕉、上洛し北村季吟より奥書「埋木」を得る)


延宝  二年(1674)

素堂33才  
  『廿會集』  北村季吟編  俳号、信章。九吟百韻。

  霜月廿三日江戸より信章のぼりて興行

  • いや見せじ富士を見た目にひえの月  季吟
  • 世上は霜枯こや都草         信章
  • 冬牡丹はなはだしとしやはやらせて  湖春

芭蕉  同  『伊勢躍音頭集』  素閑編  十一月刊。

  夏木立佩くや深山の腰ふさげ

伊賀國上野住松尾宗房


延宝  三年(1675)

素堂  『繪合』  高政編

  扨ハそうか夢の間おしき時鳥  信章
  
  富士山や遠近人の汗拭ひ  仝

素堂  「宗因歓迎百韻」

☆(江戸下向中の西山宗因を中心に、桃青(芭蕉)等と共に十一吟百韻)

  • いと涼しき大徳也けり法の水  宗因
  • 領境松に残して一時雨     信章

    •   ☆(付句九)
  • 芭蕉  石壇より夕日こぼるゝ  桃青

  ★(芭蕉、桃青号で一座した初出)

芭蕉  『千宜理記』  広岡宗信編  発句六入集。

  年は人にとらせていつも若奥  伊賀上野

芭蕉  『五十番句合』  内藤露沾編  発句二入集。

  町医師や屋敷方より駒迎へ


延宝  四年(1676)

  『江戸両吟集』  ☆(素堂と芭蕉、天満宮奉納二百韻)  宗房

  其一

  • 芭蕉 此梅に牛も初音と啼つべし  桃青
  • 素堂 ましてや蛙人間の作     信章

  其二

  • 素堂 梅の風俳諸国盛なり     信章
  • 芭蕉 こちとうづもれ此時の春   桃青

素堂  『草枕』  旨恕編

  •   ☆(旨恕との両吟百韻)

  『俳諧当世男』  蝶々子編。一句入集

  • 素堂 何うたがふ弁慶あれば雪女  信章

  天秤や京江戸かけて千代の春
  
  ★(発句三、付句三入集)

  『到来集』  胡兮編  一句入集

  • 花の座につかふ扇も用捨哉  信章

芭蕉  ☆(六月二十日頃、伊賀に帰着)

  『続連珠』  北村季吟編

芭蕉  武蔵國部  松尾氏本住  伊賀号宗房

  • 植うる事子のごとくせよ児桜 宗房

延宝五年(1677)

  芭蕉  「両吟百韻」  ★(杉風と)

  •    色付くや豆腐に落ちて薄紅葉  桃青
  •    山をしぼりし榧の下露     杉風

  『六百番発句合』  内藤風虎主催。  素堂

  •    鉾ありけり大日本の筆はじめ  信章
      ☆(二十句入集)
  • 芭蕉  門松やおもへば一夜三十年  桃青
      ★(二十句入集)

  『三吟百韻』  京都の信徳を交えて三吟百韻を興行。

  • 芭蕉 一、あら何ともなや昨日は過ぎて河豚汁 桃青
  • 素堂 寒さしさって足の先まで    信章

  居合ひ抜き霞の玉や乱すらん  信徳


延宝六年(1678)

  『三吟百韻』

  • 素堂 二、さぞな浄瑠璃小歌は爰の花    信章
  •      霞とゝもに道化人形       信徳
  • 芭蕉   青いつら笑ふ山より春みえて   桃青
  •    三、物おの名も蛸や古郷のいかのぼり 信徳
  •      あふくの空は百余里の春     桃青
  •      嶺に雪かね草鞋解そめて     信章

  素堂  『江戸八百韻』  高野幽山編  (俳号、来雪)

  •      花ふんで鐶鞴うらめし暮れの声  幽山
  •      松はしらねか年号の声      安昌
  •      白い雉子青いかしらの山見えて  来雪

