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私が題名に「花筐」という言葉を使たいと思い立ったのは
この4月、桜を愛でる一文を読み、感動したからでした。
その詩情溢れる素晴らしい文章をご紹介すると同時に、
能曲「花筐」の説明を付記します。
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…「さまざまな事 おもひだす桜かな」 芭蕉の感慨は、日本人すべての心かもしれない。 年々歳々、桜の便りとともに 人生の年輪を刻んで生きてきた。… …落花歳々の人生桜。 人は桜の命に託して我が人生を見つめている。 戸田先生も桜がお好きだった。 何かにつけて「桜の咲く頃に」「桜の道を歩いて」 などと言われた。… …お堀端に佇んで、恩師は 「厳寒の冬を耐えて、また、あの桜が咲いたよ」と。 その名画は、厳窟王である先生の 胸中の桜花と重なっていた。 「冬は必ず春となるのだ」と、しみじみと 語る先生であった。 そして「桜の咲くころに死にたい」と、もらされ、 その願いの通りに逝かれた。 人の心を、春の幸福の薫りで一杯に満たし、 潔く、荘厳に散りゆく桜。 それは恩師の偉大な生涯と重なる。 …花筐、花に花を重ね、思い出に思い出を重ねて、 この一生を爛漫と飾りたい。 我が友も、かくあれと私は祈る。 花の王、桜は「生き抜く王者の」象徴である。 1999−4−11 聖教新聞 − 池田名誉会長の写真紀行 「地球は美しい」・桜花点々より |
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・作 者 世阿弥(能本作者註文) / 観阿弥(二百十番謡目録)
・【 時 】 継体天皇御宇
・【 所 】 第1段:越前国味真野 ・ 第2段:大和国玉穂郡
〜 あらすじ 〜
越前国味真野の大跡辺皇子は武烈天皇の御位をお継ぎ遊ばすこととなって、俄かに御上洛となり
皇子はお側近くお召し使いになった照日の前にお手紙と毎朝手に取られた花筐(花かご)を名残として残されました。
照日の前は、手紙と花筐を前に皇子を懐かしむばかりです。
皇子は御位を受けて継体天皇となられ、折から紅葉の行幸をなさいました。
その道筋で一人の狂女を見つけられますが、手に持っていた花筐から狂女が継体天皇を恋しく思う余り心が狂い
都に上ってきた照日の前であることに気付かれます。
帝は「今一度側近く召し使おう。恨みを忘れて狂気を直せ。」と仰り、照日の前を伴われて還幸になりました。
照日の前が、またお側にお仕えできる喜びを
「御政道が正しい御代となったのも毎朝この花筐の花を神にお供えした御徳、
また私が再びご寵愛を賜るようになれたのもこの御形見のお陰…」 と語ったことから
<花の筐>ということが有名になって、恋しい人の手馴れたものを<形見>というようになったといわれています。