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メカたんていペンチ シリーズ

4さつ     ポプラ社

パンツじけんだ。はんぶんとられたじけんだ。王女さまがさらわれた。かおをとられた。
へんなじけんをハナマルけいぶときょうそうでかいけつするペンチくんは、メカの天才だ。
よんだら、きみも、たんていだ。
こどもなのに、おとなをやっつけるペンチくんみたいになりたくないかい?

ちからパンツ 半分どろぼう  今の探偵は、夫の浮気の現場をとらえて離婚の慰謝料を取りたいというような依頼による仕事に専門技術を使って大活躍だ。また推理小説も大盛況だが、人殺しばっかりだ。残忍な事件ほど人気を得る。                      
     
 そんな話を子供の本にできるわけがない。小学校も高学年になれば、陰気な大人の本も読むが、低学年にはユーモアのある話が必要だ。
 子供の本だとあなどって、シャーロック・ホームズのパクリをやったりはしない。どこにもいなかった探偵をつくることが物書きの楽しみなのだから。苦しいけど。
 殺人事件を書かないで、それよりもパンチのある事件を考えなければならない。半分どろぼうは、半分だけぬすんでいく、へんなどろぼうだ。動物園のライオンが半分だけぬすまれた。いったいどういう犯人なんだ?たしかに、ライオン一頭ぬすんでいくのはむつかしい。だからといって、うしろ半分だけぬすんでいくとは???残った前半分のライオンのまぬけなこと。

 こういうばかばかしい話は、昔の民話など、つまり職業作家ではない人の考えたものが多い。だが、民話では、すっきりと話ができあがっているものは少ない。出だしがおもしろいほど、まとめるのはむつかくなる。
 事件を解決するのに、ペンチくんが、おおげさな機械を作るから「メカたんてい」だ。銭形平次の銭のかわりだ。脇役も主役級のキャラだ。カオハギぺろりん パトレ王女ゆうかい


表紙にはボーイズ ビー アンビシャスの英文。
裏表紙には、そのハナマル訳で「ぼうず、志をもたんとあかんぞ」と書いてあります。
ペンチくん、助手のニッパー、ハナマル警部、警察犬コムスビが、常連です。家族はでてきませんので、どんな境遇の子供でも楽しめます。お母さんなどを出していないのは、そういうことを私が考慮して書いているのですが、そこまで見抜く評論家はいません。
二年生の本、教材もふくめて、「自てん車」などと書くのが、今の教育でのきまりですが、私の本では、こういう名詞のまぜがきはしません。警察、警部なども、きちんと漢字をつかいます。これを評価してくれる評論家もいません。
探偵物のトリックなどは、ポーや、ドイルなどが、やりつくしていて、その後の作品はパクリにちかい。漫画や児童書ではパクリだらけだ。わたしは、このペンチを書くにあたり、いままでに居なかった探偵をつくろうとしました。事件そのものも、なかった事件をつくることをこころがけました。
どうせ子供がみるのだから、ありもののトリックをアレンジしておけば、儲かるのですがね。こういうことを評価してくださるひとは、いないんですかね。あほらし。
一、二年生の日本男児には、ぜひペンチを。本をかかえてねるほどいれこむ子もいます。
それにペンチの使い方くらいはおぼえてもらいましょう。もっと、子供の本に、お母さんまかせにしないで、おやじもかかわってほしいものだ。
メカたんていペンチちからパンツ(ポプラ社の矢玉四郎の本 1)
著者:矢玉 四郎著
出版:ポプラ社
発行年月:1996.11

 赤ちゃんが自動販売機を放り投げるという事件がおきた。ハナマル警部がまぬけな捜査をするのだが、メカたんていペンチの活躍で、見事に謎も解明、事件も解決する。原因はちからパンツという、とんでもないパンツにあるのだが、このパンツがほしいという人もいるだろう。入手法はまずこの本を読んでから。
 メカたんていペンチシリーズの一冊。絵本とちがって幼年童話を手にとる大人は少ないだろう。だからまともな評論もない。だが、字をおぼえた一、二年生が一生懸命読むのだから、その影響は大きい。絵本ならいいかげんな仕事でも通用することがあるが、幼年童話は極めて専門性の高い仕事だ。お説教をたれたり、泣かせるのは簡単だが、子供を楽しませ、心の内側から元気にさせるようなものを書くのは難しい。親や学校の先生にもぜひ読んでほしい。子供と心を交わすヒントが満載。教室でうばいあいになっているという報告もある。
メカたんていペンチ半分どろぼう(ポプラ社の矢玉四郎の本 2)
著者:矢玉 四郎著
出版:ポプラ社
発行年月:1996.12

 今の探偵は、夫の浮気の現場をとらえて離婚の慰謝料を取りたいというような依頼による仕事に専門技術を使って大活躍だ。また推理小説も大盛況だが、人殺しばっかりだ。残忍な事件ほど人気を得る。                      
     
 そんな話を子供の本にできるわけがない。小学校も高学年になれば、陰気な大人の本も読むが、低学年にはユーモアのある話が必要だ。
 子供の本だとあなどって、シャーロック・ホームズのパクリをやったりはしない。どこにもいなかった探偵をつくることが物書きの楽しみなのだから。苦しいけど。
 殺人事件を書かないで、それよりもパンチのある事件を考えなければならない。半分どろぼうは、半分だけぬすんでいく、へんなどろぼうだ。動物園のライオンが半分だけぬすまれた。いったいどういう犯人なんだ?たしかに、ライオン一頭ぬすんでいくのはむつかしい。だからといって、うしろ半分だけぬすんでいくとは???残った前半分のライオンのまぬけなこと。

 こういうばかばかしい話は、昔の民話など、つまり職業作家ではない人の考えたものが多い。だが、民話では、すっきりと話ができあがっているものは少ない。出だしがおもしろいほど、まとめるのはむつかくなる。
 事件を解決するのに、ペンチくんが、おおげさな機械を作るから「メカたんてい」だ。銭形平次の銭のかわりだ。脇役も主役級のキャラだ。