  『江戸広小路』  岡村不卜編

  • 芭蕉   水向けて跡とひたまへ道明寺   桃青
  • 素堂   正に長し手織紬につちの音    来雪

  『江戸新道』  言水編

  鎌倉にて

  • 素堂   目に青葉山ほとゝぎすはつ鰹   来雪
        ☆(素堂、夏に長崎に向かい越年)
  • 芭蕉   行く雲や犬の逃げ吠え村時雨   芭蕉
      (松島行脚帰途の京都の青木春澄を迎え三吟歌仙三巻を興行)
  • 飲まれけり都の大気江戸の秋  春澄
  • 詞の為替千金の月  似春
  • 芭蕉  菊屋殿家に久しき雁鳴きて  桃青
  • 素堂  『鱗形』  雪紫編。  発句一入集。未収。
  • 素堂  『新附合物種集』  井原西鶴編。附句五入集。
  • 芭蕉  『江戸十歌仙』  春澄編。
  • 芭蕉  「三吟歌仙」  ★(芭蕉、伊藤信徳・望月千春と)

  延宝七年(1679)

  素堂  ☆唐津で越年、三月頃江戸へ帰郷。

  芭蕉  「歳旦」  下里知足筆

  発句也松尾桃青宿の春

  『富士石』  岸本調和編

  • 素堂  二万の里唐津と申せ君が春雪  素堂

  芭蕉  桃青万句に

  •     三吉野や世上の花を目八分   等窮

  『江戸蛇之鮓』  言水編

  • 素堂  山は扇汗は清見が関なれや   来雪
  • 芭蕉  わすれ草菜飯に摘まん年の暮れ 桃青

  ★(芭蕉、発句三入集)

  素堂  『二葉集』  杉村西治編(俳諧付合集)素堂入集

  芭蕉  芭蕉付句四入集

  『玉手箱』  神田蝶々子編

  • 芭蕉  待つ花や藤三郎がよしの山   桃青
  •     目には青葉山郭公のはつ鰹   来雪

  芭蕉  ★(似春・四友の上方旅行を前に、送留別三吟百韻)

  •     須磨ぞ秋志賀奈良伏見でも是は 似春
  •     ほのぼのの浦さしそへて月   四友
  •     沖の石玉屋が袖の霧はれて   桃青

  芭蕉  『坂東太郎』  才丸編  発句四入集。

  •     霜を着て衣片敷く捨子哉    桃青

延宝八年(1680)

  芭蕉  「桃青門弟二十歌仙」

  •     桃青の園には一流深し    桃青
      ★(嵐蘭歌仙挙句より)

  芭蕉  ★(芭蕉、神田上水道工事の職務内容が推測される。

  喜多村信節『  庭雑録』より)  ★(知足主催百韻巻に加点)

  芭蕉  「俳諧合田舎其角」刊。「俳諧合常盤屋杉風」  刊。

  素堂  『江戸弁慶』  言水編。(号、素堂)

  •     宿の春何もなきこそ何もあれ 素堂

  芭蕉  ★(江戸深川村に居を移す)庵号、泊船堂。  ここのとせの春秋市中に住み侘びて、居を深川のほとりに移す。云々

  柴の戸に茶を木の葉掻く嵐哉  泊船堂

  『向之岡』  岡村不卜編

  芭蕉  発句九入集。

  かなしまんや墨子芹焼を見ても猶

  • 素堂  蓮の実あり功経て古き亀もあり 信章

  上京の頃

  又是より若葉一見と成りにけり  信章

  素堂  『名取川』  維舟編

  箱根泊

  • 月や峠沖の小島も見ゆ泊  素堂

  「季吟合点懐紙」

  • 素堂  婿に祝ひかけにまかせて桶の水  素堂
  • 芭蕉  絶す数寄て喰いけ栗のいけるころ 桃青

「両吟発句脇二組」

  • 素堂  市中より東叡山の麓に家を移せし頃

  蛙の時宿は豆腐の雨夜哉  素堂

  • 芭蕉  茶に煙草にも蘭の移り香     ばせを
  • 芭蕉  張抜の猫も知る也今朝の秋    ばせを
  • 素堂  七つになる子文月の歌      素堂

  「三吟三物一組」

  • 素堂  塔高し梢の秋の嵐より      素堂
  •     そぞろ寒けき池の見わたし    夷宅
  • 芭蕉  一羽二羽鳥はあれども声はなし  ばせを

  素堂  「大矢数」  井原西鶴編(延宝九年刊)

