まほろば日誌7

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3月21日
昨日は忙しかったぜ。夕方に15人の宴会を受けてた。それに合わせて仕込みをするんだけど、嵐の前の静けさみたい。仕込みの時間に一般のオーダーが入ると辛い。おれの予感は当たる、ときもある。ほうら、一組予約の電話。オーダーを予想してパスタをもう一茹でしてたらカミさんが手伝いにやってきた。こうなるとカミさんはカミさんのペースで厨房を占拠する。おや、予約の皆さんにしては早い時間に車が続々と入って来たぜ。地元の少年野球「リトル・メッツ」のお父さんたちだ。ううむ、これで一挙に30人分の料理を作ることになっちゃったということだよ。喫茶と資料室とゲストルームの全てが満杯。常連のYさんと和尚さんはそそくさと退散。おまけにもう一組来ちゃったんで、丁重にお引き取り願うという、贅沢な事態に。まあ、こんな日もあります。今日は一応開けてるけど、月曜なので誰も来ない。
3月14日
運転免許証を引き取りに渋川警察署へ。それにしても渋川市内の閑散としてること。まさにドーナッツ化というやつで、かつての中心部の四ツ角で信号待ちしたら空き地だらけだよ。うーむ、ここにはおれが勤めてた雑貨屋を初めとして群馬銀行、サトリ百貨店、正林堂書店、パチンコボンボン、こがね芋の錦光堂などが軒を連ねてたのになあ。もちろん、交通量も多くて狭い道路に人と車と自転車があふれてた。今じゃあここを抜ける方が早いもんね。さて、簡単に免許証を受け取って前橋方面へ。利根川沿いに吉岡町を南下。大きな風力発電のプロペラが快調に回ってる。この冬最後の寒波とか。そのそばに吉岡町の温泉センターがあるのね。よし、たまにはここに入るべえ。ケイマンゴルフという飛ばないボールを使用するゴルフ場に隣接してて、その向こうは大利根川。ここは湯量が豊富なのがいいね。泉質は特徴がねえなあ。空っ風に吹かれながらの露天風呂で雄大な利根の流れと赤城山を眺められるのがご馳走かな。ふむ、対岸は前橋市だけど、やはり霊峰赤城山の麓に広がってるのが分かるね。もう少し下流で萩原医院の道楽息子、朔太郎が一日中、川に石投げて遊んでたというわけだ。まあそのころは、ここも枯れすすきの原で、両岸も獣道しかなかったはずだけどね。5年前に開通した一番新しい橋「上毛大橋」を渡って仕入れに。今日は韓国旅行に行ったカミさんの帰宅日。いまごろ日本海上空を飛行中だな。
3月7日
「まほろば句会」は盛り上がったぜ。前回の4人に田口三舩さん。それに真中さんのお友達の今井さん。そこへ、なにも知らずに現れたのが短歌をやってる三世川さん。席題だけでもということで真中さんが強引に誘い込んじゃった。この人、シャイだけどなかなかうるさいのをおれは知ってる。いよいよ選句というところへひょっこり関口将夫さんが現れた。田口さんが村上鬼城研究会(訂正・顕彰会だそうです)の常任理事なら、関口さんも金子兜太門下の俳人なのね。あっ、関口さん選句だけでも参加してよ。厨房仕事しながら、関口さんが俺の句を選んだのを確認。よし、少なくとも1点ゲット。なんだか嬉しくなっちゃったよ。常連のYさんに、なによおニヤニヤしちゃって、なんて言われちゃったよ。結果は驚くなかれ、おれの句が一等賞。春なれや空にごむまり地にみみず。三世川さんのもシブイぜ。鎮静剤ほどの明るさ春の空。田口さんは、翁草といえど仄かな色香あり、ときたもんだ。やるねえ。おれの句だけど清水昶さんの掲示板に書き込んだら哲男さんに褒められちゃったよ。たまたまだけど、こういうことがあるから俳句は面白いね。次回は夜だからね、中澤クン、参加してね。雪の4日。明日はコンサートだというのに咳はでるわ頭痛はするわ。風邪だあ。早仕舞して寝込んじゃった。おれ、風邪くらいじゃ寝込まないんだけど、とにかく治さなくちゃ。こういうときは日頃服まないせいか薬がよく効くのね。よしこさんは一人高速バスでやってきた。大雪の予報だったけど溶けやすい雪で、交通に影響がでるほどじゃなかったね。「よしだよしこ春一番ライブ」開演。今回は常連さんの集まりがいまいちだった分、遠来のよしこさんファンが駆けつけてくれたのは嬉しかったね。打ち上げも盛大に深夜まで。よしこさんは一人「まほろば」へお泊まり。翌日はお昼に予約を受けてた。バタバタしてるおれをみかねてよしこさん、掃除機をかけてくれました。いやいや、恐縮です。どうも先週は毎日何かしら予定が入ってて気が抜けなかったなあ。そこへ風邪引いちゃったもんだから余計焦っちゃったよ。ううむ、まだ鼻水、くしゃみが残ってる。さて、買い物に行くとするか。
2月28日
とても静かで暖かな定休日。ゆっくりと朝寝して犬の散歩。あまりいい天気なんで、用足ししながら車で散歩。ふだん通らない野道を選んで歩くように走らせるのさ。事業に失敗して古い屋敷が更地になってるという噂の辺りとか、ライブハウスができるらしいという辺りなど。おれ、もともと地元だけど、何十年も通らない道というのがあるんだよね。ふうん、第十二旅団の南の脇道はこうなったのか。「夢や」さんも今日は閑みたいだね。ごめん、「ビタニン喫茶・不思議ワールド」通過。あれ、「榛名モーターランド」の駐車場だったとこに杉苗が植わってるなあ。こういうのは地主とのトラブルかしらね。老舗の「榛名CC」も今年は営業できないって噂があるよ。借地代不払いが続いてたらしいからね。倒産した重機会社の跡地にミニ動物園ができてたけど、これも閉鎖らしいね。みんな景気悪いなあ。そのまま船尾滝まで。途中で車は通行止めだけど、犬を連れてくりゃあよかったなあ。しばし、滝ノ沢川を流れるペットボトルを目で追いながら一服。午後のモテル街をゆっくり前橋へと下る。何組かは熱戦の最中でしょうな。吉岡町役場通過。ここを走るのも何十年ぶりかしらね。上毛大橋にでるともういつもの仕入れモード。「まほろば」のゲストルームでしばしまどろむ。新潟の高田一葉さんから「大人の日」の礼状がきてた。ちょうどいい時に読んでもらえたみたいだね。こういうのが本当のお礼状だろうな。同時に定期購読してる「詩学」と「現代詩手帖」が届いてた。噂で知ってたけど「詩学」休刊。寺西さん、奥さんのためにも先ず健康を回復することです。おれ、返金は希望しないよ。頑張ったよね。あれこれ忘れてゆっくり休んで下さい。他人事じゃないよ。おれも注意してるけどさ。飯島章の息子、池田瑞輝の詩集「もっともっと高い木」が中原中也賞の最終候補に残ってたけど、受賞はならなかった。報告まで。あれ、もう夕ごはんの時間だよ。
2月21日
昨日の風は凄かったよ。前の畑の真ん中にうちの看板代わりの加藤アキラさん作のブリキの風船が置いてあるんだけど、それが風にあおられて転がり始めちゃった。丁度、その様子がお店の中から見えたんだよね。卵が立ち上がる感じになったと思ったら、お尻から重しに入れといたブロックがポロリと落ちた。こうなると、まさにブリキの風船だね。ボコンボコンと転がりだした。おれはダッシュしたぜ。そのまま道路まで行きそうだったんだよ。北西の風やや強く、ということは上空は風速20メートルだな。とにかく畑の真ん中に戻して重し、重し。この加藤さんのオブジェについてはよく訊かれるんだよね。本人は惑星をイメージしたらしいけど、まあ、何に見えてもいいんじゃないですか、と応えることにしてる。なにしろ直径1.5メートルの球体が9個も転がってるんだから、なんじゃろ?ということになるよね。「ブリキの風船」は詩作教室の年刊詩集名で、教室の皆さんが考えてくれたもの。ふむ、富山の置き薬って知ってるかなあ。最近の事情は知らないけど、昔はこのあたりの家にはほとんど置いてあって、詰め替えの度に紙風船やプラスチック独楽を子供にくれたんだよ。確かに、その紙風船に似てるんだよね。今日はその詩作教室。例によって雑談混じりで夕暮れまで。Yさん、おっしゃる通り、温泉に行くには微妙な時間となりました。
2月14日
土曜日は「群馬詩人クラブ」の幹事会に使っていただいた。曽根ヨシ会長を中心に9名の幹事のみなさん。ありがとうございます。おれは幹事じゃないから聞こえないふりして聞いてる。詩人クラブの行事はうちのイベントにも影響するからね。なるべく重ならないように計画してるんだよ。会議の後は流れ解散。須田さんはそのまま残ってボランティア作業をしてくれた。なんだい今日は?なんて、Kさん。いつもは閑なのに、なぜかお客さんが集中する日があるのね。この日はまさにそういう日で、常連の奥様たちが集合したり、夜には20人の食事会も受けてた。頼みのカミさんは夕方から同窓会。こういう時は早め早めに準備にかかる。まだ大丈夫という時間に中里諒子ちゃんがやってきた。これ、見てえー。なんて、手作り人形をぷらぷらさせてる。そこへどかどかと予約の皆さん。また来るねえー。と、諒子ちゃんは帰っちゃった。早め早めが正解でした。予想より1時間早い展開だけど、なんとかなったよ。深夜に後かたづけ。こういう時間も嫌いじゃないけど、一日は限られてる。帰宅して晩酌。衛星映画劇場「大通りの店」はナチのユダヤ人迫害がテーマ。いい映画だけど、なんだかイスラエル=アメリカという図式がちらついて釈然としないね。群馬はからっ風の季節。今年は本当に杉の花房が凄いよ。花粉症の方。お気をつけあそばせ。
