まほろば日誌5

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6月16日
土曜日は「まほろば」を閉めて東京へ。ちょっと休みたい心境だったので丁度よかったのね。早くからお誘いがあった「余白句会」の第50会記念会にカミさんと行きました。その前にカミさんはお仕事。1時からの日教組の中央集会に出なきゃだという。別にバリバリの組合員だから、というわけじゃない。まあ、お仕事ですよ。政治集会なんて久しぶりだなあ、なんて思いながら会場の芝公園へ。入り口付近で懐かしい口調のアジ演説をぶってる一団が待ちかまえてた。Kマル派だぜ。いまどきのアジビラはきれいなワープロ。各県教組の幟が林立してて、カミさんは自分とこの幟を見つけに行った。暑いのよね。おれは木陰で見物してるぜ。そして小一時間。お仕事は終わったらしく、何か食べようよ、とカミさん。東京駅構内で食事して、いざ神楽坂へ。ちょっと早いので近くの喫茶店に寄ったら井川博年さんがいた。やあやあ、ご苦労様です。主催者の井川さんは、一足先に会場へ。おれたちは定刻に入った。受付で名札と投句一覧を渡される。先ずは選句の時間とあって、会場は妙に静か。「余白句会」のメンバーのほとんどは顔なじみなので目で挨拶。空いてる席に座ったんだけど、世間的には上座だったなあ。まっ、いいか。会場のあちこちから合図されて、あっ、どうもどうも。ビデオ撮影に清水哲男さんが忙しそう。やがて開会。小沢信男さんの挨拶は軽妙洒脱。ううむ、流石だよなあ。乾杯となって、さあ呑むか。工藤政秀さんとやあやあ。余白の面々の他にもご挨拶しなきゃと思う人多数。目の隅でそれらの人たちを確認しながら泳ぎ始めます。やがて選句の結果発表。井川博年、八木幹夫の司会。おれの一押しがそのまま同点一位で(訂正・15点で単独2位でした)、作者が岩崎迪子さんだった。岩崎さんと出会ったのは古く、その後長く会う機会がなかったのに、ここ数度の機会に続けて出会うことになった。早速、ご挨拶。隣りにいたのが小長谷清実さん。あっ、お久しぶりです。ふらんす堂の山岡喜美子さんに声をかけられて飛び上がる。詩学社の篠原憲二さんとは初対面。そうだ、訊きたいことがあったんだ。広告の件でボソボソ。カミさんは明日も仕事。そっと帰るからね、と宴たけなわに退散。独身者と化したおれは、にわかに元気。そうか、土肥あき子さんて、こんな美人だったのね。やがて二次会。國井克彦さん、阿蘇豊さん、篠原さんと隣り合う。目の前は宗匠小沢さん。点の入らなかった吾が句を指し示すと、あっは、と一言。やっぱり駄目みたい。その場で三次会。四次会に流れる途中で、清水兄弟、正津勉などはおそらくゴールデン街か。小長谷さんは一緒に来たはずなのだが、これは迷子かも。八木幹夫、八木忠栄、鈴木一民、近藤洋太、井川博年、出口高弘という最終メンバー。もう朝の3時だぜ。下村康臣の話題に終始。芸林書房の出口さん、お世話さま。あなたの部屋になだれ込みそうな勢いだったけど、最終的には八木幹夫さんと二人で八重洲のサウナに沈没。それにしても、八木幹夫は外見以上に酔ってたみたい。翌朝、朝飯食べながら話したら、よく覚えてないみたいなんだよね。歩いて直ぐの東京駅で八木さんと別れて新幹線で高崎へ。その日の午後1時半には「まほろば」を開けた。そこそこの売上で閉店。東京の皆さん、地元のお客さん、ありがとう。今日は詩作教室。その前に群馬詩人クラブの「現代詩作品展」を覗く。詩作教室の詩誌「ブリキの風船」の制作作業。「水の呪文」も出来たし、「榛名まほろば」発行の詩集も出る予定。やれば出来るもんだよね。バタバタだけどさ。
6月9日
休みの日の掟がある。そんなおおげさなもんじゃないけど、週に一度の家族団欒というやつね。とにかく、カミさんはこれにこだわる。なにがなんでも休みの日は、夜の7時頃には家族四人で食卓を囲まなければならない。但し、カミさんの都合によってはその限りではない。大人四人の家族だからというわけではないけど、誰かが機嫌が悪いと気まずいよね。で、ここの更新を後回しにして家族団欒をしてきた。ほろ酔いで夜道を「まほろば」まで歩いてきた。これはこれで新鮮なのね。まあ、皆さんには関係ないことだけど。今日は床屋さんに行って来た。客商売をしていると休日には誰とも話す気がしないのね。おれは、傍目には商売人のはずだから、いつだって愛想よくふるまうべきなんだろうけど、どうもそうできない。いや、けっこうやってるのかもしれないんだけど、意識としては違うんだよなあ。休みの日のおれは、なんだかオドオドしたり、ひたすらぼーっとしてるみたいなんだよね。休みの日は仕入れの日。業務店専門の食材屋さんがあって、今日もそこへ寄って来た。一般のお客さんもいるけど、ほとんどは飲食店の関係者だね。みんな営業中はそれなりに元気なんだろうけど、ここでは静かなんだよね。案外、みんな同じような心理状態なのかなあ、と思ったら安心したよ。
6月2日
今日は朝から田植え。そんなことを考えながら二度寝したみたい。夢の中で田植えを始めちゃったよ。はて、いつから乗用の田植機になったのかと思いつつ田んぼへ向かったんだけど、どうもおれんちの田んぼじゃないんだよね。やけに景色もセピアで、いつの時代のどこかしらという眺めなんだよね。おれは夢をみるのが得意なのね。そのうち「愛人ジュリエット」という映画じゃないけど、夢の中で別の人生を送ってもいいと思い出すかもね。尿意をもよおして、ようやくお目覚め。トイレを済ませて一服。ゆっくりと夢から現実へと精神を立て直す。はは、ちょっと大げさだね。先ず、二頭の犬の散歩をしないとうるさくてしょうがない。今日はコースを変えて田んぼ方面。父が苗と機械を運んでいるところ。うむ、準備OK。おれんちの田んぼは広い。いや、米所と比べれば猫の額だけどね。いつか、新潟から庄内平野を旅したことがあったけど、その広い田んぼにはびっくりしたなあ。風があって田んぼの水面にさざ波が立ってた。「にがい米」というイタリア映画を思い出したよ。イタリアにも水田があって、田植えの時期には女たちが労働力として集められるらしいのね。古い映画だから今はどうか知らないけどさ。その手植えの様子を見ながら水が多いなあと思ったのね。おれんちの田植機は乗用じゃないから機械と一緒に歩く。知ってる人は分かると思うけど、目の前で苗の収納装置が左右にスライドするのね。すると車を運転する感覚で自然に身体も左右に反応しちゃう。おまけに植えた苗が風になびき、さざ波が斜めにに寄せるという幻想的な眺め。振り返ると曲がっちゃってるんだよなあ。半日仕事で終了。農業もこれで暮らせりゃあ悪くはないんだけどね。さあて、「やすらぎの湯」にでも行くか。
5月26日
「リリー」の避妊手術をした。保険がきかないのでけっこうな出費なんだよね。ちなみに35000円+薬+税だからね。で、村内の動物病院でやると村から5000円の補助が出る。当然、そこでやるべきだよね。でも、そこんちは獣医さんあがりで専門は家畜だからねえ。ほら、牛さんや豚さんとはちょっと違うと思いませんか?まあ、家畜は経済動物だから獣医さんの責任は重い。むしろ、犬猫にお金をかける人の気が知れない、という意見もおありでしょう。いや、こんなことはそれほど重大な問題じゃないね。多分、本人(犬だけど)の意志(話せないけど)を確認せずにだね、勝手に手術しちゃったことの方が問題だろうね。迎えに行ったらイジケてたよ。「土曜会」は飯島、井田、中里の3人。夜更けて夜遊び帰りの常連の奥様たちが寄ってくれた。と、そこへK君登場。彼は地域でS学会の活動をしてるんだけど、どうも定職がないらしく、昼間はパチンコで負けてばかりいるらしいのね。唯一の仕事がS教新聞の配達というわけ。K君、もう配ってんのかよお、まだ朝には早いぜ。このK君、日本の詩人はさっぱりだけど、外国詩人には詳しい。いきなり、ロートレアモンの話をされたときは驚いたぜ。マスター、人類はあと何年位栄えるんだろうねえ?なんて訊くなよな。知らねえよお。
5月19日
村長選に常連の奥さんたちも駆り出されてしまっておれんちは閑だった。ううむ、選挙事務所なんかに行ってると燃えるみたいだね。終盤になると冗談も言えない雰囲気。お店だからね、両陣営の運動員が来ちゃう。ボク、口数が少なくなっちゃうのね。のどかな日曜日に投票に行きました。投票率は79.51%だから高いよね。どんな人がどれくらいの得票で当選したかなんて興味ないでしょ?まあ、祭りは順当な結果に終わったということです。と、ここまで書いたら勝ち組の運動員だったTさんが来ちゃった。勝利の余韻に浸りながらの解説を1時間も聞いちゃったよ。おれも地域の人には違いないんだけど、青年団とか消防団とか、地域の青年にふさわしい活動をしてこなかったのね。だから、ちょっと距離がある。Tさんに言わせれば、そんな時期に地域から消えちゃった男なのね。いや、別に負い目なんてなくて、おれとしてはとても暮らしやすいんだけどさ。あれ、日が暮れちゃったよ。明日は「リリー」の避妊手術、明後日は自分の健康診断日だ。生きているから、なかなか忙しいということ。近所のあの人の長男が事故で亡くなった。16歳で終わってしまう生涯もある。思うことはあるが書かない。
