まほろば日誌2


9月11日
途中まで書き込んだらメモ帳が一杯になった。また一年経ったんだよ。「JAZZナイト」は大盛況だった。いつも今成寛が「As time goes by」を演奏してくれるけど、今回はそれをヒントにした詩を朗読しちゃったよ。このごろ、同じタイトルの清水哲男さんの掲示板に出かける。次回の「ポエトリーステージ」の件で清水昶さんに連絡をとるためだけど、最近、昶さんはここに住み着いてるだよね。他にも何人か住み着いていて賑やかなんだよなあ。つい、おれもカキコしちゃったよ。
9月4日
朝方、急に冷え込んで風邪をひきそうになったよ。一昨日が今夏最高の気温だっただけに調子が狂うよね。まあ、全島避難の三宅島の人たちのことを思えばたいしたことじゃないけど。このところ「まほろば」は忙しい。なんというか、地元のお客さんが突然入るという、いいことなんだけどね。ほら、あれこれ文学的な営みを整えようと、前段階的なことを始めるでしょ。そこへ、どっとお客さんが来ちゃう。嬉しいんだけど、ブツブツと思いは切れますよね。何言ってんだろ、おれ。詩に埋もれた生活をしているのに、自分の詩に対する飢えがつのるのは何故かね。いや、詩は書いてるよ。それも傑作をね。きっとこの焦りは、あまりに一日が短すぎるからじゃないかな。昨日はビザを12枚焼いた。売れれば、それだけ仕込まなければならない。常に原材料の在庫をチェックし、過不足なく仕入れること。なんか、グチっぽいね。割れたグラスの補充を気にしながら怠っていたらテキメンだったなあ。レスカをビールジョッキで出すハメになっちゃったよ。こんな甘ったれた仕事をしていると、そのうち手痛いしっぺ返しを食らうでしょう。商売繁盛なんだけど、よければ逆に不安になる。こんなこと書かなくてもいいのにね。秋のせいかもしれないね。
8月29日
1日遅れの更新だけど事件があったわけじゃない。自宅のゴミの山を清掃センターに捨てにいったり「まほろば」の周囲の草刈りをしていたら日が暮れてしまった。で、夜は高崎のビアガーデンに行きましょうという約束があった。常連の主婦3人組とおれたち夫婦だけど、飲みました。解散したのが0時。それから1本、原稿書きがあったのでこうなった。それにしても、熱帯夜は辛いね。もう眠くて仕方がないのに、エアコンが止まるとモアーっと熱気が襲いかかってくる。寝不足だあ。パソコンの修理見積もりが留守電に入っていた。電源ユニットとハードディスクユニット交換で税込み35000円とか。ほら、買うより安いじゃん。もちろん、お願いしたよ。このところカミさんもメールをやりたいというので、どうしても2台は必要なのだが、おれ以上に忙しいカミさんが続くとは思えないけどね。今週もおかげさまで忙しかった。目標が低いから、ちょっと団体さんが入ると目安の売り上げに届いてしまう。少ない仕込みはたちまち底をつき、翌日は一番で仕入れに走る。いいことだけど、両親が来年から現役を引退すると宣言した。ううむ、1ヘクタール弱の田畑をどうしようか。借り手もいないしなあ。草でも作って放置しておくしかないか。
8月21日
今日は夏バテで朝寝。先週、つい営業をしてしまったのが効いたみたい。まあ、あたりまえだけど、こちらの都合とはおかまいなしに電話は鳴るし、愛犬は散歩をせがむ。2本目の電話を受けて、10時半起床。ミソ汁だけすすっていたら来客。集金だけど、母でないと分からない。無事にアメリカから帰ってきたカミさんともども、家族がいま何をしているのか分からない。とりあえず誰も居ないことだけは分かる。いいねえ、この不思議なひとりぼっちは。らぶと散歩に行って来る。思いついて雷で壊れたパソコンを車に積み込む。買った方が安いなんてことはねえさ、おれは修理に出すぞ。父母と昼食をとりながら今日の様子を確認。別に変わった1日ではない。パソコンの修理センターと連絡をとるなど、行動開始。近所の信金で釣り銭両替。高校野球を聴きながら、最終の歯医者さんへ。部分入れ歯の調整。次は仕入れ。でっかいパソコンを積んでいるので、冷凍食品などはトランク。高崎駅近くのサービスセンターに向かう。メーカーだから修理は当然という対応。これが販売店だと、あれこれ売りつけようとするんだよなあ。あっさりと受付てもらったけど、一応見積もり下さいな、と言う。ビックカメラで必要な小物だけ買って、群馬詩人クラブの「現代詩作品展」を観る。田口さんと談笑。煥乎堂群馬町店で予約購読している「現代詩手帖」を買って「まほろば」へ。カミさんが、ぶつぶつ言いながら草むしりをしていた。家族で久しぶりに夕食。やっとホームページ更新。
8月14日
富山の田中勲さんが「ネット21」の仲間4人(高橋貞一、植野樗一、寺崎浩文、吉浦豊久)とやってきた。車2台に分乗した一行は、折しも接近していた台風の影響もなく「まほろば」に到着。田中さんとは20年来のつきあいだけど、実際に会うのは初めて。けれども、すぐに打ちとけちゃうんだよね。長いあいだ詩誌交換をしていると、ずいぶんお互いを知っているような気になるものだね。なんとなくお客さんの切れない日で、ゆっくりと話ができないんだけどお泊まりだからね。それにしても、若手の吉浦、寺崎さんは喰うねえ。いや、おれは嬉しいんだけど、5人で9人前の食事をオーダーされて心配になったよ。ピザなんて、ウチのは大きいからねえ。いや、ありがとうございました。腹ごなしに「やすらぎの湯」をお薦めしたら、喜んでくれたみたいだったよ。車なら3分だからね、ゲストルームにもバスはあるけど、温泉だし安い(平日・3時間・500円)からね。閉店後、ゆっくりとお話をした。あまり酒豪がいないせいか、消灯は早かったね。遠慮したんじゃないよね、皆さん。旅館業じゃないので、朝食も粗末なものでごめんなさい。それにしても、遠いところから来ていただいて嬉しいなあ。前橋の街を眺めて三国越えで帰るとか、10時過ぎに一行は帰途についた。定休日だったけど、お盆だし、そのまま開店。原稿を届けに来た中里諒子とビデオを観る。ヘンなビデオんじゃないよ、映画を2本さ。高校野球も地元が負けちゃったからね。でも、借りてきたばかりのビデオを一日で観ちゃったのは失敗だったかなあ。
8月7日
今朝、カミさんはアメリカへ発った。別に逃げられたわけじゃないよ。中学校の交歓ホームステイの付き添いというお仕事。これから10日間は独身だけど、不埒なことは考えていないよ。無事に帰って来る日を心待ちにしながらお仕事に励むというわけさ。なんちゃって。それにしても、こちらにホームステイしている子どもが「まほろば」に来たけど、すっと手を差し出されてとまどったよ。ああ、握手ね。日頃、ビデオでアメリカ映画ばかり観てるのに、ちっともヒアリングが鍛えられてないんだよね。恥ずかしながら全く分かりません。話題を変えます。中村円さんという若い女性が3泊4日していった。早稲田で荒川洋治さんの講義を受けていたという。23歳だってさ。おれは感動したね。ちゃんと、かつてのおれみたいな詩人予備軍がいるじゃないの。現代詩の歴史から学ぼうというのだから嬉しかったね。いま、ここにしか感心がなくて、新しい詩を書いているつもりの若い人ばかりだと思っていたよ。周辺観光には一切興味を示さず、書架の整理までしていってくれたよ。3泊もすれば、たくさんお話もした。まあ、ただいま無職ということだけど、これからも詩を書いてもらいたいね。それなりに生活が始まると、詩の時間が思い出になっちゃうんだよなあ。若くて無名で貧乏な若者よ「まほろば」へ来たれ。数万の詩書とともに、おれは待ってるぜ。円ちゃん、またね。
7月31日
プロ野球オールスターはイチロー対全セみたいだったね。おれ、熱狂的なパリーグファンなんだけど、全セの先発が工藤で清原が大活躍、小宮山が三番手かなんかで登場するんだものシラケたよ。全パの8連敗とは情けないけど、主力が毎年ごっそりセに移籍しちゃうんだもの闘志が湧かないよなあ。まあ、野球は巨人でいいんだろうね。これでイチローまでセに移籍したらどうすべえ。なんだか真剣に観てるのがバカらしくなっちゃったよ。高校野球は、去年の全国制覇チーム、桐生一高が、今年も県大会を制した。ううむ、プロ野球よりは楽しめるかもね。夏休みに入って「まほろば」は閑。常連の奥さんたちは子どもの世話で忙しいみたいなんだよね。そのかわりじゃないけど、遠来のお客さんからの問い合わせが増える。富山の田中勲さんたちも計画してくれているらしい。まあ、夏休みを利用して立ち寄ってくれる人がいるのは嬉しいことだよ。営業店だからお金がかかるのが心苦しいんだけど、そこんところが大事なんだよね。決してボロ儲けをしているわけではありません。来てみれば分かるけど、なんとかやってるだけだからね。お賽銭をあげるつもりで何か飲んでって下さいな。別に卑屈になっちゃいないよ。閑だから草むしりでもするか、なんて思ってるとお客さんが来るしね。やることありすぎるくらいなんだよ。それにしても暑いねえ。
