まほろば日誌4

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7月1日
閑な日も続くけど、忙しい日も続くもの。いずれにしろ、こちらでコントロールできないのが自営業の辛いところ。今週は多忙でした。金曜日に物置が建った。当日からパーティー予約が3組。うーむ、先ずはパーティーをこなさければ・・・。それでも、念願のスペースができたとあっては、あれこれのガラクタを一刻も早く片付けたいと思うのね。だって、誰も手伝ってくれるわけじゃないし、自分でやらなきゃ後々困ることになる。つまり、おれは何でも自分でやらなきゃ気が済まないというワガママな性格なのです。一人でやることには限界があるのに、みんなでやることが嫌なのね。かくて、忙しい営業の合間をぬって物置にあれやこれやを移します。すごい量のガラクタを溜め込んでいたのね。おっと、もうパーティーの準備をしないと間に合わない。さすがに疲れて朝寝の休日。8匹いた子犬も、2匹を残すのみ。らぶ2だけ散歩させようとするんだけど、リリーちやんと、名無しちゃんも飛び出してくる。うーん、3匹は飼えないよお。仕入れを済ませると4時。それから草刈り。もう今日は肉体労働。未整理のダンボール箱を倉庫に移す。オーバーじゃなく、100箱はあったよ。筋肉がひさしぶりに震えた。ふふふ、働いてるなあっていう感じ。怠けていた証拠をみんな物置に押し込んで、見た目だけは、開館以来の整理整頓状態。大汗をかいたのでビールがうまい。ううむ、原稿が一本あった。承知してました。でも、今日はこうするよりなかった。
6月24日
土曜会のこと。翌日は群馬詩人クラブの「現代詩シンポジウム」だし、今月は第5土曜日まであるから勘違いしている人もいるかも、ということで、集まりが心配だった。先ず、井田秀樹が来た。あれれ、野口直紀も。よし、料理を出すぞ。ほどなく、井上敬二と飯島章。みんな、ありがとね。いつもは電話しないと忘れてる中里諒子まで登場して、あらら、大盛会じゃない。例によって、深夜まで。日曜日、らぶ2のこどもを里親に渡し始めた。この日は4匹が引き取られていったけど、さすがに母犬も寂しそう。おれ、情が移るから個々の子犬は覚えない。やはり、元気で可愛い子からもらわれていくね。あと3匹が予約済み。うーん、みんなやってもいいんだけど、いや、1匹は残そうかと。カミさんはお気に入りを部屋にあげて抱いてる。「リリー」なんて名前をつけるなよな。足にマジックで印をつけて隠しておくんだという。さて、どうしたものか。サーバーの都合で1週間以上、ここが観られない状態だった。アクセス数はともかく、いまのところ外部への通路はここだけなので、一層の閉塞感を覚えたよ。今回は緊急措置だということだけど、引っ越しするにしても準備がある。大家さん、そのへんきちんとしといてよね。上毛新聞に「現代詩シンポジウム」の記事が載ってる。切り抜いた。
6月18日
今週は忙しかった。パーティーが3連チャン。定休日は「詩作教室」だった。午前中に仕入れを済ませ、4時まで教室。パソコンで「ブリキの風船」創刊号の見本を造っておいた。それを皆に見てもらう。表紙など、もう一工夫が必要だけど、おおむね好評。あとは手間だね。皆さん、手伝ってね。久しぶりに「やすらぎの湯」へ。サラリーマン時代には精神的な疲れの方が強かったけど、いまは肉体的な疲れだけを感じるみたい。うん、この差は大きい。自宅でここの更新をするつもりでパソコンを持ち帰っていた。そこへプロバイダーから電話。サーバーがダウンしていて、接続できないという知らせ。えっ、どういうこと。どうやら、現在の接続サービスを停止する方向らしい。とりあえず、同系列のサーバーに移転してほしいと言う。おいおい、URLもメールアドレスも変わるのかよ。詳細は文書で、ということだけど、引っ越しせざるをえない状況のようだ。ううむ、めんどうなことになった。いつ、どんな装いで更新できるかわからないけど、日誌だけは残しておきます。サッカーWカップはトルコに敗退。どうも、ニッポン・チャチャチャが気持ちが悪くて、ノレなかった。やっぱり、おれはベースボールがいい。
6月11日
日曜日のこと。あまり閑なんで、ふてくされてビデオを観ていたら電話。地域の野球クラブの打ち上げだって。えっ、15人。丁度、カミさんもいた。それ、準備だ。ほどなく、ユニフォーム姿の一団が到着。悲願の初優勝だってさ。お酒、じゃんじゃん、料理もおまかせね。もう貸し切り状態。Wカップ・サッカーの時間だというのに、試合のビデオを観ながら盛り上がってる。さすがに、早送りで見終わって、お開き。おかげさまで、閑だった1週間の帳尻があったよ。地域の皆様に感謝。昨夜は「甲斐扶佐義の京都」という写真展を観に前橋煥乎堂へ。駐車場から弁天通り、中央通りを歩いたけど、空き店舗ばかり。それどころか、店舗そのものが取り壊されて風穴のような空間がいくつも。だーめだ、こりゃあ。甲斐さんは、京都「ほんやら洞」の主人。世界的観光地、京都の路地裏写真家という感じだね。深刻でないのがいい。企画の仕掛け人、関口将夫さんの司会で、ゆかりの面々が壇上に並ぶ。これが面白い顔ぶれ。井上章一、小山鉄郎、正津勉。それぞれが甲斐さんの人物評を展開するという内容。似たような仕事をしているだけに共感するところが多かったよ。さて、打ち上げということで、段取りする人、待つ人と、例によってたむろします。正津さんにご挨拶。なんと、つい最近の「余白句会」のゲストだったとか。こうなると話は早い。それぞれが勝手に話しながら前橋の街をぞろぞろ歩く。これがいいのね。着いたお店は、煥乎堂の岡田さんのアジトみたい。狭い座敷に20人ほど。動き回るスペースなどないので、手近な者同士で差しつ差されつ。美女に囲まれ、正津さんはご満悦。おれは、小山兄弟(小山和郎さんは、鉄郎さんの兄)の間。吉井町の関口宅へ向かう組と別れて、岡田さん、小山兄弟らともう一軒。久しぶりに、単なるお客さんとして楽しんだ夜だったなあ。正津さん、今度は「まほろば」でね。
6月3日
ついに物置を造るんじゃなくて、買うことにした。イナバの大型物置6坪タイプ。お客さんのなかには、村役場の方もいるし、あれこれ物知りの方もいる。確か、一定の条件を超えると許可がいるはずだよ、なんてね、教えてくれるのね。だってさあ、ブロックの上に置いただけの構造だよ。まあ、ちょっと調べてみるか。結果、3坪を超えるものは建築確認が必要ということ。役場の建築課の職員は、渋川土木事務所のお答えを繰り返すばかり。ええ、いいじゃん、見逃してよお。実際は、違法建築はあふれております。ううむ。あっ、そうだ、お客さんに建築事務所をやってる人がいた。いいわよお、手続きしてやるわあ。わあい、よかった。それにしても、法整備といいますが、やたらと住み難い世の中をつくってるような気がするね。人は、とにかく法の網をくぐって悪事を働く者、ということなのかね。まあ、会社の役員会の監査報告なんて、全て適法に処理されております、なんて必ず言うよなあ。それって、本当は都合のよい処理なんだけど違法じゃないよってことなんだよね。誰だって、叩けばホコリがでる。おれだってそうだけど、小ずるい裏技は苦手なのよ。そんな企画に乗りそうになったけど、どうも性に合わないので断った。うん、せいせいした。
5月28日
えらいこった。らぶ2が10匹も子供を産んだ。なんだか自信なさそうなペットクリニックの先生の診断だったけど、本当に1週間以内に産まれたよ。2匹は、その日のうちに欠けてしまったけど、8匹が元気に育ってる。早速、里親探し開始。お客さんに手当たり次第に声をかける。早くも2匹決定。だけど、2ケ月は親から離せないからね。しばらくは成長を見守ってください。土曜会は、飯島、井田、中里、野口。あれれ、夜が明けちゃったよ。後かたづけもしないで、とにかく寝なきゃ。うーん、眠いなあ、と、後かたづけから始めた日曜日。ようやく準備完了。さて、一服。そこへ、ワゴン車でぞろぞろとお客さん。こういう日もあります。その夜は、飯島と井田が「銀猫」の製本作業。昼間忙しかった分、夜は閑。ちょっと、おれもお手伝い。月曜日は、久しぶりのお休み。床屋さんに行った。仕入れと買い物でその日は終わり。疲れがとれない。ばったりと眠る。不思議な夢をみながら寝ていた。話さない。後で、詩のネタにするんだ。さすがに寝過ぎ。腰が痛くなって目覚めた。うん、快晴だ。さて、行動開始。
5月20日
