名探偵 浅見光彦の部屋
※ここは、わたしがよく読んでいる、内田康夫氏が創造した、浅見光彦という名探偵が活躍する推理小説の舞台となった場所について、面白いと感じたものをメモしておくところです。実はこれ、全く、いつか旅行する時に役立てようというさもしい下心に基づくものです。
作品『隠岐伝説殺人事件』から(島根県 海士町)
物語で後鳥羽上皇の行宮があった海士町(あまちょう)中里の源福寺跡の発掘調査がなされます。源福寺は、明治初めの廃仏毀釈によって壊されたようですが、依然として後鳥羽上皇の圧倒的な存在感を漂わせているようです。その他にも海士町には、物語にも出てくる村上家、金光寺もありますし、非常に興味深い土地のようです。「隠岐諸島」とも言われる「隠岐」は、大きく分けて二つの部分に分かれます。ひとつは島後(どうご)、そしてもうひとつは島前(どうぜん)です。ほぼ円形をなす小さな島である島後は隠岐の島町(旧五箇村・旧布施村・旧都万村つまむら・旧西郷村)から成り、他方、島前は知夫里島・西ノ島・中ノ島からなり、このうち、知夫里島には知夫村があり、西ノ島には西ノ島町があり、中ノ島には海士町があります。しかし隠岐諸島は本当に面白そうなところに思えます。海士町には、後鳥羽上皇のゆかりの史跡が多くあるし、なんと「承久の湯」という温泉まであるようです。実に面白いじゃないですか。西ノ島には、三国志ではなく、赤い岸壁の「赤壁」なんていう面白い名所もありますし、わたしは本当に一度言ってみたくなりました。
→E−OKINET(隠岐観光協会)
→隠岐の国探訪
→語り部による海士町の紹介
→海士町(あまちょう)のホームページ(島根県隠岐郡)
→隠岐の島町のホームページ(島根県隠岐郡)
→旧五箇村のホームページ(現隠岐の島町)
→旧都万村のホームページ(現隠岐の島町)
→旧布施村のホームページ(現隠岐の島町)
→西ノ島町のホームページ(島根県隠岐郡)
→知夫村のホームページ(島根県隠岐郡)
物語でも述べられていますが、源氏物語絵巻は現在、日本には2箇所にしかないそうです。ひとつは尾張徳川家に伝えられた3巻本で現在徳川美術館に所蔵されているもの、もうひとつは阿波徳島の蜂須賀氏に伝えられた1巻本で現在五島美術館に所蔵されているもの。どちらも一度この目で見てみたい至宝ですね。
→徳川美術館(愛知県名古屋市)
→五島美術館(東京都世田谷区)
作品『菊池伝説殺人事件』から(長野県 北相木村、熊本県 菊池市)
犠牲者が見つかった長野県佐久郡の「親王塚」。この「親王塚」はどこにあるのか、はっきりしません。どうやら佐久郡北相木村にあるらしいのですが。物語で重要なキーになる「三滝」(大禅だいぜん、小禅こぜん、浅間せんげ)も北相木村にあるようですが、この北相木村と秩父事件、菊池一族との関連性はそれほど有名ではないのでしょうか。秩父事件に関しての史跡はわずかに、小海町のホームページで見られる町内の観光マップに、小海町のjR小海線馬流駅(まながしえき)の付近に「秩父事件史跡公園」があるのが見出されるのと、旧佐久町のホームページでやや詳しく紹介されているくらいのもので、肝心の秩父困民党の参謀菊池寛平が根拠とした相木村(北相木村と南相木村)のホームページにはまったく触れられていません。
→旧佐久町のホームページ(現南佐久郡 佐久穂町)
→佐久穂町のホームページ(長野県 南佐久郡)
→北相木村のホームページ(長野県 南佐久郡)
→南相木村のホームページ(長野県 南佐久郡)
→小海町のホームページ(長野県 南佐久郡)
→菊池市のホームページ(熊本県)
→菊池観光協会
作品『後鳥羽伝説殺人事件』から(広島県 三次市、島根県 仁多町)
物語では、ある夏の日、広島県三次市の国鉄三次駅の跨線橋で、若い女性の死体が発見されます。「跨線橋」という言葉をこの物語で初めて知りました。ホームとホームに架け渡された通路のことなんですね。「三次市の跨線橋」と言われて、地名か名所なんかなと思ってしまいましたが、そうではありませんでした。こんなこと、鉄道に詳しい人や工事関係の人なんかには当たり前のことなんだろうなぁ。
事件の遠因となった八年前の事件は島根県仁多町美女原の民宿で起こりました。後鳥羽上皇の伝説を調べていた女子大生は、台風による崖崩れにあって命からがら逃げ出すという恐ろしい体験をしたのです。
