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はれぶたぶんこ  10冊そろい大好評!岩崎書店
はれぶたぶんこは、心の北斗七星です。

やかんねこやかんねこ
 ついに出ましたやかんねこ。長らく絶版で御迷惑をおかけしました。
文は学研の読物特集のものにもどして手を入れました。絵は全面かきかえました。
デタラメ星へどうぞ。
(発売はもうすぐ)2004/2/7)

★読者の声
「私は、4歳の男の子の母です。矢玉さんの作品との出会いは、小学校2年生の時、学習研究社さんの読み物特集号でした。8歳の私が、33歳になる今まで、しつこく憶えていた本が矢玉さんの「やかんねこ」でした。
一気に読み終えたのを憶えています。そのくらい、わくわくしながら読みました。
さて、自分の子に、「やかんねこ」を読み聞かせようと、方々探しておりますが、未だ対面できずにいます。」(ほかにもメールもらいました)

★実は読み物特集の文の終わりのほうを学研で単行本化するときに書き直させられたことを思い出しました。ナンセンスのデタラメ星の部分です。作家としては屈辱であり、恥ずべきことです。このはれぶたぶんこ版ではきっちり修正しました。(2004/2)
 

でんきおばけ しんがたでんきおばけしんがた
平成15年10月新発売

元祖「でんきおばけ」が、新型になって登場。
文も絵も最新型にモデルチェンジ。








おしいれの中のみこたんおしいれの中のみこたん 飼い猫のドロンを追いかけて、おしいれの中に入ったみこたん。すると暗闇の 中でぬいぐるみたちが動き出しおしいれの中には広い野原が続いていたの です。
処女作です。大人になってから、子供のころに読んだ本として、読者だった 人が熱烈歓迎してくれました。みこたんも、ほんとなら三十五才くらいになっています。 ちゃぶ台も健在です。
80ページもある本でも、すべて1ページごと、レイアウト・デザインされています。文と絵の 両方に力をつくし、表紙のデザインから、後書きにいたるまで、本一冊まるごと手掛ける 矢玉のすべてが、この本に現れています。悩める青春の80ページ。
フォア文庫には入りきれないので、はれぶたぶんことなったわけです。



うそつきたいかいうそつきたいかい

大人は「うそをついてはいけません」と子供にいう。それは大人がその子供を管理するためには、うそをつかれたら困る からだ。「うそつきは泥棒のはじまり」などともいう。だが、子供にしてみれば「大人はうそばかりつく」といいたいだろう。

「おおかみ少年」は、うそをつくと、しまいにゃ自分がひどいめに会うぞという、大人の脅しだが、いまでは大人にこそ聞かせ たい話だ。
うそ=悪という、素朴な考えはもはや通用しない。子供はつい「王様は裸だ」とさけぶが、大人は口をふさぐ。だれが、だ れに、どんなうそをつくのか?という検証なしには、うその善悪ははかれない。
情報化時代だからと、身の毛もよだつような凄惨な事件をリアルに幼子に見せていいわけがない。大人も「この世はたの しいよ。いいひとがいっぱいいるよ」といううそをつきとおすべきなのだ。それが大人だ。この本でうそのつきかたを勉強しま しょうね、無責任で幼稚な日本の大人達。
子供達よ、インターネットの穴に「王様の耳はロバの耳」とさけぶがよい。

どこでもでんしゃどこでもでんしゃ

「どこでもでんしゃは、どこでもいきます。どこでんどこでん。」
 全編を軽いリズムの言葉で走っていく絵本です。本の体裁としては児童書界では絵本ではなく幼年童話としてあつかわれます。しかし、言葉は短く、ページごとに絵がある本は、一般の人から見ると、どう見ても絵本でしょう。
 ドラえもんの「どこでもドア」は有名ですが、多分それ以前に「どこでもでんしゃ」は走りはじめました。今では「どこでも網戸」なんていうのもありますが・・・
 黒沢明監督が山本周五郎の『季節のない街』を映画化した「どですかでん」を見に行って、その影響下で作りました。『その「街」へゆくのに一本の市電があった。』
山本の「街へいく電車」の書き出しは名文です。
『要するにその市電は、六ちゃんという運転手と、幾らかの備品を除いて、客観的にはすべてが架空のものだったのである。』
 遠慮して主人公は半分のさぶちゃんです。初めの原稿では海の底へ行くのですが、出版社で「動物園に行ってくれ」といわれました。「どこでもいきます」といった以上、リクエストどおりに動物園に行きました。
 幼年童話は絵本を読み聞かせられていた子供が、自分でページをめくって本を読む、ということを意識して作られているものです。80ページもありますが、走り出したら止まらない「どこでもでんしゃ」です。