連休疲れか、先週はチョー閑だった。おかげで詩書の整理がはかどったけど、これが続くと「まほろば」は潰れちゃう。同業のお客さんに訊ねたら「そお、うちも閑だったわよお」。少しは慰めになる。今日は「詩作教室」。文集を創ろうということで、もう一度各自の作品を推敲してくることになってた。うん、なかなか煮詰まった話になるね。あっという間に4時。ところで、らぶ2のことだけど、どうやら妊娠してるらしい。どうも、このごろいい娘になったような気がしてたんだよね。で、お医者さんに連れてった。間違いないでしょう、という診断。うーむ、飼い主としては、相手を紹介された覚えはないぞ。さては、村の不良青年と飼い主の目を盗んで夜な夜ないいことをしてたわけだな。やーるじゃん、こいつめ。まあ、出来ちゃったものはしょうがない。意外なことに、カミさんとおふくろは喜んでる。メス同士の親近感が湧いたらしい。腹水じゃあ悲劇だもんね。そうか、お母さんか、よかったよかった。あのお、何匹生まれるか分かりませんけど、紛れもなくゴールデンレトリーバーの子です。欲しい人、いませんか?いえ、血統書はお出しできませんけど。あれ、もう日が暮れちゃったよ。温泉に行きたいけど、晩ごはんの時間だなあ。
5月13日
北畑光男さんが詩書を積んでやってきた。埼玉県の詩人だけど、児玉町だから近い。高崎のちょっと先、という感じだね。児玉町といえば、故高橋秀一郎さんを思い出す。親しかった清水昶さんは、酔いどれながらも健在なのにね。遺族の様子など、あれこれ話して北畑さんは帰っていった。おれ、20代の頃、その頃勤めていた会社で、児玉町から寄居町、秩父市一帯を担当してた。ハードな仕事だったけど、結局、そのとき商売を覚えたような気がするね。秩父事件の舞台だけど、いい人ばかりで、ずいぶん勉強させてもらったよ。秩父全域が観音霊場で、仕事の途中で何ケ所か立ち寄ったけど、それぞれ趣があっていいものだよ。秩父困民党の拠点は吉田町。なんとなく、ここの人たちは、当時でも小鹿野町や秩父市に微妙な反感を持ってるような気がしたね。この町で有名なのが、青竹に木製のロケットを装着した「リュウセイ」。うーん、字を忘れた。これを仕事の合間に観たときは感動したよ。秩父市は「夜祭り」だけど、こちらは有名すぎて仕事の合間に観られるようなもんじゃない。さっさと仕事の車は退散しないと身動きがとれなくなっちゃう。なんだか昔のことを思い出しちゃったよ。雨模様の湿った夕方のせいかねえ。
5月6日
「ポエトリーステージ」の報告です。清水哲男さんは、井川博年さんと東京駅で待ち合わせ。高崎駅では、井上敬二が新延拳、小山和郎と合流し、まとめて「まほろば」まで乗せてくるという手筈。前日、清水昶さんの掲示板をチェックしたら、あれれ。どうやら、昶さんもやってきそう。当日、ふたたび掲示板をチェック。うーん、「あさま」が「あずさ」になってる。でも、立派な都市生活者のはずだから心配あるまい、と思うことにした。例によってキャンセルと予約の電話が朝から鳴り、当日予約が多かったのは嬉しい。予定通りに井上敬二の車が到着。あれ、小山さんと昶さんが乗ってない。小山さんは急用、昶さんはどうやら迷子。いつものことだけど、この時間が一番混乱します。先ずは、哲男さんと井川さんを楽屋に通す。はい、ビール。お食事も直ぐに。その間、受付を済ませた人のオーダーが入る。受付は中澤睦士、姪の朋子は厨房の手伝い、もちろんカミさんも。たちまち定刻。おかげさまで、42名の聴衆。静かに「詩と年齢」というお話が始まる。哲男さんが政治の季節の人、という認識はあったけど、そういう紹介は何となく避けていた。ところが、きちんと、そういう話から始めたのは嬉しかった。成人式を30歳にしたら、というお話も、我が意を得たりと思ったね。自分が歳相応の成熟を遂げているかどうかということが、いつも心もとなかった、という哲男さんの話はとても共感がもてた。ゆっくり聴きたいところだけど、おれはあれこれしなきゃならないことがある。見た目には、うろうろ、ちょろちょろ。そこへ、電話。おそらくあの人、と思ったが手近なカミさんが受けた。休憩時間に確認すると、やはり昶さん。どうやら高崎駅までたどり着いたらしい。しかし、そこからが問題なのよね。成熟することを皆が放棄したかのような現状に対して問題提起するようなかたちで講演終了。活発な質疑応答がありました。大盛況のうちに終演。そこへ、あの人から電話。なんとか、近くまできている様子。飯島章さんに迎えに行ってもらう。懇親会に模様替えしたところで、昶さん登場。「井川に騙されたあ」なんて、言わないの。あなたの方向音痴でしょ。まあ、しかしタイミングとしては絶妙の登場ですから、たいしたものです。一人、二人と都合の順に引けていくのですが、この日はなかなか少人数になりませんでした。お泊まり用の料理を早めに出さざるを得ない展開。哲男さんは、久しぶりに乱れそうな大橋政人の気配を察してか、そろそろ。そうですね、それでは。敬ちゃん、おねがいね。哲男さん、ありがとうございました。それから、深夜まで。昶さんに皿洗いまでしてもらっちゃったけど、もいちど洗い直し。怒らないでよ、だって落ちてないじゃん。翌日、「銀猫」の飯島章、井田秀樹の案内で、井川さんと昶さんは「榛名湖」へ。そこで、「榛名湖時計事件」が起こった由。詳細は知りませんが、車中で「まほろば殺人事件」などもでっちあげた様子。いずれも、脚色されて流布される危険性あり。ともに大事件に非ず。ひとつご冷静に。かくて、店主お疲れにつき、本日お休み。いや、種蒔きもあったのよね。言い訳することもないか。
4月29日
今週は忙しかった。連チャンでパーティー予約が入ってた。地域のゴルフコンペがあって、そのパーティーを受けてた。前日の予約の後かたづけをしてから、翌日の準備をしないと間に合わない。おれもプレーしなきゃだったからね。ふらふらしながら仕込みをして、ロクに寝ないでゴルフ場へ。ゴルフ業界を辞めてから4年が経ったわけだ。このゴルフ場へも何度も来たなあ、と思いながらゲートをくぐった。不思議なことに、スコアがよかった。ようやく、業界時代のあれこれから解放されたのかしらね。無心に球を打ってたみたいなんだよね。そうか、おれのできる唯一のスポーツがこれか。プレー終了後、一足先に「まほろば」に戻って、マスターに早変わり。結局、この日は貸し切り。まだ、身体の節々が痛い。日頃の運動不足を思い知ったよ。土曜会は、井上敬二、井上悠一郎、井田秀樹、飯島章、中里諒子。井田ちゃんの虎キチは筋金入り。干支まで寅にあわせて生まれてきたんだってさ。とぼけたような話し方に、つい巻き込まれちゃうけど、おれはタイガースファンじゃないからね。イチローのケガが軽くてよかったよ。なんといっても嬉しいのは伊良部。テキサスのクローザーだぜ。よかった、よかった。さあ、いよいよ「ポエトリー・ステージ」だ。
4月22日
農業委員会というのがある。その選挙立会人になっていた。どうせ無投票だろうという見通しで、実際そうなった。すると選挙会という手続きを経て確定するらしい。その選挙会の通知がきた。えっ、何人もの立会人がいるはずなのに何でおれなの?丁度、休みの日でよかったけど。行ってみたら、おれを含めて3人。会場には、しかるべき人たちが揃っていて、型通りに儀式が始まった。うーん、役人の仕事とはこういうものかと思ったよ。書類を確認して署名押印するだけだけど、すべてが用意されてる。議事録まで作成されてるもんね。きっとこういう風に村政から国政まで行政機構はできあがってるんだろうなあ。これを改革するのは大変だぜえ。おれも、しっかりこの仕組みに荷担したというわけだ。農地は、農業委員会の審査を受けないと勝手に建築物を造れない。本来は農地を守るためだったらしいが、いまは売っ払いたい農家の方が多いようだ。何を隠そう「まほろば」の敷地も桑畑を転用したもの。おかげで固定資産税ががっちり付いてきた。あっ、農地はね、農家の人しか買えませんからね。何も作物を作ってないのなら売ってくれ、といっても簡単には売れないんですよ、念のため。
4月15日
ひさしぶりに「やすらぎの湯」に行って来た。昼間は詩作教室。真剣に詩について考えていると頭の芯が疲れてくる。詩についての考え方はなかなか変わり様のないもので、議論は何度も振り出しに戻るもの。そのたびに配線を確認するような作業が必要になる。詩作教室も1年以上が経過すると、それぞれが壁にぶつかってきたようだ。報われないかもしれない苦しみをどうするか。うん、いよいよ面白くなってきた。書架の増設作業をボチボチやっている。本は重い。コンクリート壁面に棚受け金具を取り付けるのだが、これが各種あって、どれが適当なのかは実際にのっけてみなければ分からない。ひとつ取り付けては眺めてみる。あれ、曲がっちゃった。実際には、振動ドリルをつかっても上手く穴があかない場合もある。脚立や工具やコンクリートの粉塵で、とてもお見せできない状態。まあ、工事中です。しばしお待ちを。