5月12日
村長選挙が明日公示され、今度の日曜日が投票日。事実上の選挙戦はもう終盤らしいよ。今回の選挙は現職の村長が病気のために辞意を表明したことによるもの。その村長は公示前に亡くなってしまった。つまり全国的な争点になっている市町村合併の賛否を問う、という選挙じゃないのね。もちろん合併論議はあるけど、榛東村の財政は豊かで、当面は自立という雰囲気だね。ここでアメリカがどうのコイズミがどうのと書き込んでるけど、おれは政治活動はしない。ムラの政治は特にしない。おかげで「まほろば」はとても静かなのね。それでも様子は伝わってきちゃう。だんだん緊迫してきたぜ。今日はカミさんが組合の動員で東京まで行くというので高崎駅まで送ってった。おまえね、デモするんだろ。ヘルメットとタオルは持ったかい?スクラムの内側にいなきゃダメだよ。なんてね、あはは。そのカミさんからケータイが入った。新幹線で大宮を出るとこだって。ううむ、ここから車で高崎に行くのと新幹線とでは向こうの方が早いかも。田口さんに教わった新しいバイパスを高崎方面へと走る。ほんと、これは便利で早いね。高崎市内はしょうがねえよなあ。やはり新幹線には負けてた。小雨模様の休日。詩の仕事も少しできた。
5月6日
「ポエトリーステージ」の報告から。前日から準備にかかってた。お客さんには関係ないけど、会場作りや参加者募集などが上手くいくときと、そうでないときが当然あるのね。今回は上手くいきそうな流れなので、よおし、このまま、という感じだった。早めに会場作りをしておいたので当日は余裕があった。そこへ飯島章から電話。旧知の吉田文憲さんを迎えに行ってもらってたんだけど落ち合えないらしいのね。これはヤバイよ。すでに遠方からのお客さんは到着しているし、向かっている人からの道順の問い合わせも入ってる。10分後に電話したら、大丈夫、向かってるという返事。よおし、このまま。そこへ中澤睦士登場。今回も受付をお願いしちゃう、というか、そういう話になってた。國峰照子さんが新井穎子さんとやってきたり、田口三舩さんや大橋政人さんなど次々とお馴染みの顔ぶれが揃う。そこへ吉田文憲さん到着。装丁の仕事をしている岡さん、画家の福山さんが同行してた。吉田さんとは20年来の知り合いだけど実際に会うのは2度目。むしろ飯島章の方が親密みたいだね。やあやあ、久しぶり。奥の和室に通して、お食事。福山さんは体調不良ということで食事に制限があるとのこと。「ポエトリーステージ」出演者には色紙を書いてもらってる。その福山さんが色紙に絵を添えてくれた。豪華版です。東京、新潟からの参加者もあって42名という盛況ぶり。資料も配られて−宮沢賢治「鹿踊りのはじまり」について、あるいは吉増剛造の方へ−と題した講演が始まった。表現の始まる「そのとき」とは何か?精神のトランス状態に至る「わけのわからない」「そのとき」について語っているように思えた。主催者はじっくり聴いてるわけにはいかないのね。時間を気にしたり、次の段取りを考えたりね。ビデオの調整、遅れて来た人の案内、一般客のお断り、電話だって鳴る。予定を30分オーバーする熱演で終了。懇親会を募ったけど、去りがたく久しぶりの交歓を楽しむ人たちなどがあって、10名ほどで落ち着いた。日帰り予定だった吉田さん一行は、急遽お泊まり。「銀猫」の飯島、井田が夜更けまでつきあってくれた。吉田さんご一行は食が細い。食い物屋のマスターとしては物足りないけど、それは置いておこう。翌日は、飯島、井田の案内で周辺観光をしてからお帰り予定。記念撮影をして見送りました。吉田さんありがとう。またね。その夜は、村長選挙を控えての集まりが入って一商売。連休中だけど5日は休んだよ。さすがに疲れてここの更新をサボっちゃた。連休が終わると閑なんだよなあ。そうだ、田植えの準備もしなくちゃ。
4月28日
今週は忙しかったぜ。土曜会は飯島、井田だけ。8人テーブルで静かに飲んでた。そこへ地元の少年野球のご一行さん。さらにもう1組が入ってきて、にわかに満席状態。料理なんてそんなに仕込んでないからね。あれこれ言わないでね。おまかせということで、カミさんと二人でとにかく冷蔵庫、冷凍庫をかきわける。おれんちの人気メニューはピザ。手作りで、一捏ね4人前ができる。発酵させるのに3時間は必要なんだよね。で、ストックを考えながら仕込んでおく。これが当たるとなんだか嬉しいんだよ。この日も一捏ね余分に作っておいたのがピッタシカンカン。ご近所のみなさんが引けて、土曜会に合流。「銀猫」も少し活性化が必要だという話。新しい詩の書き手がぞろぞろ現れる時期もあるんだけどねえ。昼間は「銀猫」12号の折り作業だった。例によっておれもちょっとお手伝い。日曜日は狂犬病予防注射。近所の犬が勢揃い。犬同士も好みはあるみたいだね。ふと見ると、ダックスフンドを抱いたオバサンが睨んでる。あっ、いつか「らぶ2」がいぢめたやつだ。「リリー」の新規登録も済ませたけど、この中に父親が紛れているはず。手をあげなさい。今日は、ちょっとお疲れの休日。「やすらぎの湯」に行きたいけど、仕入れが先だなあ。
4月21日
第三土曜日は須田芳枝さんと関根由美子さんがボランティア学芸員として資料整理にきてくれる。とても嬉しい。実は倉庫の中には、まだ大量の未整理分があるのね。ほら、こんなに。驚いちゃだめよ須田さん。おかげさまで、この日は3箱の整理がつきました。こうして確実に資料室は充実してるわけで、あとは宣伝だよなあ。近くに新宿発伊香保温泉行きの高速バス停ができるはず。地域の道普請があったのでご近所さんに訊いてみた。話ばっかでできねえよお。おっかしいなあ。ううむ、おれとしては東京からの直行便だからね、期待してるんだけどなあ。日曜日は大忙し。結果的にはパーティーが二つあったみたいな感じ。喫茶店だけど、毎月いくつかのパーティー予約が入るのね。これで売上がなんとか追いついてるというわけ。まあ、基本的にはその日暮らしだけどさ。雨があがると、この時期は強風が吹く。これが凄いよ。まさに花に嵐という風情。桜なんかあっというまに散っちゃったよ。今日は詩作教室。合評形式で三時間ほど。そろそろマンネリになってもいい頃だけど、そうならないのは不思議だね。いつもなら仕入れに行くんだけど、明日の方が都合がいいかな。さて、帰って酒でも飲むか。
4月14日
土曜日のこと。元村長さんの葬式があることは知ってた。そのお清めが3組15人寄ってくれた。予約があったわけじゃないから焦ったぜ。自宅でお昼寝中のカミさんを起こしちゃったよ。今年は何故かプロ野球を観る気がしないね。メジャーで松井が活躍してるけど、なんだか野茂を先頭にパリーグのサムライたちが切り開いた道に乗っかってるだけじゃん。うーん、どうも面白くねえんだよなあ。でね、阪神・巨人なんて、伊良部と清原がやってるわけだ。阪神には片岡、アリアスがいて、巨人には工藤がいるんだもんね。パリーグファンとしては複雑なのよ。まあ、なんとなく阪神を応援しちゃってる自分が情けないね。イラク戦争だけど、こうして日本も占領されたのかと思うとユウウツになるよ。日本はもはや身も心もアメリカだもんね。日本人だなんて思うから難しくなっちゃうんで、アメリカ人だと思えばスッキリするかもしれないよ。んなわけで、ハリウッド映画を観るのも辛くなっちゃったよ。これって、映画の中だけじゃなくてアメリカの思想そのものなのね。題名を忘れちゃったけど、ジョディ・フォスター主演で異星人とコンタクトする映画があったよね。人類(アメリカ)代表として選ばれた者は無神論者であってはならないっていうんだよ。大真面目なんだよね、これがさ。あれ、それじゃあ日本人はアメリカ人にはなれねえか。八百万の神様は、みんな死んじゃったもんね。なんだ、おれたちはゾンビじゃねえか。
4月7日
