素堂講座 『素堂句集』子光編。
享保二年(1717)刊行。小川健三氏文稿。
◎印 素堂発句
行脚随筆
旅行の心よほし侍けるの初めに
番信入梅報早春 時鞭心地向芳辰
改端六気往来路 我亦乾坤一旅人
東海道記行
立のぼる雲とかすみも白妙の雪にかさなる山はふじのね
大磯にて
◎あれて中々虎か垣根のつぼすミれ
鴨立沢の西行堂に投ず
◎何となくそのきさらきの前の河
誅やこの本尊のみくしハ 実 朝 卿
さみたもうと聞けばいま
すかことくおもほゆるなべし
◎ねかはくは花のもとにて春死なむ
山家集に
そのきさらきのもち月のころ 西行法師
ぬかひつるそのきさらきはたかはねと消にし雲のあれどかなしき
定歌 卿
箱根の峠に泊りて
◎波の花か沖の小嶋の見ゆとまり
箱根路をいまこへくれは伊豆の海や沖の小嶋に浪のよる見ゆするがのすみた河を尋るに庵原左衞門の在所
庵原村にあり
その前の流を庵原河と云
其の海の方に庵河あり
都鳥のことゝひ満し名にしおふすみたかはらの鳥ならはとり
都鳥こゝにもありやいほさきのすみだ河原の名こそかはらね
琵琶湖を過る頃雨にあひて
風巻山雲落水涯 無辺烟浪雨猶哥
琵琶亦此美人面 正是昭君出漢詩
東坡が詩に
若垉西湖此西施 淡粧濃抹雨相宣
洛陽に春をむかへし頃 三五七言
積隠啓 風色加
氷解水中水 雪残花外花
旅亭活計有何事 一曲春声一椀茶
石川丈山翁の詩仙堂を
たつねて六言六句をいふ
先尋日東季社 静対中華仙顔
山鳥啼長松林 野客入老梅関
詩興猶何處好 泉石前翠微面
朝鮮の学士 丈山翁の日の季社と称美しけるにより起白にしかいふ
又詩を題せされは庭に入るを許さずよって梅関とといふ。
東山にて
◎木の間ゆくかつぎにちらし桜哉
同じ豊国にて
◎朝鮮もなびしきあとや野人参
鴨の長明 鎌倉にて頼朝
卿の墓に詣でて法華堂の
柱に書つく
草も木もなびしき秋の霧きへてむなしき苔をはらう山の勢
朝鮮まで切りしき玉う名残に 薬種に似たる無用の草の生出けるにや 実に感慨すくなからず栗津かはしにて旧友はせをか墓をたずねしに
◎滋賀の花この海の水それながら
むかひに滋賀の山前に湖水あり
そらはたぶさかけるたて
糸かゝり三世に花たてまつる また一休の様に
山城の瓜や茄子もそのまゝにたむけになすそ鴨川の水も
此二首にすかりていふ
蛍見 宇治
◎きせん法師蛍のうたもまれけり
古今集の序によめる歌多からぬよし
見へ侍れとも樹下に苔泉と文字かはりて蛍の歌あり
木の間よりみゆるは谷のほたるかも沖行舟の何方のたく火か
六月後四日あたこの山にのほりて
大善院に一朝のころ
◎白雲を下界のかやにつる夜哉
同じく教( )学院の十六ケ国のへっとう( )侍るよしをきゝて
主賓 手上飛楼 二八国光入寸眸
亭外白雲塵外地 悠々自在乗風遊
みな月晦日鴨川にあそびて
◎みたらしやなかは流るゝとしわすれ
八月十五夜岩清水に詣で侍りて
くもりなき御代そや月のをとこ山名たかきかげをなほてらすらむ
同じいざよいに廣沢に遊びて
◎我舞いて我にみせけり月夜かな
北山の草枕にいざなはれし頃
◎茸狩りやひとつ見付しやみの星
古き歌に
ほしひとつ見付たる夜のうれしさは月にもまさる五月雨の空
石山寺へもみち見にまかりし頃
◎雲半岩をのこしてもみちけり
奥山氏の園中に遊びて
◎西瓜ひとり野分をしらぬあした哉
◎ズッシリと南瓜おちてゆふべかな
西瓜のあした 南瓜のゆう
へ對の中の對たり
一二句失念
嘗聴寒山道骨 秋中陶潜不若誰
草山集に□□山を秋中の
渕明と賞かし玉ふにより
云
嵯峨
季秋遊嵯峨之厭離菴
両三行臨大井川清流
坐看小倉山閑雲
園中貯四時之花
謂之四時叢
我聞三閭太夫
之九□之蘭
五柳先生之三径之菊
風涼則風流也
鑢然啻愛一様之花
而不周四時主人之愛花
謂至矣我憶愛花心之和也
愛水心之静也 愛山心之静也
此境水辺而山不遠
花有四時叢心与境夜
道以為楽