4月8日
カミさんの春休みにあわせて横浜に遊びに行って来た。最初は大旅行の計画だったんだけど、カミさんの仕事の都合で二転三転したんだよね。まあ、仕事優先のカミさんの性格は分かってる。一泊二日とあれば、そう遠くへは行けません。「まほろば」を休んで二人で旅行なんて、何年ぶりかなあ。3年経ったら、たまにはお店を休んで旅行しようね、という約束だった。その3年が経ったんだよなあ。「まほろば」の運転資金は減りもしなければ増えもしない。まあ、良しとしよう。そうだね、たまには出かけなくちゃね。美女木ジャンクションから首都高に入るつもりが、前のダンブカーの積み荷を気にしてたら通り過ぎちゃった。ちょっと遠回りしたけど3時間で横浜へ。近いもんだよ。ホテルへチェックインして、さて。ふふふ、ここは横浜。ベイスターズがタイガースとやってる。ひとつ、虎ファンの熱狂ぶりをウオッチしようじゃないか。関内の駅を降りると、ズラリと出店が並んでる。ビール、ツマミ、弁当を買い込んで、いざ三塁側外野席へ。聞きしにまさるとはこのこと。おれは移籍した、片岡とアリアスの応援が目的だけど、不覚にも「六甲おろし」を唱っちまったよ。この夜は、6本のホームランが飛び交い、うち5本がタイガース。お目当ての片岡にも移籍1号ホームランがでるという最高の展開。酔いしれました。開幕4連勝の虎ファンは、ゲームが終わっても誰も帰りません。警備員にスタンドから追い出されても外の公園で大合唱。なんというか、何本もの旗をうち振り、壇上での音頭にあわせてメガホンを振りかざす群衆を観ていたら、あの全共闘運動を思いだしちゃったよ。結局7連勝で止まったけど、まあ、今年の流れはタイガースかな。帰ってから虎キチの井田さんが来たので自慢してやったよ。え、おれ、タイガースファンになったわけじゃないよ。いや、もうそうですよ、一緒に優勝祝いをやりましょう、と井田さん。夕べは、ご近所のナオミさんがジャイアンツの大勝に上機嫌。あったし、タイガースファンの人、信用できません、だってさ。あっ、休みの日に来ちゃった皆さん、ごめんなさい。今日から新学期。いざ、新緑のなかへ。
4月1日
資料室がいよいよパンクしそうになってきた。問題は資料整理の遅れにあるんだよね。分量は確かにあるんだけど、そのなかには相当の重複本があることは分かってる。それを選り分ける作業が追いつかないというわけ。で、今井るかさんがボランティア学芸員をかってでてくれた。一応、パソコンに登録してからでないと書架にだせないからね、とりあえずパソコンができる人でないとお願いできないのね。るかさんは、専門学校生で、えーと、主婦だからね、まあ、ずーっとお願いするわけにもいかないけど、期待したいなあ。あの、それなりに考えますから志願する人、いないかしらね。うむ、いっそ募集しちゃおうかな。あくまで、無給だけどね。このへんが辛いのよね。とにかく、いまは書架を増設してスペースを作るのがおれの仕事。昨夜は、おなじみの演劇教室の打ち上げで0時まで。さすがに疲れて、朝寝。こういう日もらぶ2は散歩をせがみます。おれ、右耳が高音難聴だからね、頭を左に向けて寝ると静か。でも、これじゃ問題は解決しないよね。さあて、散歩に行くか。午後は、仕入れ。前橋の桜はもう散り始めてる。そうだ、しみじみと桜をながめよう。田園の道を走っていたら見事な桜があった。春だなあ。
3月25日
今度の「ポエトリーステージ」は、清水哲男さん。タイトルは「詩と年齢」。さすがに興味深いタイトルをつけるものです。どの詩集とは言わないけど、かつて、おれの詩集のタイトルについて、辻さん、清水さんに、口を揃えて「よくない」と言われたことがあった。何故か版元からは、そのままのタイトルの方がいい、なんて言われるし。困ったあげくに、どちらでもないタイトルにしたのだった。それほど、タイトルは大事なんだ、と教えてくれたんだね。確かに、いい詩集はいいタイトルがついてるよね。ゆめゆめおろそかにするなかれ、タイトルは大事ですぞ、みなさん。土曜会は、飯島、井田、中里、野口。この前酔いつぶれた諒子ちゃんは、反省したのかお茶。井田さんも先週に続いてお茶。でも、おれたちは飲んじゃう。おれ、翌日は法事だからね、セーブしなくちゃなんだけど、かえって悪酔いしてはいかん。と、いうわけで3時。明けて、祖父母の27回忌。この歳になって、ようやく我が家系図の概略が分かったような気がしてきたけど、まあ、他人さまに説明するとなると怪しい。すごく詳しい人、いるよね。自宅を空留守にして「まほろば」で宴席。こういう機会を狙って空き巣が出没しているという。うむ、異常無しでした。今日はお疲れ。優先順に用事を済ませたつもり。
3月18日
ちょっと早起きして床屋さんへ。早起きといっても、普通の方ならもうお仕事を始めている時間。今日は詩作教室があるので午前中に済ませようという魂胆。らぶ2の散歩をしていては間に合わない。そんなうらめしげな顔で見送るなよな。床屋さんに着いてみたら早すぎた。おお、そうじゃ散歩ができる。とってかえしてお散歩。めでたし、めでたし。おれ、パーマなんかかけるから時間がかかる。駆け込みで詩作教室。今日は、全員参加の7名。合評形式で全員の作品について触れると3時間がまたたくまに過ぎる。毎回大受けする作品があって、今回はYさんの作品だった。同人詩誌の合評会と違って、意地の張り合いがないせいか楽しい。まあ、この雰囲気がいつまで続くかだろうね。定休日なんだけど、駐車場には車が止まっているし人もいる。お客さんて来ちゃうんだよね。零細店だからお客さんをお断りするのは罪悪感がある。ごめん、気を悪くしないでね。家族で夕食。このところ同級生の親の葬儀が多い。つい先日も、Tちゃんの父親が亡くなった。地域のひょうきんおじさんで「そろそろ死にそうだから香典くれ」というのが挨拶だった。耳の遠くなった父は、毎日本ばかり読んでいる。隠居したのだという。
3月11日
愛敬浩一さんがふらりと寄った。清水節郎について確認しておきたいことがあったらしい。たぶん、そんなことがあったせいで、清水節郎の夢を見ることになったんだろうね。夢のなかで彼に原稿を頼まれた。50の50で6頁分ということだった。何故か、目が覚めてもこの数字を覚えてるんだよね。だけど、50字で50行なのかなあ。そうすると400字詰で6枚ちょっと、はて?だけど、6頁ならそんな分量じゃないよなあ。夢のなかでは、うんうん、と納得しながら連れだってなにかの集まりに行ったのだった。部屋を間違えてうろうろしているうちに清水節郎はいなくなってしまった。どこかの角を曲がったとたんに別の夢に入ったらしくて、あれ、つまんない夢だなあ、と思ったら目が覚めた。おれ、夢見てるのが好きなんだよね。ここで書いたか忘れちゃたけど、老人になるとけっこう夢ばかりみるようになるらしいね。傍目には衰弱してボケてるだけなんだろうけど、おれみたいな人間には悪いことじゃないような気がするね。ちょっと楽しみだよ。「ストレート・ストーリー」という映画があった。年をとることは、怖くもなんともないけど、辛いのは、若かった自分を覚えていることだ。みたいな台詞があった。そうだろうなあ。おれは、まだ若いからそんなこと分からないけどさ。
3月4日
3月3日は、おれの誕生日。卯年、魚座、雛祭り生まれだぜ、やさしい男なんだよ。まあ、小心者で弱虫ともいえるけどね。あたりまえだけど、人は環境に応じて自分を演じてるわけで、どれが本当の自分かというと、それもこれもひっくるめて自分というしかないだろうね。つまらない話になりそうなのでやめます。今日は、前橋の名門私立女子校の先生たちが見学?にきてくれた。詩人の新井啓子さんもここの先生なのね。職場の同僚と一緒のせいか、ちょっと控え目、してたみたいでしたね。もう一人の荒井正人先生は、名前だけは二十年前から知ってた。いまごろ初対面とは不思議ですね。高校演劇の指導者としては全国的に有名な人だけど、その昔は詩を書いてた。はい、これが荒井先生の詩集「メモフローラ」ですよ。こういうときは、ちょっと得意になるね。荒井さんって、なんとなく、痩身で神経質なタイプと思っていたけど、ひげ面の大男だった。ああ、違っていてよかったな、と思ったよ。とりとめのない話をさせてもらったけど、皆さん、講義のプロなんだよね。きっと、聴きながら赤ペン走らせてたんだろうなあ。今日は、ありがとうございました。自宅に戻って一日遅れの誕生祝い。そうそう、Yさん、Wさん、プレゼントありがとう。あれ、5日になっちゃった。えい、更新。