一日おきにパーティー予約が入ってた。その一日おきの落差がひどいのね。土曜日なんて、朝から霙が舞ったとはいえ、おいおいこの時期にお茶っ引きかよお、なんて思っちゃったぜ。戦争報道を観ていたら、分かってるつもりでも騙されちゃうね。もう、全くいいように振り回されちゃう。カミさんの中学校に英語派遣教師のライアン君というのがいる。イリノイ州出身で、いつのまにか同僚の英語教師のハートをゲット。それが、可愛い先生でね、ライバルもずいぶんいたらしいよ。その二人がお茶を飲みにきた。ライアンはブッシュ支持なの?ノー、ボクはゴアね。結婚したばかりなのに兵役に就かなくちゃかもしれないじゃん。それ、困るね。でも、志願しないよ。ああそうか、徴兵制じゃないんだ。ところで、ライアンは銃持ってるの?うん、イリノイ州は持ち歩いちゃいけないけどね。テキサス州は?あそこはいいのね、みんなけっこう持ち歩いてるよ。ふーん、やっぱりねえ。ライアンは26歳だってさ。来日2年で日本語ペラペラ、うちのカミさんとも仲良しなんだよね。そうか、こういうアメリカ兵が突撃してるわけか。戦争に正義もへちまもないね。いいのかよ、こんな若者を殺し合わせて。従軍記者が書いてたな。戦争から一番疎外されてるのは戦場にいる双方の兵士たちだって。おれは春先はそれだけでユウウツなのに、ブッシュやコイズミやフクダの顔を観るだけでビョーキになりそうだよ。今日は床屋に行ってきた。頭だけはサッパリしたぜ。
3月31日
今週は閑な日が続いたなあ。まあ、その日の雰囲気でだいたいは分かるんだけど一日が終わらないうちは一応身構えてるからね。これって閑疲れってやつだね。土曜日は同じ時間に二つの宴会を受けてた。何故かこんな日に限ってお客さんが集中するのね。宴会の準備はちゃんとしてた。むしろ、この日は余裕があったはずなんだよね。下ごしらえをしたものをいよいよ調理にかかろうとしてた。こういう一番肝心な時間帯にお客さんてどんどん来ちゃうのね。断るわけにもいかないしねえ。どんな場合も時間は伸び縮みしないのよね。またしても、一気にバタバタ状態になっちゃった。カミさんと二人で狭い厨房をめまぐるしく交差する様はまさに神業だぜ。いや、実際は目の前にある包丁を探したり、お皿を出すつもりで冷蔵庫を開けちゃったり、何をしようとしていたのか一瞬忘れて立ちつくしたり。昨日まで閑過ぎたせいかしらね、調子でねえんだよなあ。後かたづけをして帰宅したのが午前二時。疲れてるんだけど興奮してるって状態。分かるよね。今日は日曜日。どうせ閑だろうけど、仕込みをしておかないと間に合わない。閑でいいと思ってるとお客さんて来るね。立木早夫妻がふらりと寄ってくれた。そこへ常連さんたちがワイワイ。夜になってジワリと疲れがでた。明日は休みだけど宴会がひとつ。よって早目の更新。えい。
3月24日
「イラクの自由作戦」が始まった。おかげでマリナーズはこないし、ディズニーランドでは手荷物検査があるし、テレビは戦争ニュースばっかり、あたいつまんなあい、なんて娘が言ってるわよお。そんな話につきあいながら、おれは「まほろば」を開けてる。客商売をしてると、その人が洩らす無防備な言葉ひとつでおおよその立場が分かっちゃうんだよね。別にいつも神経質に構えてるわけじゃなくて、あくまでフツーに接しながら瞬時に判断してる。じゃないと商売にならないのね。野球の贔屓チームなんて分かりやすいよお。あと、支持政党なんてのもね。戦争報道も各メディアによってはっきりしちゃうね。古くは「泣きのヨミウリ(4)、怒りのアサヒ(10)」って言うんだってね。軍事に詳しいのはサンケイ(8)だね。マイニチ(6)はどうなのか知らねえなあ。経済絡みはニッケイ(12)だよね。で、こういう民間の早いけど間違いの多い情報をコクエイ(1)で確認するわけね。コクエイは政府CMに注意が必要だけど、なんてったって24時間態勢がいいね。海外メディアはBSの出番だ。これにインターネットもあるけど、おれは外国語がダメだからねえ。まあ、ともかくこれらを使っての情報戦がすごいわな。つまり、もうホントのことは分からねえんだよ。分かってるのは個々人の胸の内だけというわけ。おれもそうだけど、皆どちらかに加担しながら観てる。問われる前の答えがそれさ。そしてそれこそが戦争によってしか解決できないものなんだろうね。この戦争はアメリカの恐怖が呼び起こした歴史に残る愚劣な戦争だね。こんなにも弱い国だったんだね、アメリカって。ちょっとパクれば「帝国の終わりの始まり」ということだね。さて、センバツでも観るか。
3月17日
平日の午後に宴会が入ってた。10人前後なら一人でこなせるんだけど25人だからね。公務員のカミさんをサボらせるわけにはいかないし、さて、どうしたものか。おお、そうだ常連のYさんが失業中だった。プルルー、アルバイトしない?いいわよ。てなわけで、交渉成立。お客さんは地区の老人会の皆さん。Yさんに宴席の準備をしていただきながら料理に専念。お年寄りって集まるのが早いのよね。30分前には続々とやってきちゃった。ほんと、一人じゃどうにもならないところだったぜ。お年寄りって食が細いと思うでしょ。ところが、ぎっちょん。これでもか、と出した料理を全てお召し上がりになっちゃう。ピザ、パエリア、揚げ物というしつこそうなものだってヘーキだもんね。で、上がりも早いから好きだね。相撲を観なくちゃ、なんて言いながらお開き。あ、送るのね、はいはい。Yさんと後片付け。そうか、二人いればもっと宴会もとれるなあ、なんてことをチラっと考えちゃったけど、いや、助平心を出しちゃいかん。Yさん、ありがとね。今日は詩作教室。参加者4人。新しい代表者にMさんを選んで次回から新年度の教室ということになった。継続は力なり。今週中には開戦という気配。普通のこととして戦争は始まるときは始まっちゃうんだなあ。やな感じの映画のなかに入っちゃったようだよ。
3月10日
どうも戦争が始まりそうだね。なるほど、こうして平和はやぶられていくわけだ。もう全ての情報は操作されていると思うべきだね。新聞もテレビも本当のことは報道しない。実はあのときはこうだった、なんて後で知らされるというわけさ。この前の戦争では知識人と呼ばれる人たちのほとんどが庶民感情に押し流されてしまったね。その反省のうえに「戦後文学」は成立したはずなんだけど、どこかでそれも滅びてしまったらしいね。日米同盟がこれほど鮮明に大衆社会のなかに浮上してくるとはね。まあ、ソ連邦の崩壊は最終的に資本主義の勝利を告げたわけだけど、それは弱肉強食こそが人間の本質だったということになるのかしらね。宗教も思想だと思っていたけど、どうも違うね。なんだか圧倒的な思考停止を強いるものね。とにかく20万とも30万ともいわれる若い兵士たちが中東に展開しているらしい。実際に先ず殺しあうのは彼らだよね。思考停止状態だと想像力も働かなくなるらしい。「博士の異常な愛情」という映画は冷戦時代の作品だけどあのエンディングはすさまじいぜ。どこか気楽な展開がとても不気味なんだよね。ブッシュさんは観たかしらね。きっと観てないね。北朝鮮のあの人は観ていそうだね。だからやってるのかも。ううーむ、困った人だね。
3月3日
地元の情報誌に「まほろば」の紹介記事が載ったらしい。問い合わせが1件、実際に来た人、3組5人、売上はコーヒー1杯。ん、計算が合わないなあ。それとは別に、名古屋から一人。この人は荒川洋治さんの著作で知り、インターネットで調べて来たという。休暇のスケジュール調整に失敗、予定変更して足を向けてくれたのだという。とてもいい判断でしたよ、Fさん。昨日は自費出版の相談に来た人がいた。祖父の遺稿集を出したいという話。うちは出版社じゃないからねえ。まあ、紹介はできるけどさ。こういう場合の見本として「まほろば」の蔵書を参考にしてもらうのもいいね。いつか来てくれた印刷屋さんのグループの事を思い出したよ。彼らは詩や詩人よりも詩集そのものの造りに興味を示していたものね。そうだ、これから詩集を出そうとしている人は是非いらっしゃいね。きっと、イメージ湧くと思うよ。今日は確定申告。待たされたけど簡単に済んだ。慣れたせいもあるけど、去年から数字の項目が大雑把になったような気がするね。いや、いいことです。どれだけ税金を納めたかって?教えないよー。仕入れの後、ふと、その気になって敷島公園へ。松林を一人でぶらついた。52歳の誕生日。ちょっとさびいぜ。
2月24日
「土曜会」は飯島章と井田秀樹だけ。まあ、こういう日もあります。それにしても景気が悪いね。出入りの「おしぼり屋」さんと話したけど、閉店、もしくは開店休業のお店ばかりで、そろそろウチも危ねえですよ、なんて言ってる。お店の家賃を払うために昼間は別の仕事をしてる人もいるらしい。そうだ、景気のいい話をひとつ。木村ユウさんの「ポエトリージャパン」が出航する。詩集のネット取次ぎをしてくれるんだよ。詳細は前記のページで観てもらえば分かるけど、すっかり膠着した詩書の流通に風穴があくかも知れないよ。実際にはどんな問題が生じるか分からないけど期待していいんじゃないかな。ただねえ、このところ資本主義の成熟というか、著作権など様々な権利が認められるようになって、なにごとも油断できなくなってるからねえ。ここからは別の話だけど、歩きタバコはダメと言われれば「禁煙法」だし、酒気帯び運転の罰則強化(運転手はもちろん、知りながら同乗した者にも数十万円の罰金)駅売店での販売自粛など「禁酒法」を思わせないかね。かの、ストーカー法だって「恋愛法」になりかねないぜ。誰もヘンに思わないのかねえ。あ、仕入れに行かなきゃ。