  大阪生玉神社別当南坊(本覚寺)興行。

  第四十二  朝朗曲射の蓬萌出て  信章(付句)

  素堂  『誹枕』  高野幽山編(寛文末年の作品を補強編集しなおす)

  素堂序文

  能因が枕をかつてたはぶれの号とす。つたへ聞、唐代の司馬遷は史記といふもゝあらましに、みたび五岳にわけいりしとなり。

 杜氏李白のたぐひもとをく廬山に遊び洞庭にさまよふ。その外こにも圓位法師のいにしへ、宗祇、肖栢の中ごろ、あさがほの庵、牡丹の園にとゞまらずして野山に暮し、鴫をあはれび、尺八をかなしむ。是此道の情なるをや。そもそも此撰、幽山のこしかたを聞ば、西は棒の津にひら包をかけ、東はつがるのはて迄をおもしとせず、寺といふてら、社といふやしろ、何間ばりにどちらむき、飛騨のたくみが心をも正に見たりし翁也。あるは実方の津、かの薄をまけ十符の菅こもを尋ね、緒たえの橋の木の切をふくろにをさめ、金沢のへなたりの浜の小貝迄、都のつとにもたれたり。されば、一見の所どころにてうけしるしたること葉のたね、さらぬをもとりかさねて、寛文の頃櫻木にあらはすべきを、さはりおほきあしまの蟹の横道のまつはれ、延の宝の八ツの年漸こと成りぬ。さるによつて、今やう耳にはとせまの杉のふるきを共おほかり。名取河の埋木花さかぬも、すつべきにあらず。

  是が故に素堂序す。

☆(『誹枕集』は上中下三巻

句・幽山素堂両吟・歌仙十一で構成。素堂は上・中に発句十三。下巻に十八句入集

  瀬田にて

  • 素堂  夕立や虹のから橋月は山  素堂

天和  元年(1681)

  芭蕉  『續深川集』  李下、芭蕉を贈る

  • ばせを  植ゑてまづ憎む萩の二葉哉  ばせを

  芭蕉  『ほのぼの立』  高政編(当風の範として三句中の芭蕉句)

  枯枝に烏とまりたりや秋の暮(『東日記』所収)

  真蹟短冊

  • 芭蕉  枯枝にからすのとまりけり秋の暮  はせを
      (筆註…この句は次のような真蹟がある)

  幸田露伴  詠草『俳人真蹟集』「芭蕉」より

  •     枯枝にからすのとまりけり秋の暮  はせを
  •     鍬かたけ行霧の遠里        素堂

芭蕉  素堂  ○  信杖坊の『俳諧衆議』に脇之事と題して此附合を挙げ、此脇は高翁の事に稱美ありし故素堂大に喜び此発句書たまはん時は此脇をも書添へたまはるべきよしを申し出た。その作者の願ひを叶へて美濃の春秋觀に蔵するものは此発句に此脇句を併記してあるといふ。衆議は宝暦七年の板行で支考の説を傳へたのだから、強ちこの説を拒むにもあたらないし、又此の脇句附を見ればさうした事實もあったらうとも信じられる。  (加賀山代  永井壽氏蔵)

  ◎芭蕉  「高山麋塒宛書簡」執筆。

  五月十五日  松尾桃青

  高山伝右衛門様

貴墨忝く拝見致し、先以て御無為に御坐成され、珍重に存じ奉り候。

  私異議無く罷り有り候。仍而御巻拝吟致し候。尤も感心少なからず候へ共、古風のいきやう多く御坐候ひて一句の風流おくれ候様に覚申し候。其段近比御尤も、先は久々爰元俳諧をも御聞成されず、其上、京大阪江戸共に俳諧殊の外古く成り候ひて皆同じ事のみに成り候折ふし、所々思ひ入れ替り候を、宗匠たる者もいまだ三四年已前の俳諧になづみ、大方は古めきたるやうに御坐候へば、学者猶俳諧にまよひ、爰元にても多くは風情あしき作者共見え申し候。然る所遠方御へだて候ひて比段御のみこみ御坐無き、御尤も至極に存じ奉り候。玉句の内三四句も加筆仕り候。句作のいきやうあらまし比の如くに御坐候。云々