シカク大王とハナクソ・マルメルシカクだいおうハナクソ・マルメル 

はれぶたぶんこ 5

著者:矢玉 四郎作・絵
出版:岩崎書店
発行年月:1999.12
本体価格:\980
シカク大王は、なんでも四角くないと気にくわないといって、おこってばかり。リ ンゴもボールも、丸いものはなんでも四角にしてしまいました。
でも世のなかには丸もあれば、三角もある。でこぼこも、ぐにゃぐにゃもあり ます。教育や、しつけをしなければならないといって、大人が子供の心を、コチンコ チンの四角にしようとしているといえるかもしれません。
神話や民話、昔話などは、人間の考える力、空想力の豊かさを現代人にも 教えてくれます。文明が進歩したというのなら、もっと豊かな物語を作れるはず ですが、なかなか困難なことです。
子供に読んでもらう話なら、子供の心を解放して、大きな考えにひたれるよう な話も大事です。なにかといえば「リアリティーがない」などといって、現実の生 活を描いたものしか受け付けない人もいます。
が、子供の心には、いや大人でも、遊びが欠かせません。ハナクソ・マルメル という題名にアレルギーを起こすようでは、子供の心はわからないでしょう。
ひらがなばかりで書いてありますから、大人にも読めます。(2002/矢玉四郎)

★学研「読み聞かせCDつき よみものとくしゅうお話特選 低学年用Aゆかいなユーモアのあるお話」(2000/11発行)に
「王様は四角がおすき」さくらともこ作・鈴木勝久絵・という話がのっています。まったく同じアイデアです???
 ちなみに「シカクだいおうとハナクソ・マルメル」は学研の読物特集に書いたものを、あかね書房で単行本化(絵は岡村好文氏)、今回絵を改めて「はれぶたぶんこ」に入れました。不思議なはなしだ?????あかね書房で出版するとき「はなくそ」はけしからんと、いちゃもんがついたという、お粗末な話もありました。(2003/4/20)

たまねぎ博士一号たまねぎ博士1号タリラン(はれぶたぶんこ)小学生は学校に所属する人なのだが、一人の人間、ただの子供でもある。 大人になって子供のころを思い出すと、学校の生徒としてのしばりから解放さ れて、校門を出たあとの生活の豊かさこそが、自分の子供時代なのではない かと思えます。
本はそもそも読者の心に働きかけるものですから、学校の勉強に基準をお いた本ばかりを読むことは、いわば偏食のようなもので、マンガもふくめて、い ろいろな本を読まなければ、子供の心は大きく育ちません。
タリラントリオという三人組の子供が、たまねぎ博士に出会い、発明研究所の 助手となって、おかしな発明の手伝いをする話です。
ビルのかべを歩き回れるぺたぺた忍者ぐつ。背がのびる身長ひきのばし 機、弱虫でもがまん強くなるガマン機など、だれでも欲しくなるような発明ばか り。使ってみたらどうなったかは、読んでみればわかります。(2002/矢玉四郎)