2月7日
今日は風もお休みで、暖かい定休日。森林組合の総会通知配り。これは順番の役だけど、おれ、農業経営者でもあるから、その方面の調査員なんてのもやってくる。これが幼なじみのHくんだった。彼も普段は市役所勤めで、農家の仕事はほとんどやってない。農地がどれくらいあって、そのうち農地として耕作する予定のないのがどれくらいあるか?なんて調査だったね。なんだよ、こんなの調べて税金でも上げる気かよ。Hくんは、おれより年下だから、おれの方はあまり覚えてないけど、Hくんの目に映ったおれというのがいるんだよね。よくUコン飛行機を飛ばしてたよねえ。なかなか飛ばなかったけど・・・。おいおい、おれの恥部に触れるなよな。ん、思い出したぞ。あれは、おれの激しい思いこみで、昇降舵を逆に操作してたからだったんだ。そんなこと、今でも恥ずかしくて言えねえよ。おれにはそういう思いこみがいくもあって、気がつかなきゃいいのに、いや、それも困るけど、ずいぶん信用をなくしてるんだろうなあ。すましてるしかねえけどさ。通知配りを順調に終えて、そうだ、運転免許証の更新があった。眼鏡をかけて視力0・3でいいらしいけど、ええ!そんなに悪くなってるのかよ。仕入れに回って戻ってきた。今日は温泉に行く時間がねえなあ。
1月31日
久しぶりに何の予定もない休日。朝寝を決め込んでいたら犬の吠え声で目が覚めた。隣のアパートの誰かが飼ってる犬で、これがヘンな声なんだよね。うるさいというより、耳障りなのね。文字にするとだね、ヴェンヴェンって感じに聞こえるんだよね。しょうがねえ、起きるとするか。ウチの犬はちゃんとおとなしく散歩係を待ってる。いつものように「まほろば」まで散歩。犬を繋いでおいてネットチェック。イラクの国民議会選挙の様子などは新聞やTVよりもネット情報の方が詳しいね。まあ、しかし今回は通信封鎖もしてるらしくて目立った記事はねえなあ。英軍の輸送機C130が墜ちてるけど、この前の米軍ヘリ墜落と同じで撃墜されたとは書いてないね。それにしても戦時情報というのは嘘だらけみたいだね。瓦礫の街に映画撮影部隊みたいなのが降りたって、戦闘終結後の平静なシーンを演出して撮影するんだってさ。それが多国籍軍側のメディアに流されるわけだよ。でもね、ちょっとレジスタンス側のサイトに行ってみると全然違うシーンがあふれてる。実に多くの米軍兵士が悲惨な死に方をしてるのが分かるぜ。戦場の数字はみんな怪しいね。投票率60%なんてというのも嘘さ。なぜか、ここにイラクの話題を書き込むとアクセスが減っちゃう。うーむ、ここの読者からの無言の圧力を感じるなあ。同床異夢なんて、寂しい言葉が浮かんじゃったよ。
1月24日
ひょんなことから「まほろば句会」を始めることに。水曜日のこと。少年詩・童謡「織音の会」の小泉房子さん、越後民話語りの結城裕子さん、句誌「炎環」の真中てるよさんがやってきた。で、真中さんがこれから句会をやりますので参加しませんか?なんていうのね。美女に誘われて断るわけにはいきませんね。はい、それでは10分で作りましょう。え、そっ、そんな。句会のやり方にも流儀があるんだね。宗匠、てるよさんがまとめて、作者が分からないように清記用紙に書き直す。そうしておいて選句。各自5句選んで特選1句を推すというやり方。4人だからね、なんとなく誰の句か分かっちゃう。「仕込み終え今宵は誰と雪見酒」おれの句だって分かるよねえ。ご祝儀で一等賞。「わけもなく心ふはふは風花す」真中。「雪国の母への文や草のあほ」結城。「窓霜やシダの葉真似て伸びており」小泉。てなわけで、原則的に毎月第一水曜日の午前11時から「まほろば句会」をやることになりました。都合のつけられる人は気軽に参加してくださいな。田口さん、どう?今日はやっと伸び放題の髪の毛を切ってきた。去年のうちに行きたかったんだけどね。正月気分は抜けたけど、まだ1月なんだよなあ。さて今年の事業計画(大げさだね)を立てべえ。
1月17日
隣町の母の実家へ母を送っていった。小正月のご年始というわけだね。農家の嫁さんは正月は忙しいもので、小正月に里帰りするものだと母の世代は思ってるらしい。折しも昨日は隣町の町長選挙で、高崎市との合併を推進する現職町長が再選された。このあたりでは、合併に反対するのは概ね農家の人たちで、その理由の多くは土地の評価額が上がってしまうことだね。サラリーマンには信じられないだろうけど、農業経営で生計をたてている農家はほとんどないんだよ。おれんちなんて3000坪の農地を持ってるけど、農業収入は〇だぜ。それどころか、自家用の米と野菜の他に遊んでる農地も整備しとかなくちゃだから、手間と農機具代は赤字というわけだよ。まあ、こんなことは理解できないでしょうね。合併するとだね、固定資産税も上がるんだよね。無収入の土地に税金だけがかかってくるとなれば困るでしょ。反対すべえ、ということになるわな。もう一つ。合併される役場の職員、議員さんも実は反対という場合もある。これに配慮して特例措置があって、これがもうあざといのね。期限付きで身分を保証するんだってさ。議員は選挙があるから減らせるだろうけど、職員はどうかねえ。本当に切実な事情で働いてる臨時職員からクビにして数合わせするんだぜ、きっと。榛東村は合併協議を打ち切った。これはこれで増税なんだってさ。現有の職員、議員を養う他に地方交付税を減額されるからだってさ。最近、ネット上のブラックジャーナリズムを読んでる。この世は確かに謀略の現れかもしれないね。さあて、やすらぎの湯にでも行こっと。
1月10日
今日はお休み。カミさんと温泉巡りをするつもりで家を出た。他県の様子は知らないけど、群馬県は日帰りの温泉センターを各市町村が競って作ってる。そのブームのきっかけになったのが、カミさんの実家がある小野上温泉センター。20年以上前にオープンしてて、最盛期には一日3000人のお客さんが入ったというから凄いでしょ。この成功を見て、各市町村が次々に温泉堀りを始めたというわけで、わが榛東村も例外ではありません。おれがよく行く「やすらぎの湯」は、民間で掘り当てたもの。本来の温泉地(伊香保、草津、水上、四万、川原湯等々)でも日帰り利用ができるから、本当に温泉巡りをしたら何日かかるか分からないよ。それはともかく、久しぶりに小野上温泉に入りました。やや老朽化したもののいまでも1日1000人以上がやってくるという。その人気の秘密はやっぱり泉質だね。湯量もたっぷりで湯温も高く、肌にやわらかくツルツルする泉質。村営だから食堂のメニューも手頃なのです。湯上がりのビールをいただいて食事をしたら、もう他へ行く気はなくなっちゃったよ。奥の広間でお昼寝。そこへ義父、義弟もやってきて、お正月の続きみたいになっちゃった。渋川のともだちの喫茶店に寄り、映画の話をしながらコーヒー。これで、豪華温泉旅行は終わり。そうそう、土曜日の「落語会」に来ていただいた皆さん、ありがとうございました。今年もいろいろやりますので、また来てくださいね。
1月3日
雪の大晦日。よく当たる天気予報通り、午後から降り始めた雪は夕方にはあがった。積雪5pほどか。ノーマルタイヤじゃあ無理だな。雪明かりの道を歩いて帰宅したよ。弟たちが家族を連れて集合してるいつもの風景。NHKの紅白を観ながら酒を飲むという全くの小市民スタイルの年越しだね。明けて元旦。交通量が少ないから雪も溶けないね。2頭の犬の散歩をしながら「まほろば」へ。これも例年通り。地域の新年会に出てからカミさんの実家へ御年始。酔いつぶれて帰宅したのもいつも通り。いつもと違うのは、家族も親戚も確実に老けたということ。いやだねえ、なんだか侘びしい正月だよ。今日は常連さんと「まほろば」で麻雀。2日、3日と年明け営業は低調です。まあ、こんな年もあるさ。「まほろば」の営業も七年目に入った。この3月には営業許可の更新日が来る。低空飛行ながらもなんとか高度は保ってきたけど、正直なところ前年度の実績を維持できるか年明けは不安になるね。小商いでも気が抜けないのは大店と同じでね。まあ、今年も油断しないようにやるしかないよ。ある人の賀状に詩も書かなきゃね、とあった。村の鎮守さまにいい詩がかけますように、とお願いしたけど、あっ、天神様の管轄だったかしらね。いやいや、自分の全ての力を動員し、かつ肩の力を抜いて書くもんだったよね。まあ、見ててくださいな。