  ◎芭蕉  素堂  「木因宛書簡」執筆(素堂訪問の打ち合わせなどを記す)

  (略)且つ又今日の儀、天気比分に御坐候はば御同道申し度く候。

  天気能過ぎ候へば、亭主(素堂)も宿に居ぬ事御坐有るべく候。幸ひに御坐候間、大方の天気に御坐候はば、御同道申すべく候。天気あしく御坐候はば私宅にて語り申すべく候間、必ず昼前より御入来待ち奉り候。云々

芭蕉  素堂  「木因宛書簡」清書(素堂・木因・芭蕉の三物)

  今朝は御意(素堂の)を得、珍重、今少々に罷り成り、扨々御残り

  多く存じ奉り候。云々

  「三物」

  木因大雅のおとづれを得て

  • 素堂  秋訪はば詞はなくて江戸の隠  素堂
  •     鯔釣りの賦に筆を棹さす    木因
  • 芭蕉  鯒の子は酒匂ひ蟹は月を見て  芭蕉

天和  二年(1682)

「十二吟百韻」  千春編。季吟序文(三月)四月初旬刊。

  『武蔵曲』  麋塒

  •     錦どる都に売らん百つつじ  麋塒
  •     壱花ざくら 二番 山吹   千春
  •     風の愛三線の記を和らげて  卜尺
  •     雨双六に雷を忘るる     暁雲
  •     宵うつり盞の陣を退りける  其角
  • 芭蕉  せんじ所の茶に月を汲む   芭蕉
  • 素堂  霧軽く寒や温やの語ヲ尽ス  素堂
  •     梧桐の夕孺子を抱イて    似春
  •     狐村遙かに悲風夫を恨かと  昨雲
  •     媒酒旗に咲みを進ムル    言水

  「桃青八吟歌仙」……月と泣く夜……

  •     月と泣夜生雪魚の朧闇    其角
  • 芭蕉  蓑にたまらぬ蝦醤の淡雪   芭蕉
  • 麋塒  狐村苔の若木の岩長て    麋塒
  •     徳利の魂の雨の諷ふか    暁雲
  •     山童風に茶臼ヲ敲キ待    集和
  •     猫ふく賤の声の旦夕     峡水
  •     秋通ふいつしか萩の竃原   自準
  • 素堂  かきあげの城骨露に白し   素堂

芭蕉  春

  •     梅柳さぞ若衆哉女かな    芭蕉  

素堂  池上偶上

  •     池はしらす龜甲や汐ヲ干ス心 素堂

  夏

  • 麋塒  夜ル國の夢ぬ寝覚や郭公      麋塒
  • 芭蕉  郭公まねくが麦のむら尾花     桃青
  • 麋塒  けふ花のかゝしと出ぬちぎれ雲   麋塒
  • 素堂  舟あり川の隅ニ夕涼む少年哥うたふ 素堂

  秋

  • 芭蕉  侘テすめ月侘齋がなら茶哥     芭蕉
  • 素堂  鰹の時宿は雨夜のとうふ哉     素堂
  •     賣ルとうる山ノ路か夜ルの栗折竃  麋塒

  冬

  • 麋塒  人消て胡馬雪を鳴山路哉      麋塒
  • 芭蕉  深川冬夜ノ感
  •     櫨の聲波ヲうつて腸氷ル夜やなみだ 芭蕉

素堂  花拙丈人の身しりぞかれしは、いづれの江のほとりぞや。俤は教し宿に先立て、こたえぬ松と聞こしは、誰をとひし心ぞや。閑人閑をとはまくすれど、きのふはけふをたのみ、けふもまたくれぬ。行かずして五湖煎蠣の音を聞  素堂

