まほろば日誌

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8月13日
土曜日は地域の夏祭り。班長さんは役員だから準備に忙しい。えーと、地域のつきあいというのは、田舎も都会も同じでね、田んぼの広がる榛東村だって、1500円の会費を拒否する人もいるわけです。じゃあ、村の衆がそういう人をイジメルかというと、そんなこともない。そりゃあ、立派な田舎ですから田舎者の集まりですけどね、もう都会も田舎も変わりませんよ。おれなんか、正真正銘の地元の人なんだけど、もはや誰が誰やらさっぱり分かりません。まあ、年上の人は分かります。だけど、もうそれは少数派。小字八之海道の名士もへったくれもありません。そういう方々がスネて顔を出さなくても誰も気がつかないということですね。カミさんと交替で顔を出しながらの営業です。一応、地域の営業店ですから少しは気を遣います。地域といっても、みんな勝手にどこにでも行って買い物しているわけですから、こんなときだけの地域のお店ですね。おれんちなんか、いいけど、本当に地域で商いしているお店の葛藤を考えてしまうね。それはともかく、なんでこんなにガキ、いや、お嬢様お坊っちゃまが多いのだ。それだけ新住民が増えたわけで、その親は当然若い。なかなか楽しい夏祭りだったなあ。その流れと常連のSさんの誕生パーティーもあって「まほろば」は賑やか。不覚にも、おれは酔いつぶれてしまった。翌朝6時に後かたづけ。きつかった。途中で吐き気がしたけど、吐くものがない。喰わずに飲んでたんだな。まあ、たまにはしょうがねえか。
8月6日
らぶ2の吠える声で目を覚ます。ううむ、ゴールデンレトリーバーは無駄吠えをしないはず。らぶ1は、散歩をせがむときも、もう少し控えめだったぞ。そうだ、これは、柴の雑種で雷パニックのバカ犬、我が家の初代飼い犬「チャッピー」と同じじゃないか。とにかく散歩に連れて行くまで吠え続ける。近所迷惑も甚だしい。散歩に連れて行きさえすればいいのだが、それでは今後のためにならぬ。躾けです、躾け。往復ピンタのついでに持っていた整髪料の空き瓶(プラスチック製)を叩きつけてやった。やりすぎたかな、と思ったね。静かになったんだよ。おれ、子育てをしている人を尊敬します。あと、ちゃんと部下を育ててる人もね。みんなエライ。こいつ、スネてないかな、なんて気を遣いながら散歩。せっかくの休みの日に、飼い犬にまで気を遣ってどうするんだよ。支払いや両替、あれこれやるべきことがある。けれども一日は短い。屋外用のテーブルセットを買いにいったのだが、なかなか決断がつかない。もう誰に気兼ねすることもないはずなのに迷っちゃう。いかんなあ、これは。とって返してカミさんと出直し。いいじゃない、これでえ。安物のテーブルセットを「まほろば」の芝生に置いた。そこでビールを飲んだ。とても美味しかった。今日という日は、これでいいのだ。夜風が心地良い。
7月30日
国際交流のアメリカ側の団長として、村内にホームステイしていたセバスチャン夫妻を伊香保温泉でもてなした。当日は、前橋気象台で40度を記録するという猛暑。伊香保の石段街を散策したけど土産物屋さんも閑そうだったよ。ところで、おれは英会話ができない。いや、なんとか単語を組み合わせて話しかけてみても、その返事が分からないという、まあ、できないのです。じゃあカミさんはペラペラかというと、そんなことはない。但し、おれの10倍は分かるみたい。それにしても、団長さんなのに日本語なんか習ってこないのね。まあ、日本食は問題ないし、箸なんて見事に使うからいいんだけどね。旦那さんと一緒に風呂に入ったけど、おれの真似して湯舟につかっていたよ。足はでかかったけど、あそこはそれほどでもなかったね。土曜日は、カミさんの実家で法事。その昔、余白句会の面々と泊まった温泉旅館の真ん前の村営旅館でお清め。ううむ、こりゃあ民業圧迫だよなあ。そんなこんなで、今週は不規則営業になっちゃった。土曜会は、井上敬二と飯島章だけ。じっくりと夜更けまで。常連のYさんたちがカラオケ店から電話してきて、おいでよ、というけど、ダメだよお。今日は、夏休みボケのカミさんの手違いで昼食のお客さんを予約してしまった。そのまま開けていたら、お客さんがチラホラ。定休日を意識してるのはおれだけみたい。酒屋のUちゃんまで集金にくるんだもん。参議院選挙の結果をワイドショーで楽しむ。投票? 行ったよ。小泉改革ねえ、できねえだろうなあ。
7月23日
おれが幼稚園のときに教わった先生がお客さんで来てくれる。初めて来てくれたときは驚いたよ。それで、つい1篇の詩を書いちゃった。その先生が今度は、おれが当時描いた絵を持ってきてくれた。ぶったまげたぜ。もちろん、おれはすっかり忘れていたんだけど、丁寧に額装してもらった絵を眺めていたら思い出したんだよ。海があって、陸があって、空がある。海には魚と船、陸には自動車と家と花、空には飛行機。これが一枚の絵のなかに描かれている。もちろんヘタクソなクレヨン画だけどね。その中で力作なのが茶色一色で描いた自動車で、これをよく覚えているんだな。偶然にも、自動車の立体感がでて嬉しかったんだよ。でも、一色だから不満だったんだな。それで、自信満々に描き直したのが上の絵。ところが、全然上手く描けない。ひどく失望したんだった。それにしても、45年間も保管してあったとは思えない状態の絵だよ。ううむ、人生なんて束の間の出来事なんだなあ。ヤスダ(旧姓)センセーは、当時二十歳。「あなたの絵がありましたのよ」と嬉しそうに届けてくれた。おれも嬉しかった。ありがとうございました。明日は、カミさんが去年ホームステイでお世話になったセバスチャンご夫妻と過ごす予定。今年は逆に、アメリカの子どもたちの引率で来日している。で、今日は「まほろば」を開けてるんだけど、閑。向かいのWさんが来てくれたけど、これで終わりかもね。土曜日も、昼に法事がある。済ませてから開店だね。あまり不規則な営業はしたくないんだけど、そうもいかない。「まほろば」のためだけに生きてるわけじゃないしね。
7月16日
地区の班長さんをやっている。夏祭りの会議だっていうけど行ってくれない? とカミさんにお願いしたら、嫌よ。あっそう、じゃ店番しててね。基本的に一人でやっているので、こういうときは困るんだよね。翌日も田んぼの消毒で、朝が早い。こりゃあ早終いしなきゃ、と考えていたら、会議から戻った閉店間際にどやどやとお客さん。ここまで閑だったから嬉しいんだけど、こりゃあ遅くなる。後かたづけをして2時に寝た。5時に起きて田植えスタイルに身を固め、裏のコミセンへ。あれえ、誰も居ない。まてよ、いくらなんでも5時半集合はないかも。まだ寝ていた母に訊いたら7時半だってさ。なんで、こんな勘違いをしたんだろう。とにかく、仕切直し。共同防除作業も年々参加農家が少なくなる。減反政策もあるけど、後継者がいないのよね。途中でおれは父と交替。「まほろば」を開けなくちゃじゃない、土曜日だぜ。1時間遅れで行ったらお客さんが待ってた。「雲の巣」の二人ともう一人。ほどなく、堤美代さんも現れた。まあ、タイミング良く開けられてよかったよ。この日は「漉林」の田川紀久雄さんが訪問予定。カミさんに店番を頼んで仕入れに行ってる間に到着していた。坂井のぶこさんと地元の案内人のK氏の3人。そこへ常連さんが次々と現れる展開。普段はあてにならないカミさんがいたので助かったよ。田川さんたちは問題ないけど、同行のK氏にはまいったね。「群馬初の芥川賞作家」になるんだと息巻くんだよね。情熱はいいけど、おれは寝不足なのね。一人でビール10本、ワイン1本を飲んで、まだ飲み足りない気配。おまけに、目がすわってきた。もう寝た方がいいよ。K氏の独壇場で、当夜は終わり。おれは帰宅して睡眠を確保したけど、田川さんたちはそうでもなさそうだったなあ。眠りこけるK氏を残して二人を「やすらぎの湯」まで送る。なんだかお二人としみじみ話せませんでしたね。まあ、またの機会に。「詩作教室」は5人。今日は、純愛論議でしたね。そうね、直ぐに男と女の関係に持ってっちゃいけません。美しいこころは大切です。そんなちいさな出来事があって、今週はそれを書くつもりだったけど、そのお話は、また来週。
7月9日
常連の主婦、Yさんと将棋をして負けちゃった。途中で気が付いたけど、将棋なんて小学生以来のことだった。駒の動かし方くらいは知っていたけど、おれは絶対に弱かったことを忘れていたよ。つまり、Yさんに一方的に押しまくられて、あえなく投了。得意気なYさんの顔をみていたら少年時代の屈辱が束になって押し寄せてきたよ。そうなんだよなあ、得意なものは何一つなかったんだ。駆けっこはビリから二番だし、とにかく勝負事は勝った記憶がない。クジ運も悪い。だいたいハズレだから最初から引かないもんね。ジャンケンだって弱いぜ。そんなんで決めることないさ、おれが行くよお。だけど、おれの母親は運が強い。数年前も、村の商工会のクジ引きで特等のテレビを引き当ててきた。母曰く、また当たると嫌だからもうクジ引きはしない、だとさ。カミさんが、お義母さん、宝クジを買ってくださいよ、と言ったら、あんたたちの幸せを取っちゃうと悪いから嫌だよ、と応えたものです。ううむ、これ美談かしら。人生は勝負じゃないよ。ちょっと迫力に欠けるけど、そう思うね。おれだって負ければ口惜しいけど、勝ったからといって格別嬉しくもない。子供がいなくて良かったよ。こんなんじゃ、子育てはできなかったろうなあ。この間、らぶ2が反抗的なので、思わず鼻面をひっぱたいちゃった。ヒトでなくてよかったよ。