12月27日
倉庫整理をしたら大量のダンボール箱がゴミとしてでちゃった。今月2度目の清掃工場行き。ついでにこれも、なんてお客さんからも金属ゴミを預かってた。だったらこれも、なんてカミさんが2階から次々とゴミを落とす。あーっ、これはパソコンのマニュアル書だぜ。必要なもんまで放り出すなよな。車で10分ほどの伊香保温泉下にゴミ処理場があるのね。あれれ、車が列を作ってるよ。渋川広域圏の正規のゴミ収集車もここに来る。オタクさあ、こんなにダンボールがあるけど、商売じゃないよね。いや、家庭ゴミです。そうだよね?そうでしょ。車ごと受付の秤に乗って、降ろしたらまた乗って終わり。指定された深あいコンクリートの穴にぼんぼん放り込む。あっ、それは違うよ。傘は燃えないゴミだってさ。ここでちょっと心配になった人がいるかもしれないね。送っていただいた詩集、詩誌は一冊も捨ててませんからね。ご安心を。午後はそのためにまたしてもスチール棚を組んで整理、整理。そこへ、休日なのに車が何台も入ってきた。なんかの奥様グループだね。いったんは断ったんだけど、うらめしげな流し目に負けて開けちゃいました。ちょっと倉庫整理もくたびれちゃってたからね。小商いをしてたら日が暮れたよ。さてさて、まだやらなきゃならないことがあるなあ。
12月20日
今日はパターンを変えて、詩作教室終了後、「やすらぎの湯」に行ってきた。いつもは仕入れに走り、ここの更新をしてから時間があれば「やすらぎの湯」へというパターンなのね。ちょっと今何を優先すべきか混乱してる状態なんだよね。こんなときは先ずリラックスして事態を整理しなくちゃね。ううーむ、今年もあと11日で終わりか。いくつもの不義理や怠慢が押し寄せてきて自己嫌悪に陥るなあ。いかん、気を取り直したはずだったのに。倉庫の整理をしてたらカミさんが捨てるつもりの段ボール箱が紛れてた。マルクス主義系の思想書がぎっしり詰まってた。なんだか禁制の書物を発見したような気分になったね。そういえば、いつかぶつぶつ言いながら書棚から抜き取って詰めていたっけ。確かに時代は変わるし、今ここにしか世界はないし、現に生きている人は日々忙しい。詩は25時間目に書くと言ったのは誰だったかしらね。カミさんには内緒だけど、おれはその思想書を倉庫に作った書架に再び納めたよ。だって、そいつらおっかない目で睨むんだもの。今週は「クリスマス会」と「忘年会」だからね。どうしようかなあ、と考えてる人、予定が変わって気が向いた人、待ってます。
12月13日
土曜日は同時刻に2組30人の忘年会。ううむ、こうなると食器が足りねえのね。備えあればなんとやら、しょうがねえ買ってこよっと。段取り八分っていうけど、これは本当のこと。倉庫の中はただいま大整理中で足の踏み場もない。必要な食材と食器を取り出すのにも一苦労だよ。倉庫サービスの問い合わせも来ていて、とにかく重複詩集も一望に眺められる状態にしておきたいのね。まあ、第2書庫ということです。この作業を気にかけながら年末営業をこなすという今日この頃。あっ、森林組合の役員の仕事もあった。土曜日は後片付けをして帰宅したら2時。疲れてるんだけど興奮状態を静めるには晩酌しかないのね。翌日は寝過ごしたよ。2頭の目覚まし犬に起こされて散歩。カミさんは手伝いだから食材の都合は基本的に考えない。あれ、今日の分がねえや。お買い物、お買い物。幸い?日曜日は閑。飯島章がせっせと「銀猫」の製本作業。カウンターには常連の奥様たち。皆引けた夜。「新選組」の最終回を酒飲みながら観てた。幕末ファンにとっては史実と違うとか、軽いとかで不評らしいけど、三谷幸喜ファンのおれとしては楽しめたよ。集中して観てたらKちゃん。うう、いいとこなのに。もう酔いつぶれてたKちゃんは早々にお帰りになった。店仕舞いをしながら「戦場のピアニスト」を観る。ナチは酷い、拉致は酷い、しかし、こういう番組編成はアメリカは酷いという報道をしたくないからじゃないかしらね。アメリカも酷いことしたし、今もしてるのにね。
12月6日
土曜日は4年に1度の榛東中学校の同窓会。幹事地区の打ち合わせ会議に度々利用してもらってたからねえ。早仕舞して伊香保温泉へと登って行きました。車で20分の隣町。旧伊香保ガーデン・塚越屋七兵衛だけど、幹事の誰かのコネだろうね。おれ、隣町だけどコネがねえんだよなあ。伊香保温泉は草津温泉と並んで、群馬県というより全国的温泉地だからね。平成の市町村大合併でも伊香保、草津の地名を簡単に捨てるわけにはいかないというのは理解できるでしよ。まあ、草津は早々に嬬恋、六合村との合併協議を打ち切ったらしいね。ここで、声を大にして言いたいね。市町村はそれなりの歴史があって市町村なんでね、中央だか、東京だかしらないけど、根無し草のボーダーレスが勝手に線を引いたって、はいそうですかっていうわけにはいかねえんだよね。傍若無人な地域破壊をしておいて、故郷はいつまでも変わらずにあって欲しいなんて言うなよな。榛東村の合併協議も壊れたぜ。良縁と見えても、そうはいかねえのが人の気持ちということだろうね。あっ、同窓会の話だったね。50代も半ばとなれば、人生の勝負も見えたということか、名刺を配るやつも少なくなってケンカもなく、楽しい一夜だったよ。おれなんか、サトルクンなんて呼ばれちゃうもんね。ははは、しょうがねえや。12月の伊香保温泉から車の窓全開で下ってきた。台風崩れの低気圧の影響らしいけど、暑い日曜日だったよ。えっ、強風。ここらはそうでもなかったなあ。
11月29日
ひさしぶりにお客さんとゴルフ。それにしもゴルフ料金も安くなったもんだね。おれ、知ってる人は知ってるけど、18年間もゴルフ練習場に勤めてた。まあ誤解されやすい職種で、さぞやゴルフばっかりしてたんだろうって思われがちだけど、球拾いや機械の修理、どうやってお客さんを増やそうかって仕事で、別にゴルフをすることが仕事じゃなかったのね。それでも月に3回はコースにでてた時期もあって、その頃はそこそこの腕前ではあったわけだけどね。まあ、環境問題や金持ちの遊びというイメージもあって、詩の世界ではゴルフは顰蹙ものみたいだね。ゴルフの詩を書いたのはおれくらいじゃないかしらね。その昔はソープの詩も書いたけど、全く無視されちゃったよ。もともと詩はいかがわしいものだと思ってるけど、どうもこのごろは健全すぎるような気がするね。詩は時代の中に溶けちゃった、なんて、思わせぶりに書いておこうかしらね。群馬年刊詩集が届いた。これを読む可能性のある人だけにちょっと自作について訂正を。タイトル及び本文中の「きりぎりす」は「ぎりぎりす」の誤りです。で、その気のある人は読み直してみて下さいね。一応、おれもギリギリのとこでやってるんで。つげ義春の「ねじ式」の最初の場面にでてくる「メメクラゲ」は「××クラゲ」の誤植だと、なにかで読んだことを思い出したよ。もちろん、この場合は断固として「メメクラゲ」の方がいいけどね。
11月22日
木曜日は銀座。八木忠栄さんの「現代詩花椿賞・贈賞式」に行ってきた。雨の銀座を独り濡れながら、なんて歌謡曲みたいな場面だけど、はて会場は何処。おれ、銀座なんか縁がないもんなあ。見覚えのある資生堂のネオンを掲げたビル発見。あれ、様子が違うね。守衛さんにお尋ねしたら、ああ、そこを左折して真っ直ぐ大通りに出て右手です、と教えてくれた。入沢康夫さんや白石かずこさん、お馴染みの「余白句会」の面々など、忠栄さんの会だけあって、おれとしては東京でこんなに知り合いの多いパーティーは初めてかもね。仙台の原田勇男さん、弘前の泉谷栄さんなど古くからの知り合いに会えたのも嬉しかったよ。あっ、直井和夫さんもチョウご無沙汰でした。そろそろ開式。ちょっと緊張気味の忠栄さんのご挨拶。おめでとうございます。盛大にしてなごやかなパーティーでした。清水哲男さんはデジカメ、昶さんはちびちび、中上哲夫さんも軽快な身のこなし。みんなよかった、よかった。二次会は有楽町駅近くの居酒屋さん。一階から三階まで貸し切りという大盛会。金井雄二、池井昌樹、小長谷清実、井川博年さんたちの席に着いたけど、誰がどこに居るのやら不明。八木幹夫さんなど最終電車組と退席したけど、酒も気持ちもテンパッてた。独り新宿のカプセルホテルに沈没。翌朝、新宿始発伊香保温泉号で帰宅。乗客8人。このバス、来月から本数が減るらしい。無くなると困るなあ。みなさん利用してよ。今日はお休み。ノートパソコン2台、修理にだす。お金も手間もかかりそう。さて温泉にでも行くか。