2月25日
土曜会は、飯島章、井上敬二、井田、中里諒子。最初、諒子ちゃんのノリが悪かったので飲ませた。そしたら、飲んじゃったのよね。そこで寝たら風邪ひくよ。で、男どもの隣に寝かせて、おれとカミさんは帰っちゃった。お泊まりがいても、おれたちは眠い。翌日は朝寝をして、らぶ2と散歩しながら「まほろば」へ。もうこのころには、皆お帰りになってる。よって、なにがあったか、なかったか一切知りません。と、思わせぶりに書いておきましょう。今週は閑だった。常連の奥さんたちは、受験シーズンとあって子どものことで忙しいらしいし、悪友の和尚さんも兼務のお寺が増えて、にわかに忙しくなった様子。お客さんが忙しいと「まほろば」は閑。こういうときには詩を書けばいいのよね。ところが、そううまくはいきません。空ビデオのチラチラ画面があるでしょ。あんな感じだね。これから何か始まるのか、もう何かが終わったあとなのか、とにかくチラチラとしているだけなんだよね。いや、こう正直に書いちゃいかん。常におれは泰然自若とだね、ここに立っていると、思わせなくちゃね。まあ、しかし、なんだか焦るんだよね。中也だっけね「ああ おまえはなにをして来たのだと・・・吹き来る風が私に言う」。そんな風が吹いてらあ。
2月18日
中古の軽自動車と新車の自転車をとりかえっこした。お店をやっていると、面白いことがあるもの。これで車問題は解決。よく分からないって?まあ、早い話が、車を一台頂戴したということです。珍しく無風の日曜日。斜向かいのWさんが模型飛行機を持ってやってきた。電動のラジコン機だけど、安い。えっ、1万円。おれ、詩なんかにとりつかれる前は模型少年だった。当時は、ラジコン飛行機は贅沢な遊びで、どうしても欲しくて土方のアルバイトをして買ったのだった。アルコール燃料の模型エンジンだけで1万円以上はしたなあ。シングル・ラダー・オンリーのキットで3万円くらいだったから、これは、当時のサラリーマンの月給に匹敵したものだよ。あっ、話が長くなりそう。それはともかく、いまは、おもちゃだよね。それをWさんが飛ばすのを観てた。乗るのは嫌だけど、飛行機は美しい。これは、どうしようもなくそう思う。さて、今日は詩作教室。会の名前をつけようという話になっていて、それが「ブリキの風船」に決まった。こうなると、詩誌なんかも出さなくちゃかなあ。自主講座で1年。ふむ、これも成果というやつか。「やすらぎの湯」に行くべきか、はたまた仕入れが優先か。仕入れだね。これでいい。
2月11日
祝日なので営業。早速、「銀猫」の三枝さんが来た。地元役場のKさんなんだけど、書き手として復活したのね。タイミングよく、昨日「銀猫」9号を持って飯島編集長が来たのだった。あっ、製作費を預かりましたからね、飯島さん。午後になって常連の皆さんが集結。「まほろば」のカウンター席は5つなんだけど、昨日は困ったぜ。何故か、常連さんが次々と集結。皆、当然のようにカウンターに座る。それぞれが顔見知りだから、どうぞどうぞと椅子を寄せあって、なんと9人も並んじゃった。こうなると、もう勝手にお話してね状態。まあ、この人たちのおかげで「まほろば」は成り立っているんだよね。感謝。今週は、新井穎子さんと北原尚子さんが寄ってくれた。北原さんは、高崎にあった「メキシコ」という喫茶店を経営していた人で、いまは「東国」で詩を書いてる。「メキシコ」は、「越境」の柴田茂さんの拠点だった。二人で柴田さんの墓参りに行って来たらしいのね。しばし3人で思いで話をしちゃったよ。柴田さんは55歳で亡くなったそうだけど、おいおい、そろそろ、おれも追いつくぜ。何度も反省だけはしてきたけど、こんな話をした後はまた反省するね。いや、態度で示さなアカン。まあ、見ててくださいな。なんちゃって。
2月4日
らぶ2と散歩。先月、屋根のペンキ塗りをしてもらったんだけど、そのペンキが垂れてきて、その下にらぶ2が住んでいた。で、いまはペンキ犬。おまけに、ぬかった土の上で寝そべるもんだから、どろんこ犬。まあ、しかし、バカなりに可愛くなったよ。雨上がりの暖かい日。ちょっと、ご近所を車で一周。あれ、新しいスナックができてらあ。おや、陶芸の店もできてるじゃん。榛東村は伊香保温泉の周辺観光ゾーンなので、けっこう面白いお店があるんだよね。つい、内容を想像しちゃうけど、おれはおれでやるしかない、という結論に達する。あたりまえだけど。さて、車検にでている愛車の様子はどうか。M自動車の担当は、あっちがこっちがと説明してくれた。もう13年目だからね、修理代がかかります。永遠に壊れない車はないのかねえ。ないよね。群馬は車がないと生活できない。まるでアメリカみたいなところなのね。見積もり書をもらった。高えなあ。それから休日の用事。灯油を買ったり仕入れしたりね。ついでに、ホームセンターへ。増える一方の蔵書をどう収蔵するか。資料室の改造もいよいよ最終段階なのね。もう天井に向かって増設するしかない。その材料の下見というわけ。ふむ、なんとかなるかも。
1月28日
今週は、久しぶりに北海道の常連客、木村哲也さんが4泊していった。いつものことだけどワープロを持ち込んでのお仕事。けっこうケータイがかかってくる。あっ、FAXね、どうぞ。一日、3食を召し上がり、夜は晩酌。閉店にあわせておやすみになる。まあ、マイペースを崩さないから、おれも楽。どうやら、予定通りに原稿を仕上げて朝一番のバスでお帰りになった。とにかく馬力のある人です。入れ違いに工藤さんがやってきた。個展の最終日に備えてお泊まり予定。これで、5日連続で「まほろば」は宿泊客を迎えることになる。その夜は「土曜会」だけど、雪の予報もあって集まりが心配だった。まあ、工藤さんとじっくり飲むのもよかろう、と思ってた。一番乗りは、初参加の井田さん。続いて井上敬二。よし、始めましょう。やや遅れて飯島章登場。外は雪。まさにシンシンと降り積む夜。井田さんは、伊賀上野の出身。冗談ではなく、ご先祖は忍者らしいのね。宴たけなわとなったところで、井田さんの作品を拝見。ほとんど発表したことはないという。これがなかなかの作品。飯島は一篇読むなり、絶句。ひねくれ者の井上敬ちゃんまで感心。こういう人を発見しちゃうんですよ「まほろば」は。たぶん「銀猫」でデビューするでしょう。お楽しみに。このごろ、考えることが多い。下手な考え休むに似たりとか。これだな、おれは。
1月21日
日曜日のこと。らぶ2と散歩しながら「まほろば」へ。早くも工藤さんが奥さんと娘さんを連れて到着していた。東京の友人夫婦も、そろそろ着く頃と言う。焦る。工藤さんちの柴犬にらぶ2が関心を示すが、遊ばせておくわけにはいかない。工藤さんたちに留守番を頼んで仕入れ。10時開店だけど、実態は11時。それで済んじゃうんだよね。まあ、そんな目安で来て下さいな「まほろば」へ。で、その日は、午後2時まで、工藤さん家族と友人夫婦の他に来客0。ううむ、こういう日もあるけど、物日だからね、オーナーとしては辛い。所在なさげに工藤さん一家は「しんとう温泉」にでかけた。さて、おれは、5時からの予約に備えてのんびりと準備にかかった。そこへ、黒服のおじさんたち。あっ、お清めだ。隣の公民館の行事ばかりに気をとられていたけど、近くの「榛東聖苑」組が寄ってくれた。総勢13名。一気に忙しくなった。こうなると、それとは別に常連グループも来る。予約の準備どころじゃない。3時。温泉に行っていた工藤さん一家も戻り、この時点で「まほろば」は満員。カミさんが、予約に備えて戻ってきた。助かったよ。それからはパニック。その後も、2組が入ってくる。予約分が間に合うのかしら。その間に電話も。ああ、忙しかった。今日は「詩作教室」。その前に、歯医者、仕入れ。終わって「やすらぎの湯」。辻郁子さんから「ゴーシュの肖像」が届いた。「辻と暮らして、一度も淋しさとか、不快さとかを味わったことがありませんでした」と、郁子さんはおっしゃった。辻征夫という人は凄い。おれは、自分のことばかり考えている。たいしたこともできずにね。
1月14日