7月2日
イチロー、今日もノーヒット。らしくないねえ、疲れ? 故障? おお心配じゃ。らぶ2と散歩。野菜畑にはおばあちゃんばかり。草退治だね。ううむ「まほろば」の敷地にも夏草繁れり。おれもやるか。休みだけど、訪問予定の人がいる。待ちながらの仕事には丁度よかろう。てなわけで、刈り払い機を積んで「まほろば」へ。丁寧に草なんかむしっちゃいられない。ブンブンと刈り払うのね。一応、電話の子機をポケットに入れておいたんだけど、エンジン音が凄いから分からない。それにしても、夏草は元気がいいぜ。このまま放っておいたらどうなるんだろう。廃墟と化した「まほろば」を想像しちゃったよ。おれ、廃屋が好きでね。ドライブしていると、レストランとか、ドライブインとか、草ボーボーの中に朽ちているのを見かけるけど、あれ、好きなんだよ。何故、ああなったかを想像するのね。たまに、その事情が分かっちゃう物件もあって、事実は想像とは違うんだけどね。全ては滅びを目指しているような気がするね。自分の生命保険の掛け金を払ってきた。これ、受取人が本人になってるんだよね。まあ、満期で100万円が返ってくることだし、誰かが有効に使ってくれるでしょう。待ち人来たらず。まだセミの声も聞こえない。夏の午後。
6月25日
イチローがアメリカンリーグの首位打者に立った。と思ったら5の0で、今朝のゲームはお休み。ううむ、いまから追われる立場じゃあ気の毒だね。おまけに、一度首位に立つとそのまま突っ走るのがイチローだと思ってるからね、明日は3安打しないと納得できないんだよ。それにしても、昨日のパーシバルは速かったなあ。161キロをレフトフライだったけど、感動したぜ。「土曜会」は、飯島章と中里諒子だけ。次の日に群馬詩人クラブのイベントが入っていたせいもあるけど、ちょっと寂しいね。まあ、しかしだよ、詩人に群れることを要求しても無理だよね。どちらかと言えば、人嫌いが多いし、おれだって誰にも会いたくない日がある。みんな、遠くで気にかけてくれればいいよ。なんとか「まほろば」の灯を守っていきますよ。あれ、イジケてるかなあ。健康診断の結果が来た。総合判定2a。太り気味、高血圧、中性脂肪、コレステロール、尿糖注意。そこで、10キロ近くの減量に成功したK君の指南を受ける。お酒を半分に減らす(週一抜きくらいではダメ)ごはんは一杯(おかわりはダメ)毎日の散歩20分(犬の散歩10分じゃダメ)効果が出るのは3ケ月後(その前に挫折しそう)。そうか、このごろのおれは、単に怠け者の中年デブなのであった。反省(フリじゃダメ)。
6月18日
土曜日は「歌声ナイト」。気がつけば女の中に男が二人。相棒は小学生だからね、事実上はおれ一人。女ばかり30人の大合唱だった。なんというか、女のノリというのを初めてみた気がしたね。うまく言えないけど、全員が少女に戻って楽しんでいるみたいだったよ。そうねえ、平均年齢50ん歳かなあ。それはそれは美しい女の園の歌声でした。どうだ、うらやましいだろう。で、日曜日。以前にも紹介した新井さんが「雲の巣」という同人誌の創刊号を持ってやってきた。新しい書き手と詩誌が登場したことになるね。ふむ、ちゃんと新陳代謝は行われているわけだ。檸檬屋の住枝さんの知り合いが訪ねてくれた。もう一組は「るるぶ」をみてきた若者3人組。庭で証拠写真を撮って帰っていったけど、コーヒーくらい飲んでってよ。本日は「詩作教室」。なんと8人という盛況ぶり。嬉しいことに作品も5人から出てきて、コピーが忙しかったよ。今度は、あらかじめコピーしときましょうね、皆さん。MさんとOさんが、それぞれお知り合いを誘ってくれたので、賑やかになったんだけど、こうして輪が広がるのはいいことだよ。詩の話をしていると、どうしても状況論になる。これが、面白いんだよね。あらたまった場では言いにくい意見がどんどん出てくる。経済繁栄が終わってみると、この国にはどんな理念も育っていないことが分かった。どう、真面目なお話をしてるでしょ。じゃ、また来月ね。さて、今日は温泉はどうしよう。あれ、もう7時だよ。夕飯の時間だあ。
6月11日
小沢信男さんが「桑原武夫学芸賞」を受賞した。このあいだ、ポエトリーステージに出演していただいたばかりなので、とても嬉しい。そのときの記念色紙は、辻征夫とのエピソードにまつわるこの句「学成らずもんじゃ焼いてる梅雨の路地」。うーん、いいタイミングだなあ。よかった、よかった。そこへ、井川博年さんから「そして、船は行く」という詩集が届いた。一気に読んだ。本人を知っているせいもあるけど、とてもいい詩集だと思った。こういう詩集には、きっとご褒美がつくだろうね。いまから予想しておきます。訂正はしません。それにひきかえこのおれは、なんて歌謡曲調に反省しておきましょう。今週は、葬儀疲れ、田植え疲れですな。幸い? なことに「まほろば」も閑でした。ボーっとしてました。でも、一応、営業店なんだよね。何もしないと誰もこないという、まあ、あたりまえの法則かしら。よし、そろそろ体調も戻った。気を取り直してやることをやらなきゃね。
6月4日
深夜、早朝の電話はロクな用件ではない。間違い電話も、考えようで、ときにはあってもいいかと思うね。父の弟で、大酒呑みの東京のオジサンが亡くなった。去年の春先に胆嚢癌の手術をしていて、まあ、それが原因だろう。趣味は酒、生き甲斐も酒、といえば豪傑みたいなイメージを与えてしまうが、実際は酒に溺れただけというのが哀しい。いろいろ言いたいこともあるけど、個人的なことだ。戸田の斎場で感じたことは、流れ作業でテキパキと死者が完璧に燃やされていたということ。不謹慎だけど、映画の1シーンみたいだったよ。様々の宗派の僧侶が、それぞれの遺族を先導し、本当の哀しみが整然と仕切られている。肉体というのは、死んでしまえばどうしようもないものだ、と改めて思った。遺骨を拾いながら、こうして綺麗に焼かれて骨壺に収まるのはいいことだ、と思った。既に定年退職し、連れ合いも数年前に亡くしている。従姉妹の娘が一人、残された。近親者中心の質素な葬儀だったが、これでいい。あれこれ考えたが、もう、葬儀そのものには慣れている。そういう歳になったということだ。暑い一日だった。ひどく疲れた。帰宅すると、散歩させてもらえなかった、らぶ2が不機嫌。遅れた田植えのこと、イチローの成績のこと、「まほろば」の営業のこと、明日がある。まだ・・・。
5月28日
「土曜会」は、野口直紀、井上敬二、飯島章、久しぶりに、らしくなった。そうだ、中里諒子も呼ぼう。プルプルー。あっ諒子ちゃん、忙しい? そうでもないって? じゃおいで。うん、行くう。来るってさ。諒子ちゃんは、気まぐれお針子さんだから、なかなか難しいんだけど、こういうときもある。このところ欠席続きの中澤睦士の詩を肴に盛り上がる。たまたま「詩学」が届いた日だったんだよね。おれも書いてるんだけど、もっぱら中澤の詩についての話。なんだ、おれの詩なんかどうでもいいのかよ敬ちゃん。そりゃあ、変わりばえのしない古風な詩だけどね「生涯に一篇のロマン」を目指しているんだぜ、おれは、まだ。まあ、しかし、いままで書けなけれゃ、今後も書けやしない、ということはある。そうだよなあ、おれはもう六冊も詩集を出してる。冷静に考えれば、これ以上劇的な詩なんか書けるわけがない。でもね、書こうとしてるんだよ、おれは。と、酔っぱらいながら言いました。この日は、他にも1組入っていて、その他にもお客さん。やがて、諒子ちゃん登場。この娘は、自分の発散するフェロモンを自覚してないんじゃないかと思うね。いや、自覚しすぎているのか、とにかくアンバランス。この日は、次々と常連さんが酔っぱらって現れるという展開。今月も、余裕のあった締め切りに追われるハメになりにけり。今日もまた、かくてありなむ。
5月21日