11月15日
今日は雨。2頭の犬はこういう日はすっかり散歩をあきらめてるから静か。トロトロと夢をみながら朝寝。男にキスした場面で眼が覚めた。おいおい、なんだよ、こりゃあ。昔、ホモにナンパされて安宿の前までついてったことがあるけど、そのときおれには絶対にできねえと思ったもんだよ。そういえば、山口県出身でルポライター志望だったナオちゃんはどうしてるだろう。嘘か本当か、ドヤ街でケツを売った話をしてたなあ。ちょっと今週は中学校の同窓会の打ち合わせに使ってもらってたり、「TimeSwitch」の話題で盛り上がったりしてたからね。30年前の気分になっちゃってるんだろうな。ちえ、歳とるってのはつまんねえなあ。珍しくそのころからの友達の和尚さんと真面目に現状分析してみたよ。まあ、戦後占領政策の延長として捉えれば、この国のアメリカ化は実に順調に進んでるってことだね。北川透が上毛新聞に「現代詩のゆくえ」という文章を書いてて、磯田光一の仮説を引いてる。占領下日本における三つの選択肢として、一つはアメリカの州に昇格する。二つはソ連の力を利用してアメリカを排除し、社会主義体制になる。そして、三つ目は独立国になる。というものだよ。「わたしたちは第三の道を選んだことになっているが、精神構造は、ますます第一に寄り掛かっている」と北川は書いてる。同感だね。うっとりとアメリカという飴を舐め続けた結果が今日というわけだ。日本特別州として、☆ひとつ。それでいいじゃねえか。独立国だと思うから腹も立つんで、そういう奴は日本から出ていけえ、と「TVタックル」でよくハマコーが吠えるよね。朝日も分かってるのさ。
11月9日
一日遅れの更新。昨日は「第3回国際俳句フェスティバル・東京記念講演会」というのに行ってきた。余白句会の井川博年さんに誘われて、仕事で来られない八木幹夫さんの代わりというわけ。お目当てはゲイリー・スナイダー。ビート詩人からエコロジストへと歩んできた詩人ということになるのかしらね。13時開会。会場がどんどん埋まってくる。あっ、中上哲夫さんが来た。4年くらい会わなかったのに、先月からこれで3度目。まあ、こういうこともあります。スナイダーは74歳とは思えない若々しさ。いや、アメリカ人の友人がいるわけじゃないからあてにならない感想だけどね。渡された日本語訳の資料がプロジェクターで映しだされてる。静かに、しっかりと彼はしゃべり続けた。俳句の会だから当然だけど「世界のどこにおいても、俳句は瑞々しくて斬新、実験的で若さと遊び心にあふれ・・・親しみやすいものと受け止められているのです」と言われると複雑な気分だね。うーん、世界で一番短い詩ということだよなあ。スナイダーは自分の住まいであるシェラネバダの山河で「季語」を探しているとも言った。ブラジルの日系社会では独自の「季語」があるのは知ってたけどね。フリートークで中上さんは「ビート詩」誕生の日(サンフランシスコ・シックスギャラリーだ)の様子について質問した。ひとしきり答えたあとで「それは過去の出来事です」と付け加えたのが印象的だったなあ。他の二人(黄 霊芝・筑紫磐井)のスピーチも興味深かった。交流会の後、スナイダーに呼ばれて中上さんは二次会へ。八木忠栄、井川博年、新藤凉子さんと目白で飲む。泥酔して帰宅。今日は「やすらぎの湯」で朝風呂。セブンイレブンで「TimeSwitch」創刊号を買う。八木幹夫の詩が美少女とセットでキラキラ輝いてる。しかし、ここにある70年代は、検閲済みという感じがするなあ。もう、これ以外に何もなかったことになってるんだね。ちょっと辛いかも。
11月1日
イラクで武装勢力の人質になっていたバックパッカーの若者が処刑死体となって発見された。気になるのはこの大事件に対するマスコミや世間の反応だよ。どんなことが政府とマスコミ各社の間にあるのか、やけに抑制された報道ぶりだよね。中越地震は確かに大惨事で、トップニュースとして扱われるのは当然だけど、今回の人質事件は日本人全体に突きつけられた大きな問いじゃなかったかしらね。早速、サマワの自衛隊が攻撃されたらしいけど、これも当然だよね。はっきりと敵対したわけだからね。日本のマスコミはもちろん、ネットでもイラク情勢は表面的で、かつアメリカ寄りの情報が注意深く流されてる。ネット世界にも薄気味の悪い勢力がいるらしく、ちょっと反米的なサイトの掲示板には直ぐに脅迫めいた書き込みがあふれる。それでも信頼できそうなサイトの情報を拾っていくと、表面的な報道とは正反対のイラク情勢が見えてくる。イラク戦争の主導権はどうやら反米勢力の側にありそうなんだよね。ヤバイのは、日本全体が戦時体制になってることをほとんどの人が認識してないことだね。賢い人たちはもう沈黙してるよ。これからは独りで考えるしかないね。あの若者は紛れもなく、今を生きている日本人の典型だと思うよ。今日は籾摺り。これにて今年の農作業終了せり。
10月25日
土曜会の準備をしてた。冷蔵庫を開けようとしたら異様な気配がして揺れがきた。おいおい、こりゃあ本物だよ。食器類がカチャカチャ鳴り、鉄筋コンクリートと鉄骨ヘーベルの「まほろば」全体が不気味な軋み音をあげたぜ。思わず座り込んじゃったよ。間違いなく、40年前の新潟地震に匹敵する揺れだと思ったね。その後、カミさんがやってきてから2度目の揺れ。室内の植木がワサワサ揺れてる。そこへ野口直紀と中里諒子がやってきた。もう大丈夫だろうと料理を始めたら3度目がきたね。みんなで居ても恐いものは恐い。まあそれで、群馬は峠を越えたんだけど震源地の被害は報道の通り。この夜、NHKラジオで荒川洋治さんが「まほろば」のことをちょっと紹介してくれる番組が予定されてたんだけど、もちろん、ラジオもそれどころじゃない。井田秀樹と井上敬二がやってきて、土曜会はとどこおりなく。被災地の皆さん、すみません。翌日は川崎洋さんの葬儀で横須賀へ。脱線した上越新幹線も越後湯沢・東京間は大丈夫。高崎は長野新幹線も利用できるので問題なし。大遅刻で金谷山大明寺へ。タクシーを降りると先週会ったばかりの中上哲夫、川端進さんが合図してくれた。会場の都合で参会者は境内で参列ということらしい。川崎さんには昨年の「ポエトリーステージ」に出演していただいたばかりだった。合掌してお見送りした。川端さんの車で中上さん、片岡直子、新井啓子さんと食事。観音崎から海を眺め、川端さんに駅まで送ってもらい帰路に。横須賀線から乗り換え順に新井、片岡さんと別れ、何事もなく長野新幹線で高崎着。帰宅して7時から昨夜の後かたづけをしながら「まほろば」を開ける。隣の公民館でイベントがあったのでその流れを拾って閉店。今日は陸稲の脱穀。それから床屋さん。甚大な被害を受けた見附市は八木忠栄さんの実家があるところ。新潟市内には鈴木良一、新発田には田中武さんがいる。お見舞い申し上げます。
10月18日
「ポエトリーステージ」の報告です。前夜から手回しよく会場準備。当日はカミさんと先ずはテーブルの移動。たいがいこの時間から当日予約やキャンセルの電話が鳴るんだけど、なぜか今回は静か。一番乗りは遠来のグループ。これは毎回同じです。一番近い人ほどギリギリにいらっしゃいますね。詩誌「釣果」の面々。川端進さんの運転で、中上哲夫、阿蘇豊、細野豊、関富士子さんたち。ん?阿蘇さんと関さんは「釣果」に書いてたっけなあ?まあ、いいや。それにしても、中上さんは永遠の青年かしらと思うほど若々しいね。その髪の毛、染めてないよね。ほどなく中澤睦士もやってきて受付開始。いつも悪いね。白石かずこさんは國峰照子さんが高崎から乗せてきてくれる予定。おっ、あのワーゲンは國峰さんだな。中上さんが来ることは白石さんには内緒だった。降りたら中上さんが迎えてくれたのには驚いていたよ。作戦成功。やがて続々と田んぼの真ん中の怪しげな建物に人々が集まり始めます。村山精二さんも遠くから。あれ、大橋政人もタクシーで。真下章さんも早かった。さて、そろそろ開演時間。あれ、白石さんはまだ例の巻紙に詩を書いてる最中。皆さん、少々お待ちを。さて、白石さん、真っ赤な上着に真っ赤な帽子で登場。詩集「浮遊する母、都市」を中心に朗読とおはなし。白石さんの場合は朗読じゃないね。ビート詩直系のまさにポエトリーリーディング。ときに歌うような読み方は年季が入ってるからね。今日のことだけど、参加してくれた「詩作教室」のYさんは、時間の経つのを忘れるほど引き込まれました、なんて言ってましたよ。休憩を入れて後半です。ちょっと開演が遅れたのを意識してか、白石さん、熱演が終わりそうもないのね。