今週は話題豊富。12日から工藤政秀さんの個展が始まった。工藤さんは、横浜在住の画家。はて、どんなご縁かと思うよね。国内はもとより外国にも出品している画家だけど、中学校の先生でもある。その同僚に、詩人の八木幹夫さんがいたというわけ。一昨年の「ポエトリーステージ」の際、清水昶、八木幹夫の両人をジャガー(国産です)で乗せてきてくれたのが工藤さんだったんだよね。つまり、そのときの約束が実現したということなのね。搬入は当日の朝。一応、常設作品は撤去しておいたけど、資料館のコンクリート壁面には、まだ有効なスペースがある。ここぞとばかりに、振動ドリルでワイヤーフックを増設したよ。なんと、23点の居場所ができた。嬉しかったのは、おれと八木さん、それぞれの詩を包み込んだ作品2点。いいのかしら、こんなの描いちゃって。2泊して工藤さんは、ひとまず帰って行った。会期は27日まで。記憶をテーマにした抽象画の世界だけど、いきものの温みを感じさせてくれるんだよね。是非、観てもらいたいね。ひさしぶりに気分がいいよ。気分といえば、ご近所のKさんが、2年近いうつから明けた。で、毎日来る。可愛い奥さんなんだけど、お相手が大変なのね。悪口じゃないよ。そこへ、酔っぱらいの社長さん。大変ねえ、と常連の奥様たち。ありがと、わかってくれて。傍目には「まほろば」は、とても賑やか。いろいろあるんだよね、これでもさ。
1月7日
新年会の予約が入っていた。正月休み明けであれこれ用事が溜まっている。それとは関係なく、らぶ2が散歩をせがむ。まあ、犬にとっては正当な時間に飼い主を呼んでるだけなのよね。隣の貸し住宅に一軒入居があった。その住人に迷惑がかかってはいけない。先ず散歩だな。らぶ2は若い。青春真っ盛りだね。おれは確実におじさんで、いや、同級生のなかには、お爺さんになってるやつもいる。犬と一緒に走ると、たちまち息がきれる。だいいち、走る姿がみっともない。ちきしょ。ゴミを片付けて銀行へ。預金じゃないよ。釣り銭の両替さ。しばし呆然とタバコをふかす。それから、パソコンでゲーム。貴重な時間を浪費している場合じゃないのに。歯医者さんに行く。その後、仕入れに3軒。「まほろば」に戻って宴会の準備。地域の長寿会様。ちょっとイメージが湧かなかったんだよね。安い予算の小宴会は、料理とお酒のバランスが難しいのね。こういう日に限って、休みなのにお客さんが来ちゃう。Kちゃんじゃ断れねえなあ。ちょっと気持ちの置き所が難しい展開。わかるかなあ?わっかんねえだろなあ?いかん、古すぎるギャグをかましてしまった。テレビじゃ、へんなニュースをやってるね。北朝鮮の工作員が上陸したなんて、通報者の嘘らしいけど、嫌な感じがするぜ。
1月1日
大晦日は、6時に閉めて家族で年越し。普段は両親とおれたち夫婦だけだけど、二人の弟とその家族が集まる。総勢10人で賑やかな宴会というわけ。初参りは、らぶ2を連れて村々鎮守様へ。昨日の今日だけど、新年明けましておめでとうございます。ちと、深酒をしたか思考停止状態の元旦。去年、父の弟が亡くなったので正月飾りは無し。おぞうにを食べてらぶ2と散歩。去年は清水昶さんが「まほろば」に滞在していたのだった。無頼派詩人健在というところを見せてもらいましたよ。家族と生きるおれは、すっかり小市民なのだ。「駄目になった。すべて」(井川博年)。今年は、ここから始めよう。人生は永いとは限らないけど、結果的に永いかもしれないじゃないか。静かな元旦の道をカミさんとらぶ2と歩いていたらとみざわ酒店のUちゃんが初仕事をしていた。あっ、午後の地域の新年会に届ける御年賀を忘れてた。呼び止めてお願いした。ほらね、あれこれあるのよ、普通に生きるためにはね。新年会の後は、カミさんの実家に御年始の挨拶に行く予定。飲みすぎ注意。だけど飲みすぎるだろうな。明日からは営業するよ。元旦だから、なにか決意表明したいところだけど、特にないね。もうお昼だ。自宅にもどらなきゃ。
12月24日
土曜会は忘年会。営業的にはあちこちに案内を出して盛り上げなきゃならないところなんだけど、なにもしなかった。なんというか、フンイキがあるじゃない。で、井上敬ちゃんがやってきた。料理も準備しちゃったし、こりゃあ電話攻勢しかない。諒子ちゃん、来ない?あっ、OKね。次は飯島章。プルルー、こんばんわ。あっ、向かってますか。三枝治さんは来るって言ってたのに、まだ。プルルー、ご主人いらっしゃいますか?あっ、出るとこね、待ってます。と、まあ、なんとか忘年会らしくなった。みんな、ありがとうね。今年は、カミさんが中学3年生の学年主任ということでアテにならないのが分かっていたし、なにもしないと「まほろば」は、どの程度の営業状態になるのか試してやれ、という気持ちもあった。そう、サボってたのね。いや、充電してた、と言っておきます。ほら、毎日のことだから無理しても保たないことが分かったのよね。翌日は、常連主婦の忘年会。奧の和室で女の子?の楽しみ方ね。昼間からビール飲みながらトランプ遊びだよ。なんちゅうか、気のあった者同士でこじんまりということだね。ううむ、今週は閑だったなあ。まあ、いいか。売れっこないのに尻叩かれてた営業マン時代があった。「年の瀬無情」と新聞に載った倒産会社にいたこともある。それに比べりゃ気楽なもんだよ。さて、残りもので一杯やるか。
12月17日
自宅の隣に一戸建て貸し住宅8棟とコインランドリーができた。ちなみに、家賃55000円とか。ううむ、これって高いのか安いのかわからんね。いずれにしろ、またご近所が近くなった。班長さんとしては、ここの入居者を組み入れるのか否かが気になるところだけど、まあ、様子をみましょう。今週は忙しかった。大小の宴会が三つ。そんなところに、ふらりと平井弘之さんが寄ってくれた。宴会の準備の最中で、あまりお相手できなかったけど、気を遣わせない居方のできる人だったね。ありがとうございました。翌日は昼間から手のかかる酔っぱらいが現れた。おれとしては、もう相当冷たくあしらってるんだけど、来る。日本酒1本で、たちまちへべれけになっちゃうんだから信じられない。からみ酒ね。それも、だれかれかまわずだからね。この前は、放っておいたら椅子ごとぶっ倒れる始末。タクシー呼べっていうから、さっさと呼んだけど、運ちゃんが尻込みするんだよね。これはまずい。あのね、これでも社長さんだからさ、ほら、あそこの会社の。だからさ、グズグズ言ったら会社に横着けしちゃってよ。やれやれ、後はしらねえよ、おれは。今日は、歯医者さん。もう来週から年末・年始のお休みだってさ。そうか、そんな時期か。仕入れをして戻ったら詩作教室の時間に遅れそう。ああ、Mさん。帰らないでよ。こちらも、年末の用事で皆さん多忙のようで、Mさん、Yさんの二人だけ。その分、じっくりとやれましたね。ということで、これからやすらぎの湯へ。
12月10日
8日は「まほろば」を閉めて「前橋文学館」へ。部活で忙しいカミさんに送ってもらった。3階展示スペースでは、小林生子さんの絵手紙展が開かれていた。小林さんは「まほろば」のお客さんで、絵手紙教室の生徒さんを連れて来てくれたこともある。丁度、今日のイベントと重なることは知っていた。いたいた、こんにちは。大盛況の展覧会を観させていただいた。学芸員の猪俣さんにうながされて事務所へ。今日のパネラーの井上敬二、新井啓子、大橋政人と合流する。ここの久保木課長は、詩人仲間の久保木宗一さん。まあ、古いつきあいなのね。で、5人で打ち合わせ。「現代詩・私・未来」というパネルディスカッション。司会進行役のおれとしては、それなりのシナリオを作っておいた。まあ、あとはしょうがない。定刻に入って、客の入りを見る。まずまずと見たが、あとで訊いたら70名弱とか。客席のあちこちで合図する人がいるが、しまった、強度の老眼鏡しか持ってこなかったので誰が誰やら分からない。ううむ、おれの目はこんなに悪くなっていたのかと、これからのステージとは関係ないことを思った。内容は、聴いた人におまかせします。まあ、こんなものでしょう。来てくれた人にお礼です。まほろば詩作教室の皆さん、絵手紙教室の皆さん、常連のSさん、Yさん、Wさん、みんなありがとう。さて、打ち上げは詩人クラブの仲間と「ポンチ」へ。総勢20名弱だったかな。二次会は、大橋、井上に小山和郎さんと直ちゃん。満席で断られた店の2階が、なんとNという店で、前橋土曜会の折りに最後に寄る店でした。大橋のカラオケを初めて聴いたよ。久保木と高田芙美さんが合流してラストまで。客引きの誘惑にも乗らず「かあちゃんち」という店でラーメンを食べてタクシーで帰宅。久しぶりの外遊びだったけど、歳だねえ。なんだか淋しくなっちゃったよ。翌日は、八木幹夫さんが伊香保での同窓会の帰途、寄ってくれた。「まほろば」で蔵書の全てを預かっている故・下村康臣さんの同窓生7人と一緒だった。感謝。今日は早々に「やすらぎの湯」。そろそろ晩飯の時間だ。たしか、今日はカミさんのボーナス日。おれには関係ないけどね。
12月3日