7月24日
MO問題はあっさりと解決。おれ、MOディスクがどんなカタチをしているのか知らなかったんだよね。次の日に来た飯島章にみてもらったら、何これフロッピーディスクだろ、って。つまり、MOディスクが付いてないらしいのね。その次の日には中澤睦士が来た。この書き込みを読んでくれたということ。で、自分のMOディスクを持参してチェックしてくれたんだよ。へえ、それがMOディスクかい。ちょっと厚いのね。あっ入るね、ちゃんと。どうやら必要なインストールは成功しているらしい。問題ないっすね。というわけで、この件は販売店に何故MOディスクが付いていないのか、という説明を求めることにした。結果、取扱説明書には付属品として記載してあるが、別紙にて本体のみで別売りであると断ってあるという。ちえ、そんな紙読まなかったよ。フォーマット済みのMOディスクを買った。それでもパソコンちゃんが文句を言う可能性もあるとか。どうやら問題なく書き込みができるようで、大事な蔵書ファイルは無事に金庫に収まったみたい。今月の土曜会は盛り上がりました。だいぶ前から約束していたんだけど、村山精二、阿蘇豊、山田隆昭、水島美津江&お友達の5人が参加してくれたんだよね。こちらは、飯島章、中澤睦士、今井るか、新井啓子、野口直紀という顔ぶれ。小山和郎、井上敬二が都合で来られなかったのは残念だったけど、明け方まで大騒ぎ。遠来の5人はゲストルームでザコ寝。資料館では野口直紀、あとの地元勢は帰ったりお車で仮眠したり。おれが帰ったのは明け方の4時。東の空が白んでいたよ。翌日、5人組は朝食をとって周辺観光へ。戻って昼食を協力してくれて帰途についたけど、こうして利用していただけると嬉しいね。商売っ気じゃなくて、詩人の遊び場を造ったつもりだからね。入れ違いに立木早ご一行が現れたのにはびっくり。立木夫妻は、群馬の昭和村に別荘を持っているから不思議じゃないんだけど、タイミングが良すぎるよね。こうして「まほろば」は、しみじみと成り立っているのです。皆さんに感謝。
7月17日
MOを買ってきたけど、周辺機器の接続は一苦労だよ。インストールやら設定やらで神経を使いながらやっていたら雷がきた。一時中断。MOを買うついでに雷で壊したデスクトップの修理について訊いてみた。やはり、買った方が安いという話。じゃ、オタクの66000円というパソコンはどうか。あれはやめた方がいいですよ。なんて、あっさり言うんだよね。こういうのは親切なのか無責任なのか。まあ、とりあえず値切り倒してMOを買ってきたんだけどね。雷がやむのを待って「まほろば」へ。で、やたらと妙なメッセージが出たり、ピー、なんて警告音が鳴ったり、あげくは、どうやってもMOディスクが入らない。もうお手上げだよ。値切ったせいかねえ。中澤か提箸か早川か、いや、明日ショップに電話する方が先かな、なんて思案していたら休日の「まほろば」に車が4台も入ってきた。夜の9時半だけど、近所の奥様たちがドッチボールの帰りだという。ちょっと考えたけど、急遽営業しちゃうんだから情けないね。まあ、地域貢献ですよ。いや、単に欲ですな、はい。そんなわけで、またまた、やっつけ更新になっちゃった。今夜は、昼間歯を抜いたので休肝日。そうだ、化膿止めの薬を服むのを忘れてたよ。
7月10日
ここだけ覗きにくる人が多いみたいだね。一応、トップページからきてもらいたいなあと思うけど、おれだってそうだもんね。まあ、お知らせとかはトップでやってるから戻ってみてくださいな。これは垂れ流しの日誌だけど、時々読み返してみると誤字、脱字に気がついたりする。そんな場合は直しておくこともあるけど、内容を書き換えることはしてない。文章責任は持ちますよ、書いちゃったんだから。おれ、パソコン能力が進化してないので、変わりばえのしないページを芸もなく更新しているだけだけど、皆さんはどんどん先に行ってるみたい。詩人サイトも掲示板をつける人が多いんだね。これが面白いんだよなあ。「余白句会」なんか、清水哲男さんの掲示板で連絡をとりあってるじゃない。ううむ、ソースを盗んできて、おれも作っちゃおうかなあ。いや、忙しがっているわけじゃないけど、なかなかパソコンに取り組む時間がとれないんだよ。あれこれしながらパソコンをやっていると、たいがいトラブルに見舞われる。このまえ壊したときも、バタバタしてたんだよね。自宅のデスクトップを雷で壊しちゃったからね、今日もこれ、電源が入らなくて焦ったぜ。ノートって、つい持ち歩くからね、接触不良だと思うけど心配だよ。大事なデータが全部これに入っていて、恐ろしいことにバックアップしてないんだよ。MO買ってくるのが先だよなあ。
7月3日
今週は、祭りのあとの放心状態といったところかな。真夏の太陽を浴びながら芝生の上でビールを飲んでいたらお客さん。一応、営業中なんだよね。閑なときには詩作にうちこんでいるかというと、たいていはぶらぶらと敷地内の植木を眺めている。何故か玄関前のヤマモモの木が元気がない。そんなに弱い木ではないらしいのに、植えたときの3分1まで葉が落ちてしまった。それでも今年は新芽が出始めているので、毎日楽しみに見ている。屋内の観葉植物も元気で、水さえやっていればご機嫌がいいらしい。ふと気づくと植物と暮らしているんだよね。別に園芸が好きなわけじゃないのに一本も枯らさないのは、どうも植物の気配を感じながら暮らしているからだろうね。十数本の観葉植物と数万冊の詩書に埋もれた暮らし。赤城山の稜線から陽が昇り、榛名山に没するのを見ている。一日は単調で、人だけが多忙を極めているように見えるよ。小商いだから不安はつきまとうけど、一人で世界と向き合っているのは悪くはないね。なんというか、世界は歓喜に満ちているのではなく、大きな哀しみに包まれているように見えるよ。詩は青春の文学というけど、いま一番きついのは大人だよね。そういう大人の文学としての詩が書けないかなあ、と思うね。えっ、みんな書いてるって?そうかなあ。
6月26日
井川博年さんは、何度も来てくれているけど「まほろば」が出来てからは初めて。土曜日の4時には群馬温泉「やすらぎの湯」に到着。ここまで来てもらえば、車で3分で迎えに行けるんだよね。とりあえず「まほろば」へ。建築関係の仕事が本業だから、先ずは建物を観てもらう。開店当初は小さかった植木も雨に濡れて存在を誇示していて、ようやく外観もサマになってきたからね。井川さんの評価も上々だったよ。一休みして、井川さんは温泉が気になるというし、おれとしても土曜会の用意がある。じゃ、温泉に行きませんか、そうしよう。そんなわけで、準備をしていると、東京からのお客さん、雲嶋幸夫さんが到着した。野の花を摘んでて案内看板を見落としたとか、どうやら看板の真下の花に眼がいっていたらしいね。本番の「ボエトリーステージ」は明日なので集まりが心配だったけど、総勢8人の土曜会になった。小山和郎さんも井上敬二とやってきた。雲嶋さんとは「赤城で夜を」の仲間だからね。井川さんは、温泉にも感激。雲嶋さんとは面識がないんだけど、おれは同郷なのを知っていたよ。そこへ、新井啓子さんもやってきて、島根県出身が3人揃ったというわけ。盛り上がりました。その日はゲストルームに4人がお泊まり。明けて当日、開演まで井川、雲嶋は温泉。迎えに行くと、同郷二人は上機嫌の湯上がり状態。そのまま開演でしたな。井川さんの演題は、こっちが得意ということで「詩と歌謡曲」。なにしろ雑談の名手ですから、温泉、歌謡曲、俳句へと、とめどなく続きます。予定を30分オーバーして閉演となりました。その後は、大橋政人、曽根ヨシさんらと談笑して、野口直紀の車で帰途へ。知っている人は知っているけど、井川さんの話は尽きるということがない。詩壇裏話をさせたら天下一品なのです。ああ楽しかった。井川さん、ありがとう。駆け込みで投票で済ませ、静かになった「まほろば」で選挙速報を見始める。そのまま帰宅して午前2時まで観てしまった。これで金曜日から3日連続で2時過ぎ、楽しいけど肉体は疲れます。おお、わが「まほろばの日々」よ。
6月19日