予定を30分も過ぎちゃった。主催者としては、そろそろいいでしょうか?えっ、もういいの、じゃあやめていいかしらね。ホント、ありがとうございました。皆さん、大満足で終演。さて、懇親会です。ここで会場を作り直すのですが、例によってお客さんに手伝っていただいちゃうのです。あっ、中里諒子ちゃん、この料理運んでくれない?さて、懇親会も大盛況。中上さんたちはお泊まりですから腰は据わってます。やがて白石さんは國峰さんの運転でお帰りです。皆さんでお見送り。関口将夫、堀江泰寿、野口直紀など、16人ほどで宴たけなわ。おや、大橋政人が久しぶりに大トラ状態。お泊まり組は「やすらぎの湯」へという流れで、大橋も野口直紀の車で帰っていったんだけど・・・。夜も更けて、お風呂組が帰ってくる頃でしたね。笠懸町に帰宅した大橋さんから電話。阿蘇さんと30分、おれと20分、しゃべり足りなかったらしいのね。そこへ、風呂上がりの中上さん。大橋に言いました。もう寝なさい。関さんという美女を男4人と雑魚寝させるわけにはいきません。みんな酔っぱらいです。深夜の野道をさあ、おれんちまで歩きですよ。翌朝は道普請だった。母に出てもらって皆で朝食。関さんと細野さんは昼前に帰りたいというので、道普請中の村人を横目にぞろぞろと「まほろば」へ。ちょっと住民としてはバツが悪いね。そのまま川端さんの車で皆さんご一緒に出発。川端さん、鮎、山女魚持参、ごちそうさまでした。阿蘇さんもウィスキーありがとう。関さん、細野さん、中上さん、また来てね。今日は脱穀。午後は教室。それから籾を運んで、えい、更新。
10月11日
思わぬ長雨と台風でわが家の農作業の手順が大混乱。脱穀もしないうちに台風がくるっていうもんで、急遽、稲架をつくって刈り取った稲束を吊すことになっちゃった。「まほろば」を臨時休業して親子3人で農作業だよ。父は年々耳が遠くなってるから大声をださないと聞こえない。おれ、大声をだすの好きじゃないのね。耳の遠い人って自分の世界に入っちゃうのかねえ。黙々と作業するのはいいんだけど、細かい手順が伝わらねえんだよ。それにしても田んぼの匂いは独特だね。なつかしいような、せつないような香りがするんだよなあ。ああ、くたびれた。秋の日は短い。まだ6時か。ちょっと「まほろば」を開けよっと。期待しなかったけど、ちゃんとお客さんは来ました。翌日もお昼から開けるという、いいかげんな営業姿勢。まあ、農繁期は仕方ない。かんべんしてくださいな。金曜日から雨模様で、いよいよ台風襲来の土曜日。神奈川、東京、千葉の様子をテレビで観ていましたが、なかなか強烈でしたね。はて、こちらは静かな雨降り。そのまま、たいした風も吹かずに台風は足下を通過して行きました。やれやれ。今日は祭日だけど定休日。カミさんと食事したりお買い物。電話で白石かずこさんと最終の打ち合わせ。土曜日は「ポエトリーステージ」です。例によって当日参加もOKだからね。よろしく。
10月4日
定休日だけど予約が入ってた。15人くらいという話だったので、まあそのつもりで仕込みをしてた。一人でも分かってればなんとかなるのね。そこへ電話。えっ、20人以上になりそうですか。嬉しいんだけど、こりゃあ大変。母も心配してやってきたけど、勝手が違うからね。それと商売向きの性格じゃないから、おろおろするばかり。まあ、とにかくこの料理を運んでよ。やがて皆さんやってきました。うーむ、25人もいらっしゃる。そりゃあ忙しいけど、なんとかやっちゃうんだよね。人見知りする母は早々に退散。こういうときは一人の方が動きやすいんだよ。皆さんありがとうございました。さて、のんびりと後片づけをするか。外は雨。手順通りに淡々と片付ける。2時間はかかるけど、こういう時間もおれは好きなんだよ。イチロー、262安打でシーズン終了。年間最多安打のメジャー記録だよ。どうだ、パ・リーグの選手の実力をみたか!と、おれは叫びたいね。日本ハムと西武のプレーオフ第1ステージも感動したぜ。常に真っ向勝負のパ・リーグ野球をみせてくれたよ。パのオーナーは何でヨミウリなんかとやりたがるのかね。もっと、自分のリーグの野球に誇りを持ちなさいよ。パ・リーグがなかったらイチローは出現しなかったかもしれないよ。思い出したぞ、イチローの素質を見抜けず、2軍に落とした監督は、ヨミウリ出身だったよな。
9月27日
詩誌「東国」の合同出版記念会に行ってみた。「まほろば」にいるとお客さんが来そうなので、さっと貼り紙をしてでかけちゃったよ。会場の厚生年金会館は結婚式場もやってるでかい施設。早めに着いたのでロビーでコーヒー。そこへ村山精二さんがやっきた。やあ、お久しぶり。村山さんは「まほろば」へも何度も来てくれたのね。そろそろお時間だね、と会場へ。菊田守、中原道夫さんなど遠来の詩人が多い。あっ、雲嶋幸夫さんだ。お祝い対象者は次の6人。愛敬浩一、大橋政人、青山みゆき、金井裕美子、小山和郎、山形照美。これだけの詩人の紹介と挨拶となると、どう簡単に済ませても時間はかかります。まあ、それが趣旨ですからいいんですよ。皆さん、おめでとうございます。菊田さんの音頭で乾杯となりまして、さて飲むか。まあしかし、総勢40人にしては部屋が広すぎる感じですね。司会は関口将夫さん。珍しく新井頴子さんの一芸披露もあって盛り上がります。おやおや、どうやらそういう約束らしく、きっちり2時間でお開き。二次会は失礼して、居合わせた狩野努クンを拉致。迎えに来てくれた井田秀樹の車で「まほろば」へ。それにしても狩野クン、腹減ったなあ。そうすね、もう少し料理が欲しかったすね。よおし、おれんちはこのまま「土曜会」だぞお。飯島、井上敬二、中里諒子もやってきて深夜まで。お泊まり3人。
9月20日
北海道の井谷英世さんが2泊していった。井谷さんは知る人ぞ知る収集家で、おれも20年以上前から名前は知ってた。その井谷さんに「まほろばコレクション」を見ていただけるとは嬉しい限りだった。そろそろ伊香保温泉号の到着時刻。進行方向からちょっと戻る感じなんで迷う可能性もある。降りたところの「とみつね」さんで訊いてくれれば間違いはないんだけど。ほどなく井谷さん到着。全く迷うことなく着いた由。「とみつね」のマーちゃんが丁寧に教えてくれたらしい。井谷さんは2泊3日、脇目もふらずに当館コレクションを吟味。結果は素晴らしいというお墨付き。その価値を知らずに並べておいた中から、これはという希少本を抜き出していただいもの20冊余り。あっ、これは確かにというものばかり。一応、抜き出してはあったものの、まだこれだけありましたか。井谷さんの専門は、処女詩集の収集。詩人それぞれが、それぞれの思いで、処女詩集を自己申告してるけど、実は、手作り少部数の真の処女詩集を出してる場合がありますね。これを井谷さんは見つけるのが楽しいという。書き始めの頃で、できれば隠しておきたいような詩集ってあるじゃない。困った人だよね。八木忠栄さんが「現代詩花椿賞」を受賞した。おめでとうございます。
9月13日
今日は「まほろば」六歳の誕生日。ううむ、小学生が卒業する歳月が流れたということか。ここに立ち続けることが、まずは目標だった。そのためには日々の喫茶営業を安定させることが最優先だった。お店はお客さんのもの。詩の資料館という物珍しさを認めつつ、お客さんはそれぞれ勝手にやってくる。詩、それも現代詩という秘密結社のような世界について語り合える人は少ない。この日誌を読んでくれている人にはお分かりだろうけど、いつも詩について論じあってるわけじゃなく、ほとんどは地域の喫茶店としてお喋りに興じてるだけなのね。ときどきおれは思うんだよ。サラリーマン時代は、生きるために働きながら、その隙間で詩を書いてきたんだけど、いまは詩を生きることで、詩に疎外されてるんじゃないか?ってね。まあ、これは怠け者の言い訳だな。むしろ、この疎外感はこのごろの時代風潮からきてるような気がするね。どうしようもなく、おれ(たち)は昭和の人間なんだということ。そして、いまの社会では前世代として無効のレッテルを貼られる存在であることだよ。平和と繁栄を自明のこととして生き、無責任に反体制を気取り、現実よりも夢を追う者たちはもう不要なのだと。だからといって、そう軽快に身を翻せるわけもねえ。さて、どうすべえ。
9月6日