しかし、物語をこの上なく素敵に彩っている後鳥羽上皇の伝説が、この広島(備後)から島根(伯耆)にかけて存在しているというのは、それほど有名ではないようです。
物語の中で三次市立図書館の司書が紹介している、後鳥羽上皇が通ったルートというのは、大阪から海路で尾道へ渡り、そこから御調町(みつぎちょう)→旧双三郡吉舎町(ふたみぐん
きさちょう)→庄原市(しょうばらし)→高野町(たかのちょう)→王貫峠(おうぬきだわ)→島根県仁多郡仁多町三成(にたぐん
にたちょう みなり)というものです。
※王貫峠・・・「王貫峠」と書いて「おうぬきだわ」と読む。広島県高野町と島根県仁多町の境の峠。
わずかに旧広島県双三郡吉舎町(2004年4月1日の市町村合併により現広島県三次市)のホームページの「ごあいさつ」(http://www.urban.ne.jp/home/kisachou/)や三次市のホームページの「合併までの過程」の中の「構成市町村紹介」のページの「君田村(きみたそん)」の項(http://www.city.miyoshi.hiroshima.jp/gappeikyou/05shoukai/index.htm)に触れられているだけのようです。
あくまで確たる証拠のない「伝説」ということなので、表面的には出てこないのでしょうか。もう少し深く研究すれば、言い伝え、伝承が見つかるかもしれません。
→三次市のホームページ(広島県三次市)
→御調町のホームページ(広島県御調郡御調町)
→旧吉舎町のホームページ(旧広島県双三郡吉舎町)
→庄原市のホームページ(広島県庄原市)
→高野町のホームページ(広島県比婆郡高野町)
→仁多町のホームページ(島根県仁多郡仁多町)
作品『鐘』から(富山県 高岡市)
『鐘』に登場する、富山の鐘製作所は「若親製作所」ですが、このモデルとなっているのは、「老子製作所」(おいごせいさくじょ)です。作者は「若親」→「老子」と変えて作品に登場させています。作中でも紹介されていますが、この「老子製作所」が製作した鐘は、なんと日本にある鐘の実に80パーセントに上るのだそうです。日本の鐘はほとんどが第二次大戦の時、武器製造のために鋳潰されてしまっており、戦後になって大いにこの老子製作所に注文が殺到したようです。
→老子製作所のホームページ
もっとも高岡から発信されているのは、「鋳物」・「高岡銅器」・「万葉の里」といったキーワードに関係するものが主で、あまり鐘については焦点が当てられていないようです。
実は高岡市にはわたしは旅行で行ったことがあります。といっても、高岡駅に降り立ったというだけですが。ちょうど金沢から富山の立山にかけての旅行の途上、気まぐれにふらりと寄ってみただけでした。駅のホームの屋根のいたるところに、風鈴が吊り下げられていて、和歌が記された短冊が結わえてありました。電車から降りるや否や、あちこちから風鈴の鳴る音が聞こえてきたことを思い出します。
→高岡市役所のホームページ
→高岡市観光協会のホームページ
作品『歌わない笛』から(岡山県 津山市)
物語の始め、ヒロイン本沢千恵子が赴くのが「津山音楽大学」ですが、このモデルとなったのは当時の「作陽音楽大学」、現在の「くらしき作陽音楽大学」です。物語でもそうですが、この津山にある音楽大学は実際に倉敷市に移転しています。くらしき作陽音楽大学のホームページの「本学園の沿革」を見ると、これは平成8年4月のことのようです。
→くらしき作陽音楽大学(学校法人 作陽学園)のホームページ
→津山市のホームページ
作品『幸福の手紙』から(静岡県 熱海市)
旅行案内の出版社に勤めるヒロインの中村典子が取材に訪れる熱海のホテルは、物語では「ホテルニュータカオ・ハーブ庭園」ですが、このモデルとなったのが、「ホテルニューアカオ」です。ここは、駅から車で30分ほどのところにあり、自殺の名所としても有名な錦ヶ浦の断崖の上に建つ豪華なリゾートホテルです。近くに住むわたしもいつかはこんな豪華なホテルに泊まってみたいなどと夢想してはいつも現実に引き戻されるという経験をしています。最近の話では棋士の羽生さんがこのホテルで名人戦を戦ったとかいうことです。
→ホテルニューアカオのホームページ
→熱海市のホームページ
作品『若狭殺人事件』から(福井県 美浜町、京都府 舞鶴市)
物語の冒頭で登場する福井県美浜町日向(「日向」と書いて「ひるが」と読む)の祭り「水中綱引き神事」は、当然のことながら実在します。町のホームページ内にある紹介を読んでみると、北陸の1月16日というから恐ろしく寒い頃だと思いますが、村の青年たちがパンツ一丁で日向湖付近にかかるたいこ橋の欄干から次々に飛び込んで綱を引っ張りあって引きちぎるそうです。