歯を抜いてきた。部分入れ歯で奥歯なんてロクに残っていないのに、また一本なくなっちゃったよ。眼も悪くて、老眼鏡を三つも用意してるんだよね。なんだか、とても歳をとった気分でユーウツになるよ。こういうのが高じてくると、うつ病になるのかもね。なんだか元気のない書き出しだね。昨日、前橋文学館で群馬詩人クラブのシンポジウムがあった。おれは、もちろん行けなかったけど、その帰りに中澤睦士と今井るみかが寄ってくれた。テーマは「詩とは何か」だったらしいけど、それとは関係なく、この時代に詩を書くことを考えてしまったね。政治はもちろん大衆社会からも離れたところで詩は書かれているような気がするんだよ。消去法でいくと、ある時点から現代詩という輪郭が見えなくなってしまう。そこでは、たんに詩があるばかりで、居心地のいい人もいるらしい。奥歯にもののはさまった言い方で、実際に血止めの綿を噛んでるんだけど、はっきり言いましょう。いつの頃からか、詩は時代の最先端を突っ走ることを放棄したんだと思うね。もちろん自分のことは棚に上げて言うんだけどね。まあ、老人性ヒステリーと思って下さいよ。おれも、小さな城に籠もって裸の王様になりつつあるのかなあ。もう今年も半分終わるんだよね。・・・・・。
6月12日
木曜日の夜から歯茎が腫れあがって、まいった。一人でやってると、こういうときは困るね。まあ、我慢しながら週末を過ごしたけど、土曜の夜は10年ぶりの同窓会だった。伊香保温泉で大酒飲んで夜更かしだから、腫れが引くわけがない。それでも痛みを忘れていたのだから、楽しかったのかな。中学の同窓会だけど、210人中、約70人の参加だった。50歳ともなれば、それぞれの人生も、ほぼ勝負ありだね。女性も30人ほど来ていたけど、かつてのマドンナも立派なおばさんだったよ。なかには、その後の人生の都合で見違えるほど美人になってしまったヒトもいて、これには驚いたね。もちろん、おれの初恋のヒトだっているんだけど、今回は来ないのは分かっていたからね。それにしても、いつかおれをひっぱたいた女の子が、おれのこと覚えてないなんて言うんだよね。あんまりだよなあ。まあ、こっちも覚えてない女の子の方が多いんだから仕方がないか。翌日は、その流れが30人近くも「まほろば」に寄ってくれた。昼は「裳」の同人会、夜は地元の写真クラブのパーティが入っていて、カミさんは部活でいなかったからね、嬉しいけど疲れたぜ。なにしろ、睡眠不足と歯痛だからね、分かるよね。今日、歯茎にメスを入れてもらった。また何本か抜歯することになりそうだよ。さあて、今週もがんばろうかね。
6月5日
昨日は油断していたら忙しかったなあ。観光地じゃないから、どうかすると平日より閑なときがあるんだよね。ところが、ときどき全員集合状態になる日がある。飯島章が「銀猫」4号が出来たので集合をかけていたんだね。たちまち4匹の猫が集まってカウンターを占領。そのまま同人会という雰囲気になった。牝猫2匹が揃うと盛り上がるね。飯島編集長としては、もどかしい部分があるらしく、言うべきことは言っていたね。最近は、同人が集まることを最初から前提にしない同人誌があって、作品だけのつきあいでいいや、という感じだけどね。確かに、みんなもの凄く忙しい日々を送っているのは分かるよ。誰もが、詩を書く自分の時間がすごく少ないんだと思う。目の前の現実を生きることの方が大切なのは当然で、余った時間で詩を書ければいいんだけれど、まあ、そんな時間は無いでしょうな。やはり、書こうと思ったらそういう時間を捻出しなければいけないわけで、もう、これが意地か情熱の問題。別に、おれ自身のいいわけじゃないよ。情報化社会なんて言うけど、便利になればなるほど忙しくなるなんて異常だよね。なんだか話がそれた。例によって「銀猫」同人会は下ネタに移ってお開き。来週は「裳」の同人会が入っている。そうそう、今週の土曜日は「同窓会」につき、早じまいするからね。こういう日に限って来ちゃうヒト、いるんだよなあ。
5月29日
「土曜会」は久々の盛会だった。「銀猫」の今成寛の出演するコンサートと重なっていたので心配していたんだよ。おまけに飯島章が会社の宴会の流れを連れてきたもんだから、コンサート終了後に駆けつけた常連の主婦たちは、何事かと驚いていたね。井上敬二、中澤睦士、野口直紀は詩の話題。飯島はといえば、居残りの女性部下二人に、なにやら問いつめられている。取締役部長さんだからね、そりゃあ仕方がないわな。おれも管理職時代を思いだしちゃったよ。この世で何が怖いといってヒトが一番怖いよ。ヒトのなかでも怖いのはオンナだね。こんなこと書くだけで怖いもの。まあ、盛会はいいんだけど、酒屋に注文するまでもあるまいと思っていたので、生ビールは終わるわビンビールも終わりそうになっちゃった。あれ、こんなに出してよかったかな、なんて商売だから頭のスミで考えちゃう。まっ、いいか。で、午前4時だからね。後悔は全然してないけど、商売ってのはこういうことだったんだよなあ。一応、その日のうちに片づけを済ませておくんだよ、ふらふらしてくるけどね。けれども、仕入れや仕込みは間に合わない。不思議なことに、そんな日のお客さんは間に合わなかったものばかり注文するような気がするんだよ。閑な日曜日でよかったけどね。ん?よかったのかなあ。
5月22日
1年ぶりにゴルフをした。日頃使ってもらっている同級生のゴルフ会なので断れなかったよ。丁度、パーティー予約の谷間の日だったしね。104も打っちゃったけど楽しかったよ。夜は「まほろば」を開けるつもりだったけど、パーティーで飲んだら、どっと疲れがでて、寝ちゃった。今週は、借りてきたビデオを観る時間がなかった。土曜日の午後に観始めたら友人の坊主がきたので一緒に観る。途中からカミさんも加わって3人で鑑賞会になってしまった。「ドリームチーム」という精神病患者のグループが活躍するアメリカ映画だけど、笑ったね。昨日は「まほろば詩話会」。中澤睦士と六本木伸一だけなので、たまたま集まっていた常連の主婦3人組を強制参加させた。その間にも、ぼちぼちお客さんが来るから、おれとしては腰を据えられないのが問題だね。まあ、だんだん形になればいいでしょう。詩のお勉強を強要するつもりはないから、おしゃべり会でいいんだけど、それでは物足りないという人もいるよね。ううむ。詩の勉強をしたって、いい詩は書けない。むしろ、人の詩なんて読まない方がいい、なんて思うね。どうも「まほろば」をやっていることと矛盾してしまうんだけど、そういう欺瞞の道を行かないと実作者としてのおれはますますダメになりそうだよ。危ねえ話になっちゃったなあ。
5月15日
先週は忙しかったなあ。何故か同じ日に予約が重なって、昼は16人の食事会、夜は20人の宴会だった。やるしかないのでやったけど、こういう日がないとトータルで売り上げが作れないからね。それはそうと、お客さんはそれぞれが自分の「まほろば」でいいんだけれど、おれは一人だからね、そうそう対処しきれない場合もあるんだよ。シラフのときはいいんだけど、たいがいはどこかで飲んできて昼間から日本酒を注文する社長さんがいる。これが、先週は夫婦喧嘩でもしたらしく、すこぶる機嫌が悪い。おれに絡むのならいいよ、商売だから聞いてやるよ。いつもなら他のお客さんもいないから、しみじみとお相手してやれたんだけどね。その二日間に限って運悪くお客さんがいたんだよ。この社長、そのお客さんに絡むんだよね。そのあげくに帰れねえ、なんていうもんだから、近いし、おれは送ってやったよ。それが、次の日もだからね。温厚なおれもキレたね。「まほろば」の昼間のお客さんは、近所の奥様たちが中心だけど、その大事な奥様たちにだね「バカ女」よばわりはあるめえ。このシジイ叩き出したろか、と思ったね。「おれだって、客だ」なんてブツブツ言ってたけど、送らねえよ。ヨタヨタと運転して帰っちゃたけど、知らねえよ。
5月8日
GWが終わったが「まほろば」はたいしたことはなかったよ。何組かの観光客はきたけど、やはり、地域の常連さんが中心だね。去年なんか開店休業状態だったから、それよりはマシというところだね。つい営業報告みたいな書き込みになっちゃうんだけど、ネット以外の発信を怠けているので「まほろば」は元気らしいよ、という良い噂を流して下さいね。「詩学」の後記を読んでいたら、今年から「H氏賞・現代詩人賞」の特集を行わないことになった、と書いてあった。文面からは詩学社の方から望んだことのようだね。来月号に詳しい経過が載るのかもしれないから、あれこれ憶測するのはやめておくよ。しかし、この特集が1972年から始まったと知って、ほとんどおれの詩歴と重なっていることに気づいた。この27年間の情況の変化は、おれにとっても考え直す問題なんだよなあ。詩の賞は、スポーツの一等賞みたいにはっきりしないから困るけど、いっそ賞取りレースと割り切って考えたら面白いかもね。「詩学」にやれ、と言っているんじゃないけど、各賞をリストアップしてだね、候補詩集の予想から受賞詩集の予想までやってしまうのさ。もしかしたら既にそんなことをやっているところがあるのかな。誰か知ってたら教えてよ。
5月1日