昨日はくたびれたぜ。一日に三組40人の予約が入った。やるしかないし、嬉しいことだけどね。カミさんと二人で午前中からフル回転だよ。いずれも地域の皆さんたちで、こういう人たちのおかげで「まほろば」はやってこられたんだよね。感謝。今日は朝寝をしてたんだけど、散歩の時間になったらしく2頭の犬がうるさい。近所のお婆さんが回覧板でも持ってきたのか、ひときわうるさく吠えたてる。それを叱る父の声がまたうるさいんだよなあ。しょうがねえ、起きるか。リリーは甘やかし放題にしちゃったから、ほとんどいうことをきかない。リリーの動き回れる範囲は土が掘れてて、雨上がりは水たまりができてる。散歩に連れ出そうとすると、そこを跳びはねるのね。泥んこでおれに跳びつくなよな。といってもダメさ。跳びつく、キックする、シャツに噛みつく。毎朝これだよ。で、母親のらぶ2までジャンプするんだからね。まあしかし、彼ら(彼女らか)「注・大橋政人のマネ」にとっては唯一の楽しみだからね。それにしても、犬って、飼い主の都合で速やかに立ち去りたい場所や状況に限ってウンコするような気がするね。なんだよ、その顔は。午後は買い物と仕入れ。アイスクリームが溶けないうちに真っ直ぐ帰る。あれっ、もう日が暮れちゃったよ。
8月30日
土曜会は久しぶりに大盛況。飯島、井田、中里、井上といういつものメンバーに塚本裕佳、利根壮一が参加。この二人、いずれも20代という若さ。少子高齢化は詩の世界も同じで、これは大事に育てねばと思うんだけど、お酒が入ると次第に議論は白熱しますね。こういうので驚いちゃだめだからね。利根クンは文芸社から「たそがれる日々の中で思ったコト」という第一詩集を出したばかり。ところが、手持ちが無いっていうんだよね。同人誌にも属さず、いきなり自費出版したらしいのね。車を買おうか、詩集を出そうか天秤にかけたらしいけど、これは少し言っておかねば、とおじさん詩人たちは思うわな。まあ、なんだっていいんだけど、この世界にも一応シキタリがあってね。こういうこと言うと、おじさん詩人たちのお里が知れるけど、ただ詩集を出しただけじゃあ砂漠に置いておくようなものなんだよ。うむ、近鉄球団の買収に名乗りをあげた若社長が言ってたな。なぜ雑巾かけからスタートしなけりゃいけないのか、ってね。まあ、ちょっと違うけど、お金さえあればどんな豪華詩集も出せるし、それがどんな意図であろうと引き受ける出版社はあるでしょう。それとは関係なく、いい詩とそうではない詩がある。おじさん詩人たちはそれを言いたかったんだよ。この日は朝から群馬詩人クラブの幹事会に利用していただいたり、須田さん、関根さんに資料室の整理をしていただいたりで詩の資料館にふさわしい一日だったなあ。皆さん、ありがとうございました。パソコンのリカバリーをした。インストールと設定に四苦八苦。見違えるようなマシンの動きに感動。
8月23日
石垣島へカミさんの家族と旅行。台風15号の影響で那覇空港への着陸をやりなおす。モニターを見ながら操縦士気分。おいおい、ちょっと機首がブレたぜ。台風の進路を避けて無事石垣空港へ。これから台風が通過するというので、空模様を見ながらレンタカーで観光。本場の暴風雨を体験するのも悪くないと思ったけど、どうやら逸れていったみたい。こちらの新聞の一面は普天間基地そばの大学敷地内に墜落した米軍ヘリ問題。59年間、日本は米国に占領され続けてることがよく分かるぜ。翌朝はさすがに風雨強く、島巡り観光は中止。それでも船で30分の竹富島は大丈夫という情報。昼前には天気も回復して、のんびりと水牛車。カミさんとカミさんの父親、弟夫婦に姪一人、総勢6人の家族旅行ですね。みんな旅慣れてるのでおれは楽だったよ。ソーキそばにチャンプルー、オリオンビールに泡盛を堪能して帰路に。14時50分発の伊香保温泉号は貸し切り状態。おれたちの専用リムジンバスみたいだったよ。「まほろば」は4日間お休み。たまにはいいよね。18日の上毛新聞に萩原朔太郎賞候補が発表されてた。川崎洋「埴輪たち」、八木忠栄「雲の縁側」、まど・みちお「たったった」、佐々木幹郎「悲歌が生まれるまで」、平田俊子「詩七日」、高貝弘也「半世紀」の六作品。うーむ、忠栄さんになればいいなあ。9月4日に決まるらしいよ。今日は「詩作教室」。そろそろ夏も終わるね。あっ、アイスコーヒーの在庫がまだあった。今年も仕入れ過ぎちゃったかなあ。
8月16日
お盆様を送ってきた。一族の墓地にお線香をあげながら墓石の位置を確認するという毎年の行事。帰り道、耳の遠くなった父が赤信号を知らずに渡ってしまったのにはびっくり。昨日は珍しく涼しい敗戦記念日だったけど、もう今日は猛暑が戻ってる。アテネ・オリンピックと高校野球にマスコミはシフトしちゃったね。ネットを覗くとイラクでは南部で戦闘が激化してる。サマワもこれまでで一番危険な状態になってるみたいだぜ。マスコミはさらりと報道してるけど、自衛隊は明確に攻撃されてるらしいね。まあ、いつだって世界のどこかで戦争していて、それを知りながら人々はスポーツや娯楽に興じているわけだけど、そのことを問う哲学が見あたらない。いや、そういうおれ自身が安易な大衆心理に埋もれてしまっていて見えないだけかもしれないけど。なんて、いくらか世を憂えたポーズをしておいて、おれはこれから旅行だよ。15時発伊香保温泉号を予約するために「とみつね」さんへ。先客がいて、15枚も予約してる。この便、あまり利用客が増えず廃止の噂も聞いてたのでなんだか嬉しかったね。ふうん、カラオケの全国大会の応援ですか。いってらっしゃい。あっ、伊香保温泉といえば水道水使用が発覚したばかり。湯量は限られてるから地元では公然の秘密だったんだけどね。お客さん、ごめんなさい。町長に成り代わりまして謝っておきます。
8月9日
須田千香良さんの「チェロの午後」は盛況だった。落語をやったばかりでちょっと入りが心配だったんけど、Kさんが7人も集めてくれたり、常連さんがそれぞれ何人か誘ってくれたりしたおかげです。この日、カミさんは仕事で抜けられなかったんだけど、料理の用意だけはしてってくれた。3時開演だけど、おれは午前中から会場作り。須田さんはふらりと派手なアロハシャツでやってきた。会場を眺めると自分用の椅子を交換。あっ、それ、お気に召さなかったのね。知らずに来たお客さんも入ってきます。立食用のテーブルでよろしかったらどうぞ。慣れとはおそろしいもので、一般客を受け入れながら着々と会場作りをしちゃうボク。開演1時間前に雷雨襲来。須田さんはリハーサルに集中してる。うーむ、ますます雷雨激しく、到着したお客さんが車から出られないほど。まあ、早目の夕立は幸いというもの。30分ほどで小やみになって受付開始。今回は井田秀樹が受付をしてくれました。井田ちゃん、ありがとね。前半はクラシックを中心にじっくりと。須田さん、正装です。おれは例によって休憩時間の飲み物、食事の追加準備に静かにとりかかる。今回はタイミングよく料理がだせたみたい。後半は、ポピュラーやリズム楽器を組み合わせて芸達者なところを披露して終演。アンコールに応えて2曲という大サービスぶりでした。須田さん、ありがとうございました。15人ほどで打ち上げ。丁度見事な榛名の夕焼け。須田さんとは友人の関口将夫さんが須田さんのピアノで即興詩を披露。Hさんが、感動して涙。よし、おれもやるぞ。照明をみんな消して大人たちが榛名の夕暮れを楽しむという図。やがて夜は更けて・・・。関口さん一人お泊まり。皆さん、お疲れさまでした。そして、いつもいつもありがとうございます。
8月2日
ちょっとお疲れ。不規則な生活と睡眠不足のせいだね。まあ、それだけ繁盛してるってことですよ?とにかく、寝るに限るよね。電話の音で目覚めたけど、切れちゃった。カミさんは夏休みだけど、数年前から夏休みは生徒だけで先生たちは休みじゃありません。てなわけで、カミさんはガッコ。両親はどうやら元気に野良仕事をしてるらしい。2頭の犬も静かに散歩係のお目覚めを待ってる。さて、睡眠十分、動くとするか。散歩を済ませ、自宅の風呂の修理依頼の電話を一本。そうだ、固定資産税の引き落としの月だ。前年、今年と土地の税率がこそこそ上がってる。このセコイやり方にはムッとするね。早目に食事をして床屋さんへ。あれれ、混んでるよ。終わったのが5時とはまいったね。仕入れに回って「まほろば」へ。これで今日のお休みはお終い。ところで、土曜日の上毛新聞に「萩原朔太郎賞候補作品、急きょ発表中止」という記事がでてた。選考サイドから落選者にも配慮すべき、という意見がでたためらしいね。ふむ、主催者にすれば、イベントとして露出する機会が多い方がいいだろうし、候補者にしてみれば、なるべく晒し者にはなりたくないってことかしら。確かに「候補者の誰が受賞してもおかしくなかった」なんて言われても、その差は歴然としてるよなあ。まあ、選考経過を伏せて突然本人だけに知らせるという例も聞いてるけどね。今日、その候補作が決まると書いてあるぜ。今週は「チェロの午後」をやります。忘れてる人は予定表を確認しましょう。