タマネギはかせ2号タリランたまねぎ博士2号タリラン(はれぶたぶんこ 6)
著者:矢玉 四郎作・絵
出版:岩崎書店
発行年月:2000.9
本体価格:\980

@号につづいて、この本にも三つの発明品が出て きます。
「新発明オボエルンでテストは100点」今の学校教育は、理解力、判断力、表 現力を軽視し、無批判に記憶することで100点をとれる仕組みになっている。 ならば、この機械があれば成績トップだ。
「スピードスニーカー孫悟空のくつ」成績がいまいちでも、走るのが早ければ尊 敬されるのが子供の世界だ。こいつをはいて走ったら一等まちがいなしだった のだが・・・
「良太がゆめで海賊たいじ」見たゆめを記録したり、たのしいゆめを見られる ヘルメットを博士が発明した。実験台になった良太はゆめを見ているうちに・・・
玉根木博士のお説教は子供むけなのだが、いまの大人にこそ読んでもらい たいのだが、大人は頭が固いし、自分はエライとおもっているから、だめじゃ な。(矢玉四郎)


すいかおばけのおよめさんすいかおばけのおよめさん
(はれぶたぶんこ 8)
矢玉四郎・作
岩崎書店 2001

鏡は人間の歴史に登場する道具のなかで、きわめて特殊なものです。衣服、 刃物、食器などは実用的な道具だが、鏡だけはなくてもよい物です。宝石や髪 飾りなどよりも、もっと精神的な存在だからか、神話や童話にも良く出てきま す。
科学的には単に光を反射するだけですが、鏡を見る人の心がすべて解明さ れつくしたわけではありません。
この本にはそんなことは書いてはいないので期待しないように。鏡の中にお ばけ村があるという、ありふれた設定です。
字をおぼえたばかりの一年生以下の子供が読むのに適当な本を選ぶのは、 案外むつかしいかもしれません。絵本の読み聞かせでは大人が読むのです が、子供自身が一字一字、字を確認しながら、ことばを理解し、文を読み取っ ていく作業には、かなりのエネルギーがいります。読み取った意味に共感して、 興味がわいてくれば、その作業も苦になりません。このあたりの配慮がなされ ていいるのは、絵本ではなく、幼年童話です。しかし、読書運動の専門家でさえ、 幼年童話のなんたるかを理解していない人が多いのです。この本はひとつの 見本としてみてください。(2002/矢玉四郎)

●産経新聞書評
『心のきれはし 教育されちまった悲しみに魂が泣い ている』(ポプラ社)で、学校教育と児童書の現状に、鋭 く斬り込んだ矢玉四郎の最新作。親や教師や児童書 の媒介人の良識や見識をモノとせず、読者である小さ な子との直取引をねらった快作である。
親のポラロイドカメラを持ち出して遊んでいた少女 が、鏡の中に突然現れたスイカお化けにシャッターを 押す。お化けが写真に撮られたりしたら、仲間にボコボ コにされてしまうというので、少女はお化けに扮してお化けの世界に。 ところが、警察お化けにつかまって、閻魔大王みたいな裁判官に、お 化けテストの尋問を受ける。「お化けに毛が何本」とか、「島の中に白 熊は何頭」とかいったなぞなぞに答えなくちゃいけない。少女は知恵を しぼって全問正解するが、お化けはそんなに頭がよくないと、人間だあ ることがばれてしまう。スイカお化けはスイカ割りに、少女は虫歯を抜 かれるはめになる。しかし、二人が結婚すれば、免罪されるという。そ れで、お化けと少女の結婚式が。
一難去ってまた一難。ハラハラドキドキしながら、一件落着。奇妙な お化けキャラクターといい、裁判官の怪しげななぞなぞの連発といい、 幼い子の好奇心や興味を見事に取り込み、彼らの感性に刺激しなが らの物語展開は、さすがである。(野上暁)
産経新聞2001.05.15)

★子供の心に北斗七星を (はれぶたぶんこ10巻そろい発刊の辞2004年版)
  矢玉四郎のデビュー作『おしいれの中のみこたん』が出版されてから30年、人気を不動のものにしたロングセラー『はれときどきぶた』が出版されてから、まもなく25年になります。
  時には大人たちの意表をつき、抵抗を受けながらも、次々と発表される矢玉作品は、子供たちの圧倒的なしじを受けし、読み継がれてきました。それは、矢玉作品におとあな達の思惑を超えた先見性があり、それが子供たちの心を揺さぶり、解き放す力を持っていたからに他なりません。(以下略)   岩崎書店


ぶたごやへかえる矢玉四郎はれぶたのぶたごや  工事中