清水哲男さんの掲示板をチェックしていたら、高田昭子さんのアドレスを盗んでウィルスメールが飛び交っているという警告があった。おれも、メールチェックはほぼ毎日している。その日は異常はなかった。翌日、当の高田さんから電話があった。知ってるし、影響ありませんよ、と応えたのだった。その夕方のメールチェックにあったのよね。件名に「Re」とだけあり、Kyokoという差出人。知らなきゃ開いちゃうところだったよ。即、削除したけど、これでいいのかしらという不安。その夜、親しい八木幹夫さんから電話。今度は、八木さんのアドレスを盗んで各地に送信しているという。こりゃあ、本物だ。その後、不審メールが5〜6通。タイミング良く、早川聡から警告メールが届いた。情報交換をするなかで、おれからのメールに添付ファイルがあったという。げっ。再度の送受信で、それがウィルス入りかどうかは確認できなかったが、もし、私からのメールで添付ファイル付きだったら、即、削除してください。必ず件名と添付の有無は書き込みますから。と、シビアなお話はこれまで。今日は、歯医者の時間が予定オーバーで大忙し。仕入れをバタバタとして戻ったら6時。今日中にしなければならないことがいくつか。休みの日も忙しいのよ、おれは。
11月26日
土曜会は、堀江泰壽さんが初参加。諒子ちゃんに誘われた人たちは他にもいたらしいけど翌日が県詩人クラブの総会だったからね、まあ、おれとしてはこんなものだろうと思ってた。諒子ちゃんと井上敬二、遅れて飯島章というメンバー。そこへ、当日、上信電車内で行われた「詩のボクシング・群馬大会決勝」に出場したTさんとEさんのカップルが寄った。こういう人は即、土曜会にまぜちゃうのです。Eさんは、県内の同人誌をやめてから発表の場がないというお話。若い独身女性の書き手とあれば、これは飯島編集長が放っておきません。さて、どうなりますか。男3人のお泊まり組が残った夜更け。よそで遊んでた常連の主婦が立ち寄ります。これでまた活気づいちゃって3時まで。翌日は、3時半から宴会の予約。おれは寝不足。さすがに夕方には疲れがでましたなあ。総会帰りの新井啓子さんが寄った。用件がいくつかあった。そうそう、土曜日には東京の白鳥信也さんが立ち寄ってくれた。そんなこんなで、今週はずいぶん詩の話をした。誰の発言というのじゃなくて、おれ自身の詩の考え方を反省しなくちゃ、と思った。なんというか、積み重ねてきた土台のいくつかが本当に無効になってるということ。歯を抜いたけど、虫歯じゃなくて、根を支える骨が老化して溶けちゃってるからなんだよね。もしかすると、おれの詩もそういうふうに用無しになってるのかも。ちえ、じゃあ、どうすりゃあいいんだ。
11月19日
土曜日は、1時から句会に使ってもらった。隣町の養護学校の先生たちらしい。手慣れた進行に感心しながらカウンターの中で眺めていた。同じ時間に前橋文学館では、清水哲男さんが俳句の講義をしていたわけだ。句会が終わり、思いついて前橋文学館に電話してみた。たったいま出ましたという返事。ふうん、それが「紙カツ」方面だったわけね。その夜はカミさんの誕生パーティー。まあ、名目はどうあれ営業ですな。皆さん、応援ありがとうございます。この夜は皆、正装で来るように、というお約束。おれは厨房だから免除。ほうらね、酔っぱらいのKちゃんが来た。Kちゃん、カウンターね。みんなは始めてよ。なおみさん、決まってたよ。和尚さん、赤い手袋がウケたじゃん。さて、日曜日も大忙し。嬉しかったのはお隣のWさん。つまり、なおみさんの旦那さんね。いまや「まほろば」の大事なカンバンでもある加藤アキラさんのオブジェだけど、3年の風雪でサビが浮いていた。それをWさんが救ってくれたんだよ。なんと、Wさんは車の板金塗装業。手際よく透明塗料を吹き付けてくれた。いやあ、見事に輝きを取り戻しましたよ加藤さん。うん、本当に感動した。Wさん、ありがとう。この日は、昼に15人の食事会。料理を出しておいて地域の人の葬儀に参列。戻ると同時にその清めが寄った。さらに、隣の公民館のイベントの流れも寄るという展開。ううむ、こうして「まほろば」は支えられている。有り難い。今日は、午前中に歯医者に行き、仕入れを済ませて戻る。「詩作教室」は6名。それぞれが自分の表現に取り組んでいて嬉しい。うむ、今週はいいことが多かった。さて、晩酌だ。
11月12日
国民文化祭・現代詩大会が10日に行われた。おれは詩画展に作品を出しただけ。県詩人クラブもスタッフとして協力してるからね「まほろば」を閉めて参加すべきところだったかもね。まあ、このへんは自分のスタンスを変えられなかったということだね。催し物はたいがい土・日・祭日をねらって組まれる。つきあいも大事だけど、そのたびに「まほろば」を閉めるわけにはいかないよ。まあ、今回はどうしても行かなきゃいけないと思わなかったわけね。当日は冷たい雨。常連の主婦3人組が詩画展を観に行ってくれた。懇親会帰りの中里諒子がご機嫌で立ち寄った。あっ、土曜会は第4土曜日だからね。出かけないくせに、お出で、お出で、というのはムシがいいのは分かってます。でも、来てね。昨日は清水哲男さんも前橋にきていたらしい。ちょっと検索してみたけど会場が分からなかった。なんだかヒマそうな予感が立ちこめる昼の「まほろば」で、小林よしのりの「戦争論Z」を読む。とてもお勉強になりそう。確かに、日本の国家目標というのは無いね。場当たり的に何でも処理すればいいやという政治かな。ううむ、宗教が流行るわけだ。信ずる者は救われる。いいもわるいもないよなあ。どんどん戦争してるもん。
11月5日
昨日は、どう段取りを考えても難しい営業予定だった。地域のソフトボール大会があって、なにしろ班長さんなので参加しないとマズイ。カミさんは、国民文化祭に演劇で出演することになっていてアテにならない。この日のために稽古してきたんだからね、まあ気持ちよく送り出してやろう。それにしても、ウチの地域はなにかというとスポーツなんだよね。地域住民の親睦をはかるにはこれっきゃない、といわんばかりなのね。なんでおれがソフトボールをしなきゃならんのだ、とぶつぶついいながら南小学校へ。一応、前夜に電話で参加者の確認をしておいたのでメンバーは揃ってる。いや、ご協力ありがとうございました。魚屋のマーちゃんと相談してホジション決め。えっ、おれがキャッチャーかよ。わが4班は、本来は強豪チーム。それが、メンバー不足で助っ人を頼んだ5班チームにコテンパンに敗退。やってるうちにマジになるからスポーツは怖い。まあ、しかし、いい展開でお役ご免。昼から「まほろば」を開けることができたよ。実は、2時から群馬詩人クラブ、4時から水彩画教室の予約が入っていた。こういう日は、それとは関係のないお客さんも来ちゃう。しかし、おれのカンも冴えるのよね。資料室と奧の座敷も使えるようにしておいた。3時に予定外の組が入って、がぜん緊迫してきた。3時半、早くも水彩画教室の一行が現れるじゃない。もう、奧の座敷しかない。完璧に間に合いません。こういうときは、お客さんが手伝ってくれるというお店です。そこへ、舞台を終えたカミさんの顔。やれやれ、もう大丈夫。と、まあこんな日はめったにない。でも、こういう日がなければやっていけないのね。今日はお休み。予定調和成らず、ヤンキースがカート・シリング、ランディ・ジョンソンというダブルエースの継投の前に屈した。冷たい雨が降ってきた。秋だなあ・・・。
10月29日
土曜会は、飯島章、井上敬二、野口直紀。まあ、なんというか最初に前橋で始めたメンバーと同じなんだよね。誰でも参加していいんだけどなあ。主婦3人組は、一晩中詩の話じゃつまらないらしいし、他ジャンルの皆さんは話があわないのかなあ。これも「場」のつもりだけど、いくら仕掛けても思い通りにはならないってこと。この日は、井上敬ちゃんが、今年の群馬県文学賞を受賞したので、とってつけたようにお祝い。それにしても、今年も受賞辞退をした人がいたとか。おれが知ってるだけでも4人目かな。理由はそれぞれだろうけど、地方賞なんかいらねえや、ということかね。確かに、さもさもというような権威だか、嫉妬だかに晒されると食卓をひっくり返したい気分にはなる。他の賞ならいただきますってのもみっともないからおれはもらったけどね。おお、そういえばイチローが辞退したのは国民栄誉賞だったね。これはエライ、と思った。生意気だと思う人もいるだろうけど、これまでだって同じように活躍してたわけだからね。それがパリーグだったために素直に認められなかったんじゃないの。第一号は中国人の王貞治だったよなあ。いいかげんなもんだよ。うむ、もらって恥ずかしい賞もあるかも。歯医者に行って来た。ほぼ1年で2本づつ奥歯が無くなる。老眼もひどい。歯医者さんにバッグを置き忘れたのだが、全く思い出せなかった。ちきしょ、老人まっしぐらだ。まだ、50歳だぜ。あっ、火、コーヒーが焦げ付く。