今日からカミさんは修学旅行。先生が遅刻してはマズイんだけど前科あり。目覚ましが鳴ってるのに起きないのでフトンの上から叩く。どうやら出かけたらしいので熟睡。あれえ、インスタントカメラを8台も忘れていってる。おらぁ知らねえぞ。録画しておいた「マリナーズ戦」を確認。昨日は、イチロー無安打、佐々木、セーブ失敗。それでも、しっかりと観ました。今日のイチローは、クレメンスから二塁打一本。これで気分よく一日が始められる。らぶ2の散歩をして仕入れ。今日は、2回目の「まほろば詩作教室」。やっぱり案内は出すものだね。Mさん、YさんにF、Mコンビと、遅れてKさんという5名。「ポエトリーステージ」の感想を中心に、なごやかなひとときを過ごした。小沢さんの話は、とても面白かったというので、おれとしても嬉しかったなあ。とても粋なおじいちゃん、という印象だったそうですよ、小沢さん。うーん、この教室、次の「詩作教室」までのつなぎという考えもあったけど、公民館長が異動しちゃったからね、はっきりと自主講座でいきましょう。そういう話でしたね、皆さん。会報など出せるといいけど、まあ、ゆっくりいきましょう。あれ、もう5時だ。いつもならカミさんが帰ってくる時間だけど、今日は泊まり。おお、そうじゃ、温泉、温泉。
5月14日
今日は、ちょっとお疲れ。起きる前にベッドのなかで、身体の各部を点検するように伸びたり、ひねったり。うん、確かに疲れてる。土曜の晩は「歌声喫茶」。まあ、早めにあがったんだけど、イベントはそれなりに気を遣うもの。日曜日は、高橋昭行、綾部健二さんら「栃木県詩人協会」ご一行が、表敬訪問してくれた。カミさんは、部活の剣道にはまっていて、土曜日の試合で優勝したもんだから、「まほろば」の手伝いなんか上の空。いっぺんに10人の食事は忙しい。仕込みと後かたづけもあるしね。で、カミさんは、別件で来た演劇のHさんとおしゃべり。忙しいんだけど、夫婦の力関係と今後のために、おれはひたすら働く。そこに立ってると冷蔵庫が開かない。次はピーマン切ってくれないかなあ、なんて思うんだけどガマンです。こういう日は、それこそみんな来ちゃう。ふらりと、山形から伊藤啓子さんが来た。丁度、高崎の金井裕美子さんが来たので紹介した。みんな一緒の時間帯だからね、ゆっくりお相手できなかったんだけど、伊藤さんと金井さんは、話が弾んだらしくて、高崎駅まで金井さんが送っていってくれたよ。こうして、いっぺんに詩人たちが引けて、もう今日はいいや、というモード。録画しておいた「マリナーズ戦」を観始める。でも、こういう日はお客さんが切れません。今井るかさんが「朔太郎忌」の帰りに寄ってくれたんだけど、そこへ、おれの同級生グループがぞろぞろ。おーい、ビール。そのまま看板まででした。あー、疲れた。
5月7日
「ポエトリーステージ」の報告です。前日に清水哲男さんの掲示板を覗くと、関連の書き込みが二つ。井川博年さんが清水昶さんに連絡をとっていた。それに応えた昶さんの書き込みがおれに振っているので、おれも書き込むという、まあ、今回も哲男さんの掲示板を利用させていただきました。すみません。で、当日一番乗りは、一番遠い村山精二さん。村山さんのメールはニフティだけど、おれ、ここのメールチェックをあまりしてないんだよね。長文の宣伝メールが多くて困ってるんだけど、いや、村山さんには関係ありません。来るのを知らなかったので嬉しかったよ。次は、東京の阿瀧泰さん。そう、近い人が一番遅く来るんだけど、来てくれればいいんです。1時過ぎ、井川さんからケータイが入る。中澤睦士と群馬温泉まで迎えに行きました。なんと、新幹線で別に行く、とか言っていた昶さんも乗っている。これで問題無し。小沢信男さんと「余白句会・有志」の一行が無事に到着した。出席名簿です。小沢信男・井川博年・國井克彦・八木幹夫・清水昶・有働薫・ゲスト、栗原澪子・高田昭子。さて、大橋政人、小山和郎ら地元詩人らと、詩作教室の生徒さん、常連のお客さんなどで40人ほどが入って開演。辻征夫の思いでを語るという内容だが、随所に江戸っ子文人、小沢信男のスピリッツがきらめくという講演。質疑応答では、ぼそぼそと昶節が始まりかけるや、ぴしゃりと一喝。お師匠さんの迫力に、昶さんも静かに座ってしまった。文学運動に質問が及ぶと、ひさしぶりに「新日本文学」の闘士としての血がたぎったかと思える熱弁ぶり。いかん、つい本気になっちゃたよ、と笑わせて閉演。しばし、居残り組の地元詩人らと歓談。このごろ、また酒癖が悪くなったらしい大橋政人をマークしていたけど、いや、そんなことはないね。やがて、車社会の土地柄、三々五々乗り合わせて、静かな「まほろば」に戻りました。井川さんお気に入りの群馬温泉まで、先に帰った栗原さんを除く一行をご案内。風呂上がりに一席設ける予定で「まほろば」に戻ったらお客さん。カミさんがあたふたしていた。まあ、こんな日に限って一般のお客さんも来るもの。寿司を差し入れてくれた飯島章も入って大宴会開始。井川さんに負けじと國井さんが喋ってるのには驚いた。句会ということにはならなかったけど、辻さんの写真に見守られながら夜は更けていったね。あーたたち、もう遅いですよ。お師匠の一言で宴は終わりました。昶さんは、ボクは一人で寝たいー。もう、じゃここで寝てね。で、翌朝。みんな早起き。散歩して朝食。ボクはまだ帰らないー、という昶さんをなんとか連れてってもらいました。みなさん、ありがとうございました。
4月30日
小泉内閣の支持率が歴代トップだという。こういう数字が極端に現れるときは世の中が悪いときじゃないかな。それにしても奇妙な不況が続いてるよね。リストラや倒産で減俸されたり失業したりという話ばかりなのに、ストライキも起きないし、暴動も起きない。みんな我が身でなければいいんだろうね。これは静かな戦争みたいな眺めだよ。弱い企業や弱い商店は、誰にも同情されることなく滅びていく、強くなければ生きていけないというケダモノの論理ね。これがもう、当然のことになってるような気がするね。気持ちの悪い世の中だよ。いかん、ウツになりそうだ。風薫る5月じゃないか。今週は「ポエトリーステージ」がある。講師の小沢信男さんは「余白句会」の親分で、チャキチャキの江戸っ子。どこか毅然としたところのある文人だよ。亡くなった辻征夫さんにもそんな風があって、ウマがあっていたのかもしれないね。おれとしても、どんな話が聴けるか楽しみだよ。嬉しいことに、当日は「余白句会」のメンバーも5〜6人が同行して来てくれるという。井川さん、八木さん、お手数かけてすみません。連休中で、家族サービスを優先させなければならない方も多いと思うけど、当日参加もOKです。新緑の「まほろば」におでかけください。そういうことで。
4月23日
らぶ2は、散歩に連れ出すようになったら、だいぶいい子になった。やはりだね、犬というのも社会性を身につけるのだよ。未知のものに出会うと飼い主が頼りとみえて、おれにまとわりついて離れない。よしよし、いい娘だ。イチローの活躍について一言。このあたりのプロ野球ファンは、もちろんヨミウリジャイアンツファンが主流。「まほろば」も、この時期はテレビ中継は巨人戦。まあ、おれはどうでもいいんだけどね。で、すごいのね。巨人にあらずんば野球にあらず、というファンばっかり。「勝ってるかい?」と訊くんだよね。「勝ってるよ、ヤクルトがね」なんて冗談は通じない。確かに、他のカードの中継は少ないけど、たまにNHKでやる他に群馬TVでやることがある。同じU局のTV埼玉の映像でライオンズ戦が観られる。まあ、しかし、これを堂々と観ている勇気はありません。お客さんが来ると巨人戦に切り替えるのね。なんだか情けないけど、これも商売のうちだよ。イチローのことだけど、巨人、セリーグどっぷりの野球ファンにとっては、その凄さを素直に認めたくないんじゃないかなあ。おれなんか、もともとパリーグファンだから、もうまっしぐらに凄いと思っちゃう。今週はヤンキース戦。ロジャー・クレメンスが相手だぜ。スケールが違うよ。詩の仕事が溜まってきた。野球どころじゃないんだけど・・・。
4月16日
自主講座となった「詩作教室」の初回は2名。あらためて案内を出さなかったせいかもね。まあ、おれとしても様子をみたいという気持ちがあった。無理に立ち上げても続かないし、かといって自然に盛り上がるものでもない。地域限定の教室でもいいかと思ったけど、どうやら無限定にしても問題はなさそうだ。「まほろば詩作教室」として、月に一度、定休日を潰します。これくらいはやらなきゃね。Yさん、Kさん、そういうことです。次回からきちんとやります。二人を見送ってから、おれは「やすらぎの湯」へ。頭の整理をするにはお風呂が一番。何も問題はないはずだけど、ちょっと浮き足だっている感じ。湯舟に沈みながら考える。こうしていていいのだ、とりあえずは。土曜日は「歌声喫茶」だった。おなじみの演劇教室の企画で、50名を集めたイベントだった。この日、劇団名を「はなまる少女」と決めた。えっ、ホントにこれでいいのかしら?誰が言いだしたのか分からないけど、おれが、これでどうかしらと言ったんだよね。まあ、それは宴の後の話。この「歌声喫茶」は、「まほろば」と「はなまる少女」の共同作戦。おれは場所を提供し、「はなまる少女」は労力を提供してくれた。うまくいったぜ。ほとんどが女性。「明日があるさ」の大合唱でフィナーレ。壮観だった。
4月9日
