9月3日

早いものでもう9月になってしまいました。夏休み明けは仕事が思ったよりは忙しくなく、やはり二八は暇というだけに、取引先がまったりしていれば結局うちもまったりしてるということなのでしょう。電話も少なく、仕事は捗り、けっこう先に先に仕事ができたのは良かった。

車の中で最近ハイドンの交響曲集を聴いています。今聴いてるのは「疾風怒涛期」という括りの6枚組。これがどの曲もいいんですわ。モーツァルトの時代をほとんど被ってるはずなのに、あっちは苦手でこっちは好きとはどういうことでしょう。やはりモーツァルトは実際に今までやる度にトラウマになってるから、心安く聞くことができず邪念のため聴いても苦手、になってしまったのかも。オペラの序曲や交響曲でも好きな曲、楽章はあるので、全部ダメということじゃないけど、、、やはり弾くのが難しいから勘弁、というだけかも;

先日のK岡先生の弦分奏で、K先生はモーツァルトがお好きでシューマン(のマンフレッド)はあまりお好きではないそう…。やはり好みというのは人それぞれなのだなーと実感。私は音楽的なことがあまり分からないのだけど、物語読み、文学読みのため、どこかそうした要素に音楽でも惹かれるところがあるらしく、今回のシューマンも物語性に感応するようなところがあり。。結局のところ、ロマン派の、感情の表出した音楽が好きなのだろうか。(でも、バッハもめちゃくちゃ好き、、まあ、括りなんかどうでもいいのか;)

ハイドンも今回の括りは疾風怒濤期ということで、純音楽的というよりはどこか、文学的な要素があるのかもしれない。この括りはドイツの文学の大きな流れの疾風怒濤期から取られている。影響を受けたというのではなく、そういう流れがハイドンの音楽の中にも先駆的にあったということらしい。難しいことはよく分かりませんが。

そんなこんなで先週は新しい代振りの先生がいらしての合奏。遅めに合わせたモーツァルトでも、全員で合わせようとするのは緊張する。指揮を見て弾いていて、一瞬(あ、今のところで止められるのかな??)と躊躇して弓の動きが乱れたら、そこで止められて、「後ろの方遅れないように」と言われてしまいました。
うーむ、指揮が中途半端に見える位置だと、やっぱり厳しかったかな;私の後ろの人は、私が弾くのをいったん止めそうになった気配で遅れてしまったのだろうし;悪かったなー。ちゃんと全部動きが見えるように座るべきだった(というか、コンマスの弓は目に入っていたのだからコンマスが弾く限りは弾けばいいのだから、結局単なる私のミス)、、その後は止められるかどうか先読みしないようにして弾くことにしてなんとかなりましたけども;やっぱりモーツァルトは難しい。

それにしても今回はなぜかストバイが多く、セカンドの人数がいろいろ重なって減っていてバランスがまた悪くなっています。社会人オケなので、先が読めないそれぞれの人の都合などがあって、両パートをバランスするのが非常に難しいわけですけど、ストバイが6半、セカンドが4半〜5くらいというのはちょっと微妙;ストバイは全員で乗るのでも大丈夫なのかな>モツ

8月20日

先回16日はストバイだけのパート練習でした。他のパートは全て休み。お盆休みということもあって集った人数は少なかったですが、その少ない人数でモーツァルトをみっちりやったりしたので、個人的には実り多い練習でした。とはいえ、夏休みはだらだら過ごし、今回の土日もだらだらしちゃったので、個人練習が全然進まないんですが;暑いのが苦手なので、どうも気力が萎えがちです。
練習の翌日はもう仕事開始だったので、ばてばてだったし。。早く涼しくなってくれないかなー。

図書館で借りてきたエルガーの交響曲などを聴いております。「威風堂々」1楽章は確かに聴き馴染みもあっていいですが、全楽章だとちょっと飽きちゃうかな馴染みなくて。うちではエルガーはエニグマを前にやったっけな。。
そういえば、来年の定期曲はさて、どう決まっていくのかな〜、聴いて好きな曲と演奏して楽しいかどうかはまた別なとこもあるので、選曲委員にお任せの私ですが、楽しみ。

8月8日

7月から8月初めまで鬼のように忙しかったので、家に帰るとばたん〜〜;という感じ。夕食の支度さえ家族の協力ナシにはカツカツだった状況。それでもなんとか練習には行っていたんですが、練習不足はいかんともしがたい〜。
ようやくひとだんらく着いたけども、明日はチャイコ。4楽章が特に譜読みが行き着いてないwでもモーツァルトよりは気が楽なのはなぜでしょう;
モーツァルトはどうにも好きになれない、と盛んに言うと友人が「前世がサリエリだったんでわw」と言う。わはは;そんないいもんでもないですが、無駄がない隙がない完璧、宇宙、自然、、などなどそういう高尚なことは置いておいて、単に自分の腕がモーツアルトをこなすにはまったく歯が立たないというのが憎いのかも。
ただ一つ思い出したことがあって。私は文学部出身なのでつい文学話になるけども、モーツァルトというと思い出すのが小林秀雄。この人は有名な評論家・詩人・作家なのだけども、特にモーツァルトを愛していたと聞く。それの連想だけでなく、この人の文章は神様のように無駄がなく隙がなく完璧と評されていたのだけど、私にはさっぱりその魅力が分からなかったのだ。そしてその「分からない」ということを口にするのは、それを激賞する人たちに、鼻で笑われるような類のことのようだった。
モーツァルトを嫌い、好かん、どこがええんじゃ、という類のことを言うのはこの状況に非常に似てるなーと思うのだった。私は無駄が好きだ;完璧ってのはあまり好きじゃないのかもしらん。
最近なぜかバッハをよく聴く。同じように天才でもバッハは聴くたびに理屈抜きに好きだ。難しいことは分からないのだけど、何聴いても好きだし、弾きたいと思う。結局のところ最後は好みの問題なのかな。。

7月19日

今日の練習は久々にS先生の合奏練習。モーツァルトとシューマンです。これが本番のテンポの確認ということで、ともかく皆がボロボロでも最後までインテンポで一度通してみる、という練習。1楽章でもはやおちこぼれ気味、2楽章、テンポこそゆっくりとはいえ、音程ひどすぎ、3楽章、ぱきぱきした音が欲しいところが湿った梅雨空の音、4楽章、、、討ち死に。
といった状況(あくまでも私個人の話です;)。ああーもっと練習に練習を重ねないととても弾けそうもありません。
シューマンはテンポの揺れについていけるだけまだ譜読みできてないせいもあって、要所要所でバラバラになります;音程ひどいです;ストバイが裸になるとこ、ひどいです;さらうしかありません。がんばらねばーー;
一方、久々に復団してきた懐かしい顔あり、高校生女子2名の新入団あり、とバイオリンはまた一気に人数が増えたので、あまり気張らず、音を楽に出せるように、合わせて遠くにいい音が飛ぶように、そういう気持ちで弾きたいと思いました。