10月22日
高崎で「あすなろ忌」があった。何か喋れということになっていた。日曜日だし、ここ数日閑だし「まほろば」を開けた。1時には会場に向かわないと間に合わない。で、いい時間に2組6人が入った。カミさんは部活だというので、貼り紙をして高崎へ。数年前に完成した高崎市役所は、権威むき出しの超高層ビル。まあ、高崎城だね。携帯灰皿を持参していたので、愛煙家同士の大橋政人と一服。たちまち注意されてしまった。全館禁煙だとさ。クラシック喫茶「あすなろは」は、1957年〜1982年まで当地で営業していた。オーナーは、H氏賞詩人の崔華國さんだった。なんでおれなんだろう、と思いながら喋りだした。会場は満員。声をうわずらせて30分。おれ、崔さんが苦手だったんだよね。喋りながら顔を思い出しちゃう。何を喋ったのかって?もう忘れたよ。いや、恥ずかしいことがひとつ。本町という地名ね。これ、高崎ではホンチョウに非ず、モトマチでした。高崎を愛する全ての皆さんごめんなさい。そのあとのパネルディスカッションを聴いていたら、あれ、これって高崎の街起こしなのかしら、と思った。それじゃあ、おれの出る幕はない。「あすなろ博士」藤井さんが、金井美恵子さんの反応を紹介してくれた。彼女曰く「あすなろで働いていたことも含め、あの時代にも郷土高崎についても、なんの興味もありません」と。ううむ、いいねえ。あの時代はともかく、おれも郷土意識はないね。めんどくさいなあ、と思うだけ。マリナーズ、佐々木、サヨナラホームランを浴びる。明日でイチローも見納めか。おめでとうヤンキース。
10月15日
メジャーリーグのプレーオフを予約録画しておいたのだが、雨で試合開始が2時間遅れだった。朝7時に起きたら、まだやってる。マリナーズが巻き返して対戦成績をイーブンに戻した。おお、もう1試合観られる。正直、インディアンスに押し切られるかと思ったよ。寝不足なので、寝直し。らぶ2がうるさい。ギャンギャン吠えるなよな。こいつ、やっぱりお利口じゃないみたい。お手もしないんだもんね。やけによそんちの犬が賢く見えてしまうよ。土曜日に青森から訪ねてくれた「胴乱」の小山内弘海さんが連れてきた犬は立派だった。白い秋田犬のメスだけど、大きくて気高かく見えたなあ。あ、小山内さん、遠路ありがとうございました。ワゴン車で犬連れての旅もいいですね。それにしても、生ビールを駆けつけ6杯とはお強い。今日の詩作教室は4人。戦争と戦後の貧しさを体験した人が多いので、むしろおれの方が訊きたいことがあったよ。半世紀といえば昔のことみたいだけど、ほんのちょっと前のことなんだよなあ。この国は、どんな合意で成り立っているのか分からなくなってる。あの「神の国」発言だって十分な根拠があると思っている人はいるわけだよ。実態は、星一ついただいて合衆国に混ぜてもらった方が分かりやすいかもね。大和民族の国なんてことでは、もうまとまらないと思うよ。おっと、発言は慎重にしなきゃかな。ユーウツな時代になりそうだよ。
10月8日
アフガニスタンへの開戦記念日になってしまった。イチローの今季最終戦の予約録画を観ようとしたらBS1は戦闘シーンだった。巡航ミサイルだけでも50発か。痛えなんてもんじゃねえぜ。殺られたら殺り返すのがこの世の掟だと、世界の大多数の人が考えているわけだ。これからは世間話もできやしない。例えは適切じゃないけど、巨人ファンのなかでロッテの応援をするのは勇気がいるぜ。野球の応援なら命の危険に晒されるケースは少ないが、異論を唱える者はこれからは危険だね。温厚な紳士、淑女が誠実に人殺しを支持しちゃうんだよなあ。殺されないためには、先に殺しちゃえばいいというわけ。とても、シンプルなお話だよ。まあ、人は戦争が好きなんだろうね。革命戦争も侵略戦争も聖戦も戦争には変わりはない。誰の説か忘れたけど、人は平和や幸せを望んでいないらしい、というんだね。確かに、幸せ過ぎると怖いとか、平穏無事だと不安になったりするね。で、なんだかずるいことしてるみたいな気になって。おおい、おれもその悲劇に混ぜてくれ、なんてことになるのかなあ。さて、これからどんな詩が書かれるのかね。先の敗戦から半世紀か。さぞや、成熟した戦争詩が生まれることでしょう。と、他人事のようにつぶやいて、おれは明日も「まほろば」を開けるのだ。
10月1日
それにしてもマスコミの論調は怖いね。この1週間でたちまちトーンダウンして冷静を装っているけど、模様眺めでどっちにでも行っちまうぜ。簡単なんだなあ、世論操作なんて。おれ、たちまち自分を取り巻く人たちが全て敵になるという経験をしてるからね。なんというか、大勢に付くという気持ちが分からない。そりゃあ、火事場に遭遇したとして、みんなの逃げていく方向に逃げないとは言いません。だけど、いっせいに行動するのって気持ち悪いのね。人々って言うじゃない、でも、一人一人の人じゃないかって思うのね。そのへんをブッシュ氏も小泉氏もラディン氏も考えるべきです。青臭いなあ。話題を変えます。日本球界の構造改革が始まりそうだね。長嶋退任で、セ・リーグの衰退は決まりです。巨人戦も、なんだかプロレス中継末期の視聴率だもんね。読売興業の出来レースみたいだと思いませんか?セ・リーグって。そこでパ・リーグなんだけど、ダイエー投手陣はここにきてヒヨってしまった。王監督の55本なんて、もう誇るべき記録じゃない。パ・リーグの選手諸君は、メジャーリーグの記録を意識せなあかん。堂々と勝負して、サミー・ソーサがいたために日本に活躍の場を求めにきたスラッガー、タフィー・ローズにチャンスを与えなさい。ううむ、またアメリカが出てきてしまいそうだ。あっ、詩壇の構造改革もちらついてきた。今週はこれまで。
9月24日
アメリカは、今回の攻撃を戦争行為とみなし、全軍を展開して報復戦争の準備をしている。まあ、霞ヶ関と防衛庁と国会議事堂(4機目の目標)を破壊されたようなものだからね、アメリカにとっては建国以来の屈辱だし、国家そのものへの攻撃だろう。つまり、戦争ということだ。しかし、相手が名乗らないのだから困る。国家間の戦争なら局地戦で見物席もあるが、今回は安全地帯はなさそうだ。旗を見せろ、と同盟国アメリカに言われたらしいが、星条旗のもとにたちまち団結してしまうアメリカとは違う。マリナーズの地区優勝が決まったあと、ベンチ全員が1本の星条旗のもとで黙祷するシーンがあった。おれは、ちょっとショックだったぜ。今の日の丸はそんな旗じゃない。アメリカの尻馬に乗るな、という意見がある。日の丸翻して乗ったら大変だぜ。今の日本で戦争のやり方を知ってるやつがいるのかい。本当に戦争ということになったら、自衛隊員の8割が除隊願いを出すだろうという話もある。これじゃ戦いにならない。真面目に言っときます。戦争は始まったら最後、敵と味方しか存在できない。あーたらこーたらの議論の余地もないし、個々人の都合も訊いてもらえない。どんな戦争も殺し合いです。それは人が数になること。おまえは、敵か味方か?そう詰問される日が来ないことを望みます。署名 富沢 智。
9月17日
ハリウッド映画の宣伝かと思ったら本物だった。戦争が始まった。崩れ落ちたものとは何か?これから明らかになる。平静を装って日誌は続く。「榛名まほろば開館3周年記念ポエトリーステージ」の報告です。何でもそうだけど、段取り8分だよね。今回は予約が早々と埋まり、さらに問い合わせの電話が止まないという展開。おれ、気が弱いからね。断りきれずに受けた予約が78人、どうすべえ。これは、もう未体験の入場者数なのね。谷川俊太郎という詩人の特別さを感じましたよ。ちょっと心配になって途中から宣伝を控えたのにもかかわらずだぜ。で、喫茶室だけでは収容しきれないので、続きの資料室も使わなきゃならない。おかげで、あれこれ整理できたけどね。こうなると椅子は足りない、マイクは必要。前日から軽トラックが大活躍だったよ。テーブル、植木、冷蔵庫まで移動して、当日は朝から会場作り。椅子を並べてみると、あら不思議。詰め込めば100人は可能みたい。お断りした皆さん、ごめんなさい。谷川さんは、予定通りやってきた。お迎えには、飯島章と息子の池田瑞輝に行ってもらった。お時間までこちらでどうぞ。奧のゲストルームへ。何、食べます?あっピザね。このころには、もうお客さんが入り始めていて、オーダーもしきり。義弟一家が手伝いに来てくれていて助かったよ。特に、姪の梢子が文学に目覚めてくれたのは嬉しいなあ。ふふふ、後継者になるかもね。駐車場に続々と車が入ってくる。