麋塒  『美津和久美』所収  高山麋塒興行

  高山麋塒興行にて草庵の月見ける。

素堂  「月見の記」  洛の信徳山素堂各々佳作有り。素堂

  「月見の記」を書く。

  「歳旦帖」  貞享三年(1686)其角編。

  市入てしばし心を師走哉  素堂

……筆註……

  この句は其角編の「歳旦帖」に入っている句である。天和二年の暮れの大火以降、芭蕉と同様素堂も焼け出されて住む家を持って居なかったものと考えられ、従って隠棲先を探し、隅田川沿岸の安宅付近を入手して家を建てた。素堂のこの句から推察すれば、恐らく梅の咲く頃、二月に近い頃であったと思われる。

  芭蕉、甲斐道中と在中の句とされるもの

  「胡草」  (歌仙)…表六句のみ…

  • 胡草垣穂に木瓜もむ家かな    麋塒
  • 笠おもしろや卯の実むら雨    一晶
  • ちるほたる沓にさくらを払ふらん 芭蕉
  • 市に小言をになふあさ月     麋塒
  • やゝさぶ殿は小袖をうちかけて  一晶
  • 紅白の菊かぜに碁を採      芭蕉

  「夏馬の遅行」  (歌仙)…表六句のみ…

  • 夏馬の遅行を我を絵に見る心かな 芭蕉
  • 変手ぬるる滝涸む滝       麋塒
  • 藤の葉に灑竹の宿黴て      一晶
  • 弦なき琵琶にとまる黄鳥     芭蕉
  • 面洗ふ朧の鏡などとては     麋塒
  • さくらは二十八計りん      一晶

  ……筆註……

  これは小林佐多夫氏の『芭蕉の谷村流寓と高山麋塒』に掲載されている。これによるとこの歌仙「胡草」  は、蕉門服部土芳の遺族猪来が『蓑虫庵小集』〔文政七年(1824)〕に、「翁書、連句二巻之内」として発表。「夏馬の遅行」は、湖中の『一葉集』〔文政十年(1827)〕に収録されている

  勝峯晋風氏著の『芭蕉の甲州吟行と高山麋塒の研究』によると、甲州に於ける正確な吟詠として、次の三句を挙げている。以下『芭蕉の甲州吟行と高山麋塒の研究』を引用。

  ◎  夏馬の遅行を我を絵に見る心かな  芭蕉

  『泊船集』元禄十一年板(風国編)

  • 馬ぼくく我を繪に見る枯野かな

  この句夏野かなともある人申されし

  『水の友』享保九年板(松瑟編)

  此句、泊船集に冬野哉とあやまれる

  ゆへこゝにしるす

  と訂誤しながら、枯野を冬野に誤りを再びかさねてゐる。『水の友』の詩書は再案の時であらう。

  「画賛」

  かさ着て馬に乗たる坊主は、いづれの境より出て、何をむさぼりありくにや。このぬしのいへる、是は予が旅のすがたを寄せりとかや。さればこそ三界流浪のもゝ尻、おちてあやまちすることなかれ

  • 馬ぼくく我をゑに見る夏野哉

  集は近江膳所の焦門正秀の追善であるから、馬に乗つたる芭蕉像と題句は、或いは正秀亭に師のかたみに  残されたものか。土芳の『三冊子』(安永五年板)は「馬ほくく」の先案を「夏馬の遲行」とする。『續年矢集』(榎原氏引用)の題に「鳴海」とあるは信じられない。麋塒舊蔵の短冊に見える、

  • 馬ほくく我を繪に見ん夏野哉  桃青

  (略)湖中の『芭蕉翁略傳』(弘化二年板)に「自書に云」と證して「甲斐國郡内と云所に至る途中の苦  吟」とある。夏草茂る峡中の盆地に乗入れる途中吟といふのが最も真實性を持ってゐる。云々
  『
甲子吟行』  甲斐山中に立ちよりて