「まほろば芳名帳」は4冊目に入った。喫茶店として利用してくれる人たちは一々書かないし、一見でも記帳していかない人もいる。まあ、何事も無理強いはしないことにしているんだよ。このところ、地域の喫茶店としては落ち着いてきたけど「詩の館」としては疑問を感じているよ。まあ、冷静に考えれば書き手の市場はこんなものかもしれないね。皆、普段は一市民だからね。どんな詩人の集まりに行っても顔ぶれは予想できるものね。詩人たちって、仲間というよりも互いがライバルだからね。誰かが言ってたなあ、むしろ、娑婆の利害関係よりシビアじゃないか、なんてね。「ガーネット」を読んでいたら「<現代詩詩手帖>への公開質問状」という刺激的な文章があった。おれも昔、別の詩誌で依頼原稿をボツにされ、何の説明も受けなかったことがあったのを思い出したよ。まあ、たぶん向こうさんの意図に反した内容が気にくわなかったんだろうと思ったけどね。おれの場合は相手が違うし、稿料無しだし、気弱な田舎詩人だからね、黙って定期購読をうち切っただけだったけどね。「現代詩手帖」と言えば、日本唯一の商業詩誌だし、ボツにされたのは、H氏賞詩人で読者もついている売れっ子詩人、高階杞一だからね。成り行きを注目するしかないけど、どうもこのままでは、と予想しておきましょう。
4月24日
「土曜会」は消滅寸前という淋しさ。この日は別口の宴会をとっていたのでお店自体は忙しかったんだけどね。まあ、なかなか思い通りにはいかないよね。どんな集まりもマンネリに陥るし、活性化するには新しい顔ぶれが必要になるというわけさ。やめるつもりはないから来月も用意だけはしておくよ。いや「まほろば」そのものが、そういう姿勢だと言いたいね。その結果、地域の人たちがそれなりに利用してくれているんだと思うよ。来月は「絵手紙教室」の皆さんに使ってもらうことになっている。ちょっと詩について講義してくれなんて言われているけど、どうしたものかなあ。どうも「詩」っていうのは、どこでどうなったのか、短かくて分かりやすくてということになっているらしいのね。おれの詩なんて、せいぜい40行以内だから長くはないと思うんだけど、長いって言うんだよね。わずか数行で世界を創れる、それが詩なのです。とても分かりやすい定義をまっすぐに突きつけられると、ひるむ。おれのなかの詩の歴史なんて取り出す以前の問題なんだよね。もう、みんな無かったことにして、今現在から始めちゃおうかね。何言ってんだろう、おれは。木の芽どきの胸騒ぎがやってきているのかしら。おお、そうだ。おれは、この時期おかしくなるんだった。こういう逃げはよくないね。大人にならなきゃ。まだまだ若い49歳。
4月17日
「まほろば詩話会」は情宣不足で空振りだった。ネットで呼びかけただけじゃ無理だよね。それでも田口三舩さんが来てくれて、常連のYさんと「詩の話」をした。実は「まほろば通信」というのを出していて、それをネタにしたんだよ。この通信は、お知らせと、おれの詩一篇を載せるために出し始めたもので、まあ、「水の呪文」を出せない言い訳みたいなものだね。おれ、あれこれ企画だけは思いつくんだけど実際の手作業が追いつかないんだよ。それで、この通信も「まほろば」に置いておくだけ。来た人だけが勝手に持っていくというものなんだよね。これじゃあ実際には発信していることにはならないんだけどね。なんというか、アリバイ証明みたいなものでしょうなあ。「まほろば詩話会」を考えたのも商売上手じゃなくてね、実際は地域の喫茶店としての営業を軌道に乗せないと「まほろば」が成り立たない。それで、パーティーや会議や息抜きで「まほろば」を利用していただくと、とても嬉しい。すると、それで一日はあっという間に終わる。それでいいのかなあ、と思ってしまうんだよね。まあ「現代詩資料館」としての特色も出していこうと考えているわけです。思いついたことをロクに考えずにやっているだけだったりして。あはは。
4月10日
朝寝をして「らぶ」と散歩。お昼を食べて昼寝。なんだか神経が疲れている感じだね。お店を開けていると、いろいろなお客さんが来る。おれも春は苦手でね。人肌の不安が桜や木蓮の花影に漂っているのが分かるんだよ。そんな不安を持て余した人に引っかき回された一週間だったなあ。まあ、お客さんは何かしら聞いてもらいたいことがあって来るんだけどね。ほどほどにしてもらわないとこっちがくたびれちゃうんだよなあ。お店の人であるおれにもペースがあって、誰も来ないと焦るけど、一息つきたい時もあるんだよね。叶わぬ願いだけど、来て欲しい時間にはどんどん来てだね、他のことをしたい時間には誰も来ないでね、なんて都合のいいことを考えているんだよ。たまにそういう一日もあるけど、ほとんどは、お客さんペースで終わってしまう。これってストレスだよなあ。気分転換に今日は「まほろば」に寄りつかず、自宅でゴロゴロしている。ほとんど「まほろば」で過ごしていたから自宅の書斎なんか物置状態なんだよ。ちょっと生活を立て直す時期かもね。いや、頭の中を整理してだね、今後どのような夢を育むべきか春に際して考えた、ということです。まあ「まほろばの日々」にも慣れたということだね。それで、反省する余裕もでてきたと、そんなところでしょうなあ。
4月4日
強風が吹き荒れるかと思うと翌日は一転して静かな日になったりする。そんな静かな午前、空から天女の羽衣が音もなく舞い落ちるのを見た。「まほろば」の東側はウチの畑で、その隣は造園用の植木畑になっている。そこへ長い尾を引いて白い布が舞い落ちる瞬間を見たのだった。半島からと思われる正体不明の気球が落ちることがあり、それかと思ったが違った。明らかに農業用資材のひとつで、マルチ栽培に使われる白い布であることが分かった。それにしても、どこの畑から吹き上げられ、どれくらい大空に漂っていたものだろう。なんだか、とてもいいものを見たような気分だよ。吉兆だと思いたいけど、その後の「まほろば」の兆しは女難の相みたいなんだよなあ。いや、トラブルというんじゃなくて、楽しいような怖いようなね。と、つい口ごもるボク。話変わって、親族の病気見舞いに渋谷に行った。ハチ公前で一休みしながら風俗ウォッチング。噴火も総理危篤も関係なく、ここは相変わらず待ち合わせのメッカですな。見ているうちに数組の出会いを確認。その上に五分咲きの桜があって、鳩が間抜け面で止まっている。おれ、鳩少年だったからね。伝書鳩は木に止まらないんだよ。そういうのは一番ダメな鳩のわけ。まあ、なんだっていいのかなあ、この国は。
3月27日
まだ風は冷たいけど、確実に春の気配だね。センバツ高校野球が始まったけど、昨夏は全国優勝した県なのにセンバツされていないのはどういうことかね。やはり、つまんないんだよなあ。プロ野球も開幕するけど、以前のような興味が薄れたね。すべての制度が疲労し、軋み、壊れかかっているのに、プロ野球だけは巨人を中心に回り続けているんだからシラけるよ。まあ、たかが野球だけど、揺るぎないと思われた大企業でも没落するご時世なのにね。本当に「巨人軍は永久に不滅」なのかもしれないよ。まあしかし、こんな時代だと、スポーツ選手しかヒーローにはなれないだろうね。分かりやすいし社会的に影響ないしね。脳味噌まで筋肉みたいな単純明解な人間がいいんだろうなあ。近くに榛東南小学校があって、マラソン大会なんてのもある。先頭の子が颯爽と走っているのを眺めるのは確かにいいよ。でもねえ、一番がいればビリもいるんだよ。おれはどうしてもビリの子に感情移入しちゃうんだよなあ。いいんだよ、ビリだって、人生は競争なんかじゃないんだよ、と言ってやりたくなるよ。なんかブツクサ言ってるけど商売がうまくいっていないわけじゃないよ。今月も売り上げ目標には届きそうだしね。たぶん、春のせいさ。
3月20日
鈴木良一と午前2時まで飲んでしまった。事前にいただいていた「越乃寒梅」をたちまち飲み干す。帰ってきた「日本赤軍」の話になったけど、弾まないんだよね。何か言え、なんて言うなよな。それにしても長い時間が流れたものだ。あのころ胸の内に隠した思いはどんなかたちで残っているのやら。ひとごとみたいだけど、こころが騒ぐのは何故かね。朝方、凄い風の音で目が覚めた。午前中に帰るという鈴木良一を「やすらぎの湯」まで送った。祭日なので、そのまま店を開けたけど閑。午後になって、同じ新潟から田中武さんがやってきた。急に思いついて家族で来たと言う。ありがとうございます。今夜は画家の今井敬二の新築祝いに招かれている。カミさんはひどい花粉症なのだが、出かけるつもり。レンタルビデオを借りにいったが、小さな店なので観たいものがなくなってしまった。どうもお休みモードに入っているのか調子がでない。まあ、寝不足もあるのかな。ちょっと、このところテンションが低いよなあ。おや、火事だよ。消防車がすっ飛んでいくけど、ああ、あそこか。野火みたいだけれど、たいしたことはなさそうだね。やれやれ。
3月13日