2月17日
とても静かな土曜日。井田秀樹が一仕事終えてやってきた。ところで、遺体捜索はどうなってるのかね。ああ、あれは犯人の記憶が曖昧らしいですよ。ふーん、新情報無しということね。そんな話をしているところへ須田芳枝さんと関根由美子さんが来た。須田さんは「詩学新人」として、2月号で紹介されてる。須田さん、歳が分かっちゃいましたね。この日は「まほろば」のボランティア学芸員として資料整理に来てくれたのでした。早速、作業開始。井田ちゃんも成り行きで参加してくれたけど、あなた、手際がいいねえ。いやあ、助かったなあ。おかげで気になっていた棚が片付きました。何故かこの間、お客さんも気を利かせたか誰も来ない。じゃあ、また。嬉しいお言葉を残して皆さんが帰ると、入れ違いにお客さん。この夜はカミさんも出演している「榛東笑女歌劇団」の演劇発表会初日だった。終演後、観に行ってくれた常連さんを中心にどっと?お客さん。ふむ、昼は資料館、夜は喫茶店という見事な二刀流。にぎやかに〇時まで。翌日は公演後の打ち上げを受けてた。とにかく早目に準備にかからねば。常連さんは知ってるので素早く退散。舞台を終えたカミさんが駆けつけて、さあ、忙しいぞお。いつも打ち上げは格別らしく、例によって大合唱大会。貸切でこの夜も〇時まで。後片付けをして帰宅したのが一時半。疲れているのに、それからビデオを一本観てしまった。あるでしょ、こういう時って。今日は「詩作教室」。自分で提案しておいた課題を忘れてた。皆さん、ごめんなさい。仕入れに走る。夕べというより今朝方観たビデオをYさんに回す予定。これで3人目。レンタル屋さんごめんね。
2月10日
土曜日のこと。久しぶりに宴会が入ってた。どういうわけか、その準備にとりかかる時間になるとお客さんが立て込むのね。それまではとっても閑なんだから、リンダ困っちゃう。ごめん、よくわかんないギャグだったかも。頼りのカミさんも時間を勘違いしてて、買い物に行ったきり。調べ物に来た愛敬浩一さんと、常連のSさんと映画の話で盛り上がってた頃はまだ余裕だった。そのうちに、次々と常連さんがカウンターに座り始める。おっとっと押してきちゃったぞ。カミさんと二人でやってるんだけど、おれはバタバタ状態。予感的中。30分遅れてくれないかなあという状態なのに30分早く皆さん到着だもんね。ひきつった笑顔でお迎えして、さあ大変。常連さんの見ている前で夫婦喧嘩寸前。いや、待て待て。料理って、まさにゆっくり慌てろっていう仕事なのね。ああ忙しかった。今日はお休み。二匹の犬を連れてお散歩。それなりに賢くなったのかしらね、ちらちらとおれの顔色を見ながら歩くようになったよ。カーテンを下した「まほろば」で一人でコーヒーを飲む。好きだね、こういうの。ここは平和だけど、榛名山中で死体遺棄事件が発生したらしい。新聞休刊日なので詳細不明。社会全体が息苦しく、いらいらしてる感じだね。あっ、宅急便がきた。
2月3日
暖かい休日。気になっていた小山和郎さんの病気見舞いに行ってきた。もう退院していて深刻な状態ではないという情報は入ってた。「水の呪文」がでないこともあって伊勢崎の自宅に行くのは久しぶりなのね。で、少し遠回りして昔通った道を行ってみた。ううむ、景色が変わってる。新しい道ができたり、目標にしていた建物やお店がなくなっていたり。駒形の狭い十字路なんかドーンと広がっちゃってた。さて、このあたりなんだが。なんと、マジに迷っちゃったよ。開発中だった新興住宅地の一角に小山宅(二葉印刷・紙鳶社)はあって、それがすっかり整備されたというわけ。目標にしていた空き地やら工事中の道路やらが、当然ながらありません。同じような路をうろうろして、あれ、ここじゃん、こんちわあ。小山さんは思ったより元気でした。なにしろ詩誌、詩集など他の印刷屋さんとは比較にならないほど安くやってくれるし、出入りしている詩人も多士済々だからね。まあ、群馬のボスですよ。いえ、この場合は褒め言葉だからね。ゆっくり話し込んで、それじゃまた。帰りは素直にバイパスを突っ走る。先週の発砲事件の現場を右にみて通過。この店はその昔は喫茶店で、おれ、常連だったんだよね。何事もなかったように車は流れ、時は行く。仕入れに二軒寄って帰宅。榛名は西方、夕日がまぶしい。
1月27日
木曜日は朝から大雪。車で「まほろば」まで来たもののノーマルタイヤじゃあどこにも行けない降りになってきた。自宅に居ても同じだからお店を開けてた。録画しておいた「風とともに去りぬ」を観始める。そこへタクシーが入ってきた。あの人でなければ遠来のお客さん。あの人とは、手のかかる酔っ払い社長だけど、ここ数ヶ月現れない。まあ、それはいい。ネットで活躍している木村ユウさんだった。詩集のネット取次ぎのページを立ち上げるらしく、予備調査に来たという。あれこれお話した。ネット市場がどれだけあるのか疑問だけど、彼は手ごたえを感じている様子。注目したいね。夜まで熱心に資料を眺めて、彼は埼玉に帰っていった。ありがとうございました。「土曜会」は新年会。昼から麻雀をしていた奥様たちも参加してくれて盛会になった。今月はとても閑なので助かります。どうもピンチが顔に出るんだろうね、すかさずお客さんが応援してくれるんだよね。お泊り組で麻雀。井田、飯島はお好きと見た。オーラス3時半。翌日は、昼からお客さんが切れない。ひさしぶりなので戸惑っちゃったよ。古い女友達が旦那さんとやってきたのにはびっくり。実はおれも好き勝手に生きてきたわけで、都合が悪くなればさっさと逃げたりしてた。遠い時間からもお客さんは来るということ。映画みたいじゃん。
1月20日
今週はとても閑だった。おかげで本が読めました。そりゃあお客さんが来ないと穏やかじゃいられないけど、まあ、気持ちの切り替えです。川崎洋さんの「旅ゆけば」を一気に読む。次いで読みかけの小田久郎さんの「戦後詩壇私史」をじっくりと。感想は書かないけど、じんわりと元気が出てきた。今日は「ブリキの風船」の詩作教室。新年の食事会にしていただいた。その準備中に車が一台入ってくる。あれれ、烏賊の皮むきの最中で手が離せないよお。様子を察してか、お帰りになったみたい。あっ、詩の関係者だったらごめんね。食後は合評会。リアルな生活詩のKさん。メルヘン詩のMさん。ユーモア詩のYさん。物語詩のKさん。こう書けば少しは雰囲気が伝わるかしらね。それぞれの個性がみえてきたところで、さて、これらの詩が同人詩誌の詩と比べてどうか。その場でそう言ったわけじゃなく、密かにおれの胸のうちで問うてみた。もしかしたら、誌面に並べば遜色ないのか、いや、どこか違うかも。この葛藤は何故だろうなあ。あっ、Yさんは、これを読んでるんだった。もうちょっと考えさせてね。仕入れに前橋まで。開店当初は駐車場に止めることもできなかった巨大ホームセンターに寄ってみた。もうスイスイ止められる。やはり不景気なんだね。
1月13日
吉原幸子さんの「偲ぶ会」に行ってきた。ラ・メールの会を中心に女性ばかりじゃないかと心配してた。豊島高校の関係者も含め、とにかく大勢の人が参会してた。割と男性も多いわね、なんて会話を聞きながら会場を見渡してみた。うーむ、怖いことに、誰が誰やら分からん。八木忠栄さん、岡田幸文さんとちょっとお話。一服しなきゃ、とロビーに出ると國峰照子さんと新井頴子さんがいた。國峰さんとは久しぶり。ご苦労様です。生前の吉原さんの朗読が流れ、静かに皆、聴きいっていました。あっという間の3時間。同じ電車で一緒だった関口将夫さんに誘われてロビーへ。そこで待っていた皆さんと名刺交換をして驚いた。え、渡辺武信さん!なんと、あの「凶区」の面々だったのね。山本道子、高野民雄、彦坂紹夫、よしだひろこという顔ぶれ。これは吉原さんの悪戯かしら、と思いましたよ。思いがけない出会いで、整理する時間さえあれば訊きたいことがいっぱいあった。とりあえずの質問を繰り出して1時間ほど談笑。楽しい時間でした。渡辺、山本両氏とはそこで別れたけど、場所を移して帰りの電車の心配をする時間まで飲みました。あれこれ聞いた貴重な話を反芻しながら関口さんと帰途についた。やはり「まほろば」で蜘蛛の巣を張ってるだけじゃダメだね。このごろ自己嫌悪に陥ることが多いんだよね。迎えのカミさんと「ばりきや」でラーメン。味はまあまあだけどいい屋号じゃん。
1月6日