  ◎行駒の麥に慰むやどり哉
  『虚栗集』甲斐山中

  ◎賤のおとがい閉るむぐらかな  芭蕉

『芭蕉翁終焉記』

  芭蕉翁終焉記  其角著

  天和三年の冬、深川の草庵急火にかこまれ、潮にひたり、苫をかつぎて、のびけん。

是ぞ玉の緒のはかなき初め也。爰に猶如火宅の変を悟り、無所住の心を発して、其次の年、夏の半に甲斐が根にくらして、富士の雪のみつれなかればと。それより三更月下入無我といひけん。昔の跡に立帰りおはしければ、云々


天和 三年(1681)

  『虚栗集』  其角編

  序

  •     凩よ世に拾はれぬみなし栗   其角
  • 麋塒  餅ヲ焼て富を知ル日の轉士哉
  • 麋塒  煙の中に年の昏けるを
  •     霞むらん火々出見の世の朝渚  似春
  • 麋塒  浪を焼かと白魚屋の遠津潟
  • 麋塒  雨花ヲ咲て枳殻の怒ル心あり  同
  • 芭蕉  うぐひすを魂にねむるか嬌柳  芭蕉

  「連句三十六韻」

憂テハ方ニ知リ  酒聖貧シテ始テ覺ル

錢ノ神ヲ

  • 芭蕉  花にうき世我酒白く食黒し   芭蕉
  •     眠盡ス陽炎の痩        一晶
  •     鶴啼て青鷺夏を隣るらん    嵐雪
  •     童子礫を手折ル唐梅      其角
  •     月ヲ濁す汀の蓼を芦刈て    嵐蘭
  •     浪のさゞれにたなご釣影    筆

  詠懷

  • 麋塒  雨花テ咲て枳の怒ル心あり   麋塒

  改夏

  • 素堂  山彦と啼ク子規夢ヲ切ル斧   素堂
  •     ほとゝぎす正月は梅の花咲り  芭蕉
  •     青さしや草餅の穂に出つらん  芭蕉
  •     水あり驛をとへばしのはすが池
  •     菖ナル左我その去年のやらん  一晶
  •     雪の飩水無月の鯉       芭蕉
  •     椹(クハノミ)や花なき蝶の世すて酒  芭蕉
  •     なでしこの翅を蝶の娘かな   一晶

  素堂  荷興十唱

  • 浮葉巻葉此蓮風情過たらん    素堂
  • 鳥うたがふ風蓮露を磔けり    仝
  • そよがさす蓮雨に魚の兒躍ル   仝
  • 荷うたれ母にそふ鴨の枕蚊屋   仝
  • 青蜻花のはちすの胡蝶かな    仝
  • おのれつぼみ己レ畫てはちすらん 仝
  • 花芙蓉美女湯あがりて立りけり  仝
  • 荷をうって霞ちる君みずや村雨  仝
  • 蓮世界翠の不二の沈むらく    仝
  • 或ハ唐茶ニ酔座して舟ゆく蓮の楫 仝