カミさんの教え子たちのクラス会があった。この春に高校を卒業した子たちだけど、大学や社会人としてこの村から散っていく春なんだね。おれの大事な記憶もこのころからなんだよなあ。総勢27名の食事会だから忙しかったけど、この世代で貸し切りということは初めてかな。きっと彼らにとっても忘れられない日になるだろうね。おれも久しぶりにハイティーンの輝きを素直に眺めたよ。これからみんな、汚れちまうんだろうなあ。今度は成人式に使ってくれよな。いや、この中の何人かが「まほろば」を記憶してくれればいいよ。遠い青春の日、先生の旦那さんがやっていた店があって、そこで最初のクラス会をしたんだよ、ってね。ロマンチストのおれとしては、彼らと同じ頃の自分と重ね合わせて人生をふりかえってしまったよ。「らぶ」を車に乗せて仕入れに行った。後ろの席に立っている「らぶ」の顔が運転しているおれの左肩にあって、どうだいドライブも楽しいだろ。別に返事はしないけれども、そんな気分で上毛大橋を渡った。左前方に2年前に辞めたゴルフ練習場のネットが見える。本当にすっかり変わってしまった生活だけど、これを望んでいたんだよ。見事に社会的地位とも高額賃金とも無縁になった。しかし、なんと贅沢なドライブではないか。さあ、次を右に曲がるぜ、「らぶ」。
3月6日
一族の結婚式に出席した。父が引退を決め込むのはいいけど、土曜日の昼間に店を閉めて行かなければならないからね。帰宅して3時から開けたけど閑だったよ。一族のつきあいだけど、昔みたいに同じ農家の生活をしているうちは持ちつ持たれつという面が確かにあったけれど、いまはバラバラだからね。家の思想が基にあるから、おれなんか本当に嫌だね。たぶん、おれのDNAにまで作用していて子供ができなかったんじゃないか、と思うほどだよ。まあ、しかし、結婚式で日頃馴染みのない親戚が能面のように並んでいるのは、おれのときも同じだったけど、今回はおれがその一人だよ。本家の長男といっても他人様より知らないんだものね。田舎の地縁、血縁というけれど実際はこんなものだよ。一族郎党の代表7人とタクシーで式場に行き、たいした話もせずに済んだら同じように帰ってきた。それだけ。同窓会の連絡係りもしているけど、これも、歳月は残酷なもので、子供のころの顔しか覚えちゃいない。懐かしさと同時に嫌な思い出までよみがえってしまう。だんだんユーウツになっちゃうんだから困ったものだよ。ふと気づくよね。この3月3日で49歳になったというのに、たいして変わっちゃいないんだよ。特に感情の構造はね。何のために詩を書いてきたのかね。
2月28日
土曜会は6名の参加。主婦三人組は和服で登場。男ばっかりだと話も弾まないから貴重な存在なんだよね。ネタは下の方へと落ちてゆき、やがてお開き。久しぶりの井上敬二のターゲットはおれになっちゃったよ。おれは別に「まほろば」で現代詩の啓蒙普及に努めているわけじゃないけど、そんな風に見えるのかも知れないね。確かに、詩の書き手ばかりと話していると、特有の雰囲気に慣れてしまうんだよね。曰く、そんなに志の高い世界じゃないじゃないか、とか、所詮、趣味でしょ、とかね。誰も認めてくれない世界だからこそ楽しい、なんて、全く書き手の側の言い分じゃない。おれは、そんなところで楽しくやることには興味はないね。書き手が詩を見限ったらお終いだし、そうして詩が滅びていくんなら仕方がないよ。でも、まだ誰も書いていない詩があると、おれは思っている。そのうえで、誰も認めてくれない現代詩の世界とつきあっていこうとしているんだよ。次の日に、中澤睦士の出版記念会というか、合評会があった。「銀猫」の同人が初めて勢揃いしたんじゃないかな。おれは、パーティーだとは思っていなかったんだけど、女性陣はそのつもりだったみたいで、なんだか打ち合わせ不足だったみたい。この席でも、詩に対する意識の違いを感じたね。「詩とは何か」ということは、確かに変わらぬテーマだけど、もっと絞り込んだ議論をすべきだよね。詩の党派性が失われて久しいけれど、こう何でもありになっちゃうと議論にもならないからね。いささかおれも混乱気味なのか、スーパーのトイレに財布を置き忘れてきちゃったよ。気づいたのは帰宅してセカンドバッグを何気なく開けた時だからね。びっくりしたよなあ。完全に出てこないと思いながら電話してみた。届いていたんだよ。おれ、このごろの世間を信用してなかったらね、奇跡だと思ったよ。そんなに棄てたものでもないかもしれないね。世間も現代詩もさ。
2月21日
家族が次々と風邪をひいていて、元気がない。おれもひきそうなんだけど、寝込むほどではない。やたらと元気がいいのは「らぶ」で、寒風のなかを散歩だよ。こいつ治っちゃたのかなあ、いいことだけど。このあいだ、八木幹夫が電話してきて、同人誌のアンケート企画に答えて欲しいという。よくあるやつだけど、電話を切ってから落ち込んだね。おれ、アドリブが効かないんだよね。なんと平凡な答えを言っちゃたのかなあ。まあ、このところ、すっかり「まほろば」のマスターをやっちゃってるからね。ちいさな商売人になっているのかもね。ちょっと本気で詩について考え直す時期に来ているね。なんというか、書き手ではないお客さんと詩の話をしていると、どうも自分の詩観が揺らいでくるんだよ。実に素直に詩を読もうとする人に対しては曖昧な解説はできないじゃない。すると、いくつかの基本的な考えが突き詰められてしまうよね。言葉の全ての意味を理解しようとする読み方があって、なんとしても、そこから先へ行けないなんてね。こう言われると困っちゃう。詩の書き手ならある程度のニュアンスは伝わるんだけど、そこからの飛躍を説明できないと詩を楽しめないよね。てっとりばやいのは、そんなことでつまづく間もなくわかる詩を提示してやればいいんだけど、そういう作品は少ないんだよ。やはりおれが書くしかないという元気な結論に達するんだけど、嗤わないでね。先週のトラブルをきっかけに二台のパソコンの調整ができた。解消してみれば、ユーザーの能力不足に尽きるということ。ちゃんとマニュアルを読めばいいのです。まあ、温泉にでもつかりながら態勢を立て直すことにするよ。
2月14日
このところ、とても忙しい。演劇教室の打ち上げが11日で「ポエトリーステージ」が昨日、明日も小パーティーが入っている。何故か重なるんだよね。いいことなんだけど、歳だからバテ気味だよ。免許の更新に行ってきたけど、視力が極端に落ちているのが分かって愕然としたよ。5年前には視力検査なんて気にもしていなかったのにね。辻さんも眼からだったなあ、なんて思ってしまったよ。いかんなあ、商売繁盛で「ポエトリーステージ」も大盛況だったんだから、るんるん気分のお休みのはずなのにね。ちょっとメールチェックをしようと自宅のパソコンを起動したらエラーメッセージ。なんだかメモリーに異常があるみたいだけれど分からない。メカも故障するんだよなあ。ウインドウズは立ち上がるんだけど、初期設定じゃないんだよね。忙しいのに宿題ができちゃったよ。「ポエトリーステージ」の報告を少し。八木忠栄さんの送迎は中澤睦士に頼んだ。中澤クン、ありがとね。八木さんの講演は「詩人と俳句」だから「余白句会」の話題が中心。数年前に地元の小野上温泉に泊まって「余白句会」があって、おれとカミさんも参加した。そのときのおれの句を紹介されたのにはまいったね。いや、いい点とったんだけどね。辻さんも元気だったなあ。八木さん撮影のビデオを2本観て、なごやかにお開き。出演証拠色紙はイラスト付き辞世の句「晩年も西瓜の種子を吐き散らす」でした。忠栄さん、ありがとう。
2月7日
今日も仕入れやら支払いやらで10軒ほど回ってきた。営業日は基本的に動けないのでどうしても用事がたまってしまうのだが、週に一度のドライブと思えば楽しい。それにしても行動範囲が狭くなった。別に昔から留守番大好き少年だったからちっとも退屈しないのだけれど、閑なときに詩が書けるかというと、そうでもないんだよね。もっぱら、週に2本借りてくるビデオを観てしまう。それも新作を次々と、というわけではなくて、なんとなく眼についたモノだね。先週は「プライベート・ライアン」と「チャーリー」だった。映画にはウルサイ嵯峨恵子さんが、詩書と一緒に数本のビデオを送ってくれたのは嬉しかったなあ。まだ、何か言うほどビデオ(映画)を観ていないけど、「ニューシネマパラダイス」にいい台詞があったよ。主人公の青年に老映写技師が言うんだよね「おまえが観てきた沢山の映画より、人生は難しいんだぞ」ってね。まあ、もっと気の効いた言い方だったかもしれないけど、人の創ったドラマを観ながら過ごしている自分に気がついてドキリとしたよ。「他人に優しく、そして自分の詩作には厳しく」とは、清水哲男の辻征夫評だった。どうも、このところのおれは揺れているね。この日誌はいつもぶっつけで書いてるからマズイよなあ。プリントアウトして読まないでね、きっと支離滅裂だから。言い訳はしないけど。