7月26日
志ん朝さんの落語会は大盛況だった。「まほろば」には、どんなイベントにも協力してくれる人たちが20人くらい居て、その時々の内容で参加してくれる人を積み上げるのね。まあ、それでもなかなか人集めは大変なんだけどね。今回はご近所の人たちなど、詩や音楽のイベントには消極的な人たちも参加してくれたよ。高座を作るのは初めてだったけど、志ん朝さんは用意周到。緋毛氈をささっとテーブルに掛け、持参の座布団をでん。あっという間にらしくしちゃったよ。出囃子のカセットを常連のSさんに頼んだり、今回も受付は中澤睦士。セルフパーティー形式だからこちらの用意もバタバタ。いや、大忙しだけど、とにかく盛況がなにより嬉しいね。いよいよ開演です。おれ、こういうときの挨拶をキメたいなあ、と思ってるんだけど、いつもバタバタついでのしどろもどろになっちゃう。仕切のうまい人っているよなあ。志ん朝さん、どうぞ。おやまあ、今夜は皆さん美人ばかり、と巧みにツカミにかかりまして、ほぐれたところで一席目は「たがや」。ちょいと休憩時間にあわせた料理の手筈を間違えておれは大慌て。まあ、これはお客さんには関係ありません。予定より長目の休憩でお客さんも笑う態勢は十分。二席目は「狸の恩返し」。艶笑小話で引き込みます。「ねえ、キスして」「マタニシテ」なんて、大爆笑。お客さんが笑う姿はいいものです。おれもカミさんもマジで笑ってたよ。皆さん、ありがとうございました。打ち上げと土曜会が一緒という流れ。志ん朝さんも遅くまでつきあってくれました。午前3時。お泊まり3人。おお、狂乱の「まほろばの夜」よ。
7月19日
朝、BSをつけたら先頭バッターのイチローが空振りの三振。民放に回したら二宮清純が2リーグ制堅持どころかあと4球団増やすべしとブってた。「まほろば」で群馬テレビをつけると我が母校が延長戦の末に2回戦で敗退するところだった。実はこのところ高校野球からメジャーリーグも含めておれの野球熱は冷めちゃってる。もともと観る専門で、そのときどきの心理状態を投影させるような接し方だったからね。まあ、おれのなかで何かが終わったんだろうなあ。「世代の昂奮は去った」と荒川洋治さんが書いたのは1974年のことか・・・。いかん、なんだか深刻になりそう。今週は落語会をやるぜ。志ん朝さんは同業でカミさんの友人のTちゃんの店の常連さん。で、おれも以前から知ってた。暑気払いです。気軽においで下さいな。おれ、落語に詳しい訳じゃない。ひところカミさんと初笑いということで、鈴本や末広亭を巡ったけど正月興行は顔見せだもんね。古典落語をじっくり聴いたこともないしね。落語は八木忠栄さんが詳しいよ。「ぼくの落語ある記」(新書館)という著作もあるし、最新詩集「雲の縁側」(思潮社)の同名の作品の副題は「志ん生親子に」だもんね。ところで、池袋演芸場はまだあるのかしら?前のふたつと浅草演芸場は行ったけど、そこだけは行きそびれてるんだよね。そうそう、なんばグランド花月も行ったぜ。お笑いは大阪。ほんま、おもろかったわ。
7月12日
1小市民として参議院選挙に行って来たよ。いまの日本に反議会主義政治勢力というのがあるのかしらね。投票率を見る限りじやあ選挙権のある人の半分は議会政治に参加してないことになる。うむ、そのうちの半分がテロリストなら政権転覆なんて簡単かもね。おれは思うぜ。きっと秘密結社があってさ、表舞台の政治なんてのはいつでも操作可能なんだろうってね。なんだか世界はおれたちの知らない仕組みで成り立っていて、それが動きだすと誰にも止められないようになってるように見えるぜ。プロ野球のオーナー会議みたいにさ、世界にもそんなオーナー会議があって、今度はここで戦争をやって、こいつを殺してあいつを持ってきてなんてね。なんかニヒルになっちゃうんだよなあ。それは置いといてだね。今年で最後かもしれないオールスターで全パが連勝したこと、参議院群馬選挙区で自民の2議席独占を崩したどころか、民主新人がトップ当選したこと、この二つは愉快なことだったよ。日曜日の毎日新聞に宮田親平が「不公平を許さない生き方」という一文を寄せてる。彼は「七たび生まれ変わっても 我、パリーグを愛す」を書き、「純パの会」結成のきっかけを作ったジャーナリストだよ。なにごとにも付和雷同する日本人気質として、セリーグ、自民に偏る世間に対して、パリーグを愛することはひとつの文化なのだと説いてる。弱肉強食、市場原理なんてのは文化じゃねえよ。1小市民としてのおれの憂鬱を分かってほしいなあ。
7月5日
今週の日曜日は忙しかったぜ。一組予約が入ってて、それにあわせて仕込みはしてあった。のんびりしてたら電話。ありがたいことにお昼に10人の予約。これで仕込みの一部は売りきれちゃった。後かたづけをしながら仕込み直し。こういう日は嬉しい誤算が重なるもの。常連さんとおしゃべりしながら準備してたら予約とは別の一団が入ってきた。こりゃあ大変。カミさんと二人で2組20人の料理をいっぺんに作ることに。どう、たまにはこういう日もあるのよ、先週のお客さん。まあ、しかしめったにないことです、はい。皆さん、ありがとうございました。蒸し暑いお休みの日。そうだ、たまには村内の様子を偵察しておかなくちゃ。自衛隊の裏門は女性自衛官が門番。ん?こういうのはなんて言うんだっけ。伊香保温泉と連動する観光道路が2本あって、上の道路をさりげなく走ります。倒産した企業やお店がいくつか。水沢うどんで有名な五徳山水沢寺周辺は県内有数のラブホテルゾーン。おれは、こんなご近所は利用しないね。いや、もちろん例えばの話だよ。今日はその通りにある「おもちゃと自動車博物館」を覗いてみたかったのね。新設した「自動車博物館」には昭和40年代の名車が並んでたよ。ここのオーナーはちょっと知ってる。ほぼ同世代だから郷愁も同じということになるね。当時おれが乗りたかったベレットGTやコンテッサクーペもあったぜ。おれはGTが買えずに2ドアデラックスに乗ってて、この道のちょっと下ったS字コーナーでコケそうになったんだった。箱スカもあったぜ。ちぇ、あれから30年も経ったんか。仕入れを済ませて「まほろば」へ。ふむ、雨が降ってきた。
6月29日
昨日更新しようと思ったらパソコンがヘン。スパイウェアの攻撃に曝されていて、まほろば防衛隊の隙をついて侵入されたらしいのね。そいつらの一部が壊したのか、メモ帳が使えなくなっちゃったんだよ。早速、早川聡特殊部隊の出動を要請したんだけど、とりあえず目に見える敵を撃退しておいて、別のパソコンで更新しておくしかなさそうだよ。日曜日にふらりと寄ったお客さん。で、平日はなにをしてるんですか?なんて、おっしゃる。え?いや、これでも仕事してるつもりなんだけどなあ。やはり、はたから見ると道楽以外のなにものでもないんだろうけど、こうあからさまに言われると傷ついちゃうよなあ。その人が帰ったあとに常連さんがゾロゾロ。こういう人達のおかげで6年も営業できたんだよね。みんなありがとね。飯島章がニューフェイスを連れてきた。アメリカ留学帰りのお嬢さん。プリントアウトした作品を読ませてもらったけど、横書きです。英文の詩も書いてるから、横書きに何の抵抗もないみたいね。確かにワープロで書くときはおれも横書きだよ。でも、打ち出すときには縦書きにするね。こうしないと最終的な推敲ができないんだけど、それも気分の問題かな。参院選挙だね。いつもの選挙みたいに政府、マスコミはとぼけてる。できることをしてから絶望するならするさ。
6月21日
午後5時、台風6号の影響で風雨が強まってる。いまは北陸地方を通過中らしいけど、それでこの風とはおそれいったね。うーむ、破壊と復興について考えちゃね。これは自然災害だけど、建物は壊され、巻き込まれて死傷者もでてる。兵器による破壊は殺戮が目的で、こちらは災難じゃなくて国家犯罪だけど、いずれもそのままでいいというわけじゃない。で、復興人道支援ということになる。台風は明日には温帯低気圧になるけど、戦禍は簡単にはおさまらない。ボカスカ壊してる最中に復興もへちまもねえよなあ。まあ、しかし、壊したり作ったりすることでお金が回るわけだからね。自然災害で間に合わなければ戦争を起こせばいいということか。自分さえ安全ならそれでいいんだよ。したり顔で、もっともらしい解説をされても信用しない方がいいね。あれ、玄関に雨水が吹き込んできちゃった。新聞紙、新聞紙。先ず、自分のことが大事です。でも、そこで思考停止しちゃダメなのね。もっと大事なことがたいした事じゃないように粛々と進められてるじゃん。下々の者はお上のやることに従ってればいいんで、それにタテつくやつは目立ちたがり屋かテロリストに決まってる。こういう人が多いんだよね、このごろさ。それも、メッキやペンキが剥がれて地金が出てきたように、ぺろり、つるりとそこいらにうじゃうじゃいるんだよ。窒息しそうだよ。強風止まず、植木鉢がみなひっくり返ってる。いまは、どうしようもねえや。