→http://www.wakasamihama.jp/kankou/legend9.html
しかし、湖にかかる「たいこ橋」というのはどんなものなんでしょうか。この日向湖というのはどうやら海から地殻変動によって隔絶されて出来た湖のようですが、この湖のどこか狭くなっているところがあってそこに「たいこ橋」というのが架かっているんでしょうか。美方町ホームページ内の「美浜町海水浴場マップ」を見るとどこにも橋はかかってないようにも見えます。あの海に面しているところが実は細い水道の先の水門みたいに口が開いていて、そこに橋がかかっているのでしょうか。現地を知らないわたしにはなかなか隔靴掻痒の感をぬぐえません。せっかくだから、暇な時にライブカメラで目をこらして見てみようかなどと考えています。
→美浜町海水浴場マップ
→ライブカメラ
→美浜町のホームページ
さて物語の中盤でわれらが浅見光彦が訪れるのが「美浜原子力センター」ですが、こちらは現実では「美浜原子力PRセンター」というところのようです。
→美浜原子力PRセンターのホームページ
※君も「放射線シャットアウトゲーム」でα波やβ波を防いでみよう!笑)
物語の後半では舞鶴地方引揚援護局が重要な役割を果たしてきますが、舞鶴市のホームページによると、昭和20年から13年間にわたって、66万以上の人々が舞鶴へ引揚てきた記憶は、まだまだ生き続けているようです。京都府舞鶴市には、舞鶴引揚記念館もあり、これからも平和を訴え続けていくでしょう。
→舞鶴市のホームページ
作品『日蓮伝説殺人事件』から(山梨県 甲府市・身延町、千葉県 鴨川市、静岡県 伊東市)
ルポライター浅見光彦が甲州路の取材で、先ず始めに訪れたのは、前の晩、教育番組で紹介されていたことから、興味を覚えて立ち寄った「宝石博物館」でした。物語では甲府市の郊外にあるように描かれていますが、このモデルとなったと思われる「山梨宝石博物館」は甲府駅のすぐ近く(徒歩10分)にあります。ちなみにわたしの誕生石は黄色い宝石、トパーズです。友情・友愛などの意味があるそうです。
→山梨宝石博物館
→甲府市のホームページ
ヒロインの伊藤木綿子(いとうゆうこ)が赴いた熊野神社は、甲府の下部温泉の湯権現を祀った神社ということです。そういえば温泉町熱海にも、湯前神社というのがあり、これは噴出する湯を祀ったものだとかいうことです。湯をも祀ってしまうといところが面白いです。
→下部温泉郷
→下部温泉観光旅館共同組合
→熊野神社の神楽
物語の核心に迫る日蓮が生まれたとされる場所、「安房小湊」の誕生寺ですが、これは千葉県にあります。小湊という地名がどこにあるのかななどと思って調べてみると「千葉県天津小湊町」という地名に出くわしました。ところが、天津小湊町というのは、現在もう存在しないようです。市町村合併で「天津小湊町」はなくなり、「鴨川市」になりました。
→大本山 小湊 誕生寺
→天津小湊旅館共同組合
→鴨川市のホームページ
※2005年2月に鴨川市と天津小湊町が合併、「鴨川市」として新たな市が誕生した。
日蓮といえば久遠寺です。山梨県 南巨摩郡 身延町にあります。
→総本山 身延山 久遠寺
→身延町のホームページ
日蓮が伊豆に流された時に居た静岡県の伊東に作られたのが仏現寺です。このお寺にはなんと「天狗の詫び証文」なるものがあるのだそうです。伝説によると、いたずらした天狗を懲らしめた当時の仏現寺の住職が手に入れた一枚の紙切れ。その後ぴたりといたずらが無くなったところから、その紙切れは天狗が書いた「詫び証文」であると判断したとのことです。この天狗の詫び証文はお寺に伝えられているそうで、文面はいまだ解読できていないそうです。一度この「天狗の詫び証文」を見てみたいものです。
→仏現寺と物見塚公園
(伊東温泉の特産品&観光情報 湯けむり本舗)
→伊東市のホームページ
作品『蜃気楼』から(京都府 大江町、富山県 魚津市・富山市、京都府 福知山市)
物語の発端となる「戦友歌碑」は京都市加佐郡大江山町の宮川河畔にあります。「戦友歌碑」は大江町出身の詩人、真下飛泉を記念して、建てられたそうです。大江町のホームページでは、真下飛泉の「戦友」ほか12編の詩を読むことができます。(http://www.oe-kyoto.jp/resistration/kankou2.htm)