2月1日
生きているうちは毎日に対応しなければならない。原稿の締め切りだってくる。お店はお休みなのに、常連のYさんから自宅に電話が入った。ゴルフの練習に連れてってだってさ。えー、これから原稿書かなきゃだしいー、なんて言ってみたものの仕方ない。おれ、もうゴルフなんかしたくないんだけど、できないとは言えないんだよね。しかし、今日は寒い。からっ風がビュービュー吹いている。業界で仲のよかったKさんの練習場に行った。つい話し込んでしまってYさんのコーチができなかった。ごめんね。ここまで書いたらカミさんから電話。家庭の平和のために帰宅。あまりに寒いので深酒をして寝てしまった。で、更新が一日遅れ。朝から常連さんが切れ目なく来る日で、日暮れまで手が空かなかった。こう言うと忙しそうだけど、たいした売り上げじゃないよ。まあ、なんとか時間をやりくりして資料整理をしたり、原稿を書いたりしているんだけれど、まだ乱雑なんだよなあ。まあしかし、あまり自分を追いつめてもロクなことはないからね。ノーテンキにいかせてよ。お叱りは甘んじて受けます。
1月24日
斎場まで行って顔を見た。八木幹夫と晴れた空に立ち上る煙を眺めようとしたが、ゆらゆらとその辺りの空が歪んで見えただけだった。骨を拾った。それから悄然と葬儀場へ戻った。井川博年が誰に言うでもなくつぶやき続けるが、応じる者はいない。皆、無口になっていた。まだおれは、辻征夫の通夜、告別式の様子を冷静に報告できない。多くの詩人たちが駆けつけていた。その中心は「余白句会」の仲間だった。特に、井川博年、國井克彦は40年来の友人なのだ。小田久郎、山本かずこ、清水哲男(代読、八木幹夫)、小沢信男が弔辞を読んだが、いずれも心底からのお別れの言葉だった。大詩人たちが涙をこらえていた。野暮はよそうよ、粋に送ってくれよ、と辻征夫が言っているようだった。おれは、辻さんが参列者に紛れて自分の葬儀を眺めているような気がした。司会をしていた井川さんが「辻、40年間遊んでくれてありがとう」と言ったときにはこらえきれなかった。いまでもダメだよ。いくつも葬儀は経験したが、こんなに素晴らしい葬儀はなかった。もっと詳しく書いてもいいのだが、とてもそんな気分にはなれない。全てが終わり「余白」のメンバーを中心に駅前の喫茶店で静かにコーヒーを飲んだ。それから、一人二人と乗り換え駅で別れた。最初から最後まで八木幹夫夫妻と一緒だった。お世話様でした。郁子さんと二人の娘さん、辻さんの妹さん、弟さん、見事に辻征夫の葬儀をだしましたね。ありがとうございました。
1月17日
辻征夫さんが急逝してしまった。昨年の暮れに電話で話したが「元気じゃねえんだよ」なんて言っていたから心配はしていた。その夜、おれたち夫婦は愛犬「らぶ」の容態を気にしていたのだった。周期的に鼻から大量出血を繰り返していて、その夜もカミさんは薬をもらいに動物病院に走ったのだった。日曜の朝、それでも散歩をせがむ犬を連れて「まほろば」へ開店準備にきた。まだ新聞を読んでいなかった。八木幹夫さんからの電話が鳴った。なんということか。いまここで、なんと書いていいか分からない。とにかくこれから千葉に向かう。八木忠栄さんがあれこれ手配をしてくれているらしい。もうバスの時間が迫っている。
1月10日
何事もなく2000年は明けたけれど、コンピューターの叛乱にそなえて待機していた人も多かったみたいだね。ハイテク社会の危機の現れだったけど、この畏れは神話的でさえあるね。それはともかく、おれと同じ節句生まれで、丁度この歳の元旦に死んでしまった詩人を思い出すよ。合掌。生きているおれは多忙だった。地区の発会が元旦にあって、それから例年通りカミさんの実家に年始のご挨拶。大晦日には二人の弟とその家族が集まり、しみじみと大酒を飲んだあとで、同じく大酒飲みの義弟相手だからね。しかし、今年もおれの勝ち。義弟が酔いつぶれたのを確かめて帰宅。まあ、今年はのんびりいこうと三日まで休んだよ。そんなこんなで「JAZZ・ナイト」の入りが心配になったけど、新年早々カリカリしてもしょうがないよね。で、当日。出足は悪かったものの「Intrigue」の女性三人組が到着する頃には、そこそこの入りになったのだから有り難いものだよ。この三人、恩地妃呂子さんなんて北九州からだぜ。初めて来た人はよく間違えるんだけど、勝手口から覗いた恩地さんはなかなか可愛かったよ。川本真知子、奥野雅子という大学時代からのトリオらしいけど、それぞれの個性が自然とパートを担っている感じがしたよ。常連のオバさまたちも珍客に大喜びだったね。今日で冬休みも終わり。マスコミで知って訪ねてくれた人も多かった正月だった。たくさんの年賀状、感謝。ネットの皆さん、今年もよろしく。今夜、強風とともに真冬が戻ってきた。
12月30日
さっき木村哲也氏が帰っていった。連泊して資料チェックをしていったんだけど、文教大の詩誌の箱が未開封だったので、ついでに整理してもらっちゃったよ。で、おれは何をしていたかというと年賀状書き。喫茶営業をしながらだからね、どうしても予定通りにいかないんだよ。そんなわけで、まだ投函していません。元旦には届きませんがお許しのほどを。忘年会は、参加16名という盛況だった。主婦3人組がしっかりと仮装してきたのには驚いたよ。仮装グッズを提供してくれた人がいて、宴たけなわの頃には皆、三角帽子やサムライかつら、きらきら首輪で大盛り上がりだったぜ。メンバー構成は、詩を書く人7人、ミュージシャン1名、ゲージュツ家1名、新聞記者1名、主婦3名、文芸とは関係のない人3名、というところだね。まあ、おれが気を遣っても仕方がないので野放し状態だったけど、そこはそれ、大人のパーティーさ。気の合わない同士は、ちゃんと間合いを計っていたよ。お泊まり3人。女性がいたので、男二人は店に寝てもらったよ。後かたづけをして帰ったら午前4時だったなあ。こんな日ばかりじゃないけど、とりあえずしなければならないことをしているだけで、あっという間に1日は終わる。ばかりか、やり残したことが溜まり続ける。おかしいなあ、のんびりとした「まほろばの日々」を送るつもりだったのに。まあ、身体を壊しては元も子もないからね、適当にさぼらせてもらうよ。
12月20日
店のパソコンのメール設定が違っているらしく、どうしても送信ができない。あきらめて自宅のパソコンで送ることにしてフロッピーで持ち帰ったよ。店でも家でもカミさんと一緒にいるとパソコンの奪い合いだからね。おれは、ちゃんとだね、原稿書きとか案内状作りとか日々の売上管理とかホームページ作りとか、正しいパソコンの使い方をしているのに、カミさんはゲーム一筋。それも長時間だからたまらないよ。おかげでおれは今夜も飲み過ぎてしまったよ。更新用のファイルは店のパソコンに入っているので、また戻ってきたけど、今夜は寒いぜ。月明かりが凄くてさ、自分の影がくっきりと見えるよ。留守電が一本入っていたけど、何もしゃべらず、テレビかな、居酒屋かなという音がしばらく聴こえて切れていた。誰だろうねえ。一応、年末ということで、あれこれ気になるのだけれど、何と言っても資料室の整理だね。いつも未整理状態じゃあ、来てくれた人に申し訳ないからね。またまた書架の増設ということだよ。文教大の最終便が16箱あって、そのほかにも同じくらいの未整理分がある。こんな乱雑な状態で、よく開館しているものだと言われるからね。しかし、パソコンじゃないけど、フリーズ状態になるよ。泣きが多いなあ、このごろ。
12月13日
店をやっていると家族で夕食をする日が限られる。おれはどうでもいいのだが、カミさんはこだわる。休日の仕事を途中でやめて帰宅した。鍋を囲んでの一家団らんというやつ。しかし、今日は皇太子妃の懐妊騒ぎで、子どものいない我が家の話題としては具合が悪い。いきおい、おれは飲み過ぎるね。めんどくさいからね。仕事の続きをやろうとしてパソコンを持ち帰ったけれど、カミさんとピコピコとゲーム。ああ、こんなことをしている場合ではないのに。そこへ「ボルドーの白」をだしたばかりの山本博道から電話。1時間ほどおしゃべり。20年前に一度逢ったきりだけど、ずっと作品のつきあいは続いているからね。直前に泉谷明氏にも電話したというから、その勢いでおれのところに電話してきたんだろうね。なんとなく分かるね、その気持ち。で、もう酔っぱらっちゃって何もする気にならない。そのまま寝ちゃったよ。とても忙しい夢をみていた。年末の追い込みで、エイエイオーなんて、かけ声をあげている夢。おれ、もうサラリーマンじゃないのになあ、なんて思いながらみていた。散歩をせがむ「らぶ」の鳴き声で目覚める。もう、サラリーマンの皆さんは働いている時間。 のんびりと犬を連れて散歩。風もない静かな日だが、ヘリコプターがうるさい。店を開けて最初のお客を待っているところだよ。