大晦日は早仕舞いをして家族と年越し。霙の午前0時に村々鎮守様へ初参り。カミさんと二匹の犬連れてね。けっこう人出があって社務所で甘酒をふるまってくれた。明けて元旦。午後から地域の新年会。戸数177戸と急増中だけど、うーん、半分も集まってないなあ。窓際は古くからの住民の指定席という顔ぶれ。ほらほらと押しやられて、おれもそのあたりに座ってしまった。こどもの頃から知ってる顔が年老いて並んでる。きっとおれもそのように並んでいるはず。毎年の夏祭りを隔年にしたらどうかという提案が区長さんからあった。どうやら古参住民には根回し済の様子。若い新住民から異論がでたが、なにせ、こちらは出席率が悪い。今年は無しということに決まってしまった。「これは改革です」と区長さん。ふーん。「まほろば」は関係ないけど、飲食に関係していた地域のお店は、また売上が減るよね。悪酔いしそうなので早々に退散。次いでカミさんの実家に御年始。義弟との飲み比べだけど、お互い飲めなくなった。酔いつぶれて帰宅。2日から「まほろば」を開けた。新年の決意は特に無い。と、いうよりも、そういうふうに考えるのが苦手なのね。ある日、突然決意して、黙って実行すればいいと思ってる。今日は「やすらぎの湯」に行ってきた。脱衣場で衣服全部を盗まれたという騒ぎ。どうやって帰るんだろうあの人。それにしても乱暴な手口だこと。
12月30日
「忘年会」のことから。けっこう案内状を出した割には反応が少ないので心配してた。ううむ、年越しセールを見透かされたかなあ。まあ、どうしても商売なんだけど、素直に飲み明かしたいなあ、という気持ちなんだよね。ちょっと凹みつつ、カミさんと準備を始めたよ。そこへ、大塚史朗さんから電話。できたばかりの方言詩集「ふるさとひろって」を届けにくるという。やってきた、大塚さん。で、誰と誰が来るの?確実な人を含めて10冊ほど預かりました。最初に現れたのは広橋喜久さん。次いで田口三舩さん。このお二人は下戸なのね。先に飲っててね、というお勧めはそぐわないなあ。あっ、井上敬二がきた。差し入れの生酒持参とは嬉しい。井田秀樹も現れて、よおし始まり始まり。隣町の平野秀哉さんも濁り酒持参。飯島章も同じく濁り酒。紅一点の金井裕美子さんも現れ、こうなるとテーブルを継ぎ足さなくちゃ。これに常連の奥様たち5人が加わり、賑やかに夜は更けていきました。こうして、今年も皆様に救われながら年を越せるというわけなのね。おれも一緒に全開で飲んじゃった。お泊り3人。燃え尽きて後片付けなんてできない。翌日、カミさんとやったよ。今日は定休日なんだけど、大掃除をしながら開けてる。誰もこない。もう閉めよっと。
12月23日
日曜日は朝から大忙し。11時に20人前の出前を受けてた。隣の公民館でイベントしてるグループの昼食。こういうこともたまにはある。夜は常連さんの小パーティー。つい一緒に飲んじゃった。席を奥の座敷に移して麻雀が始まっちゃったよ。そこへ忘年会の流れが入ってきた。カミさんの関係だけど、5人くらいだっていうからのんびり構えてたら20人近い。たちまち貸切状態。夜は更けて、団体さんを送りだしたけど奥はまだ。もしもし、奥様たち。東二局からおれも参加。オーラスでYさんにマンガンを振り込んじゃったよ。あら、鶏が鳴いてるわ、帰らなくちゃ。あっ、いつもこんなことしてるわけじゃありませんよ。年に一度のことです。念のため。そんなわけで、限りなく朝に近い時間にご帰宅。爆睡。今日は1時から予約が入ってた。ボランティアグループの打ち合わせだね。夕方、早仕舞いしようかなあ、なんて思ってた。そこへカミさんが跳んできた。父が接触事故を起こしたらしい。行ってみると、狭い農道で互いのバンパーが接触した様子。こういうときはあれこれ考えるねえ。当事者じゃないから言い方ひとつでこじれかねない。すぐそばに板金修理のWさんの工場がある。すっきり決意して手配した。年末は何かと気ぜわしい。皆様もご注意を。
12月16日
閑してたら近所に作業場を持つ大工のTちゃんがやってきた。このところ作業場にいることが多いのでTちゃんも閑なのかなあ、と思ってた。その通りで、二人の作業員の仕事をみつけるのが大変だという。穏やかな日曜日だけど、お寒い話ばかりを交換しあって、まあお互いがんばんべえ、とTちゃんは帰っていった。ふらりと男二人のお客さん。どうやら資料館のお客さんみたい。ヘンな話だけど、喫茶目的のお客さんの方が多いので、おれは通常は喫茶モードなのね。カウンターでお話した。やはり詩を書いていたという。いまは書いてないの?ちょっと自分を追い詰めちゃって・・・。ふうむ、立ち入ったことは訊けない感じなんだよね。ランボーの影響らしいけど、全身で詩に向き合っちゃたのかなあ。断片的な会話をしながら彼を眺めてた。同人誌活動をしたこともなく、一人で詩を書いてる人っているんだよね。いまはリハビリ中ということで、彼がどんな状態にあるのか分からないけど「まほろば」が何か役に立ったのならいいけどねえ。今日は「ブリキの風船」の詩作教室。食事会で売上に協力していただいた。皆さん、ありがとうございます。今回も6人全員が作品を提出してくれた。この意欲には密かに驚いてる。おれも見習わなくちゃ。
12月9日
吉原幸子さんが亡くなった。15年くらい前だと思うけど、講演に招かれて弘前に向かう中上哲夫、吉原幸子さんにカミさんと二人でくっついて行ったことがある。夜行列車の寝台で弘前までご一緒したわけだけど、どんな話をしたのか忘れてしまった。会場は「スペース・デネガ」で、泉谷栄さんのプロデュースだった。この多目的ホールに感動したのが「まほろば」構想の始まりだった。吉原さんは開演前にウィスキーを飲んでいた。やはり緊張するのだという。同行した印象は、ファンには叱られるかもしれないけど、とても可愛い人だと思いました。吉原さんは、この夜も終演後に多数の女性ファンに拉致されてしまい、中上さんと泉谷兄弟、岩崎守秀さんらとおれたちはしみじみ飲んだのだった。ご冥福をお祈りします。昨夜から大雪。二匹の犬を連れて「まほろば」へ。いつもの勢いで引っ張られて滑って転んじゃった。どったの?なんて寄ってきたので二匹の頭を順番にぶっとばしてやった。なんというか、おれは散歩係りじゃなくてだね、おまえたちのご主人様であるとだね、自覚させねがあかん。どうもおれはこういうことが苦手なのね。水気の多い雪で樹木が負けそう。雪をバサバサ落としておく。床屋さんに行った。今日はこれで終わり。
12月2日
伊藤信吉さんのお別れ会があったらしい。おれは面識もなく案内もこなかったけど「まほろば」としては、詩書8箱の寄贈を受けてる。お礼の電話でお話したのが最初で最後だった。ご冥福をお祈りします。その帰途、川島完さんが大阪の島田陽子さんと立ち寄ってくれた。資料室で確認してみると、島田さんの著作はほとんど収蔵してあった。まあまあ、一冊欠けてるだけやわあ。翌日は、例によってのんびりと「まほろば」へ。郵便受けに名刺発見。こういうときは何故かカンが働くんだよね。宮崎潤一さんが金子秀夫、福田美鈴夫妻らを案内してきてくれたのだった。まだ数分しか経ってない。ケータイに電話。一行は、ほどなく引き返してきた。すみませんねえ、いいかげんな営業で。こうして訪ねてくれる詩人たちがいることは嬉しい。まあ、もう少し来てくれると張り合いがあるんだけどね。でも、詩人ばかり集まる店ってのは現実的じゃない。フツーの人に利用してもらわないとやっていけない。うん、まことに現実的な客層ということだね、おれんちは。夕方には常連さんが勢揃い。この中にはちゃんと井田秀樹という詩人も混じってる。今日はお休み。2匹の犬の散歩。だいぶ落ち着いてきたけど、引きが強くて大仕事だよ。もう師走だねえ。
11月25日
今週も多忙。まあ、これでなんとか今月も過ごせそう。土曜日はパーティー予約が二つ入ってた。この日は群馬詩人クラブの総会。今年もおれは欠席。ううむ、サラリーマン時代の方が時間の都合がついたのかなあ。いや、店を閉めれば済むことだから意識の問題だろうなあ。零細店としてはこのあたりが難しいのよね。めずらしく早めに準備にとりかかったのが良かった。突然、団体さんが入ってきた。パーティー料理を作りながらオーダーを受けるという展開。カミさんと二人で大慌て。隣の公民館でJAZZコンサートがあって、出番待ちのミュージシャンたちだった。お客さんには関係ないけど、メニューにも手間のかかるものとそうでないものがある。こういう場合は手間のかかるオーダーが入るもの。ぎゅっと唇を結んでやるっきゃない。そんなところへ総会帰りの中澤睦士と狩野務が寄った。ちょっと待っててね。なんとか二つのパーティーも始まり、いや、始めていただきながら料理を出し続けるということね。普段なら土曜会の日なんだけど、この日は流れて正解だったよ。翌日は「銀猫」のパーティーがお昼から。カミさんは約束があって朝から東京。おれは寝過ごした。一人でまたまた大慌て。夜までパーティーは続き、そんななか、なべくらますみ、多賀恭子、宮下和子さんらが立ち寄ってくれた。後片付けを済ませて一服。近所の酔っ払い、Kさんのお相手をしてカンバン。今日は久しぶりのお休み。さて、これからお休みの日の仕事がある。
11月18日
