増結用ユニット・その他

2004.-8.13更新





■□最近の動き□■
2004.-8.11 モハ484-88+モハ485-88、吹田工へ回送
2004.-8.-3 モハ484-84+モハ485-84・モハ484-89+モハ485-89、吹田工へ回送
2004.-8.-1 モハ485-74、吹田工にて解体寸前
2004.-7.-9 クハ183-751、B61編成に組み込み(14日まで)

・クハ183−751
  列車無線アンテナ:車体中央、運転席側から2個目と3個目の冷房装置の間
  主な経歴
   1972.-2 東急車輛にてサハ489−2として新製、向日町所に配置
   1973.-5 CP追設によりサハ489−202に改番
   1973.-9 金沢所へ転属
   1986.-5 先頭車化改造によりクハ481−751に改番、福知山所へ転属
   1991.-2 交直切替機能廃止によりクハ183−751に改番
   ※AU12S冷房装置と非貫通形運転台の組み合わせ。


・モハ182−802
  主な経歴
   1975.11 日立製作所にてモハ484−609として新製、仙台所に配置(当時はモハ485−250(→モハ183−802)とユニット組成)
   1985.-1 日根野区へ転属
   1986.10 福知山所へ転属
   1990.-7 交流機器撤去によりモハ182−802に改番
   2003.-9 ユニット解消、休車
   2003.12 ユニット相方をモハ183−809に変更
   2004.-3 運用離脱
   2004.-5 吹田工へ回送


・モハ183−809
  主な経歴
   1972.-9 川崎重工にてモハ485−122として新製、向日町所に配置(当時はモハ484−226(→モハ182−705)とユニット組成)
   1996.-3 交流機器撤去によりモハ183−809に改番、A編成色に塗色変更、福知山所へ転属
   2003.-9 ユニット相方をモハ182−701に変更
   2003.-9 ユニット解消、休車
   2003.12 ユニット相方をモハ182−802に変更
   2004.-3 運用離脱
   2004.-5 吹田工へ回送


・モハ182−804
  主な経歴
   1975.11 日立製作所にてモハ484−608として新製、仙台所に配置(当時はモハ485−249(→モハ183−804)とユニット組成)
   1985.-1 日根野区へ転属
   1986.11 福知山所へ転属
   1990.10 交流機器撤去によりモハ182−804に改番
   2003.11 ユニット相方をモハ183−1804に変更
   2004.-2 ユニット解消、休車
   2004.-5 吹田工へ回送


・モハ484−70+モハ485−70
  主な経歴
   1972.-5 川崎重工にて新製、青森所に配置
   1978.-9 仙台所へ転属
   1982.11 向日町所へ転属
   1996.-2 福知山所へ転属
   2003.10 運用離脱
   2003.12 吹田工へ回送
   2004.-7 解体


・モハ484−74+モハ485−74
  主な経歴
   1972.-6 川崎重工にて新製、向日町所に配置
   1991.-7 金沢所へ転属
   1991.12 向日町所へ転属
   1996.-3 福知山所へ転属
   2003.11 運用離脱
   2003.12 吹田工へ回送


・モハ484−84+モハ485−84
  主な経歴
   1972.-4 川崎重工にて新製、向日町所に配置
   1996.-1 福知山所へ転属
   2004.-5 運用離脱
   2004.-8 吹田工へ回送


・モハ484−88+モハ485−88
  主な経歴
   1972.-4 川崎重工にて新製、向日町所に配置
   1996.-1 福知山所へ転属
   2004.-3 運用離脱
   2004.-8 吹田工へ回送


・モハ484−89+モハ485−89
  主な経歴
   1972.-5 日立製作所にて新製、青森所に配置
   1985.-2 鹿児島所へ転属
   1986.-6 福知山所へ転属
   2004.-5 運用離脱
   2004.-8 吹田工へ回送
   ※最後まで運用に残ったきのこモハは福知山所開設当時に転入してきたきのこモハの唯一の生き残り。
    向日町貸し出しによりB色のまま雷鳥編成に組み込まれて北陸路を快走、富山へ顔を出したこともある。


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