すぐそばに公民館があって、たまたま休館日で大駐車場が空いている。そこへ停めてね。はあーい。厨房からしきりに声がかかる。いくつかのメニューはおれじゃないとできないのね。そろそろ時間。谷川さん、そろそろですよ。あれ、座布団を枕に寝てるんだよね。ううむ、やはり格が違います、この人。あっ、じゃやろうか。段取り8分ですから、おれは、あらかじめ質問内容を谷川さんと打ち合わせしておいた。いくら度胸がいいったってぶっつけは無理です。何度か懲りてるのよ、おれも。おれが聞き手で、谷川さんが応えつつ朗読を交えるというステージ。マイクも用意しておいて正解だったなあ。客層は、一般の主婦が6割、詩の書き手とその関係者が4割というところかな。相田みつをと一緒にされたくはないね、なんて発言を引き出して、おれはしてやったりと思ったね。いい雰囲気で会場を沸かせるお手並みはさすがです。本当にこんなところ(失礼な)に谷川さんが来るの?なんて言ってた奥さんも熱心に聴いています。内容的にも好評だったようで、立野さんからはメールでお礼を頂戴しました。ありがとうございました。質疑応答も活発で、谷川さんも絶好調。終了後もサインを求める人、記念撮影に収まる人の列が続きます。全てに機嫌良く応じてくれた谷川さんに感謝。さらに残った人たちと歓談して、そろそろ。そうね、そろそろ帰ります。お見送りしまして、さて。おお、そうだ。こんなに男手がいるじゃないか。ちょっと手伝ってね。テーブルを運びーの、椅子を片づけーの。大橋さん、敬ちゃん、中澤クン、るかさん、直ちゃん、みんなありがとね。こうして、誰もいなくなり、帰りも谷川さんを送ってくれた「銀猫」の3人を待ちます。そこへ、今成寛。予約してたのに来られなかったのです。ま、飲もうよ。やがて、飯島、瑞輝、中里諒子が戻ってきました。しみじみと祝杯をあげて解散。翌日は閑でした。いいんです、これで。今日は「詩作教室」。ほとんどが「ポエトリーステージ」に参加してくれていて、その感想から。みんな、谷川俊太郎という存在に間近に接して感激していたね。詩と詩人に対する先入観がキレイにぬぐい去られたらしいのはいいことだよ。谷川さんがいなくなったら現代詩は、いや詩は、本当に滅びてしまうかもしれない。あらためて、そう感じたステージでしたよ谷川さん。谷川さんもインターネットをやっていて、ここにも来てくれているらしいんだよね。お疲れさまでした。また機会があったら遊んでください。こうして「榛名まほろば」は、4年目に突入したのだあ。
9月10日
胃の精密検査に行って来た。胃カメラは二度目だけど、順番待ちをしていると大げさに苦しがっている人の悲鳴が聞こえてきた。こういうの、嫌だよね。若い女医さんが、手慣れた仕草でおれの腹にカメラをぶち込んでくれたぜ。3年前は尻の穴から、今度は口からだよ。苦しいんだけど見てた。何枚か写真を撮り、ピンク色の管からカメラが引き抜かれた。潰瘍の痕と炎症が見られるという。納得。暴飲、暴食、タバコ、コーヒー、寝不足に注意しましょうね。はい。薬、だしときますね。こうして「まほろばの日々」は続くのです。いまや、おれは生きていることが仕事なのかもしれないのね。さて、お話変わって「萩原朔太郎賞」のこと。元社長の特別背任容疑事件で揺れる「上毛新聞」と「朝日新聞・群馬版」に、候補作6点が掲載された。全国的に知らされているのか分からないので書いときます。新井豊美、飯島耕一、井川博年、小池昌代、柴田千晶、町田康の6人。今日の選考委員会で決まり、17日に発表だってさ。嵐のまっただ中で決まるということだね。個人的には井川さんに取ってほしいけど、さて、どうなりますか。いつ聞けるか分からないけどウラ話が楽しみだよ。今週は「ポエトリーステージ」だ。元気よく「榛名まほろば」は3周年を突破するぜ。
9月3日
4日連続で忙しい日が続いた。明日も昼間の宴会が入っている。こんな日が続けば経営的にはいいけど、疲れます。で、反動のように閑な日が続くんだよなあ。忙しいったって、たいしたことはありません。なんというか、突然お客さんが集中しちゃうのね。おれ一人でやってるから、こうなると間に合わない。そこへカミさんが現れて、なんとかなるということだけど、基本的にはアテにはならないんだよね。オーダーにもよるけど、いっぺんに10人までだね。土曜日は、そんなところにさらに15人入ってきた。いや、有り難いことです。こうして一日は瞬く間に終わります。深夜、帰宅して一人で飲みます。自分の詩について考える時間です。残念ながら、このわずかな時間にしか集中できません。おっと、なにを甘えているのでしょう。平成大不況のなかで、皆、必死に生きているというのに、バチがあたるよね。「ポエトリーステージ」は早々と予約が一杯になった。嬉しいことだけど、当日までに問い合わせが続く可能性がある。どうしようかなあ。それにしても谷川俊太郎さんの人気は凄い。一人で現代詩を背負っているんだね。あらゆる分野で、戦後的なものが崩壊している。唐突だけど、日本という国を考えてしまうね。今週は、おれ、変だね。理由はあるんだけど・・・。
8月27日
「まほろばミュージックナイト」を(社)日本音楽著作権協会大宮支部に潰されたので、何ごともなかったかのように「土曜会」。実は無視して音楽会を開催していたのかも知れませんよ、大宮支部のHさん、Sさん、あはは。まっ、この件はもう少し研究してから反撃を開始しますよ。さてさて、今週はいろいろあった。台風が日本列島を縦断した日、大阪から「あにまるラヴ」の笹野裕子さんと立野雅代さんがやってきた。なんと、人気コーナー「ラヴラヴ突撃インタビュー」におれを指名したんだよね。おれ、楽しみに読んでたんだけど、まさか大阪から来るとは思ってなかったからね、油断してたよ。当日は、台風は予定してなかったけど、地域の宴会が入っていた。そこへ、常連がチラホラという、まあ交通整理が難しい展開なのね。そのまま「突撃インタビュー」だったからなあ、マスターのノリでいっちゃったよ。まっ、いいけどね。嵐の夜、お土産に頂いた「船中八策」を飲みながら朝の4時まで。テープ起こしが大変でしょ、笹野さん。二人の関西弁につい引き込まれちゃったよ。おれ、好きやで、関西弁。愛敬浩一さんが、詩誌の箱を持って現れた。ほんと、久しぶり。ぼそぼそと多忙な日々の話をして帰りましたよ。「土曜会」はまずまず。井上敬二、野口直紀、飯島章、中里諒子という顔ぶれ。この日も4時。翌日は「銀猫」の折り作業。新加入の三枝治さんと飯島で作業している。お客さんが来ないのでおれも手伝わなきゃね、終わったよ、諒子ちゃん。実はこの夜も宴会が入っていた。今日はお疲れなのよ、おれ。
8月20日
ほぼ一年でこのページのメモ帳が一杯になる。今年は3週間前に一杯になった。それだけ文書量が多かったことになる。今週は何十年ぶりかの怒りに内蔵が破裂しそうな思いをした。著作権という大義名分の基に、とんでもない悪法がまかり通っていることを知ったからだ。(社)日本音楽著作権協会の「著作物使用料規定」は悪法である。特に一律500名までとしてある第一段階料金設定は常軌を逸したものだ。100名どころか50名にも満たない定員で、ゴルフコンペ以下の会費で楽しんでいる小さな音楽会が営利目的で成り立っているとでも思っているのか。法的に認められたからには、例外なく規定料金を取るんだ、という組織的圧力が見え見えなのだ。いかん、冷静になろう。音楽に限らず著作権は認めます。「まほろばミュージックナイト」だって、それ相応の使用料なら払うつもりでした。あーた、それが一律定員500名料金だっていうんだよね。これはもう、0名でも、10名でも、100名でも同じってことですよ。会費2500円の場合、軽音楽で1曲1500円(1曲です)2時間以内で30000円。「まほろば」は払えません。500名で30000円なら50名で3000円でしょう。そのくらいだと思っていましたよ。ねえ、大宮支部のHさん、Sさん。それと、地回りよろしく、内偵していたあんた。そんなわけで、中止です田口さん。法治国家ですから法は守ります。しかし、悪法は潰すべきです。このまま、(社)日本音楽著作権協会大宮支部が職務に励めば励むほど「音楽文化を滅ぼし続ける」ことでしょう。あっ、皆さん甘く考えないで下さいね。この規定は、どんな言い逃れもできないようになっています。ちょっと検索してみたら、やつらはネットでの使用も認可済みのようです。お客のふりをして内偵にきますからお気をつけあそばせ。ちぇ、狂いそうだよ。

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