イチローの活躍を観たくて衛星放送を復活させた。どうしたわけか映りが悪くなって、まあ、メジャーリーグしか観ていなかったし、NOMOも不調だったからね。で、映画を録画しようとビデオを買ったんだけど、そのとき、おれが壊しちゃったみたいなんだよ。歳のせいか、ろくにマニュアルは読まないし、狭くて暗いTVの裏側なんて老眼鏡を使ってもよく見えねえからね、いいかげんに接続したり、無茶したりしたんだよ。そしたら、それまで画像が乱れながらも映っていたのがまるで映らなくなってしまった。おれ、子どもの頃は発明家になろうとしてたんだぜ。メカは好きだし、修理にも自信があったんだけど、もうダメ。だいたいだね、もう素人がニッパやハンダ鏝で直せるような仕組みにはなってないのよ、すべてのメカが。カミさんが鼻で笑うんだよね。口惜しいけどさ。群馬は家電が安い。量販店が競って安売りしてるから、おれもそこで買う。でも、こまかな修理は村の電機屋さん。ちょっと、うしろめたいね。みてもらったら、やっぱり犯人はおれ。接続端子の一部を折り曲げたまま接続していた。そんな細い端子なんか見えなかったもんね。衛星アンテナも感度が落ちてるということで交換。それでも、思ったより安かった。メーカーもこれじゃ儲からねえだろうなあ。早速、午前4時からのマリナーズ戦を予約録画。何故か録れてなあーい?あっ、1頁分読まなかった。タイマースイッチを入れるのを忘れてたんだ。やれやれ。
4月2日
今日から、らぶ2は外の犬舎。といっても、豚小屋を改造したところなので、まあ、想像してくださいな。らぶ1の場合は、どこか内気なところがあって、外に出すのが可哀想な気がしたものだが、らぶ2はヘーキ。ちょっと遊んでやったら、ダッシュで家の中に逃げ込み大騒ぎ。とにかく、うるさいんだよね。もう、おまえはここ。高校野球を観ながらゴロゴロしていたらカミさんが帰ってきた。春休みだけど中学校の先生は部活がある。ご苦労さんです。めったに休みが同じになる日はない。用事を済ませながらのドライブ。ついでに「県立ぐんま天文台」に行ってみた。高山村の山頂にあって、お客さんに教わったところだけど、休館日だったね。でも、開館日でもこんなものじゃなかろうかという山の中。役所の施設だからね、実に立派な建物だよ。整備された駐車場、豪華なトイレ。ロープをまたいで、はるか山頂の建物へと続く遊歩道を登っちゃったよ。この道がまたお金かかってるんだよね。デートにいいんじゃないの、なんて言いながら山頂まで。建物の奧から職員が見ていたけど、叱られたらどうしょう、なんてカミさんは言ってる。ストーンサークルなど、コンクリートのモニュメントが立ち並ぶ様は一種異様。サスペンス映画の舞台になりそうだよ。いい空気といい眺め。これで春休みは終わり。
3月26日
なんか、ひさしぶりの休日という感じ。らぶ2をワクチン注射に連れていく。1月置きに3回するということで、今日は2回目。こんなにしなきゃだったかなあ。もうらぶ1のときのことは忘れてるんだよね。今週は地域の団体さんが使ってくれた。コーラスグループの企画で「歌声喫茶」になったり、若奥さんのグループの食事会などだけど、お店はお客さんのものだからね。使ってもらわないことには商売にならない。「土曜会」は常連が全滅で、曲がり角にさしかかっているみたい。まあ、3年目だからね、同じメンバーばかりじゃ飽きるよね。あえて集まらなくとも、それぞれが日頃の時間帯のなかで会えてるということもあるしね。おれは商売だから飽きずにやるだけだよ。新庄の活躍は、おれとしては不愉快。関西一の人気球団にいたんだからさ、メジャーになんか行かなくたっていいじゃない。実力はあるのに、不当な評価しかされなかったパ・リーグの選手のみがメジャーで活躍すべきなんだよ。もちろん、佐々木の活躍もおれは面白くないね。うーん。こういうおれはいかんなあ。いまや、パもセもないからなあ。人気も金も無いよりはあるほうがいいに決まってるからねえ。だけどさあ、それじゃつまらないじゃない。なんでも勝ち組、負け組なんてさ。まあ、関係ないけどね。いまのおれにはさ。
3月19日
土曜日のTBSラジオ「永六輔・土曜ワイド」で、永さんが「まほろば」の話題をだしてくれた。頼んだわけじゃないけど、ありがたいね。この日のゲストは清水哲男さん。さすがプロのラジオマンという喋りだったね。普段はどちらかというと寡黙な詩人という印象なんだけどなあ。放送後、掲示板を覗きに行ったら早速関連の書き込みが入っていた。日曜日に別件で八木幹夫さんに電話したら、偶然にも放送を聴いてたんだって。わずかな放送でもラジオの効果はあるよ。聴いて来ましたというお客さんが1組。駐車場まで来て覗き込んで帰っていったワゴン車があったけど、あれもきっとそうだよ。それとは関係なく、北岡淳子、原田道子、田中眞由美の3人が応援訪問してくれた。資料室の整理をしておいてよかったよ。そうそう、「裳」の同人会と早川聡のグループにも使ってもらったんだった。感謝。今日は「詩作教室」の最終日。総括的な話で終わりになるのかな、と思っていたら、まだ作品が出てくるんだよね。自主講座で続けたいという意見もでて、まあ、おれとしては願ってもないことだよ。立ち上げに失敗した「まほろば詩話会」のつもりでやってみるのもいいかもね。毎月第3月曜日の1時半からということでやってみましょう。会費1000円。今度は有料ですよ、皆さん。そうか、これで田中さんは転勤してしまうんだよなあ。これからはここに遊びに来て下さい。と、真面目に呼びかけておきます。
3月12日
遅い朝食を食べたあと、らぶ2と遊ぶ。庭で遊ばせる分には、オシッコもウンチも問題はない。しっかし、呼びがきかないと困るんだよねえ。どうも、イマイチ信用できない。ついつい、とっつかまえに行ってしまう。抱き上げると重くなっている。愛しい。それから仕入れ。電話料金の支払い、両替、まだ灯油も必要。1時半からの詩作教室の準備。Yさんが一番乗り。公民館長は、6時開演の村民文化講演会「永六輔・ここが地球の真ん中」の準備で欠席。先週は、詩碑巡りだったので、久しぶりの合評会ということになる。Hさんの作品をおれなりに書き換えるとどうなるか、という約束をしてあった。添削じゃなく、おれなりの再構成を示してみただけど、かなりシンドイ作業だった。意図が伝わったかどうかは分からないけど、これきりの試みにしておきたいね。今日は、Kさんの作品が良かった。実体験に即した迫力のある作品だったよ。これには、他の受講生も感激してもらい泣きしていたね。いいモノはいい、ということ。意外(失礼)にも、詩作教室らしい成果を確認して、なごやかにお開き。永さんは、開演前の15分ほどの時間を割いて立ち寄ってくれた。中原道夫さんのサインをみつけて驚いていたが、永さんの知り合いの中原さんは、俳人の中原さんらしいと、直ぐに気づいた。静かな「まほろば」でコーヒーを飲んで、ほぼ同じエリアの南小学校体育館の会場へ向かった。もちろん、おれもあとを追って会場へ。それにしても永さんは元気だなあ。開演30分前からお客さんのお相手。そのまま気をそらさずに一気に突っ走ってしまった。お見事。今週の「土曜ワイド」のゲストは、清水哲男さんらしいよ。聴かなくちゃ。
3月5日
今日の「詩作教室」は、朝から詩碑巡り。公民館長の運転で15人乗りのワゴン車を用意したけど、ちょっと参加者が少なかったなあ。まあ、1日がかりのコースだからね、専業主婦には都合はつきにくかったかも。案内に、県立土屋文明記念館の学芸課長、石山幸弘さんを頼んであるというので、おれは気楽だったよ。先ずは「まほろば」から20分ほど離れた同館へ。石山さんは、特に親密というわけではないけど古い詩友の一人。企画展の説明は、ホームグランドだけに達者なもの。詩碑巡りは、前橋がメッカ。石山さんも前橋在住で、市の主催の詩碑巡りなど、ベテランの案内人でもある。おれも個人的に詩碑というか、詩的名所案内をするような機会があったので、だいたいは知ってるんだけど、石山さんにはかなわない。萩原朔太郎研究会に所属し、このごろは研究者としての活躍が目立つ詩人なんだよね。おれなんか、郷土詩人に関心が薄い方だし、平井晩村なんてよく知らなかった。草野心平の旧居の名残(二軒長屋が二つあって、実際に住んだ方でない建物)などは面白かった。萩原恭次郎詩碑なども、初めて教えてもらったのは有り難かったよ。これで、今度は案内できるというもの。それにしても、寒風吹きすさぶ詩碑巡りだった。皆さんお疲れさま。「まほろば」に戻って一休み。正直なところ、これで1日が終わってはあれこれが間に合わない。煥乎堂群馬町店に2号分溜めてしまった「現代詩手帖」を取りに行く。ううむ、確定申告の準備もまだだ。
2月26日
