花子について


花子とは

花子はヒナの先輩シェルティ。拾われっ子だけど器量よしの美人さん。
犬好き猫好きご飯好きのやさしい食いしん坊でした。(文が変…)
ここでは花子について少し書いてみようと思います。
ハンカチのご用意を…大げさ( -.-)/☆( +.;)ポカッ

花子が来た日

花子との出会いは95年の6月14日(多分)の学校帰りでした。
花子は中古車店の脇の歩道にちょこんと座っていました。花はガリガリに痩せ、ダニアレルギーで毛も抜け汚れ放題でした。しかも前足を怪我していました。
私はその頃ずっと犬が飼いたくて、やっと高校入学のお祝いに犬を飼ってもらえることになっていました(はっ、年がばれる…)。知り合いのワンちゃんに子犬が産まれるので予約していたんです。それなのに花を連れ帰ってしまって、父は怒って捨ててこいと言いい、母も花のあまりのみすぼらしさに初めは嫌がっていました。そんな時、今は亡き祖母が「怪我をしてるなら病院に連れて行ってあげなさい」と助け舟を出してくれました。それから花子との生活が始まったのです。

花子が来た日-part2

花子は首輪をしていたので、警察の方へ届けを出しました。シェルティのしかもブルーマールを捨ててしまう人がいるとは考えられませんでした。地元の警察には届けはなく、結局飼い主は現れなかったのですが、私たちは隣の県まで情報を集めたりもしました。
花子と名付けたのは勢いでしたf(^_^)。その頃流行っていたマンガに「花子ちゃん」という犬が出てて、この子みたいな性格だったらいいな〜という願いを込めたのです。(いいわけ…)
花子は外で飼う事になりました。(でも夏と冬は家の玄関でした)小屋を買ったりフードやブラシを揃えるのは、あー犬を飼うんだな〜と実感させてくれました。

花子が来てから

花子が来てから色々な事がありました。祖母が亡くなり祖父が亡くなり、家を建て替え、子猫を育て、花子の出産!!(兄のせい)祖母が亡くなった時花子の存在は有難かった。花子がいてくれたから乗り越えられたといっても過言ではないと思いました。

花子の手術

花子が出産して次の年避妊手術をしました。子宮と卵巣を採ってビックリ!なんと片方の卵巣が10倍位風船の様にパンパンに膨らんでいたのです。先生に何かの衝撃で破裂していたら、癌が体中に転移していただろうと言われました。w(゜o゜)wおおっ!!その傷か癒えた後、乳腺種の摘出の手術もしました。出産してから元々いくつかあった腺腫の他に新しい腺腫が出来てきたからです。残念ながら悪性の物が見つかり全部は摘出出来なかったとのこと…。余命1年と宣告され、ここから約1年半、私たちの最後の時間が始まったのです。

花子との別れ

花子が初めて痙攣を起こしたのは死んでしまう1ヶ月前でした。その時はビックリしして慌てて病院へ連れて行きました。先生の話しだと、脳圧が高いため痙攣を起こしているとの事。それから毎日のように点滴をしに病院へ通い、出来るだけの処置をしてもらいました。
ここからは花子が死ぬ前の日と死んだ日私が書いた日記を載せます。

2001年3月5日(前の日)

この日花子は一度も排泄をしなかった。夕方私はオシッコをさせようと抱いて外に出た。一人で立たせてみてもすぐ座ってしまった。花子は申し訳なさそうに私をみつめた。私はその時判ってしまった。花子はもうすぐ死んでしまう。どうしよう。花子を再び抱いた時涙がこぼれた。花子の前ではないちゃだめだと決めていたのに、私は涙を止めることができなかった。それを見た母が駆け寄って来て「どうしたの!?花どうかしたの?」と聞いてきたが、私は「何でもない」と首を振るだけだった。その日の夕飯時玄関で寝ていたはずの花子が玄関をのぼって私達の所まで歩いてきた。家族みんなで驚いた。うそ、良くなったの!?そう思ってすぐ、私が泣いてしまったからだと気が付いた。私のために無理をしてくれている。なんてやさしい子なんだろう。なんて私はバカなんだろう。あそこで泣いちゃダメだったのに!私は花子の死が受け入れられるのだろうか、もう少しだけまだ死なないで。

2001年3月6日

花子が点滴を終えたので迎えに行くと、花子はとても苦しそうだった。そして、もう一歩も歩けなかった。夜の11時45分頃今日3度目の発作が起こった。病院へ連れて行こうとしていた矢先、花子の体がぎゅう〜と縮まったかと思うと、今度は体の力がいっきに抜けてぐったりしてしまった。心停止またはそれに近い状態。私は慌てて心臓に血を集めようとお腹をさすった。それしか出来なかった。マッサージをしながら「花〜やだよ〜死んじゃやだよ〜」それしか言えなかった。その間に2回大きく息をするような動きがあった。苦しかっただろうと思う。でも私には人口呼吸や、心臓マッサージの仕方など判る筈もなく、さすってあげることしか出来なかった。花子の心臓の音が聞こえなくなってしばらくしてさするのをやめ、病院へ報告とお礼の電話をいれた。タオルで花子を覆い、自分は部屋に行って泣き明かした。落ち着いてきて、何度か花子の元へ行き、心臓の音を確認した。もう動かない花子、もっと一緒にいたかった。

おしまいに

この日記を読むと未だに涙が出ます。花子は我が家のアイドルでした。花子のファンも多く自慢でもありました。でももう花子がしっぽを振ってお帰りと出迎えてくれることも、ご飯を我慢できなくてよだれダラダラアピールする姿も見られないと思うと切なくてしかたありません。今はヒナちゃんがいてくれますが、花子を忘れる事は決してないと思います。




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