12月6日
休みなので、のんびりと愛犬と散歩しながら「まほろば」へ。こんな日にかぎってお客さんが来るね。まあ、同級生のG君だったのでコーヒーをいれたよ。当人は離婚、おまけに秋口に父親を亡くしたばかり。みんな大変なんだなあ、と思いながら近況を話し合ったよ。それから休日にしかできない用足しにでた。ちょっと悩んでいるのが車のことだね。おれの車はBMWなんだけど、ゴルフ業界にいたからね、多少は見栄も張ってたわけさ。別に言い訳はしないけど、はたから見ればバブリーな生活だったかもね。それが、つつましい小商いに転じたと同時に、車の方もガタがきたというわけ。まあ、パンクしてるのに、すぐ近くだから自宅まで転がしていっちゃったんだよね。それでパワーステアリングを壊しちゃった。車検のついでに見積もってもらったら高いんだよね。一度はさよならと決めたんだけど、修理工場で荷物を出してからエンジンをかけてみたら気持ちがグラついたね。おれ、機械に対しても情緒的なんだよ。動かなくなったわけでもないのに、廃車すれば部品取りの野ざらしになる運命。一応、廃車の書類をもらってきたけど、どうしようかなあ。しかし、どんな機械も壊れるんだよね。パソコンのプリンターも調子が悪くて、インクカートリッジを買い換えた。どうやら印字できるけど、このまえ交換してからそんなに経っていないような気がするけどなあ。今週はつまらないボヤキになっちゃったね。ネットの無駄使いだよなあ。失礼しました。
11月30日
大熊さんの写真展の打ち上げ準備をしていたらTBSから電話。翌朝の「永六輔・土曜ワイド」で「まほろば」を紹介したい、という話だった。まあ、予定していた企画が流れたみたいだったけど、断る理由はないよね。これは、荒川さんが永さんに紹介しておいてくれたことによるものだけど、荒川さん、こんなに応援してもらっていいのかしら。で、翌朝の9時半頃にラッキー池田さんの「まほろば行」の一声が放送された。一応、おれは店にきていたけど、スタッフは10時到着予定だから、誰もいない静かな土曜の朝の「まほろば」だよ。別に誰にも放送予定なんて知らせてなかったけれど、近所のこどもたちを中心にわらわらと人が集まってきたのには驚いたね。同級生のS君がカメラを下げてやってきたりね。スタッフはいかにも業界の人という手際の良さ。ラッキーさんも真面目な人だね。お笑い系のタレントさんは、真面目な人が多いとおれは思っているよ。荒川さんが電話してきて、アドバイスしてくれた。おれにも何か読めというので、辻征夫さんの「貨物船」を読んだ。ちょっとご無沙汰しているし、体調が悪いのを聞いていたからね。たぶん、辻さんは聴いていなかったろうけど。「いい詩を読んだね」と、荒川さんに言われて嬉しかったよ。東京ローカルの番組みたいだけれど、永さんも「まほろば」に興味を持ってくれた結果だろうね。翌日は早速、何組かの遠来のお客さんが訪ねてくれた。こうして少しずつ「まほろば」は知られていけばいいと思っているよ。
11月22日
八木幹夫さんがネット仲間になりそうだ。そのうち、あちこちに現れるかもしれないね。こうして確実に詩人のネット参加は増えていくのだろうけど、2000年問題みたいにこの世界も楽観できないと思うね。おれなんか本当に初歩的な知識だけでやってるからトラブルに見舞われるとお手上げだもんね。一度ハードディスクを壊してから、すっかり自信を失ったよ。ソフトの相性もあるらしくて「筆まめ」のインストールにも失敗しているしね。なんだか自宅の旧式デスクトップパソコンの方が頑丈な気がするけど、とにかくでっかいからね。まあ、おれに2台のパソコンを自在に駆使する能力がないだけだけど。今月は、おかげさまで忙しい。小山和郎さんが「蜘蛛の巣営業」と言ったけど、その通りです。これもそうだけど、細くてながーい蜘蛛の巣を張り巡らせて「おれは待ってるぜ」てなもんだろうね。でも人聞きが悪いよなあ。来た人が可哀想みたいじゃない。このページの読者から、もっと楽しそうにやってもらいたいなあ、なんて言われたけど、ほら「明るいのは滅びの姿だ」なんて言葉もあるじゃない。ちょっとユーウツそうなポーズが、おれの元気な証拠なのを知らないね。いや、お店ではいつだって元気だよ。返事がトンチンカンになってるときは、楽しい空想をしているときか、単なる寝不足さ。
11月15日
「JAZZ・ナイト」が無事に終わった。実は大変なミスをしてしまい、ハラハラドキドキだったんだよね。3回目ということで、おれも今成も油断していたんだろうね。まあ、ちょっとおれのテンションが落ちていたのが主な原因だね。ダブル・ブッキングに気づいたのが3日前のこと。どうしよう、どうにかしなくては。このピンチに今成は、コーヒーを一杯飲み干すと動きだした。なんと頼もしい男、とおれは思ったよ。しかし、ピンチは続く。当夜のうちに見込みがつかない。翌日、予約の電話を受けながら、おれの不安も募りだしたね。しかし、今成の人脈が最終安全弁を開いてくれた。二部構成、30分遅れで「JAZZ・ナイト」は開演した。お客さんの入りもまずまずだったし、急遽、一部のステージを努めてくれた「石曽根・トリオ」も気持ちよく演奏してくれたよ。二部には、売れっ子トロンボーン、今成寛もめでたく合流できた。こんなこと書いちゃマズイかなあ、なんて思うけど、今成が「まほろば」のステージを大切にしてくれていることが分かって、おれとしては感激したんだよね。例によって居残った「銀猫」の仲間たちと祝杯をあげたけど、今回の酒は格別だったよ。それにしても、スリリングな4日間だったなあ。いい経験をしたよ。
11月8日
資料室の整理に追われている。1日5箱のペースだけど、その間にも別口が届くんだから焦るぜ。ただ、だいぶ重複がありそうだから全てが収まるわけじゃないけどね。それにしても、自分で取り出しておかないと見当がつかないから、文教大の分だけでも出しちゃわないと。あと、20箱まできたけど、なんというか、詩集というのはこころの塊みたいなものだから、毒気に当てられるというか、頭が痛くなりそうだよ。夕べも深夜までやっていたら身体がふらふらするんだよね。で、今日は朝寝を決め込んでしまった。あちこち買い物やら支払いやらをしてくると、もうたそがれの気配だよ。のんびりとした「まほろばの日々」だと思っていたけど、とんでもないね。「文学界」が送られてきたので、なんだろと思ったら荒川洋治さんが、また「まほろば」について書いてくれたのだった。12月号を買って読んでみてね。ああ、これを読んで来てくれる人のためにも、ビシっと資料室を整理しておかなければ。しかし、ちょっとカリカリしすぎだよなあ。もう少しルーズでいいんだよなあ。いや、ルーズすぎたから焦るはめに陥ってるんだろなあ。しょうもないことを考えている閑があったら作業に取りかかるべきだね。今夜は「やすらぎの湯」で両親と妻の誕生会の予定。こういうことも必要だからね。借りてきたビデオも観たいしなあ。
11月3日
10月は、なんとなくお休みという雰囲気になってしまった。なにもしないと、とたんに閑になるね。まあ、ただ開けてるだけじゃ商売にならないということだね。なかには話し込みたいお客さんもいるからね、そういう人は混んでいると帰っちゃうんだよ。で、ほら先月なんか閑なんだから、来て欲しいのに、そううまくはいかないんだよね。こういう時は資料室の整理が一番なんだけど、一人でもお客さんがいるとほっとくわけにもいかないじゃない。ようやく書架のスペースを空けたけど、実はまだ大量の資料が未開封の状態。木村哲也氏が様子を見にきたけど、ごめんね。地元の公民館長も、リストにお目当ての詩集があって、早く出せとせっつくんだよね。来週、地元の中学の職場体験ということで、二人ほど中学生が手伝いに来ることになっているけど、今年は女の子だからね。なんとか、書架に収めたものを整理するという手はずにしておきたいものだよ。昨日は葬式帰りの一団が寄ったし、今日は家族連れが二組入って忙しかったなあ。このところ、カミさんは、すっかり中学の部活モードに入っていて、全くアテにならない。まあ、いいけど、ちょっと混むとうらめしい気分になるよ。飯島章が、風邪ひいた、なんていいながら来た。おれ、風邪なんかいらないからね。さあて、資料整理をするぞ。
10月25日