  改秋

  臨ム  素堂ガ秋  池

  • 其角  風秋の荷葉二扇をくゝる也    其角
  • 芭蕉  三ケ月や朝皃の夕べつぼむらん  芭蕉

  芭蕉廬ノ夜

  •     黒染を鉦皷に隣る砧かな  其角

  憶ヲ  老杜ヲ

  髭風ヲ吹て暮秋歎ズルハ誰ガ子ゾ

  上冬

  •     僧うかれけり松はひとりに里時雨  杉風

  手づから雨のわび笠をはりて

  • 芭蕉  世にふるもさらに宗祇のやどり哉  芭蕉

  雪夜

  • 芭蕉  夜着は重し呉天に雪を見るあらん  芭蕉
  • 麋塒  花を心地狸に酔る雪のくれ     麋塒

  茅舎買フレ  水ヲ

  • 芭蕉  氷苦く堰鼠が咽をうるほせり    芭蕉

  巻末歌仙

  酒債尋常往ク處ニ有 人生七十古来稀ナリ

  •     詩あきんど年を貪ル酒債哉     其角
  • 芭蕉  冬湖日暮て駕(ノスル)レ馬ニ鯉   芭蕉

芭蕉  「芭蕉跋」

  栗と呼ぶ一書、其味四つあり。李杜が心酒を嘗めて、寒山が法粥を啜る、これに仍つて、其句、見るに遙かにして、聞くに遠し、侘と風雅のその生にあらぬは、西行の山家をたづねて、人の拾はぬ蝕栗也。恋の情つくし得たり。昔は西施がふり袖顔黄金鋳小紫  上陽人の閨の中には、衣桁に蔦のかかるまで也。下の品には、眉ごもり親ぞひ娘、娶姑のたけき争ひをあつかふ。寺の兒歌舞の若衆の情をも捨てず、白氏が歌を仮名にやつして、初心を救ふたよりならんとす。其語震動、虚実をわかたず、宝の鼎に句を煉って、龍の泉に文字を治ふ。是必ず他のたからにあらず。汝が宝にして後の盗人を待て。

  天和三癸亥年仲夏日  芭蕉庵桃青皷舞書

  (今栄造氏著『芭蕉年譜大成』より)

素堂  九月  「芭蕉庵再建勧化簿」(文政二年刊『随斎諧話』夏目成美著)

  芭蕉庵破れて芭蕉庵を求む。力を二三生とのまんや。めぐみを数十生に待たんや。広くもとむるは却つて其おもひやすからんと也。甲をこのまず、乙を恥づる事なかれ。各志の有る所に任すとしかいふ。これを清貧とせんや、はた狂貧とせんや。翁みづからいふ、ただ貧也と。貧のまたひん。許子の貧。それすら一瓢一軒のもとめあり。雨をささへ、風をふせぐ備へなくば、鳥だにも及ばず。誰かしのびざるの心なからん。是、草堂建立のより出づる所也。

  天和三年秋九月  竊汲願主之旨  濺筆於荷之下  山素堂

  (この後に、賛同した人々五十余名と金額が記されている)

  (今栄造氏著『芭蕉年譜大成』より)

天和年間  「士峰賛」成る。天和三年夏甲州での作か。

  • 雲霧の暫時百景をつくしけり  芭蕉

  (今栄造氏著『芭蕉年譜大成』より)

  …筆註……

  この「士峰賛」については、小林佐多夫氏著の『芭蕉の甲州吟行と高山麋塒の研究』に掲載されている。

  『芭蕉句選拾遺』

  甲州よし田の山家に所持ノ人ありしを、今東武下谷志秘蔵なるよし、行脚祇法より傳写して出ス。崑崙は遠く聞、蓬莱。方丈は仙の地也。まのあたり士峯地を抜て蒼天をさゝえ、日月の為に雲門をひらくかと、むかふところ皆表にして美景千変ス。詩人句をつくさず、才子、文人も言をたち、画工も筆を捨てわしる。若藐姑射の山の神人有て、其詩を能せんや、其絵をよくせん歟。

  • 雲霧の暫時百景をつくしけり

  (若藐姑射…もしはこや)

  貞享  元年(1684)

  歳旦吟  芭蕉

  • 似合はしや新年古き米五升   芭蕉

  歳旦三物

  • 栗野老山歯朶尉が秋こそあれ  青府
  • 自れ飾るか炭竈の松      一晶
  • 御幸待つ霞は坂をゆがむらん  芭蕉

野晒紀行

  芭蕉  八月、「野晒紀行」(「甲子吟行」)行脚出立。

  • 野ざらしを心に風のしむ身哉  芭蕉
  • 秋十とせ却つて江戸を指す故郷 仝

素堂  『野晒紀行』  素堂跋

  友はせを老人故郷のふるきをたづねむついでに、行脚の心つきて、それの秋江上の庵を出、またの年のさ月待ころに帰りぬ。見れば先頭陀のふくろをたゝく。たゝけばひとつのたま物を得たり。