「ポエトリーステージ」の報告から。雪でも降り出しそうな寒い日でした。ゲストの正津勉さんは車で向かっている筈。前日のやりとり。正津さんが運転するの?いやいや、有能な運転手付きだから大丈夫ですよ。そうね、分かりやすい地図もFAXしてあるし、まあ心配はあるまい。それにしても、今回は参加者の出足が遅いなあ。カミさんは、お昼までに戻るから、と言い残して部活へ。一人で会場準備をするには閑がいい。何故か今回は、直前のキャンセルが多く、アテにならない人も数名。ううむ、ちょっと心配だなあ。そこへ、正津さんが美女と登場。なにしろ、この時点でおれ一人だからねえ。正津さんもギョッとしたかもね。ええー!前橋インターから2時間かかったって。どこをどう迷ったのよ、と訊いてもK嬢は迷ったのだから、分からないんですう。あっ、そうだよね。そこへ、いつも受付係りをお願いしちゃう、中澤睦士登場。絶妙のタイミングで参加者が集まり始めます。ふう、やれやれ。予約名簿を睨みながら10分遅れで開演。正津さんは、開口一番、群馬は詩人が多いので緊張してます。そうか、そういうイメージがあるのかなあ。ふむ、この日、群馬詩人クラブの会員は、と数えてみたら13名。テーマが「詩と愛の闘い」だったので、わが詩作教室の生徒さんには好評でしたよ、正津さん。最後は質疑応答じゃなくて、雑談にしましょう、と正津さん。これで、なごやかになった。拍手で閉演。例によって会場を整えて懇親会。関口将夫、大橋政人、井田秀樹、野口直紀ら10名程。大橋さんが残ると盛り上がります。そこへ、本番には参加しなかった中里諒子登場。次第に全員のピッチがあがり、またたくまにビール1ケースが空きます。結局、10時過ぎまで正津さんは付き合ってくれました。Kさん、ちゃんと迷わずに運転してったろうね。いや、ご苦労さまでした。さて、お泊りの関口、井田と飲みなおし。そこへ、仕事の都合で参加できなかった飯島章がやってきた。ふたたびアクセル踏んじゃうよね。午前4時まで。翌日は、お昼に14人の予約が入ってた。寝不足のキッチンスタジアム。こういうもんなんだよなあ。今日は、詩作教室。日が短いねえ。あわてて仕入れに行ってきたよ。
11月11日
昨日は地域のソフトボール大会。ちょっと顔だししないとマズイかなあ、と思ったけど、止めた。ほら、お客さんが来た。古い知り合いのIさんは車椅子。難病で右足が無い。改造した車で、週に一度はやってくる。同業のNさんの店とウチを気分で使い分けているみたいね。まあ、彼にとってはウチが閑で、なおかつ営業を続けてくれることが望ましいのかもしれないね。そこへ、ソフトボール大会の流れがゾロゾロとやってきた。あっ、帰るのIさん。助手席に車椅子を積んでやるんだけど、この積み下ろしが他の店では気遣いなんだろうね。一人で下ろすときはどうすんの?放り出すんさあ、だって。さて、にわかに忙しくなった。こういう日は常連さんも来ちゃう。人って集まり始めるとどんどん来るね。おかげさまで商売になりました。今日はお休み。コンビニで広橋喜久さんに行き会った。おおそうだ、知り合いのH氏から紹介して欲しいと頼まれていたんだった。広橋さんは、無農薬農法で野菜を作ったり、植木職人として働いたりしていて、まあ、田舎暮らし?のプロだとおれは思ってる。都市生活者のなかには、田舎暮らしに憧れてる人もいる。広橋さんがそういう人の相談にのってることをおれは知ってる。H氏の相談は住まいのこと。うーん、やっぱりタダ同然の住まいは榛東村には無えよなあ。と、いうことです、Hさん。
11月4日
木枯らしが身にしみるねえ。ここんとこ閑なんだよなあ。情けないけど、こんなときはご同業と傷口を舐め合うような話をするに限るね。街のスナックも閑でねえ、代行車さんもお手上げですって、なんて話を聞くと癒されるのね。こういうときは覚悟を決めて、お店を開けているんじゃなくて、自分の書斎にこもっていると考えるのね。すると、ほら、豊かな自分の時間が広がってくる。そのうちパソコンのスイッチを入れ、原稿用紙に向かうように「一太郎」を起動するのね。こうなると、お客よ来るな、なんて思いはじめるのだから不思議。今日は休みなんだけど、なんとなく開けてる。あれ、お客さんだ・・・・・。「銀猫」の井田秀樹だった。祭日だというのに仕事だったとか、地方公務員もそれなりに楽じゃなさそうだね。うちのカミさんも朝から部活の遠征試合だもんね。井田ちゃんとボソボソと詩の話。いくつか詩集を並べて、装丁やら制作費について。うーん、家庭持ちはカミさんを説得しなきゃだし、貧乏自営業者は運転資金を喰わなきゃならん。作戦はあるんだけど、ふんぎりがつかないんだよね。あっ、井田ちゃん帰るの?5時前だというのに真っ暗だ。今日は早仕舞いしようかなあ。
10月29日
またしても1日遅れの更新。何をしていたかというと籾摺り。ほら、稲を刈り取って脱穀しますね。それから乾燥します。これは籾といって殻を被ったお米。この殻を取るのが籾摺りという作業。で、これが玄米というわけ。この状態で貯蔵するのね。更に精米という作業があって、スーパーで売ってる白米になる。え、知ってた?これは失礼。今年の収穫は22俵でした。そうね、30kg袋で44袋と言えば分かりやすいかな。昔はここから自家消費分を残し、政府売りしてた。大事な農業収入というわけ。ところが、米は作るな、作ってもこれしか買わないという政策。もう政府売りなんかしない。全部自家消費。つまり、農業収入0円というわけさ。いや、諸経費があるから大赤字だいね。それでも、籾摺りが終わるとホッとする。「やすらぎの湯」に行きました。やけに混んでると思ったら「県民の日」だって。知らなかったなあ。今日は、堤美代さんと金井裕美子さんがやってきた。「ポエトリーステージ」の予約もしていただきました。ありがとうございます。これで予約状況は半分かな。そのつもりでいる人もそろそろ連絡下さいね。正津さんの「笑いかわせみ」という小説は面白いよ。小説だけど、これ全部実話じゃないかしら。あっ、今回は「詩人の愛」をめぐってだった。
10月22日
うーむ、風邪だなあ。ちょっと夜更かししたからねえ。急に冷え込んだしねえ。昨日は「ブリキの風船」の詩作教室。寝不足と風邪でモーローとしてたのね。YさんとKさんが犬の詩で対決?可愛いワンちゃんもウンコするよね。特におれんちなんか大型犬だからウンコもでかい。Kさんは農家だから畑も田んぼもお持ちです。道路脇の草退治は大事な仕事ですね。そこがウンコだらけなのよお。もう、分かるう!はい、分かります。おれもYさんも小さなシャベルで埋めておきますけどね。まあ、結果としてウンコだらけというのは肩身が狭いよね。あっ、みなさん、田園風景の中には必ず農作業をしてる人がいますからね、走って逃げても見られてますよ。なごやかに教室終了。さて、もうひとふんばり。なんとか予定の原稿を仕上げたけど、もう、あかん。咳はとまらん、ノドは痛い。と、いうことで一日遅れの更新。
10月14日
自分でここを検索してみると状況がよく分かる。全て旧URLがひっかかってしまう。これじゃあ、もともと少ないアクセスが更に減るはずだよなあ。あちこちに新規登録したけど、nifty以外は時間がかかりそうだから行方不明状態がしばらく続くだろうね。teccの担当は復旧しておきます、という返事だったけど、プロバイダー契約は切れちゃってるからアテにはならないかもね。それはそれとして、今週もいろいろありました。地域のゴルフコンペの幹事を引き受けていて、いや、別に営業目的じゃないよ、成績で当たっただけ。幹事って、よくやって当たり前。表彰式とパーティーまで準備しなきゃだったからバタバタだった。それで、酒飲んでグダグダ言われたもんだから、おれ、商売を忘れてブチ切れちゃった。反省したけど、もう遅いわな。翌日、新井頴子さんがやってきたので、ついグチっちゃったよ。あれ、以前にもこんなことがあったなあ。日曜日は地域の道路愛護。これも地域社会のおつきあいのひとつ。都市化が進んでるとはいえ、微妙な空気があるんだよね。「銀猫」の皆さんが11号の製作中。手伝ってやりたいところだけど、おれも追い詰められてる仕事がある。さて、どう時間を捻出しようか。原稿は25時間目に書く、と言った人がいるらしいけど。
10月7日
旧URLがどうやら閉鎖されたらしい。今、電話したら担当が会議中という返事。せめて移転先リンクだけは残してもらいたので交渉するつもり。ブックマークの変更もついつい後でいいいやと思っちゃうからね。とうとう「まほろば」も消えちゃったかと思ってる人もいるだろうね。ふむ、あちこちに再登録しなきゃならんな。今週はお店は閑だったけど、頭の中は大忙し。締め切りのある仕事が四本。稲刈りに脱穀。まだ両親が健在だからなんとかなるけど、少しは手を出さないと落ち着かないのね。で、稲刈りを始めたら機械を壊しちゃった。幸い、予備の部品があったので事なきを得たけど、このごろうっかりミスが多いなあ。そうそう、今週は台風が襲来したね。30分くらいだったけど、凄い風が吹いた。犬小屋のそばの藤棚が倒れて、二匹の犬が大騒ぎ。「まほろば」は周囲の植木が傾いちゃった。杭を打ってロープで起こしたけど、大汗かいちゃったよ。思潮社から、いくつかの確認と案内の手紙が届いた。定期購読の要請なんて初めてじゃないかな。おれは書店で定期的に取り寄せてもらってるけど、どっちがいいのかしらね。そういえば、そこの書店も店頭には置いてないんだよね。皆さん、こころで応援してるだけではダメです。思潮社の本を買おう、「まほろば」でコーヒーを飲もう。ちゃんちゃん。