「土曜会」は飯島章と井上敬二だけ。まあ、じっくりやろう、その前にタバコ買ってくるからね。と、外へ出たらお客さん。その後も続々と車が入ってきて、2グループ13人。タバコどころじゃない。閑散とした「まほろば」でしみじみ「土曜会」という図が一変してしまった。いいことだけどね。カミさんも出演している演劇グループの公開リハーサルが隣の公民館であって、その流れの人たちだった。どういうふれこみだったのか、おれはリハーサルだからそんなに集まらないと思ってたんだよね。まあ、思わぬ稼ぎができてよかったけどさ。客が引けてから仕切直しの「土曜会」。敬ちゃん、もう寝ようよ。やはり午前3時。明けて日曜日。カミさんは本番を控えて緊張気味。おれは、その後の打ち上げの準備がある。田口さん、そわそわしててゴメンね。上演するのは、別役実の「歌うシンデレラ」というもの。オバサン劇団としては本格的だぜ。総合指導は、かつて「七月橋」という詩誌を出していた小平人資。いまや、地元演劇会屈指の演出家だよ。リハーサル200人、本番250人という観客動員もさることながら、難しい劇をやり遂げたという達成感が、出演者、演出家の双方にあったみたいだね。おれはビデオで観ただけだけど、幸福な宴に立ち会えてよかったよ。実際の指導は若手の古沢さんという人が根気よくやってくれて、時間のとれないカミさんには、おれが付き合って台詞を入れた。いゃあ、どうなることかと思っていたけど、オバサンたちの集中力はすごかったということだね。主役級の「長靴を履いた猫」は、急ピッチで仕上がってしまい、「まほろば」の床でおねんね。カミさんもいつになく饒舌。それぞれが真剣に取り組んだ後の打ち上げだからおれなんかの出番はなかったよ。休みを取ったカミさんと朝寝。神経が疲れているのか、今日の「詩作教室」はきつかった。どうも頭の回転が悪い。流れを作れなかったんだよなあ。反省。
2月19日
「詩作教室」が熱を帯びてきた。宿題を出しておいたのでめんどうくさくなって来ない人の方が多いかなと思っていたら、さにあらず。またも新顔が増えて椅子が足らなくなってしまった。ほとんどの人が詩を書いてきて公民館長はコピーにおおわらわ。おれは時間の配分をすばやく計算したけど、こりゃあ2時間じゃ足りない。合評形式で9人分を終えたら4時間かかったよ。自分の書いたものが俎上にのぼると真剣になるのは当たり前だけど、まるで同人会みたいに白熱してきたのには驚いた。まあ、詩を語ることは自分を語ることでもあるからね。狙い通りの展開なんだけど、おれとしてはしんどくなるわな。最後は涙ながらに自分の思い出を話す人もいて、終わりにするタイミングが難しかったよ。まあ、おれもいくらか事情を知っている人がいて、その人たちが本音で話し始めたことが分かった。うーん、いいかげんな事は言えない。館長さん曰く、こんなに盛り上がるとは思わなかったんで今年度は予算とらなかったんだよ、だって。いいよ、いいよ。今週は、同級生の「トミちゃん」が40年ぶりに訪ねてくれた。元祖トミちゃんで、おれがそう呼ばれ始めてから、いつも思い出していた「トミちゃん」だった。それが目の前に現れて、なんだかこころが乱れて、ついに「トミちゃん」と呼びかけることができなかった。伝説のガキ大将で、同級生なら誰でも知ってる有名人だからね。臆したんだろうなあ。
2月12日
昨日は親戚の葬儀で昼間はお休み。夕方から開けたら近所のご夫婦が2組。田舎だけど、隣近所のつきあいの難しさはどこも同じ、小さなトラブルの話になった。この2組は当事者同士じゃないからいいんだけど、やはりおれとしては黙って聞いてるしかないね。こうして、少しずつ近所の情報が入ってきちゃうんだよなあ。金曜日には木村哲也氏が若い書き手を連れてやってきた。翌日の早朝、一人が帰る手はずにはなっていたけど、二人とも帰っちゃったみたい。昨日、葬儀に行く途中にペットショップに寄ったのがいけなかった。今日の昼には2代目「らぶ」が「まほろば」の床をかけまわっている。まるで品物を買い換えるようでこころが痛む。許せ、らぶよ。大人ばかり4人で暮らしていると話題は日々の健康のことばかりでね、どうにも元気がでないんだよ。それが、元気な生き物が加わることで少し変わるんだよね。今度は娘になった。いいじゃないか、人の子を育てられなかったからね。立派な娘に育ててやるぜ。うーむ、なんだか恥ずかしい言い方になっちゃったなあ。まあ、また犬を飼い始めたということです。ほら、犬がいればさあ一緒に散歩とかするでしょ。そうすると自分の健康にもいいじゃない。なに言い訳してんだろ、おれ。
2月5日
ふうー、「詩作教室」の3回目が終わった。行きつ戻りつしながら「現代詩」ということを納得してもらうのは難しい。それでも4行以上、10行以内の詩らしきものを次回までに作って来る、という宿題を出してみたら皆その気になったみたい。なにしろ、気をそらさないようにするのが大変。まあ、どんな詩人の作品を目の前に置いておくかだね。これはもう、絶対近代詩人。必ずそこへ戻りながらおしゃべりしないと退屈みたいなんだよね。まあ、おれの方が勉強になってるみたいで楽しいよ。今週は「ミッドナイト・プレス」ご一行が来た。あらかじめ岡田幸文さんから調べたい詩集のリストを送ってもらっていたんだけど、約半分しかなかった。書庫から抜き出しながらあらためて整理の必要を感じたね。日常的に整理しておかないと、あるはずの詩集がなかなか取り出せないんだよなあ。岡田さん、収穫が少なくてごめんね。図書新聞の佐藤さんが「貨物船句集」の書評が載っているということで贈ってくれた。その評も面白かったけど、上段の「懺悔の値打ちもない」という松本圭二の文章をついでに読んだら面白かった。「詩書出版業界は、出版業ならぬ製造業」とは言い得て妙なり。思潮社にしてそうなのだ、と言ったのはエライ。この文章を見せるのを忘れてました新井さん。この新井さんは、既に詩を書いている何人かの新井さんではなく、これから書こうとしている新井さんです。観てますか?
1月28日
3週連続の降雪。もう嫌になったか、前の住宅団地の皆さんも雪かきをする人が少ない。おれも入り口だけでやめちゃった。本降りは昨日で、シンシンと降り積もる中、地域の小宴会がひとつ。キャンセルかな? と心配してたんだけど、よく降るねえ、と皆さんやってきた。この日は「土曜会」だったけど、こちらは初の流会もやむなし。今日こそ誰も来ないかなあ、と思っていたんだけど常連が勢揃い。零細店としては、こういう応援がなによりも嬉しい。まあ、しかし、こう毎週雪に見舞われると営業的にはツライ。つい、もっとツライお店のことなどを考えちゃうね。ところで、1月にこれだけの頻度で雪が降ったのは1956年以来だという。前橋を中心とした平野部の話だけどね。これには、はるかな感動を覚えたね。おれが6歳のときだぜ。そうか、あの日のあの雪景色以来か、なんてね。もちろん、確かな記憶じゃない。でも、そんな記憶があるような気がするのは嬉しいね。明日の定休日は、あれこれ用事がありそう。今夜は、もう誰も来ないだろうという見通し。垂れ流しの日誌だけど、けっこう時間がかかる。まあ、今晩中に更新しておくか、というところなんだよね。あと、明日の「詩作教室」の準備と、もう一件準備がある。
1月22日
正月気分が抜けたところに寒波が押し寄せたせいか客足も冷え込んじゃったよ。そして誰も来なくなった状態。まあ、おれはここにいるしかないし、ジタバタしても仕方がない。頭の中を整理するにはいい機会だから、これはこれでいいんだけどね。いや、よかあねえよなあ。なんだか厳しい3年目になりそうだという予感がしてきたよ。「してきたことの総和が襲いかかるとき/おまえも少しは出血するか」なんて、堀川正美の詩のフレーズを思い出したよ。で、今日は、地元の公民館の企画「詩作教室」の初日。講師はおれなんだけど、どんな人たちが集まるのか知らなかった。女の人ばかり6人という顔ぶれ。公民館長のOさんも詩を書いていた人なので話は分かる。まあ、無理に詩を作ってもらわなくともいいでしょうという流れ。「まほろば」の休館日、平日の昼間だからね、年輩の主婦ばかり。日頃から公民館の企画に参加している、つまり公民館の常連さんたちだね。詩の講義をするなんてガラじゃないし、むしろ、こういう人たちが詩に対してどんな見方をしているのか興味があった。ついサービスして、おれの一番卑猥な作品を朗読してやったら引いたねえ。しまった、と思ったけど遅かったよ。全部で8回コースだけど、みんな来週も来てね。このところ自虐的なんだよなあ、おれ。
1月15日