 そも野ざらしの風ハ出たつもあしもとに千里のおもひをいたくや、きくひとさえぞ、そゞろ寒げ也。次に不二の見ぬ日ぞ面白きと詠じけるハ、見るに猶風興まされるものをや。富士川の捨子は惻隠の心を見えける。かゝるはやけき瀬を枕としてすて置けん、さすがに流よとハおもハざらまし。身にかはる物そなかりき。みどり子はやらむかたなくかなしけれども、むかしの人のすて心までおもひよせてあはれならずや。又さよの中山の馬上の吟、茶の烟の朝げしき、梺に夢をおひて、葉の落る時驚けん詩人の心うつせるや。桑名の海邊にて白魚白きの吟ハ、水を切て梨化となす、いさきよきに似たり。天然二寸の魚といひけんも此魚にやあらむ。ゆきゆきて、山田が原の神杉をいたき、また上もなきおもひをかへ、何事のおはしますとハしらぬ身すらもなみだ下りぬ。同じく西行谷のほとりにて、芋洗ふ女子にことよせけるに江上の君ならねバ、答もあらぬぞ口をしき。

 それより古郷に至りて、はらからの守袋より、たらちねの白髪を出して拝ませけるハ、まことにあはれさハ其身にせまりて、他にいはゝあさかるべし。しばらく故園にとゞまりて大和廻りすとて、わたゆみを琵琶になぐさみ、竹四五本の嵐かなと隠家によせける。此両句をとりわけ世人もてはやしけるとなり。しかれ共、山路きてのすみれ、道ばたのむくげこそ、此吟行の秀逸なるべけれ。

 それよりみよしのゝよしのゝおくにわけいり、前帝の御廟にしのふ草の生たるに、そのよの花やかなるを忍び、またとくとくの水にのそみて、洗にちりもなからましを、こゝろみにすゝぎけん。此翁年ころ山家集をしたひて、をのつか粉骨のさも似たるをもって、とりわき心とまりぬ。おもふに伯雅の琴の音、こゝろざし高山にあれば、峨々ときこへ、こゝろざし流水にあるときハ流るゝごとしとかや。我に鐘子期がみゝなしといへども、翁のとくとくの句をきけば、眼前岩間を伝ふしたゝりを見るがごとし。同じくふもとの坊にやどりて坊が妻に砧をこのミけん。むかし潯陽の江のほとりにて楽天をなかしむるハあき人の妻のしらべならずや。坊が妻の砧は、いかに打て翁をなぐさめしぞや。ともにきかまほしけれ。それハ江のほとり、これハふもとの坊、地をかふるとも又しからん。いづれの浦にてか笠着てぞうりはきなから歳暮のことぐさ、これなん皆人うきよの旅なることをしりがほにしてしらざるを飄したるにや。

 洛陽に至り、三井氏秋風子の梅林をたづね、きのふや鶴をぬすまれしと、西湖に住む人の鶴の子とし、梅を妻とせしことをおもひよせしこそ、すみれむくげの句のしもにたゝんことかたるべし。美濃や、尾張や、大津のや、唐崎の松、伏見の桃、狂句こがらしの竹斎、よく皷うつて人のこゝろを迷はしむ。こと葉蘭とかうばしく、やまぶき清し。静なるおもひ、ふきハ秋しへのの花に似たり。その牡丹ならざるハ、隠子の句なれば也。風のはせを、霜の荷葉、やぶれに近し。しばらくもあとにとゞまるものゝ、形見草にも、よしなし草にも、ならバなるべきのミ、のミにして書ぬ。

  かつしかの隠士  素  堂

筆註

高橋庄司氏『芭蕉庵桃青の生涯』には、貞享元年八月江戸を旅立ち翌二年四月に江戸に戻った芭蕉は、既に完成していた「野ざらし」・「草枕」を絵巻にした。絵巻は「野ざらし」・「草枕」・それに帰路の「名残」の三段構成の『野ざらし絵巻』の完成を見る。その時芭蕉は素堂の跋文「野ざらし讃唱」を加えた。芭蕉の「野ざらし本文」と素堂の「野ざらし讃唱」は全体で唱和形態を作り上げ、見事な詩文を構成し芭蕉の本文と交響して美しいハ−モニ−を作り出した。と記している。

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