9月30日
忙しい日が3日続いて、今月もどうにか帳尻が合った。「土曜会」も心配しながら料理を作っていたら予想外の盛況だった。先ず、井上敬二がやってきた。次いで井田、中里。飯島と井上悠一郎が現れ、堤美代と金井裕美子の姿が見えたのには驚いた。どうやら、飯島が誘ったらしい。遅れて三枝治がやってきたが、こうなると料理が足りないんじゃないかという心配。今宵は面白そうだ、おれも加わりたいのに、こういう日はどんどんお客が来ちゃうのね。地域の少年野球チームのお父さんたちが10人もやってきた。カウンターにも2人。ううむ、嬉しい悲鳴とはこのことだけど、疲れたぜ。お泊りは、飯島と井上悠一郎。「土曜会」健在なりだね、みんなありがとう。日曜日は遠来のお客さん。横浜から工藤政秀さん一家が愛犬の「ハナちやん」を連れてやってきた。北海道の木村哲也さんは、東京からレンタカーで堀江美奈子さんと。珍しく開店から客が切れない状態で日没。一服する間もなく、少年野球の皆さんが連夜の来店。ちょっとカンが狂って焼酎を切らせちゃった。ごめんね。今日は「ブリキの風船」の食事会。新メューのパエリアに手間取り、大慌て。皆さん主婦だから、厨房の散乱ぶりで分かるよね。いつもご協力ありがとうございます。食後は、いつものように合評会。終わってから後片付け。明日はゴミの日。あれこれで「やすらぎの湯」に行けなかった。えい、更新。
9月23日
歴史的な日朝合意だった。拉致の現実にはさすがに驚いたけど、これが平和ボケというものだろうね。北朝鮮は戦時下なのに、日本だけが世界で一番平和で安全な国だと思っていただけのこと。まるでガス抜きのようにマスコミは拉致された家族の心情をヒステリックに報道してる。なるほど、これが政治というものか。大局的には、歴史的和解の一歩だということは誰もが認めてるのに、感情的な反発のやりばが無いんだよね。で、憤りのレベルが限りなくすれ違う議論になっちゃう。横田さんの奥さんね、この人の発言は立派だった。興味本位のワイドショーじゃ、この問題は無理だと感じたよ。まあ、これからはブラックジャーナリズムの出番だろうね。現実は、最初から近くて近い国だったんだもの、事情通はゴマンといる筈。さて、「まほろば」は閑だった。昨夜は、同級生のゴルフ仲間のパーティーだったけど、みんな景気がいいねえ。グァムでゴルフだって?おれ、遠慮しとくよ。振替休日は休みにしようと決めたんだけど、長年の習性で罪悪感を感じてしまう。カミさんとおでかけ。前橋の画廊で関口将夫さんが個展をやっているので覗きに行った。ちゃんと絵の仕事もしてるんだよね。カミさんの買い物に付き合ったり仕入れしたり。昨日設立したばかりのWさんの会社に表敬訪問。もう、一人で働いてたよ。エライ。2時過ぎに「まほろば」に戻り、さりげなく開けた。おや、お客さんだ。その後も客足が途切れずに8時まで。有難い。
9月16日
振替休日だけど、月曜だから休み。チラッとイチローのゲームを観たけど、今日も2打席凡退。ここ2試合ノーヒット。おれ、感情移入が激しいから、とても落ち込む。そういえば、近所のナオミさんは巨人ファン。この間は、巨人が負けた瞬間、テレビにハンカチをぶつけてたなあ。わかる、わかる。地域のゴルフコンペの幹事になってしまったので、その案内を作って配るという仕事があった。よし、今日やっちゃおう、というわけで一回りしてきた。なんだか反応が悪いね。地元の榛名CCは、トリッキーな山岳コースでいいスコアがでない。そのせいかなあ。まあ、いいや、今度は大叩きして幹事を免れよっと。この13日で、「まほろば」は4周年が過ぎた。中澤睦士が、おめでとうございます、とやってきた。おれも、お客さんも格別な感慨はなくなってるね。いや、中澤クン、ありがとう。どんなことで、「まほろばの日々」が終わってしまうのかは分からないけど、この日々の貴重さはいつも噛み締めてるつもりだよ。まだまだ、これからさ。サーバーの都合でこちらに移ってきた。少し模様替えをしてみたけど、中途半端かなあ。でも、ここは色々なことができそうなのね。ちょっと研究してみるよ。さて、これから仕入れだ。
9月9日
9月11日は、どうやら特別な日になったらしい。政治の空しさは、どう情報収集してみたところで真実は分からないということだろうね。インターネットの情報なんて嘘だらけじゃないかと思うもの。世情を騒がす事件が起こると、たちまち掲示板にまことしやかなデマが書き込まれるね。怖いものを創りだしたものだよ。国連決議がなくとも、米英はイラクを攻撃するそうだけど、一方でボカスカ戦争しようというのに、環境に悪いからゴミは野焼きするな、なんてね、どこかおかしいよね。それにしても、対テロ戦争ってのは、エンドレス戦争じゃないかなあ。なんでも腕ずくじゃあ単純すぎて言葉を失うぜ。新聞も一応読むけどさ、嘘とは言わないけど書かないことの方が多いのに決まってるさ。それにしても、何の騒ぎも起きないねえ。いまここが安泰ならば、それで良しということだね。おれかい?うん、何にもしねえよ。世界のことより、今日の暮らしが先さ。だけど、なんだかユウウツなんだよなあ。で、元気のでない詩ばかり書いてることに気がついた。いい歳して、まだ吹っ切れないということか、情けねえなあ。さあ、今月は仕込みの月だ。準備しなければならないことがいくつもある。床屋に行った。さっばりしたぜ。
9月2日
先週は「まほろば」を4日も休んで中国に行って来た。上海のみのコースで、現地ガイド付きの観光は1日だけ。成田からの飛行時間は3時間だから近いのね。朝4時の成田直行バスに乗ったから、ほとんど徹夜状態。ホテルに着いて、街にでてみる。上海は60年代の日本のような活気。クラクションをけたたましく鳴らして車が走る。タクシーのほとんどはVWのサンタナという車種。珍しいのはバス。冷房付きとそうでないもの、郊外へ向かうものがあるらしい。どれも鈴なりの乗客。赤信号で止まっていたら、地元の人は走ってくる車を避けながらどんどん渡っていく。どうやらこれが上海流。びっくりしたが、帰る頃には慣れた。人の多いところでは、それこそ集団で渡ってしまう。このせっかちさは関西人の比じゃないね。コンビニでビールを買った。日本のローソンの系列だね。同じような構えの地元のコンビニもあって、こちらは冷えたビールがないという違い。おそろしく安いよ。この経験が翌日の観光でプッツンする布石になった。おれたち夫婦と同じような歳の女性ガイドの案内でお決まりのコースを巡った。何故か2人だけの個人旅行みたいな感じ。1ケ所観る度に人気のない土産物屋に連れ込まれる。ここが高いのなんの。いや、日本ならそれほどでもないけどね。街角の相場の10倍というお茶を買わされた。4軒目に連れ込まれそうになって、カミさんが切れた。もう買い物はいい、何時に戻ればいいの、それまで二人で散歩してきます。JAZZクラブの予約をとってもらったら、これがオプション料金。つまり、日本相場。入ってみたら客席はガラガラ。で、曲目はアメリカン・ポップス。カーペンターズがJAZZかよ。無言でホテルまで送ってもらい、コンビニでビール。翌日はフリー。ホテルからタクシーを拾い、魯迅記念館へ。1階は例の土産物屋。こういう所へ寄ると腹が立つ。2階で安いコーヒーを飲む。スコールに降りこめられたが、いい時間を過ごした。電車と地下鉄を乗り継いで南京路へ。1区間30円だぜ。食事だって、二人で1000円以内で青島ビールの大ビン付きだよ。黄浦江の遊覧船に乗ってみたけど、これも安い。二人で750円だった。そうだよなあ、上海のエリートサラリーマンの月給が10万円だっていうもの。魔都の上空はスモッグだろうね、ときおり雷鳴がとどろき、激しい雨が降る。人々はしたたかで明るい。確かにあらゆる仕事がありそうだ。ふと、ともだちの大工さんを思い出した。彼なら、ここでもう一度大将になれるだろうな。台風15号の雲のへりを飛んで帰国した。一杯400円のビールで乾杯。翌日、いつものように「まほろば」を開けた。残暑が厳しい。
8月19日
