素堂俳諧講座(2)
素堂が自ら編んだ句集)『とくとくの句合』
&素堂と知幾の『俳連五十韻』
とくとくの句合
七そちちかき秋の頃わらわ病にかゝりて三途瀬川を二瀬もこえなんとせしが、立帰り病の間ある時むかし云捨てたる狂句どもを、倩おもひ出て、自の句を左右に別ち、西行法師の御裳濯川のまねして三十六番の句合となし侍れど、今の代に俊成卿とたのぶべき人なければ、判者も又素堂なりぬ。其角が句兄弟は他の句に自の句を寄せ合ての名なり。今此句合は一腹一生にして多くはみそぢ前後のふることなれば、おかしくもつたなくも見給はんかし。
かつしかの隠士 素堂
一番 歳 朝
二番 柳
三番 椿
- 左 筬の音目を道びく藪つばき
- 右 谷川に翡翠と落る椿かな
- 左、田舎のわたらひに有けしき也
- 右、翡翠の魚を見て飛入たるいきほひに椿の静に落合たる拍子、悲類なきによって右を勝とす。
四番 紀 行
- 左 大磯にて
あれて中々虎が垣根のつぼ菫
- 右 命長し其如月の前の顔
左、なだらかにいひくだして、五字余り耳にさはらず、右、西行の顔を見しられたるやうにてあかしく侍れど、死して亡びさるものは命長しといへるこゝろを持て見れば、およばず、よって持たるべし。
五番 花
- 左 木の間ゆく被に散し桜かな
- 右 所以ありて弥生の頃東部へ下りけるにふんぎって都の花にくだりけり
左、都のすがたながら、しゐて称するにあたらず。
右は五文字におほくの心をこめて、一句すこやかなり。
洛陽の信徳やゝもすれば、此句をいひ出しけると也。
判者も又信徳のこゝろをこゝろとす。
六番 花
- 左 大和めぐりせし頃よしの山にて
是つらよよし野の花に三日寝て
- 右 三輪
至れりや杉をはなとも社とも
三輪の神はやしろなし。なきこそ神のかたちなりけれの心なるべし。
左、論語をよみて是つらの人といへるこゝろばへにや、されども三輪の至りには及びがたし。
七番 花
八番 櫻
九番 雲 雀
十番
十一番 初 夏
十二番 かつを
十三番 蓮
十四番 蓮
十五番 蛍
- 左 宇治
喜撰法師ほたるの歌も詠れけり
- 右 瀬田
水や空うなぎの穴もほし蛍左、都の辰巳を詠る外に、其泉と文字かはりて、蛍の歌あり。よめる歌おほからぬよし、貫之さたせられ侍れども、為兼卿宇治山田の喜撰にして玉葉へ入たまふ。此論にかゝはらず、右のほたるをまされりとす。
十六番
- 左 河骨
河ほねやつゐに開かぬ花ざかり
- 右 沢潟
おもだかや弓矢立たる水のはな
左右ほまれなくそしりもなし。
十七番
十八番
十九番
二十番
二十一番 薄
二十二番
二十三番
二十四番
二十五番
二十六番
- 左 むさしのゝ月見にまかりてかへるさに 袖みやげ今朝落しけり野路の月
- 右 むさし野の薄を手折て大仏の前に耳かきをひろひし事を思い出て、宿に見るもやはり武蔵野の薄哉
此番判なし。おもふに翁あやまって其辞をもらすか。
二十七番
二十八番 蓮の實
二十九番
三十番 蕣
三十一番 月
三十二番
三十三番 落葉
- 左 落葉
寒くとも三日月見よと落葉哉
- 右 松陰におち葉を着よと捨子哉
左右ともにこゝろなきものにこゝろをつくる躰、勝負分たず。
三十四番
三十五番 雪
- 左 近江八景の内比良の暮雪をいふ。
暮おそしつる賀の津まで比良の雪
- 右 炭竈や猿も枯葉もまつも雪
難兄難弟
三十六番 歳暮
- 左 大晦日
和布刈遠し王子の狐見にゆかむ
- 右 鳴戸磯渦まく暦くれはや
左、めかりの神事は大晦日の夜半ばかりのよし。遙の西国に侍れば、当国のきつね見にゆかんとにや。年浪のはやき事鳴戸よりも早しといひて、世中をわたりくらぶる歌のこゝろこもりて、一巻の軸といひ感味すくなからず。右尤勝たるべし。