今年初めての全休日。夜だけ閉めた日が2日あったけど、それぞれ予定があったので休んだ気がしなかった。伸び放題の髪がやっとさっぱりできた。若い人ばかりの店で、話をしなければ仕事ぶりに感心していられるんだよね。ただ女の人にカミソリで髭を剃ってもらいながら長谷川龍生の詩を思い出しちゃったよ。慣れないのか慎重に剃ってくれるのが分かるけど、いきなり横に切り裂かれたらお終いだよ。なにか、そういう不気味さを若い人たちに感じていたんだけど、そのヒントを「銀猫」の新年会で教えてもらったよ。土曜日の営業を夕方で閉めて「川原湯温泉」へと向かった。伊香保の同窓会に向かうカミさんもちゃっかり同乗させてもらい、今成寛の運転。飯島章を加えたオジサン3人が、八ツ場ダムの底に沈む予定の「川原湯館」に到着すると、既に今井るか、中澤睦士はオコタでくつろいでいた。まあ、ひとっ風呂と案内通りに歩いていくと裏口から共同浴場に出た。ここは以前に入ったところ。外気のせいか、あまり温かく感じない。それから宴会だけど、おれは久しぶりの外泊のせいかノリが変。おれというオジサンひとりが喋りまくるという展開。あとの二人のオジサンは妙に静かだったなあ。そのうち若い二人(もうすぐ40だけど)に、おれにとってモノ凄く消化の悪い言葉を頂戴した。「知りたくない権利」があるというんだね。「知りたくない自由」なら、おれもフリーズしなかったと思うけど「ケンリ」かよ。なんか、おれが感じていた気持ちの悪いものの正体が見えたような気がしたよ。まるでビジー状態のパソコンみたいに、おれはこの「ケンリ」をあれこれの場面に置き換え始めてしまった。酒もメシも思考も消化不良を起こした。翌朝、颯爽たる抒情詩人の鉄の馬は快調に吾妻路を走っていたが、その後部座席でおれは真っ青になって吐き気をこらえていた。ついに停車してもらい枯葉の上にヘドを吐いた。冬の午前、眼下に吾妻川を見下ろす断崖の上だった。1月14日、この日は辻征夫さんの命日だった。「トミさん、まだまだだねえ」と辻さんの声が聞こえた、と嘘を書いておく。「知りたくない権利」か・・・。あっ「嫌煙権」ね。「ポルノ観たくない権利」ね。無口になりそうだなあ、おれ。
1月8日
最後の無頼派詩人、清水昶さんは5日の朝に帰っていった。5泊6日の「まほろば」滞在ということになる。飯島章が2日、井上敬二が1日、おれが2日添い寝した。なんというか、一人で寝せておけない状態。酒量は多くはないのだが、とにかく酒が切れるということがない。伊勢崎の友人を見送りに出た外は、一歩も外にでなかった。入れ替わり立ち替わり、銀猫のメンバーを中心に詩人がやってきたが、そうそう詩人ばかりが集まるわけでもなく、昶さんの威光が通じない客もいる。おれとしては、交通整理をしながらさばいているんだけど、手が離せない場面もある。昶さんにとって、この滞在は「まぼろし」だったのかも知れないね。今日になって清水哲男さんの掲示板を覗いてみると、元気に書き込みを開始している。ようやく酒が抜けたみたいで安心したよ。まあ、いろいろ重なって、なにかに導かれて「まほろば」に来た。そのことを光栄に思っていますよ、昶さん。遅い年始にカミさんの実家に行ったりして、正月休みは無し。まあ、営業的にはそこそこだった。そうそう、「図書新聞」の佐藤さんが、帰省のついでに寄ってくれた。途中まで送るつもりだったのに、突然、お客さんが集中して送れなかった。ごめんね。今日で冬休みも終わり。早終まいして久しぶりに家族で夕食の予定。
1月1日
強風の元旦。いま、清水昶さんと飯島章がおとそを酌み交わしている。加藤温子さんの葬儀のあとだけに心配していたんだけど、昶さんは約束通り「まほろば」にやってきた。中澤睦士と今井るかに高崎まで迎えに行ってもらった。ちゃんと時間通りに到着して先ずは乾杯。「銀猫」のメンバーが次々にやってくる。普段の大晦日は、昼間で営業は終わりなんだけど、どうせ誰も来ないだろうと営業モードにしておいた。そしたら、お客さんて来るんだよね。まあ、いいことだけどバタバタしちゃったよ。途中、ちょっと帰宅して弟たちの顔をみる。末弟のこどもたちは寝るところだった。「まほろば」にとってかえして飲み続ける。昶さんは上機嫌。やがて一人去り、二人去り、除夜の鐘。新年というか、新世紀と同時に北風が吹いてきた。昶さん、もう寝ましょうよ。やっぱり午前4時。思いついて近くの鎮守様へ初参り。知らなかったけど、ちゃんと夜間照明が点いていた。お賽銭をあげて社を一回り。裏手は真っ暗で、風が木々をゆさぶっている。なかなかいい感じだぜ。帰宅してそのまま寝る。元旦とあって「まほろば」は開店休業。そうだ、清水哲男さんの掲示板に書き込もう。新しいマシンに慣れていないので昶さんにバカにされながら打ち込む。ダブルで送信してしまい、削除しようとしたんだけどうまくいかない。隣で昶さんがうるさいのよね。昶さんはマックだからあれこれ言われても違うみたいなんだよね。哲男さん、ひとつ削除して下さいな。飯島は帰り、昶さんは奧の部屋でぼんやりと景色を眺めている。元旦なのです。
12月25日
年賀状と「水の呪文」の発送で大忙し。昨夜から馬力をかけてやったのに終わらない。とりあえず第一便というところ。毎年のことながら気ばかり急いて不義理を重ねてしまう。タイムアップで郵便局へ。カミさんと買い物に行く約束。おれはビンボーだけど、カミさんはリッチ。店用のコーヒーカップを買ってもらった。その後もスゴイ。最新型の液晶デスクトップパソコンも買ってくれた。すっかりビンボー暮らしのおれとしてはドギマギするばかり。情けねえこと。夜は、今年限りの食事券も使わなくちゃということで、イタリアンレストランでコース料理だぜ。雪のクリスマス。何年ぶりかの散財。まっいいか。土曜日は忘年会。顔の見えている人だけに声をかけて9人。大人のパーティーで、自然に引けました。それでも後かたづけを終えたら午前4時。ひとりで星を眺めながら酒を呑んだ。後で知ったが、このころ「余白句会」の加藤温子さんが静かに亡くなっていた。清水哲男さんの掲示板の常連で、清水昶さんとは「詩塾」のパートナーだった詩人。6年前に当地の温泉で「余白句会」があり、その折りの写真を引き延ばして「まほろば」に飾ったばかりだった。辻征夫さんの隣に笑顔の加藤さんが写っている。みんな笑っている。ご冥福をお祈りします。
12月18日
今週は中休み状態。ついに売り上げ0の日が記録された。なんちゅうか、定休日に営業したり、食品衛生講習会で臨時休業したりだったからね。まあ、ぽっかりと空白ができた感じだった。翌日は何もなかったように忙しかったけどね。あのね、「まほろば」は忙しそうだからいいだろう、なんて思わないで下さいね。おれが行かなきゃ潰れちゃう、と、こう、いつも思っていただきたいのね。さてさて、今週は地元の中学生3人の詩画展だった。青春の詩なんだよなあ。この孤独感や憧れがどこまで突き詰められるかなんだろうけど、もう少し見守るしかないよね。でも、いまの中学は体育会系オンリーだからね、こういう子たちは応援するぜ、おれは。日曜日は、今井るかがやってきた。ケータイで呼びつけたか、中里諒子と飯島章親子も登場。るかさんは、失業寸前というのに、フィンランドにオーロラを観に行って来たとか。旦那さんの反対を押し切り、さっさと行って来ちゃうのがこの人らしいところ。旅の空で不倫じゃないの?と訊ねたら、そんなことはありません、と言ってたけど、今後の作品に現れるはず。それぞれにお土産があって、何故か「ゲイシャ」と読めるチョコレートをみんなでいただいた。うむ、日本風に甘さ控えめだけど、そういうことかしら。ムーミンのキャラの一人が清水昶に似ているという話で盛り上がったけど、おれ、知らねんだよね。
12月11日
休みの日だけど、夜に宴会が入っていてまだ終わらない。仕入れに行って3時から開けたんだけどお客さんが来るんだよね。いや、いいんだけど、宴会の料理を作らなくちゃじゃない。ヘンに欲を出しちゃダメだね。あわてたなあ、まるでキッチン・スタジアム状態だったよ。何故か4日連続で予約が入っていて今日が最終日。やはり疲れてるんだろうね、手際が悪かったよ。ピークは「JAZZナイト」だった。常連さんで都合のつかない人が多かったので心配していたんだけど、当日まで予約の電話がしきり。なんと、大入り満員になってしまった。座る椅子がなくなりそうになったのには焦ったぜ。こうなると、お客もミュージシャンもノリノリの大盛り上がりで、それはとてもいいことなんだけど、おれは忙しかったぜ。ロクに演奏なんか聴けやしない。ほとんど、ピザを焼いてたような気がするよ。今回は、女性ボーカルが2人入ったから華やかだった。よく分からないけど、そのうちの1人に岡惚れしたお客さんがいて、なかなか帰らないんだよね。おれ、風邪もひいてるし、そんなことまで知らねえからね。まあ、結果的には早めにひけたのはよかったよ。おれ、めったに風邪なんかひかないからね。このところ辛いのよ。さて、これから後かたづけだ。
12月4日