玉吟賞之余題一絶去 回席分略花作隣
一叢送古一叢新
文濱得篇之閑
紫桂状還又向春
嵐山のふもとの禪坊を叩いて
朝送山雲出 夕看飛鳥帰
初知□境好 又約叩紫扉
大和めぐらせし頃よしの
山に入
をちにみしきのふの雲けふわけて花になれゆくみよしのゝやま
西行法師の奮庵の跡をた
ずねて
はなころもけふきてそしるよしの山やがて出しのゝ夜なかさを
三輪
同じくとくとくの文をむすびて
やまかげにひとくひとくとなくとりも岩もる水のおとにならいて
西行法師
とくとくとおつる岩間の苔清水汲みほすほどもなき住処かな
尋問南朝跡 行々遠市塵
前山紅世界 後嶺白雲浮
昔聴降天女 今猶有地仙
臥花南三日 可惜別苔筵
同夜興唱句
白雲花燭暈
日月笠を暈といへば
したはむれにいふ
しの川にて
鮎に鮎花の雫を乳房にて此てはさかなにつよくなへしや
初瀬にて
◎宿からん花に暮なは貫之の
貫之は初瀬のまうし子なれは
其宿坊に水瀬もある可きにや
のきまりの歌 古今集にたゞ
一首ありと見へ伝り
ちかくは後水尾院御製い出て
人の関をしるもうしゆるすとは袖のなみたの
◎至れりや杉を花ともやしろとも
此の神には社なしなきそ
神のかたちなりければの
心なるべし
暮春井出の里にて
◎春もはや山吹白く苣( )苦がし
播磨めぐわせし頃唱句
牛行花緩々
猶牡丹花をになひて
◎遅き日やしかまのかち路牛て行
書写寺へ詣しに 弁慶法師
の手習いせし所とて 其ほ
とりに弁慶水ハ是之と人の
教へける
◎弁慶の面影白し花の雲
姫路の丁を過きけるに
名高きお夏か家はこゝ
なりときゝて
◎さてはさうか花の徳とてなつかしや
西国くたりに
◎さひしさを裸にしけり須磨の月
長崎にて
◎珠は鬼灯砂糖は土のごとくなり
あかしの浦にて
◎朝霧に歌の元気やふられけむ
近患録に 孔子は四時の
元気云うとあるを以て
人丸も歌の聖なれば云爾
いつくしき此嶌のめくり
七星 回廊にうしほのみ
ちたる景気ハさていはし
かたなし
額 面
表 伊都岐嶋 空 海 筆
裏 厳 嶋 道 風 筆
宝物あまたあるなか中に
平家一門寄向候書の法華
経 平八品清盛入道 安
徳天皇護生前の願書 墨
未だかはかぬやかたあり
◎回廊に塩みちくれば塵そなく
長崎にて
◎珠の鬼火砂糖は土のごとく也
◎入船やいなさそよぎて秋の風
唐津にて
◎二万の里唐津と申せ君が春
ふじニて
◎山は扇汗は清見が関なれや
中山
◎爰ぞ命顔淵が命夏の月
◎六月やおはり初物ふじの雪
瀬田にて
◎夕立や虹のかた橋月は山
木曾路を下りけり頃
◎夕立にやけ石寒し浅間山
◎鴨の巣や富士にかけたる諏訪の池
紀南玉津島にて
◎霧雨に衣通姫の素顔見む
高谷山にて
◎しんしんたる山はいろはのはじめ哉
丹陽のはしだてに
まかりける頃
大江山をこゆるとて
◎ふみもみじ鬼すむあとの栗のいが
和泉式部、保昌に具して丹後に侍りける頃に、都に歌合あり小式部内侍歌よみにとられて侍りけるに定頼卿の、つぼねの前にまうで来て、歌はいかがさせ給ふ、丹後へ人をつかはけるや、使まだまうで来ずやなど、たはぶれて立てりけるをひかひてよめる
大江山いく野の道の遠ければふみもまだみず天の橋立(はしだて)
◎月夜よし六里の松の中ほどに
◎橋立てや景過もせず霧のひま
宮津主人、水上氏へ
記得杜翁句 天柱再度時
四海翠海水 狐月掛松枝
清話眼相対 吟行影亦随
人間萍水会 旅泊是生涯
勢州山田がはらにて
◎ほとゝぎすかたじけなさやもらひなき
この「東海道記行」は、素堂没後の享保6年(1721)に、素堂の晩年の世
話をした子光が編んだ『素堂句集』に所収されている。(未見)
『素堂句集』
芭蕉烈亭
子光序文(素堂の人柄など)
芭蕉との蓑虫の遣り取り。
行脚随筆 東海道記行
芭蕉庵六物
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