御裳濯川にはみや川の流をそへられたり。よって狂漢の句を對し十番として是をくはふ。
其 一
其 二 花
其 三 花
其 四
- 左 はりまめぐりせしころ
牛無遅速
- 右 遅き日やしかまのかち路牛で行
其 五 初 夏
其 六 蓮
其 七
其 八
其 九
其 十
とくくの句合跋
右自問自答のぬし素堂は、あづまの長明ともいはんや。山口松兵衛の時、交り貧しからずありけるを、こがらしの筑波はげしき冬の風の、煙にあふ事幾度か、また一族の不幸に纔の宝も失ひ、悔事なく老母を供して、行水の流もとのあらぬ葛鹿深川の草むしろ、柱を掘建ばせを庵の風に耳をひれふせ、
元日やおもへば淋し秋のくれ(芭蕉)
此頃より風俗うつりかはり
古池や蛙飛込む水の音(芭蕉)
是を味はひ、此池の前にうしろに素堂は十蓮の句を持、畠をめぐり芋名月の十三句
我をつれて我影帰る月夜哉(素堂)
みの虫に筆の杖ある時、ばせを曾良をつれて、おくの細道
におもむかれける餞別
松しまの松陰にふたり春死ん(素堂)
我も死なんと弥陀の額に落日を請、月影は入山の端もつらかりき。此古ごとに違はず、一生をすみ畢りぬ。
かくれては飽人多し後の月予此句を言捨たるも、此人にはなし、とくくと昔なつかしくて跋に書ておくものなり。
享保十二丁未春 雷堂百里
《注》雷堂百里…本名、高野勝春。江戸小田原町の魚問屋の主人。
…(『俳文学大辞典』)
素堂・知幾(桐山正哲)俳聯五十韻
宝永 元年 1704
俳聯五十韻俳聯五十韻素堂・知幾(桐山正哲)
−知幾については本文参照。
この「俳聯五十韻」は大野酒竹校訂の『素堂鬼貫全集』による。
「素堂・知幾の漢語連俳なり。知幾の人物詳かならず、案に当時の詩人なるべし」とある。
- 師 走 市 中 市 素堂
- 火 難 地 震 騒 仝
- 主 従 更 後 更 知幾
- 煤 拂 屋 前 呶 仝 呶−カマヒスシ
- 碁 嗜 無 餘 念 素 碁嗜−コスキハ
- 畫 書 有 苦 芳 知
- 月 丸 同 異 國 仝
- 露 細 碎 湲 濤 素 湲濤−ササナミ
- 蒲 穂 掉 狐 尾 仝
- 萩 花 散 兎 毛 知
- 大 風 通 路 障 仝
- 小 霰 寢 家 敲 素
- 招 禿 三 絃 撥 仝
- 挽 君 二 艇 艚 知
- 髪 筋 網 鬼 繋 仝
- 足 袋 緒 □ 素 −アカク
- 稚 子 待 宮 笥 仝
- 敗 軍 折 月 宵 知 折−クシク
- 虫 匍 非 敢 後 仝 後−ヲクレタルニ
- 雁 字 有 何 教 素
- 花 不 言 言 當 仝
- 梅 無 落 落 知 −ヒロハン
- 流 波 盡 曲 仝
- 卍 満 屋 應 滔 素 滔−ハルコ
- 鮒 鱠 金 砂 子 仝
- 鰻 鮓 鐵 鍔 刀 知
- 薩 摩 男 立 髯 仝 髯−ヒゲ
- 高 野 聖 商 毫 素 毫−フデ
- 要 要 扇 根 本 仝
- 釘 釘 箱 板 擣 知 擣−ウツ
- 茶 壺 千 両 物 仝
- 酒 器 五 文 匏 素 匏−ヒサコ
- 枕 石 字 禽 草 仝
- 的 山 兮 失 蒿 知 蒿−ヨモキ
- 月 堤 常 住 餅 仝
- 露 毀 施 行 素 −カユ
- 薄 疲 小 町 果 仝
- 蘭 粧 褒 敖 知 敖−アソ
- 麒 麟 羮 鳳 炙 仝
- 蝙 蝠 袴 〓 袍 素 〓−フクロク
- 木 偶 人 勤 在 仝 袍−ウチ
- 伽 羅 佛 位 高 知
- 隱 居 時 釣 狸 仝 時−ヨリヨリ
- 緩 歩 或 騎 利牛 素 歩−アユンて
- 老 子 非 常 耳 仝 利牛−ウシに
- 達 磨 破 座 尻 知
- 念 經 朝 暮 役 仝 念經−子ンキンは
- 論 義 古 今 交 素 論義−リンテイ