田口三舩さんから名作ビデオを30本いただいた。もう行きつけの小さなレンタルビデオ店にはめぼしいモノがなくなっちゃって困っていたんだよね。当分楽しめそうだよ。古いものばっかりで、なんて言ってけど、田口さん、おれ、こういうのが観たかったんだよ。ありがとうございました。土曜日は、地元の同級生有志の忘年会だった。いい歳なのに、女性陣がいないと盛り上がらないので、おれは努力したよ。なんとか3人つかまえて来てもらった。ほっとしたぜ。なんとなく疎遠になっていた奴がいて、誘ったらふたつ返事で来てくれた。二十歳前まではよくつるんで遊んでいた奴だけど、ケンカしたわけじゃないから直ぐに青春に戻ったよ。カミさんには内緒だけど、来てくれた二人の女性も当時の遊び仲間だったんだよ。やっぱりね、と思ったでしょ。なんとなく、そんな場所になればいいな、と思っていたので嬉しかったよ。日曜日は川島完さんの案内で「社会文化学会」? の一行が「まほろば」に寄ってくれた。無理だろうということで、皆、歩いてきたんだけど、運転手の意地かね、大型観光バスが「まほろば」の敷地まで入ってきたのには驚いたよ。一応、そばの公民館に停められるように断ってはあったんだけどね。観光関係の方、観ていたらよろしくね。文学館ツアーのコースに入れてね。そうだ、観光グッズを考えなくちゃ。
11月27日
土曜会は、飯島章、野口直紀、井上敬二だけ。寄せ鍋の材料を仕入れ過ぎちゃったよ。何故か深酒になっちゃったなあ。敬ちゃんの奥さんが迎えにきてからエンジンがかかったみたい。ふらふらと後片づけをして帰宅したら5時。睡眠5時間じゃ、おれはきつい。久しぶりに二日酔いで意識朦朧。当日は群馬詩人クラブの総会だった。おれは行けないんだよね。カミさんは公務員だから手伝い程度にしておかないとマズイし、実際、全てのメニューはこなせないからね。川島完さんと小山和郎さんが、総会の前に寄ってくれた。来週は川島さんの引率で団体さんが寄ってくれることになっていて、その下見ということもあったんだよ。大型観光バスで来るんだけど、何カ所か道幅が心配なんだよね。さて、どうなりますか。寝不足なので、定時に閉められたのは有り難い。とにかく寝なきゃ保たないからね。固定資産税を払って、つくづく税金総額を確認した。農地だから持っていられるけど、下手に用途変更したら払い切れねえな、と思ったぜ。まあ、有って無いようなものと考えた方がよさそうだね。原稿の締め切りが2本。追い詰められる前になんとかしておきたいけど、どうかな。そうそう、嵯峨さん、ビデオありがとう。「麗しのサブリナ」「エデンの東」は嬉しかった。
11月20日
萩原朔太郎賞の図録などで知られるカメラマン、平山利男さんから辻征夫さんの写真をいただいた。村の広報の仕事で「まほろば」の撮影にきたときにお願いしておいたものだった。辻さんが受賞したときのポスターに使われたもので、津田沼の公団住宅の踊り場に立っているものと、敷島公園での横顔のアップの2点。早速、資料館の壁面に飾った。とてもいい写真で、なんだか足らなかったものが、やっときてくれたという思いがした。辻さんの蔵書のほとんどはここにきてるからね。平山さんの写真の評判は聞いていたけど、確かにその人を写しとってる。辻さんに見守られてるようだよ。今週は、これが一番嬉しかったことだね。詩話会は中澤睦士だけ。まあ、しかし、このところの日曜日のような忙しさじゃなかったからいいけど、ちょっと難しいかもしれないね。閑でも困るわけだからね。おれが座長だと商売に支障がでる。ちょっと練り直す必要がありそうだよ。持ち回りで座長をお願いした方が発展的かなあ。これは独り言だけどね。ううむ、しっかし、あれこれ企画しても手作業が追いつかないんだよなあ。JAZZナイトの案内も遅れ気味だし、原稿の締め切りもある。何もしたくない日もあるじゃない。いかん、またグチになった。
11月13日
11月8日、愛犬「らぶ」が静かに眠りについた。小屋に入り込もうとした姿勢で、うつぶせのままきれいな顔をして。小春日和の朝だった。9日の朝は、米の出荷と「らぶ」の埋葬の日。飼い主が葬れ、そうだな。父が米の出荷、おれが埋葬。三本辻の畑の角に墓穴を掘った。深く、大きく。シーツにくるんでお別れをした。さようなら。木、金とひどい閑な日が続いた。厨房仕事は生傷が耐えない。先週は忙しすぎて指を火傷した、この日は閑過ぎて指を切った。まあ、閑なら閑でやることはある。なんとか「水の呪文」の準備が出来た。土曜日の昼、松元泰介さんがひょっこり現れた。夏から三度目の訪問。閑モードだったのが夕方から忙しくなった。結局、カンバン後まで近所のお客さんがしきり。日曜日は、先週同様の展開で大忙し。こんな日が続けば一人じゃ間に合わない。カミさんを目一杯使ってしまった。そのせいばかりじゃないけど、今日は体調不良でカミさんお休み。まあ、話さないけど、学校でのストレスが溜まっているみたい。愛犬の死というのも家族のテンションを下げている。今月はここまで、営業的にはいい。日曜日には、なべくらますみ、風森さわ、多賀恭子さんが立ち寄ってくれた。「まほろば」は元気です。
11月6日
愛犬「らぶ」が危篤状態。8歳8ケ月だけど難病に侵されている。先週から急激に体力が落ちてきて、この1週間は水だけで生きている。「らぶ」と散歩しながら「まほろば」の開店準備に行くのが日課だった。1週間前からそれが無くなった。4日前の朝、立ち上がるのもやっとなのに小屋に居ないことがあった。昨日知ったのだが、その日「らぶ」はひとり?で「まほろば」まで行って来たのだった。探しに行ったおれとはすれ違いになったらしい。農作業をしていた近所の人が目撃していたのだった。ガリガリに痩せて、小さな声で泣く。夜更けにそれを聞いているのは辛い。人の暮らしは無事なので「まほろば」は多忙。この3連休は油断をしていたのであわてたよ。日曜日なんか、隣の公民館で行事があること、その隣の小学校で地域のソフトボール大会があることは知ってた。けどね、期待してると誰も寄らないからね。そんなモードだったんだよ。そしたら、両方来た。これだけで30人だぜ。いっぺんじゃないけど、昼食時には別グループで20人。自宅にSOS。カミさんに手伝ってもらってなんとかしたよ。こういう日は夜までお客さんが続きます。今井るか、中里諒子に今成寛という取り合わせ。そこにパチンコ仲間のSクンとHさん。皆さん、ありがとうございます。小山さん、もう少し待って。あっ、奥さん、エレクトーン、今日頂戴しました。感謝。そうそう、この連休に宿泊していった若いカップルがいたなあ。彼の方は荒川洋治さんの生徒だったね。またね。
10月30日
「ポエトリーステージ」の報告から。清水哲男さんの掲示板で連絡をとりながら、八木幹夫、清水昶の到着を待つ。付き添いに前回のゲストの井川博年、ジャガー(国産です)の運転手は画家の工藤政秀という一行。心配なのは唯一人、昶さん。ちゃんと待ち合わせ場所に着いたかしら。知らせがないのは無事な証拠と、おれは、とにかく準備にとりかかったよ。カミさんは、例によって「アタシ、午前中は部活だから」てなもんです。一番乗りは、伊香保温泉から回ってきた田中庸介さん。しかし、急用のためステージはキャンセルとか。なかなかの論客で、仕込みのついでにお話するのはキツかったぜ。このころからキャンセルの電話が相次ぎ、少々心配になったが、逆に駆け込み予約も入るという展開。知らずに寄った磯部煎餅の社長を即ゲット。午後になると手先も頭の中も多忙。真の一番乗りは、千葉からやってきた鹿森夜須美さん。3時頃、ジャガー(国産です)が到着。閑散とした様子に昶さんは不機嫌そう。まあ見ててくださいね。あっ、お酒ね。なんとか仕込みも済み、ステージの準備もできている。都合次第という人たちから到着して、30人は確保できそう。いつも受付係りは中澤睦士。目配せ一発でお願いしちゃうんだけど、ごめんね、ありがとね。厨房の応援は義弟夫婦。わりいなあ、お金もらって手伝わせて。ほぼ満員になって、昶さんも調子がでてきた様子。どこかで物議をかもしたことなんてホントかしらというステージ。八木さんが睨んでいるせいじゃなく、気持ちのよい時間が流れていたね。今回は、ゲストがそのまま泊まりなので、エンドレスの懇親会に突入。あら不思議、なごやかに宴が続くじゃない。昶さんは、乱れることもなく、しかし杯を手放すこともなく、夜は更けていき、更けていき、八木、井川、工藤は眠りにつき・・・。どうやら、お泊まりは8人か。あれ?飯島章の分が寝具が足りない。もう、朝の4時。昶さん、もう寝ましょうよ。翌日というか、当日というか、道路愛護(地区住民総出の道普請)の日だった。両親におまかせして、おれたち夫婦は寝てた。階下に来客があるらしく、父の大きな話声がしたが、夢うつつ。誰が来てたかと思いきや、八木さんと工藤さんだった。早起きだなあ。「まほろば」から散歩してきたらしいんだよね。八木さんは、何度も来てるから父とも顔なじみなんだよ。朝食を持っていったら八木、井川、工藤の3人は「やすらぎの湯」に朝風呂。あとの話じゃ、朝の6時に行ったっていうんだよね。24時間営業じゃないよ。昶さんはビール。おれたちは後片づけ。ようやく通常の営業仕様に戻した頃、風呂あがりの3人が帰ってきた。今日は「前橋文学館」で萩原朔太郎賞の授賞式。受賞者の江代充さんを始め、選考委員として清水哲男さんも出席している。ちょっと顔出して帰ろう、ということになっていた。温泉に行かなかった昶さんは、ゲストルームのお風呂。さて、道案内におれも行きますよ。と、そこへお客さん。あれえ、早川聡だ。こりゃあ、カミさんにまかせるわけにいかないなあ。ということで、迷わずに行ってね、工藤さん。こうして「ポエトリーステージ」は終わりました。この間も清水哲男さんの掲示板への書き込みは続き、その後も関連した書き込みがチラホラ。ううむ、これぞIT社会ですなあ。今日は休み。そのITの料金を払いに行ってきた。そしたら、メールで案内を出したはずという。知ってるけど、それを受信したパソコンが、また壊れちゃったんだよ。係りが不在なのでFAXします、だって。二度手間じゃん。せっかく来てるのに用事が済まないなんて、ITも融通がきかないなあ。晴れて風が強い。宴の後、気が付けば物悲しい上州の秋。
