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Harriの歩んできた道です。
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| 私の履歴書〜Harri海藤編〜 |
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12月9日(木) 東京都豊島区日出町(現・東池袋)に生まれる。 中学2年秋、生徒会長就任と共にクラシックギターを習い始める。 中学3年の頃、日劇取り壊しによりウェスタンカーニバル復活での、GSグループと当時再放送していた「Monkees’Show」にショック。 クラシックギターからGSに傾倒した。 高等学校在学中にBeatlesコピーバンド「The Neatles」を結成。詰襟学生服の襟を自分達で切って「襟無しスーツ」を作り、学園祭に出演。 この頃、TOTOやJourney、はたまたMSGなどのハードロックが流行っていて、Beatlesのコピーバンドはマニアックで暗いイメージを持たれ、肩身の狭い思いをした。 その後、いくつかのバンドを組み、某大学農獣医学部入学後、雑誌「Player」で募集していたバンドに申し込む。 1985年2月、オリジナルR&Rバンド「Julia」に加入。Beatlesカバーと共に彼らの地元・亀戸を中心に活動。以降、解散するまで毎週のように亀戸まで通った。 銀座山野楽器で開催されたコンテスト・East Westに応募、見事1次予選で落選。この時、メンバーと親交があったAnton足木氏(現・Anton Studio店長、Anton&Siluetリーダー)率いる「Asia」も参加していた。 亀戸のライブパブ「DOMON」でアマプロの経験を3ヶ月積む。その後、バンド名を「BEATVOX」に改名。 Beatles業界では有名になった楽器ショップ「With」代表として、楽器ショウでの演奏をする。 学園祭・都内ライブハウスでの活動を続けたが、1987年2月にメンバーとの方向性と、山のような卒論を控え学業専念のため脱退。 1988年3月、BEATVOX再加入。 都内ライブハウスで活動を再開、1990年にスタートした、TBS「イカすバンド天国」に翌1991年4月に出演、赤ランプと青ランプ2ヶずつ押されながらも、演奏は最後まで放映された。審査員であった、あこがれのNOBODYのお二人からは絶賛される。そして、「ベストコンセプト賞」受賞。 それがきっかけとなり、イカ天出演バンドだけでライブを敢行、NOBODYから祝電と花束を頂く。 その後、NOBODYライブツアーに前座で参加。他の参加バンドは、KinksやMan Fred Mannなどのカバーを中心としたガールズバンド「Fits」、今でも親交の深いビートロックバンド「AFTER-MATH」であった。 これに満足して活動に見切りをつけたがっていたメンバーとの方向性の違いにより、1991年9月25日の神楽坂Explosionのライブ終了後直ちに脱退。 いくつかのバンドを組んでは解散を繰り返し、 1994年「Pendle Boys」を結成。オリジナルと、BeachBoys・BadFinger・Byrdsなどのカバーも手がけ、新宿ACBや神泉Lanternなどを中心として活動した。この時のオリジナル曲「Believe In A Miracle」「I’m Gonna Fly To You」が毎日新聞主催のソングコンテストで佳作を受賞。 1997年5月のライブを最後にヴォーカル&ギターが脱退、そのままバンドは活動休止状態となる。 Player誌の軽い気持ちの応募によりJacarandaに加入、1997年7月府中Flightの加入後初ライブが好評、以降意気投合する。 Paulo鈴木。氏率いるBeatlooseとの共演、各イベントの出演、同時にメンバーの加入・脱退を繰り返し活動を続け、Lenny亀井氏やAnton足木氏も合流、朝日新聞英語版に日本のBeatlesコピーバンドとして掲載される。 1999年暮、ここでも方向性の違いにより脱退、Anton氏とのセッションを経ながら2000年11月に再加入。 2002年2月の鶴見Rubber Soulでのライブ時、咄嗟の思いつきで客席のテーブルにあったかきまぜ棒をタクトに「Long Tall Sally」のエンディングで指揮を振る。これが「タクト」の始まりだった。 2002年10月に鶴見Rubber Soulにて初のソロ(弾き語り)ライブを敢行、以降Paulo鈴木。氏と意気投合。 同年11月、Mathew大城戸氏の呼びかけによりNissie西村氏と合流、「B44」の起源である。 2003年4月5日、Paulo鈴木。氏率いる「1970」のゲスト出演。 この頃に「軸ブレ」が生まれる。 同5月18日鶴見Rubber Soul「All Together Now!!」にてB44正式デヴュー。 同7月27日、梅島Yukotopiaでのイベント「うめくら」にて「S.O.A featuring Harri」としてGeorge Harrisonトリビュートに参加。 同11月15日、George Harrisonトリビュートの「1970 w/Shake木本氏」のライブにも参加。 同12月6日、さいたまスーパーアリーナ内John Lennon Museumにて「John Lennonトリビュートライブ」にゲスト参加。この時の共演は、リッキー廣田氏、内海利勝氏、サエキけんぞう氏、窪田晴男氏、松尾清憲氏、小室和幸氏、朝倉真司氏、Beatloose、アマチュアバンドの素晴らしい仲間達。 2004年1月17日、村上啓介氏(ex.Multi Max)のソロライブのサポートに初参加。以降Paulo鈴木。氏(Vo・B)、Dr.金子氏(Ds・Vo)と共に「1000cc」と名のる。 同7月31日、Group1970が「BOX」トリビュートライブを開催、松尾清憲氏・小室和幸氏・小泉信彦氏も参加し、「1/2BOX」として共演。 以降、現在に至る。 |
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