- 差 紙 着 花 月 知
- 捻 糸 巻 柳 素 −オカ
俳聯 五十韻
- 寒 梅 魁 出 鑓 知幾
- 雪 竹 折 成 素堂 −ツエ
- 茶 煮 叩 居 睡 仝
- 餅 虧 助 困 窮 知 虧−カケも
- 謠 聲 皆 歴 々 仝
- 仰 旨 最 中 々 素
- 世 界 挑 燈 月 仝
- 天 河 寫 繪 霧 知
- 鹿 鳴 怨 獨 寐 仝
- 虎 慕 嘆 十 終 素
- 敵 討 狂 言 切 仝
- 男 振 乗 物 供 知
- 投 銭 為 賈 喰 仝
- 横 戟 好 平 攻 素
- 猪 武 者 齒 反 仝 反−ソリタリ
- 魚 商 人 足 忠 知 忠−マメナリ
- 抜 参 無 定 宿 仝
- 遠 便 聽 虚 空 素
- 歌 遺 仲 丸 死 仝
- 軍 傷 貞 任 知 −イソカシ
- 京 看 花 與 月 仝
- 天 靡 柳 于 虹 素 靡−ナビク
- 疑 笛 紙 鳶 響 仝 鳶−コノ
- 打 環 繪 馬 濃 知 濃−コマヤカなり
- ほ し 家 内 見 仝
- あ め 戸 間 通 素
- 涎 白 蝸 牛 粘 仝
- 髭 青 蟋 蟀 □ 知 □ ウエキ
- 辻 番 優 作 菊 仝
- 國 取 幅 蒐 楓 素
- 荷 月 往 銀 釜 仝
- 穿 山 勢 鐵 弓 知
- 旅 行 休 一 谷 仝
- 順 禮 詣 三 宮 素
- 在 々 物 成 好 仝
- 方 々 賣 買 隆 知
- 流 浪 西 塔 辨 仝
- 勇 猛 坂 田 公 素
- 瓜 出 附 瓜 意 仝
- 竹 畫 見 竹 瞳 知
- 金 刀 珍 客 用 仝
- 木 几 老 人 従 素
- 動 話 島 原 陣 仝
- 飽 遺 江 戸 風 知
- 荻 相 顔 色 麓 仝
- 薛 女 口 紅 素 −ハナヤカニ
- 鰲 甲 笄 穿 月 仝 笄穿−カウカヒスカス
- 象 牙 軸 掛 槞 知 槞−マトに
- 活 花 仲 立 後 素
- 采 蕨 歩 行 知 −タノシミ
「とくとくの句合」、素堂の時流に超然たる態度や、彼が晩年の句作上に於ける意見風尚なども窺われ参考になる。併しそれだけ又彼が俳壇の進歩に追随し得
ない傾きを見せるものでもある。 (『日本文学大辭典』)
刊本内容
- 享保二十年(1735) 祇空序。百里跋。自判七十二句、三十六番。和漢自句合十番。俳聯五十韻二巻。歌仙二巻 (五色墨連によって催された脇句の歌仙)
- 自判七十二句、三十六番。和漢自句合十番。
- 自判七十二句、三十六番。
- 素堂自筆、「稿本とくとくの句合」
所収板本
- 『俳諧文庫 素堂・鬼貫全集』部分所収。
- 『俳諧文庫 俳諧句合集』部分所収。
『素堂句集』
- 門人子光著。享保六年(1721)編。寛保四年(1744)補。
『俳書集覧』所収。(『日本文学大辭典』)
- 門人子光著。享保六年(1721)編。寛延四年(1751)奥書。
写本を文化元年(1804)に夏目成美が書写たもの。
自序・素堂作品集・芭蕉との蓑虫句文・紀行二編・歳旦、歳暮吟などの漢詩二十八首・俳聯二巻・和歌十首・発句十六を収める。
『俳書集覧』6所収。 (『俳文学大辞典』)
- 吉別大魯閲。安永四年(1775)刊。
『俳諧五子稿』所収。
『素堂家集』…坎窩久臧編。文化九年(1812)刊。坎窩久臧曾て素堂の文辞を輯めて素堂家集と号す。写本を以て稀に世に傳わる。本書即ち是なり。余か所蔵
は抱儀の子永年の謄写に係はり、間々讀みがたき所なきにしもあらさりしも、一に原本に従ひぬ。 (『素堂・鬼貫全集』大野酒竹校訂 明治三十二年)
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