6月14日
プロ野球、パ・リーグの近鉄とオリックスが合併するとか。30年来のパ・リーグファンのおれとしては、とてもさびしいね。それもこれも読売巨人軍の長きにわたる圧政の結果だと言いたいね。日本プロ野球は、読売興行の独裁体制としてのセ・リーグ中心主義により、プロ野球全体の利益を追求してこなかった。メジャー・リーグをごらんなさいよ。テレビ放映権料など、プロ野球全体の利益は野球機構が管理し、公平に分配してるっていうじゃない。30年前のパ・リーグ観客動員数は、6球団あわせて巨人1球団の観客動員数と同じくらいだった。それがだね、オリックスにイチローが出現したときには1千万人を超えたんだぜ。おれは感動したね。それからかしらね。今なら、小久保やローズに「満員のお客さんの前でプレーする気分はどうですか?」なんて馬鹿なことを訊くアナウンサーがいなくなったのは。福岡ドームはいつも満員、今年は札幌ドームも順調で、確かに近鉄、オリックスは心配だった。それでも、近鉄といえば、パ・リーグの老舗中の老舗。親会社は私鉄営業距離日本一の大企業じゃねえか。まあ、1リーグ制にして日・米・韓・台・中のワールドシリーズをやるんならいいよ。おれが厭な気分なのは、インチキなアメリカ流市場原理とやらで、なんでも損得勘定でぶち壊してしまう動きを感じるからだよ。銭だけ残りゃあいいってもんじゃあるめえ。コミスキーパークを見なさいよ。アメリカだって古き良きものは残してるぜ。それが文化だよ。もっとも、いまだにテキサスじゃあピストルを身につけてるのも文化だし、他国を侵略して恥じないのも文化だけどね。
6月7日
金曜日の午前中は田植え。機械で植えるんだけど、歳のせいかねえ、ターンするときの操作にもたつくんだよね。2輪の2条植え、クボタの「はるかぜさん」をターンさせるには、周り植え4条分の旋回余地を機械の先端で見定め、植え付けレバーをオフ、素早く右クラッチを握り、機械と一緒に泥田を旋回、向き直ると同時に走行レバーをオフ。これを一連の流れでやるわけね。操作も足取りも軽快にこなしてたのになあ。手も足もついてかねえのね、ちぇ。この日は午後から「まほろば」を開けたんだけど、やはりお昼に来ちゃったお客さんがいたみたいね。翌日K君に聞いたよ。ごめんね、Iさん。土曜日はボランティア学芸員の須田さんと関根さんの出勤?日。スペース確保のために書棚から書棚へ詩集の大移動。お疲れ様でした。「まほろば」の周囲の田んぼも田植えの真っ盛り。梅雨入りの日曜日。このところ暑い日が続いてたから雨もいいね。今日は朝から「まほろば」の周囲の草刈り。ちょっとほったらかしといたからね、ひでえもんさ。結局、一日がかり。こりゃあ、温泉に行けねえなあ。仕入れにも行かなきゃだし、明日はゴミの日だったなあ。今日もまた、かくてありなむ。世界はどうあるべきか、そしてボクは、いかに在るべきか。あっ、夕飯の時間だ。
5月31日
昨日、今日と暑いねえ。なんだか関東平野の熱気が押し寄せてくるような気がするぜ。ここから眺めると、右手に秩父連山、左手に赤城連山が見えるのね。もちろん、背後は榛名連山で、ここから関東平野が始まってるのがよく分かるよ。目がよけりゃあ東京都庁も見えるぜ。嘘だけど。突然、メンコ遊びを思い出した。東京メンという技があってね、笑っちゃうぜ。ケツを東京の方に向けて、メンコを打った手を股の間に抜くのさ。えっ、分からない?そうだろうなあ。こりゃまた、失礼いたしました。今日も犬の散歩から。おやおや、みんな田植えを始めたよ。おれんちもやらなくちゃだけど、水が来てねえんだよ。ほら、上流から引き込むから順番というのがあるのね。来週かな。そういえば、農業にあこがれる都会の若者というのがいて、先週も広橋さんが二人連れてきた。たまたま、うちの父が「まほろば」の前の畑で農作業中だった。その姿に感動してるんだよね。まさか、そんなふうに見られてたなんて父ちゃんは知る由もなし。こういう自給自足を目指す若者にどう日本農業の実態を説明すべきであろうか。あまり失望させたくないんだけどね。今日は一日倉庫整理。倉庫サービスの問い合わせもきてるし、一目で見渡せないと不便だからね。うーむ、第二書庫だな、これは。
5月24日
土曜会は井田、井上、飯島の3人。奥の座敷は奥様5人の小宴会。まあ、料理の手間は同じだからね。これくらいが丁度いいんだよ、おれんちは。夜も更けてくると、ちょっと心配になることがひとつ。奥に陣取った奥様たちは、おれたちより一回り若い。つまり一回り元気ということ。この前は敬ちゃんがツブれちゃったのに寝床の座敷を占領されてたからねえ。どうしたんだっけなあ。奥様たちの隣りに毛布を被せて寝かせちゃたような気がしたなあ。この日は敬ちゃんの奥さんが迎えにきた。やがて奥様たちも撤収開始。空いたお皿やコップまで手際よく運んでいただき、お持ちかえれる料理はホイルで包んで、あーら見事な午前1時、いや2時だったか。ありがとうございました。とにかく、いつしか一緒にへべれけのボクは、布団を2組敷いて、お泊まり二人の沈没を確かめて、それからふらふらと後かたづけ。翌日は群馬詩人クラブの幹事会。泊まりの井田ちゃんは、そのまま出席。しかし、うちの2頭の犬が井田ちゃんに異常な感心を示すのなぜなんだ。なんだよ、なに喜んでんだよ。シャワーを浴びて再出勤?曽根ヨシ会長など、続々と幹事さんが集まります。敬ちゃんも再度やってきました。昨日は昨日、今日は今日。かくて「まほろばの日々」は続くのだ。なんちゃって。
5月17日
土曜日は姪の結婚式のため臨時休業。出席者200人以上という盛大なものでした。選挙区の小渕優子代議士も本人が出席してたよ。まあ、花婿は地元の後援企業の跡取り息子ということだからね。で、主賓のトップでお祝辞ということになります。平凡な独身女性の祝辞だったね。ふむ、この場合はこれでもいいか。嫁ぐ娘の父親の心境は分からないけど、日頃ポーカーフェイスの義弟の右頬に一筋の涙を確認。結婚式というのはいいものです。朋子よ、幸せになりなさい。本当に平凡に暮らすってことは難しいことだけどね。雨の日曜日。イラクのサマワでは、オランダ軍とサドル派のあいだで戦闘状態になってるのに、日本のマスコミは静か。内閣法制局はサドル派を「国に準じる者」という解釈をしたが、政府、防衛庁はこれを認めないらしいね。これを認めちゃうと、事実上も法律上もサマワは「非戦闘地域」ではなくなっちゃうからだよ。まあ、ファルージャの結果をどう見るかだけど、あれだけの虐殺を受けながらもファルージャは米軍に屈服しなかったんだからね。南部のシーア派が勢いづかないはずがないよ。どうもアメリカは中東地域を平和的に統治するつもりがないみたいだね。アメリカの目的は石油でも民主化でもない。戦争そのものだったなんて。こりゃあ、だめだ。
5月10日
ひさしぶりのお休み。雨が降ってるらしくて2頭の犬も静か。ゆっくりと朝寝ができたよ。昨日は「おりおん」の小泉房子さんの「詩集『星のみみかざり』出版記念会」に使ってもらった。「おりおん」は全国に同人がいる「少年詩と童謡」詩誌だよ。小泉さんは前橋の人だけど、ほとんどの同人は県外だからね。遠く仙台から出席してくれた人もいて、わざわざ「まほろば」を選んでいただき感謝しています。皆さん、ありがとうございました。ところで、少年詩・児童詩っていうジャンルがあるのは不思議な気がするね。うーむ、谷川俊太郎さんも言ってたな。現代詩じゃなくて、詩があるだけですよ、とね。詩にとって詩であることが全てだ、と言った人もいたなあ。短歌、俳句という伝統詩から別れてきた経緯を引き継ぐ考えに立てば、現代詩の存在を疑うことはないんだけど、どうも、そういう考え方も無意味になってきた気がするね。なんだか世の中全体が思考停止状態に陥っていて、ダッチロール(古いなあ)してるみたいに感じるんだよなあ。一方で、いささかもブレることなく破壊と殺戮に邁進する勢力がいて、おっかないね。こういう人たちのやりかたは、頭数を揃えて大声で異論を封じ込めてしまう。おれが厭なのは、なんでも腕ずくで決めてしまう雰囲気なんだよね。この現実からは誰も逃れられない。さあ、どうする。うまく泳ぐか、狂うか、死ぬか。何も考えなくても、明日は来るじゃん。うん、これも正しい。

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