10月23日
雨降りの休日なので朝寝。小雨なのか「らぶ」が散歩をせがんで吠えている。このところ、夢見がいいので起きるのがもったいない。死ぬという状態がこうならばいいのにね。一度手術のために全身麻酔を経験したことがある。そのときは全くの空白だった。生きているからこその夢なんだろうね。休みの日は、家族があれこれと話かけてくる。不思議じゃないし、地域に生きてるから、それなりのつきあいがある。来年は班長さんの役目が回ってくるとか、農業所得の申告書類を提出しなければとか、米の出荷をどうするか、とかね。生きてることはめんどうくさいものだね。休日は支払いと仕入れの日で、シコシコ稼いだ分がドバーっと出ていく。そのために働いてるんだけどね。こんな日は「やすらぎの湯」でのんびりしたいところだけど、床屋が先という結論。理美容組合に加盟してない店があって、最近はそこ。若いアンチャン、ネエチャンが元気よくやってくれる。無理に話しかけてくるんだけど、いいんだよ、おれ、寝てるから。これで昼間はお終い。日本シリーズをじっくり観ていたら、ダイエー大敗。不機嫌になった。カミさんも学校で嫌なことでもあったか、妙に絡む。喧嘩にならないうちに「まほろば」に避難。生きていくという綱渡り。
10月16日
友人の奥さんの通夜に行って来た。突然、つれあいがいなくなることを自分に置き換えてみる。何と言われても納得できないかもしれないね。何度も葬儀は経験しているのに、いつまで経っても手順が分からない。いくつになったら人に教えてやることが出来るのかなあ。夜道を走っていたら「まほろば」という店があるのを発見した。ウチと同じく月曜定休日みたいだったね。この辺りにあるという話は聞いていたし、ありふれた名前だからね。それで「榛名」をくっつけておいたんだよ。こんな晩はテンションがあがらないけど、気をとりなおして営業報告風にいこうかね。忙しい日は重なるもので、土、日は連続でパーティー予約が入っていた。いずれも地域の団体さんで、詩の話題は無し。まあ、取引先の酒屋の若旦那や魚屋の婿殿も参加してるからね、自分で切った魚を食べ、飲んだ酒は自分で運んでくれば商売になるというわけさ。こういう商売をしていると、ほんとにお金の回り方が分かるね。分かりすぎて気が咎めるほどだけど、それじゃやっていけない。会社だって同じなんだけど、分業化してるから見えないだけなんだよね。ひとりで商売していると、常に自分の価値を試されているような錯覚に陥る。わっ、と叫びだしたいストレスを感じるときもあるけど、この道30年の同業者にして同じだというからね。安心したよ。
10月9日
体育の日は10月10日じゃなかったっけね。晴れの特異日ということで決めたはずだけど、結局、生きてる人の都合が優先するんだよね。人の世は変わり続けて事も無し。今日は雨、明日はちゃんと晴れなのにね。なんだっていいんだけど、こうセツナ的な時代になると、永遠なんてことを考えるヤツは完全に変人だよね。もともと人生に意味なんか無かったのかも知れないよ。それぞれが自由に生きては困ると考えた権力者たちが、それぞれに人生の目的らしきものを押しつけておいただけかもね。さあ、みんな自由です。かく生きねばならないということはありません。でも、自由って辛いんだよね。そうすると精神安定装置が壊れちゃうんじゃないかな。「銀猫」の同人会?があった。その他にもパーティーがあって、閉店後にもう一組入ってきちゃって、おれは忙しかった。だから、どんな話になって、中里諒子と今成寛があんなに酔っぱらっていたのか知らない。おれは、とにかくずーっと料理を造りっぱなしで、後かたづけをして帰宅したのは午前3時だったぜ。それが金曜日のこと。この3連休は閑だった。おかげで疲労回復にはなったけど、いつもながら、この落差にはとまどうよ。常連の主婦とカミさんが、雨蛙の体色の変化実験と称して蛙を捕まえてきて騒いでいた。隣の田んぼに綺麗なマガモのつがいを見つけて、また大騒ぎ。近所のこどもがあっさりと抱きかかえて、これぼくんちの、と言って連れてった。えーっ飼ってるのお、と一同呆然。のどかな「まほろばの日々」です。
10月2日
あれこれ支払いを済ませて、今日は食品衛生の再講習の手続きに行った。ひどい思い違いで、保健所へ行かなければならないのに、取得したときの講習会場に行ってしまった。えっ、保健所って何処だったっけ。白昼の前橋で迷子になった気分だったよ。ああそうか、国領町のあそこだったと思い出すまでのおれは、完全にボケ老人だったね。そこの係りの女性に声をかけられてびっくり。「けやき」の柄沢絢子さんだった。いやいや、こんなところでお会いするとは。仕入れをして煥乎堂群馬町店へ。頼んである「現代詩手帖」10月号を買う。ギャラリーを覗くと岡田常務がいた。久しぶりなのでご挨拶。いまの煥乎堂を仕切ってるのはこの人。雑談でアドバイスを受けたけど、煥乎堂と「まほろば」じゃあ資金力が違いすぎるからね。はあ、そうですね、と応えるしかなかったよ。帰宅して「現代詩手帖」をパラパラ。「まほろばポエトリーステージ」の案内を掲載してもらったけど、「まほろばポエトリーアートステージ」になってる。はて、どこでアートが紛れこんだんだろう。無料だからいいけどね。昶さんが書いてるからじゃないけど、今月の特集は読んでおこうと思ったね。悪しき戦後詩の影響を受けてか、三好達治は、ほとんど読もうとしなかったんだよなあ。
9月25日
午前中に仕入れを済ませて午後は稲刈り。一応、おれは農業経営者でもある。まあ、しかし、ほとんど農業は知らないという典型的な農業後継者なのです。もう歳だけど、このところ両親がしきりとリタイアをほのめかす。だけどねえ、いまさら何作ったってしょうがないよ。「まほろば」の売り上げなんてたかが知れてるけど、うちの農業収入の30倍はあるんだぜ。つまり、ただ農地を守るだけの農業じゃ喰ってけないのよ。いや、食い物はあります。農産物で電気代や税金を支払えればつつましい暮らしは出来るでしょう。まあ、それはともかく、秋風に吹かれながら稲刈りをしていると、とても安心するんだよね。農家の長男としてスリコマれたものがあるんだろうなあ。定休日だけど、夜は予約が入っていた。農家のお嫁さんの会で、その名も「かぼちゃの会」。ケーキセット13人前だから商売になったよ。商売もいいけど、いよいよ原稿の締め切りが重なってきた。なんというか、それぞれ余裕のある締め切りだったんだけど、端から片付けておけばいいものをついね。いかん、また泣きが入った。オリンピック女子マラソンで高橋尚子が金を取った日に巨人がひっそりと優勝したね。それにしても、なんでスポーツばかりが国民的関心事なんだろうね。おれも、つい観ちゃってるけどさ。まあ、平和の象徴なんだろうけど、なんだか絶句しちゃうんだよね。
9月18日
朝から床掃除。知り合いの専門業者に頼んだんだけど、汚れていたなあ。まあ、それだけ利用してもらったということだからね。昨日から「うるとら」の松元泰介さんが泊まっていて、掃除も済んだので食事ということになった。そしたら、休みの日なのにお客さんが2組も入ってくるじゃない。もちろん断りません。そうこうしていると、群馬詩人クラブの田口さんまでやってきた。まっ、いいけどね。おかげで商売になりました。土曜日には、前夜にイベントのため群馬にきていた谷川俊太郎さんが立ち寄ってくれた。丁度、お客さんが入っていて忙しいところをお見せしちゃったよ。おれのピザを一言「ウマイ!」と言ってくれたぜ。なんとかスケジュールを調整して、来年は「まほろば」のイベントにも協力していただく予定だよ。清水哲男さんの掲示板のことを前回書いたけど、おれ、掲示板をつけるのやめとこうっと。現実のお店でも、客同士のトラブルはけっこうあって、おれも気を使ってるんだよね。とてもネット上でまでやりたいとは思わないよ。しっかし、哲男さんとこの書き込みは多いね。おれの書き込みなんか、あっという間に埋もれてしまったよ。オリンピックが始まったらビデオを観る時間がなくなってしまった。やはり、サッカーを観てしまうね。いや、いかんいかん、今月はやること一杯あるんだった。「まほろば」3年目に突入。

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