作品に登場する心優しき「和泉冴子」、本名「多田真弓」の名前に「真」と「泉」の字が入っているのは単なる偶然なのでしょうか。
殺された梶川尋助の生前の行動の軌跡を辿って、福知山から大江町へと向かう我らが浅見光彦が利用するのは「北近畿タンゴ鉄道」で、これは、KTRとして人口に膾炙しているようです。
→大江町のホームページ
→日本の鬼の交流博物館、鬼瓦公園
→北近畿タンゴ鉄道のホームページ
ヒロインの梶川優子が勤めていたのが、「魚津埋没林博物館」で、物語でも出てくるように蜃気楼が観測できるとして有名なスポットのようです。ちなみに市のホームページによると魚津の三大不思議といえば、「蜃気楼」・「埋没林」、そして「ホタルイカ」だそうです。
→魚津市のホームページ
→魚津埋没林博物館
被害者の梶川尋助の出身地である富山市はいわずと知れた「富山の薬売り」で有名なところです。物語でも出てくる「熊肝(ゆうたん)」の情報を含め、昔ながらの薬については富山市のホームページ内の「富山の和漢薬情報」に詳しいです。でもなぜか「万金丹」のことは載ってませんでした。物語で「鼻くそ丸めて万金丹」というのが出てきましたが、「鼻くそ丸めて梅仁丹」という言い回しもあるのでしょうか。この梅仁丹の言い回しのほうが記憶にあります。小学校のころ、丸刈りの友達がいて、丸い頭だったから「ジンタン」っていうあだ名がついた友達がいましたが、その子は、これは「鼻くそ丸めて梅仁丹」からきてるんだと笑って説明していました。彼はよく、おどけて、「鼻くそ丸めて梅仁丹」と歌うように言いながら、指で丸めるかっこうして、頭を左右にゆらゆら振りながら近づいてくるさまを今でもありありと脳裏に浮かべることが出来ます。
→「富山の和漢薬情報」
※富山の薬売り独特の販売方法「先用後利」についても述べられています。
→富山市のホームページ
物語でもふれられているように、福知山には戦前、旧陸軍歩兵第20連隊と第120連隊が置かれたところのようです。現在は跡地は自衛隊福知山駐屯地となっており、開設されている駐屯地資料館には、旧陸軍の資料などが集められ活用されているようです。
→福知山市のホームページ
→福知山駐屯地のホームページ
作品『高千穂伝説殺人事件』から(宮崎県 高千穂町・新富町・高原町)
物語では、「天孫降臨の地・ほんとうの高千穂はどこか?」というシンポジウムが、高千穂町で開催されていますが、ここでも述べられているように、天孫降臨の地は2つの候補地があるようです。ひとつは、高千穂町(宮崎県西臼杵郡)。もうひとつは高原町(宮崎県西諸県郡)です。伝説なので、どちらがどうというわけでもありませんが、伝説とはいえ、全くの作り話かと言えば、そうじゃないかもしれない。古代になんらかの歴史における刻印が押されなかったともかぎらない。だから「天の岩戸神社」など、まことしやかな遺跡を見ると、ひとつは、はるか古代に神社が建立されるなんらかのきっかけがあったということと、もうひとつは、そこに神社がある以上、それを作った人がいるはずで、まぎれもなく古代の人の痕跡を嗅ぎ取ることができるということ、これらの点は、はるか遠い昔の茫漠とした出来事として、わたしは心をゆすぶられずにはいられません。
→高千穂町のホームページ
→高千穂町観光協会
→高千穂町コミュニティーセンター
→高原町のホームページ
ヒロインの本沢千恵子が宿泊した「神州ホテル」は「ホテル神州」として実在しています。
→ホテル神州
犠牲者の町議会議員が死んだ現場は大平山トンネルや高千穂鉄橋付近ですが、これらの情報はJR鹿児島のホームページで見ることが出来ます。
→JR鹿児島支社
また戦前、特攻基地が置かれていた新田原(にゅうたばる)。これについてのこと、あるいはそもそも宮崎県における太平洋戦争については、これからまだまだ調べないと分からないようです。新富町のホームページの中でも、新田原、現在の航空自衛隊新田原基地の現在や歴史について、ごく簡単な概要しかのべられていません。
(http://www.town.shintomi.miyazaki.jp/kititai/kichi.htm)
もちろん作品に出てくる「ノベウン」が何なのか、モデルとなったものが実在したのか、不明です。ちなみに新田原は宮崎県児湯郡新富町にあります。
→新富町のホームページ