文教大学からの2便の整理を気にかけながらビデオを観てしまう。「カサブランカ」と「ティファニーで朝食を」という名作シリーズに入った。なにしろ先週は「湘南爆走族」に「7人のオタク」だったからね。恥ずかしながら、この名作を観ていなかったんだよ。いまも田舎だけれど、当事は正しい田舎だったからね、洋画作品なんか前橋、高崎まで行かないと観られなかったんだよ。隣町は箕輪町で、いまじゃ田舎町だけど、昭和30年代には映画館が二つあって、日活アクション映画と東映時代劇だったなあ。ということはさておき、「カサブランカ」はさすがに名作だね。イングリット・バーグマンのうつくしいこと、ハンフリー・ボガードのキザなこと、こころが洗われたよ。おれ、なんだか、こういう一時代前の美人が好きだねえ。まあ、古くさいんだよ、ほっといてくれよ。ヘップバーンも「ローマの休日」の方がよかったなあ。実は、メグ・ライアンが気に入っていて、観ているんだけれど、のほほん茶のCMにでたりしているのを観ると、ちょっと違うような気がするね。まあ、まだまだというか、格が違うね。バーグマンだって、でっかいウンコをするのを知っている歳だけど、それでもいいよなあ。なんちゅうか、恋心を思いだしたいような気分なんだよなあ。別に相手がいるわけじゃないけどさ。
10月18日
今週は誰それが来た、というような報告はマズイのかなあ、なんて考えてしまうね。おれとしては、ネタのひとつなんだけど、いい気になっていると思われるかもね。ううむ、考え過ぎかなあ。今日は、籾すり。80歳近いお爺さんが、年に一度の仕事として出張してきていたんだけれど、ついに引退ということになった。さて、どうするか。何人かの専業農家がグループで、兼業農家の請負をしている。おれたちより、ちょっと上の世代で、日本農業に意地を抱いている世代だね。当然、高度成長期の享楽のなかで、農民としてのこだわりを捨てたおれ(たち)とは違和があるんだけれど、現実的に籾すりをどうしよう、となれば、このグループが気心が知れているということになる。なんだか、おれは、妥協に妥協を重ねて楽な方に行こうとしているような気がするよ。反省だけなら猿にもできるか。ともかく、それで半日は終わり。気を静めて、今日しなければならないことをメモに取る。ほんと、こうしないと、忘れてしまうんだよ。前橋の「遊書館」という本屋さんに「現代詩手帖」を毎月頼んでおいたのだが、今月一杯で閉店という貼り紙。どんな本でも、こまめに注文書をまわして取り寄せてくれた本屋さんらしい本屋だっただけに感慨深いなあ。何があったのかねえ。あれこれ、用事を済ませて「まほろば」へ。それから資料室の拡張工事。休日は忙しいよ。
10月11日
振り替え休日なので店をあけているけど、お昼だというのに、今日はまだ誰も来ない。一応、飲食店だから切ないよね。わがままなもので、もう忙しかった日のことは忘れているんだよね。昨日は三重県から訪ねてくれた人がいたし、一昨日は大阪から「彼方社」一行、東京から「檸檬屋」一行が訪ねてくれた。それなりに「まほろばの日々」は面白いのだけれど、秋のせいかねえ、おれのココロは沈みがちだよ。なんというか、つい商売優先になっちゃうからね、精神の凧上げを怠けているんだよ。それが、妙な不安をかきたてるんだろうなあ。ほら、部屋中がとっちらかっていて、どこに何をしまったか、何か忘れていやしないかというような不安だよ。しこしこと整理するしかないんだけど、どこから手をつけていいか分からない状態ね。で、呆然と煙草を吸っているという所在のなさかな。まあ、これに耐えるしかないけど、そろそろお客さん来ないかなあ。待っていると来ないもので、合間にできることはたいしたことじゃない。やはり、営業中は忙しくないと調子がでないね。今夜はひとつ予約が入っているし、明日も宴会が入っているんだけど、ほら、それだけじゃ間がもたないじゃない。ううむ、何か精神状態がおかしいね。秋のせいだよ、きっと。
10月4日
秋谷豊さんの詩の教室に使ってもらった。月に1度、前橋で開講していて、その生徒で「地球」同人の六本木伸一さんが計画してくれたんだよ。総勢8名だったけど、こうして新しい書き手に出会えるのは嬉しいね。土曜日は「銀猫」の同人会だった。中里諒子の詩をみんなでいじくりまわしていたよ。そうすると、結局、いじった人の詩になっちゃう。この日は集合が早かったから解散も早かった。実は、地元のグループの宴会が入っていたので助かったんだけどね。なんというか、地元の親睦会というのがあって、若奥さんの会もある。そのグループが合同でバレーボールをして、その打ち上げということだったね。来てからのオーダーだったから忙しかったなあ。総勢20名で、スポーツの後だから元気。生ビールを追加しておいてよかったよ。本当の地元だからね、洟垂れ小僧の時代から知ってる人ばかりだけれど、それだけに微妙な感情もあるんだよ。まあ、ようやく「まほろば」も認知されたのかもね。しかしねえ、こんなときに限って料理がうまくいかないんだよね。意識しすぎると失敗する見本みたいなものだね。二次会はすぐそばのHさん宅だったから、店閉めた後1本提げて、ご機嫌伺いに行ったよ。どうも、ここで皆カラオケというパターンみたいだね。朝方までつきあったけど、それなりに地元の交流関係が分かるね。まあ、またよろしくね。
9月27日
小野関さんの書展は、異常な盛り上がりが最終日まで続いた。地元の有力者の力とはこういうものかね。この企画は、元仏師で、いまは地元の実業家として成功しているH氏の持ち込んだものだけど、まだ1ダース近くの芸術家が控えているとか。別に商売上手で議員さんの作品展をしたわけじゃないよ。仕掛けたH氏もこんなに動員できるとは思わなかったみたいだね。延べ200人以上だからね、こっちも忙しかったぜ。そんな土曜日に野沢啓氏が中本道代さんとやってきた。ゆっくり話せなかったのが残念だったよ。一段落したと思ったら、柔道部の生徒7人を連れて、この春転勤になったEさんがやってきた。そんなわけで、忙しいところをみせただけだったなあ。でも、こういう応援がなによりも嬉しいね。それから「土曜会」の準備だからね。いつもは、宴会料理を作る時間は十分あるんだけど、この日は書展のお客さんが切れない。飯島なんか、様子が違うので「土曜会」は中止かしら、といったんは帰ってしまったらしいよ。るみかさんも現れなかったなあ。井上敬二が久しぶりに現れて7人という会。例によって、おれが寝たのは午前3時過ぎ。翌日は書展の打ち上げ。そこへ、演劇グループのリハーサルが入った。贅沢だけど、疲れました。今日は休み。仕入れに行かなきゃ売るものがない。で、車が壊れるんだから、ちょっと稼いでも追いつかないよなあ。やれやれ。
9月20日
丁度1年でこのページのメモ帳が一杯になった。興味のある人はバックナンバー1に入ってね。昨日は「裳」の同人会に使ってもらったよ。毎回使ってもらうので有り難いよ。曽根さんに感謝しなければね。小野関さんの作品展が盛況で、今日は休みなんだけど開けたよ。さすが村会議員さんだよね、村の名士がぞろぞろやってきたよ。まあ、おれは日頃、こうした方々におもねないから、開店1周年だというのに初めて来る人ばかりなんだよね。つまり、村の中枢の方々というのは「まほろば」を遠くから眺めていただけなのよね。このあたりの気配は何故なのか分かりませんねえ。嫌みを言っているのではありません。小野関議員のおかげで、皆さんに来ていただいて嬉しいなと、こう言っているのです。まあ、誰だって、こんなお店がやっていけるのか、と思いますね。ええ、1年もちました。たぶん、おれが健康ならもっともつでしょう。これを機会にまた1年後なんてことにならないようにお願いしますよ。そうそう、今井るみかさん、主婦4人組の皆さん、1周年記念のお花をありがとうございました。何もお返しがなくてごめんね。今日の上毛新聞に「萩原朔太郎賞」を受賞した安藤元雄さんの記事が載っている。発表はもっと前だったみたいだけれど、おれが見逃していたみたいだね。ちょっと忙しかったんだよなあ。
9月13日
今日は、開館1周年記念日ということになるね。大混乱のオープン初日を思い出したよ。とにかく、早くずっと前からやってるような気分になりたかったけれど、そうはいかなかったね。冷や汗をかきっぱなしの1年だったなあ。手探り状態でここまできて、できることしかできない、というあたりまえのことを噛みしめているよ。まあ、しかし、こんな田舎のお店にお客さんが来てくれるのだから有り難いね。危ない日はあったけれど、開店以来、来客0という日は1日もなかったからね。もちろん、閑な店には間違いないし、事業としては成り立っていないけれど、月々の経費は稼げているんじゃないかなあ。そろそろ「水の呪文」もださないとね。そう思い始めただけでも少し余裕がでてきたのかもね。「JAZZ・ナイト」は、立ち上げが遅れたので心配したけれど、分からないものだね、前回を上回る盛況だったよ。当日は別口の宴会が入っていて、まさに満員状態。本当に有り難いことだよ。皆様に感謝。

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