お盆も通常営業したけど、閑でした。ウチのお客さんは主婦が多いからね、みんな嫁御さんしてたのかもね。いや、家族でお出かけかしらね。いずれにせよ「まほろば」はそんな動きから取り残されたようにひっそりと営業中でした。まあ、来週は「まほろば」も夏休みです。どうせ、そんなときに来ちゃう人もいるんだろうなあ。でも、そんなこと気にしてたらどこにも行けないよお、ごめんね。で、パスポートを更新した。3通目だけど、丁度30代、40代、50代という節目。写真を見比べると嫌になるね。確実に歳をとっているんだよなあ。白髪はもちろんだけど、頬の弛みはショックだった。どこの爺さんだよ、こいつ。いや、気を取り直そう。「ラヴ2」の避妊手術をした。さすがに、また8匹も産まれたら大変だからね。父は、人間の都合で手術なんて可哀想に、なんてつぶやいてた。ちょっと、こころが痛んだね。一日入院。迎えに行ったら、なんとも言えない顔で跳びついてきた。こういうときは、テレパシーみたいに通じ合うね。よしよし、もう大丈夫だからね。傷口を舐めないようにラッパ形の首輪を付けてもらったんだけど、たちまち壊してしまった。これって、請求されるのかなあ。今日は「詩作教室」。Yさんは、犬の詩が得意。よく観察してます。今日も大ウケでした。
8月12日
毎日遊んでるような仕事だけど1週間経つと疲れる。朝寝をしたいところだけど愛犬の散歩の時間。夏休み中のカミさんにせかされて2匹の犬とお散歩です。だいぶ芝が伸びてる。で、午前中は二人で芝刈り。それにしても、植えておいた樹木の成長ぶりは凄い。ふふふ、林の中の「まほろば」という雰囲気になってきたぜ。群馬詩人クラブの「現代詩作品展」を覗いてから仕入れ。ここの更新をしたりで、休日だけど夕方は「まほろば」にいることが多い。こういう日に来る人っているのね。電話は留守電にしてあるんだけど、居るんだからねえ、モシモシ。どうやら、車で近くまで来ていてケータイから。そう言えば、いまや田舎の人の方が現代文明の最先端の暮らしをしてるとか。そんな新聞記事を読んだなあ。車で移動して、ケータイで連絡をとりながら目的地まで来ちゃうんだもんね。田舎じゃ、それが普通なのね。たまに東京に行くけど、とにかく歩くよね、東京ってとこは。あっ、田舎の人は歩いてませんよ。野良に行くのだって車だからね。電車、バスで来た人は、道を訊ねようにも誰も歩いてない。みんな車で通り過ぎるだけ。そう言って呆れてたお客さんがいたなあ。やってきたのは宮崎潤一さん。群馬詩人クラブの会員なのに敷居が高いと思ってたらしいのね。そんなことねえよ、おれんちは。佐田美奈子さんの詩集を届けてくれた。今度は営業中に来てね。
8月5日
夏休みになると遠来のお客さんが立ち寄る。パターンは三つ。1、詩の関係者で予め計画していた人。2、ラジオなどで知り、ついでの機会を伺っていた人。3、単に通りすがりの人。まあ、しかし、2と3の人は商売にはならないね。3の人は、たいがいは早々に退散していきますね。なにが、そんなに怪訝なのかこっちが訊きたいくらいだけど、すっと入ってきて、逃げるように出てっちゃう。2の人は、きてみることが目的らしく、まあ、たまには売り上げに協力してくれることもある。こう言うと守銭奴みたいだけど、まあ、お店の人としての葛藤です。1の人がもっと増えればいいんだけど、実力不足かなあ。今週は、詩誌「1/2」の、あらきひかるさんが寄ってくれた。ご主人と伊香保温泉に泊まった帰りとか。その旅館にウチを知っている従業員がいて、親切に教えてくれたらしいよ。そう言えば「伊香保・東急ヴィラ」は、HPでウチを紹介してくれてる。泊まってやってね。あらきさんが寄った日は、何故か詩の関係者が多い日だった。地域の人たちを中心に賑わうのはいいことで、だからこそ成り立ってるんだけど、詩の関係者が少ないと疑問を感じちゃうときもある。まあ、しかし皆、いいタイミングで顔を見せてくれます。感謝。
7月29日
土曜会は、飯島、井田、中里。つまり、「銀猫」の同人だね。この日は詩集の出し方が話題になった。初めて詩集を出そうというとき、本人と出版社の思惑とは、先ず絶望的にすれ違うね。ここを理解、納得するには、二冊、三冊と出してみるしかない。おれもそうだったけど、人は知らず、自分だけは例外だと思うんだよなあ。まあ、そこは引き受ける出版社も心得ていて、のっけから夢を潰すような商談はしない。但し、あまり期待されても困るので、やんわりと釘をさしておく。これが、良心的な出版社なのね。一般の人にとっては、詩集に限らず、本というものは立派な商品で、出版社が出してくれるもの、と思ってる。まさか、著者が全額負担してるなんて思わないのね。でも、事実は動かない。最初は自費出版だけど、売れれば・・・などと、夢を残しながら家族を説得する。これで最初の詩集は出せるかもしれないけど・・・。この話、尽きません。他人のことは我のこと。問われているのは一篇の詩なのですが、誰にとっても人生は短い。かくして、二冊の詩集が準備されるということです。そうね、それじゃあ版元はどうすればいいか、なんて話をしていたら、お客さん。閉店時間なのに10人も入ってきた。ご近所のHさんのグループ。さあ、商売商売。
7月22日
らぶ2とリリーを連れて散歩。親娘だから仲良く散歩できると思ったら、大間違い。子犬は母犬のオッパイを狙ってつきまとう。母犬はうるさがって振り払う。二本の引き綱は乱れに乱れ、おいおい、ちゃんと歩いてくれよ。あげくのはてに、二匹でケンカ状態。やだよ、おれは毎日これじゃあ。と、いうことで、今日はリリーは留守番。昨日は梅雨明けの雷雨だった。近くに落雷があるとパソコンを始め、電化製品が危ない。営業に差し支えないものから電源を抜く。数年前には、エアコン、蛍光灯、パソコンをやられてしまった。今回も嫌な音をたてて冷蔵庫の液晶表示が消えてしまった。よせやい、これは高いぞお。念のため、コンセントを差し替えてみたら回復した。やれやれ、被害無し。この辺じゃあ、雷三日と言う。一度来ると三日続くと言うんだよね。今日は休みだけど、近所のお客さんとバーベキューの予定。やはりゴロゴロ鳴り出したよ。まあしかし、昨日ほどの空模様じゃないから、音だけかしらね。酒屋のUちゃんが配達に来た。さて、酒の用意はできた。これから買い出し。夏休みに入ったカミさんは、副顧問をしている剣道を本格的に始めたらしい。いつまで続くことやら。
7月15日
今日の「詩作教室」は二人だけ。金曜日に「ブリキの風船」創刊号の製本作業をしたからね。まあ、月に一度の顔見せは済んでるし、体調のすぐれない人もいるみたい。「ブリキの風船」は、手作り詩誌で100部。内容はともかく、手持ちのパソコンと知り合いの協力で、思ったより立派な雑誌ができた。ふうん、これじゃあ印刷屋さんも仕事が少なくなるわけだ。昨日は、50人の昼食会。中学校の野球部ご一行さんだったけど、なんとかこなせたよ。そんな夕方、義父から電話。ジャガイモがいっぱい穫れたから取りに来い、という用件だったけど、詩は書いてるか、と訊かれた。書いてますよ、と応えたけど、商売もいいけど、詩を書かなくちゃあダメだよ、と言う。ええー、普通は、娘に働かせて道楽仕事をしている婿を叱るところじゃないかしら。こういうのは、恐縮するぜ。お義父さん、ありがとう。はい、本当は少し怠けています。ごめんなさい。清水昶さんの掲示板をほぼ毎日観ている。書き込む人は限られているし、またしても客同士のケンカで不毛な応酬が続いてる。でも、アクセスは一日1000発以上。野次馬はトラブルが好きなのよね。火事とケンカは大きいほど面白い。不謹慎だけど、その通りみたいだね。昶さん、いよいよ正念場。
7月8日
子犬は、1匹を残して7匹が里親に恵まれた。残ったのは「リリー」ちゃん。うーん、可愛いから残したんだけど、あたいだけ貰い手がなかったんだ、と解釈されたらどうしよう。こういうときは、言葉が通じればいいのに、と思うね。午後から行動開始。仕入れといくつかのお買い物。いっぺんに50人の食事会を受けたものの、そんなに食器があったかしら。そうだ、詩作教室の詩誌用の表紙も見つけなきゃ。急に忙しくなっちゃったよ。あっという間に5時。カミさんが帰ってきて、早速、花のチェック。水をやるのを忘れてたよ。ほらほら、花が枯れそうよ。休みの日はのんびりしたいんだけど、どうも、毎週せわしないなあ。このあいだ、お客さんに言われたよ。どうだい、自分の仕事ができねえだろ、てね。確かにそうなんだけど、小沢信男さんが言ってたな、やる人はどんなときだってやるものです。名言です。ここまで書いて、カミさんと買い物に行って来た。100円ショップのダイソー直営店。スゲー、何でも100円の何でもが。これじゃあ、個々のお店は潰れちゃうぜ。どうもおれは、競争力の弱いお店の方に共感しちゃうんだよなあ。でも、しっかり買い込んできちゃった。口先だけだね、おれも。

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